[クラスコ]雨に隠れて
『濡れた。すまないが、タオルを用意して置いて貰えると助かる』
そうメールが届いた時、外は土砂降りだった。
今日は朝から天気が悪く、予報でも一日中雨に見舞われるでしょう、と言っていたが、そんな日でもクラウドは律儀にスコールの家へと足を運ぶ。
雨の中を歩かせるなんて気が引けるし、風邪でも引いたら事だろうと、来なくて良いと言っても聞かない。
お前の顔が見たいんだ、と言われたら、スコールは強く拒否は出来なかった。
相手の顔が見たいのは、スコールだって同じなのだから。
普段はバイクで来るクラウドだが、流石に今日の雨でそれは危険なので、電車で来ると言っていた。
最寄駅からスコールの住むアパートまでは徒歩なので、傘は持ってきているに違いないが、バケツを引っ繰り返したような雨の中で、雨具など細やかな抵抗にもならない。
一番酷いタイミングで街を歩く事になったであろう恋人の為、スコールは直ぐにタオルを用意し、シャワーを浴びれるようにと給湯器のスイッチをオンにした。
程なく来客を知らせるチャイムが鳴り、急ぎ足で玄関扉を開ければ、案の定。
「……酷いな」
「全くだ」
「だから今日は来るなって」
「お前に逢いたい気持ちはこんな雨には負けない」
「……」
クラウドの言葉は歯の浮くものであったが、スコールの胸中は「そんな事言ってる場合か」だ。
トレードマークとも言える、特徴的な逆立った髪型もヘタる程、クラウドはずぶ濡れだった。
本当に頭上からバケツの水が直撃したんじゃないかと、そんな風にも見える。
タオルを差し出せば、ありがとう、とクラウドはそれを受け取った。
がしがしと頭と頭を拭いているクラウドに、スコールはバスルームを指差して行った。
「シャワー、使って良い」
「助かる。ああ、床を濡らすな……悪い」
「別に、良い。着換えも置いてあるから」
「うん」
頷いて、クラウドはブーツを脱いだ。
脛まであって、ベルトでガチガチに固めている筈のブーツなのに、クラウドは靴下まで濡れている。
彼の歩いた痕が床に残っているのを見て、スコールは洗面所に行って床拭き用の雑巾を持ち出す。
シャワーの音をバスルームの扉越しに聞きながら、スコールはくっきりと足跡を残していく水溜まりを綺麗に拭き取った。
片付けを終えたスコールは、キッチンに入ってコーヒーを淹れた。
ホットにするかアイスにするか迷って、あれだけ濡れたら流石に冷えているだろうと、ホットにする。
ついでに自分の分も入れて、いつもならブラックのそれに、なんとなくミルクと砂糖を一杯ずつ入れた。
クラウドは烏の行水も同然で出てきたが、タンクトップ姿の肌がほんのり赤らんでいるのを見て、取り敢えず濡れた事による冷えからは解放されたようだ。
まだ乾き切らない髪を新しいタオルで拭いているクラウドに、スコールはコーヒーの入ったマグカップを差し出す。
「ん」
「ありがとう」
クラウドはマグカップを受け取って一口飲み、美味い、と言った。
それだけの事に妙に胸の奥がぽかぽかとなるのを感じながら、スコールはテレビ前のローソファに座る。
クラウドも隣に座り、もう一口コーヒーを飲んで、ふう、と安息の息吐いた。
テレビを点けると、土砂降りの街が映し出されていた。
一時間の雨量がこの時期の平均雨量を越えた、と言う言葉を聞いて、本当にタイミングが悪かったんだなと隣の恋人を見て思う。
テレビはそのまま全国の天気予報へと移り、この周辺地域一帯が、一昼夜雨雲に覆われているであろうと読んだ。
「今日、うちに帰れるか怪しいな」
「……朝からそう言ってる」
今日の悪天候は、昨夜の天気予報からずっと予測されていた。
発達した雨雲が地方全体を覆い、風がないので流れる事もなく、この地域に留まり続けている。
少なくとも明日の昼まで雨は降り続けるとの事で、昨今の治水に関する関心の高まりもあり、念の為の避難準備を、と言う報道も流れていた。
スコールのアパートの周辺には、大きな川もなく、このアパートも5階建ての最上階と言う立地なので、下手に何処かに移動する必要はないが、そうだとしても雨の激しさは住人達には頭の痛い事である。
天気予報ばかりを見ていても、雨だとしか繰り返さないので、面白くない。
スコールは適当にザッピングして、暇潰しになりそうなものを探した。
サスペンスドラマの再放送をやっていたので、一先ずそれに合わせて、ぼんやりとコーヒーを飲む。
何をするでもなく、二人並んでテレビを眺める、静かな時間が続く。
───と、テレビ画面が薄暗いシーンを映して、くぐもった声が聞こえた瞬間、スコールは思わず手に持ったマグカップを取り落としそうになった。
(これ……深夜枠だったのか。しかも結構古いやつ…)
画面に映し出されたのは、男女の露骨な性交の場面だった。
今時の何かと煩いテレビ番組作りの中では、先ず作れないような光景が拡がり、再放送とは言えよくそのまま放送しているものだと思ってしまう位だ。
回想シーンだったので直ぐに終わるかと思いきや、場面替わってまた性描写が続く。
流石に肝心な部分を映し出すようなAV宜しくなんて事はなかったが、女の演技も相俟って、中々にねちっこく構成されている。
寧ろ此処が番組の本番とでも言いたげな盛り上がり様だ。
画面の隅にこれ見よがしの伏線として刃物が映っていたが、スコールはそれ所ではなくなっていた。
(チャンネル、変える……いや、それも、何か……)
手元のリモコンに手を伸ばしかけて、止める。
此処でテレビのチャンネルを変えたら、今まさに映し出されている光景について、強く意識してしまった事が隣の男にバレてしまう。
何食わぬ顔でテレビを眺めているクラウドの姿に、動揺している自分が酷く子供っぽく見えたのが、スコールの見栄を刺激した。
早く場面が切り替わる事を願っていると、やっと女が刃物を握った。
シルエットから振り下ろされた刃物で男が斬られ、思わせぶりな血飛沫が上がる。
さっきまでの濃厚な性描写とは一転し、大袈裟な殺傷シーンとの落差が、スコールの気分を少しだけ救ってくれた、ような気がした。
その内にマグカップの中身は減って行き、スコールの手元のそれが空になって、今度はブラックを飲もうと言う気分でスコールは腰を上げた。
「クラウド。コーヒー、お代わりは」
「いや、まだあるから大丈夫だ」
「ん」
いそいそとテレビから離れて、スコールはキッチンに向かう。
サーバーのコーヒーを温め直し、マグカップにこぽこぽと注いでいると、きし、と床を踏む音が聞こえた。
それから、とん、と背中に寄り掛かる重みがあって、スコールの腹に太い腕が回される。
振り返って確認するまでもない、クラウドだ。
「おい」
「ん?」
「要らないんだろ、二杯目」
「ああ。コーヒーは良い」
そう言いながら、クラウドはスコールの肩口に鼻先を埋める。
スコールの背中に少し冷たい感触がするのは、クラウドの肩にかけられたままのタオルの所為だろう。
そんな感触とは裏腹に、腹に触れるクラウドの掌は、ほんのりと熱を持って温かい。
背中に密着しているクラウドの体は、タンクトップと言うラフな格好をしている事もあって、がっしりとした体躯の凹凸がはっきりと感じられた。
その事に気付いた瞬間、スコールの心臓の鼓動が跳ねて、じわりとした熱が芯から染み出して来るのが分かった。
おまけに、ついさっきまで見ていたドラマのワンシーンに、似たような構図があった事を思い出して、益々スコールの体は熱くなる。
「…クラウド」
「ん?」
「……邪魔だ」
離れろ、とスコールは言った。
じわじわと溢れ出す熱が見つかってしまう前に、早く距離を取りたかった。
だが、耳元で囁く男は、薄い笑みを浮かべている。
「さっきのドラマ。中々刺激的だったな」
「……べ、つに……」
「でも、お前の方が俺にはもっと刺激的だ」
そう言って、するりと武骨な手がスコールの腹を撫でる。
ぞくっとしたものが背中を走るのを感じて、スコールは唇を噛んだ。
振り払えば良いのは判っている。
コーヒーだって淹れ直したばかりだし、茶菓子でも出してのんびりしようかと思っていたし、そもそも今日はそう言うつもりはなかった───多分。
しかし、一人暮らしの家に恋人を上げて置いて、何をするでもなく過ごすなんて、若い二人には土台無理な話だったのだ。
「どうせ今日は外には出られないんだ。良いだろう?」
窓の向こうでは、大粒の雨が降り続いている。
こんな天気でもなければ、あんなドラマを見る事もなかったのに。
そんな事を思いながら、スコールは熱い手のひらが肌を上って来るのを感じていた。
7月8日と言う事でクラスコ。
自宅デートでいちゃいちゃさせた。
思春期の17歳だもの、ラブシーンや濡れ場シーン見ちゃって一人気まずくなるのも良い。
クラウドはなんでもない顔で眺めながら、こういう時こうしたらスコールはこう言う反応をするな、って考えてる。