[絆]ないしょのひ 2
一時の険悪なムードを取り払った後は、順調だった。
卵を混ぜ込んだ生地に、バニラエッセンスを振ると、バターの匂い程度しかしなかった生地から、甘くて美味しそうな匂いがする。
涎を垂らすティーダを諌めつつ、レオンは手早くエッセンスを混ぜ込んだ。
小麦粉を少しずつ入れて、三人で交代しながら混ぜていると、カスタードクリームのようにとろとろとしていた生地が、生地らしく塊になって行く。
まとまった生地を冷蔵庫でしばらく寝かせ、その間に少し休憩していると、スコールとティーダは眠ってしまった。
お菓子作りなんて初めてで、幼いなりに頑張ったのだ。
レオンは予定よりも長めに生地を休ませる事にし、自分も30分程度の仮眠を取った。
目を覚ましたら、冷蔵庫から生地を出し、テーブルの上のビニールに打粉をする。
「お兄ちゃん、これ何?」
「小麦粉だ」
「なんでテーブルにまくの?」
「こうして置くと、生地がテーブルにくっつかなくて、伸ばし易いんだよ」
冷たく固くなっていた生地をテーブルに置くと、ティーダが恐る恐る、それに触れた。
「レオン、これ固いよ」
「冷えたからな」
「ここから型抜きするの?」
「伸ばしてからだよ」
ティーダの問いに答えながら、レオンは綿棒と自分の手にも打粉をまぶす。
白くなった手で生地を揉む。
最初は手の中で固い感触があったが、少しずつそれは柔らかくなって行った。
適当に柔らかくなった所で、レオンは綿棒で生地を円形に平たく伸ばしていく。
「ピザみたい」
「ピザはこうじゃないよ。指でこーやって回すの」
「あ、そっか」
塊だった生地は、どんどん大きくなって行く。
綿棒の端から端が届かなくなるまで伸ばした所で、レオンはじっと見守る弟達を見回し、
「さあ、型を抜くぞ」
「わーい!」
「やった!」
待ってましたとばかりに、スコールとティーダが嬉しそうに跳ねる。
テーブルに並べられた型は、ハートや星、ツリー、犬、猫、うさぎ、等々。
元々はイデア・クレイマーが孤児院を経営していた頃に使っていたもので、ガーデン設立時、レオンが妹弟と共にバラムに残った時、家と一緒に譲って貰ったものだ。
可愛らしい型でお菓子を作ると、妹弟達がとても喜ぶので、重宝している。
スコールとティーダは、あれもこれも、こっちも、と楽しそうに型を抜いて行く。
型抜きした生地は、クッキングシートを強いたオーブン用のプレートの上に並べられた。
「お兄ちゃん、型が取れる所、なくなっちゃった」
「もう終わり?」
つまんない、と言う表情で見上げる弟達に、レオンは大丈夫、と言って、細切れになっている生地を集めた。
もう一度塊にして伸ばせば、先程よりは小さいが、また生地が復活する。
型を抜き、切れ端を集めて練り直して伸ばし、また型を抜く。
何度も何度も繰り返していると、プレートの上には沢山の型抜き生地が並べられていた。
「これだけあれば、もう十分かな」
「おしまい?」
「うー…」
もっとやりたい、と言う二人の貌。
しかし、こればっかりは、レオンにも無理だ。
残った生地は、捏ねて指先で潰せる程度しか余っていない。
余った生地を平たく潰してプレートに乗せ、予熱を済ませて置いたオーブンに入れる。
タイマーをセットしてスイッチを入れると、ブゥン、とオーブンが動き始める音がした。
「どれくらいで焼けるの?」
「20分ぐらいだな」
「美味しくできる?」
「ああ、大丈夫だ」
ライトの点いたオーブンの中を、じっと食い入るように見つめる弟達。
レオンは、オーブンの前にぴったりとくっついて離れない様子の二人にくすりと笑みを漏らす。
二人がオーブンに夢中になっている間に、デコレーションの用意をしておく事にする。
ポットの湯でチョコペンを溶かし、色つきの粉糖に水を加えて、アイシングの準備を整えておく。
オーブンの中を見詰めていたスコールとティーダが、わあ、と楽しそうな声を上げるのが聞こえた。
「良い匂いしてきた!」
「お兄ちゃん、良い匂いする!」
「ああ」
「これ美味しい!絶対美味しい!」
「お姉ちゃん、喜んでくれるかな?」
「絶対美味しいもん、絶対喜んでくれるって!」
ぴょんぴょんと跳ねて言うティーダにつられるように、スコールもぴょんぴょんと跳ねている。
「僕ね、お姉ちゃんにね、ありがとうって書くの」
「オレも。オレも書く!」
「ピンク色で書くの」
「オレ、青にする」
「それとね、だいすきって書いて、それから…」
「あと、エル姉ちゃんの顔書いて、あと、えっとー」
指折りしながら、エルオーネへのメッセージを考えているスコールとティーダ。
楽しそうに計画する弟達の声を聞きながら、レオンはリビングの壁時計を見た。
時刻は4時半を回っており、エルオーネが帰って来る夕方には、まだまだ余裕がある。
この分なら、デコレーションを焦る事もなく、のんびりと考える事が出来るだろう。
────エルオーネが帰って来たら、夕飯よりも先に、出来上がったクッキーを見せよう。
弟達が頑張って作ったクッキーを、彼女はどんな顔をして受け取るのだろうか。
いつも自分の後ろをついて来るばかりだったスコールや、無邪気で甘えん坊なティーダが、いつの間にか、誰かの為にと一所懸命に何かを頑張るようになっていたなんて、彼女は知っていただろうか。
毎日見ている筈なのに、知らない所でいつの間にか成長している弟達を見て、彼女は何を思うだろう。
きっとそれは、一ヶ月前の今日、レオンが感じたものとよく似ているものに違いない。
あの日の朝、冷蔵庫を開けた時に入っていたものを見て、レオンがどんなに驚いたか、どんなに嬉しかったか、彼女がそれを知る事はないだろうけれど。
オーブンが焼き上がりの音を鳴らす。
早く早く、と急かす弟達を宥めながら、レオンはオーブンの蓋を開けた。
大好きなお姉ちゃんの為に、ちびっ子たちが頑張りました。
ちびっこがオーブンの前でじーっと中を覗き込んでるのって可愛いと思う。