[レオスコ]あまくてかわいい
スコールは甘いものが得意ではない。
食べられない訳ではなかったし、疲れている時など脳が糖分を欲している時には一口入れる事はあるが、ティーダやヴァンのように甘いものばかりをずっと食べてはいられなかった。
バニラアイスを食べるのにもコーヒーが欲しい、と思う位には、食指が伸びにくい部類である。
そんなスコールであるが、極稀に、自分からチョコ菓子の類を進んで買う事もある。
目的はその菓子を食べる為ではなく、付録として同封されているカードなど、そう言ったものだ。
スコールはお気に入りのカードゲームである『トリプル・トライアド』の手札カードを集める事に執心していた。
先日、そのカードゲームに新たな拡張が入り、スコールの収集癖が一年ぶりに再開した。
拡張カードパックは早々に手に入れ、幸いにもレア度の高いカードも殆どを揃える事が出来たのだが、まだ足りないものがある。
高レベルのカードに恵まれた分、低レベルのカードが歯抜けになっていた上、どういう訳か幾つかカードパックを買っても揃わないものがあった。
手札を揃える分には運の良い事であったが、今のスコールの目的は全カードコンプリートである。
プレイヤー間でのカードの遣り取りをするという手段もなかったが、多くのプレイヤーは希少なカードを欲し駆っており、低レアのカードを求めるスコールは珍しいだろう。
カードトレードは出来るだけ同じレアのものか、それに相当するようにとレアカードを複数種揃えての交換が推奨される。
勿論、どのカードに何の価値を見出すかは人それぞれであるから、低レアの為に高レアカードを差し出す者も存在はするが、低レアカードはその排出率からトレードせずとも手に入る物も多く、その奇妙な姿勢故に、訝しんで手を挙げられないとか、冷やかしだと棘を刺されるパターンもあったりする。
お陰で今回は低レアが欲しいスコールは、相手が見付からないと言う状態になっていた。
だからスコールは、食玩として提供されている所まで手を出したのだ。
菓子一品につき一枚しか手に入らないので、コンプリートするにも確率が悪くなるから、普段は先ず購入しないもの。
その考え方は今も変わっておらず、コンプリートを目指すにしても、1/100以下にしかならない食玩のカードを狙うのは的外れだろう。
しかし、コンプリートパックやスペシャルパックを複数開けても、何故か手に入らない最後の低レアカードに、スコールは焦れていた。
パックはやはり枚数分の値段もあるし、開けた分だけ被りカードが増えて行く。
被ったカードはカードショップで換金したりしているが、中身の全てを確認したりする作業が段々と面倒になって来た。
その点、食玩に添付されたカードは一枚しかないので、被ってもその一枚のみを処分すれば良い。
開ける度、目当てのカードではない事に辟易はするのだが、それでもコンプリートを諦められないスコールは、涙ぐましい努力と忍耐で、目的のカードを求め続けるのであった。
そんな訳で今日も食玩を買って来たスコールだが、流石に飽きている。
カードの販促あっての代物であるし、コンビニに置かれる安くて子供受けするような味にされているので、元々甘いものが好きではないスコールが食べ続けられる訳もない。
そろそろこの生活を終わりにしたいと思いつつ、今日買って来たカードを取り出したスコールは、きっと誰もが残念がるであろうレア度最低のカードを見て目を瞠る。
「出た……!」
思わず零れたその声に、キッチンで夕飯の準備をしていた兄が振り返る。
ダイニングテーブルで一枚のカードを凝視している弟の表情に、長くその顔が苦い表情を浮かべていた事を知っているレオンは、おお、と声を上げた。
「出たのか」
「出た!」
そう言って嬉々とカードの表を見せるスコール。
人物でも、伝説の魔獣をデザインしたものでもない、ただ今回の拡張でデザインが変更されただけのモンスターカード。
その一枚だけが、どうしてかスコールの下にいつまでも来てくれなかったのだ。
ようやく手に入ったそれを前に、蒼の瞳をきらきらと輝かせるスコールに、レオンの笑みが漏れる。
「良かったな。これでカードコンプリートか」
「ああ。やっと終わった……」
「あとは、そのお菓子を片付けるだけだな」
テーブルに並べられたお菓子を指して言えば、スコールの表情は一転して顰められた。
「もう飽きた……」
「あれだけ食べていたんだから、そうだろうな」
「………」
もう食べたくない、と言う表情を浮かべるスコール。
しかし、食べ物を粗末にしてはいけないと言う躾はしっかりと根付いている。
スコールは渋々と言う顔で手を伸ばし、菓子の包装を開けて、延べ何個目になるかと言う板チョコを齧った。
「……………甘い」
チョコレートなので当たり前だが、スコールにはこれが辛い。
食玩にも色々と種類のある世の中だが、この食玩は表面にカードのデザインをプリントしたのみのシンプルな板チョコだ。
カードはその板チョコと一緒に、汚れがつかないようにビニール袋に包まれて同封されている。
せめてこの菓子がもう少し食べ易ければ、とスコールは思うのだが、低コストで大量生産、尚且つ販促のメインはカードである事を思うと、不味くないだけマシ、なのだろうか。
甘い味なのに、苦いものを食べているような表情でチョコレートを黙々と食べて行くスコールに、レオンは夕飯の材料が入った鍋を煮込みながら言った。
「目当てのものは手に入ったんだし、後は冷蔵庫に入れておいて良いだろう。今じゃなくて、疲れた時に食べれば良い」
「……そうする」
「後は、そうだな。ホットミルクにでも入れるとか。飲み物にしてしまえば、消費も早いだろう」
レオンの提案に、確かに食べるよりはハードルが低そうだと考える。
ホットミルクならデンシレンジで温めれば良いだけだし、其処に砕いたチョコレートを入れれば、ホットチョコの完成だ。
そう言えば子供の頃にはレオンが良く作ってくれた、と遠い郷愁にも誘われて、一度はそれで飲んでも良いかも知れない、と思った。
封を開けてしまったチョコレートはなんとか食べ切り、後は冷蔵庫へ入れた。
同封されたカードも出していないので、気持ちを切り替えられたら、その時に出してみるとしよう。
高レアが手に入るとは思っていないが、ずっと一枚のカードだけを求めて開けていた時に比べれば楽しめる筈だ。
ダイニングテーブルに置いていたレッドマウスのカードを部屋へと持って行ったスコールは、カード収納用のバインダーを開いて、最初の1ページ目のぽっかりと空いたポケットにそれを納めた。
携帯電話のカメラでページ全体が見えるように撮り、友人たちにメールで送る。
彼等にはカードコンプリートに向けて協力して貰ったので、完成したら報告しなくてはと思っていたのだ。
直ぐに各々から返事が届き、「やったな!」「おめでとう!」と称賛が重なる。
「あんた達のお陰だ」と送った後、また嬉しそうなメールが届いて、無性に恥ずかしくも嬉しくなった。
報告も済ませて満足した所で、スコールはダイニングキッチンへと戻った。
キッチンではレオンがのんびりと鍋を掻き回しており、時間的に見ても、恐らくもう直に夕飯になると判ったが、スコールは一つ口直しがしたい。
兄の後ろでキッチン棚を開け、コーヒーサイフォンを取り出していると、その気配に気付いたレオンが振り返った。
「コーヒー、淹れるのか」
「口の中が甘ったるいんだ」
さっぱりさせたい、と言うスコールに、レオンはくすくすと笑う。
そんなになってまでカードを集めたかった弟に、呆れているのか、微笑ましく見ているのか。
電気ケトルで湯が沸く間にコーヒー豆を挽き始めるスコールに、レオンが声をかける。
「そんなに甘いのか?あのお菓子」
「甘い。……チョコとしては普通なのかも知れないけど。ティーダ達は普通に食べてたし」
「お前には甘過ぎる、か」
「当分見たくない位だ」
「俺も食べてみようか」
「片付けるのを手伝ってくれるのなら、助かる」
そう言いながら、サイフォンを手際よくセットして行くスコール。
後はもう少しで沸騰するであろう、ケトルの合図を待っていると、
「ちょっと味見してみて良いか」
「良いけど、封が開いてるのはもうないぞ」
レッドマウスのカードが入っていたチョコレートは、しっかり食べ切った。
食べるのなら、冷蔵庫にいれた未開封のものを出さないと、とスコールが言おうとした時、形の良い指がスコールの顎を捉えて、くん、と上向きにされる。
柔らかいものが、スコールの唇を覆うように触れた。
見開いたスコールの瞳に、柔らかく光る蒼の瞳が映り、何処か楽しそうに細められる。
呼吸ができない事に気付いたスコールが唇を緩めれば、直ぐに温かいものが滑り込んで来て、スコールの咥内をゆっくりと撫でた。
ぞくぞくとした覚えのある感覚がスコールの首筋を走ったかと思うと、それを与えた男の顔がついと離れ、薄らと濡れた唇を舌がなぞる。
「成程。確かに、甘いな」
これはコーヒーが欲しくなる、と言って、レオンはまた鍋へと向き直る。
呆然と立ち尽くすスコールが我に返ったのは、それから数秒後。
電気ケトルよりも判り易く沸騰して真っ赤になった弟を横目に、レオンはくすくすと、やはり楽しそうに笑うのであった。
レオスコいちゃいちゃ。
甘いのはチョコレートなのか、スコールなのか。レオンにとっては両方。
カードではしゃぐ弟を見るのは可愛いなあと思っている。