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2023年12月14日

[16/シドクラ]熱に隠したこころの



情に厚いと言うよりかは、情に深いと言う人間なのだと思う。
そうでなければ、道端で斃れている見ず知らずの男を拾い、甲斐甲斐しく面倒を看ることもあるまい。
言えば当人からは「厄介と天秤にかけただけさ」と言うが、それでも大抵の人間は、自らが落ち者を拾って帰りはしないだろう。
精々、警察に電話をするだとか、アパートの大家や管理会社に連絡するとか、その程度だ。
わざわざ自分から面倒を背負い込むようなことをして、それについては“厄介”には入らない辺り、世話好きと言うか、人好きと言うか。

彼に拾われ、半ば強引に会社を其処へ転職させられると、いよいよその世話焼きは本領を発揮した。
元より、彼の会社で働く人々が、そう言った面倒見から端を発する、拾われ者の集まりである事を知る。
古株の面々は、彼が独立する以前からの付き合いだと言うが、そんな人々から見ても、彼は本当に“なんでも”拾って来たのだとか。
故にこそ彼は腕も頭もその人格も信頼され、社員からは須く尊敬を向けられている。

そんな彼が一等に愛を注ぐのは、血の繋がらない一人娘であった。
どう言った経緯かクライヴは聞いた事がない───可惜に踏み込んで良いとも思えないので───のだが、この親子は血の繋がり以上に強い絆で結ばれている。
存外とスキンシップが好きなのは父子揃ってのことで、今は離れて暮らしている所為か、偶に遭うとハグやキスは見慣れた光景だ。
娘は大学生で、異性親には色々と感ずるものも多い年頃だと人は言うが、お互いに気質が似ているのと、よくよく見ると父親の方がきちんと節度を取っているからか、二人は本当に仲が良い。
それはクライヴにとって少々羨ましくもある程で、どちらも真っ直ぐに愛情を向けあう姿は、見ていて微笑ましくなるものだった。

シドのそうした一面は、一年近くを同じ空間で過ごしたクライヴにも、よく分かっていることだ。
私生活が崩壊を通り越して黒塗りされていた自分を、見ていられないからと言うような理由で、現状の生活に至るまで面倒を看た。
時折、呆れた顔をしながらも、決してクライヴの考え方や感じ方を否定せず、広い懐で受け止めてくれた彼の情の深さは、パートナーと言う関係になると尚更、よく見える。
閨に感じる耳心地の良い声であったり、ゆったりと触れる手のひらだったり、眦や口端に浮かぶ皺の数であったり。
ひとつひとつはごく些細なものだが、それでも意識の中に積み重ねられて行けば、そう言ったものにこそ彼の言動の意味が汲み取れるようになる。
そう言った、あからさまにならない中で、少しずつ滲む愛情が、クライヴを安心させていた。

────のだが。

今日は馴染の面子と飲む約束がある、と聞いていた。
当人のシドと、会社の最古参メンバーであるオットーと、今は競争相手にもなった元同僚(今は同じ社長業らしく、シドは元はと言えばそこから独立したそうな)と、久しぶりの会食だったとか。
シドにしろオットーにしろ、そして其処に加わる人間にしろ、毎日を多忙にしているから、こうやってそれぞれの都合がついたのは、随分と久しぶりのことらしい。
人とコミュニケーションをするのが好きな男が、案外とそれを楽しみにしているのが見て取れた。

だから多分、良い酒を飲んだのだろうと思う。
其処で交わされる会話や委細を、クライヴが知る由はないが、少なくとも帰って来た彼の機嫌は良かった。
千鳥足と言うことはなかったが、顔が細やかながら紅い所や、笑った顔が常より二割増しに柔く見えた。
肩の力が抜けている、と言うのも見て分かったから、楽しかったのだろうな、とクライヴは思った。


(────だからって、どうしてこうなってる?)


玄関とリビングを繋ぐ廊下の真ん中で、寄り掛かるようにして抱き締める男の腕の中で、クライヴは呆けた顔で疑問を呈す。
呈すが、口にも出ないそれに答えを寄越してくれる者はなく、その疑問の出所はと言うと、さっきからずっと、クライヴを抱き締めてあやすように頭を撫でたり、背中を叩いたりしている。

シドが帰って来たのはつい先程のことで、時刻は日付が変わる前。
タクシーで帰って来たのであろう彼をクライヴが出迎えたのは、偶々風呂を上がった所だったからだ。
玄関で丁度靴を脱いでいる所を迎えて、「お帰り」と声をかければ、「おう、ただいま」といつもの挨拶があった。
それから、風呂を奨めるか、でも飲んでるなら危ないかな、と思った数秒の間に、抱き込まれてしまった。
前触れもなかったその出来事に、クライヴは混乱も混じって立ち尽くすしかない。

そんな状態になってから、一分は経っただろうか。
クライヴの頭はようやくの再起動がかかり、寄り掛かってくる男が存外と酒臭いことを感じ取る。


「おい、酔っ払い」
「なんだ?」
「……大分気分が良いみたいだな」
「そうだな。ま、そこそこ良い酒にありつけたから」
「それは良かったな。所で、重いんだが」
「いつもお前を受け止めてやってるんだ。偶にはお前が受け止めろよ」


軽口めいた口調で言いながら、シドは更に寄り掛かって来る。
上体にわざと体重を乗せて来る男に、何がしたいんだ、とクライヴは眉根をハの字に寄せていた。

そんなクライヴの頭を撫でていた手が、するりと滑って耳朶を擽る。
いつもイヤーカフをしている耳は、風呂上がりなので今は肌が晒されていた。
其処の感触で遊ぶように、器用な指先が耳朶を掠めるのが妙にむず痒くて、クライヴは頭を振ってそれから逃げる。
と、今度はその手はクライヴの頬に触れて、こっちを向け、と言うように正面へと向き直された。


「クライヴ」
「何────」


呼ぶ声に返事をしようとして、その唇を塞がれる。
突然のことに青の瞳が見開かれるのも構わず、ぬるりとしたものが咥内に滑り込んで来た。
予想もしていなかったことに驚いて強張るクライヴを、背中を抱いていた腕が宥めるようにぽんぽんと叩く。

口付けは徐々に深くなり、侵入した舌が、クライヴのそれを絡め取る。
ゆっくりと舌の表面をなぞられ、じわりと滲みだした唾液が混じり合って、クライヴの耳の奥で水音が鳴る。
ぬるついたものが咥内を丁寧に嘗め回すのを、クライヴは戸惑いつつも、当たり前に受け止めていた。


「ん、ふ……ふ、ぅん……」


もう寝るつもりだったのに、だから風呂も済ませたのに、首の後ろにぞくぞくとした感覚が走る。
覚えのある感触に、それを丁寧に教え込まれた躰は勝手に熱を思い出し、目の前の男の全てを欲しがってしまう。

ゆっくりと唇が離れて、はあ、と熱を孕んだ吐息が漏れた。
とろんと蕩けた青の瞳を、ヘイゼル色の瞳がじっと見つめ、何処か嬉しそうに細められる。
クライヴの足元が緩く脱力して、僅かに蹈鞴を踏めば、シドはクライヴを傍にある壁へと寄り掛からせた。
自分の体と壁とで挟んで、腕の檻で閉じ込めてしまえば、クライヴはもうされるがままだ。

口端に、頬に、首筋に。
一つずつ確かめるようにキスが降りて来るのを、クライヴは受け止めながら、


「あんた、キス魔だったのか」


いつになく増えるキスの数に、クライヴはそんな事を思った。
呟きに零れたそれは、直ぐ其処にあるシドの耳にちゃんと聞こえたようで、


「まさか。誰にでもする程軽かない」
「どうだか。あんたはたらしだから」
「そりゃお前だろう」


言いながらシドは、クライヴの衿の隙間に覗く鎖骨に唇を寄せる。
風呂を終えたばかりだから、肌は火照りを残して、少しばかり汗ばんでいた。

ちゅう、と吸われる感覚に、ひくっ、とクライヴの肩が震える。


「ん……する、のか……」
「そうだな。お前が嫌じゃなけりゃ」
「……別に、それは……もう寝るだけだったし。明日も休み、だし……」
「じゃあ遠慮しなくて良さそうだな」
「いつも遠慮なんかしてないだろう」
「伝わってないってのは悲しいもんだ」


何やら含みのありそうなシドの台詞に、クライヴは首を傾げたが、目の前の顔は笑みを浮かべているばかりだ。

クライヴは簡素な夜着だったから、脱ぐのも脱がされるのも簡単だった。
シドはと言うと、それなりに洒落た格好をしている上、首元のストールこそ解けているものの、他はきっちりと着込んでいる。
その上、場所が場所───すぐ其処に玄関もある廊下でなんて、とクライヴは思ったが、気分の良い酔っ払いは止まってくれそうにない。
時折羞恥心から抵抗の欠片でも示すと、宥めるように、すぐ其処にある皮膚にキスをされた。
胸でも、腹でも、臍でも、太腿でも、何処でも愛おしいと言わんばかりに触れて来るから、どうにもくすぐったくて堪らない。

後でもう一回風呂に入らないといけない、と思いながら、クライヴは緩やかに立ち上る熱に身を任せた。



実はクライヴのことが滅茶苦茶大事だし愛してるから、これでもかと甘やかしてやりたいけど、クライヴの方がそう言うのに慣れてないから普段は自制しているシド(言わないと分からない前提)。
気持ち良く飲んで良い機嫌で帰ったら、恋人が出迎えてくれたので(偶々だけど)、あーなんか可愛いなこいつとか思ったらしい。
クライヴはシドが愛情深い人だとは思っているけど、それは一番は家族であるミドにだけ向いていて、自分もそんなに愛されていると自覚がないと楽しいなって。

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