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2013年01月19日

[レオン&子スコ]まってる 1

  • 2013/01/19 23:51
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普段、レオンは殆ど飲みの類に参加しない。
女性社員からは勿論、仲の良い同僚が多い彼は、いつでも引く手数多なのだが、彼はそれらの誘いをいつも丁重に断っている。
理由は、まだ6歳になったばかりの幼い弟が、家で一人、彼の帰りを待っているからだ。

大都市の真ん中で、小さな子供を一人で留守番させていると言うのは、なんとも危ない話である。
昨今は、セキュリティ対策を施されたマンションでも、何が起こるか判らないと言うのが実際の所。
託児所などに預ければ良いのではないか、と言う声もあるだろうが、就学年齢に達した子供を預かってくれる場所は少ない為、家で一人留守番をしなければならない、と言うのが現状なのだとレオンは言った。
ならば致し方がない、と多くの同僚は理解を示しているのだが、


「レオン、今日の二次会、お前も絶対に来いよ!」


と言う者は、必ずいるもので。
それが親しい同僚の、冗談めかした言葉であれば、レオンも笑って「考えておくよ」と返すだけで良いのだが、世の中そんな風に話を簡単に済ませてくれる人ばかりではない。
特に厄介なのが上司で、この人の直接の誘いとなれば、流石にレオンも適当に流す事は出来ない。

今日の仕事を終えた後、レオンを強引に飲みに連れて来たのも、この上司であった。
レオンは傍目には眉尻を下げて笑顔を浮かべていたものの、彼の頭の中が愛する弟一色であった事は、同僚達にとって用意に想像できた。
しかし、どうにも空気を読むと言う術に芳しくない上司は、レオンの心情を知る事なく、常に彼を自分の隣に座らせて、酒を進めていた。


「なんだ、レオン。ちっとも減ってないじゃないか。飲んでないのか?」
「飲んでますよ。これ、三杯目なんです」


座敷席の上座に座り、隣席のレオンに絡んでいる上司は、すっかり出来上がっている。
対してレオンは平静とした表情で、のんびりとビールを飲んでいた。


「三杯目ぇ?本当か?」
「本当です」
「じゃあこれも飲め!ほら!」


どん、とレオンの前に焼酎瓶が置かれる。
ああ始まった、と誰かが呟いたのがレオンの耳に届いた。

上司の絡み酒は、社内では有名だ。
仕事では部下思いの良い人なので、慕う者も多いのだが、酒の席だけは隣になりたくないと皆が口を揃えて言う。
飲みの席での彼の隣は、一種の罰ゲームだと嘯く者もおり、これも強ち外れではなかった。

レオンは焼酎の瓶を持つと、空になっていた上司のグラスを見て、


「私も頂きますが、その前に、どうぞ一杯」
「おお、すまんな。おーっとっと」


こぽこぽと注がれていく透明な聖水。
半ばまで注がれたそれを、上司はぐっと一気に飲み干した。


「ぷはー!美味い!ほら、お前も飲め」
「ありがとうございます」
「────…なんだ、それだけしか飲まないのか?もっと景気良く行け、景気良く!」


上司から注がれた酒を、レオンは一口飲んだだけでテーブルに置いた。
それが不満だった上司は、飲め飲めと然して減ってもいないグラスに、更に酒を注ぐ。

さあ飲め!と言わんばかりに隣から注がれる熱烈な視線に、レオンは困ったように苦笑いを浮かべた。
あまり酒に強い体質ではないレオンを心配するように、無理しなくて良いんだぞ、と誰かが言ったが、かと言って上司の酒は非常に断り辛いものである。
特に相手が酔っ払い、絡み酒を全力で発揮しているとなれば、此処で断れば「俺の酒が飲めんのか!」と言う、酔っ払いにありがちな台詞も飛び出し兼ねず、更に面倒な絡まれ方をされるのも想像に難くない。
レオンは頂きます、と言って、グラスを持ち上げた。

流石に一気に飲み干す事は出来ないので、半分で留めて置く。
それでも、アルコール濃度の高い酒は、レオンに軽い眩暈を覚えさせる。
そんなレオンに気付かず、レオンが自分の目の前で、自分の注いだ酒を飲んだのが余程嬉しかったのか、上司はにこにことご機嫌になっていた。


「なんだ、そこそこ飲めるじゃないか」
「いえ、それ程でもありません。それより、貴方もどうぞ」


レオンはテーブルに置かれていた瓶を取って、上司の前のグラスに注ぐ。
上司が機嫌よくグラスを傾け、底を空けると、またレオンが酒を注いだ。


「美味しそうに飲まれますね」
「ん?そうか?」
「そう見えます。見てると、私も飲みたくなって来ますよ」
「そうかそうか。じゃあ、ほら。お前もどんどん飲め。俺もどんどん飲むからな」
「はい。ああ、摘まみがなくなってますね」


こっちに枝豆がありますよ、と言う声を聞いて、レオンはそれを貰う事にした。
上司の前に枝豆を置いて、焼酎瓶は自分の脇に置いておく。


「そう言えば、お前、飯もあまり食ってないんじゃないか?」
「食べてますよ」
「見てない気がするんだがなぁ…」
「偶然でしょう。チーズ揚げ、美味しかったですよ。どうですか?」
「んじゃ、それも食うかな」


レオンは大皿に乗っているチーズ揚げを小皿に取って、枝豆の隣に置いた。

上司は枝豆を食みながら、レオンに寄り掛かってからからと笑う。


「今日は良い気分だ。仕事も景気の良い話が続いたし、飯も美味いし、酒も美味い。何より、お前がいるからな!」


ばしばしと背中を叩かれて、レオンは飲んでいた酒を噴き出しかける。
寸での所で留めたが、咽返って咳き込むレオンに、上司は「なんだもう酔ったか?」等と笑った。


「レオン。俺はなぁ、お前と飲んでみたかったんだよ。お前以外の奴らとは、皆一度は飲み交わしたって言うのに、お前と来たら、仕事が終わるといつもさっさと帰るだろう。捕まえるのも一苦労だ」
「それは、すみません。早く家に帰らないとと思っているので…」
「ああ、聞いてる聞いてる。歳の離れた弟がいるんだってな。そりゃあ心配だろうな。でもな、今日はそういう事は忘れろ!忘れてたまにはパーッと弾けろ!な!」


それが出来ないから、レオンはいつも直ぐに帰宅しているのだが、アルコールの回った上司は、その辺りの細かい事情は綺麗に抜け落ちているらしい。
レオンは曖昧に笑みを浮かべた後、空になっていた上司のグラスに酒を注いだ。


「焼酎、そろそろなくなりますね」
「なんだ、随分早いな」
「また頼みますか?」
「いや、別の奴を注文しよう。お前も飲むよな。俺と同じもので良いか」
「はい。お任せします」


メニュー表を眺めて、あれにするか、こっちにするかと悩む上司の隣で、レオンはこっそりと嘆息を吐く。
その嘆息の意味を、その場にいる社員の殆どが気付いているのだが、一番気付かなければならないであろう当人は、まだまだレオンを解放する気はないようだ。

レオンが腕に嵌めている時計を見ると、時刻は午後8時を過ぎた所。
仕事を終え、飲みが始まったのは午後7時だったから、まだまだ宴は終わりそうにない。
何処かで抜け出すタイミングがあれば良いんだが、とレオンは寄り掛かったまま離れようとしない上司を一瞥した。




まってる 2



サラリーマンだもの。お付き合いで行かなきゃいけない時もありますよ。

[レオン&子スコ]まってる 2

  • 2013/01/19 23:49
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今日は二次会も参加しろよ、と言っていたレオンの上司は、一次会の終わりに既に酔い潰れていた。
絡み酒でやたらと高かったテンションも、一次会の終盤には落ち着いてしまったようで、座敷の隅で座布団を抱き枕にしてかーかーと寝息を立てていた始末だ。

一次会が終わり、店を出る時に上司を抱えて来たのは、レオンであった。
レオンでなければ動かないと上司が駄々を捏ねたからだ。
どうやらそれは、稀に飲みに参加しても、一次会終わりにはするりといなくなってしまうレオンを捕獲する為の駄々であったらしく、


「行くぞ!レオン!二次会だ!」


一次会が終わった店を出て、誰が二次会に行くのかと幹事が確かめていた所で、上司が叫んだ。
二次会だ、二次会だと意味不明な唄を歌う上司に、夜ですから静かに、と窘めるレオンだが、効果はない。

────しかし、レオンが二次会に行く事はなかった。
家で待っているである弟に、帰りが遅くなると言う旨は伝えてあるものの、何せ弟はまだ6歳の幼子である。
一人で夜の街に出歩かない事、誰か来ても絶対に玄関を開けないように教えていても、やはり兄の不安は拭えない。
出来るだけ早く家に帰って、弟の無事な姿を確かめたい。
その気持ちを汲んでくれた同僚達のお陰で、レオンは此処で飲み会から外して貰う事となった。

レオンの離脱と同時に、すっかり飲み潰れた上司も離脱を余儀なくされた。
明日は早朝から大事な会議があるのだから、と部下達に窘められた彼だが、レオンがいなくなった後の絡み酒の被害を皆が敬遠したと言うのが、正直な話だったりする。
部下達のそんな心情は露知らず、上司は酒の席から強制離脱させられる事に駄々を捏ねていたが、レオンが家まで送り届けると言う条件の下、帰宅を受け入れた。

それから、もう一人、二次会不参加を表明した者がいる。
レオンの大学時代から続く後輩である、クラウドだ。


「良かったのか?二次会に行かなくて」


上司を背負って、タクシーを捕まえる為に大通りへ向かう道すがら、レオンは後輩の男に訊ねた。
クラウドはちらりとレオンを見遣った後、直ぐに視線を前方へ戻し、


「構わない。明日は俺も早出だから。二次会に行っても、途中で抜けただろうし」


クラウドはレオンの後輩だが、言葉遣いは砕けている。
大学の頃から続いている仲だし、会社にいる時は別だが、プライベートでは自然体のままで良いと、レオンが言ったからだ。

クラウドの返答に、そうか、とだけレオンは言った。
背中にあるものが、ずるる、と落ちる気配がして、抱え直す。
クラウドは夢と現実の狭間を行き来している上司を見て、策士だな、と呟いた。


「何か言ったか?クラウド」
「策士だなと」
「誰が?」
「お前が」


小さな横断歩道の赤信号に引っ掛かって、レオンとクラウドは立ち止まった。


「俺が策士って、何の話だ?」


問うレオンに、クラウドは溜息を一つ漏らす。
よくもまあ、と言いたげな碧色に、レオンは眉根を寄せる。


「……あんた、あんまり飲んでないだろう」
「まあな。お前に比べれば」
「グラス一杯飲んだか?」
「飲んだ。見ていただろう?」
「見ていた。だから聞いている。俺には、お前がグラス一杯分も飲んだとは思えない」


クラウドの言葉に、レオンは眉根を寄せた。

酒の席で、クラウドはレオンの隣に座っていた。
だから、上司がレオンのグラスにどんどん酒を足して行ったのも、自分と同じ焼酎やカクテルを注文して飲ませていたのも知っている筈。
それなのに、どうしてそんな事を言われなければならないのか、とレオンが顔を顰めていると、


「あんた、自分のグラスと俺のグラス、こっそり摩り替えてただろう」


─────クラウドが、自分の飲んでいた焼酎のグラスを空にした時の事。
摘まみを食べて、そろそろ次の酒を注文しようか、と思って何気なく自分のグラスを見ると、其処には並々と入った焼酎のグラスがあった。
全部飲んだと思ったのだが、思い違いか、それとも誰かが注ぎ足してくれたのだろうか。
れまでにそこそこの飲酒をしていたので、もう酔ってしまったのだろうかと首を傾げつつ、酒を飲むのは決して嫌いではないので、取り敢えずこれをもう一度飲み干してから、新しいものを注文しようと考えた。

しかし、飲めども飲めども、酒はなくならない。
空になったと思い、次の酒は何にしようかとメニュー表を見た後、ふっと顔を上げると、またグラスには並々とした酒が。
一度や二度ではなく、三度、四度と続くその現象に、一体何が自分の身に起きているのかと混乱した。

取り敢えず、飲んでいた焼酎に飽きてしまったので、元に戻るグラスについては飲む事を放棄し、新しいものを注文した。
……それが、この『飲んでも飲んでも中身が減らない魔法のグラス』の謎を解明するに繋がった。


「最初は俺もあんた達と同じ焼酎を飲んでたけど。途中、カクテルを頼んで飲んでた筈なのに、また途中から味が焼酎に変わってた。あれ、あんたの仕業だろう」


味の変化は明確なものであった。
其処でクラウドは、余り酒の飲めないレオンが、酔い潰れないようにと、自分のグラスと隣に座っていたクラウドの空のグラスを隙を見ては取り替えていた事に気付いた。
実際、クラウドがグラスを空けてしばらく放置していると、レオンの手が伸びて来て、上司のお陰で一杯に注がれた焼酎のグラスと、飲み干されたグラスとを入れ替えている現場を捉える事が出来た。

クラウドの言葉に、レオンは暫く沈黙していたが、ちらりと背中の上司を見た後、彼がすっかり熟睡しているのを見て、観念したように溜息を一つ。


「悪かったな。だが、お陰で俺は助かった」
「それはどうも。俺はすっかり酒が回ったが」
「そうは見えないな」
「まあまあ強いし、俺は顔に出難いらしいからな」


だが、今回ばかりは飲み過ぎた、とクラウドは呟く。
その原因とも言えるレオンは、苦い笑みを浮かべて「悪かった」ともう一度詫びた。

酒に弱いレオンが、上司と同じハイペースで飲み続け、いつまでも素面でいられる訳がなかったのだ。
だからレオンは、絡み酒で評判の上司に捕まった時から、上司だけに飲ませて潰してしまおうと考えていた。
意識がある限り、彼は自分を解放してはくれないだろうから。

しかし、、隣席を余儀なくされた以上、レオンも全く飲まない訳にも行かない。
最初はグラスに口をつけるだけで誤魔化していたのだが、酒が減っていない事を指摘されてから、クラウドの言った通り、彼のグラスと自分のグラスを交換する戦法に出た。
先にクラウドに一言断る事が出来れば良かったのだが、上司はようやく実現できたレオンとの飲みの席に感極まっていたようで、とにかくレオンを独占したがったのである。
少しでもレオンがクラウドや他の社員に話しかけようとすると、「俺を無視するなよ~」と甘えるように頬擦りをして来たのだ。
大の大人に甘えられるのは、父のお陰で慣れていたレオンであったが、父と上司では勝手が違う。
止む無くクラウドには黙ったまま、後で言及されたらその時に謝ろうと、最後まで自分とクラウドのグラスを交換し続け、酒を飲んでいるように見せかけたのであった。

レオンがあまり酒に強くない体質である事も、家で一人待つ小さな弟がいる事も、クラウドは知っている。
だから、途中からレオンの行為に気付いても、何も言わなかったのだ。
飲み会中の後輩の無言の気遣いに、レオンは心から感謝した。


「明日の朝一の仕事、大丈夫か?」
「なんとかなるだろ。二日酔いになった事はないから」


信号が青に変わって、横断歩道を渡る。
その直ぐ傍の道沿いに、客待ちのタクシーが数台並んでいた。

レオンは一台のタクシーに近付いて、ドアを開けて貰った。
クラウドの手を借りながら、背中に負ぶっていた上司をタクシーに乗せる。


「ふう……」
「熟睡だな。暢気なもんだ。あれだけ騒いでおいて」


タクシーの後部座席を占領し、ぐうぐうと寝息を立てる上司を見て、クラウドが言った。

クラウドもこの上司の事は嫌いではないが、やはり、酒の席だけは隣になりたくないと思う。
以前隣になった時、ノリが悪いと言われた上、何度も一発芸をやらされたのがトラウマになっているのだ。
取り敢えず持っているネタを一通り披露してその場は解放されたが、ネタは受けるものばかりではなく、見事に大スベリしたものもあり、その後クラウドは三日間会社を休む程のダメージを負ったと言う事件は、レオンも会社の噂で耳にしている。

そんな上司も、完全に飲み潰されてしまった今日は、もう目覚めそうにない。
ならば家まで送る道中も平和だろう、とレオンが最後の一仕事、と気持ちを切り替えて、上司と同じタクシーに乗ろうとすると、


「待った」
「?」


ぐい、とクラウドに腕を引かれて、レオンは止まった。
なんだ、と思って振り返ると、クラウドは後ろに控えているタクシーを指差し、


「あんたはあっちだ」
「……は?」
「で、こっちには俺が乗る」


レオンを押し退けて、クラウドはタクシーに乗り込んだ。
ぐうぐうと眠る上司に、邪魔だな、と呟いて退かし、自分の据わるスペースを確保する。


「おい、クラウド。何を…」
「何をって。こいつを家に送ってくる」


こいつ、と言ってクラウドが指を差したのは、無論上司である。
会社だったら叱ってる所だ、と思いつつ、レオンが溜息を吐いていると、


「早く帰れ、レオン。スコールが待ってるんだろう」


此処から先の面倒は、自分が引き受けてやる────クラウドはそう言っているのだ。

レオンが家まで送ることを条件に、二次会離脱を渋々了承した上司だが、当人はすっかり夢の中。
明日になったら覚えているかどうかも判らない事を、この後もレオンが生真面目に守り通す必要はないのだ。
それよりも、きっとこんな遅い時間になっても、健気に兄の帰りを待っているだろう弟を、早く安心させてやらなければいけない。

レオンは眉尻を下げて、小さく笑みを浮かべた。
すまん、と呟くレオンに、別に、とシンプルな返事が投げられる。


「来週、何処でも良いから、都合が合う日があったら言ってくれ。礼に夕飯ぐらい奢ってやる」
「奢りも良いが、俺はあんたの作った飯がいい」
「……なら、何が食べたいのか、考えておけ」
「ああ。じゃ、お休み」


レオンが一歩後ろに下がると、タクシーのドアが閉められた。
程なく発車したタクシーの窓から、クラウドが手を振っているのが見えた。

隙間を埋めるように後続のタクシーが滑り込み、レオンの前で停止する。
それを見て、レオンはようやく帰れるのだと、文字通り荷が下りて軽くなった肩を落として、ほっと安堵の息を吐いた。




まってる 3



レオンとしては、クラウドは判ってくれると思ってるから巻き込んで良いと思ってる。
クラウドも判ってるし、レオンもスコールも好きだから、これ位いいやと思ってる。

[レオン&子スコ]まってる 3

  • 2013/01/19 23:48
  • Posted by



帰りが遅くなって、エレベーターののんびりとした早さに苛立ちつつ、若しくは階段を駆け上って息を切らせる度、1階か2階の部屋に引っ越した方が良いだろうか、と思う。
しかし、セキュリティ的な面を考えると、やはり中・高層マンションでオートロックのカードキー認証、玄関は暗証番号と言う点は外せない。
結果、やはり引っ越しはなしだな、と言う結論に行き着くのがパターン化していた。

街からマンションの下までタクシーで帰る最中、もう眠ってしまったかな、と思いながら、携帯電話で弟に『いまからかえるよ』と言うメールを送った。
すると、5分と経たない内に『まってる』と言う返信があって、レオンは口元を緩ませると同時に、可哀想な事をしたな、と思った。
時刻は夜の10時で、いつも通りにレオンが家に帰っているなら、夕飯も終えて風呂も入って、もうベッドの中で眠っている頃だ。
レオンはそれでも構わないと思っているのだが、弟はいつも、レオンが仕事から帰って来るのを待ちたがる。
それがどんなに遅くなる日でも。

だからレオンは、いつも出来るだけ早く帰るのだ。
仕事が詰まっている時でも、会社内で残業をする事は殆どなく、会社内でなければ出来ないような仕事でもない限り、必ず家に持ち帰る。
そして弟と一緒に過ごした後、弟が寝付いてから、一人仕事の続きを始めるのである。

階段を上り切った所で、レオンは軽く呼吸を整えた。
一回、二回、三回と、意識しながら深呼吸をして、どくどくと煩かった心臓の鼓動を落ち着ける。
額に滲んだ汗を掌で拭って、いつもと同じ歩調で歩き出す。

ようやく帰り着いた家のドアに、カードキーを押し当てて認証。
ドアノブを捻れば、がちゃり、と音が鳴って、


「ただいま────」
「おかえりなさい!」


帰宅の挨拶を追い抜くように、レオンに届いて来た迎えの言葉。
レオンが敷居を跨ぐよりも早く、小さくて温かいものが抱き着いた。


「おかえりなさい、お兄ちゃん」
「…ああ。ただいまスコール」


ぎゅ、とレオンの腰に抱き着いて、爛漫の笑顔で迎えてくれた小さな子供────スコール。
柔らかなダークブラウンの髪を撫でて笑いかければ、スコールは嬉しそうに頬を赤らめた。

レオンは鞄を腋に挟んで、スコールを抱き上げた。
わ、と驚くような声を漏らした後、スコールはきゃらきゃらと笑ってレオンの首にしがみ付く。
ほんの十時間ぶりの温もりが、レオンにはとても愛しく思えて堪らない。


「遅くなって悪かったな。寂しかったか?」
「ううん」


レオンの言葉に、スコールはふるふると首を横に振る。
それが甘えん坊の幼い弟の強がりだと、レオンは直ぐに判った。

玄関が開くなり、直ぐに飛び付いて来たスコールの体は、ひんやりとした冷気に包まれている。
きっと、レオンからのメールを貰ってから、玄関の前でずっと兄の帰りを待っていたのだろう。
ひょっとしたら、その前から、あの冷たい冷気の蔓延る玄関前で待ち続けていたのかも知れない。
リビングにいれば、暖房もあるし、電気カーペットもあるし、テレビだってあるのに、レオンに早く逢いたいが為に、スコールは外の冷気が滲む玄関前で、兄の帰りを待つのだ。

レオンがリビングに入ると、ピーッ、ピーッ、と言う音が鳴った。
何事かとレオンは辺りを見回して、音の発信源がキッチンの電子レンジだと気付く。


「あの、あのね、ね」


くいくい、と服の端を引かれて、弟を見ると、


「ご飯、ね。冷めちゃったから。もう一回、温めてたの。ご飯、温かい方が美味しいから」


スコールの言葉に、レオンはついつい口元が緩む。
くしゃくしゃとスコールの頭を撫でてやれば、スコールはくすぐったそうに目を細める。


「今日も夕飯、食べないで待っててくれたんだな」
「うん」
「ありがとう」
「んーん」


ぎゅ、と強く抱き締めてくれる兄に、スコールは照れたように顔を赤らめた。
それを兄に知られるのが無性に恥ずかしくて、スコールはレオンの首下に顔を埋める。

耳や頬にかかる柔らかい髪と、触れた場所から伝わる弟の温もり。
レオンはそれを確かめるように、スコールを抱き締めたまま、ゆっくりと呼吸を一つ。
離れ離れだった今日一日の不足分を取り戻すように、しっかりと弟の存在を確かめてから、レオンはスコールを椅子に下ろしてやった。


「スコール、お腹空いてるだろう」
「うん。お兄ちゃん、ご飯、食べて来ちゃった?」
「いいや」


酒の摘まみに少し食べたが、食事と言う程の量ではない。
上司からは色々と食べるように言われ、皿を受け取る事はしたものの、殆ど口をつけなかった。
それも全て、レオンと一緒の夕飯を楽しみにしている弟の為だ。

温め終わった食事をテーブルに並べる。
レオンと向かい合って座るスコールの腹から、くきゅぅ、と可愛らしい音が鳴った。
赤くなったスコールに、レオンは小さく笑みを漏らし、手を合わせる。




チキンライスを頬袋一杯に詰めて、嬉しそうに笑う小さな弟。
その笑顔が見たいから、レオンは早く帰らなくちゃと思うのだ。






子スコが待っててくれるんだもの。早くおうちに帰らなきゃ。

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