[クラvsレオ→スコ]旅は道連れ、情けは要らぬ
何処までも何処までも続く、果てと言うものが存在するのかも怪しい、深く暗い迷宮────ラビリンス。
其処に迷い込んでから、既にどれ程の時間が流れたのだろうか。
眩しい陽の光を好んで浴びる性格ではないけれど、そろそろ健やかな外の空気が恋しいと思う。
初めは、一人だった。
闘争の世界に召喚されてから、いつの間にか自分の回りには沢山の喧騒があったけれど、それが一切ないのは久しぶりで、一瞬、柄にもなく戸惑った。
直に冷静を取戻し、元々自分は一人で立って歩く為の強さを求めていた筈だと思い出すと、後は脱出への道を探す事に迷いはなかった。
しかし、歩けど歩けど、見付かるのは地下へ地下へと進む階段ばかりで、いい加減に気が滅入っていた所に、よく知る気配を感じ取った。
そうして、先ず一人、そして二人目の同行者を迎え、一行の足は更に奥へと進む。
出来れば上に向かう道があれば其方を選びたいのだが、上階へ昇った所で、やはりまた階段は下へ向かう。
どうやら終着点まで進まなければ、脱出さえも儘ならない場所らしい。
面倒だと思いながら、足を進めなければ話も進まないので、只管、地下へ地下へと潜って行く。
ラビリンスには、魔物は存在しない。
在るのは、闘争の世界で戦い続けてきた戦士達を模した、無数のイミテーションばかりだ。
それらと一人延々と戦い続けていた事を思うと、仲間と言う存在は決して無駄とは思わない。
─────が、しかし。
「伏せろ、スコール!」
響いた声に、スコールは咄嗟に身を屈めた。
遠方から放たれた剣圧が、衝撃波となってスコールに肉迫していたイミテーションを襲う。
罅割れた断末魔を上げて、模造は硝子の破片となって飛び散った。
ざん、とスコールの背後に着地する音。
視界の端に移るバスターソードを見れば、それが誰のものか直ぐに判った。
「無事か、スコール」
「問題ない」
そもそも、助けて貰う程の危機でもなかった、とスコールは思ったが、口にはしなかった。
スコールにそれ以上喋る余裕がなかった所為でもあるし、クラウドもまた、直ぐに駆け出して行ったからだ。
辺り一体を埋め尽くしていた煩わしい人形達は、随分と数を減らした。
いい加減に休みたい、と疲労した体が怠けたがっているが、まだ立ち止まる事は出来ない。
最低でも、このフロアに存在するイミテーションを一通り駆逐しなければ、一息つく暇も与えられないのだ。
後方から飛んできた魔女の矢を、ガンブレードで叩き落とす。
近距離戦が自分の間合いであるスコールにとって、遠方から魔法を使う輩は、厄介の一言に尽きる。
振り返って矢を放った魔女を探せば、無機質な顔に歪んだ笑みを浮かべて、新たな魔法を構築していた。
今から近付いて魔法を妨げるには遠すぎる、とスコールは放たれた槍に備えてガンブレードを横に構える。
直後、魔女とスコールの間に人影が割り込んだ。
自身と同じ濃茶色の髪、しかしそれはスコールよりも長く伸びていて、少し肩にかかっている。
ジャケットは防護服と言うよりも完全に至福で、スコールの世界と文明が近しいのだろうか、それとも同じ世界の者なのか。
手にした銀刃は、名前も構造も、スコールが握っているものと全く同じもの。
「引き受ける」
影────レオンは言って、ガンブレードで槍の軌道を逸らした。
弾道を逸らされた槍が、地面に落ちて跳弾し、頭上を漂っていたクリスタルの結晶を壊す。
直ぐに次の詠唱に入る魔女に、レオンは強く地を蹴って跳び込んだ。
逃げようとする魔女を更に追い、自分の間合いまで詰めると、振り被った剣で薙ぎ払う。
魔女は胴を二つに割られ、悲鳴を上げて砕け散った。
それから十数分が経過した所で、ようやくイミテーションの掃討は完了した。
癪だがスタミナの足りないスコールは、些か疲れが勝った。
は、は、と肩の荒い息を整えながら、周囲をぐるりと見渡して、残党がいない事を確認する。
「スコール」
「スコール!」
左右それぞれから聞こえた声に、スコールは振り返らなかった。
頭は一つしかないから、どちらかに応えれば、もう一方に背を向ける形になる。
そうなると、色々と面倒な事が起きてしまう。
駆け寄って来た二つの気配は、秩序と混沌のものだった。
秩序のそれはスコールと同陣営にいるクラウドのものである。
「疲れたか?少し休んでから進むか」
「いや、問題ない。またイミテーションが湧いてくる前に先に進もう」
クラウドの言葉に首を横に振って、スコールは見えている階段を指差して言った。
直ぐに其方へ向かおうと一歩を踏み出す。
が、ぐっと肩を掴む手に阻まれ、くるりと方向転換させられる。
強引にスコールの足を止めたのは、混沌の気配を纏った青年、レオンであった。
「進むのは俺も賛成だが、その前に傷を見せろ」
レオンの言葉に、ぎくり、とスコールは肩を震わせた。
気付かれていないと思っていたのに、と。
見下ろす蒼灰色の瞳は深く暗く、スコールを逃がすつもりはないらしい。
スコールも、レオンに気付かれたのなら仕方がないと、大人しくジャケットを脱ぐ。
ジャケットは肩部分に穴が開いており、スコールの肩にも矢が突き刺さったような痕が残っていた。
「傷は放って置くなと言っただろう」
「…後で自分で治すつもりだったんだ」
ケアルのストックが残っているから、フロアを移動してから治療しようと思っていた。
これは嘘ではない────が、普段、多少の傷を放置する事が多い所為だろう。
レオンは明らかに信用していない表情で、咎めるようにじっとスコールの貌を見下ろした。
目を逸らして俯いているスコールに、レオンは一つ溜息を吐いて、ケアルをかけようとスコールの肩に手を伸ばす。
が、それよりも早く、とくとくと淡い光を帯びた液体がスコールの肩に注がれた。
「………何をしている」
「治療している」
地を這う声で睨んだレオンを、クラウドは見ていない。
彼の手には開けたばかりのポーションがあり、逆様にされたその中身はスコールの肩をあっと言う間に癒して行った。
ポーションが空になった頃には、スコールの肩には傷痕すら残っていなかった。
「よし、治ったな」
「……余計な真似をするな。アイテムの数は限られている。勝手に消費させるな」
「魔力も有限だ。癪だがあんたの魔力は大きいから、回復より戦闘に使え。アイテムはまた拾えば良い。それに、あんたは混沌の戦士だろう。勝手にスコールに触るな」
ぴりぴりと張り詰め始めた空気を察して、まずい、とスコールは口の中で呟く。
「スコールに触るのに、お前の許可がいるのか?」
「あんたが信用ならないからな」
「それは理解する。だが、スコールに関する事で、お前に何の権限がある?……そもそも、誰の所為でスコールが怪我をしたと思ってるんだ」
ぼそりと呟いたレオンの言葉に、ぴしっとクラウドが固まった。
胡乱な碧眼がレオンを見遣る。
「……俺の所為とでも言いたいのか」
「お前が持ち場を放置したからだろう」
「あれはスコールが危ない状況だと判断したから、それを」
「あの時、お前が魔女の相手を途中放棄しなければ、スコールが狙われる事はなかったんだ」
スコールの肩を貫いたのは、魔女が放った矢だった。
己を狙って放たれた瞬間、直ぐに反応したスコールだったが、捌き切れずに幾つか喰らってしまった。
その中で特に深く突き刺さったのが、肩を貫いた矢である。
魔女はスコールを狙う直前まで、クラウドと相対していた。
そのクラウドが、咄嗟にスコールを狙った猛者に標的を変えた為、一時的にターゲットを見失う事になる。
直後、自分の間合いでもっとも近い距離にいたスコールに、狙いを変えたのである。
それをレオンの口から指摘されて、クラウドはぐっと押し黙った。
が、直ぐにその苦い口から言い返す。
「あんたこそ、もっと早くスコールを助けに行けたんじゃないのか」
クラウドの言葉に、ぴくり、とレオンの肩が揺れる。
「あんたがもっと早く魔女の動きに気付いていれば、スコールが傷を負う事はなかった。あんたの反応速度なら、それが出来た筈だ」
クラウドが言っているのは、スコールが最初に魔女の矢に気付いた時の事だ。
あの時、レオンは数十メートル離れた場所にいたが、彼の視野なら十分スコールをカバー出来る位置にいた。
魔女の動きが全く見えていなかった訳ではないし、クラウドが魔女のターゲットから外れれば、次に狙われるのが誰かも予測できただろう。
じろり、と蒼と碧が睨み合う。
スコールはその間に挟まれて、始まった、と溜息を吐いた。
二人の間で、ばちばちと見えない火花が散っているように見えるのは、気の所為ではあるまい。
このラビンリンスで顔を合わせてしまった時から、二人はこの調子だった。
「そう言えば、あんたは混沌の戦士だったな」
「それがどうした?」
「あんた、この機に乗じてスコールを罠に嵌めようとしてるんじゃないか。だからさっきも反応が遅れた振りをして」
「それ以上ふざけた事を言うと、お前の首と胴が離れるぞ」
「……俺を挟んで物騒な話をしないでくれ」
あわや血を見る事態かと言う遣り取りに耐え切れなくなったのは、スコールであった。
うんざりとしたその声に、握った剣を構えようとしていた二人の動きが止まる。
まだ険の抜けない二対の瞳が、スコールへと向けられる。
「……助けて貰った事には感謝している」
助けられなければならなかったと言う状況ではなかったと思うので、思う事は色々とあったが、スコールはそれを飲み込んだ。
此処で自分が選ぶ言葉を間違えたら、更に面倒な事になるからだ。
「傷を治してくれたのも、治そうとしてくれたのも。あんた達の気遣いは、ちゃんと判ってるから。だから一々喧嘩をするのは止めてくれ」
「しかしスコール、こいつは、」
「クラウド、最初に言っただろう。レオンは、混沌も秩序も関係ないと。そうだろ?」
「……ああ。俺は、お前が無事ならそれでいい」
後は混沌も秩序も、そもそも神々の闘争そのものにも興味はない。
きっぱりと言い切るレオンだが、クラウドの疑う瞳は消えなかった。
腹の中を探ろうとしているクラウドに対し、レオンは何も言わない。
スコールが間に入った事で、これ以上の口論は何も実にならないと悟ったのだろう。
弁明をする事もなく、ふいと碧眼から目を逸らし、認識すら拒絶するように目を閉じる。
クラウドもしばらくレオンを睨んでいたが、それを咎めるように見詰めるスコールの視線に気付くと、小さく舌打ちをして視線を逸らした。
互いに明後日の方向を向いたレオンとクラウドの姿に、スコールは今日何度目か知れない溜息を吐く。
「……俺はもう行く。ついて来るなら、一々張り合わないでくれ」
彼等が互いの意見を譲ろうとしないのは、その間にスコールがいるからだ。
スコールも少なからずそれは理解している。
自分が原因で仲間───レオンはグレーゾーンだが、スコールの個人的感情では安全だと思う。少なくとも、彼が自分に敵意を向けた事はないから───が揉めると言うのは、気分の良いものではない。
普段、レオンもクラウドも余りスコールの前で激しい自己主張をしないから、余計にスコールは戸惑ってしまう。
以前、それぞれと二人で行動していた時は、レオンもクラウドも、スコールのやりたいようにやらせてくれていたのに。
今もその頃と同じように、それぞれ静かに過ごしてくれていれば、スコールにとってこんなにも有益な同行者はいないと言うのに。
いつまでもあの二人に挟まれているのは辛い。
しかし、何処まで行けば出口に辿り着けるか判らないラビリンスの中で、彼等と別れると言うのは、今後に響く。
二人と合流してから大分フロアを下ったし、もしも他に人がいるなら、そろそろ合流してはくれないだろうか。
出来れば、場の雰囲気を読む事に長けて、レオンとクラウドのあの空気に飲まれる事なく、それを塗り替える技量を持っている人物が良い。
高望みだろうな、と思いながら階段を降りたスコールは、ぽっかりと空いた白い空間にぽつんと座り込んでいる人物を見て、思わず目を輝かせた。
カツリ、と靴が音を鳴らすと、明るい金色と尻尾がくるっと振り返る。
「おっ、スコールじゃないか!お前も此処に来てたんだな!」
埃や煤に塗れた服を払って、スコールの下へと駆け寄って来たのは、ジタンだった。
スコールと同じように一人で此処に召喚され、ずっと一人で進み続けていたのだろうか。
ジタンの表情には疲労が滲んでいたが、仲間と合流できた喜びからか、ブループラネットがきらきらと嬉しそうに輝いている。
────-今のスコールにとって、こんなにも頼もしい仲間が他にいるだろうか。
感極まったように己を抱き締めたスコールに、ジタンは引っ繰り返った声を上げた。
なんだ、どうしたと戸惑いながら、ジタンはスコールの頭を撫でる。
自分がこれから、嘗てないほどに胃が痛くなる思いをする事は、彼はまだ知らない。
『クラウドとレオンのスコールの取り合い』でリクエストを頂きました。
此処まで露骨にギスギスさせた二人を書いたのは初めてな気がする。レオンを混沌・クラウドを秩序にすると、とことん反りが合わなくなるようです。
お互いに「俺が守るからお前は失せろ」と言外に圧力をかけています。
スコールと二人きりなれば、スコールにとっては間違いなく快適。二人きりになれば(当面無理。)。