[8親子]ディア・マイ・ダディ 2
母が買い物が必要だと言ったので、自分からそれを引き受けた。
それは平時からよく見られる光景ではあるのだが、頼まれるより先に挙手をした事には、理由がある。
行き付けのスーパーは、正月三が日の内、二日目まで休みだった。
今日が開いてて良かった、と思いつつ、レオンは頼まれた商品を一通り買い物籠に入れ、最後に自分の目的のものを手に取った。
母には後で代金を渡すとして、取り敢えずはまとめてレジを通し、帰路を急ぐ。
マンションまで戻ると、レオンはぽかりと空いた駐車場を見て、両親が予定通りに出掛けた事を知る。
駆け足で階段を上り、幼い妹弟が留守番をしているであろう家の玄関を開けると、
「レオン、お帰り!」
「おにいちゃん!」
玄関で待っていたのかと言うタイミングで、エルオーネとスコールの声が重なった。
どん、と抱き着いて来た弟を受け止めつつ、「ただいま」とレオンも応える。
ドアに鍵を掛け、冷える玄関先からいそいそと逃げて、レオンは買い物袋をキッチン台に置いた。
先ずは母に頼まれたものを冷蔵庫に入れる作業を済ませる事にする。
その間に、エルオーネが学校の家庭科の課題で作ったエプロンを取り出して身に着けた後、今日の為にとレオンが購入して置いたスコール用の子供用エプロンも取り出す。
自分ではまだ上手く出来ないであろうスコールに、エルオーネがエプロンを着せてやった。
隙間が増えていた冷蔵庫がまた埋めた後、レオンも自分のエプロンを取り出す。
「よし。準備は良いか?」
「うん!」
「はい!」
兄の確認に、両手を握って気合を入れる妹と、手を上げて張り切る弟。
そんな二人を見て、レオンもよし、と頷いた。
「先ずは材料の確認だな。これがスポンジ。ケーキの土台だ」
「どだいって何?」
レオンが買って来たばかりのスポンジケーキを見せると、スコールがきょとんと首を傾げる。
「ケーキの中にあるものだよ」
「ケーキの中……?」
「いつも食べてるケーキ、中に黄色いのがあるでしょ。ふわふわしてる所。あれがコレなんだよ」
知らない事ばかりの弟に、エルオーネが説明した。
スコールは、ふえー、と不思議なものを見る顔で、スポンジ生地を見詰める。
レオンはスポンジの入った袋をキッチン台に置いて、ホイップクリームの箱を開けた。
中には既にデコレーション用に固められたホイップが絞り袋に詰めて納められている。
「これが生クリーム」
「生クリーム!あまいの!」
「これでスポンジをケーキにして行くんだぞ」
「やりたい、やりたい!」
「まだだよ、スコール。材料の確認が先なの」
ちゃんと全部確認しなくちゃと言う姉に、スコールは待ち遠しそうな顔で兄を見る。
レオンはくしゃくしゃとスコールの頭を撫でて、ホイップクリームは箱に戻して冷蔵庫へ入れる。
なんでしまっちゃうの、と言うスコールに、冷やして置いた方が良いんだよと答えた。
それから野菜室に入れていたイチゴのパックと、蜜柑の缶詰を取り出す。
「イチゴと蜜柑。ケーキの中に挟むのと、上に乗せるのに使うぞ」
「いちご、いちご!」
「えーっと、最初は……イチゴを洗う?」
「ああ。それから、蜜柑の水切りか。エル、蜜柑は頼んで良いか?」
「うん」
「ぼくは?ぼくは?」
「スコールは一緒にイチゴを洗おう」
キッチン上の棚からボウルを三個取り出しながら、レオンは言った。
エルオーネが蜜柑の缶詰とボウルを二つ受け取り、缶詰の蓋を開ける。
プルタブ付きの缶詰なので、エルオーネでも簡単に開けられた。
指を切らないように注意しつつ、エルオーネは蜜柑をボウルの一つに移して、箸を使って蜜柑とシロップを分ける作業を始める。
その隣で、レオンは水を張ったボウルにイチゴを入れて、食卓テーブルへと移動した。
キッチン台は四歳のスコールにはまだ高いので、食卓テーブルの方に踏み台を使って作業するのだ。
「いちご……」
「食べちゃダメだよ、スコール」
「んぅ」
ちゃぷちゃぷと水の中でイチゴを泳がせながら、じっと見詰めるくりくりとした瞳に、エルオーネがすかさず注意した。
スコールはむぅと唇を尖らせつつ、つまみ食いは良くない事と思ってもいるので、我慢してイチゴを洗い続けた。
「水つめたいー」
「指先、痛いか?無理しなくても良いぞ」
「んーん、へいき」
「そうか?じゃあ……水から上げて。こっちのザルに移して」
水受け用の深皿の上にザルを乗せて、レオンが促すと、スコールは小さな手でイチゴを落とさないように掬い拾いながら、ザルへと移していく。
スコールがイチゴのヘタを取る傍ら、レオンはキッチンへと移動して、エルオーネと場所を交代して貰った。
キッチン台にまな板と包丁を並べ、スコールがヘタを取ったイチゴを運び入れ、数個を薄くスライスする。
残りはヘタのあった所だけを少し切り落として、空のボウルに移しておいた。
蜜柑を実とシロップで分け終えたエルオーネが、二つのボウルを持ってキッチンへ戻って来る。
「レオン、これ、どうしよう。シロップって使わないよね?」
「そうだな……うーん……カップか何かに移して、冷蔵庫に入れておこう。後で母さんに相談してみる」
「はーい」
勿体ない精神も相俟って、捨てる気にはなれないのは、エルオーネも同じだった。
母は昔から菓子を作るのが得意で、シロップを使った菓子やジュースも作ってくれた。
子供達だけでは使い道のないものでも、何かに活用してくれるかも知れない。
美味しい物に化けてくれる事を祈りつつ、エルオーネはシロップを陶器のカップに移して、ラップで閉じた。
イチゴのヘタを取ってから、出来る事がなくて眺めているだけだったスコールが、うずうずとした様子でレオンのエプロンの端を握る。
見上げる瞳が「ぼくは何をしたらいいの?」と期待を込めているのを見付け、レオンはくすくすと笑って、
「これで飾りに使うものは準備できたし。ケーキの飾りつけを始めるか」
「かざり!ぼくやりたい!」
「リビングでやろう、レオン。まな板、向こうに持って行っていい?」
「ああ」
スコールも作業が出来るように、リビングの食卓テーブルを使おうと言うエルオーネ。
テーブルを汚さないようにまな板を持って行くエルオーネと、それを追って行くスコールを見送りつつ、レオンはキッチンの引き出しを開ける。
(ええと、確か……これを使っていたような)
レオンが取り出したのは、レインが使っているパレットナイフだ。
普段の料理で使う所は殆ど見ないが、子供達の為にケーキを作っている時に使っているので、恐らくこれで良い筈。
始めて使う道具なので自信はないが、多分、なんとかなるだろう、と自分に言い聞かせる。
冷蔵庫で冷やしていたホイップクリームの絞り袋を取り出し、リビングへ。
そわそわとしているスコールと、そんなスコールに落ち着いて待つように言いつつも此方も楽しみなのであるエルオーネの様子に、レオンの口元に笑みが浮かぶ。
スポンジ生地の袋には、「ケーキのデコーレションの仕方」とイラストつきの解説が書かれている。
レオンはそれを参考にし、先ず一番下になる一枚目にクリームを絞り出し、パレットナイフでクリームを塗り拡げた。
「これで、此処にイチゴを挟んで」
「ぼくやりたい!」
「じゃあ、スコール。頼んだぞ」
「うん!ねえ、ミカンも使って良い?」
「ああ」
レオンはまな板ごとスポンジ生地をスコールの前に移動させる。
スコールは兄がスライスしたイチゴを、端から順に均等に並べて行く。
丸いケーキに対し、縦横綺麗に並べられるイチゴと蜜柑の列を見ながら、中央から並べると良いんだったかな…とレオンは思うが、黙っていた。
スコールは楽しそうだし、その横で上下の隙間に小さなイチゴを並べて行く妹も楽しそうにしているので、一々止めるような事でもないだろう。
イチゴを並べ終わると、その上に生クリームを絞り出して、またパレットナイフで塗り拡げる。
二段目を乗せ、同じ作業を繰り返しつつ、蓋をするように三段目を乗せた。
平らな表面に生クリームを塗り終えた所で、側面を塗ろうとするレオンであったが、
「おにいちゃん、ここ生クリームない」
「ん、何処だ?」
「ここ」
「これ、生クリーム足りるかな?」
「どうだろう。結構難しいな……」
上手く埋まらない隙間を塗り足ししていく内に、絞り袋の中身が減って行く。
あまり使ってしまうと、上部のデコレーションに使うクリームが足りなくなってしまう。
デコボコとしている側面の不格好さに眉根を寄せていたレオンであったが、仕方ない、と割り切る事にした。
母ならきっと綺麗に埋められるのに、と思いつつ、彼女は父と一緒に出掛けているのだから頼る訳にも行かない。
第一、子供だけで頑張ろうと決めたのは、他でもない自分たち自身なのだから。
「上の方は、えーと……生クリームが先かな?」
「あっ。あのね、レオン。私、デコレーションの絵、描いてたんだ。持って来るね」
何処から手を付けようかと首を捻るレオンに、エルオーネが思い出したと言ってテーブルを離れた。
寝室へ駆け込んだ彼女は、しばらくすると戻って来て、一枚の紙をテーブルに置く。
其処には、ケーキのデコレーションデザインが描かれていた。
相当大きなケーキを想定していたのか、描いている内に楽しくなったのか、デコレーションは隙間なく細かく描かれている。
流石にこれ全てを再現するのは難しい───と言うのはエルオーネも判っているようだ。
「えっとね、真ん中がチョコのハッピーバースデーの奴で。イチゴとミカンで、ぐるっと円にして囲んで」
「ふむふむ」
「外側がツンツンってしてる、生クリームので。出来るかな?」
「やってみよう。真ん中は……目印つけても大丈夫かな」
レオンは凡その中心を、パレットナイフの先端で軽く撫でた。
薄らと筋が入っている其処を中心に、三人でイチゴと蜜柑を交互に並べて円を作る。
「ケーキっぽくなってきた!」
「イチゴ足りる?」
「なんとか……よし。次は縁を生クリームで」
「あっ、レオン。私もそれ絞るのやりたい!」
「ぼくも、ぼくも!」
ねだる妹弟に、そう言えば自分が絞ってばかりだなとレオンも思い出す。
じゃあ軽く手本だけ、と縁を一ヵ所デコレーションすると、エルオーネもスコールもじっとそれを見詰めて観察する。
失敗したら格好がつかないな、と思いつつ、なんとか崩れない程度には均一なツノを作る事に成功した。
「じゃあ、まずエルオーネだな」
「はーい。ん……しょ。こうかな」
「おねえちゃん、上手ー」
「んふふ」
弟に拍手ですごいすごいと言われ、エルオーネはほんのりと頬を赤くした。
頑張らなきゃ、と気合を入れ直して、エルオーネは縁の半分までデコレーションを進めて行った。
レオン程均一なツノではないものの、それも味と言うものだ。
絞り袋がスコールへとバトンタッチされる。
握り方も覚束無いスコールに、レオンは自分の手を重ねて、掴む所と使い方を教えてやった。
「このまま右手でちょっとずつ押して」
「ん、ん」
「もうちょっと強くて良いぞ」
「んん……んひゃっ」
おっかなびっくりと言う様子で絞り袋を押していたスコールだったが、兄に促されて入れた力が、思いの外強かった。
びゅっ、と出てきた生クリームぼ塊に、ひっくり返った声を上げる。
兄と姉が綺麗に作ったツノの横で、ぽっこりと膨らんだツノに、あうあうと泣きそうな顔をしているスコールに、レオンはくすくすと笑って宥める。
「大丈夫だ、スコール。こうやってゆっくり離せば、……ほら」
隣のクリームとは二回りほど大きな小山に、ツンとツノが立つ。
二度、三度とスコールはより慎重になって、クリームを絞り出して行く。
スコールがその作業に集中しているのを見て、レオンはそっと添えていた手を離した。
スコールは自分の作業に一所懸命で、兄に手が離れた事には気付いていないらしく、そのまま四分の一まで埋めて行く。
生クリームもなんとか足りてくれて、最後はレオンが絞り、縁のデコレーションは終わった。
均一なツノ、少し歪なツノ、バラつきのあるツノと、誰が何処で作業を請け負ったのかがよく判る。
皆で作った、と言う事が判る証のようで、レオンはそれが嬉しかった。
最後に買っておいたチョコレートのメッセージプレートを乗せて、完成。
「出来た」
「できたー!」
「たー!」
ふう、と安堵も混じる息を吐いて言ったレオンに、エルオーネとスコールが万歳で続く。
喜ぶ二人がハイタッチして、兄にも手を向ける。
少し気恥ずかしさを感じつつ、レオンも二人の手にそれぞれ自分の手を重ね合わせた。
「えへへ~。お父さん、喜んでくれるかな?」
「絶対喜ぶよ!ね、レオン」
「ああ。いや、それよりびっくりするかも知れないな」
「びっくり!びっくりしてほしい!」
スコールは興奮した様子で、レオンのエプロンに抱き着き、きらきらと瞳を輝かせる。
今から父の驚いた顔を想像しているのだろう、幼子の顔は興奮と期待に満ちていた。
レオンは弟の頭を撫でて、エルオーネとスコールに片付けを促した。
ケーキは買っておいた箱に移して───デコレーションで重くなっており、包丁で持ち上げ動かすのが大変だったが、なんとか出来た───、冷蔵庫に納めて置く。
後は両親の帰りを待つのみ、と母の携帯電話に「色々終わった。今片付けしてる」と言うメールを送る。
直ぐに「分かりました」と言う簡素な返事が届き、レオンは携帯電話をズボンのポケットに締まって、洗い物をしている妹弟へと合流した。
洗い物も終わり、エプロンも全て洗濯機に入れて、一段落していた頃。
母からのメールで、今から上に上がります、とマンションの駐車場からと思しきメールが到着した。
玄関のドアが開くのを今か今かと待つ子供達の手には、クラッカーが握られていた。
ラグナ誕生日おめでとうで子供達の様子。
うちの地域は年始に開いているケーキ屋があまりないので、子供達に頑張って貰いました。
まずクラッカーとお誕生日おめでとうに。
それから映画のチケットが兄妹がお金を出しあって買ったと聞いて。
最後にケーキを皆で作ったと聞いて。
ついでに、察していたけど子供達の気持ちを汲んで黙っていた妻に。
びっくりの連続+子供達の成長に泣きながらケーキを食べるラグナでした。