[三空]包み込んだ声は、音にはならない
ぽい、と投げるように寄越されたそれを受け取って、悟空はぱちりと瞬きを二つ。
まだ幼い、丸みを帯びた掌には、小さな小さな洋菓子が一つ。
「三蔵、これ」
「やる」
これ何、と問おうとする言葉を遮って、短い二文字。
またぱちりと瞬きをして、悟空はもう一度、手の中の洋菓子に視線を落とす。
英字の描かれた包み紙の中身を、悟空は一月前にも見た事がある。
今日と同じように、名前を呼ばれて振り返ったら途端に投げつけられたものと、全く同じ物だった。
大切そうに包み込まれているのは、甘い甘いチョコレート────目の前の男とは到底結びつかないような、甘味。
なんで、と問おうとして、悟空は止めた。
開け放った窓辺で煙草を吹かす保護者の背中から、不機嫌なオーラを感じ取る。
下手な事を喋って取り上げられるのは御免だった。
経緯はよく判らないものだったが、悟空は余り気にしない事にした。
やる、と言ってくれているのだから、遠慮なく貰う事にする。
包み紙を開くと、茶色のパウダーで化粧をした、真ん丸のチョコレートが出て来る。
ぽいっと口の中に放り込んで、ころころと転がせば、口一杯に幸せな味が広がった。
「ん~っ」
ウマい。
甘い。
どっちも悟空の大好物だ。
ころころと口の中で転がしている内に、チョコレートはどんどん小さくなって行った。
後ちょっとでなくなってしまう────それが勿体なく思えたけれど、かと言って消える早さが遅くなる訳もなく、チョコレートは一分も経つと溶けてなくなってしまった。
後に残ったのは、口の中の甘い味だけ。
「うー……なくなっちゃった」
食べ物なのだから、それで当たり前なのだけれど、悟空は惜しくて仕方がない。
もっとあれば良いのに、と思いながら唇を尖らせていると、
「……悟空」
「何?」
呼ばれて振り返ると、ひゅん、と視界に落ちて来る何か。
反射でそれを両手で捕まえるようにキャッチする。
包んだ手を開いてみると、其処には先刻と同じ、包み紙に包まれたチョコレート。
「やる」
「う?……うん」
あるなら、さっき一緒に渡してくれれば良かったのに。
この出し惜しみは何だろう、と思いつつ、悟空はまた包み紙を解いて、パウダーコーティングされたチョコレートを口の中に入れた。
……それからしばらく、同じやり取りが続き。
遂に悟空は「なんで?」と聞いたのだが、三蔵は何も答えてはくれなかった。
もうちょっと素直に甘やかせないのか、うちの三蔵は。