[ヴァンスコ]レインカーテンに隠れて
神々の闘争の世界と言うのは何処も不安定であるが、各地域によって、その度合いは多少なりと違いがあった。
混沌の神の牙城がある北の大陸は、全体的にその力の影響が強い所為か、常に曇天に覆われ、不規則には嵐を起こす事もある。
それに比べれば、まだ秩序の女神の影響が強い範囲である南の大陸は、地域ごとの気候がある程度決まっていた。
エルフ雪原はその名の通り、雪が降り続けて万年白雪に覆われ、メルモンド湿原は終始雨が降っている。
煌々と晴れた日と言うのは滅多に見ないが、とは言え、秩序の聖域に程近い場所では、束の間に陽光を見ることもあった。
この辺りは、多くの戦士達が常識的に考える天候───気象学を思うとその理も無視して来るが───を望むことも出来た。
とは言え、そもそもが天候と言うのは、人智の及ぶ所ではないと言うのは変わらない。
神々の力が世界の在り様にそのまま影響を与えることもあり、混沌の神の勢力が優位にある今、安定的な天候は強く期待しない方が良い。
科学的な知識である程度の天候の変異が予想できるスコールやライトニング、旅の知恵として肌身でもそれを予測する事が可能なバッツでも、天気予報の精度はよく言って五割の率である。
混沌の戦士の中には、膨大な魔力を暴走させれば、天候さえも乱すことが出来る程の力を有するものがいるとなれば、尚更、理屈に則った予測には限界があった。
だから秩序の戦士達は、少々遠出を考える時には、相応の準備を整えていく。
簡単なものでは、装備品として外套を用意し、急な冷え込みや雨や、場合によっては砂塵からも身を守る為に使える。
厚手のものなら、少々重いが、防具の一つとしても有用だ。
嵩張ることは確かだが、少人数での行動であれば、テントを持って行くよりも荷物が少なく済む。
だが、それを頼りにしていても、降り頻る雨の鬱陶しさと言うのはどうにもならない。
視界がなくなる程の土砂降りに見舞われたとなれば、直に濡れるよりはマシだとは言え、雨合羽にした外套は湿って重くなり、濡れたその布地に体の体温が奪われていく。
せめて水の含みの限界が来る前に、雨宿りできる場所を見付けなくてはと、ヴァンとスコールは急ぎ足に走った。
その甲斐あってか、岸壁の隙間に小さな洞窟を見付けて、滑り込む事に成功する。
「は~、良かった。雨宿りだ」
「ああ……」
すっかり重くなった外套のフードを外し、濡れた髪から湿気を逃がそうと、がしがしと頭を掻くヴァン。
その隣でスコールも、もう合羽としても限界であろう外套を脱いでいた。
「買い物に来ただけだったのに、散々だったなぁ」
「……そうだな」
ヴァンの台詞は独り言気味ではあったが、スコールも同意見と言うように返事を寄越す。
今日のヴァンは、秩序の聖域から少々離れた場所にある、モーグリショップに行っていた。
まるで人目憚るような場所に店を構えるそのショップは、往復すると一日から二日の時間を要する。
面倒な場所にあるのは確かだが、他のものに比べると少々ラインナップが変わっており、時には希少な素材や召喚石まで並ぶ事があった。
其処で交換した素材は、また別のモーグリショップで別の素材と交換する事も出来る。
だから秩序の戦士達は、不定期なことではあるが、このモーグリショップを折々に覗いて、各自が必要になる道具の為、交換用のアイテムを用立てることがあるのだ。
ヴァンもそのつもりでやって来たのだが、偶然、其処でスコールと合流した。
そう言えば朝から昨日から看なかったな、と思ったが、彼の単独行動と言うのは珍しものでもないので、ヴァンは深く気にしなかった。
必要なものを揃えて、ヴァンはそのまま帰ることにし、其処にスコールの足並みも揃った。
特に何か会話が必要な二人ではかったが、足が揃っているなら、ヴァンは気を置くこともなく雑談を振る。
スコールからの反応は多くはないが、時折、呆れたような、面倒臭そうな返事が帰って来るので、ヴァンはそれで十分であった。
そうして平和と言えば平和な帰路だったのだが、その途中で土砂降りに見舞われたのだ。
もう少し進めていれば、秩序の聖域へと辿り着けるテレポストーンがあったのだが、この雨の中を強行して行ける距離でもない。
視界の悪さも、この闘争の世界では命とりとなるもので、せめて雨煙が収まるまでは束の間の屋根の下にいるのが無難な策と言えた。
濡れた布と言うのは冷たく、触れる体温を奪うばかりだから、二人とも合羽替わりの外套は脱いだ。
適当に出っ張った岩に引っ掻けて、雨が止むまでに少しでも乾いてくれることを祈る。
しかし、小さな洞穴の中はじっとりと湿り、とてもではないが、水気が抜けてくれる気がしない。
降り頻る雨ですっかり気温も落ちたようで、ひんやりとした空気が、二人の少年の濡れた躰から、じわじわと熱量を奪っていく。
「う~……」
「……」
「焚火でも起こせたら良いんだけどなぁ」
元より薄着のヴァンは、剥き出しの二の腕を摩りながら呟いた。
隣をちらりと見遣れば、ふかふかとしたファーがあって、温かそう、とヴァンは思う。
スコールも決して厚着は言えない格好ではあるが、ファー付きの長袖のジャケットがあるだけ、ヴァンよりもマシだろう。
腹を出している訳でもないし、肌が空気に触れている場所は、少ない方だった。
「……良いなあ、それ」
「……何が」
「上着。暖かそう」
「これも濡れてる。大して暖かくはない」
「でも俺より暖かそうだぞ」
「……それはあんたの格好の所為だろう」
全くスコールの言う通りであった。
ヴァンもいつものベストだけでなく、もっと布の多い服を着ていれば、こうも凍える事はなかっただろう。
「大体、あんたは雪原に行く時だって同じような格好をしてるじゃないか。雨くらいで……」
「戦うかも知れないなら、動き易い方が良いだろ。でも、今はそうじゃないじゃんか」
「……まあな」
「じっとしてなきゃいけないなら、もっと着るよ。じゃなきゃ寒いばっかりだ」
こんな雨に見舞われて、冷たい洞窟に逃げ込む予定なんてなかったのだ。
だからヴァンはいつも通りの格好で出て来たし、余分な荷物も持っていない。
これは不運な事故であった。
むず、とヴァンの鼻の奥がくすぐったくなって、くしゃみが出た。
「うー、寒い。まだ止まないかな。早く帰って温まりたい」
「……同感だ」
「焚火……うーん、燃えるものがないか」
「……そうだな」
辺りを見渡してみた所で、洞穴は岩土ばかりで覆われていて、燃料に出来るものがない。
服端でも破って使ったら、とも思ったが、土砂降りの所為で二人の服も、荷物を入れる為の布袋も、すっかり水分を含んでいる。
この湿りようでは、直にマッチの火を近付けても、暖まるだけの熱を起こす事は難しいだろう。
探した所で、何もないことを再確認するばかりで、ヴァンは仕方なく火起こしの希望を諦めた。
代わりに直ぐ其処にある、自分以外の唯一の熱を求めて、身を寄せる。
暖かそうに見えていた、ジャケットのファーに顔を寄せて、それを羽織る少年の背中に密着すると、存外とひやりとした冷気がヴァンの肌身に伝わった。
「……おい」
「つめたいな」
「濡れてるって言っただろう」
背中にぴったりと密着して来たヴァンに、スコールは呆れた口調で言った。
持ち主が言った通り、スコールの黒のジャケットは、全体的に湿気にやられている。
一見するとふかふかとしていた首回りのファーも、触ってみると毛先が重く、束になってくっつきあっていた。
こんなものを着ているのと、冷えた空気に肌を晒すのと、果たしてどちらがマシだろうか。
「脱いじゃえよ、スコール。風邪ひくぞ、こんなの着てたら」
「脱いだら寒いだろ。ないより良い」
「あっても意味ないよ、こんなの。首とか冷たい」
ヴァンはそう言いながら、スコールの首筋に唇を近付けた。
ファーの毛がまとわりつくように縋っている其処に舌を這わせれば、ひくん、とスコールの肩が跳ねる。
「おい、こんな所で」
「暖まるなら一番手っ取り早いよ」
「………」
だからって、と言いたげに蒼灰色が背後のおんぶお化けを睨む。
しかし、後ろから肩口に手を回して、黒いジャケットを剥がすように引っ張ると、案外と抵抗はなかった。
ジャケットの下のスコールの白いシャツは、少し湿った気配はあるものの、ジャケットや外套に比べれば冷たくはなかった。
これがあるから、スコールは湿ったジャケットも着たままで良かったのだろう。
布一枚を奪った代わりに、ヴァンがぴったりとその背中に身を寄せると、基礎体温の高い体から、じわじわと熱量が分け与えられていく。
雨はまだ止む気配はなく、まとわりつく冷えた空気を厭うように、二人は其処にある唯一の熱へと没頭して行った。
12月8日と言うことでヴァンスコ。
自然な事のように始めようとするヴァンと、流されているようで実の所受け入れているし、実際寒いので暖まる為にすることに抵抗はないって言うスコールでした。
ヴァンスコ、二人きりの時に独特の雰囲気と言うか、インモラルな空気があると私が楽しい。