[Cat Panic]理性と本能
道端で見付けた“それ”を見て、家で帰りを待っている仔猫の事を思い出した。
猫は猫だが、普通の猫とは違う訳で。
とは言え、猫は猫な訳で。
─────持って帰ってみる事にした訳だが、
「………………バカにしてんのか」
ひらひらと、持って帰った“それ”を仔猫の前で掲げて揺らしていたら、とてもとても冷たい目でそう言われた。
正式名称『エノコログサ』。
漢字で書くと『狗尾草』。
名の由来は、先端の花穂が長円形でふっくらとし、先端は細くなっていると言う、犬の尾に似ているからと言うもの。
元々はその由来から“犬っころ草”と呼ばれており、転じて“エノコログサ”の呼称になったとされている。
現在は一般的に食用として認識されなくなったものの、昔は天麩羅にして食べられている事もあったらしい。
そして、この草の花穂を猫の視界で振ると、猫がじゃれつくと言う現象が起きる。
……早い話が、俗称『猫じゃらし』であった。
八剣も、この草に関しては、正式名称云々よりも俗称の方が馴染み深い。
だから道の端でこれがひょっこり顔を出しているのを見た時、真っ先に我が家の仔猫────京一の事を思い出したのだ。
八剣は、睨む京一に眉尻を下げて、ふわふわと揺らしていた猫じゃらしを引っ込めた。
「いや、ね。此処の所、新しい玩具もあげてなかったから、こういうのは如何かなと思って」
「けッ。そんな子供騙しで釣られるか。っつか、玩具なんざいらねーよ、ガキじゃねえんだから」
座布団の上で胡坐を掻いて、京一はイライラとするように、尻尾がぐるぐると円を描いている。
そんな京一の膝上には、潰れた八剣人形がちょこんと鎮座していた。
毎日のようにボロボロになって行くその人形に、気に入って遊んでいると喜んでいいのか、しかし自分の形を模したものの首元から綿が食み出ているのは中々怖い気分になるもので、悼んでいいのか。
ちなみに、八剣自身は、京一がこの人形で遊んでいる所を見た事はない。
八剣が家にいる間、京一はこの人形を手元に置いてある事はあっても、目に見て判る程にこれで遊んだ事はなかった。
……なんだか怖い場面を見るような気もするので、こればかりは見ないままで良いだろうと思う事にしている。
京一は剥れた表情で、じっと八剣を睨んでいる。
気難しい仔猫は、八剣の子供扱い(子猫扱いと言うべきだろうか)にすっかり機嫌を損ねてしまったようだ。
「ごめん、ごめん。ちょっとね。怒らないでよ」
「晩飯、ラーメンで許してやる」
「はいはい」
憮然とした態度で言った京一に、八剣はくすりと笑い、彼の頭の上の耳をくすぐってやる。
ぴくぴくっ、と反応して震える尖った耳に、可愛いねェ、と呟けば、じろりと睨まれた。
ぽんぽんと京一の頭を撫でて、八剣は茶でも淹れよう、と腰を上げた。
持っていた猫じゃらしは、テーブルの隅に置いておく。
キッチンに行って湯を沸かし────その暇の間に、八剣はちらりとリビングを覗いてみる。
開けた窓から吹き込んできた風を受けて、猫じゃらしの細い茎が転がり、花穂がくるんくるんと踊った。
それをじっと見つめる瞳が一対。
「………………………」
拗ねたような、剥れた顔で見詰める眼。
睨んでいるようにも見えるが、あれは単純に見ている時の眼だ。
ぐるぐると円を描いていた尻尾が動きを替えて、緩く弧を描いた形で、先端だけがぴくぴくと動く。
京一の口は、むずむずとしたものを堪えているように真一文字になり、手元では八剣人形が力一杯握られている(綿が更に食み出ているのは見えない事にしよう)。
長い尻尾が右へ、左へ揺れ始める。
其処へもう一度風が吹いて、猫じゃらしがころころと転がった。
花穂がくるんくるんと踊って、─────ついに。
「にゃッ」
しゅっ!と猫パンチ。
丸めた手は花穂を捉え、しなった穂がぴょんと跳ねる。
風は止んだが、京一はパンチを繰り出し続けた。
その度に花穂がぴょんぴょんと跳ねて、京一の尻尾が楽しそうに踊る。
コンロにかけていた湯が沸騰し、後少し、冷めるのを待てば良い茶が飲める。
しかし、八剣が部屋に入って来た途端、仔猫はきっと遊ぶのを止めるだろう。
気にせず遊んでいれば良いのにと毎回思うのだが、あの子はそういう子なのだ。
行儀が悪いと知りつつ、八剣はキッチンで茶の湯を傾ける。
リビングからは、楽しそうな仔猫の声が聞こえていた。
そういや猫じゃらしネタ書いてないよな~と思ってたら、こんなの出ました。
猫じゃらしとか、ネズミの玩具とか、追いかけたくなるのは猫の本能的習性なんですよね。狩りの本能。
この猫京は人と動物の間なので、人間的理性(羞恥心とか)もあるので、「ンな恥ずかしい真似するか!」と。
でもやっぱり我慢できなかったー。
八剣人形については此方→[お気に入りに乱暴]