[ジタスコ]テール・セラピー
ジタンの尻尾は、非常に感情豊かである。
彼自身も余り感情を隠すタイプではないのだが、尻尾はそれ以上に正直であった。
彼が弁舌を振るって言葉を飾っても、それが本音か、或いは飾り言葉か───決してそれは虚偽と同義ではないが───は、尻尾を見れば判る。
嬉しそうな時は左右に振られ、警戒している時はピンと立ち、苛々としている時は床を叩く。
まるで猫の尻尾みたいだと言ったのはバッツだったか、ティーダだったか。
強ち遠くはない、と思ったのを、スコールは覚えている。
そんな尻尾は、非常に敏感に出来ており、繊細だ。
戦闘中に尻尾を使って体勢を変えたり、木枝に捕まったりと、大胆な動きが出来るのは、決して感覚神経が鈍いからではなく、逆に鋭敏であるからこそ出来る芸当と言えよう。
それだけに、ジタンは自分の尻尾を他人に触れられる事を嫌う。
曰く、触られると妙にムズムズするようで、その感覚はまだ良い方らしく、握られた時には非常に痛い事も多いそうだ。
仲間達の内に彼の尻尾を苛めるような人間はいないが、悪意なく、悪気なく、思わず掴んでしまうと言う事は儘ある話で、その時は流石の彼も恨めしく睨む。
ごめん、と謝れば、気を付けてくれよ、の一言で許してくれる辺りは、彼の大らかさの表れであった。
そんな尻尾を、ジタンは時々、毛繕いしている。
犬猫のような換毛期があるのかスコールは知らないが、時々抜け毛が散らばっている事があるので、生え変わる事は確かなようだ。
風呂に入った後等は判り易く、乾かした後に膨らんだ尻尾の所々に、もふっと一際大きくなった毛玉が見える事がある。
その時の尻尾の不格好さがジタンは気に入らないようで、定期的にブラシで毛並みを整えているのだと言う。
今日もジタンは、風呂上りのリビングで、尻尾の手入れをしていた。
それを遅れて風呂から上がったスコールが見付ける。
「……いつも面倒そうだな」
濡れた髪をタオルで拭きながら、スコールはソファに座って尻尾にブラシを梳いているジタンを見て言った。
ジタンは毛の多い柔らかなブラシを動かしながら、「んー?」と反応を寄越し、
「面倒っちゃ面倒だけど、もう日課みたいなもんだからなあ」
「……」
「お前が毎朝、髪のセットしてるのと同じようなもんだと思うぜ」
ジタンの例えに、それならば苦と思う感覚も通り過ぎたか、とスコールは思う。
スコールの髪は、柔らかな毛質をしている所為か、癖がつき易い。
野営をしている時には殆ど寝返りを打たないので、少しの寝癖が着く程度で済むのだが、秩序の聖域で寝ている時は酷いものだ。
それ程ゴロゴロと寝返りを打つタイプではない───と当人は思っている───筈だが、目覚めてみると酷い有様になっている事は少なくなかった。
それを放って置くなどスコールに出来る筈もなく、毎朝洗面所で寝癖を戻した後、整髪剤をつけて髪型を整えている。
フリオニール等はその様子を不思議そうに見ていて、毎日面倒じゃないか、と言って来た事もあった。
確かに面倒と言えば面倒で、やらなくて良いならそれが一番楽なのだが、そう言う訳にも行かないのだから仕方がない。
酷い髪型で一日を過ごしてしまう位なら、朝の数十分をヘアセットに使う方が良い、とスコールは思う。
ジタンの尻尾の手入れも、スコールにとってのヘアセットと同じだ。
外で雨に降られた時は仕方のない事として諦めるが、ブラシや落ち着ける空間等、整えられる環境があるのなら、毎日少しずつ整えている方が楽だろう。
黙々と尻尾を磨くジタンを見詰めながら、スコールは向かいのソファに座った。
タオルで余分な水分を吸い取って、少し軽くなった髪を手櫛で梳く。
細い毛は指の隙間をするすると抜けて行き、乱れていた流れはすっきりと落ち着いた。
そんなスコールの前で、ジタンは抜け毛の絡まったブラシを睨み、
「今日はよく抜けるな……」
「……生え変わりでもあるのか」
「なくはないかな。普通なら夏とか冬とかにちょっと多く抜けたりするんだけど、此処じゃ季節も判んないから、日によってまちまちでさ」
ブラシに絡まった抜け毛をちまちまと取り除きながら、ジタンは言う。
スコールはそれを聞きながら、やっぱり動物の尻尾みたいだな、と思った。
抜け毛をゴミ箱に捨てて、ジタンはもう一度尻尾にブラシを当てる。
何度か毛並みにそって動かした後、ブラシをくるりと裏返して、ジタンは溜息を吐いた。
「あ~、もうキリがねえや。今日はこの辺にしとこ」
誰に強要された訳でもなく続けている作業であるが、それでもやはり飽きは来る。
ジタンは溜息を吐いて、ブラシをテーブルに置いた。
尻尾は所々に毛溜まりが覗いていたが、ジタンはそれを見るのも飽きたとばかりに、ばたっとソファに寝転んだ。
俯せになったジタンの尻尾が、ゆらゆらと宙を彷徨っている。
スコールはそれを暫く見詰めた後、電気の明かりでひらひらと仄かに光る毛並みに、むずむずとした衝動に見舞われ、
「……ジタン」
「んー?」
「…俺がやっても良いか」
「ん?…尻尾?」
スコールの申し出に、ジタンは顔だけを起こして問い返す。
無言で頷くスコールを見て、ジタンは少しの間、考えるように黙っていたが、
「ま、いっか。スコールなら引っ張られる心配もないもんな」
ジタンの言葉に、誰かに引っ張られたのか、バッツ辺りか、とスコールは想像を巡らせる。
その時、何かが頭の奥に引っ掛かったような気がしたが、明確な形にはならないままで、直ぐに靄に消えた。
ブラシを手にソファを移動すると、ジタンが体を起こして場所を開ける。
隣に座ると、早速尻尾が差し出された。
スコールは手袋を外し、悪戯な刺激を与えないように、力を加減して尻尾を握る。
ちら、とスコールがジタンを見遣ると、彼はいつもと同じ、何処かわくわくとした表情で此方を見ていたので、どうやら痛みはないようだと力加減を記憶して、握った尻尾を引き寄せた。
毛の多いブラシをそっと宛がい、毛並みにそって動かす。
シャッ、シャッ、と二度梳くと、ブラシに金色の毛が絡まって抜けた。
「結構直ぐに抜けるんだな」
「まーな。抜けるとこが抜ければ、そうでもなくなるんだけど」
「……そうか」
スコールは、綺麗に流れる筈の毛並みの中で、ぴょこりと顔を出している抜け毛のある場所を梳いた。
毛並みの中で少々絡まっているのか、直ぐには取れなかったが、何度か梳いていると取れる。
ジタンの尻尾で特に敏感なのは、根本と先端だった。
先端の方はジタンが自分で手入れをしたので、すっきりと整えられていたが、やはり根本は自分で見え難い分、やり辛いのだろう。
毛玉が目立つのを見付けて、スコールは力加減をより慎重に気遣いつつ、ブラシを当てた。
あまりブラシを押し付けないように心がけて、シャッシャッと撫でる。
しばらくブラシを動かしていると、段々と抜け毛の量が減っていく。
ブラシに絡まった毛を捨てて、もう一回、二回と梳いてみるが、もうあまり絡まって来る毛はない。
緩く握っていた手で、ゆっくりと毛並みを撫でてみると、すっきりと柔らかい毛並みの触り心地が伝わる。
「…こんなものか?」
「お。良い感じじゃん、サンキューな」
ジタンは体を捻って自分の背中で揺れる尻尾を見て言った。
上機嫌に尻尾がゆらゆらと動くのを見て、スコールも満足する。
日々の手入れが大事なのは道具も同じ、とスコールはブラシに絡まった毛を几帳面に取り除いていると、するり、と何かがスコールの腕に絡まる。
緩い力でスコールの二の腕で遊んでいたのは、ジタンの尻尾だ。
「……なんだ?」
「お礼だよ」
「……?」
「結構丁寧にしてくれたし、気持ち良かったから」
するする、するる、と尻尾が動く。
その度、整えたばかりの柔らかな毛並みが、スコールの腕をくすぐった。
むずむずとした衝動が、またスコールの中に生まれる。
素手をそろそろと伸ばして、尻尾に触ると、ふわふわとした感触が手のひらに返って来た。
ジタンの尻尾は、一部の仲間達にとって、癒しアイテムの一つだ。
特にふかふかとしたものが好きなティナは一等気に入っており、時々「触っても良い?」とジタンにおねだりしていた。
ティナの頼みならばジタンが断る筈もなく、幾らでも、と快く尻尾を差し出しているのをよく見る。
他にも、ティーダやクラウドと言った面々が密かに気に入っており、時々「触らせて欲しい」と頼んでいた。
此方はジタンのその時の気分や流れで、応えたり断ったりとまちまちである。
それ程、ジタンにとって、敏感な尻尾を触られると言うのは、安易に許容し難い事なのだ。
それを知っているから、スコールも時々触ってみたい衝動に駆られつつも、嫌だと知っている事を求める気にはなれず、密かに我慢していた。
毛並みに添って尻尾を撫でるスコールの手は、不器用ながら優しい。
先端をふにふにと握られて、少しジタンはむず痒いものを感じたが、好きにさせた。
腕に絡ませていた尻尾を少し解いて、スコールの首元をくすぐると、形の良い手がその尻尾を追う。
首筋を細い毛がするすると撫でて行く感触に、猫をあやしているみたいだな、とスコールは思う。
そうして目を細めては、尻尾の動きを手で負うスコールに、猫がじゃれてるみたいだな、とジタンは思った。
9月8日と言う事でジタスコ。
お互い、仔猫をあやしてる親猫の気分。