[京士浪+京一]あられ積もれば山となる
何故か二人きりにされた『女優』の店の中、無言で差し出されたものを見て、どうすれば、と京一は困惑した。
何処かの駄菓子屋で売っていそうな、小さな袋菓子。
ピンク色のデフォルメされた梅の柄がちりばめられ、可愛らしい男女のイラストが描かれた袋には、『ひなあられ』と記されている。
そう言えばそんな時期だった、と京一は思ったが、それからもう一度困惑する。
(……雛祭りって、女子の祭りだよな。オレ、関係ないよな?)
雛祭りは、女児の健やかな成長を祈る節句とされている。
男の京一が特に何かを祝われるような日ではない筈だ。
其処まで考えてから、もう一度差し出された袋菓子を見て、次にそれを差し出している男を見上げた。
差し出しているのは、神夷京士浪───京一の剣の師だ。
妙に古風な雰囲気を醸し出しているこの男は、常に寡黙で、物事への反応も薄く、俗っぽさとは程遠い。
そんな彼が『ひなあられ』と言う、年中行事にあやかった代物に乗っかっている、と言う違和感たるや半端なものではなかった。
これが紅白饅頭や年越し蕎麦なら気にする事もなかったのだろうが、見た目も響きも可愛らしい『ひなあられ』である事が、京一の中で違和感たっぷりに感じられてならない。
何度も菓子と顔を交互に見る京一を、京士浪はじっと見下ろしていた。
眉間ん皺を寄せている京士浪は、一見すれば不機嫌そうに子供を威圧しているように見えそうだが、京一はそれで物怖じする事はないし、師のこの顔は見慣れている。
怯える所か、なんだよこれ、と言わんばかりに睨み返す。
「……要らないか」
「………」
「………」
ようやく口を開いたと思ったら、最低限以下の一言のみ。
京一は、聞きたいのはそういう所じゃなくて、と思うが、聞きたい事を自分から問う気にもなれない。
雛祭りは女児の節句で、男の京一には関係ない。
が、京一がそう考えているのは、雛祭りに限った話ではない。
伝統や年中行事の大半は、自分にはどうでも良いと思っているのだが、関係なくともあやかれるものは遠慮なくあやかるのが京一である。
京一が右手を伸ばして、掌を上向けて広げると、かさり、と其処に袋が置かれた。
可愛らしい、それこそ女児向けと判るパッケージの中、透明に切り取られた覗き窓から中身が見える。
白の中で所々緑や赤と醤油漬けの菓子が混じっているそれは、一粒の直径が精々1センチと言う小さなあられは、どれだけ食べても京一の腹を膨らませるには足りそうにない。
「足りないか」
「……まあ……」
まるで心を読んだようなタイミングで言われて、京一は言葉は濁しつつも、正直に頷いた。
せめてもう少し大きければ、さもなければ数があれば、と思っていると、
「持って行け」
「───うぉっ、お、おっ!」
京士浪は、着物の袖から同じ袋菓子を取り出し、京一の手に重ねて行く。
膨らまされている袋は、上手くバランスを取って抱えなければ、落としてしまう
京一は慌てて両腕で袋の受け皿を作ろうとしたが、間に合わず、ばらばらと足元に散らばってしまった。
あーあー、と嘆く声を漏らしながら、京一はしゃがんで菓子袋を拾う。
京士浪も無言で傍らに膝を折り、袋を一つ一つ拾って京一に渡した。
ようやく全てを拾い終わった時には、京一の腕はひなあられの袋で一杯になっていた。
袋自体は小さいものなのだが、数が重なればそれなりに嵩張る。
こんなに何処に持っていたのだろう、と言うか大きな袋にでもまとめて渡してくれれば一番楽なのに、と両腕を埋める袋を見下ろしていると、ぽん、と何かが京一の頭を撫でた。
くしゃくしゃと、やや不器用に撫でる手は、大きくて温かい。
京一は顔を上げるか否か迷った末、どうにも気恥ずかしさが勝って、俯いたまま動かなかった。
「それで全部だ」
「………」
「まだ欲しければ、兄さん達に頼め」
頭を撫でる手が離れて、京一は妙にむず痒さの残る頭を掻きたかったが、両腕を塞ぐひなあられの所為で敵わない。
なんとも珍妙な気分に取りつかれた京一であったが、師がそんな弟子に気付く事はなかった。
京士浪はゆっくりと踵を返すと、京一をその場に残して、離れて行く。
それと入れ替わるように、何処かに出かけていた『女優』の面々が帰宅して来た。
「あ~ん、もう3月なのに、どうしてこんなに寒いのかしら」
「京ちゃん、お外出る時は厚着しなくちゃダメよォ」
「ビッグママ、このおつまみ何処に置いておいたらいいのォ?」
「カウンターの下に入れて起きな。おや、京ちゃん、随分大量だね」
「……えぁっ?」
外気の冷たい風から解放されたからか、賑やかに帰宅して来た見慣れた面々が、店の真ん中で立ち尽くしている京一に気付いて、声をかける。
頭の上の違和感に意識を囚われて、呆然としていた京一だったが、我に返って自分の状況を思い出した。
両腕に抱えていた袋菓子の置き場を探して、きょろきょろと辺りを見回していると、アンジーが京一の抱えたひなあられに気付き、
「あら、京ちゃん、ひなあられ貰ったのォ。良かったわね」
「…いや、別に……」
貰ったと言うか、押し付けられたと言うか。
貰いたくて貰った訳では───と思いつつ、それを正直に口にするのは流石に憚られ、口籠ってしまう。
反論の途中で黙った京一の様子が、アンジーには意地っ張りな子供が恥ずかしがっているように見えた。
「うふふ。でも、こんなに一度に食べたら虫歯になっちゃうから、ちょっとずつ食べましょうね」
「………おう」
京一の両手を埋めていた菓子を、アンジーが受け取る。
両手がようやく自由になって、京一はむずむずとしていた頭をがしがしと掻く。
それでも中々消えない違和感に、京一は唇を尖らせる。
子供の顔が終始赤らんでいる事は、誰も指摘しなかった。
不器用師弟の精一杯のスキンシップ的な。
京士浪なりに弟子を可愛がってるつもりですが、判り難い伝わらない。
この後、頭のむずむずが消えない京一が雛あられをヤケ食いしたそうです。