[スコリノ]アイ・ウィッシュ
スコールが珍しく真っ当に休みを取ったのは、リノアの為だった。
何かと忙しいばかりで、変に真面目な気質がある所為で、日々を忙殺させているスコールだが、彼の本来の優先順位の第一位はリノアである。
そしてリノアは傍目に見ると奔放な所が多く、よくスコールを自分のペースで振り回しているように見られ勝ちであったが、その実、大事な所ではスコールの気持ちを優先してくれていた。
魔女になった彼女が、何処にも拘束をされる事なく、その事実も一部の人間しか知らない、と言う環境が赦されているのは、騎士となったスコールが“魔女戦争の英雄”として、また“バラムガーデンSeeDの指揮官”と言う公的立場を持っているからだ。
リノアの自由と安全の為にも、スコールは現時点で手元にあるカードを最大限に利用している。
その為の“指揮官”の席であり、肩書であったから、今はまだそれを剥奪されない為にも、この立場について回る義務は安易に放り出せないのだ。
しかし、そればかりを優先していては、リノアと共に過ごす時間は減るばかり。
“月の涙”の影響により、各地の魔物の凶暴化やテリトリー争いが激化した為、人々の生活圏までその脅威は食い込んでいる。
戦う術を持たない人々からは勿論、、軍の対応だけでは間に合わないと、他国からSeeDへの救援要請が増えたことで、スコールを始めとした主力ランクのSeeD達は忙しい日々を送っている。
任務から戻ったその日のうちにまた任務、と言う事も珍しくはなかった。
同時に、復興が進むトラビアガーデンへの助力も行っている為、人手は幾らあっても足りない。
こうした理由が重なる事により、スコールは益々休む暇と言うものを奪われて行くのだが、それではスコールの躰が死んでしまう。
そう言った理由もあって、幼馴染達の先回りの配慮で、スコールは折々に休みを取るようになった。
大抵、それはキスティスやサイファー、アーヴァインと言った面々が、スコールのスケジュールを密かに(勝手に、とスコールは言う)調整し、一日二日の休みを捻じ込むのが常であった。
しかし、今回のスコールは、自分から休暇申請を届け出ている。
スケジュールもしっかり確認して、緊急案件でも飛び込まない限りは、其処が空けていられるようにと調整した。
その日が何か特別な日だった、と言う訳ではないのだが、取るならこの日しかない、と思ったのだ。
申請を出した後、休みを取るから、とリノアに伝えると、彼女は飛び付いて喜んだ。
その笑顔を曇らせたくなかったから、スコールは何としてでも、その日だけは守るつもりであった。
かくして当日がやって来ると、スコールはリノアと連れたってバラムを発った。
たっぷりと時間をかけて休みを満喫するなら、出不精なスコールにとっては寮で過ごすのがベターであるが、それではリノアが詰まらないだろう。
それでも良いよ、とリノアは言ったが、折角の休みなんだから、と思ったのはスコールも同じだ。
折角、リノアの為に取った休みなんだから、彼女が喜んでくれる事がしたい────そう思った。
と言った所で、スコールに女子が喜ぶような甘酸っぱい計画が立てられる訳もなく、取り敢えずと言う気持ちでドールへと到着する。
此処を今日の場所に選んだのは、消去法で残ったからだ。
バラムは二人とも日々を過ごすので見慣れ過ぎているし、ティンバーはリノアがよく『森のフクロウ』に顔を出しに行っている。
デリングシティは少々遠いし、何より今のリノアは実家とガーデンを往復して過ごしているので、此処も彼女にとっては慣れた場所だ。
エスタは遠過ぎるし、二人で出掛ける為にラグナロクを飛ばすのもどうかと、選択肢から外した。
後に残ったのが、船一本でバラムと行き来の出来るドールであった。
だが、結果的にそれで良かったのだろう。
色々な種類の看板が石畳に連ねられたドール市街の街並みを歩き、両手に持った沢山の買い物袋の重みを感じつつ、スコールはそう思っている。
「あっ、あのお店可愛い!」
隣を歩いていたリノアが、向かう先に佇む店を指差して高い声を上げる。
小走りで軒先に駆け寄って行くリノアの手にも、店名の入った紙袋が揺れていた。
追って店前に辿り着くと、リノアがウィンドーに飾られたアクセサリーをしげしげと眺めていた。
クロスや天秤などをモチーフに、シンプルなデザインで作られたゴールドカラーのネックレス。
色違いにシルバーも添えられており、悪くはないデザインだとスコールも思った。
「うひゃあ、良いお値段」
「……買うか?」
「う~~~~ん」
「俺が」
「さっきも買って貰っちゃったからそれはダメ」
「……そうか」
リノアの遠慮に、別に良いのに、とスコールは思う。
確かにネックレスに紐付けられたタグには、そこそこ良い値段が書かれていたが、スコールの給料なら問題ない範囲だ。
カードとグリーヴァのアクセサリー以外に滅多に金銭を注ぎこまない上、忙しさのお陰で大して散財する機会もないスコールである。
興味もないものに投資のような真似事をする位なら、リノアが喜んでくれるものや、彼女に似合いそうな服やアクセサリーを買った方が良い。
スコールはそう考えているのだが、それをリノアに伝えた時、「私がスコールに甘え癖ついちゃいそうだからダメ」と言われてしまった。
甘えてくれてスコールは構わないのに、リノアは自身の線引きをしっかりと守ろうとしている。
それはスコールに迷惑をかけたくないからなのだが、今のスコールは、リノアにならどれだけ迷惑をかけられても良いと思っている。
(……昔と大違いだな)
欲しい気持ちと、財布の事情とで悩むリノアを横目に、スコールはそんな事を考える。
(あんたに振り回されるの、面倒臭いと思ってたのに。今はこんなに……嬉しい)
何気ないリノアの一言に、あっちこっちと目が忙しくなる。
彼女が何を見ているのか、何に喜んでいるのか、確かめて覚えなくてはと思う。
そう言う事を積み重ねて、ちょっとした事でリノアがころころと笑うのが嬉しかった。
だから今日はリノアの為に休みを取ったのだ。
彼女がしたいと言うことなら叶えてやりたくて、そうして笑ってくれるリノアの顔が見たかった。
悩みに悩んだ末、リノアは店に入るのを諦めた。
見る位良いだろう、とスコールは言ったのだが、
「入ったら欲しくなっちゃうし、スコールも買ってくれそうなんだもん」
「……別に良いだろう。ドールは滅多に来ないし、あの商品が次に来た時にあるかも判らないぞ」
「う~、そうだけどぉ。ほら、荷物ももう一杯だし。これ以上重くなったら大変でしょ」
「別に。殆ど服だし、軽いから問題ない」
二人の両手に抱えられた紙袋の中身は、殆どが服だ。
スコールがリノアの気に入った服を買い、リノアもスコールに似合いそうな服を買った。
その他、折角ドールに来たのだからと、幼馴染の面々たちにお土産を、と言うリノアの提案で、彼等にも合いそうなものを一点ずつ、此方は割り勘だ。
こうして二人の荷物は増えた訳だが、中身が服や小さなアクセサリーばかりなので、スコールにとっては嵩張りはすれども重さは気にならなかった。
それでも、良いの良いの、とリノアが言うので、スコールはそれ以上言うのは止めた。
遠慮していると判る彼女を前に、どう言う選択をすれば正解なのか、スコールにはまだ判らない。
甲斐性を見せる所だろうが、と頭の中で対象の傷を持つ男が背中を蹴った気がする。
帰ったら蹴り返そう、と勝手に仕返しを決意しつつ、スコールはリノアと並んで、オレンジ色の光に濡れる石畳を歩いて行った。
「帰りの船までまだ時間があるよね?」
「ああ。行きたい所でもあるのか」
「ん~……行きたいトコ、とかはないんだけど。ちょっとお散歩したいなあって」
そう言いながら、リノアがすす、と身を寄せて来る。
下から覗き込むリノアと目線を合わせれば、じい、とねだるような瞳がスコールを見詰め、
「……手、繋ぎたいであります」
「……塞がってる」
お願い、と小首を傾げて見せるリノアに、スコールは両手に持った買い物袋を掲げて見せる。
リノアもそれは判っていたのだろう、だよねぇ、と唇を尖らせた。
荷物云々は事実であるが、それでなくても、スコールは中々リノアと手を繋がない。
バラムガーデンでは周りの目線があるので仕方のない事だと、リノアも判っているつもりだ。
だからこうして、ガーデンから離れ、二人きりになった時位はと思ったのだが、荷物があるのでは仕方がない。
ついついはしゃいで買い込んでしまった自分を叱りつつ、でも散歩は出来る、と思っていると、
「……リノア」
「はーい」
「これだけ持ってくれ」
「ん?うん」
差し出された紙袋を、リノアは半ば反射的に受け取った。
薄手のシャツが二点入った軽い袋と、セルフィの土産にと買ったブレスレットの入った小袋。
それ以外の荷物を、スコールは既に物を持っている右手へと集め、空になった左手をリノアの前に差し出す。
「え?」
「………」
無言で差し出された、黒の手袋を嵌めた左手。
その意図を直ぐに理解できなくて、きょとんと眼を丸くするリノアに、スコールは薄らと赤くなった顔を反らしながら、
「……繋ぐんだろう」
そう言って、差し出した手を握ったり開いたり。
照れ臭そうなその仕種に、リノアの胸にむずむずと甘酸っぱくて温かいものが芽吹く。
リノアは直ぐに荷物を片手に集めて、右手をスコールの手に重ねた。
白くて細いリノアの指が、スコールの指の隙間にするんと入って絡み合う。
柔く握ってやれば、お返し、とばかりにぎゅっと握る返事があって、スコールの唇が和らいだ。
いちゃいちゃデートのスコリノ。
スコールは懐に入れた人間に対してガバガバになりそうなので、リノアに対して凄く甘いだろうなって言う。
それに遠慮なく甘えるリノアも好きですが、結構ちゃんと礼節を守ったり、誰かの迷惑にならないようにしようって頑張る子なので、際限なく甘やかしそうなスコールを宥めたりもしそう。
でも些細だけど一番のお願いをするっと叶えてくれるスコールに、やっぱり甘えたいリノアは可愛いと思います。