[クラスコ]素直になれない精一杯の
二十歳も越えているのに、誕生日を祝ってくれるなんて、気の良い仲間達に恵まれたものだと思う。
何の話の流れから始まったかは最早覚えてはいなかったが、誰それがいつ生まれたかと言う話をした事があった。
暦の数え方もはっきりとしない世界もあるからか、春頃だとか、寒い時期だったとか、その時期になると祝いの席が設けられたとか言う者もいる。
クラウドの場合は、世界で共通したカレンダーがあったし、一年間の月日数もほぼほぼ決まっていた。
何か科学的な根拠に基づき、その日数が一日二日程度の増減はあっても、概ね一年は365日である。
だから一年に一度やってくる個人の誕生日と言うのは、生まれ育った環境による記録の有無はあれど、多くがはっきりと判っていた。
スコールやティーダもこれと同じで、自分が生まれたとされる日が何月何日なのか、はっきりと言える。
その時に、8月11日がクラウドの誕生日である事が皆に知れた。
話自体はそれで終わりではあったのだが、モーグリショップでカレンダーが見付かったのを切っ掛けに、この時の話が蘇る事になる。
カレンダーの購入は、日付感覚を明確にする為のものだった。
何日前に何処で何を見付けた、と言う報告をする際、昨日一昨日以上の日数が経過してからの報告となった際、月日がはっきり判った方が良い。
あくまで事務的な目的で以て購入したアイテムだったのだが、それを見付けたティーダが、「皆の誕生日もメモしておこう」と言い出したのだ。
カレンダーを購入した日が、正確に何月何日なのかは判らなかったから、今日が暦通りの月日に値するかは知らない。
それでも、捲ったカレンダーがその日を指したなら、その日だと思って過ごせば楽しくもなるだろう────と。
かくして、十名分の誕生日が、カレンダーには記された。
月日がはっきりとしない者の方が多いから、暑い日、寒い日と言う区切りと、月と四季と併せて、この辺が妥当だろうと決めた者もいる。
1月が寒いのか温かいのか、そもそも四季がはっきりとある世界と土地なのかも相談されたが、そこまで擦り合わせていてはキリがない。
結局、言い出しっぺのティーダの感覚に沿う事になり、1月は歳の瀬で寒い日だった、と言うのが基準になった。
後は冬、春、夏、秋と三ヵ月ごとに季節の巡りに照らし合わせて、各自の誕生日、或いは誕生月が決定した。
こうして迎えた、カレンダー上の8月11日に、クラウドの誕生日パーティが開かれたのだ。
クラウド好みの味付けの料理が痛く贅沢に並び、モーグリショップで見付けて来たのだろう、この世界では中々希少な酒も複数揃っている。
賑やかしことが好きな面々は、歌だの芸だのと出し物も用意してくれた。
なんとも賑々しい誕生祝は、思い返しても随分と久しぶりのものではないだろうか。
どうにもくすぐったい気持ちもありながら、わいわいと楽しそうに、「おめでとう」と声をかけてくれる仲間達の姿が眩しくて、クラウドは遠慮なくその心地良さに浸らせて貰った。
この日の為にアクロバットを改めて練習したと言うティーダと、それを教えつつ益々自身の腕にも磨きをかけたジタンが、揃って妙技を披露する。
バッツが書庫で見つけたマジックショーの本を頼りに、見事にカードを予知したのも驚いた。
魔法など見慣れたこの世界だが、種も仕掛けも魔力もなく、と謳うバッツの器用さには、相変わらず感心させられる。
他の面々からもそれぞれに誕生日プレゼントが贈られて、もうクラウドの両手は喜びの証で一杯だ。
こうも祝って貰ったならば、自分が誰かを祝う時には、同じ位に───それ以上に祝わねばなるまい。
そんな事を思いながら、楽しい夜は更けて行った。
夕食の時間から賑々しく過ごしたお陰で、日付が変わる頃には、ぽつぽつと落ちる姿もあった。
祝いの席の仕込みの為、早くに起きたフリオニールやルーネス、ワインを飲んで心地良くなったティナが、まず部屋へと帰った。
酒盛りをしていた成人組は長く起きていたが、その内酔いが回ってか、バッツが寝落ちた。
この辺りから、酒を飲んでいない若者組が、食べ明かした食器や、出し物に使ったアイテム等を片付け始める。
こうなれば、良い酔いの中にいた成人組も、そろそろお開きだなと言う空気を感じていた。
「今夜は此処までだね」
「ああ。バッツは私が部屋に運ぼう」
「じゃあこの辺の片付けは僕が。クラウドはゆっくりしていなよ」
「すまないな。ありがとう」
床に転がってかーかーと寝息を立てているバッツを、ウォーリアがひょいと担ぎ上げる。
全く起きる気配のないバッツは、恐らくこのまま、明日の朝まで熟睡しているのだろう。
セシルは四人分のグラスをまとめて持って、キッチンへと持って行く。
クラウドは今日の主役であるので、準備は勿論、片付けの手も免除されている。
名残惜しくはあったが、片付けをしている仲間達の邪魔をするのも良くないし、一足先に部屋に戻らせて貰おうか。
そう思っていると、両手にマジックグッズを持ったジタンと目が合って、
「おう、今日の王様。パーティは楽しめたか?」
「ああ、存分に。いい歳をしてとは思ったが、偶にはこんな日も悪くはないな」
「だろ?次の誕生日パーティが楽しみだぜ。確かスコールの誕生日が直ぐだったよな」
「二週間後……もないか。その日は俺も何か準備させて貰おう」
「十日程度なんてあっという間だからな。次は何をしてやろうかな~」
うきうきと楽しそうに尻尾を揺らしながら、ジタンは片付けの手を再開させる。
見ているだけの主役は、祭りの後にはもう用済みだ。
アルコールが回って心なしか力の緩い体を、よっこらせと持ち上げて席を立つ。
皆から貰ったプレゼントを両手に抱え、テーブルを拭いているティーダに「後は宜しく」と声をかければ、「ッス!おやすみ!」と元気の良い声が帰って来た。
彼もまた、今日と言う日を楽しんでくれたのなら、クラウドも祝われ甲斐があったと言うものだ。
リビングを出て、部屋へと戻るべく静かな廊下を進む。
意識は酩酊する程ではなかったが、このまま寝床に潜り込めば、すんなりと眠れそうな気もした。
ただもう少し、この楽しかった日の余韻は味わっていたいな、と思っていると、
「……クラウド」
呼ぶ声が後ろから聞こえて、振り返ってみると、スコールが立っていた。
彼は確か、キッチンで洗い物をしていたのではなかっただろうか。
そうは思ったが、誕生日の最後に恋人の顔を見れたのは嬉しくて、自然とクラウドの頬は緩む。
「皿洗いは終わったのか」
「……いや。ティーダが替わるってしつこかった」
そう言ったスコールの唇は、拗ねたように尖っている。
頬が微かに赤いのを見て、これはティーダの気遣いだな、とクラウドも悟る。
祝いの席は仲間で揃って過ごしたから、あとの残り僅かな時間ではあるけれど、今度は恋人同士二人きりで過ごさせてやろう、と言う計らいに違いない。
むず痒いものを感じるクラウドだったが、嬉しいものでもあった。
部屋へと向かう足を再開させれば、スコールもその後をついて来る。
顔を見られまいとしてか、隣には並ぼうとしないスコールに、クラウドは階段を登りながら言った。
「俺の部屋に来ないか」
「……別に、良いけど」
ストレートに誘ってみると、僅かな間の後、そんな返事があった。
ちらと後ろを見遣ってみれば、スコールは手摺を持つ自分の手を見ながら、頬を赤らめている。
酒を飲んでもいないのに赤みがあるのは、この後のことを想像しているからだろうか。
クラウドとしては、別段、そのつもりで言った訳ではなかったのだけれど───ただもう少し、二人きりの時間を堪能していたかったのだ───、そう期待してくれるならと現金な気持ちに口角が上がる。
自室のドアを開けて、後ろをついて来ていた少年を見る。
スコールはクラウドの顔を見ないまま、するりと部屋の中へと入って行った。
自分も入ってドアを閉め、取り敢えず両手を塞いでいるプレゼントボックスを部屋の隅にある机に置く。
これを今すぐ開けても良かったが、立ち尽くすスコールの存在が何よりクラウドの気を引いていた。
「スコール」
「……」
名前を呼ぶと、そろり、と蒼灰色が此方を見た。
落ち着かない様子で佇んでいるその手を取り、ベッドへと誘う。
誘導先がなんとも露骨に思えなくもなかったが、どうせこの部屋にある椅子は一脚のみだ。
二人で腰を落ち着けるなら、結局はベッドに行く事になっただろう。
並んで座り、傷の奔る額にキスをすると、スコールは羞恥心からかぎゅうと瞼を閉じている。
いつまでも初心な所が消えない年下の恋人に、クラウドはくつりと笑みを浮かべて、瞼の上に唇を落とす。
「……今日は良い誕生日だった」
クラウドがぽつりと呟くと、ゆっくりとスコールが目を開ける。
距離の近さにか、蒼の瞳は直ぐに分かり易く逸らされたが、抱いた肩が逃げる事はなかった。
「お前の誕生日には、ちゃんとお返しをしないとな」
「……別に良い。祝う必要もないし、今日みたいに騒がしいのもなくて良い」
「そう言う訳にいかないだろう。俺ばかり貰ってるんじゃ悪い。第一、皆が無視してくれると思うか?」
「あいつらは託けて騒ぎたいだけだろ」
呆れを含んだスコールの言葉は、的を射ている。
だが、祝ってやりたい、と言う仲間達の気持ちも本物な訳だから、いざ当日になれば、きっとスコールも大人しく祝われてくれるのだろう。
クラウドもそのつもりだし、喜ばせる為には何が良いかと、今から考えている。
だが、十日後の彼の誕生日はあるものの、まずは今日だ。
暗がりの中で時計を見ると、辛うじて短針がまだ天辺まで届いていないのが見えた。
「スコール」
「……なんだ」
「日付が変わる前に、欲しいものが一つあるんだが」
良いか、と訊ねるクラウドに、スコールの顔がまた赤くなる。
首筋に右手を当ててやると、とくとくと血が流れている脈の気配があった。
首から喉へ、顎へと指を滑らせていけば、最後には淡い色の唇に辿り着く。
今日はまだ一度も触れていない其処に、指先をつと擦り宛てると、スコールはきゅうと噤んだ。
拙い抵抗にも見えるその仕種を見詰めながら、するりと何度か指を往復させてやれば、
「……好きにしたら良いだろう。今日はあんたの誕生日なんだから」
素直になれない唇は、やはり特別な日でも素直ではない。
けれども、それがスコールにとって精一杯の譲歩の言葉である事も、クラウドはよく判っている。
ゆっくりと顔を近付けて行けば、スコールも許すように目を閉じた。
唇を重ねると、祝いの席で食べていたフルーツなのか、酸味と甘みが仄かに感じられる。
が、スコールの方は「……さけくさい」と呟いたので、クラウド程心地良さはなかったらしい。
くすりと笑ってもう一度キスをすると、スコールは厭がる様子もなく、じっとクラウドの愛撫を受け入れた。
「ん……、っは……」
絡めた舌を離すと、銀糸が伝ってぷつりと切れる。
スコールの唇から、はあ、と熱のこもった吐息が漏れて、
「……クラウド」
「うん?」
「……おめでとう」
耳元で聞こえるかどうかと言う、小さな小さな声だった。
それでも一日の最後に聞いた恋人の声は、クラウドには愛しくて堪らないもので、この声が一番酔うな、と思った。
クラウド誕生日おめでとう!と言う事で。
皆から目一杯お祝いされつつ、最後はしっぽりと。気を利かせてくれる仲間達に感謝です。