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[クラスコ]静寂の幕間

  • 2017/08/11 21:00
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今日は誕生日パーティをするんだから、早く帰って来いよ、と言われていた。
約束の出来ない事を言われても、クラウドは努力すると曖昧な返事しか出来なかったのだが、仲間達の心遣いは嬉しかった。
本来の役割の持ち回りを飛ばして、恋人であるスコールと二人での散策任務が回されたのも、その一環なのだろう。
夜は仲間達と賑やかに過ごすのだから、日中は二人きりで楽しんで来い、と言う事だ。

この露骨な気遣いに顔を顰めたのはスコールの方であったが、バッツに「じゃあ夜に二人っきりの方が良いか?」と言われて、沸騰した。
夜に二人きりになったからと言って、“何”をすると言われた訳ではないのだが、その手の話に敏感な思春期の少年に対する言い方としては、中々意地が悪い。
真っ赤な顔でガンブレードを握るスコールを宥め、「行かない!」「一人で行け!」と言う彼を引き摺りながら秩序の聖域を出発したのは、半日前の話である。

散策に出れば、イミテーションの駆逐と、歪の侵食を調べて回るのが仕事であったが、今日はそれも大した数にはなっていない。
と言うのも、今日の任務先として指定されたエリアは、つい先日、他のメンバーが散策を終えたばかりの場所だからだ。
混沌の大陸に近い位置ならば、一日二日が経つだけで再侵食が始まるのだが、今回はその心配はない。
その事に気付くと、またスコールが赤くなって口を利いてくれなくなったが、聖域にいた時と違い、人目がないお陰か、それ程尾を引く事はなかった。

とは言え、だからと言ってやるべき事を何もせずにいると言うのも、落ち着かない。
クラウドにしろスコールにしろ、その点は真面目なのだ。
形だけではあるが、点在する歪のパトロールだけでも済ませておこうと、二人の意見は一致した。

歪はそれぞれ離れた位置に点在しているので、出たり入ったりを繰り返す必要はなく、時間の殆どは移動に費やされた。
イミテーションの姿すら見られないので、退屈と言えば退屈な道中である。
しかしクラウドは、こんなにも穏やかな散歩道と言うのも滅多にない事だと、悪い気はしなかった。

いつも歪が浮かんでいる場所に、いつも通りの青い歪がある。
念の為にと飛び込んでみると、其処はジタンの世界の破片と思しき、風変りな飛空艇の上だった。
ジタンが『劇場艇』と呼んでいたように、飛空艇の上はまるでステージのような広さと段差がある。
透明な壁に覆われた向こう側は、何処までも続く夕日色の空があり、天空を飛んでいる状態を切り取られた世界のようだ。
歪の紋が青を映していた通り、内部にはイミテーションの影もなく、劇場艇のプロペラ音が薄らと聞こえて来るだけだった。


「此処も問題ないな」
「ああ。……なあ、スコール、少し休憩して行かないか?」


確認だけを済ませて直ぐに歪を出ようとするスコールを、クラウドは引き留めた。
スコールは、何を暢気な、と言いたげな表情を浮かべるが、


「此処から次の歪までは、少し距離があるだろう。このまま行くと途中で疲れるぞ」
「……」


そんなに言う程の事ではないだろう、とスコールは思ったが、これまでに比べると少し距離があるのも事実。
周辺環境の傾向から見ても、急ぎ足で回らねばならない理由もない。
歪の出口へと向かおうとしていたスコールが踵を返すのを見て、クラウドは満足そうに頬を緩めた。

ジタンが言うには、劇場艇の甲板は、実際に舞台のステージとしてよく使われていると言う。
広い下段のステージは、両端から高台になる上段へと上る事が出来、登ってみるとその高さの違いがよく判る。

上段から下を見下ろすと、足元は見えないものの、他はステージの端から端まで見渡せる。
センターとなる位置に立てば、ステージ向こうの雲海まで、余す所なく望む事が出来た。
ジタンの解説では、劇場艇の周り───飛空艇の発着場から、その向こうにある家屋の屋根まで、かなりの距離の場所まで、客席は拡がると言う。
その全ての客に演技が見えるように、声が聞こえるように、物語が届くように演じなければならないから、相当の努力と技術が要るとのこと。

クラウドが上段のセンターの縁に腰を下ろすと、スコールも倣うように隣に座った。
二人の視線は、甲板の向こうの雲海へと向けられている。


「此処は時間が経つようだな」
「……ああ」


多くの歪の内部は、時を止めたまま、昼は昼が、夜は夜がずっと続いている事が多い。
混沌の侵食が進むようになると、時間が経つ内に何某かの変化が起こる事はよくあるのだが、人の足が及ばない範囲───例えば、『夢の終わり』の遠い景色であるとか───は、時間と言う概念にすら置き去りにされたように、変わらぬ景色が居残る。

しかし二人が今いる劇場艇の周辺は、ゆっくりと時間が過ぎて行く。
入った時には橙と紫の混じった夕焼けであった雲海が、今は夜色に染まっていた。
夕暮れはあっという間に終わるとはいえ、一時間も此処にいる訳ではないのに、風景の変化が速い所を見ると、やはり現実の時間とは何かが異なっている事が判る。

眺めている内に、雲海の景色は夜のものに変わっていた。
雲の上を飛んでいるとあって、上空には一片の翳りもなく、満天の星が世界を満たしている。


(……良い景色だな)


じっと空を見詰めながら、クラウドは思った。

星空や月ならば、『月の渓谷』に行けばいつまでも見られるだろう。
あそこの景色も良いが、しかし空の上から空を見る事が出来るのは、この劇場艇だけだ。
大地から見るよりもずっと近い場所から見る所為か、星が随分と明るく見える。

クラウドは、此処に落ち着いてから沈黙している恋人を見た。
スコールはじっと満点の星空を見上げており、クラウドの視線には気付いていない。
何か考え事をしているのか、蒼の瞳は何処かぼんやりとしており、心此処にあらずと言う様子だった。
時間を持て余すと思考を巡らせてしませ、そのまま自分の内側に沈んでしまう癖があるスコールは、こうなると酷く無防備だ。
そんな少年の横顔に、クラウドの悪戯心が仄かに灯る。

床に置かれたスコールの手に、クラウドは自分の手を重ねた。
途端、はっと我絵に帰った目がクラウドへと向けられる。


「クラ、」
「静かに」


何してるんだ、とでも言おうとしたのであろうスコールの声を遮って、クラウドは重ねた手を握った。
顔を近付けて行くと、クラウドの意図を察してか、星明りで照らされた白い頬が赤くなる。
反射的に逃げようとする腰を捕まえて、クラウドは強い力で引き寄せた。
二人の唇が重なって、蒼灰色の瞳が見開かれる。


「んぅ……っ!」


柔らかな感触と共に伝わる熱に、スコールが身を捩ろうとする。
それは照れ臭さや恥ずかしさから来るもので、触れ合う事を決して嫌がっている訳ではない事を、クラウドは知っていた。

何度も触れては離れを繰り返している内に、段々とスコールの体から強張りが解けていく。
スコールの手を握る手の力を緩めると、彼の手はするりと逃げた後、クラウドの手のひらへと重ねられた。
恥ずかしそうに逸らされる視線を、間近の距離で見詰めながら、応えてくれる恋人にクラウドは愛しさを募らせる。

ゆっくりと舌を絡ませ合いながら、重ねていた唇を離す。
はぁ、と熱の籠った吐息が漏れて、薄く開いた瞼の奥から、仄かに寂しそうな蒼が覗いた。


「……クラウド」


先は呼び損ねた名前を、スコールはもう一度紡いだ。

クラウドを見上げる瞳は、ぼんやりとした熱を宿し、夢現の狭間にいるよう。
そんな彼の頬を撫でると、スコールは甘える猫のように目を細めた。

薄い肩を押してステージ甲板に押し倒すと、スコールの顔がまた赤くなったが、嫌がる事はない。
こんな所で、と呟くのが聞こえたものの、それだけだった。
覆い被さる男を蹴り飛ばす事も、止めろと暴れる事もないから、良いのだろう、とクラウドは受け取る。
大きく開いている襟から覗く鎖骨にキスを落とせば、右手がそっとクラウドの肩を掴みつつ、


「……今日は、早く帰れって」


出発する前の仲間達の台詞を、スコールは思い出したように言った。
それを受けて、ああ、とクラウドは頷く。


「夜までには、な」
「………」
「此処の夜の事じゃないぞ」


夜の雲海へと視線を向けるスコールに、クラウドは苦笑して言った。
そんなに簡単に、この二人きりの時間を終わらせるなんて、勿体ない。

────誕生祝をしてくれると言う仲間達の気持ちは、とても嬉しい。
日付感覚なんてあるようで殆ど必要のないこの世界でも、偶々手に入れたカレンダーを頼りに、細やかなイベント事や労いを計画してくれる面々には、頭が下がる。
クラウド自身、そうした事に鈍い自覚があるので、彼らが言ってくれなければ、今日と言う日すら気付かずにいつも通りに過ごしていた事だろう。
こうしてスコールとの束の間のデートを味わえるのも、そんな彼等の存在があってこそと言うものだ。

しかし、それはそれとして、恋人と二人きりの甘い時間は、長く味わっていたいもの。
平時は何かと別行動を取る事も多いので、生活の擦れ違いも少なくないのだ。
そんな時間を取り戻すように、ゆっくりと、出来るだけ長く、二人きりで過ごせる時間を大事にしても、罰は当たるまい。

歪の中にいる限り、外の時間は判らない。
歪の中の時間が停滞せず、独自の速さで動いているとなると、尚更体感時間は狂う。
それでも、この世界の空が白むまでは、まだしばらくの時間が必要となる筈だ。

夜の雲海を見詰める蒼の眦に、キスをする。
こっちを見ろ、と言うクラウドの誘い気付いて、スコールはふらふらと視線を彷徨わせた後で、覆い被さる男を見上げた。


「……帰り、あんたが運べよ」
「判っている」


意を決したように、真っ赤な顔で要請する恋人に、クラウドは緩む口元を堪えて頷いた。



スコールの手が、クラウドの頬を撫でる。
誘われるままにもう一度唇を重ねると、撫でる手は首へと絡められた。





クラウド誕生日おめでとう!
と言う訳でクラスコ。

運べと言う事は、自分が歩けなくなる予想はしていると言う訳で。
誕生日だから、恥ずかしいけど応える気持ちはあるのです。

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