[絆]レインドロップ 2
バラムの街に、色とりどりの花が咲いている。
それは右へ左へ進んで、それぞれの安らぎの家へと向かっていた。
その流れとは反対方向進んでいる花が一つと、その花の中を出たり入ったりしているカエルが一匹。
子猫は花の下にいて、花を咲かせた少女と手を繋いでいた。
「ティーダ、走ると転んじゃうよ」
「平気ー!」
エルオーネの言葉も構わずに、ティーダは雨に濡れた道をあちこち駆け回っている。
仕事帰りの大人とぶつかりそうになる度に、大人の方がおっとっととよろめいた。
それに気付かず駆け抜けてしまうティーダに代わって、エルオーネは何度も頭を下げ、スコールも一緒になってごめんなさいをする。
レオン、エルオーネ、スコール、そしてティーダの四人は、バラムでは有名な兄弟であった。
レオン達がまだクレイマー夫妻が経営していた孤児院にいた頃からの話である。
だから、擦れ違ったのが兄弟である事、雨ではしゃぐ無邪気な子供のやる事だからと、大人は皆許してくれた。
でも後できちんと叱らなきゃ、とエルオーネは駆け回るカエルを見て思う。
バラムのバス停留所に来ると、エルオーネは屋根の下に行って、傘を畳んだ。
「ふう……ちょっと肌寒くなって来たかな」
薄着の上に一枚羽織っているのだが、少し足りない気がして、エルオーネは二の腕を摩った。
それを見たスコールが、心配そうにエルオーネを見上げる。
「お姉ちゃん、寒い?僕の上着、貸してあげる」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。スコールが風邪ひいちゃうから、上着はスコールが着ていていいよ」
そう言って、安心させるようにエルオーネが笑うと、スコールも嬉しそうに笑顔を零す。
ぱしゃぱしゃと水が跳ねる音がする。
屋根の外で、ティーダが水溜りでステップして遊んでいた。
私もやったなぁ、なんて思いながら眺めていたら、つるん、とティーダがバランスを崩す。
「あっ」
「あ」
思わず声が漏れて、エルオーネとスコールの声が重なった。
ばちゃん、と一つ大きな水が跳ねて、ティーダが水溜りの真ん中で俯せに転んでいた。
エルオーネは傘を開いて、慌ててティーダの下に駆け寄る。
「ティーダ、大丈夫?」
「ティーダ」
「………うわああああああん!」
エルオーネとスコールの呼ぶ声に返って来たのは、盛大に泣く声だった。
大人達が何事かと振り返る中、エルオーネはティーダを起こして、屋根の下へと戻る。
閉じた傘を柱に立て掛けて、エルオーネはハンカチを取り出した。
ティーダはぐすぐすと泣いて、泥のついた顔を泥のついた手で拭こうとしている。
それを手で制して、エルオーネはハンカチでティーダの顔を丁寧に拭き取ってやった。
「ひっく…ひっ…エル姉ちゃーん……」
「冷たかったね、痛い所はない?」
「ひっく……うん……」
「痛いのない?ティーダ、ホントに痛いのない?」
心配そうに繰り返したのはスコールだ。
うん、とティーダがもう一度頷く。
良かったあ、とスコールも泣きそうだった顔を綻ばせた。
ぷしゅー、と音がして、停留所にバスが到着した。
スコールが其方を見て、ぱっと表情を変えて走り出す。
「お兄ちゃん!」
両手を広げて駆けていくスコールの先には、丁度バスから降りて来たばかりの兄の姿。
レオンは一瞬驚いた表情を見せた後で、すぐにそれを笑みへと変えた。
膝を曲げて、飛び込んできた弟を抱き留める。
塗れたレインコートから滴が移って、服が濡れてしまう事なんて、きっと彼にとってはごくごく些細な事に違いない。
エルオーネもティーダを連れてレオンの下へ急ぐ。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
「お帰り、レオン」
「ああ、ただいま。……ティーダ、どうしたんだ?」
まだ少し目元の赤いティーダを見て、レオンは先程とは違う意味で驚いた顔をした。
ティーダはごしごしと目を擦って、ころんだ、と言った。
「大丈夫か?」
「うん」
痛いのもない、と言うティーダに、レオンは「なら良かった」と笑って、ティーダの赤らんだ頬を撫でた。
「それにしても、どうしたんだ?お前達」
「どうって、レオン。こんな雨だもの。濡れちゃうと思って」
エルオーネが腕にかけていた大き目の傘を見せると、ああ、とようやく合点が行ったらしい。
弟達と違い、小さな子供ではないのだから、レオンがちょっとやそっとの事で体調を崩す事がないのは、エルオーネも判っているつもりだ。
しかし、万が一と言う事もあるし、兄は絶対に自分の体調不良を隠して、家事をして授業に出て、アルバイトもこなして……といつも通りに過ごそうとするに違いない。
それはエルオーネが嫌だった。
「あのね、お兄ちゃん。僕たち、お兄ちゃんのお迎えしに来たんだよ」
「レオンの傘、持って来たんだよ」
「ああ。ありがとう、スコール、ティーダ」
嬉しい事をしてくれる弟達に、レオンは唇を緩ませて、二人の頭を撫でる。
それから彼は立ち上がり、
「エルも、ありがとうな」
大きな手が、エルオーネの艶のある黒髪を撫でた。
もう小さな子供じゃないのに。
そう思いながら、エルオーネはくすぐったさで笑った。
花が二つ、並んで歩く。
子猫とカエルを、空から落ちる涙から隠して。
お兄ちゃん幸せ。子供のお迎えってなんか和むし、無性に嬉しい。
確り者のお姉ちゃんも、なんだかんだでお兄ちゃん子です。