[レオスコ]潮騒に隠した秘密
スコールは、海が好きではなかった。
その理由は、大きく分けて二つある。
一つは、大の人込み嫌いであると言う事。
夏休みとあって、何処に行くにも人で溢れ返っている中、海は特に人が多い。
夏の風物詩とも言える海水浴客や、それを宛てにした屋台や海の家、催し物など、人が集まる理由には事欠かない。
ただでさえ人が多い所が嫌いなスコールが、自ら進んでそんな場所に飛び込む等、天地が引っ繰り返っても、先ず有り得ない事だ。
もう一つは、夏であるが故の強い日差しだ。
見渡す限りに抜けるような青空が広がり、何処までも続く水平線と言う光景は、決して悪いものではないが、燦々と降り注ぐ太陽光だけは駄目だ。
光と共に突き刺す熱射は、地面にも熱を生み、アスファルトを鉄板へと生まれ変わらせる。
コンクリートや石よりも、地面の方が比較的熱を溜め難いとは言うものの、それも体感温度で言えば大した差ではない。
風の恩恵が1ミリでもあれば……と思いきや、稀に吹く風は大気中の高温を引っ掻き回すだけの熱風となり、涼とは全く縁遠い。
加えて、スコールの肌は強い日差しに弱く、日焼けすると赤くなって炎症を起こしてしまう。
極端な熱さと、皮膚を焼く日光を恨むのは、無理もない。
とは言え、折角の夏休み。
何処にも行かずに家で本の虫になってばかりと言うのも如何なものか───と、思っていた所だった。
自分一人であれば、最終的に「面倒だからこのままで良い」と言う結論に行き着くのだが、今回は兄と父が一緒だった。
折良く揃って休みが取れた二人に、「海に行かないか」と誘われた。
ラグナだけでなく、滅多にこうした事を言わないレオンからも誘われて、流石に一も二もなく「嫌だ」とは言い辛く、スコールは少しの間考えた。
それから、面倒な事に、夏休み中の課題に『旅行記録、若しくは自由研究』と言うものがあった事を思い出し、課題消化のついでと言う理由で、海行きに頷いた。
休暇前の最後の仕事に向かった父は、明日現地で合流する事にして、スコールとレオンは一足先に海に向かった。
到着したのは、別荘付の完全なプライベートビーチだ。
静寂と海の音のみが響く海岸は、見様によっては寂しいかも知れないが、人込み嫌いのスコールには願ったり叶ったりである。
下世話な話であるが、大企業の社長である父と、国内の指揮を任されている兄に感謝した。
一週間と言う長期滞在を予定して、多くなった荷物を別荘に運んだ後、スコールは海岸に向かった。
別荘から出た目の前に海があると言うのは、中々に贅沢だ。
海に来たからと言って、はしゃぐような性格ではないスコールだが、街の喧騒から遠く、耳に届く音は漣だけと言うのは心地が良い。
寄せる白波に足元を浸し、車の長時間移動で固まった背中を伸ばしていると、後ろから声がかかる。
「気に入ったか?」
「……悪くない」
砂浜を踏んで、ゆっくりと近付いてきた兄に、スコールは振り返らずに言った。
「人もいないし、静かだ」
「父さんが来れば、静かではなくなりそうだけどな」
くすくすと笑う兄の言葉に、スコールの眉間に皺が寄る。
が、それは溜息と共に直ぐに解けた。
父のお陰で自分は此処に来ているのだし、賑やかさに辟易すれども、彼を嫌いになる理由にはならない。
レオンはスコールの隣に並ぶと、先の弟と同じように、腕を頭上に上げて背筋を伸ばした。
此処まで車を運転したのはレオンだから、スコール以上に彼は疲れている。
「…大丈夫か」
「問題ない。どうせしばらくは、のんびりするしかないんだしな」
背中を目いっぱい伸ばしきって、レオンは言った。
此処へ来る道すがら、途中にあったスーパーで今日明日の食糧は買い込んで来た。
日用雑貨や消耗品も、差し当たって必要と思い付くものは揃えたので、今日はもう車を出す予定はない。
会社で余程の事があれば呼び出しを喰らうが、そうでなければ、今日の午後は丸々寝倒しても良い位だった。
それで、とレオンが隣に立ち尽くす弟を見る。
蒼と蒼が交わって、レオンが柔らかく微笑むと、スコールは顔を赤らめて目を反らした。
そんな弟に、可愛いものだと笑みを押し殺しつつ、
「今から泳ぐか?」
「……いや。日焼けはしたくない」
「そうか」
「ラグナが来たら、どうせ泳ぐ羽目になるんだろうし」
「まあ、そうだな」
息子達よりもよっぽど子供のような父の事だ。
この海岸で、きっと息子達以上に遊び倒すに違いない。
海で泳ぎ、砂浜で城を作り、磯や岩場に隠れた生物を探し……と、出発前から彼は遊びの計画を立てていた。
勿論、その計画は息子達が参加する事が前提で、レオンは勿論喜んで、スコールは渋々顔でそれに付き合う事を決めている。
「さっき父さんから連絡があった。明日の午後にはこっちに着くそうだ」
「…迷わずに来れるのか?」
「キロスさんが送ってくれるそうだ」
「…じゃあ、大丈夫か」
兄弟で先に海に行くと決まった時、スコールがいの一番に不安になったのは、父の酷い方向音痴振りだ。
一人でちゃんと来れるのか、と言えば、カーナビがあるから大丈夫!と彼は言ったが、何故かカーナビを使っても彼は迷子になるのである。
そのカーナビも、一人で入力しようとすると、打ち間違いや変換ミスをして、全く違う場所に連れて行かれそうになったりする。
これでは、息子達が不安になるのも無理はない。
旧知の友人達は、そんなラグナをよくよく理解しているので、遠方へ出かける時には、彼等が足を買って出てくれている。
一通りの不安が消化されて、スコールは気持ち軽くなった踵を返した。
別荘へ戻るスコールの後を、レオンものんびりとついて歩く。
「海風は気持ち良いが、やっぱり日差しが強いな」
「曇れば良いのに……」
「生憎、向こう一週間は晴れだ。泳ぐなら昼より朝の方が良いかもな」
「朝はラグナが起きないだろ」
「どうかな。皆で旅行なんて久しぶりだから、早起きするかも知れないぞ」
レオンの言葉に、スコールは朝からハイテンションな父を思い浮かべて足を止める。
兄が追い付いてみると、弟は判り易く顔を顰めていた。
レオンはくすりと笑って、渋い顔の弟の頭を撫でる。
「早起きしたら、次の日はきっと起きれないだろうから、一日くらいは付き合ってやろう。な?」
家族水入らずで過ごせる日と言うのは少ない。
仕事であったり、学校や課題であったり、日常的な擦れ違いは珍しくなかった。
その事実は、致し方のない事とは言え、家族を愛して已まないラグナには、少々寂しい現実だ。
だから家族が揃って過ごせる時は、少しでも長く触れ合っていたいからだろう、朝から晩まで息子達を構い倒すのがお決まりだった。
思春期故に殺しきれない反発心や、父の言動に対する抵抗感は否めずとも、ラグナの気持ちはスコールもきちんと判っている。
「……一日だけな」と言って溜息を漏らすスコールに、レオンは笑って彼の髪をくしゃくしゃと撫でて、
「じゃあ、それまでは、俺がお前を一人占めだな」
独り言のように、けれどもはっきりと聞こえる声で呟いたレオンに、スコールは顔を上げた。
ぱちっ、とごく近い距離で蒼と蒼が交じり合う。
丸い目で見上げる弟に、レオンはゆぅるりと笑みを浮かべた。
その貌が、柔らかな褥の中で見るものだと気付いて、スコールの顔が真っ赤に染まる。
判り易いスコールの反応に、兄は満足そうに微笑んで、汗の滲む額に唇を押し当てた。
プライベートビーチでいちゃいちゃする二人が浮かんだので。
人目を気にしなくて良いっていいね!
それでも恥ずかしがる弟が、お兄ちゃんは可愛くて堪らないそうです。