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2023年08月08日

[ロクスコ]レンティニュラ・エドーダス

  • 2023/08/08 21:35
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



ロックが散策から帰った時、キッチンから胃袋を刺激する匂いが漂っていた。
空き腹だった訳ではないが、一仕事した後の匂いとしては中々魅力的で、ロックの足はふらふらと其方へ向かう。

キッチンはロックにとっては聊か見慣れないものが多い。
スイッチ一つで火が付くだとか、氷もないのに常に冷気を生み出し食材の鮮度を保つ冷蔵庫だとか、水だって蛇口を捻って幾らでも出るなんて、まるで神々の所業だ。
ロックは神など信じていないが、彼の世界の常識からは余りにも逸脱していて、戸惑いも少なくない。
だから料理に覚えがない訳ではないが、使い勝手と言う点で慣れないので、ロックはあまり其処に立ちいることはしなかった。
精々、アルコール類をちょっと失敬する時と、そのついでに摘まめるものを漁る位だ。

そのキッチンに立っていたのは、スコールだった。
料理の出来るもの、このキッチンに慣れている者で回る、夕食当番のルーティンが回って来たのだろう。
スコールは刻んだ食材をまとめて鍋に入れ、火にかけたそれをくつくつと煮ていた。
ロックが帰った時に嗅いだ匂いは、その鍋からのものだ。


「美味そうだな」


ロックが言うと、蒼の瞳がちらと此方を見た。
仲間の帰投を確認したスコールは、直ぐに視線を鍋へと戻す。


「夕飯ならまだ出来てない」
「良い匂いしてると思うけど。ま、確かに時間としては早いよな」


飾り棚の上に置かれた時計は、まだまだ昼日中と言うもので、外も夕方にもなっていなかった。
そんな時間から夕飯づくりをしていると言う事は、時間のかかるものを作っているのだろうか。

ロックは邪魔にならないようにスコールの隣に行き、鍋の中を覗き込んでみた。
薄琥珀色の液体が少しとろみを持って、レードルでゆっくりと掻き回されている。
人参や火の通った玉葱、大きく切ったじゃがいも等々、様々な食材が鍋の中を悠々と泳いでいた。
スープかな、と夕飯を楽しみに眺めていたロックだったが、ふと食材の中にあるものを見付けて、眉間に皺が寄る。


「スコール、これ……」
「?」
「キノコ入ってるのか」
「ああ」


ロックの問いに、何が可笑しいのかと、スコールは表情を変えずに答える。
うう、と小さく唸る声を聴いたスコールが、訝しんだ顔でロックを見た。


「良い出汁が出るんだ」
「う、ああ、うん。それは判るけど。この後、これ取ったりはしないよな……?」
「そんな面倒臭いことはしない。食べるものだし」


スコールの言葉に、そうだよなあ、とロックは溜息が漏れた。
鬱々とした空気を振り撒いて隠さないロックに、スコールは眉根を寄せ、


「……あんた、まさかキノコが嫌いなのか?」
「……察しが良くて助かるよ」


言い当てられて、ロックは多少の恥ずかしさと共に、素直に肯定する。

さっきまであんなにも美味しそうな夕飯だと楽しみに思っていたのに、其処に大嫌いなものが入っていると知った瞬間、気持ちは一気に急降下した。
作ったのがスコールなら、まず味は良いものだと判るし、変に冒険的な味付けに挑戦する事もあるまい。
味付けの調整もある程度個人の好みになるように、まずは薄味として、食卓に並べる調味料で各自が好きに味替えも出来る。
何も心配する事はない────と判ってはいるのだが、どうにもロックは、キノコだけは食べれる気がしなかった。
これは料理をしているのがスコールでなくても同じ事だ。

渋い顔で鍋を見ているロックに、スコールがはあと溜息を吐く。


「好き嫌いがあるなんて、あんたも大概、子供みたいだな」
「これだけだよ。後は何でも食べる。だけどこいつだけは駄目なんだ、昔、毒キノコに当たった事があったからな」


キノコはロックの世界でも食用として親しまれている。
何処でも採取できるような身近な種から、森を分け入って魔物が根城にしているような場所にしか生えない貴重なものまで、幅広く食卓で重用されていたものだ。
しかしキノコはその知識に精通している筈の人間でも、見分けを間違えてしまう程、種が全く違うのに見た目は似ているものがある。
食用として安全なものに混じって、危険な毒キノコが採取され、うっかり酒場で提供されて大事件、なんて事もあった。
一般家庭にもそれは起こり得ていた事で、腹痛や嘔吐、中には幻覚症状を見る者もいる。

ロックは昔から、キノコの匂いや嵩の見た目など、苦手としてはいるのだが、それでも堪えて食べられない程ではなかった。
食卓の友としては余りに身近だったから、避けようとしてもそれが難しい事もあったし、調達が比較的容易なものも多く、当たり前に世話になっていた。
しかし、トレジャーハンターの旅を初めて幾何だったか、山野の中で食糧が尽きてしまった時のこと。
山菜類が豊富な場所だったので、飢えを覚悟する必要はなかったが、その時に調達した食材の中に、毒キノコが混じっていたのだ。
ロックも一応、危険な種類の知識は持ってはいたが、図鑑で見ていたものや、調理場で見るような形とよくよく似通っていたから、間違えてしまった。
それを食べた日の夜は、腹痛と嘔吐で酷い有様になり、一睡もできなかった。
恐らくは幻覚症状も見えていたし、ふらふらと森を歩き回り、魔物の目を避け休める場所を辛うじて見つけた後は、只管腹痛に耐えて過ごすしかなかった。

あれ以来、キノコはどうしても駄目なのだ。
一度でもあんな経験をすれば、安全なものだと判っていても、トラウマが掘り起こされて苦い顔にもなると言うもの。

────と、キノコを食べたくない理由を切々と語ったロックであったが、


「あんたがキノコを嫌いな理由は判った。でも、これは別に、毒キノコじゃない」
「……判ってるけどさぁ」
「キノコは食物繊維が豊富で、人間の体に必要な栄養素を多く含んでいる。食べて損になることはない」
「……」


ロックの世界よりも、遥かに科学的な技術が進んだ世界から来ているスコールだ。
キノコがどうして食べ物として薦められるか、きちんと検証された見地から説明されて、そうなんだろうなあ、とロックも思う。
滋養に良いとされる薬の成分にされるキノコも確かにあるし、食べない方が損、と言われれば否定は出来ない。

しかし、やはり拗ねた顔は消えないロックに、スコールは小さく嘆息する。
鍋を掻き混ぜていたレードルを持ち上げ、掬った具と一緒に、スープを味見用の小皿に注ぐ。


「ん」
「え?」


ずい、と差し出された小皿に、ロックはぱちりと目を丸くする。
ぽかんとした様子のロックを見て、スコールは表情を変えずに言った。


「味見だ。俺はもう何回もしてるから、他人の意見が聞きたい」
「ああ、うん。それは良いけど────」


このキッチンで作られる夕飯は、仲間達に振る舞われるものだ。
舌の趣向もバラバラな面々が集まるから、スコールとしては無難に食べれるようにはしておきたいもの。
自分の舌だけでは偏るし、何度も味見していると感覚も麻痺してくるので、他人にも確認して貰いたいと言うスコールの考えは判る。

判るのだが、とロックが視線を落とした皿には、小さなキノコが浮いている。
恐らくはシイタケだと思うが、それを薄切りにしたものだ。
一口で飲み込めてしまうようなサイズであっても、ロックは中々手を伸ばす気になれなかった。

分かり易い葛藤の中にいるロックに、スコールも気付いたらしく、


「食わないと、大きくなれないぞ」


真面目な顔から飛び出して来た、存外と可愛らしい叱り文句に、ロックは思わず噴き出した。
くくく、と喉が笑うのを押さえられないまま、見た事もない目の前の青年の幼年期を思い描いてしまう。


「お前、そう言われて嫌いなもの食べさせられてた口なんだろ」
「……良いからさっさと味見してくれ」


ロックの言葉に、スコールが見るからに不機嫌に眉間に皺を寄せた。
ずいっと突き出される小皿に、まだ決心のつかないロックは、どうにか躱せないかと頭を巡らせてみたが、そんなロックを見たスコールの表情がふっと陰が付き、


「俺が作ったものが信用できないのか」
「いや、そう言う訳じゃないんだけど」
「アレルギーでもあるのか」
「そうでもないと思う。昔は普通に食ってたし。出汁の入ったスープは平気だし」
「じゃあ一口くらい食べてくれ。それで駄目だったら、夕飯はあんたの皿には入れないから」


だから食べてくれ────と、まるで懇願するような瞳で言うスコールに、これは判ってこの顔をしているな、とロックは思った。
人目を隠れて何度か肌を重ねる間柄になってから、この少年は時々、大胆なお願いをしてくれる事がある。
それは閨の中で、何もかも判らなくなってから見せてくれるものなのだが、それがロックには頗る効果があるのだ。
それを昼日中の台所で見る事があるなんて、不意打ちを喰らった気分だった。
惜しむらくは、それが可愛らしいおねだりではなく、キノコを食べさせることに利用されている事だが。

それはそれとして、目の前のキノコである。
浮かんでいるのは小さな切れ端だが、鍋の中には肉厚のものもあった。
あれを食卓で出されても、ロックは十中八九、手を付けないだろうし、選り分けて残すのが関の山だ。
勿体無いと言えば勿体無いので、そんな残し方をする前に、この切れ端で手を打って貰うのが無難か。

唸りながらロックは小皿を受け取った。
どうやっても渋い顔が消えないロックに、そんなに嫌か、とスコールも思う傍ら、子供の頃の自分も人参嫌いで随分と姉に対して抵抗していた事を思い出す。
結局、スコールの好き嫌いと言うのは、成長の過程でほぼ克服されているが、偶に出先でバッツが調達して来るゲテモノ類は、それしかないと判っていても胃が拒否したがる。
ロックにとって、キノコ類と言うのは、それらと同等の価値なのだろう。

ロックは一つ呼吸を整えてから、勢いよく皿を煽った。
元より大した量ではないので、スープは一口で彼の口の中へと納められ、一緒にあった具も流し込まれる。
スパイスの溶け込んだブイヨンのスープは、程好く塩味が効き、野菜の旨味が染み込んでいて良い味わいを出している。
……のだが、舌に乗ったキノコの感触と味がどうにも苦々しく思えて、ロックの渋面は最後まで解けなかった。


「……食べた」
「どうだ」
「……美味い、と、思う。スープは」
「キノコは」
「……食べれない事は、ない……」


実際、吐き出しはしなかった。
液体を飲み込むのと一緒に、苦い薬を飲むような気持ちで飲み下したので、噛んだ際の味わいは知らない。
それでも食べることは食べたので、最低限の感想だけで許して貰いたかった。

スコールに負けず劣らずの眉間の皺を寄せながら、ロックは手の甲で口元を拭う。
不味いものを食べたとは思わないが、やはり苦手なものは苦手なのだ。
スコールの料理の腕も、このキノコが安全なものだと判っていても、体が本能のように強張るのだから仕方がない。

空になった皿を返され、スコールはやれやれと肩を竦める。


「味はこの辺で良いとしよう。約束だから、あんたのスープにキノコは入れない」
「そうして貰えると助かる」


小皿をキッチン台に置いて、スコールはまたレードルで鍋をくるりと掻き混ぜた。

はあ、とロックは深い溜息を吐いて、大きく息を吸った。
喉の奥に中途半端な閊えがあって、其処に嫌いなものが張り付いているような感覚がある。
恐らくは気の所為なのだと思うが、舌の上にもまだキノコの感触がある気がして、どうにも落ち着かない。
水でも飲んで口直ししようか、と思ったロックだったが、そうだ、と思い付く。


「なあ、スコール。口直ししたいんだけど」
「好きにしたら良い。昨日ジタンが作ったデザートなら、冷蔵庫の中にまだ残ってる」


好きに食べれば良い、と言いながら、スコールは冷蔵庫に向かう。
次の料理に使う食材を取り出す傍ら、彼は冷蔵庫の奥に仕舞ってあった、昨晩の残り物であるパンナコッタのカップを取り出す。


「これで良いか」
「ああ、うん。それも貰うけど」


差し出されたものは厚意であるから、ロックは遠慮なく受け取った。
けれども、ロックが欲しい“口直し”は、これではない。

冷蔵庫の蓋を閉じて、キッチン台に戻ろうとしたスコールの腕を掴む。
まだ何かあるのか、と振り返ったスコールの目の前に、ヘーゼルカラーがあって、スコールは思わず息を飲んだ。
その無防備に薄く開いた唇へ、ロックは自分のそれを押し付ける。
見開かれた蒼灰色が混乱している隙に、ロックの舌がその中へと侵入した。


「んん……!?」


ぬるりとしたものに咥内を弄られ、びくりと細身の肩が跳ねる。
反射的に逃げを打とうとする腰に腕を回して、しっかりと捕まえ、呆然としている舌を絡め取った。
たっぷりと唾液を塗しながら舐ってやる内に、スコールもパニックから状況を理解するまでに意識を取り戻す。
言葉にならない抗議が上がっているのを知りながら、ロックはたっぷりと甘露を堪能させて貰った。

時間にすればそれ程長いものではなかったが、された側にとっては違うのだろう。
ロックがゆっくりと唇を離すと、スコールの足元が蹈鞴を踏んだ。
崩れ落ちそうなその体を、腰を抱いた腕で支えながら、冷蔵庫へと寄り掛からせる。
は、は、と小さな吐息を零す薄淡色の口端からは、飲み込み切れなかった唾液が一筋零れていた。


「……っあんた……!」
「ご馳走さん」


睨む瞳に笑みを交えてそう返せば、スコールの顔が首筋まで真っ赤になった。

「出てけ!」と怒鳴る声を背中に聞きながら、ロックはそそくさとキッチンを退散する。
一瞬、夕飯のスープに大量のキノコが盛られる可能性を考えたが、案外と律儀で人の好い少年は、約束を守ってくれるのだろう。
嫌いなものを頑張って食べたご褒美には十分だと、口元に残る感触を思い出しながら、夕飯を楽しみに自分の部屋へと戻るのだった。


『ロクスコ』のリクエストを頂きました。

ロックってキノコが嫌いな訳でして。
大人になっても嫌いなものって、栄養価が高いとか、安全だとか、理屈は判っていても進んで口にしたくはないものですね。
でも健康には良いものなのでどうにか食べて欲しかったスコールだけど、死ぬほど嫌そうな顔してるから勘弁してあげたらしい。
そしてご褒美も(勝手に)持って行かれたのでした。

[バツスコ♀]無自覚テンプテーション

  • 2023/08/08 21:30
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



夏休みとなれば、敏腕アルバイターのバッツは稼ぎ時である。
だから以前は丸ごとをアルバイトに費やしていたのだが、今年のバッツは違った。
スケジュールをアルバイトで黒塗りにしたのは、夏休みの前半だけで、後半はその半分ほどを空けている。
何故なら、この世で誰よりも愛しくて仕方がない恋人が出来たからだ。
彼女との逢瀬の時間を作る為、アルバイトの日取りは例年よりもぐっと減らしつつ、その間に必要となる資金を一気に稼ぐ為に、掛け持ちで夏休み前半を消費する事にした。

それじゃ前半は恋人を放ったらかしにするではないか、と言われそうだが、これもちゃんと相手には了解済みの事だ。
そもそも、恋人は高校生で、直に受験を控えている事もあり、更には父子二人暮らしと言う環境なので、家事全般も引き受けている為、大学二年生のバッツよりも遥かに忙しい日々を送っている。
夏休みは課題も多く出ると言うので、彼女は前半の内にそれを片付けてしまいたいらしい。
真面目だなあ、とよく夏休み終盤の数日で怒涛の片付けに追われるバッツは思ったのだが、手堅い計画は良いことだ。
況してや、「終わらせておけば、後は気兼ねしないで、あんたに逢えると思うから」なんて言われたら、邪魔をするような真似は言えない。
それならばと寂しさを誤魔化す気持ちもあって、がっつりと夏休み後半に向けた軍資金を貯めようと思ったのだ。

かくして始まった夏休みは、恋人に会えない寂しさはあるものの、後の楽しみを糧に充実している。
繁忙期とあって飲食店類は何処も繁盛しており、この時期ならばと臨時のスタッフにも良い金額の給料を出してくれる所が多い。
これならちょっと遠出も出来そうだよなぁ、とあれこれと夢を膨らませながら、バッツは仕事に精を出していた。

今日は大学の友人であるセシルからの誘いで、その兄が経営している喫茶店を手伝っていた。

中性的にも見える弟に比べ、中々に厳めしい顔をしている兄であるが、二人が営むその喫茶店は、静かで洒落た店だと評判が良かった。
普段は昼は兄一人、夕方以降は授業が終わったセシルも加わって回しているそうだが、世が夏休みとなれば来店客も増えるもので、ランチタイムにウェイターを任せられる人が欲しいと頼まれた。
賄いも出すよ、と言われればバッツが飛び付かない訳もなく、喜んで雇って貰ったのであった。

ほぼ毎日、一週間の昼を其処で過ごし、兄手製の賄いにも舌鼓を打った。
オムライスが美味しくて、恋人にも食べさせてやりたいなあ、と思ったほどだ。
夏休みの後半、彼女の時間が空いてデートが出来たら、連れて来ても良いなあ、とプランの一つに組み込んで置く。
そんな日々を送りながら、今日も今日とて賑やかなランチタイムにフロアを忙しく動き回り、ようやく一息つけるかと言う所で、出入口のベルが新たな来店客を報せた。


「いらっしゃいませー……って、ありゃ?」


来店客を迎える挨拶と共にバッツが其方を見ると、見覚えのある少女が立っていた。
少女はきょろきょろと辺りを見回した後、ウェイターとして客を迎えに出るバッツを見て、ほうと安心したように息を吐く。

来訪した少女は、首の後ろに少し背中にかかる位置まで濃茶色の髪を伸ばしている。
同じ長さにした横髪の隙間には、小さなピアスを嵌めた耳が見えていた。
目元に少しかかる長い前髪の隙間からは、宝石のように蒼い瞳が埋め込まれ、それが言葉以上にお喋りであることをバッツはよく知っている。
服装は、夏の盛りとあってか、トップスは薄手のカーディガンを羽織りつつ、ボトムはホットパンツと言う、彼女にしては開放的な衣装。
すらりと伸びた脚の眩しさに思わず目を奪われそうになりながら、バッツはスコールの前に立った。


「スコールじゃん。どうして此処に?」
「……あんたのアルバイト、此処だって。ティーダが言ってたから」
「会いに来てくれた?」
「……別に。どういう店なのかと思っただけだ」


ぷい、とそっぽを向いたスコールに、バッツはくすくすと笑う。

スコールは、バッツの愛しい愛しい恋人だ。
そしてティーダと言うのは、スコールの幼馴染で、バッツは彼女を通して知り合いになった少年。
更に言うと、ティーダはセシルとも知り合いらしく、恐らくそう言う情報網で、バッツがこの夏休みにセシルの店でアルバイトをする事が、スコールの元まで伝わったのだろう。

取り敢えず、店に来てくれたのなら、客である。
バッツは店内を見回して、窓辺の小さなテーブル席が空いているのを見付けた。


「此処しか空いてないけど、良いかな」
「何処でも良い。あんたの邪魔にならなければ」
「邪魔になんてなんないって」


来てくれて嬉しい、とバッツが言うと、スコールの頬が微かに赤くなる。

椅子を引くと、スコールが其処に座った。
テーブルの端に立てていたメニュー表を取り、開いて見せる。


「なんか食べる?飲み物も結構色々あるぞ」
「飲み物と……何か軽いものがあったら食べたい」
「トーストセットが人気があるぞ。コーヒーか紅茶ならセット内、ジュースはちょっと追加な」
「じゃあ、それ。コーヒーで」
「畏まりましたっと」


バッツはズボンの尻ポケットに入れていたメモに注文の品を走り書きした。
お冷持ってくるよ、と言って席を離れ、カウンター向こうの厨房へ向かう。


「トーストセット、コーヒーで」
「ああ」
「バッツ、お冷入れておいたよ。持って行くだろう?」
「サンキュー、セシル」


厨房を預かっているセシルの兄───ゴルベーザは、直ぐに注文品の準備に取り掛かる。
その傍ら、ミネラルウォーターと氷の入ったグラスを、セシルが差し出してくれた。
バッツがそれを受け取ると、セシルはこそりと声を潜め、


「あの子が例の恋人かい?」
「うん。セシルは会うの初めてだったな」
「会いに来てくれるなんて、可愛い子だね」


セシルの言葉に、「だろ?」とバッツも嬉しくなる。
店の詳細を伝えていた訳でもないから、まさか会いに来てくれるなんて思ってもいなかった。
サプライズはおれの方が得意だと思ってたんだけど、等と言いつつ、ついつい頬が緩むのが抑えられない。
そのまま蕩けた顔になりそうなバッツに、セシルはくつくつと笑って、


「客足も落ち着いてきたし、少しゆっくりして良いよ。トーストセットは僕が持って行くから」
「良いのか?ありがとな」


友人の厚意に、バッツは遠慮なく甘えることにした。
グラスを片手にいそいそとテーブルへと向かう。

スコールは、初めて来た店だからか、少し落ち着かない様子で辺りを見回している。
そんな彼女の前に「お待たせしました」とグラスを置き、テーブルを挟んで反対側の席に座る。
当たり前のように腰を落ち着けたバッツに、スコールはぱちりと目を丸くした後、じろりと睨む表情を浮かべた。


「…なんで座ってるんだ、あんた。仕事中だろう」
「そうだけど、今忙しくないからさ。セシルからゆっくりして良いって言って貰ったし」


セシルってあいつな、とバッツはスコールのずっと後ろで、カウンターに立っている友人を示す。
スコールが身を捻って振り返り、此方を見ていたセシルを見付けて、ぺこりと小さく頭を下げた。
藤色の瞳が和やかそうに細められ、形の良い唇が「ごゆっくり」と言ったのが見えると、スコールは恥ずかしそうに頬を赤らめて、体の向きを戻した。

冷を口に運ぶスコールの額からは、じんわりと汗が滲んでいる。
涼しい屋内に入って尚も汗が止まらない様子から、外は今日も相当暑いなとバッツは悟った。
そんな中にインドア派のスコールが外出するのも珍しい事だ。
本当に、わざわざ来てくれたんだなあ、と、気紛れであっても彼女のその行動が嬉しくて、バッツはついつい頬が緩む。

と、その表情は正面に座るスコールにもしっかりと見えていて、


「……何笑ってるんだ」
「いや、へへへ。何でもないよ」
「………」


スコールは訝しげに眉根を寄せたが、言及して来る事はなかった。
セシルが焼き立てのトーストセットを運んで来たからだ。

黄金の焼き色に、熔けたバターをたっぷりと染み込ませたトーストは、シンプルながらこの店の鉄板メニューである。
頂きます、ときちんと食膳の挨拶をしてから、スコールは火傷しないように指先でトーストを摘まむ。
小さな口で、はくり、と耳の部分を噛んで、もぐもぐとよく噛んでいる内に、蒼の瞳が驚いたように見開かれる。
それからは黙々と食べ進めるスコールに、これは気に入ってくれたな、とバッツは確信した。

スコールが食事をしている間、バッツは久しぶりに見た恋人の私服姿を眺める。
普段のスコールは、シャツやスキニーパンツ等を好んで着用する為、肌の露出が少ない。
それが今日は、シンプルながらに爽やかさを感じさせる白の薄手のカーディガンの下には、オフショルダーのトップス。
首回りがすっきりとしているので、いつも身に着けているシルバーのネックレスが、きらりとさり気無く持ち主の魅力を引き立てる。
ボトムはデニムのホットパンツと、足元はストリングサンダルで、やはりいつになく開放的だ。
────それが、「恋人にサプライズで会いに行くなら、可愛い格好していかなきゃ」と彼女を押した親友のコーディネートだと言う事を、バッツは知らない。


(こう言う格好も可愛いなあ。似合ってる)


物珍しさも合わさりながら、バッツは新鮮な気持ちで愛しい少女を見つめていた。
同時に、ふと、この魅力的な少女が一人で街を歩いていたのだと気付き、俄かに不安が浮かんで来る。


(こんなに可愛いんだもんな。ナンパされたりしてないよな?変な奴等に目をつけられたりとか)


スコールが魅力的な女性であることは、バッツにとって揺るがない事実だ。
そんなスコールが、普段のクールな装いとは全く違う服を着て、一人で街を歩いて来たなんて、余りにも危険ではないだろうか。
この辺りは治安の良い地区ではあるが、そんな場所でも不埒な輩はいるものだ。

途端にバッツはそわそわとしてきて、正面に座っているスコールにもその様子は見えていた。


「……何してるんだ、あんた。仕事が気になるなら、戻れば良いだろ」
「んぁ、いや、そう言う訳じゃないんだけど……」


呆れた表情を浮かべるスコールに、バッツは苦笑いを浮かべる。


「なあ、スコール。この後って、なんか予定あるの?」
「別に……一服しに来てみただけだし、食べ終わったら帰る」
「一人で?」
「当たり前だろ」


一人で来てるんだから、と言うスコールに、だよなあ、とバッツは頬杖をつく。
バッツはうーんと小さく唸り、


「じゃあ、特に用事もないならさ。おれの仕事が終わるまで、此処で待っててくれる?」


ねだる調子でそう言うと、スコールは眉根を寄せてバッツを見る。
いきなり何を言い出すのかと、意図が汲み取れずにいる様子の少女に、バッツは「だってスコール、すごい可愛いから」と言い掛けて、寸での所で飲み込んだ。
それを口にすればこそ、恥ずかしがり屋の彼女は、真っ赤になって今すぐ帰ると言い出すに違いない。


「えーと、まあ、おれもこのバイト終わったあとは暇だからさ」
「夕方のバイトがあるんじゃないのか」
「今日はない。夜は入ってるけど、それまで空いてるんだ。だから、家までお見送りでもさせてくれたら嬉しいな~って」


詰まる所、バッツは今のスコールに、一人で街を歩かせたくないのだ。
この店から彼女の家までは、電車も乗り継がなくてはならない筈だし、その間に彼女に何かあったらと思うと、バッツは気が気でならない。
愛しい彼女を護る為にも、本音は胸にしまっておいて、バッツはさり気無くスコールを送らせては貰えないかと提案した。

バッツの提案はスコールにとっては唐突なもので、どうして急にそんな事を言い出すのだろう、と言う表情を浮かべている。
しかし、両手に包んだコーヒーカップを見下ろすスコールの頬には、微かに朱色が滲んでいる。


「まあ……別に、やる事もないし。別に良いけど」
「ほんとか?」
「でも、あんたの仕事って何時までなんだ。店の邪魔をするのは良くないし、待つなら外で適当に待ってる」
「いや。いやいや、大丈夫だって、此処にいても。だよな、セシル!」


それでは意味がないのだと、バッツは助けを求めるように友人を呼んだ。
遠い席なので話の詳細は聞こえていなかったようで、セシルがことんと首を傾げる。
バッツは急ぎ足にカウンターへ近付いて、


「おれの勤務が終わるまで、スコールに此処にいて貰っても良いかな。送りたいんだ」
「ああ、成程。ふふ、心配してる訳だ」


バッツの申し出の理由を、此方は聡いもので、しっかり汲み取ってくれた。
頼むよ、と懇願するバッツに、セシルはやれやれと肩を竦める。


「良いよ、大丈夫。あと一時間くらいだしね」
「サンキュー、セシル。持つべきものは友達だ」
「調子が良いね。じゃあ、帰る時間までに、洗い物は頼むよ」
「うん」


セシルの言葉に頷いて、バッツはスコールのいるテーブルへと戻った。

スコールは、自分の所為で店に迷惑をかけていないかと、怪訝な表情を浮かべている。
バッツはそんなスコールに、にっかりと笑いかけた。


「大丈夫だってさ。だから此処にいてくれよ、スコール」
「……」
「外は暑いだろ?熱中症にでもなったら大変だしさ」
「……」
「な?」


お願い、と両手を合わせて見せれば、スコールは右へ左へと視線を彷徨わせた。
やがてその瞳は、もう半分程度しか残っていないコーヒーカップへと向けられて、


「……俺は、別に、どっちでも。あんたと一緒にいられるのは……嬉しい、し……」


そう言ったスコールの声は、終わりの方ほど、小さくなって行った。
じわじわと浮かんでいた頬の朱色も濃くなり、首元まで赤くなっているのがよく判る。

変なことを言った、とスコールは真っ赤な顔を俯かせた。
しかし、赤らんだ肌は幾らも隠せはしないし、テーブルの下では、彼女の長い足が忙しく身動ぎしているのが、時折サンダルの爪先がバッツの足先に当たる事で判ってしまった。
バッツは今すぐ目の前の恋人を抱き締めたかったが、流石に人前である。

バッツはテーブルから身を乗り出して、スコールの赤らんだ額にかかる前髪を上げて、其処に触れるだけのキスをした。
彼女がその感触の正体に気付いて顔を上げる前に、席を立って仕事に戻る。



カウンターに向かう足が浮かれている事には気付いていたが、どうしたって抑える事は難しかった。



『バツスコ』のリクと共に、通常スコとにょたスコと迷われていたので、今回は女体化で書かせて頂きました。

このスコールはツンデレするけどバッツの事が凄く好きなんだと思います。
バッツはそんなスコールの気持ちをしっかり理解しているので、スコールが可愛くて仕方がない。
守りたいし独占したいから、一人にするとか気が気じゃないんでしょうね。

[フリスコ]フリープランをご希望です

  • 2023/08/08 21:25
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



改めてデートなどと言われると、何をすれば良いのか、フリオニールは全く判らなかった。

フリオニールがスコールと恋人同士と言う関係になってから、早三ヵ月。
お互いに学業が忙しい上に、一人暮らしのアルバイターと、父子二人暮らしで家事の一切を引き受けている身であるから、存外と一緒に過ごす時間を自由には出来なかった。
一番ゆっくりと時間を共有できるのは、学校が終わった放課後の帰路くらいのものだ。
それもフリオニールはアルバイトで、スコールは教員に呼ばれて雑用を手伝わされることも多いので、回数も多くはない。
よくそんなので平気だなぁ、と言ったのはジタンだったか。
フリオニールとて平気な訳ではなく、もっとスコールと話が出来たら良いのにとは思うのだが、お互いにやらねばならない事を投げ出して私事を優先できない性格なものだから、仕方がないと諦め混じりと言うのが本音であった。

平日はそれで仕方がないとして、休日はどうなのだと聞かれると、あまり変わりはない。
苦学生なフリオニールにとって、アルバイトは日々の生活と勉強の為には欠かせないし、雇用主もそんな彼の内情を知っているから、規則を破らない程度に仕事日を多めに入れてくれている。
週に一度は休みを貰ってはいるものの、それ以外では閉店時間まで詰めているのが常だ。
その所為なのか、ただのアルバイトなのに、フロアのチーフリーダーよりも店の事に詳しくなってしまった。
お陰で助かってるよ、と給料を少しばかり上乗せしてくれるのは有り難いもので、フリオニールは恩返しの気持ちも込めて、出られる日にはなるべく応えようと思っている。

スコールの方はと言うと、フリオニールに比べれば時間の自由は利く方だった。
だからと時間に余裕があるとは言い難く、家事を熟して、勉強をして、更に将来に向けた資格試験の勉強もしているので、これが中々時間を占領してくれる。
フリオニールには聞いた事もないような、専門的な国家資格を取得するつもりらしく、毎年実施されるその試験の合格者は、全体の10%を切ると言う難関だ。
まだ高校生のスコールは、認定試験を受ける事は出来ないが、今からでも学んで置かなければ足りない、と言う程だとか。
目の前の日々を生きる事で精一杯のフリオニールには、とても出来ない事だ。
だから彼もとても忙しい身な訳で、フリオニールはそんなスコールを邪魔したくないと思っている。

お互いがお互いの事情を知っている上で、迷惑はかけたくない、と一歩を踏み込む事を躊躇するのが、フリオニールとスコールだった。
それで当人たちは良いと思っているのだが、周りの方がそれを黙って見ていられなかった。
そう広くはない交流関係の中から、じれったい、と言い出した面々が、フリオニールの知らぬ間に、あれよあれよとお膳立てをしてくれたのだ。
よく気の回る友人達のお陰で、スコールの方のスケジュールもいつの間にやら押さえられ、二人のデート日が決まったのであった。

そして日々は恙なく回り、デートの日がやって来る。
フリオニールは、不格好にならない程度を意識した私服で、待ち合わせの駅前広場に来ていた。
人の往来の多い真ん中で、賑々しさに少し落ち着かない気分になりながら、待ち人を探して辺りを見回す。


(スコールの事だから、10分前には来ると思うけど。そろそろかな)


時刻は、午前10時前。
生真面目な性格のあるスコールだから、予定された時刻よりも早くに来るのは想像に難くない。
もしも遅れるような事があれば、必ず何か連絡がある筈だ。

なんとなくそわそわとした気持ちが沸いて来て、フリオニールの踵がコツコツと地面を鳴らす。
緊張しているのだろうか、と自問して、そうだな、と納得した。


(こんなの、初めてだ。何を話せば、何をすれば良いのかも、よく判らないし)


二人が恋仲になってから、放課後以外で一緒に過ごすのは、これが初めての事だ。
そんな機会が訪れるとも思っていなかった所があるから、少しの戸惑いもある。
けれども、きっと自分では中々用意しようともしなかっただろう貴重な時間だから、出来れば大事にしたいと思う。

ただ、どうすれば大事にした事になるのか、これから来るであろうスコールに楽しい思いをさせる事が出来るのかが判らない。
場所は都心の真ん中、若者の街と呼ばれる区域だから、何処で何をするにも選択肢は多い筈だ。
しかし、元よりそう言うものに特別惹かれる性質でもなければ、興味を持って情報を追う事もしないので、何処に何の店があるのかも知らなかった。
スコールが楽しんでくれたら、とは思うものの、では何をすれば良いかと言う、具体的な所は全く浮かばないのだ。
昨日のうちにもう少し調べておけば良かったな、と遅蒔きに反省する。

そんな事を考えている所に、背にした街路樹の向こうから、聞き慣れた声。


「フリオニール」
「ああ、スコール。おはよう」
「……ん」


待ち侘びていた恋人の到着に、フリオニールの頬は自然と綻んだ。
高い位置へと上り行く太陽の光を受けて笑むフリオニールに、スコールは小さく頷いて隣に並ぶ。


「遅くなった」
「そんな事ないだろ。時間より早いし」
「あんたは俺より早く来てる。もっと早く来れば良かった」
「俺は、やる事がなかったからさ。この辺りもあまり来た事がなかったから、迷って待ち合わせに遅れでもしたら悪いなと思って」


待たせたことを詫びるスコールを宥めながら、実の所は、家でじっと時間を待っているのが落ち着かなかっただけなのだ。
初めてのデートと言う事実に、どうにも心臓が跳ねるから、誤魔化すような気持ちで家を出た。
道中もずっと心は落ち着かなくて、何をしよう、何処に行こうと考えていたのだが、結局、今の今まで何もスケジュールは固まっていない。

ええと、とフリオニールは頬を掻きながら、久しぶりに目にした私服姿のスコールを見る。
学校の制服は、上から下までいつもきっちりと着こなすスコールだが、私服はもう少しラフだった。
羽織った薄手のジャケットの前は開けており、首元には銀色のリングを通したネックレスが光っている。
ダメージジーンズなんて穿くんだな、と学校での真面目な印象とはまた違う服装に、なんでも着こなすよなあ、とフリオニールは思った。

頭のてっぺんから爪先まで、しげしげと眺めていたフリオニールに、スコールはことりと首を傾げる。
その眉間に皺が寄って、「なんだよ」と言う気持ちが目に出ているのを見付け、フリオニールははっと我に返った。


「す、すまない。スコールの私服ってあまり見ないから、ちょっと、新鮮で」
「……」


フリオニールの言葉に、スコールは自分の格好を見た。
眉間の皺が一層深くなり、心持ち拗ねたように唇が尖り、


「……おかしいか」
「いや、全然。よく似合ってる」


スコールの小さな呟きに、フリオニールは首を横に振った。
真っ直ぐに正直な感想を伝えれば、スコールの白い頬に朱色が上って、それを隠すように視線が逸らされる。

横を向いたスコールの耳には、小さなピアスが光っている。
学校では校則がある為に身に着けていないが、其処に小さな穴が開いている事は、フリオニールも知っていた。
触れると柔い耳朶を飾る銀が、スコールの耳の赤みをより強調しているように見えた。
それを見ていると、なんとなくフリオニールも照れのようなものが沸いて来て、熱を感じる頬を誤魔化すように指で掻く。

────さて、いつまでも待ち合わせ場所に留まっていても仕方がない。
折角だから何処かに出掛けるのが良いとは思うが、フリオニールには何も当てがなかった。


「なあ、スコールは何処か行きたい所とかあるか?」
「……行きたい所?」


訊ねるフリオニールに、スコールが鸚鵡返しにして首を傾げる。


「その、何処に行こうかって色々考えはしたんだけど、俺、この辺りのことはよく知らないから、何があるのかも判らなくて。スコールに何かやりたい事があるなら、それをしようかなと思って」
「……俺もこの辺りのことはあまり知らない」
「そうなのか。ティーダやジタンと、よく一緒に遊びに来てるのかと」
「来るのは来るけど。何がしたいとか、何処に何があるとかは、いつもあいつらに任せてたから」


スコールの返答に、成程、とフリオニールは思った。

この地域は若者向けの店が沢山集まっているから、ティーダやジタンのように、賑やかし事が好きな友人達は、頻繁に足を運んでいる。
テレビや雑誌で紹介された人気の店や、流行のアンテナショップ等、彼等の好奇心を擽るものは多いに違いない。
スコールもよくそれに連れ出されているのだが、彼自身はあまりそう言った事には興味がないから、あくまで友人の付き合いと言う感覚なのだ。
だから行った店の細かな詳細などは覚えていないのだろう。

となると、どうしようか。
腕を組んでうーんと考え込むフリオニールを、スコールが見詰めていると、ふと携帯電話のマナーモードが震える音が聞こえた。
スコールはジャケットのポケットに手を当てるが、其処にある携帯電話は静かにしている。
となると、この音の発信源は、


「フリオ。携帯が鳴ってる」
「本当だ。ティーダからメール?」


なんだろう、とフリオニールが通知欄からメールを開くと、『デートプランその①!』と言うタイトルがあった。
面食らった気持ちで、赤い瞳をぱちりと瞬かせるフリオニールに、スコールが訝しむ表情を浮かべる。


(……オススメの情報、なのか?)


メッセージ欄には、昼食に使えそうなファストフード店や、ランチ営業のある店の情報が連ねられている。
飲食が出来る場所の他にも、最新機器を導入した体験型アトラクションが遊べる場所や、デートスポットに最適と言う川沿いの広場などが綴られていた。
添付されたアドレスを開けば、マップアプリで店の位置情報が表示されるのを見て、フリオニールは友人が「参考にするっスよ!」と親指を立てているのを聞いた気がした。
更に続け様に着信が鳴り、今度はジタンから、大まかな時間割りまで添えて、今日一日の過ごし方が提案されている。

気が利くと言うか、何と言うか────タイミングの良さに、フリオニールは眉尻を下げつつ感心する。
その様子をずっと見つめていたスコールに、フリオニールは携帯電話の液晶画面を見せた。


「ティーダとジタンから、これが来たんだけど」
「……」
「何処か行ってみるか?スコール」


友人たちの情報は有り難いと思いつつも、あくまでフリオニールはスコールの希望を優先したかった。
この提案の中から、スコールの琴線に触れたものがあれば、其処に行くのも良い。
もっと違う場所が良いなら、それも全く構わなかった。

が、スコールはメール画面をじいっと睨み、眉間に深い皺を刻んでいる。
あまり好きな所はないのかな、とフリオニールが思っていると、スコールはきょろきょろと辺りを見回した。
どうしたのかと見ていると、スコールは突然にがしっとフリオニールの手を掴んで、人混みの多い方へと歩き出す。


「スコール?」
「お節介なんだ、あいつら」


手を引かれながら名を呼べば、スコールは苦々しそうに呟いて、


「どっちもタイミングが良すぎるだろう。絶対何処かで見てるんだ」
「そうなのか?」
「二人一緒にあんたにメールを寄越してくるなんて、そうに決まってる」


スコールにとって、それはほぼ確定したことらしい。
彼の言葉に、フリオニールも確かにと納得していた。

スクランブル交差点の人混みの真ん中に入って、信号が変わるのを待つ。
此処は四方八方から人が行き交う場所だから、紛れてしまうのなら此処が一番だろう。


「あいつらを撒く」


見られているのは嫌だ、とスコールの目がありありと語っている。
何せ、今日は久しぶりどころか初めての、恋人と二人きりのデートの日なのだ。
今日の日取りを押さえてくれた友人達の気遣いと、邪魔をする気はないが心配だと言う心遣いは少なからず感謝はするが、見られていると悟って平静としていられる度胸をスコールは持ち合わせていない。
どうせならもっと上手くやれと思いつつ、信号が切り替わって直ぐに、スコールはフリオニールの手を引いて歩き出した。

フリオニールはスコールについて歩きながら、ちらりと後ろを振り返ってみる。
待ち合わせにしていた広場の方に、如何にもなサングラスと、帽子を被った金髪の少年が二人。
しっかりとそれと目を合わせると、誤魔化すようにささっと視線が外されて、逆に確信させて貰った。

サングラスをしていた方───ジタンがそうっと此方を伺ったのが見えたので、フリオニールは詫びと感謝の気持ちで眉尻を下げて笑った。
それを見たジタンが、サングラスを外してひらりと手を上げてくれたから、これでもう大丈夫だろうと理解する。
空気を読む事に長けた二人の友人は、後のことはもう判ってくれている筈だ。

信号を渡り切って、スコールは一つ息を吐きつつも、まだ警戒するように辺りを見回している。
そんなスコールの手を、フリオニールは強く握りし返した。
はっとした表情で此方を見上げたスコールに、フリオニールは柔い笑みを浮かべ、


「大丈夫だ、スコール。行こう」


そう言って、今度はフリオニールがスコールの手を引く。
しっかりと握られた自分の右手を見て、スコールの顔が赤くなったことを、フリオニールは知らない。



『フリスコ』のリクエストを頂きました。

どっちもデート慣れしてなさそうだなと思ったので、見守られている二人です。
でも見守られていると分かって堂々過ごせる訳もないので、友人達に感謝はあるけど、恥ずかしいので逃げたいスコールと、それに応えるフリオニールでした。
ジタンとティーダの如何にもな変装(と言う程でもない)は、割と見付かること前提なのではないだろうか。
大丈夫だと思ったら引き上げるつもりはあったんだと思います。友人たちの事は心配しつつも理解しているので。

[8親子]なないろ夏模様

  • 2023/08/08 21:20
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



最近のスコールは、“なんでも自分でやりたい期”だ。
兄や姉がやっている事は勿論、母や父がやっている事も、真似してみたい。
例えば、換気の為の窓の開け閉めだったり、玄関口の施錠だったり、遊んだものを片付けする時も、自分でそれをやりたがる。
元々が怖がりで余り積極的な性格ではないのだが、今はそれを飛び越えて、好奇心と、ちょっとした自立的自我が芽生えているのかも知れない。

今日のスコールは、母レインが庭の花壇に水やりをしているのを見て、「ぼくもやりたい」と言った。
レインはそんなスコールに、シャワーノズルを取り付けたホースを渡した。
母が丹精込めて育て整えた花壇は、リビングの窓から毎日見ることが出来る。
手入れをしている所も、リビングからよく見ているスコールだから、彼は心得たように、花壇全体に満遍なく水を与えている。


「お花さん、お水ですよー」


舌足らずに言いながら、スコールは両手で握ったシャワーノズルを、右へ左へとゆっくり動かす。
さらさらと降り注ぐ雨が、夏の暑さに辟易していた草花の葉を濡らし、陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
レインはそんな末っ子の様子を都度確認しながら、花壇の端に根を張った雑草を抜いて行く。

スコールはホースと花壇の段差に足を取られないように気を付けながら、少しずつ横に移動していく。
低木の下に添えて植えられた草にも、スコールはきちんと水を遣る。
地植えなのでそれ程丹念な水遣りが必要と言う訳ではないが、今夏の熱さは地面の中まで熱される程の気温が続いているから、草木の根元にはしっかりと水を与えねば。

みんみんみん、と低木の幹に取り付いた蝉が、騒がしく羽根を震わせている。
夏だなあ、とレインが滲む汗を拭っていると、


「あ、ちょうちょ!お母さん、ちょうちょいる!」


見て見て、と呼ぶ声にレインが顔を上げれば、花壇の奥を指差しているスコールがいる。
其処には白い蝶がひらひらと羽根を躍らせ、蜜を探して花から花へと遊んでいた。
レインはくすりと唇を緩め、見て、と何度も訴える息子に、うん、と頷く。


「きっとご飯を探しているのね。ちょうちょさんを濡らさないように気を付けてあげてね、スコール」
「うん!ちょうちょさん、ご飯いっぱい食べていってね。お花にお水あげるから、気を付けてね」


飛び回る蝶に話しかけながら、スコールはシャワーを花に向ける。
花の上を渡り飛ぶ蝶を濡らしてしまわないように、低くしゃがんで腕を伸ばし、シャワーノズルを花の根元近くに寄せている。
緑色の葉に水滴を散らしながら、花の根元はたっぷりと潤った。

レインが花壇半分の草取りを終えた所で、玄関の方からきゃらきゃらと元気な声が聞こえて来た。
見れば、リビングで夏休みの課題をしていた二人の子供が、監督役をしていた父ラグナと共に此方へやって来る所だった。


「スコールー!」
「あっ、お姉ちゃん!」


早速弟を構いに行く姉に、スコールがぱあっと嬉しそうな表情を浮かべる。

駆け寄ったエルオーネに、何してるの、と聞かれたスコールは、お花にお水あげてるの、と答える。
そんなエルオーネを追って二人の下に合流する兄レオンは、日に焼けて赤くなったスコールの頬を労わるように撫でた。


「ほっぺが真っ赤だぞ、スコール。暑いだろう」
「平気だよ、ぼく」
「そうか。でも少しお茶を飲もうな、おいで」
「お花のお水、まだ全部あげてないよ」
「じゃあ私がやっといてあげる!」
「やあ、ぼくがやるの」


ホースを引き取ろうとしたエルオーネに、スコールは剥れた表情を浮かべて、ホースを遠ざける。
最近のスコールはこんな事が多くて、エルオーネは困った顔で兄を見上げた。
レオンは苦笑しつつ、屈んでスコールと目線を合わせ、


「スコールがお茶を飲んだ後で、またお花にも水をあげよう。エルオーネも一緒にな」
「…ぼく、お茶、いい……」
「ダメよ、スコール。またくらくらしてご飯が食べられなくなっちゃうよ」


スコールは素直で、いつも兄姉の後ろをついて来るのが常だった。
だから家族が促す事を拒否することは滅多になかったのだが、最近はこうやって、ちょっとした我儘を言うことが増えている。
それをレオンは宥めつつ、エルオーネは叱りつつ、まだまだ無茶の効かない子供が体調を悪くしないように、誘導する事に苦心していた。

むう、と拗ねた顔をしているスコールだったが、父ラグナがホースの元栓に近付いて、


「おーい、水止めるぞ~」
「ぼくがやる!」


ラグナの声に、スコールははっとなって声を上げた。
持っていたホースを兄に渡して、小さなコンパスをぱたぱたと動かして父の下へ。
僕が、僕が、と言うスコールに、ラグナは笑顔を浮かべて、ホースに繋いだ蛇口の栓を譲った。

レオンの手に握られていたシャワーノズルから水が止まる。
ありがとな、とラグナに頭を撫でられて、スコールは嬉しそうに笑った。

レインは雑草を抜く手を止めて、子供たちと一緒にリビングと繋がる吐き出し窓へ向かう。
窓辺の内側には、琥珀色の液体と氷の入ったグラスが五つ。
窓を開けてそれを運び出す間に、三人の子供は、末っ子を真ん中に挟んで、窓辺のウッドデッキをベンチに座った。
一つストローの入ったグラスがスコールのものだと差し出せば、スコールは両手でそれを持って、早速ちゅうっと吸い込む。


「つめたぁい」
「お茶おいしいね。飲んで良かったでしょ?」
「うん」


いい、いらない、と言っていたことなどすっかり忘れて、スコールはストローを食む。
兄と姉が勉強をしている間、母と一緒に外にいたので、体内の水分は汗ですっかり減っていた。
それをきちんと補給すれば、体も程好く冷気が回り、小さな体の健康も守られる。

三人並んで水分補給をする子供たちを眺めながら、レインとラグナもグラスに口をつけた。
末っ子と一緒に庭にいたレインには、よく冷えた水分が染み渡るように美味く感じる。
首にかけていたタオルで滲む汗を拭きながら、レインは「あっちいな~」と何処か楽しそうに言う夫に訊ねた。


「二人の宿題はどう?」
「ああ、順調だよ。二人とも頭良いからなぁ、俺が教える必要もない位」


夏休みに入ってから、レオンとエルオーネは、一日の決まった時間に宿題を熟している。
まだ夏休みの始まりと言うこともあり、やる気もあるお陰か、今の所は予定に沿って消化されているようだ。
判からない所があれば父に教えて貰う、と言う助け舟は用意されているものの、元々真面目で成績優秀なレオンと、弟の見本になろうと奮闘しているエルオーネである。
時折苦手な設問に手は止まる事があっても、投げ出す事もなく、決まった時間になるまでは勉強に向き合う癖は出来ていた。

子供たちの水分補給が終わり、スコールが花の水遣りを再開すると言う。
もう勉強には飽きてしまったエルオーネも一緒だ。
花壇の縁に置いて来たシャワーノズルの下へ向かう妹弟に、レオンは蛇口の方で待機して、二人がノズルを構えるのを待ってから水を出した。


「スコール、あそこ、あそこにお水届いてないよ」
「んぅ、遠いよう」
「レオン、お水もっと出してー!」
「出してえー!」


声を揃えて訴える妹弟に、レオンはくすくすと笑いながら、水の勢いを強くする。
しゃああああ、と沢山の水滴を散らすシャワーに、きゃあ、と高い声を上げながら、二人は水遣りを続けた。

グラスを空にしたラグナが、蛇口の横に立っている長男に声をかける。


「お前も行っといで、レオン」
「うん」


水の傍で遊ぶ幼子たちは、涼しそうで楽しげだ。
レオンもその傍に行きたい気持ちはあって、父の言葉に促されて、二人の下へ向かう。
代わりにラグナが蛇口の傍に立って、子供たちの様子を見ながら、水の勢いを調節する。

花壇の水遣りが終わっても、スコールたちは中々ホースを手放さなかった。
冷たい水が齎す冷気が、この暑い夏には心地良いのだから無理もない。
そんな妹弟に、レオンはシャワーノズルの口を捻って、吹き出し口の形を変えた。
すると、それまで如雨露のように出ていた水が、小さな小さな霧飛沫になって出て来る。
それをレオンは、スコールの離れない手を重ねて握って、頭上に向かって放水を始めた。


「きゃあ、つめたーい!」
「気持ち良いー!」


降り注ぐ細かな霧飛沫は、太陽の熱で熱くなった空気を冷やしてくれる。
日差しで火照った子供たちの柔肌には、それはそれは心地良くて、二人は高い声を上げながら、霧雨の下をぐるぐると駆け回った。
その雨の真ん中にいるレオンも、心なしかほっとしたように、冷えた空気の感触を堪能している。

きらきらと輝く水のカーテンの中で楽しそうな子供達に、レインはやれやれと眉尻を下げ、


「服がびしょびしょになっちゃうわね。後で着替えさせなくちゃ」
「そうだなぁ。三人は俺が引き受けるから、レインも着替えた方が良いんじゃないか。汗びっしょびしょだろ?」
「そうね。もう、草取りをしているだけなのに、汗が止まらないんだもの」
「お疲れさん。お茶、まだいるか?」
「ううん、大丈夫。後は皆とおやつの時にね」


レインの言葉に、そっか、とラグナは言って、蛇口を捻る。
水の勢いが更に強くなって、子供たちの頭上を覆うように霧雨が降り注いだ。


「きゃー!」
「冷たいー!」
「あははは!」


すっかりはしゃいだ声をあげる幼子に、両親の口元も緩む。
昨年買って存分に遊んだビニールプールを出してこようかな、と水に親しむ子供達を見て思っていると、


「あっ、虹!」
「お兄ちゃん、虹ー!」
「ああ、よく見えるな」
「おとうさーん、おかあさーん!」
「見て見て、虹があるのー!」


頭上で輝く太陽が齎す光が、散りばめられた水滴の中で幾重にも反射して、七色の橋がかかる。
それを見付けたスコールとエルオーネがはしゃぎ、軒下で見守る父母へと報告した。

見て見て、と指差す二人が見ているものは、同じ場所に立っている訳ではないレインとラグナからは確認できない。
二人と一緒にいるレオンもそれは理解しているだろうが、彼ははしゃぐ妹弟に水を差す事はしなかった。
それは父母も同様で、「ああ、綺麗だな」と言ったラグナに、スコール達は嬉しそうに笑うのだった。



レオン12歳、エルオーネ8歳、スコール4歳くらい。
暑い時の水遊びは楽しいもんです。

[ラグレオ]イレブンシズ・コーヒー

  • 2023/08/08 21:15
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



何度目かになる、共に迎える朝は、少しの気怠さを滲ませながらも、心地の良いものだ。

普段は決まった時間には自然と目が覚めると言う青年───レオンは、どちらかと言えば遅くに起きるラグナの隣で、まだ夢の中にいる。
すぅ、すぅ、と規則正しく聞こえる寝息に、彼の眠りが健やかであると分かって安心した。
恐らくはあと一時間もすれば目を覚ます程度の睡眠だとは思うが、それならば尚更、起こしはすまいとラグナは静かに彼の目元にかかる前髪を撫で上げる。
んん、と小さくむずがる声が漏れるものの、直ぐにまた穏やかな寝息が聞こえ、ラグナの唇が緩む。

時計を見れば午後10時前で、朝食を取るには聊か遅いし、昼も遠くない。
食べるなら軽いもので良いなあと思いつつ、このまま食べずに惰性に過ごし、昼を迎えるのも悪くないだろう。
そもそも冷蔵庫の中身は真面だったろうかと思ったが、昨晩の残り物がある筈だと思い出した。
パンも買い置きのものがあるから、空き腹で買い出しに行く必要もないだろう。

身動ぎに衣擦れの音が聞こえて、ごろん、とレオンが寝返りを打った。
縮こまるように丸くなった青年の手が、転がった拍子で、ラグナの膝に乗せられる。
偶然なのだろうが、それでも甘え下手な青年が身を寄せてくれた事が嬉しくて、ラグナはその手に自分のそれを重ねた。
ぴく、と形の良い指先が震えたので、緩く握って温めてやると、柔く握り返す感触があった。

共に良い年の大人であるから、日々は何かと忙しいものだ。
レオンは若手の中でもチームリーダーを任される事が多い為、あちこちから仕事が回って来る。
レオンは始業の時間になる前からオフィスに入り、夜の間に上がって来た案件などを総浚いしたりと、ラグナよりもよっぽど手が埋まっている事も多かった。
そしてラグナの方も、会社役員としてあちこちに顔を出さねばならない事が多く、移動の車の中で大急ぎでコンビニの握り飯を胃に突っ込んでいる。
二日前までは海外に出張していた所で、其方でもスケジュールが朝から晩まで詰められていた為、息が抜けたのは飛行機の中だった。

そんな毎日を送っている中で、ようやく取れた休みの朝だ。
昨晩、久しぶりの温もりに、存外と甘えてくれた青年を見て、ラグナも年甲斐もなく熱を上げた。
明日の事も忘れ、お陰で普段よりも回数が増えて、ラグナは今になって少々体が痛かったりする。
自分がこうなのだから、若いとは言え負担の多い役のレオンはもっと大変だろうと、ラグナは疲労を訴える腰を宥めながら、食事の準備は自分がしようと考えていた。


(これから食べるんだったら、シリアル位で済ませるのが良いよなぁ。でも果物とかも欲しいな)


あと二時間もすれば、時間としては昼食の頃合いだ。
とは言え、今日丸一日が休みであることを思えば、正午を過ぎてゆっくりとランチをしても良いだろう。
レオンの体に障りがなければ、街へと出かけて、気になっている店へ食べに行くのも悪くない。

いや、昼はどうにでもなるから構わないのだ。
それよりも、朝食と言うのは一日の活力だから、しっかり食べておかなくては。
こう言う所はレオンよりもラグナの方がしっかりと意識しており、軽くても良いから何か栄養は入れておいた方が良いと思っている。
レオンは日々の忙しさもあって、ついつい其処を後回しにし、そのまま一日何も食べない、等と言うことも珍しくはなかった。
だからラグナは、こうして一緒の朝を迎える時には、きちんと食べさせてやらねば、と思っている。

となると、そろそろベッドを抜け出し、ブランチの準備を始めるべきではあるのだが、柔衣の中からはまだ離れ難い。
その理由は他でもない、傍らですやすやと眠る青年の為だ。


(俺が動いたら多分起きちまうよなー)


眠るレオンは健やかな寝息を零しているが、時間的には既に睡眠は浅くなっている筈だ。
人の気配にも敏感なようで、ラグナが多少の身動ぎをする位ならともかく、ベッドから抜け出すと、きっと目を開けるに違いない。
平時から眠りは浅い節のあるレオンに、少しでも心地良い眠りを持たせてやりたいと思うと、ラグナは中々動き出す気になれなかった。

膝の上に乗ったままのレオンの手が、する、と動く。
そろそろ起きるかなと顔を見ると、幼年期に作って消えなかったと言う、傷のある眉間に微かに眉根が寄っている。


「うう……ん……」


カーテンの向こうから伝わる明るさが、瞼の裏まで通って来て、眩しいのだろう。
レオンは嫌がるようにむずがっていたが、その光が睡魔の名残を浚って行ってしまった。
重みのある瞼がゆっくりと持ち上がり、ぼんやりと白い波を見つめる。
それから、蒼の瞳が二回、三回と瞬きに隠れた後、レオンは隣に座っているラグナを見上げた。


「……ラグナ、さん……」
「ん。おはよう、レオン」


微かに赤みのある頬にかかる横髪をそっと指先で掬い払って、ラグナは朝の挨拶をした。
レオンは頬を擦る指先のくすぐったさに目を細めながら、「おはようございます…」と小さく返す。

ラグナの膝に乗っていたレオンの手が離れ、むくりと起き上がる。
あふ、と欠伸をしている横顔が、いつも凛としている彼を酷く幼く見せて、ラグナはくすりと笑った。
レオンは眠い目元を猫手で擦りながら、きょろりと辺りを見回して、


「時間、は……」
「そろそろ10時半だな。朝飯、食べるか?」
「………」


食べるも食べないもどちらでも、とラグナが尋ねてみると、レオンは少し考えるように頭を傾ける。
寝癖のついた長い濃茶色の髪が、裸の肩の上でさらりと落ちた。


「あまり、食べる気には、ならないかなと……」
「減ってはいる?」
「それは、まあ、なんとなくは」
「じゃあリンゴとかで良いか。切って来るよ。お前はゆっくりしてな」


ぽん、とラグナはレオンの頭を撫でて、ベッドから足を下ろした。
ようやくシーツを抜け出すと、それでレオンの体が冷えないように包み込んでやる。
過保護な事をしてくれるラグナに、レオンは少し恥ずかしそうに眉尻を下げたが、シーツに残る愛しい人の温もりは心地良くて、離れた体温の代わりを手繰り寄せた。

寝室を出てキッチンに立ったラグナは、まずは眠気覚ましにと、コーヒーを淹れる為の湯を用意する。
電気ケトルに入れた水が沸くまでの間に、冷蔵庫を開けてリンゴを一つ取り出した。
簡単に八つに切り分け、芯の部分を取ってしまえば、これで今日の朝食となる。
最初に考えたように、シリアルを用意しても構わなかったし、栄養を取るならその方が良いのも判っていたが、やはり昨晩の頑張りのお陰で、まだ少し体が重怠い。
昼はきちんと食べるつもりで、今は少々サボらせて貰う事にした。

一分もすれば湯が沸き、インスタントで作った二杯分のコーヒーが出来上がる。
その片方にシュガースティック一本分の砂糖を入れた。
トレイにそれらを乗せて寝室に戻ると、レオンはベッドからすらりとした足を下ろして、まだ眠そうに目を擦っていた。


「レオンー、飯だぞー」
「……あ。はい、有難う御座います」


声をかければ、レオンは柔く笑みを浮かべた。
隣に座って、トレイに乗せていたマグカップを一つ差し出すと、レオンは両手でそれを受け取る。

職場では専らブラックコーヒーを愛飲しているレオンだが、寝起きは少し糖分が欲しいのか、砂糖入りのものを好んでいた。
まだ熱の冷めないマグカップで両手を温めながら、ふ、ふ、と息を吹きかけるレオン。
小さな唇が縁に触れ、こく、と喉が動いた。


「は……ふぅ……」
「ほら、リンゴも」
「はい」


リンゴを乗せた皿を差し出すラグナに、レオンは爪楊枝の刺さったものを取った。
ラグナも一つ口に運び、瑞々しい果肉をしゃくしゃくと咀嚼する。


「昼はどっか食いに行くか」
「そうですね。折角の休みだし」
「気になる店とかあるか?」
「いえ、そう言うものはあまり。ラグナさんの行きたい所で良いですよ」
「うーん、そうだなぁ」


昼の予定を話し合うも、こんな時、大抵レオンは自分の希望を言わない。
そんな彼に初めは遠慮しているのかと思っていたが、どうやら忙殺されている所為で、仕事以外の世間の情報に疎いのだと理解してからは、ラグナの方が遠慮なく自分の希望を薦める事にしている。


「ああ、パンケーキ屋とかどうだ?この前テレビで見たんだけど、すげえ行列でさ。若い子たちの間で流行ってるみたいで、一回覗いてみたかったんだよな。レオン、行った事ないだろ?」
「それは、確かに入ったこともないですけど。行列なら入るのも難しいんじゃ……」
「うん、まあ、休日ならな。でも今日は平日だし、ちょっとはマシだよ。多分」


根拠も何もなかったが、そう言うものだろうとラグナは言った。
レオンは首を傾げつつも、そもそも自分に希望がある訳でもないし、ラグナが行きたいと言うならそれで十分でもあった。


「それじゃあ、其処で昼食に」
「うん」
「でも、甘いものになるのでは。食べ切れると良いんですが」
「それは大丈夫だと思うぞ。ちゃんと飯っぽい奴もあるんだ。ベーコンとか乗っててさ」
「へえ……」


ラグナの言葉に、レオンは意外そうに声を漏らした。
パンケーキと言えば、おやつに食べるような甘いものばかりと思っていたので、意外だったのだろう。
ラグナも店のメニューがテレビに放送されるまでは、同じような印象を持っていた。
それがまたラグナの好奇心を刺激した訳だ。

昼食が決まった所で、皿のリンゴは空になり、二人ともコーヒーを飲み切った。
トレイに戻したそれを、ラグナがキッチンへと運んでいる間に、レオンも着換えを始める。

ごく少ない食器を洗い終わって、ラグナがリビングへと行くと、着換えを終えたレオンがソファに座っている。
その後ろ姿を見つめながら、慣れてくれたなあ、とラグナの口元が緩んだ。
何かと気を遣い過ぎな位によく気の付く青年であるから、どうにも他人の家と言うのは気後れする所があったらしく、座る場所にも迷っていたのはまだ記憶に新しい。
それでも、休みを重ねる度、時には仕事終わりに招き、一緒に過ごす内に、段々とその肩の強張りも解けていった。
今ではテレビ前のソファを定位置にして、ラグナが朝食の片付けを終えるのを待つ位に、リラックスするようになってくれた事が、密かに嬉しい。

レオンは、ソファ前のコーヒーテーブルに新聞を開き、じっと眺め読んでいる。
ラグナは緩む口元を自覚しながら、レオンの隣へと座った。
テーブル下にあるリモコンを取って、テレビの電源をつければ、朝の情報番組が流れている。
たしかこの番組は、昼前には終わる筈だから、暇潰しには丁度良い。


「これが終わったら出掛けるか」
「そうですね」


ラグナの言葉に、レオンは新聞から顔を上げて、傍らの男を見て頷いた。

そうして正面からはっきりと目が合って、柔く愉しそうな光を灯す蒼灰色を、じっと見つめる。
するとレオンは、段々と顔を赤くして、恥ずかしさに逃げるように視線を反らしてしまうのだ。
赤くなった耳が髪の隙間に見えて、ラグナは年齢の割りに初心な反応が抜けないこの青年を、愛しく思う。

レオン、と名前を呼ぶと、彼はそろりと此方を見た。
もう一度目線が絡まり合うのを確かめて、ラグナがゆっくりと手を延ばせば、昨夜の熱の余韻を残す頬に触れる。
少し迷うような表情を浮かべた後、心地良さに身を委ねて頬を寄せる青年を、ラグナはゆっくりと撫であやしてやるのだった。



朝のいちゃいちゃラグレオ。
ラグナといちゃつく事に大分慣れてきたレオンが書きたくなったので。

昼は流行のパンケーキ屋に行き、その後は二人でぶらぶらして、夜は帰ってまたいちゃつくんだと思います。

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