[三蔵&悟空]世界のヒビを直す方法
雨が降ると、三蔵の機嫌が悪くなる。
────いや、あれは悪くなるのとは少し違う。
周りに在るものの一切を遮断するのだ。
悟空にとって、寺院で自分の味方と言えば三蔵だけだった。
自分を拾い、連れ帰った保護者であるし、他の修行僧のように悟空を“妖怪”であるからと忌避する事もない。
だから三蔵が世界を閉ざしてしまったら、悟空を受け入れてくれる人は、誰もいなくなってしまう。
音一つしない部屋のから、悟空はこっそりと三蔵を見た。
執務用の椅子に腰かけた三蔵は、悟空の視線に気付く事なく、じっと窓の外を眺めている。
一枚ガラスの向こうは天雫で煙り、雲に覆われた空は愚か、いつも窓向こうで揺れている草木の影すら見えない。
太陽の光を思わせる金色の隙間、微かに覗く紫電は、常の冷たい閃きすらない。
多分、外も見ていない────彼の瞳は今、今此処に在る現実さえも拒絶しているのだ。
(三蔵、)
悟空は彼の名を呼ぼうとして、出来なかった。
いつもなら名前を呼べば、彼は不機嫌な顔で振り向いてくれた。
仕事中は無視される事もあるけれど、紫電が一瞬だけ向けられたり、サインの筆が止まったりうするから、聞こえているのは判った。
でも、今は振り向いてくれない気がする。
試した事はなかったけれど、何も見ていない紫電を見ると、悟空は期待する事が出来なかった。
ひょっとしたら、と思う気持ちもあるけれど、それ以上に彼の世界に拒絶された時の事を考えると、怖くて堪らなかった。
─────だから、雨の日、悟空は彼の名前を呼ぶ事が出来ない。
(三蔵)
だから心の中で呼び続ける。
暗く閉ざされた世界で、“誰か”を呼び続けていた時のように。
(遠いよ、三蔵)
同じ場所にいる筈なのに、手が届く場所にいるのに、遠い。
見えない壁があるようで、悟空は彼に近付く事が出来なかった。
その壁を越えて尚、彼に存在を拒否されるのが怖くて。
悟空の世界の多くは三蔵で占められていたから、彼に拒否されると言う事は、自分を否定されるのと同じ事だ。
あの紫電が自分を見てくれるから、悟空は自分が“此処にいる”と知る事が出来る。
三蔵。
三蔵。
心の中で呼び続けて、彼が振り返ってくれる事を願う。
何も映さない、此処にある現実すらも拒絶する彼が、帰って来てくれる事を、ずっと。
膝を抱えて蹲る振りをして、抱えた膝の陰から、動かない金色を見詰めていた。
(三蔵………)
じわりと視界が滲んで揺れて、其処にいる筈の人の姿が歪んでいく。
そのまま金糸も見えなくなってしまう前に、悟空はごしごしと乱暴に目を擦る。
そうして、擦る手を離したら、
「……何泣いてんだ、バカ猿」
聞こえた声に顔を上げると、紫電が此方を見ていて、
「煩ぇんだよ、お前は」
呆れたように溜息を吐く姿に、我慢が出来なくなって、抱き着いた。
お帰りなさい、僕の太陽。
お帰りなさい、僕の世界。
寺院時代の悟空と三蔵の関係は、“二人ぼっち”のつもりで書いてる事が多いです。
でもって自分の所為で悟空に寂しい思いさせてる癖に、第一声が「煩ぇよ」なうちの三蔵。偉そう。それでこそ三蔵か。