[589]Trick and treat!
「Trick!」
「「And!」」
「Treatーーーー!」
帰還するなり、二つの声が重なって突進してきた。
悪意や敵意を一切感じさせないそれが誰の物なのか、最早考えなくても判る。
この声の持主達に対して、特に警戒する必要がない事も判っているが、それ以上に、彼等が何を考えて、何を意図しているのかは、未だに理解できずにいる。
その所為か、認識から理解、理解から把握、把握から行動と言う理屈に則った行動を取ろうとする体は、認識から理解・把握の段階で手順を頓挫させてしまい、行動するに至らないのが常だ。
早い話が、飛び掛かる影に対する反応が遅れ、硬直している間に、襲撃完了に至ると言う事だ。
どたんばたんと賑やかな音が玄関に響き、なんだどうした、とフリオニールとティーダがリビングから顔を出す。
が、玄関口に倒れている面々を見付けると、ああいつもの事か、とまたリビングに戻って行く。
頼むからこいつらを回収してから引っ込んでくれ、とスコールは思うのだが、そんな彼の胸中に気付いてくれる人物は、今の所、いない。
「おーい、スコールー」
「Trick and treat!」
「……取り敢えず、其処を退け」
腹の上に乗っている二人────ジタンとバッツを睨んでやれば、二人はいそいそと退いた。
起き上がったスコールは、じんじんと痛む背中に顔を顰める。
無傷で帰還した筈なのに、自陣の拠点で負傷すると言うのは、一体どういう事なのだろう。
いつもの事と言われればそれまでだが。
スコールは溜息を吐いて、目の前に座る二人を胡乱な目で見る。
「なんだ、Trick and treatって」
「ん?スコールの世界には、ハロウィンはないのか?」
「…それは、ある」
質問に質問で返された事に眉根を寄せつつ、スコールは端的に答える。
ハロウィンと言うものは、スコールの世界では余り一般的ではなかったが、賑やかし事好きのバラムガーデンでは、何かと理由をつけては行事を行っているので、これも食い付いていた気がする。
スコールは余りその光景を明確に覚えていないが、菓子を配り歩く者がいたり、菓子を貰えないと悪戯を仕掛けられたり、と言う生徒の姿が其処此処にあった。
菓子を渡せなければ悪戯をされる────恐らく、そう言う祭りなのだろう。
その時、よく飛び交っていた言葉も、スコールは覚えていた。
その覚えていた言葉が、スコールの記憶にあるものと、二人が口走っているものとで、微妙に違う。
「…“Trick or treat”じゃないのか?」
「ああ、そうとも言うな」
「ティーダがそれでクラウド達にねだってたな」
けろりとした表情で二人に返されて、スコールは眉根を寄せる。
(こいつらの世界では、そう言うのか?)
それぞれ違う世界から召喚された仲間達から聞く各世界の話は、全く違うかと思えば、そうではない。
重なる所、似て非なる所と様々で、似ているし同じ物を指すけれど、微妙にそれを指す言葉が違うと言う事も少なくなかった。
今回も、それに当て嵌まるのだろうか。
やれやれ、と溜息吐きながら、スコールはジャケットの内ポケットに手を入れた。
ごそごそとポケットを探るスコールを見て、おお?おおお?とバッツとジタンの目が意外そうに、且つ期待を込めてきらきらと輝く。
「……これしかない」
そう言ってスコールが取り出したのは、二つの小さな飴玉。
非常食と息抜きにと携帯していたものだった。
まさかスコールが菓子類を持ち歩いているとは思っていなかったのだろう、バッツとジタンは丸くした目で、スコールの手の中の飴をまじまじと見詰める。
「飴だ」
「スコールが飴持ってた」
「…悪いか」
如何にも驚いたと言う表情をする二人に、スコールは眉間の皺を深くする。
いつまでも眺めているだけで、飴を受け取ろうとしない二人に焦れて、スコールは飴を持った手を引っ込めようとした。
が、一足早くそれに気付いた二人が、がしっ!とスコールの手を掴み、それぞれの飴を浚う。
「スコールから飴ゲット!」
「ゲット!」
二人揃って飴を高らかに頭上に掲げ、まるでレアアイテムでも手に入れたかのように、弾んだ声で宣言する。
飴一つでよくもはしゃげるものだ、と思いつつ、スコールは溜息を吐いて、腰を上げた。
今日は一人でイミテーション退治をしていたので、怪我こそないものの、疲れているのは事実。
単独行動していた事をウォーリア・オブ・ライトに気付かれる前に、部屋に帰って寝てしまおうと思っていた。
ジタンとバッツの襲撃は、ある意味、単独行動からの帰還後にはお決まりのものなので、文句を言いたい気持ちはあるものの、キリのない事なので全て諦める。
それより早く休みたい、と思いながら廊下を進もうとすると、
「おりゃっ!」
「うりゃっ!」
「っ…!」
二人分の人間の重みが、順番に重なって来る。
油断していた事、疲労していた事で、がくっとスコールの膝が折れて、床に突っ伏す羽目になった。
背中の重石をじろりと睨みつけてやる。
「なんなんだ、あんた達。菓子ならもうやっただろう」
「うん、貰った」
「だったら、さっさと退け」
邪魔だ、と言わんばかりの表情を浮かべるスコール。
しかし、そんなスコールを見ても、ジタンとバッツはにやにやと楽しそうな笑みを止めない。
─────嫌な予感がした。
逃げなければ、と背中の二人を振り落としてでも立ち上がろうとして、それよりも僅かに早く、がしっ!!と二人が全身で以てスコールの背中にしがみ付く。
「俺達、言っただろ?スコール」
「Trick and treat、ってな」
“Trick and treat”────“悪戯とお菓子を”。
接続詞が一つ変わるだけで、言葉は全く意味を変える。
その日の夕食、猫耳を生やした獅子の姿が、見られたとか見られなかったとか。
ジタンとバッツに言わせたかっただけ。ハメられたスコールが書きたかっただけw
皆から可愛い可愛いって言われまくったそうです。屈辱。でも可愛いと思う。
ティナに嬉しそうに「かわいい」って言われて、怒るに怒れなくて固まったりしてるに違いない。