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2024年08月

[クラスコ]ファーストトライは慎重に

  • 2024/08/08 21:50
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

R15風味





これを使って見たいんだ、と言われた時、何を考えているんだこいつは───と冷たい目をした事は自覚していた。
どこかきらきらと、童心に帰ったような顔で言われて、恋人関係を解消しようかと思ったことも。
それが害意から出て来たものではないとは、読み取りはしたが、かと言ってハイ良いですよと言えるほど、此方は酔狂ではない。

それは日々のちょっとしたスパイスだ。
毎日のように繰り返される、呆れるような日常の中に、ほんの少し混ぜることで効果を齎す、刺激的な調味料。
別段、それがないことで困る訳でもないのだが、マンネリ化していく日々を、少しでも楽しくしようと味付けを変えてみるのは悪い事ではない。
どうせ明日も同じことを繰り返すのだから、その味を今一度確かめて味わう為にも、違う味付けを試すと言うのは効果的だ。

顔を合わせる度にセックスをした。
クラウドは正しく盛んな質であったし、スコールは潔癖のきらいはあったが、クラウドからそれを教えられて間もない。
隠れるように教えられたその快感は、心地良さは、言いようのない解放感でスコールを虜にし、性に幼い体はそれをすっかり癖にしてしまった。
触れられる事は嫌悪するタイプだった筈なのに、これに関してだけは、麻薬のように作用して、強く拒否することが出来ない。
クラウドの体力がお化け並だと言う事さえ目を瞑れば、スコールも彼に求められるのは悪い気ばかりはしなかった。
一人でするのも段々とクラウドとの激しさをネタにするようになってしまって、心がそれに慣れるのを待たずに、体ばかりが感覚に餓えて溺れていく。

そんな状態でクラウドが「拘束プレイって試してみないか」なんて言い出したものだから、スコールは胡乱な目をしつつも、ちょっと、ほんのちょっと、本当にほんの少しだけ、興味が湧いてしまった。

昨今、インターネット上で色々と調べ物をしていると、猥雑な広告なんてものがよく目に入る。
其処には、一昔前なら「子供が目にするような所にそんなものを出すなんて!」と言う声があった筈の、過激なメディアコミックの切れ端が入っている。
明らかに性的なものを意識、それ所か露骨にそれを描写しているものがあって、中にはどう考えても成人向けのものがあったりする。
スコールはそれに興味を持つことはなかったが、しかし、Web媒体でも、紙媒体でも、愛読している雑誌についてくる広告には、そう言うものが混じっているのは知っていた。
恋愛のスパイスとして、ちょっとインモラルな手法に手を出して、沼にハマって良く男女────そんなものを描いているフィクションは、形中身は違えど、普遍的に需要のあるものであるらしい。

そして、普通のセックスでは物足りないと、ちょっとしたプレイを試してみると言うのもまた、よくある話なのだろう。
スコールはクラウド以外に付き合ったことがないから、本当の所はどうか知らないが、“大人のおもちゃ”なんてものが世にはある訳だ。
それは性器を直接攻め立てるものもあれば、雰囲気を盛り上げる為のジョークグッズめいたものまで、多種多様に発展を遂げている。
其処で売られているアイテムのひとつ────金属製の手錠をクラウドは持ち出してきたのである。

「一回だけで良い」「回数の問題じゃない」「タオルを挟んで痕は残らないようにする」「そう言う配慮は出来るのか」「お前を傷付けたい訳じゃないからな」。
そんな応酬を十分は続けただろうか、この時点でスコールは、クラウドが諦めるつもりがないことを読み取っていた。
そして、勝手に用意されて、勝手に使われることもあるのだと考えると、これはマシは交渉なのかも知れない、と思う。
セーフワードも決めよう、と言うので、全く無知やノリでこの提案を押し進めようと言う訳でもないらしい。
スコールを怖がらせたい、無体をしたいと言う訳ではないのだと、クラウドなりの誠実な態度なのかも、と。
……その誠実さをもっと違う場面で発揮してくれれば、本当に言う事はなかったのだが。

結局どうしたかと言うと、スコールはクラウドの提案を受け入れた。
一回だけだぞ、と釘を差してやると、まるで大型犬が喜ぶようにハグされた。
周りにはクールを売りにしている癖に、どうにも残念な所がある恋人に呆れるスコールであったが、さりとて彼もクラウドには甘いのである。
その理由のひとつとして、少なからず自分自身も、こういったプレイに興味があった等とは、億尾にも出さないようにしながら。

枷と言っても色々あるそうだが、クラウドが用意したのは、警察が使う手錠と同じ作りの金属製。
それが当たる手首の部分にタオルが噛まされ、これで薄い板状の側面がスコールの手首に直接食い込むことはないだろう。
スコールは両の手首を十センチ強の鎖で繋がれた状態で、ベッドへと転がされた。


「中々良い景色だな」


覆いかぶさる男が、碧の瞳を楽しそうに細めて言った。
スコールの方はと言えば、手首の不自由さが存外と邪魔で、顔を顰める。

クラウドは早速、スコールの腹に手を滑らせている。
シャツの裾から中へと侵入してきた手のひらが、ゆったりと薄い腹筋をなぞり、胸の上へと這って行く。
肌を滑るくすぐったい感触に、スコールはいつものようにその手を押しのけようとして、両手がお互いを引っ張って動きを制限していることに気付いた。


「邪魔くさい、これ」
「そう言うプレイだからな」


不満をストレートに口にしたスコールに、クラウドは楽しそうに言った。
お前が不自由そうにしているのが楽しい、とばかりに。
その顔が妙に腹が立って、スコールは肘でクラウドの頬をごりっと押した。

クラウドの左手がスコールの手を握り、頭上へと持って行く。
枕に押し付けられた腕は、手錠で繋がれているから、片腕だけでも抑えてしまえば、もう一方も勝手について行くことになった。
そのままクラウドの左手に腕を枕へ縫い付けられつつ、右手はまたスコールの肌を滑って遊ぶ。


「ん……っ」


背中がじんわりと汗ばむのを感じながら、スコールはクラウドの少しばかり冷たい手の温度を感じていた。
妙に心臓が逸って、自分の体の中で血流がいやに早く流れているような気がする。
クラウドの手が胸の中心にひたりと重なれば、その奥でとくとくと動いている鼓動が判り易く伝わった。

クラウドの体がスコールの身に寄せられて、重みが乗ってくる。
密着した身体、皮膚の向こうから伝わるそれぞれの鼓動が、交じり合うように重なって行く。
右手は今度はスコールの下部に後ろ周りから辿って行き、程なく、中心部へと到達した。


「……っん……!」


ヒクつく其処を撫でた瞬間の反応に、クラウドの口角が薄く上がる。


「震えている。この分だと────」
「……は、あ……!」


する、と指が内側に滑って来る感触に、スコールの身体がビクッと跳ねる。
やっぱりな、と既に其処が準備を始めている事を確かめて、クラウドの瞳の熱が昂って行く。

中を探られるのを感じながら、スコールは悶えに身を捩る。
足の爪先がするするとシーツを何度も滑り蹴って、腕は頭上でかちゃかちゃと金属音を立てている。
赤らんだ顔にクラウドの顔が寄せられて、耳朶をなぞって舌が這った。
ぞくぞくとした感覚がスコールの首の後ろに迸って、無意識に背中がベッドから浮き、覆いかぶさる男の下腹部に膨らんだ自身を押し付ける。

クラウドは汗ばむスコールの首筋に唇を押し付けながら、


「悪いことをしている気分だな。いや、手錠をしているのはお前だから、お前が悪いことをしたのか」
「バカ、なことを……こっちは、あんたのバカに付き合ってるだけで……」
「ああ、判っている」
「っんぁ……!」


反論するスコールの声を、クラウドは中をくっと押し上げることで遮った。
びくんっ、と細身の体が跳ねて、零れる声に甘い音が混じる。
彼のお陰で開発された、弱い所を的確に攻めて来るクラウドに、スコールは下半身から抵抗の力が抜けていくのを感じていた。

頭上で何度も、かちゃかちゃと金属が擦れあう音が鳴る。
覆いかぶさる男の重みを押しのけたいのに、或いは其処にある安心感に縋りたいのに、片手を握って押さえつけるクラウドの手と、それに繋がれた鎖の所為で叶わない。
安物でもないのか、しっかりした強度がある手錠は、スコールの腕の自由をしっかりと封じていた。

クラウドはスコールを俯せにして、背中に覆い被さり、中をくちゅくちゅと掻き回す。
は、は、と息を荒げるスコールの目元に、クラウドの手が重なって、蒼灰色を世界から隠した。


「や、っあ……クラウ、ド……っ」


視覚情報が遮られた事で、代わりに鋭敏になる聴覚に、卑猥な音が聞こえている。
きゅうう、と内側を締め付けながら、攻める男の名を呼ぶスコールに、クラウドの唇がひそかに笑みを深める。


「怖いか?」
「……そんな、わけ……っ」
「じゃあ……興奮する?」
「……!」


囁くクラウドの言葉に、スコールが微かに息を飲んだ。
同時に指を咥え込んだ場所が、きゅうっ、とひとつ強く締め付けを示す。

手錠に制限された両手が、ベッドシーツを握っている。
その指先が赤らんでいるのを見て、クラウドは彼の心理状態を読み取った。
不自由な体でせめてものプライドを守ろうと、羞恥心と興奮に板挟みになりながら震えている少年。
体はすっかり火照って汗ばみ、汗と一緒にいやらしい匂いが醸し出されて、クラウドの脳をくらくらと揺さぶっている。


「後ろ手でも良かったな。今からそれでも良いか?」
「……っ」


クラウドがここぞと調子に乗って要望を口にしてみると、予想していた罵倒はなかった。
寧ろ、スコールの首筋は益々赤らんで、若くて刺激に餓えた体が期待を示していることを表してしまう。

後ろを探っていた指が抜けて、スコールの身体がビクッと跳ねた。
ひくつく感触に下腹部が切なくなっているのを感じている間に、クラウドはスコールの両手を掴んで、背中へと回す。
体の前で拘束されるより、明らかに不自由で負荷のかかる体勢だ。
縋るものすら完全に許されなくなった状態で、スコールの身体は、それでも確かに昂っていた。

両手を後ろに固定されたスコールは、自力で起き上がる事も儘ならない。
それを肩を支えながら抱き起してやれば、俯せていた頭が持ち上がって、はぁっ、と天井を仰ぎに吐息が漏れた。
そうして露わになった蒼灰色の瞳は、とろりと熱に浮かされ溶けて、半開きにした唇の隙間からは、唾液に濡れた舌が薄らと覗いている。


「ク……ラ、ウド……」
「ああ」


呼ぶ声に応えながら、クラウドの手はまたスコールの肌を滑る。
あやすようにただ撫で這うその手を、振り払う事も出来ないことに、酷く後ろ暗い熱を煽られながら、スコールの意識は流されて行った。





『クラスコの成人向けSS』のリクを頂きました。
プレイ・パロは自由とのことでしたので、緩めの拘束プレイをしてみました。

初めての特殊プレイなので、スコールの様子を確認しつつ、じわじわ深度を進めて行こうとしているクラウドです。
スコールの方はやった事もないし、全部初めてなのでそんなのに興奮する訳ないだろと言いますが、素質があったようで。Mっ気の。

[ウォルスコ]アンチ・ホームワーク

  • 2024/08/08 21:45
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



夏休みの課題なんていうものは、とにかく量があるのが面倒くさい、とスコールは思っている。
教科の担任の傾向によって多少の差はあるものの、夏休みが短く見積もっても八月いっぱいと言う暦で確保されていると、それ相応に課題が出される。
大量のプリントだったり、問題ドリルであったり、何々に関するレポートを何文字分だとか何ページ分だとか。
夏休み前にどっさりと持たされたそれを、生徒たちは嘆きながら仕方なく持ち帰り、夏休みの敵として、時には一気に倒したり、計画的に挑んだり、だらだらと放っておいて末日に死に物狂いに齧りついたりする。

スコールはと言うと、基本的には計画的に済ませる性質だった。
そうして置いた方が後が閊えなくて済むし、頭の隅にある焦燥感に追われなくて良い。
父子二人暮らしをしている為、家事を引き受けている事もあるので、勉強だけに時間を割く訳にはいかないから、尚更こう言ったものは事前に計画を整えて挑むのが効率的だと考えていた。

とは言っても、毎日がそう計画的に進むと決まっている訳でもない。
友人に遊びに行こうと言われると、多少はその気になってしまう位には、スコールも今時の若者らしいものであった。
そうすると、毎日決まった時間に始めている課題への取り組みも、後ろに流してしまう事もあり、遊び疲れてサボってしまう事もある。
一応、そう言った計算も入れて大枠を組んでいるから、長く見積もって夏休みの半分までには終わるようにと考えていた。
実際、スコールのその計算は正しく、八月の半ばを迎える頃には、持ち帰った課題は全て終わっていた────筈だった。

登校に使うスクールバッグの中に、埋もれたプリントを見付けたのは、二日前のこと。
その次の日───つまり昨日───は登校日になっており、その準備をするために薄い鞄の中身を確認していたら、三枚、少し折れた状態でそれは入っていた。
プリントは渡された時に全てクリアファイルに入れていた筈なのに、何の拍子に零れ出たのだろうか。
恐らくは、一学期最後の日、大量の課題を出されて重くなった荷物を取り出した時、これらだけがファイルから零れて、取り残されていたのだろう。

たかが三枚のプリント。
それを幼馴染のティーダが聞けば、「三枚くらいすぐじゃないっスか。いいなあ」等と言ってくれただろう。
未だに大量に残っている課題と頭を抱えながら格闘している彼の心情を慮れば、そんな台詞が出て来るのも無理はないと思うが、しかしされど三枚である。
スコールにしてみれば、とっくに終わらせていたつもりだったのだ。
だから、担任教師であり、恋人であるウォーリアが家に行っても良いかと聞いた時、浮いた気持ちも隠さずに「良い」と言う返事を直ぐに送った。
それなのに、こんなタイミングで、と言うのがスコールの紛れもない本音であった。

そんな訳で、スコールはウォーリアが見守る下、課題のプリントを広げている。
折角来てくれた恋人に申し訳ないと言う気持ちはあるものの、そもそも、「きちんと全ての課題が終わるまでは会わない」と言う約束だったのだ。
だからプリントを見付けた時点で、やっぱりまだ駄目だ、と言ったのだが、ウォーリアが「君に会いたい」と言うので結局会う事にした。
スコールとて、約一カ月ぶりの逢瀬の約束であったから、楽しみにしていたのも事実。
気持ちを隠すと言うことを知らない恋人に、「会いたい」と言われて、拒否など出来る筈もなかった。

プリントと戦うスコールを見守っているウォーリアは、恋人であり、担任教師である。
そう考えると教師に見晴られているも同然なのだが、スコールはそうは考えていなかった。
偶にちらと見遣ると、其処には柔い瞳で此方を見つめるアイスブルーの瞳があって、これは“生徒”に向ける目ではないと言う事が判る。
何処か微笑ましそうに、愛おしそうに見つめる瞳に、スコールは首の後ろがむずむずとするのを感じながら、それを振り払うようにしてプリントの解答欄を埋めて行った。


(あと少し……)


細々とした問題で埋め尽くされているプリントは、存外と消化に時間がかかる。
連続させていた集中力が途切れ始めたのを感じて、スコールは顔を上げた。


「はー……」


零れた吐息は、こんな面倒なプリントを用意した教師への苛立ちと、これを鞄に置き去りにしていた自分への呆れ。
ついで、恋人が来るんだから明日でも良いか、とはなれなかった、己の半端な真面目さへの諦め。

本当は、黙っていても良かったのだ。
課題がまだ残っていた、なんて正直に言わないで、今日は恋人との時間に耽れば良いと、悪魔の声も囁いた。
そのまま放置する訳でもなし、次の日にまとめて終わらせれば、夏休みの課題としては問題なくクリアになる。
けれど、そうすると、「課題が終わるまで合わない」と言う約束を、完全に破ったことになる。


(だって……ウォルに嘘は吐きたくない……)


ウォーリアは誠実だ。
それは傍から見て、そんなことまで、と言いたくなるような所まで、真っ直ぐに。
そんな彼に相応しくありたいと思うから、スコールも彼に嘘を吐きたくなかった。

最後に待ってましたと陣取っていた、面倒な式から答えまできっちりと埋めて、スコールの集中力は限界に至った。
からん、とシャーペンが指から零れ落ちた直後、スコールは埋め終わったばかりのプリントの上に頭を落とす。


「終わった……」


蚊の鳴く声で零したスコールの一言は、じっと待っていた恋人に届いたらしい。
そのまま突っ伏していたスコールの髪を、ふわりと優しい手が撫でた。


「お疲れ様、スコール」
「……ん」


労う声は耳に心地が良い。
ずっと聞いていたいし、ずっと聞きたいと思っていた。
それにようやく心を寄せて良いと判って、スコールはほうっと息を吐く。

疲れて重くなった頭をのろりと起こして、スコールは傍らにやって来た恋人を見た。
仕立ての良いワイシャツは今日も真っ白で、学校で見ている姿と違うのは、ネクタイをしていないと言う事くらいか。
それだけで、学校にいる時と違って、随分と優しい雰囲気になるものだ────それを知っているのが自分だけであることを、スコールは気付いていなかったが。

ウォーリアの形の良い手が、スコールの頬をそっと撫でる。


「もう触れても良いだろう、スコール」
「……ああ。と言うか、もう触ってるだろ、あんた」


許可を取る順番が違う、と言うスコールに、ウォーリアは苦笑する。


「すまない。我慢していたものだから」
「あんたが我慢?」


何を、と問えば、ウォーリアはゆったりとスコールの頬を撫でながら、


「君がやるべき事が終わるまでは、邪魔をしないようにと決めていた」
「……」
「とは言っても、課題が終わっていないのに、会いたいなどと我儘を言ってしまったから、無意味だったかも知れないな」
「……それは、別に。あんたは静かだったし、邪魔なんてしてない」
「それなら良いのだが」


言いながらウォーリアは、スコールの古傷のある額にキスをした。
このくすぐったい感触も、夏休みが始まって以来のものだ。
久々だからか、どうにもむず痒いものを感じるスコールだったが、かと言って振り払おう等とも思わない。
寧ろ求めて已まないものでもあったから、スコールはすっかり体の力を抜いて、恋人がくれる甘い感触に浸っていた。

……が、ふとした不安が脳裏をよぎり、


「ちょっと、確かめる。他に何か残ってないか」
「君の事だ、もう大丈夫だろう」
「そう思ってたのに残ってたんだ」


スコールはウォーリアの手をやんわりと押し返して、腰を上げた。
勉強机の横に置いていた鞄を開き、中に入っていたものを全て出して、一つ一つ入念に確認する。
更に机の引き出しも、上から順に全部開けて、教科書やノートの間、終わらせてまとめておいたプリントも確かめた。

絶対ないよな、本当にないな、と再三の確認まで始めるスコール。
念には念を入れてチェックして、ようやく、本当に終わった、と思うことが出来た。


「終わってる。多分」
「ああ、そうだろう。もう心配はないな」
「ん」


頷くスコールに、ウォーリアも唇を緩める。
そして、両腕を開いて見せるウォーリアの下へ、スコールはすっぽりと収まり戻った。

久しぶりに感じる恋人の体温は、しっかりと均整取れた筋肉がついている所為か、夏に甘えるには少々暑い。
冷房が効いているとは言っても、人肌は聊か鬱陶しくなるものだったが、それでも久しぶりの体温と匂いなのだ。
スコールは課題を頑張ったご褒美だと、一人自分を褒める為、ウォーリアの胸元に顔を寄せる。
そんな判り易い甘えを見せるスコールを、ウォーリアの腕がやんわりと閉じ込めて、


「スコール。君にこうして触れたかった」
「……なんだ、急に」


耳元で囁かれたウォーリアの言葉に、スコールは俄かに顔が熱くなる。
また急に心臓に悪いことを言い出した、と思いながら、表面的にはいつものように素っ気ない反応をした。
ウォーリアは、そんなスコールの耳元にそっと指を滑らせながら続ける。


「学生の本文は勉強だから、教師である私がそれを邪魔してはいけないと思っている」
「……」
「だが、会えばこうして君に触れたくなってしまう。さっきも随分と我慢していた。いや、元より私は限界だったのだろう。まだ会えない、と言った君に、こうして会いに来ているのだから」


耳の後ろのくすぐったさに、スコールは目を細める。
学校ではまず一切、生徒に触れる素振りも見せないウォーリアだが、彼は存外と触れることを好む。
そんなウォーリアにとって、決めた約束があったからとは言え、会えない───触れられない日々と言うのは、スコールが思うよりも辛かった、のかも知れない。


「我儘を言ってすまない、スコール」
「……別に。そんな大層なものでもないだろ、あんたの我儘とかいうのは」
「それならば良いのだが。こんな事なら、課題はもっと少なくても良かったな」
「あんたの課題だけ減ったって、一杯出す奴がいるのは変わらないから、同じだろ」


ウォーリアの言葉に、スコールは仕様のない事だと諦念混じりに言った。
確かに夏休みの課題が多いのは辟易だし、減らしてくれるのなら有難いものだが、学校の教員全員がその意識を共有してくれる訳でもあるまい。
あの大量のプリントは、ウォーリアの思いとは関係なく、どうせ渡されるものだったに違いない。

柔く細めて見つめるアイスブルーを見上げて、スコールもそうっと手を伸ばす。
長く細い銀色の糸の隙間に指を入れて、梳き上げるように頭の後ろへと持って行った。
触れるだけのキスをして、それだけでふわふわと心地良くなるのを感じて、スコールの双眸が子猫のように細められる。

ウォーリアから齎されるキスが、スコールの口端を何度も啄んだ。
触れられなかった分を取り戻すように繰り返される行為に、スコールは苦笑するように眉尻を下げ、


「……あんた、来年、大丈夫か。もう一回夏休みあるんだぞ」


今のスコールは高校二年生。
だから来年も夏休みはあるし、更に受験が目の前に迫っているので、若しかしたら今回よりも会える時間は減るかも知れない。
こんなに触れ合いたがるのに、来年はもっと制限がかかるとなったら、この男は持つのだろうか。
スコールも出来るだけウォーリアと会いたいし、時間を捻出しようとは思うけれど────

スコールの言葉に、ウォーリアの眉間に谷が浮かび、


「……どうだろうな。来年はより、君の邪魔をすべきではないとは思うのだが」
「じゃあ、今の内に堪え性を鍛えろよ。あんたの夏休みの宿題だ」
「では、その課題をクリアするまで、私は君に逢えないのだろうか」


終える気がしない、と呟くウォーリアの言葉に、だったらやっぱり、夏休みの課題なんてなくて良いな、と思うスコールなのだった。





『現パロウォルスコで「夏休みの宿題」がテーマ』のリクを頂きました。

夏休みの宿題に一喜一憂してる二人です。
終わったのでこれで遠慮なくイチャイチャできるけど、こんな調子で来年どうするよ(主にWoLの我慢について)って思うスコール。WoLが自分の事が大好きで仕方ないのが伝わるので、悪い気はしていない。
このWoLは自分が教師であること、大人であることで自戒をかけているようですが、その辺がなくなったらどうなるんだろうと言う興味。多分年上の大人の戒めは捨てないんですが、教師と生徒と言う関係がなくなったら、スコールに対してかなり甘くなると思う。

[フリスコ♀]目を合わせればそれだけで

  • 2024/08/08 21:40
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

裏小説[その匂いに閉じ込めて]の設定。
フリオニールが高校三年生、スコールが二年生(約一年前)の頃の話です。





昼休み、弁当を囲みながら、「スコールと付き合う事になったんだ」とフリオニールは言った。
まだ少し実感が少ないこともあって、少々口籠りに噛んでしまったが、告白はちゃんと囲む友人たちの耳に届いたらしい。
ぽかんと目を丸くするティーダと、その向かい側で「おお」と驚いた顔をするヴァンと、卵焼きを食べようとした口をぱかりと開けたまま停止したジタン。
いつもの面子が揃った此処で言うのが一番だと、フリオニールは思っていた。

それから数秒の間を置いてから、ぱちぱちぱち、と拍手が重なる。


「やっとかぁ~!」
「良かったっスね、フリオ!」
「やっぱりスコールもフリオが好きだったんだなー」


肩の荷が下りたと言わんばかりのジタンに続き、ティーダの祝福と、ヴァンのしみじみとした声。
ティーダがフリオニールの肩を組んで、良かった良かったとまるで我が事のように喜ぶ姿に、フリオニールは照れくささも混じりつつも、この報告が出来て良かったと思った。

フリオニールには、現在、一つ年下の恋人がいる。
その少女はティーダやヴァンと同い年で、クラスは違うものの、ティーダと幼馴染と言う関係があって、よく一緒に過ごしている。
フリオニールが彼女と知り合ったのもそれが縁となっての事で、一年前にティーダを介して出逢って依頼、折々に顔を合わせる機会に恵まれ、次第にフリオニールは彼女に惹かれるようになった。
その恋心を自覚したのは、この半年ほどの事で、其処に至るまでにティーダ達には随分と協力をして貰った。
何せフリオニールは色恋沙汰など経験もなかったし、スコールの方は少々人嫌いの気もあって、友人たちはどうなる事やらと終始はらはらと見守ってくれていたらしい。

恋愛マスターのジタン曰く、フリオニールからスコールへの矢印と言うのは、随分前から判るものであったそうな。
ただし、それは周囲から見ての話で、根本的に人付き合いを得意としていないスコールは、全くそんな気配を読み取ってはいなかった。
ヴァン曰く、「いつからかは判らないけど、スコールもフリオニールを好きな顔で見てた」とは言うが、何せ彼女も色恋沙汰は初めての経験であったらしい。
それをティーダが色々と気を回し、自覚症状のない彼女の混乱を宥めたり、彼女も彼女で、あちらの友人に相談したりと言う経緯の末、フリオニールの好意を受け止める決意をした。
お陰でフリオニールはスコールと晴れて恋仲と呼ばれる関係になった訳だ。
だからその一連の気苦労への感謝も込めて、ちゃんと彼らには報告せねば、と思うに至ったのである。

フリオニールは弁当のサンドイッチを齧りながら、改めて友人たちに礼を言う。


「色々気を使わせて悪かったな。ありがとう、皆」
「良いって良いって。こんな最高の結果になったんだから、骨折った甲斐もあったってもんだよ」


気の良いジタンの言葉に、ティーダとヴァンも同感だと頷く。
それを見回しながら、全く得難い友人たちに恵まれたな、とフリオニールは思った。


「これで安心して、枕を高くして寝れるってもんっスよ」
「其処まで心配させてたのか」
「だってどっちも大事な友達っスよ。二人とも、お互いが好き~って顔してるし。なのにフリオニールは中々言わないし、スコールはぐるぐるしてるし。リノアにも相談されて、俺大分頑張ったんスから」
「それは、ああ、うん……悪かったな。今度お詫びにジュース奢るよ」
「アイスが良い!暑いから」
「はは、判った。じゃあ帰りにコンビニでな」


ちゃっかり希望を出すティーダに、フリオニールが笑いながら頷く。
が、それを見たヴァンが、


「フリオ、良いのか?放課後って」
「ん?」
「一緒に帰ったりするんだろ?スコールと」


ヴァンのその言葉に、フリオニールはぱちりと瞬きをする。
代わりに成程と反応したのは、ジタンだった。


「そうだな、確かにそうだ。折角恋人がいるってのに、野郎を優先する必要はないよな」
「あー、うん、ま、そっか。スコールと一緒に帰るよな」
「え……いや、そう決まってる訳でも……恋人同士って、そう言うものなのか?」


フリオニールが此処で弁当を囲んでいる友人たちと一緒に帰る、それはいつもの事だ。
フリオニールはそのつもりだったのだが、恋人と言う存在を得ると、友人との付き合いというのも変わるものなのだろうか。

首を捻るフリオニールに、ティーダとジタンは顔を見合わせ、


「恋人と一緒に放課後デートだぜ。定番だよな」
「定番かは俺は判んないけど。でも一緒に帰った方が嬉しいもんじゃないかな。だって好きな人と一緒にいられるんだし」
「そうそう。好きな人と一緒にいられる時間を過ごして、別れ際にちょっと寂しくなって、明日またねって約束したりさ。そう言うの、大事にした方が良いぜ」
「そりゃあフリオと一緒に帰れなくなるのは寂しいけどさー。恋人って大事な人じゃん。大事な人と一緒にいられる時間は大事にしないと。フリオ、俺たちより先に卒業しちゃうしさ」


ティーダの言葉に、あ、とフリオニールは気付く。

フリオニールとスコールの間には、一学年分の歳の差がある。
現在、三年生であるフリオニールは、受験シーズンの真っ最中で、それが終われば間もなく卒業を迎えるだろう。
フリオニールが恋人となったスコールと同じ学び舎で過ごせる時間は、あと半年も残っていないのだ。
勿論、卒業したからとこの関係が終わりになる訳でも、そんな刹那のものにするつもりもないが、毎日のように当たり前に顔を合わせる距離でいられるのは、今だけなのだ。

だからさ、と気の良い友人たちは言う。


「フリオは、これからはスコールと一緒に帰るのが良いっスよ」
「勿論、スコールの都合とか、友達と一緒に帰りたいって日もあるだろうから、絶対毎日って訳でもないけどな。でも優先順位は今までと変えた方が良いぞ」
「学校だとスコールって生徒会役員で忙しいしなぁ。帰る時くらいだろ、フリオニールとゆっくり話が出来るのって」
「ってことで、俺のアイスとかはまた別の機会で良いからさ」
「今日はスコールと一緒に帰れよ。で、ちょっとくらい手繋げよ?」
「な、急にそんなこと……!」


揶揄い混じりに発破を駆けに来たジタンの言葉に、フリオニールの顔が赤くなる。
恋人同士になったんだから自然なことだろ、とジタンが堂々と言うものだから、その手の話に全く疎いフリオニールは、反論できるものなのかも判らなかった。

フリオニールが赤くなったり、それを宥めたり揶揄ったりと友人たちがしている間に、昼食は空になった。
ティーダとジタンは部活へ、ヴァンは自分の教室に戻ると言うのを見送って、フリオニールはさてどうしようかと考える。
調理部に所属しているフリオニールは、その活動は基本的に決まった曜日の放課後にあるので、それまでは全く縛られるものがないのだ。
時折、ティーダを始めとした運動部に助っ人や練習の付き合いを頼まれる事はあるが、今日はそれもない。
暇潰しに図書室にでも行こうか、とその方向へ廊下を歩いていると、ふと、窓から見える景色に目が行った。

この学校には二つの校舎が並び、それぞれのフロアが渡り廊下で繋がれている。
フリオニールが今いるのは、生徒たちの多くが一日の殆どを費やす教室棟で、もう一方の校舎には、技術室や化学室、音楽室、視聴覚室と言ったものが揃えられていた。
昼食が終わると、其方の教室へと移動する生徒の姿も多く、また、その流れの中に、風通しの良い渡り廊下をたまり場としている者も少なくない。

その渡り廊下に、フリオニールが見慣れた少女の姿があった。
濃茶色の髪を肩のあたりまで伸ばし、すらりとしたシルエットで、制服を崩さずにきっちりと来ている女子生徒───スコールだ。
その向かい側で身振り手振りに話している黒髪の少女は、スコールの親友である、リノアだろう。


(……楽しそうだな)


下に見える渡り廊下を、遠く窓から覗き込んで見つめて、フリオニールはくすりと笑んだ。
スコールはフリオニールに背を向ける形で、渡り廊下の桟に寄り掛かっており、彼女の顔を見る事は出来ない。
しかし、向かい合っているリノアが終始笑顔であるし、会話も弾んでいる───と言っても、恐らくスコールは相槌くらいなのだろうが───ようなので、きっと楽しい話をしているのだろう。

こうやって、窓辺からスコールの姿を見るのは、珍しいことではない。
学年が違うこともあって、三年生のフリオニールは三階に、二年生のスコールは二階に教室がある為、この角度から渡り廊下にいる彼女を見るのは、日常的な事でもあった。


(そう考えると……恋人、同士になったけど。あまり前と変わってないかも知れないな)


先のティーダ達との会話を思い出しながら、フリオニールはそんな事を思う。

恋人同士になったのなら、放課後は一緒に帰るものらしい。
絶対そうなのかは判らないが、少なくとも、ティーダやジタン、ヴァンは、そう言うものだと思っているようだった。
そう言えば、誰それが付き合うようになったという話が出ると、その当事者が昼休憩にもその相手がいる教室にやって来るとかいうイベントも見た事がある。
詰まる所、恋人同士という間柄になると、その二人はことに一緒の時間を大事にするもの───なのだろう。

とは言え、フリオニールの昼は相変わらず友人たちと一緒だった。
これは先日の告白の結果を彼らに伝えねばと言う目的もあったが、では明日からはスコールの元に行くかと言われると、よく判らない。
友人たちと一緒に摂る昼食は楽しいし、スコールも、リノアや他の幼馴染の面々との付き合いだってあるだろう。


(スコールの周りも、皆仲が良いみたいだし。それを邪魔するのは、ちょっと悪い気もするんだよな。俺の我儘にスコールを無理に付き合わせても良くないし……俺達は、これ位で良いのかも)


案外と変わらない日々で良い、事もあるかも知れない。
まだ始まって三日も経たない関係の中で、フリオニールはそう考えていた。

と、見下ろしていた先で、リノアが此方に向かって手を振った。
フリオニールの存在に気付いた彼女は、向かい合っている親友に、あっちあっち、と指を差している。
振り返ったスコールの目が、きょろ、と少し彷徨った後、窓辺から覗くフリオニールを捉えた。

ひら、とフリオニールが手を振ると、スコールはさっと顔を背けてしまう。
リノアがそれを見て何事か言っているようだったが、スコールは頑なに顔を上げなかった。
恋人に顔を背けられる形になったフリオニールはと言えば、


(ちょっと邪魔してしまったかな)


折角、親友と楽しいお喋りをしていただろうに。
放課後にでも顔を合わせることが出来たら、詫びておこう。
その時、一緒に帰っても良いかと言う事について、聞けそうなら聞いてみようか。

リノアがスコールの下から離れ、反対校舎の方へと向かう。
スコールもそれを追うように歩を踏み出したが、ふとその足が止まって、顔を上げた。

蒼灰色の瞳が、真っ直ぐにフリオニールを見付ける。
それはほんの一瞬の事だったが、確かにその瞬間、彼女の頬は柔く甘く綻んだのだ。
フリオニールが其処にいる、目が合った、うれしい────そんな気持ちを隠し切れない唇が、微かに緩んで笑みを浮かべる。

それからすぐに、スコールはリノアを追って、渡り廊下の向こうへと行ってしまった。
フリオニールはじっとその背中を見詰めた後、窓枠に寄り掛かるようにして俯き、赤くなった耳を自覚する。


(……かわ、いい……)


自分を見て笑った。
その瞬間に、フリオニールの頭は、その言葉以外を忘れていた。

紅くなった耳と、口元が勝手に緩むのが判って、フリオニールはそれを手で隠すのが精一杯だ。
頭の中は、今見たばかりの光景を延々とリフレインさせている。
そんな顔を見せてくれる恋人が、スコールが、愛しくて愛しくて仕方がない。



恋人同士になったからと、彼女との日常生活が変わるものではないと思っていた。
だが、とんでもない。
ふとした折に見付ける愛しい人の姿が、こんなにも世界を彩ってくれるなんて、フリオニールはこの時初めて知ったのだった。





『遠距離フリスコ♀のお話(付き合う前でも付き合い立てでも更に関係が深まったふたりでも○年後でも)』のリクを頂きました。
付き合い立ての二人です。随分初々しかったようで。でも好きが溢れて止まらないようです。
これでフリオニールの卒業がより近付いて来ると、一緒にいられる時間と言うのが貴重だと言う事が如実になってきて、反動で一緒にいる時間を濃いものにしたくなるんだと思います。

[ロクスコ]夏雫の誘惑

  • 2024/08/08 21:35
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



プールに行こう、と言ったのは、勿論ティーダである。
それに、良いな、と乗ったのがヴァン。
そして、いつ行く?と言う話になった時点で、当然スコールもその計画には組み込まれていたのだった。

スコールの本音としては、こんなに暑いのに外で遊ぶなんて冗談じゃない、と言うものだった。
増してや夏休みのプールともなれば、イモ洗い宜しくファミリー客でごった返しているものだし、人混み嫌いのスコールにとっては、先ず行きたいとは思わない。
しかし、うだる暑さが続く日々の中、水と言うのは非常に魅力的な響きを持っていた。
どうして夏休みにそんなにプールが混むのかと言えば、やはり、其処にしか存在しない素材───大量の水が待っているからではないか。
気温30度越えなど生温いと言わんばかりの酷暑が続くならば、涼しい、冷たい、そして楽しめると言ったプールは、持って来いのレジャーなのだ。

と言う訳で、スコールはプールへとやって来た。
誘ったティーダと、其処に同席していたヴァンも勿論一緒で、三人揃ってこの夏初めてのプール遊びだ。
水球部として毎日のように学校のプールに親しんでいるティーダであるが、やはり、遊泳施設として純粋に水を楽しむというのは、気持ちも一入違うらしい。
家から服の下に水着を着てくると言う万全振りで、彼はいの一番にプールへと駆けて行った。
ヴァンもそれを追って、家から持ってきた浮袋を片手に、水の中へ。
スコールは忙しない友人たちに呆れつつ、しっかり準備運動をして、足から順に浸して、安全に入水している。

まあ来たのなら、入ったのなら折角だから泳ぐかと水を掻き分けていたら、ティーダから思い切り水をかけられた。
けらけら笑うのがスコールの負けず嫌いに火をつけて、水の掛け合いが始まる。
横で浮袋に捕まってのんびりとしていたヴァンにも当然それはかかり、男子高校生三人は無邪気に水と親しんでいた。

遊泳施設のプールにしかないものと言ったら、ウォータースライダーだろう。
地上十メートル以上の高さから、ぐねぐねと不規則に曲がるコースを滑り落ちるのは、爽快感が癖になる。
こればかりは学校のプールで味わえるものではないと、ティーダが行こうと言い出した。
スコールは階段で上まで行くのが面倒だったのだが、「一回くらい皆で滑って、一緒の思い出作るっスよ!」と爛漫の顔で言われてしまうと弱かった。
なんだかんだと渋い顔はしても、やれやれと付き合ってくれるスコールに、ティーダとヴァンも満足するのであった。

そして、三人揃ってウォータースライダーの出発点に来て、


「じゃあ一番は俺!」
「次俺」
「……」


ティーダが名乗りを上げ、ノリ良くヴァンが言い、スコールは溜息を一つ。
順番は決まったと、ティーダが早速出発点に腰を下ろして、スタートの合図となるカウントダウンを待つ。
スタート地点にいるプールスタッフが、ゴール位置の様子を確認してから、


「3、2、1……ゴー!」
「やっほーーーー!」


ティーダは嬉々として出発した。
スライダーを流れる水の導きに乗り、あっと言う間に彼の姿は、曲がるコースの壁で見えなくなる。
段々と遠くなっていく友人の声は、高く楽しそうに青空に響いて行った。


「じゃあ次、俺な。スコール、下で待ってるからな」
「……判った判った」


ちゃんと滑って来いよ、と釘を差すヴァンに、スコールは溜息混じりに返す。

普段、それ程高い声を上げることがないヴァンだが、水に触れるとやはり楽しいのだろう。
スタートの合図と共に、ヴァンはティーダを真似るように、無邪気な声を上げながら滑って行った。

それから多少の時間を置いてから、安全を確認したスタッフに促され、スコールもスタート地点に座る。
ウォータースライダーなんて、子供の頃に父と一緒に乗って、怖くて泣いてしまった思い出しかない。
流石にあの頃のように怖がりではないし、安全の設計が成されているのも判っている。
なんとなく思い出した子供の頃の風景を頭の隅に残しながら、スコールも合図と共に出走した。

色鮮やかなカラーチューブで作られた、流水の滑り台。
水による浮力と、それの流れに乗って滑る其処は、中々普段の生活で体感できるスピード感ではなかった。
時折視界を覆われつつ、トンネルを抜けた瞬間の青空の眩しさに目を窄めながら、体に顔に飛び散る水の冷たさに遊ばれる。
そうして長い筈のコースでも、あっという間にゴールが来て、スコールは着水スペースに滑り込んだのであった。


「っぷ……は、ふぅ……」
「おっ、来た来た」
「良いスライディングっス!」


ざばあっと水飛沫と共に到着したスコールを、ティーダとヴァンが迎える。

次の人が直に到着するだろうと、スコールは直ぐにその場から移動した。
着水池から上がるスコールの下へ、友人たちも合流し、


「どうする?もっかい行く?」
「俺は行きたい」
「……パス」
「おっけ、じゃあ俺とヴァンで行ってくる!」


アクティブなティーダが、こんなアクティビティを一回で終わらせる訳がない。
付き合ってくれる人いたら嬉しい、と言う表情のティーダにヴァンが乗ってくれたので、スコールは遠慮なく辞退させて貰った。
スコールのそんな反応は友人たちには慣れたもので、行ってきまーす、と手を振った。

一人になったスコールは、濡れた髪を掻き揚げながら、さてどうするかと考えていると、


「スコール」
「……あ」


名前を呼ぶ声に振り返ると、見知った顔────ロック・コールが立っていた。

こんな所で逢うなんてな、と歯を見せて笑う彼は、スコールにとって少々特別な人である。
“少々”と言うのはスコールが未だにこの関係に不慣れであるから、そう言ったクッションを置いて考えないと、どう向き合って良いかも判らなくなるからだ。
それ位に、二人は特別な関係ではあるのだが、それは周囲には秘密にしている。
密やかな間柄でも戸惑いが拭えないのに、他人に何と説明すれば良いのかなんて判らないからだ。
ロックの方は、スコールがそう考えている事を慮ってか、今は彼の友人たちにも、秘密にしてくれているらしい。

そんな男と、こんな所で逢うと思っていなかったから、スコールの心音は判り易く跳ねた。
それを隠すように視線を彷徨わせている間に、ロックはスコールの前にやって来て、


「偶然だな。お前がプールに遊びに来るタイプだったとはなぁ」
「……ティーダ達に誘われたんだ」
「はは、成程。友達付き合いは大事だもんな。でも一人みたいだけど、逸れたか?」


ロックの言葉に、スコールは頭上に聳えるウォータースライダーを指差した。
あっち、と無言で示すスコールに、ロックも成程と理解する。


「お前は良いのか?」
「さっき行った。だから良い」
「満喫してるな。羨ましいね」


くすくすと笑うロックに、スコールは揶揄われたか子供扱いされた気分で唇を尖らせる。


「……あんたは、なんで此処に」
「俺?見ての通り。此処でアルバイトだよ」


そう言って両手を開いて見せる仕草をするロックの二の腕には、『係員』の腕章があった。
つまり、プールの監視員だとか、安全の為の見回りの為、仕事に来ていると言う事だ。


「意外とルール守らない奴っているからな。スコールはそんな事しないと思うけど、客の中には迷惑行為してくる奴はいるから、気をつけろよ」
「……ん」
「じゃあ、ゆっくり楽しんで行けよ。次は俺とも一緒に遊びに来ような」
「……それは、気が向いたらな」
「ああ」


その返事だけで十分と、存外と大人な対応に慣れたロックは、満足げに頷いた。
これが口約束だけの内に夏が終わっても、彼は特に怒ったりはしないのだろう。
そう言う所に、スコールが時折、自分と彼の年齢差を感じて、じんわりと悔しい気持ちを抱いたりする事は、きっと彼には知られていない。

ひらひらと手を振ってパトロールに戻るロックを見送り、再び一人になったスコールは、時刻が昼を迎えている事に気付いた。
ウォータースライダーは順番待ちの行列が出来ており、ティーダ達はその真ん中あたりにいる。
当分降りて来る事はないだろうし、今のうちに昼食の調達でもしておけば、ゆっくり腰を落ち着ける時間も取れるだろう。

スコールは一度ロッカールームに戻り、財布を取ってプールサイドへと戻った。
売店や出店が並ぶ一角へ向かうと、胃袋を刺激する匂いが漂ってくる。


(ティーダの奴はがっつりしたもので……ヴァンも結構食べるんだよな)


自分は適当で良いとして、と売店をぐるりと巡って軽く品定めをしてみる。
無難に焼きそば大盛でも良いだろうか、と幟に気を取られながら歩いていると、どん、と何かにぶつかった。
気を散漫にしていた事は確かで、前方不注意もあったしと、スコールは直ぐに「すみません」と言ったのだが、


「おっ。悪い悪い、見てなかったな」
「怪我してないか?お詫びいる?」


浅黒く日焼けした若い男が二人、スコールの前を塞ぐ格好で立っている。


(……なんか、見るからにって奴らだな)


見た目で人を判断してはいけない、と教えられて育っているが、しかし人間の第一印象と言うのは案外と馬鹿に出来ないものである。
遊び慣れた風と言うだけならまだしも、にやついた顔つきが二つ並んでいるのを見て、スコールはひそりと眉根を寄せた。
おまけに堂々と道を塞ぐ位置から退く気配がないとなれば、どう考えても迷惑者の類を考えるだろう。
こういう輩もいるから、人が多い場所と言うのは好きではないのだ。

適当にあしらって離れよう、とスコールは思ったのだが、がしっと太い手がスコールの腕を掴む。
ぎょっとして固まるスコールを、男二人は囲うように挟んでいた。


「お詫びするよ、お詫び。飯奢るから」
「は?いらない、離せ」
「おい、こいつ男だろ。もっとさぁ……」
「いやいや大丈夫だって。良い顔しそうだろ?」
「離せ!」


スコールの腕を掴んだまま、明らかに不穏なやり取りをしている男達。
これは投げ飛ばしても良いものか、と騒ぎを嫌う真面目さがスコールの決断の邪魔をしていると、


「はいはい、何かありました?トラブルでも?」


スコールと男達の間に、ずいっと体で割って入って来たのは、ロックだ。
獲物を持って行く邪魔をされた男達が、苛立たし気にじろりと睨む。
が、ロックの『係員』の腕章を見付けると、厄介なのが来た、と言わんばかりの顔で「いや、別に……」と言って掴んでいたスコールの手を離す。
露骨な舌打ちをしながら二人の男が売店エリアから離れるまで、ロックはスコールの前に立っていた。

男達の姿が見えなくなって、ふう、とロックは息を一つ。
後ろに庇っていたスコールの方を見て、「大丈夫か?」と声をかけた。


「腕掴まれてたな。怪我は?」
「それはない。……あんたのお陰で」
「そりゃ良かったよ。仕事してた甲斐があった」


ほっとした表情のロックに、スコールも小さく「……助かった」と言った。
小さいが聞き取るには十分だったその言葉に、ロックはにかりと笑って見せる。

それからロックは、スコールの様相をしげしげと眺める。
先ほど、ウォータースライダーで濡れた事もあって、スコールはいつも下ろしている前髪をかき上げていた。
そうすると、額の傷が露わになる傍ら、大人びた面立ちが案外と幼い表情を浮かべるのがよく見える。
若く瑞々しい体には水滴が滑り、聊かアンバランスな色と匂いを振り撒いているようだった。


「……一人にしない方が良いかなあ、これは」
「……?」


ロックの呟きは小さく、独り言で、スコールにははっきりとは聞き取れなかった。
首を傾げるスコールに、ロックは何でもない、とひらひらと手を振る。


「友達はまだウォータースライダーか?」
「行列になっていたから、多分。俺が見た時は時間がかかりそうだったから、その間に昼飯を買っておこうと思ったんだ」
「じゃあ俺が付き合おう。さっきみたいなのがまた来たら面倒だろ?」
「あんた、見回り中なんだろ。他の所は良いのか」
「今此処で迷惑客が出たんだ。戻って来ないように監視もいるし、またお前が絡まれるかも知れないし。これもちゃんとお仕事だよ」


そう言ってロックは、スコールの髪をくしゃりと撫でた。
上げられていた前髪を崩してやると、濃茶色のカーテンが目元を隠す。
しかしそうすると、蒼灰色の瞳に柔い影がかかり、また顔回りの雰囲気が変わる。

うーんと唸りながら、ロックはこれ以上は不自然と、スコールの頭から手を離して、


「なあ、スコール。今年、またプール来る予定あるか?」
「さあ……あいつらが行きたいって言ったら、来るかもな」


人混みは嫌いだが、水の冷たさは気持ちが良かった。
そう思うと、また友人たちに誘われた時に、行っても良いかと思う位はあるだろう。
そう言ったスコールに、ロックはそうかそうかと頷きつつ、売店巡りを促す。

友人の腹を満たせるラインナップを探すスコール。
傍らで、今夏一杯は此処のバイトを続けよう、とロックが思っている事を、彼は知らない。





『真夏のロック×スコール』のリクを頂きました。

夏と言えばプールと言う事で。
なんだかんだとプールを満喫してるスコールに、この色気は絡まれるなあ……とガード体制を取ったロックです。
でもスコールが楽しんでいるのを邪魔したくはないので、こっそり守る方向で。

[16/シドクラ]合図の指先



シドはよく他人の頭を撫でる。
それが彼にとってコミュニケーション術のひとつであり、信頼の証であり、情の示し方なのだろう。
だから、娘のミドはとくにそれを表現されるし、ハグやじゃれあいのキスもよくある。
ミドの方もそれを判っているし、父に愛されていると体感できるからか、彼女自身もスキンシップは好きだから、余すことなくそれを受け止めていた。

年齢上、立場上とあってだろう、シドは大抵の人の頭を撫でる。
女性に対しては、礼儀として、其処まで気安くすることはないが、空気や場面として問題ないと見做した時には、軽くぽんと撫でたり、肩を一瞬軽く叩いたりと言うことがある。
その時には決して過度ではなく、また相手の反応もよく見ているから、平時は専ら紳士的な距離感を保っているし、その信頼感あっての行為だ。
故に相手が不快になったり、不信感を持つことは先ずないと言って良い。
男に対してはもっと気安く、社の部下の殆どは、彼に頭を撫でられたことがあるだろう。
古くからの友人に対しては、肩を組んだり、酒を飲み交わしたりと言う具合だ。

クライヴも、よくシドから頭を撫でられる。
仕事で少々失敗してしまって落ち込んでいたり、悩ましい案件で頭を抱えている時など、「ちょっと気を紛らわせろよ」と言うように、クライヴの頭を撫でた。
その時のシドは、幼い子供を慰めると言うよりは、叱られた犬猫をあやすような風があった。
実際、シドにとってはそう言う感覚なのかも知れない。
お前は仕方のない奴だな、と言うように、苦笑しながらぐしゃぐしゃと頭を掻きまわすものだから、クライヴはシドから頭を撫でられるというのは、そう言う“あやす”時のものだと言う認識がある。

とは言っても、シドがクライヴを全くの子供扱いしている訳でもない。
会社での扱いはれっきとした社会人を相手にするそれだし、任される仕事については、それなりに責任を伴うものである。
色々と手をかけて貰った経緯があるものだから、手のかかる奴だ、と思われているのは否定するまい。
だが、それはそれと言うもので、だから簡単な仕事しか任せない、と言うことはないのだ。
十年以上もブラック会社に勤めていたという経緯を持ち、思考停止気味だったとはいえ、其処で有能ぶりを発揮しながら働いていたクライヴだ。
能力についてはシドから見ても申し分のないものであり、クライヴ自身、そうと思っている訳ではないが、生来の真面目ぶりで手を抜かない性分だから、幸いにも相応の結果はついてきた。
そうすればきちんと給料にもその結果は繁栄されるし、案件終了の祝いと言ってシドが持ってくるのはアルコールの類だ。
その酒の席から、同じベッドに入ることも含めて、シドはクライヴをちゃんと“大人”としても扱っている。

だからシドが他人の、クライヴの頭を撫でると言うのは、一番はやはり、信頼と情の証なのだ。
よくやった、と褒めるように、或いは労うように、彼の手は人の頭を撫でる。
それで良い顔で笑ってくれるんだから、誑しだよなぁ、と言ったのはガブである。
クライヴも、全く同感だ、と頷いたのを覚えていた。

年相応に皺も浮かび始めたシドの手は、存外と大きくて温かい。
手のひらの温度が高い人間は心が冷たい───元々はその逆の人を慰める言葉だったのだろうが、じゃあ逆に、と広がった言葉のなんと身勝手なものか───と言うらしいが、シドを見ていたら、それのなんとバカバカしいことか。
道端で倒れていた男を拾って面倒を見たり、職にあぶれて食うに困った男をその場で即会社に引き入れたり、酷い環境にいた者を強引にでも其処から離して守ったり。
それのサポートを昔から続けているオットーには、ご苦労様と苦笑を送るしか出来ないが、とは言えオットーの方も、シドがそう言う人間だと判っているから、長年付き合っているのだろう。
この馬鹿みたいに懐が大きくて優しい男のやる事を、無駄にはさせるまいと思う程の人望が、このシドと言う男にはあるのだから。

だから多くの人は、シドに触れられる事、頭を撫でられることを嫌がりはしない。
始めこそ大なり小なりの戸惑いの反応はあるが、他者にも分け隔てなく行われるそれに、慣れもあって段々と拒否する意味もなくなるのだ。
クライヴも、やたらと頭を掻き撫ぜられるのを「やめろ」と言いはするものの、実際の所、其処に嫌悪感がある訳でもなかった。
どちらかと言えば、子供扱いされることへの反発、と言うのが正しい。
その癖、くしゃくしゃと撫でる手は温かくて、なまじ滅多にそう言うことをされた経験もなかったものだから、どうにも離れがたい心地良さと言うか、安心感のようなものを感じてしまう。
そう言うものを自分が感じていると、とかく敏い男に気付かれたくなくて、辞めろとその手を振り払う仕草をするのも、クライヴの本音にあることだった。

そして、クライヴに限っては、もっと別の理由でその手を振り払えない時がある。



夜になっても気温が下がらない、湿度も高いというものだから、空調はフル稼働させないとやっていられない。
風呂で一日の汗で汚れた身体を洗い流し、すっきりさっぱりとした気分で涼しい部屋に戻ってきて、ふう、と一息。
まだ水分を含む髪を、肩にかけたタオルで気持ちの作用程度に拭きながら、クライヴは水分を摂りキッチンへと向かった。

冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのペットボトルを片手に寝室へ入ると、シドがベッドで本を読んでいる。
ベッドヘッドに背中を預け、少し絞ったスタンドライトの灯りを頼りに、少し厚みのある専門書を読んでいるのは、本の虫であるシドのよく見る姿だ。

じぃっと本を見つめる目は真剣で、また何かの技術書かな、とクライヴは思った。

娘のミドにも受け継がれている事だが、シドは何かと新しいもの好きで、その中でも特に、機械系の技術の進化に目がない。
その技術進化に関する本とは、何も新しい記述に限らったものではなく、古くからあったものについても貪欲で、何処からか古書を手に入れては延々と読み耽っているものだった。
どうして古いものまで調べるのかと尋ねれば、「技術は歴史の積み重ねだ。何の機能がどうして求められたのか、それを良くする為にどう改良されていったのか、知るのは面白いもんだ」とのこと。
元が勤勉な質でもあるだろうし、趣味に関しては凝り性な所もあるから、この類のものは、時代や種類を問わずに掻き集めるので、本棚はその手のもので溢れている。

この手のものにのめり込んでいる時、邪魔をするのは良くないとクライヴは知っている。


(……今日はなしかな)


明日は会社が休みの日だ。
当然、社長であるシド含め、其処で働く者も休みであるから、詰まる所、クライヴは今夜を少々期待していたのだ。
まだ知って間もない、共有する熱の心地良さと言うものは、どうにも忘れ難くて、日に日に焦がれて欲してしまう。
しかしそれに感けて夜更かしをし過ぎる訳にもいかないから、それを求められる日と言うのは限られていた。
だから、明日が休みなら、と言う期待が少しばかりあったのだが、


(これを邪魔するのは悪い)


じっと本を見つめるシドの横顔を見ながら、クライヴは眉尻を下げて苦笑する。
会社の立場もあり、人望もありで、どうやってもシドは忙しいのだ。
読書が好きなのに、こうした隙間の時間くらいしか耽る事が出来ない訳だから、クライヴは諦めと共に恋人の趣味の時間を壊すまいと思い直した。

とは言え、クライヴ自身、このまま寝てしまうには少々時間が早い。
クライヴも読書は嫌いではなかったから、部屋の隅の本棚から適当に物を取った。
シドのように難しい本は無理だが、小説だとか、物語を綴られた類なら、暇潰しには使える。

熱は諦めはしたものの、自分のベッドに入る気にはならなくて、クライヴはシドのベッドの端に座った。
きしりと小さな音が鳴ったが、シドは何も言わなかったので、気付かなかったか、許されているという事だろう。
クライヴは其処で本を開いた。

ファンタジーな世界で繰り広げられる、壮大なドラマを綴る文字を、じっと見つめる時間。
それが一時間程度は過ぎた頃に、クライヴはふと、項のあたりを何かがくすぐっている事に気付いた。


「────?」


文字へと集中していた意識が完全に削がれ、首の後ろのくすぐったさに引っ張られる。
其処に右手をやってみれば、くすぐったさの元に、人の指が遊んでいた。

振り返れば、当然ながら、唯一の同居人がいる。
ずっと本を見ていた筈のヘイゼルの瞳がクライヴを映し、何処か楽しそうな表情を浮かべながら、彼の指がクライヴの首筋にかかる黒髪を遊ばせていた。

本に没頭しているとばかり思っていたシドの突然の戯れに、クライヴの眉間に皺が寄る。


「なんだ?」
「いやあ、何ってことはないんだがな」


項を擽る指を払うクライヴだが、そうすると今度は、後頭部をわしっと掴まれた。
うわ、と急なことに声を上げるクライヴに構わず、シドはぐしゃぐしゃとクライヴの髪を掻き乱す。


「濡れてるぞ。お前、そこそこ髪の量多いんだから、ちゃんと乾かさないと風邪引くぞ」
「別に、放っておけば乾くだろう。おい、こら」
「タオルあるならもうちょっとまともに拭いておけ」


シドはそう言うと、クライヴが肩にかけていたタオルを取って、しっとりとした黒髪を拭き始めた。


「おい。子供じゃないんだ、自分で出来る」
「子供じゃないなら、最初からきっちりやって来い」


尤もな事を言われて、クライヴは唇を尖らせた。
その表情は、クライヴから見て後ろにいるシドには見えていない筈だが、この男はとにかく敏い。
クライヴは努めて表情を隠すように意識して、下唇を軽く噛んで堪えていた。

抵抗を辞めて大人しくなったクライヴに、シドは悠々とした手付きで、髪を拭く作業を続ける。
本はもう良いのかとクライヴが視線だけを動かしてみると、ベッド横のチェストの上に、彼が開いていた本が栞を挟んで閉じてある。
更にその横には時計があり、もうそろそろ日付を越える頃だと言う事が判った。


(……髪を拭くのが終わったら、寝るか)


熱の期待もない代わりに、ゆったりと静かな時間だった。
存外これも悪くはない、と頭を拭いている恋人の手に、現金な気持ちも沸いていた。

────と、すっかり油断していたクライヴの耳の後ろを、するりと滑る指があって、思わずクライヴの肩が跳ねる。
其処は常時の際に何かとシドが触れる場所だから、その感覚を体が覚えているのだ。
思いもよらぬタイミングでやって来たそれに、クライヴが感覚の残る耳を手で庇いながら振り返れば、


「おう、どうした?」


にやついた顔が其処にあって、明らかに動揺しているクライヴを見て面白がっているのが見て取れる。
それがクライヴの、聊かプライドのようなものを刺激するのだが、またそれを宥めるように、シドの手はくしゃくしゃとクライヴの頭を撫で、


「大分乾いたな」


手指に絡む髪の毛に、先とは違う感触や湿度を確かめて、シドは満足そうに言った。
それからその手は、一頻りクライヴの頭を撫でた後、また耳朶の裏側へと滑って行く。


「シド、待て」
「なんだ、今日は気分じゃなかったか」
「いや、そう言う訳、でも、」


なかったけど、と言いかけて、クライヴの顔が赤くなって詰まる。
自分が期待して待っていたこと、その名残で此処に座ったことを、自分から白状してしまった。
正直に自分が熱に餓えていた事を告白したクライヴに、シドはくつくつと喉を鳴らす。

シドはいつもクライヴの頭を撫でている、その手指で、クライヴの燻ぶる熱を煽る。
耳朶の形を撫でた指が、無精髭を生やした頬を伝って、小さな唇の端を掠めた。

もう完全にこの男が“その気”なのだと言う事は、クライヴにも分かる。
しかし、他人への世話気質については多少強引にでもそれを押し通す男だが、懐に入れた者に対して、無理強いの類は絶対に良しとしない。
だからクライヴが此処で嫌だと主張すれば、いつものようにクライヴの頭を撫でて終わりにしてくれるのだろう。
この、唇を掠め、耳朶の裏側を擽って合図を送った、この指で。

紅い顔で視線を彷徨わせ、なんとも言い難い赤い顔のクライヴの米神に、シドの唇が柔く触れ、


「で、どうする?」


あくまで選択権は委ねる男に、クライヴは苦虫を放り投げて、その首に腕を絡みつかせた。





『お付き合いしてしばらく経ってから、シドからのお誘いがどんな感じか』のリクを頂きました。

日々のスキンシップからの、クライヴに対してだけやる仕草みたいな。
頭を撫でるのは色んな人にやるけど、耳を触ったり、口の周りに触れたりとかはクライヴだけ。
そう言う所を触り始めたら合図、と言う感じの二人になりました。

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