[クラスコ]リフト・ユー・アップ
一時、恋人同士の時間を持ちたくて、スコールを連れて秩序の聖域を離れた。
何をしたいと言う訳でもなかったし、そう言うものは夜に集約されていた所もあり、それが不満と言う事もなかったのだが、それはそれ、だ。
聖域には他の仲間の気配もある事から、恥ずかしがり屋の恋人は、どうしてもスキンシップの類に積極的ではない。
元々がそう言う性格である事は判っているつもりだが、それでも時々、スコールの方から接触を求めて欲しいな、と些細な我儘を持つ事はあった。
だからスコールを連れ出した訳だが────秩序の女神の恩恵が届く範囲から一歩でも離れれば、其処は何処であろうと戦場だ。
徘徊するイミテーションや魔物に襲われるのは日常の一部で、それらは此方の都合など鑑みてはくれない。
静かな湖畔の袂で、少し緊張した面持ちのスコールから、不慣れながらも精一杯のキスが貰えそうな所だったのに、茂みの奥から匂った魔法の気配に、甘い空気は吹き飛んだ。
現れたのはイミテーションの群れだ。
練度は高くないが、どれもが通当てを得意とする魔法タイプのものであったのが、二人にとっては厄介なこと。
魔女を司令塔に、少女、妖魔、道化と言う配置に、近接パワータイプであるクラウドとスコールは聊か不利である。
先ずは魔法に癖があって、本人とよく似た軌道の読み辛い道化を集中して叩き、破壊する。
次に少女と妖魔を分断し、彼女らの懐に潜り込み、魔法使いが得意とする遠距離の攻撃を殺した。
僅かな時間差で二体は破壊され、最後に残った魔女を追う。
他の三体に比べれば精巧な造りをした魔女のイミテーションは、己の有利な立ち位置と言う者を正確に把握しているようで、決してクラウド達と距離を縮めようとはしない。
追えば追っただけ逃げる魔女に、痺れを切らしたのはスコールだった。
「一気に詰める」
「無理をするなよ」
ガンブレードを構え直し、リボルバーに弾を込めると、スコールの全身から闘氣の圧が溢れ出す。
狙いを定めた一歩を踏み出した直後、スコールは爆発的に加速した。
力の流れを刃の切っ先に集約し、発生する氣の流れに乗って、一気に魔女との距離を詰める。
魔女は抵抗に矢の雨をスコールに向かって放った。
スコールの氣の圧力を切り裂いて、黒曜の矢が彼の躰を掠めるように貫いて行くが、スコールの進軍は止まらない。
あと一歩と言う距離で、スコールは次の踏み込み、そこからもう一段階加速する。
ゴウッ、と真空を切り裂いて迫った刃に、魔女は後退姿勢を取りながらもう一度詠唱を始めるが、遅い。
耳障りな断末魔と共に、人形は粉々に砕け散った。
スコールの走った軌跡の刻まれた後を追う格好で、クラウドも走る。
人形の末路である破片が、光の粒子を纏って塵も残さず消えた頃、クラウドは少年の下へと到着した。
「他に敵はいないようだ。終わったな」
「ああ」
ふう、とスコールがようやくの一息。
その足元が僅かに揺れて覚束ないのを見て、クラウドは眉根を寄せた。
「怪我をしたか」
「……別に」
「隠すな。ちゃんと見せてみろ」
「大したものじゃない」
「お前のそれは信用ならないからな」
もう一度、見せてみろ、とクラウドが促す。
するとスコールは、判り易く眉間に深い皺を寄せたが、じっと見つめる魔晄の瞳に敗けて、ズボンの裾を捲り上げた。
スコールの足は、矢が突き刺さった痕がくっきりと残り、出血している。
大漁出血、と言う程に大きなものではないが、このまま歩くのは辛いだろう。
「ポーションもないしな……ケアルは?」
「戦闘で魔力は使い切った。……応急処置だけ済ませる」
「俺がやろう。ちょっと座れ」
必要ない、自分でする、と言われる前に、クラウドはスコールに楽にするようにと言った。
案の定、スコールは「自分で」と言おうとしたのだろう、口が中途半端に開いたが、クラウドが応急処置用の包帯を用意するのを見て、大人しく腰を落とした。
地面に座り、ズボンを膝下まで捲り上げるスコール。
遠出のつもりなら水筒位は用意して出たのだが、今回は直に戻るつもりであったから、使える道具は然程ない。
スコールが持っていた布地で足を濡らす血を拭いたら、包帯で手早く周りを覆う。
後は早めに聖域に帰って、魔法で治療するのが良いだろう。
その為にも、とクラウドは、スコールの躰をひょいと抱いて立ち上がった。
「な……!ちょっ、おい!」
「ん?」
急な浮遊感に驚いて声を上げるスコールに、クラウドはけろりとした声で返事をした。
どうかしたか、と平然とした顔で訊ねる男に、スコールは赤い顔で近い距離にあるクラウドの顔を睨む。
「下ろせ!歩ける!」
「歩けはするだろうが、それだと悪化するだろう」
「問題ない!」
「まだ出血も止まってないんだ。安静にしておけ」
そう言って、クラウドは歩き出した。
出来るだけスコールの足を揺らさないように───と思っているのだが、抱えられている本人が暴れるものだからどうしようもない。
「あまり騒ぐな。落とすとまた怪我をするぞ」
「あんたが下ろせば良い話だ!」
「それじゃ傷が悪化する」
「平気────っ……!」
平気だ、と言おうとしたスコールの声が途中で途切れる。
足を引き攣ったように強張らせ、顔を顰めるスコールに、言わない事じゃないとクラウドは溜息を一つ。
「意地を張るからだ」
「……意地なんて張ってない」
「ああ、そうだな」
意地っ張りで負けず嫌いの少年は、図星である程それを認めたがらない。
クラウドが流す形で返してやれば、今度は拗ねた顔で唇を尖らせた。
抱えたスコールを出来るだけ揺らさないように、しかしのんびりとする訳にも行かないので、クラウドは急ぐ歩調で帰路を進む。
スコールは時折眉根を寄せ、痛みを堪える仕草を見せており、やはり歩かせなくて正解だったとクラウドは思った。
クラウドとしては、欠片でも自分に魔法の才があれば、もう少し痛みをなくしてやる事が出来たのにとも思うが、ないもの強請りをしても仕方がない。
ちょっとしたデートの気分で出掛けるにしても、ポーション位は用意しておくべきだったな、とそれは反省した。
聖域の気配が近付いてきた頃、おい、とスコールが声をかけた。
「なんだ?」
「……着く前に下ろせ」
その言葉にクラウドが足を止めて腕の中の少年を見れば、薄らと赤い顔が此方を睨んでいる。
恥ずかしがり屋の彼の事だ、このまま帰って誰かに目撃されたくないのだろう。
そんなスコールに、クラウドは俄かに悪戯心が擽られた。
「別に俺は疲れていないぞ」
「あんたの事を気にしてるんじゃない」
「怪我人を運ぶのは普通の事だ。恥ずかしがる事でもない」
「じゃあせめてこの運び方を止めろ」
「怪我人や病人の運搬には適した手法だと思うが」
クラウドはスコールの背中と膝裏に腕を通し、横抱きにしている。
これだと両手が使えなくなる為、戦場と言う環境には適していないと言えるだろう。
スコールは意識があるので、背負えば自分でクラウドに掴まる事も出来るし、クラウドも武器を持つ手が空くので其方の方が無難だ。
しかし横抱きにしていると、運んでいる人物の顔が確認し易い為、負傷者の容態を確かめながら運ぶことが出来るので、クラウドの言うことは事実である。
しかし、この体勢はクラウドやスコールの世界では、俗に“お姫様抱っこ”と言われる奴で、女性がロマンスを求めて憧れるスタイルでもある。
女性は抱える男性の腕に体をすっかり預け、男性は人一人をその腕のみで抱えなくてはならないので、腕だけでなく体幹にも十分な筋肉を求められる。
この時、女性がドレスでも着ていれば、それはそれは映える絵になるのだが、現実は中々難しかったりする。
それを平然とやってのけるクラウドの筋肉は伊達ではない───が、抱えられているスコールは男だ。
背に感じる腕の逞しさは力強く、頼り甲斐があるのだろうが、それにときめく心をスコールは持ち合わせていない。
「とにかく下ろせ。出血も止まったし、もう歩く」
「無理をするな」
「してない。もう、あんた、しつこい!」
スコールは腕を振り回して、クラウドの腕から逃げようとする。
しかし、この抱き方は、古くは花嫁を攫う為の手法として使われた、等と言う話もあり、抱えられた者が其処から抜け出す事が難しい。
何せ腹に力を入れようにも腹部が折り畳まれた状態で、膝は曲げられ、踏ん張りも利かないのだ。
由来については真偽の判らない事だが、スコールが幾ら暴れた所で、簡単に逃げられる訳もないのは確かだった。
クラウドの肩を掴んで腕を突っ張ったり、顎を押してみたりと奮闘するスコールだが、クラウドはけろりとしていた。
寧ろ、何処か微笑ましそうに魔晄の双眸が細められ、それに気付いたスコールが益々悔しくなる。
「くそ……」
「着いたら下ろすさ。それまで良い子にしていろ」
「子供扱いするな」
苦い表情で、最後の抵抗のように、スコールはクラウドのアシンメトリーに伸ばしたもみあげを引っ張る。
いたた、とクラウドが顔を顰めれば、ようやく幼い留飲が下がったようだ。
クラウドに全く下ろす気がない事、これ以上抵抗しても自分が疲れるだけだと悟ったか、スコールは一つ息を吐いて、体の力を抜いた。
クラウドの腕に感じる重力感が少しばかり増したが、気になる程でもない。
暴れてくれたお陰で楽なポジションから少しずれてしまった体勢を、クラウドは抱え直して整えてから、歩く足を再開させた。
規則正しい歩調のリズムに揺られながら、スコールはクラウドの肩に頭を乗せる。
歩かなくて良い事が楽であるのは事実だし、それなら利用させて貰おう、とようやく切り替えたのだろう。
肩を擽る柔らかい髪の感触を感じながら、クラウドは進む。
「痛みはどうだ?」
「……マシにはなった」
「次はちゃんとポーションを持って行った方が良いな」
「……ああ」
「まあ、俺はまた“これ”でも構わないが」
クラウドの言葉に、じろりと蒼が睨む。
絶対に御免だ、と言う音のない声を聞きながら、クラウドは傷のある額にキスをした。
真っ赤になって下ろせと再び叫び出したスコールを往なしつつ、やっぱりこの抱え方が正解だな、と思うのであった。
7月8日と言うことで、いちゃいちゃクラスコ。
戦闘中はどっちもそのスイッチが入ってるから、無茶するのもまあ仕方がない位の心構えだけど、終わったら甘やかしたいし大事にしたいクラウドでした。