[ちび京一]ヒー・イズ・アワーズ・リトルサンタ
一日遅れたけど、メリークリスマス!
手渡されたのは、パーティグッズとしてよく使用される、子供用のサンタ服だった。
京一は自分が、可愛い性格をしていない事を自覚している。
斜に構えていて、なんでも疑ってかかるし、生意気な性質だ。
だから、幾ら相手が世話になっている『女優』の面々とは言え、渡されたサンタ服を見て「サンタクロースになれる!」などと喜んで見せる事は、土台無理な話であった。
大体、5歳6歳のまだ夢見がちな子供であるならともかく、それなりに自我も育ってプライドも持ち始める10歳を越えた少年に対して、サンタ服を渡すのもどうかと思う。
とは言え、それを渡して来たのは、『女優』のメンバーである。
にこにこと笑顔を浮かべたアンジーの向こうで、目をきらきらと輝かせているサユリとキャメロンがいる。
明らかに“何か”を期待しているその眼差しを邪険に出来る程、京一は空気が読めなくはなかった。
此処は、アレだ。
日頃世話になっている恩返しだと思って、腹を括ろう。
程なく、そんな結論に行き付いて、京一は渋々顔でサンタ服を包んでいるビニールを破り捨てた。
もこもことした赤い腹には、ふわふわとした白が縫い付けてある。
シャツの上に着れる上着と、ズボンと、天辺にポンポンのついた三角帽子。
それから大き目の麻布袋があって、「プレゼントを入れてね!」と言う用途説明の紙があった。
赤い服に白い大きな袋と来て、最後にもう一つ────サンタクロースの白ヒゲがあるのかと思ったら、見当たらない。
子供用のパーティグッズだから入っていないのだろうか。
京一としては、口周りがもさもさと鬱陶しい事になりそうなので、なくて幸いだったが。
赤白の衣装で、一ヵ所だけ黒いベルトは、布生地で最初から上着に縫い付けられていた。
開けられてある穴の位置を直しながら、バックルを通して固定する。
帽子は縁のふわふわの中にゴムが仕込んであるようで、深く被れば頭を振ってもずり落ちない。
最後に空っぽの袋を肩に担いで、準備完了。
「……これでいいのか?」
頭の帽子の位置を直しながら問うた京一。
ふわふわもこもこの赤い衣装を着た子供に、『女優』の面々は常以上にきらきらと目を輝かせ、
「いやぁああん!京ちゃんカワイイ~!」
「ぐぇっ!」
「京ちゃんカワイイ!世界一カワイイわァ!」
「こんなサンタさんがうちに来てくれたら、もう絶対返さないわよォ!」
「いででで!いで!マジ痛ェ!」
アンジー、サユリ、キャメロンからぎゅうぎゅうと抱き締められて、京一は悲鳴を上げた。
興奮している所為か、彼女達の腕の力には容赦がない。
やばい潰れる、死ぬ、と京一は本気で思った。
暴れる事すらままならない京一が、ぐったりし始めた所で、アンジー達はようやく我に返った。
酸欠で蒼い顔をした京一に、あらあら、と眉尻を下げて詫びる。
「ごめんねェ、京ちゃん。すンごく可愛かったから、つい興奮しちゃって」
「うえっぷ……」
「大丈夫?ハイ、お水」
香水と(彼女達には申し訳ないが)汗臭さと、ちょっとした(これもまた申し訳ないが)男性特有の濃い匂いに揉まれ、吐きそうな仕草をした京一に、サユリがグラスを差し出した。
京一はソファに座って、受け取った水をこくこくと飲み干す。
グラスが空になって、京一はほっと息を吐いた。
「うえ~、死ぬかと思った」
「ごめんね」
「んー……」
「あんた達はもうちょっと落ち着きな。京ちゃん、こっちにおいで」
何度も謝るアンジー達に、もういいよ、と頷いた京一を、カウンター向こうからビッグママが呼んだ。
京一はグラスをサユリに返して、ソファを降りる。
ととっと駆け足でカウンターに向かうと、背の高い椅子に登った。
「なんだ?」
「ほら」
「ん?」
ことん、とカウンターに置かれたもの。
それは緑色の包装紙に、赤いリボンでラッピングされた、正方形の箱。
この時期、誰が見ても判る、クリスマスの為のプレゼント。
おお、と京一の目が輝いた。
自分が捻くれた性格をしているとか、素直ではないと言う自覚がある京一だが、こういう行事の時のプレゼントと言うものは、やはり子供心を喜ばせるものである。
特にビッグママやアンジーは、京一の好みを熟知してくれているので、必ず京一が喜ぶものを用意してくれる。
京一は先のアンジー達に負けず劣らず、きらきらとした目でプレゼントを手に取った。
「これ、オレの?」
「ああ」
「開けて良いか?」
「どうぞ」
頷いたビッグママに、京一はよーし、と意気込んで、ラッピングの端に手をかけた。
テープで密封された端の隙間に指を入れて、力任せに破って切る。
ビリビリと勢いよく包装紙を破いて行く京一を、ビッグママは煙管を吹かしながら、柔らかい面持ちで眺めていた。
包装紙の一角がなくなると、中に入っていた箱に描かれた文字が見えた。
それを見た京一の目が見開かれ、破る手が興奮するように早くなり、
「おー!!」
喜びと感歎の入り交じった少年の声が響く。
京一の手には、先日発売されたばかりの新しいポータブルゲームの本体と三本のソフトがあった。
「マジで?マジでこれいいのか?」
「ああ。その代わり、勉強もきちんとやるんだよ」
「やるやる!へへー、やっりー!」
元気の良い返事が、いつまで守られるのやら。
ビッグママは思ったが、無邪気に喜ぶ子供を前に、いつまでも堅苦しい事は言うものではない。
どれからやろうかな、とソフトを選んでいる京一に、アンジー達が声をかけた。
「京ちゃん、アタシ達からもクリスマスプレゼント、あるわよォ」
「マジ?何何?」
「うふふ。内緒」
「ンだよー、勿体ぶるなよ」
「まぁまぁ。ほら、アタシ達のはサンタさんの袋に入れておいたから。後でゆっくり開けてね」
「おう」
「京サマからの分も入ってるのよ」
「……それ考えたらなんか怖ェな、その袋……」
アンジー、サユリ、キャメロンからのクリスマスプレゼントは純粋に嬉しいが、師の名を聞いた瞬間、京一の顔が引き攣った。
何せ師は酷く古風な人間であったから、こんな浮かれた行事とは縁もゆかりもなさそうだった。
そんな師からクリスマスプレゼントとは、到底想像がつかない。
何が入っているのか、師からの分だけでも確かめたかったが、きっとアンジー達は教えてくれないだろう。
─────師の事だ、何も悪いものが入っている訳ではあるまい。
京一は理解が出来ない、奇妙な物は入っているかも知れないが(奇妙な紋様が書かれた札とか、棒切れとか、あまり見ない色をした石だとか)。
「それからね、お店のお客さんからも色々預かってたのよ」
「ふーん」
「ほォら、京ちゃん、これ全部京ちゃんのよォ」
カウンターの裏に入っていたキャメロンが、両手一杯のプレゼントを抱えて出てきた。
どさ、とテーブルに置かれたその山を見て、京一はあんぐりと口を開ける。
「すげー……」
「人気者ねェ、京ちゃん」
「皆、京ちゃんの事が大好きなのよォ」
「当然よ。京ちゃんはこんなに可愛いんだもの」
「別に可愛かねえけど…」
べたべたに褒めるアンジー達に、京一はぼそぼそと反論するが、その顔はすっかり赤くなっている。
その表情がまた、アンジー達には可愛くて堪らない。
サユリがソファに置いたままにしていた、サンタの袋を持って来た。
がさがさと中から音がするのは、彼女達が入れてくれたプレゼントだろう。
「お客さんからのプレゼントも、この中に入れちゃいましょう」
「入りきるかしらねェ」
「それより、あんまり入れたら重たくなっちゃうんじゃない?重いと京ちゃんが大変よォ」
「別にいいよ、それぐれェ。バラバラになってるより、持ち易い方がいい」
「じゃ、特に重い物は別にして、軽いもの一通り詰めちゃいましょ」
客からのプレゼントだと言う山が、どんどん削れて、袋の中へ。
入るだけ入れ終わった頃には、袋はすっかり大きく膨らんで、正にサンタクロースの袋のようになっていた。
「ちょっと重いかしら…」
「ヘーキだよ。ちょっと貸してくれよ」
京一はカウンター椅子から飛び降りると、アンジーが持っていた袋に手を伸ばした。
譲られた袋の口を引き絞ってしっかりと閉じ、よっ、と軽く勢いをつけて持ち上げる。
大きくなった袋を体の前で抱えるのは邪魔だったので、くるっと方向転換して、肩に担ぐ。
軽く肩に後ろへ引っ張る重みが乗ったが、持っていられない程ではない。
よし、へーきへーき、と京一が確かめていると、
「いや~ん、京ちゃん、ホントにサンタさんみたい!」
サンタクロース象徴である赤い服、ポンポンつきの三角帽子、そしてプレゼントを詰めた大きな袋。
白いヒゲこそないものの、その姿は、正しく小さなサンタクロース。
都会の片隅に現れた、小さな小さなサンタクロース。
大きな袋の中身は、サンタクロースへのプレゼントで一杯になっていた。
うちのちび京は行事の度に何かコスプレしてる気がする。
だって着せたいんだ!絶対可愛いから!!