[クラスコ]目撃証言:少年A
生徒会に所属しているその少年は、今年になって生徒会長となったとある先輩に対し、強い敬愛の念を抱いていた。
その人物は、多くが二年生になってから、クラスから一人選出されて入ることになる生徒会に、一年生の時から籍を置いていたと言う。
それも当時の生徒会の中から推薦・推挙されてのことだと言うから、つまりはそれだけ優れた逸材だったと言うことだ。
実際、少年が一年生の時から、その人物の優秀振りは学内で知られており、知らないとすれば転校したての生徒くらいのものだろう、と言われていた。
テストの成績は勿論のこと、運動神経も優れていて、いつでも冷静沈着。
更に容姿も整っており、後輩女子からはそのクールな振る舞いも含めて憧れの的で、こっそりと非公式ファンクラブが形成されていたと言う。
前年度の生徒会役員が引退する際、迷わず次期会長へと指名されたと言うのも、頷けると言うものだ。
そして前年度の先輩陣が無事に卒業を果たし、生徒会は次代へと受け継がれた。
自主性を重んじる校風に違わず、毎日のように話題提起が起こる学校で、現生徒会もまた例年通りにあくせくと働いている。
それと同じくして、少年を含めた今年度二年生へと進級した生徒たちからも、新たな生徒会人員が確保された。
他薦と投票によって決定されたことに、少年は始めこそ貧乏くじを引かされたと思ったが、生徒会長が件の先輩であることを思い出して、はっとなる。
少年は、ずっと彼に憧れていたのだ。
昨年度、二年生の生徒会役員であった彼は、少年にとって高嶺の花であった。
容姿端麗でありながら、一癖二癖ある者が多い生徒会の中にあって、どちらかと言えば地味な色合いを持ちながらも、決して埋もれることのない存在感。
眉間に皺を浮かべていることが多いが、後輩を───つまりは少年を───前にした時、ほんの僅かにその表情を和らげる。
それが後輩を威圧させないようにと言う、意識的な努力であることを知った時、少年は彼のささやかな優しさに胸を打たれた。
よくよく観察してみれば、彼は本当に細やかな所にも目を届かせてくれ、それによる不具合を出来るだけ取り除こうと努めてくれるから、知れば知る程、少年は彼の人物に敬愛を深めて行ったのだ。
深める程にその存在は眩しいほどに耀き、少年のその想いは一種の宗教染みていたが、彼のその想いは誰も知ることはない。
向けられている当人でさえ。
非公式ファンクラブに入会することもなく、ただただ密かに、傍目に見れば重いほどに尊敬の念を持って、少年は生徒会長となった彼を見つめる為だけに、生徒会へと入ることを受け入れた。
ただただ、誰より近くで、彼の姿を見つめ続ける為だけに。
生徒会としての活動の幅は広く、会議の招集も頻繁にかかる為、役員は部活をしている暇はない。
教員から雑用係の如く回されてくる仕事も多く、これを嫌う生徒は少なくない。
少年も同様だったが、憧れの人も通った道だと思えば、その背を追っているようで、然程悪い気はしなかった。
前年度の生徒会役員に信を置かれ、今正にそのトップとして目まぐるしい日々を過ごしているあの人も、こうやって積み上げていく所から始まったのだ。
そして、この仕事にきちんと誠実に向き合い続けていれば、いつかあの綺麗な蒼灰色の瞳が、自分のことを信を持ってみてくれるかも知れない───そんな夢を、少年はひとり思い描いていた。
しかし。
しかしだ。
大事件が起きた。
いや、正確にはまだ事件は起きていない。
恐らく、多分、ではあるけれど、まだ起きていると確定してはいなかった。
非常に曖昧な物言いになってしまうのは、話の出所がいまいち噂の域を出ていなくて、事実が確認できていないからだ。
だから、ともかくまずは事実確認をしなくてはと、少年は息を堪えて道を歩いていた。
(……あの人が、会長が。他校の不良と付き合いがあるなんて、そんなこと)
歩きながら、少年の頭には、ぐるぐると真偽不確かな噂が巡る。
敬愛するあの人が、良くない輩に連れ去られている所を見た者がいる───学校で聞いたその噂は、一年生と二年生の間で、密やかに交わされているものだった。
噂は当人のいる三年生の所まで届いていないようだが、果たして何処までそうなのかは二年生の少年には調べきれない。
三年生の教室の近くは、当然ながら敬愛するあの人も過ごす場所なので、うっかり顔を見たら少年は卒倒してしまう自信がある。
生徒会の会議で顔を合わせる時だって、まともに目を見て話せないのだ。
覚悟を決めていない時に偶然に遭遇すると言うのは、少年にとって突然に交通事故に遭ったような衝撃を齎すのである。
昨年、一度そうやって見事に倒れ、敬愛する彼に迷惑をかけてしまった経歴があるので、これは決して大仰な話ではなかった。
そんな訳で少年は、噂の真偽について、当人に確かめる等と言う大胆な真似は出来ない。
故に、こうして放課後、学校を後にした彼の後を、ひっそり、密かに、ついて行くと言う行動を選ぶに至ったのだ。
……こちらの方がより大胆で危険な事をしていないか、と言う疑問を呈してくれる人は、いない。
夏休みの最中、休み明けに行われる行事に関する議題で、生徒会は学校へと集まった。
会議は恙なく進み、各部への伝達の為の割り振りも決まり、少年はプリント作りを任された。
プリントの草案は、生徒会長をはじめとした三年生の役員メンバーが取りまとめておいてくれたので、後はこれをPCで清書し、配布分の数を印刷して置けば良い。
物は次の会議のスケジュールの日までに用意すれば良いから、今日これから急いでやらなくても、十分間に合う計算だった。
つまり、少年には時間の余裕があって、急いで家に帰らなくては、と言うこともなく。
だから、暑い夏の日差しの中、少年はこそりこそりと電柱に隠れながら歩いている。
数メートル先を、いつものように歩いて行く、敬愛する背中を追い駆けながら。
(学校から大分離れた。今の所は、誰も会長に近付いていない)
行く街並みはいつもと変わらない景色だった。
喫茶店や美容院や、学生狙いに間口を開いた店々が並ぶ大通りは、夏休みでも人の気配が絶えない。
蜃気楼も揺れる暑さの中、日傘を差した人々が汗を拭いながら各々の目的地へ向かっている。
夏の日差しはぎらぎらと強く、敬愛する人の白い肌を焦がさんばかりに焼いている。
会議の為に集まった教室で過ごしている時に見た彼の腕は、痛々しいほどに赤くなっていた。
日焼けが出来ない体質だと言う彼に、少年は駆け寄って日傘を差し出したかったが、生憎とその勇気が出ない。
一歩を踏み出せない自分の不甲斐なさに、何度目か項垂れつつ、せめて彼が無事に駅に着くまでは見守らなければと、傍から見れば謎な使命感に心を燃やす。
真っ直ぐに伸びる道の向こうに、駅の建物が見えて来る。
噂では、彼が良からぬ輩に連れ去られたと言う目撃談は、この近辺となっていた。
つまり此処から駅に辿り着くまでが肝なのだ、と少年は固唾を飲んで、振り返らない彼の背中を見つめる。
この道は基本的には真っ直ぐ伸びているが、横への小道も数が多い。
もしもその小道から、危ない輩が絡んで来たら。
例えば彼が、危ない連中によって小道へと引っ張り込まれたりしたら。
どうすれば助けることが出来るか、と言うことを頭の中でシミュレーションしていく内に、段々と頭の中の自分がヒーローのような立ち回りまでするようになった。
ケンカはおろか、武道のひとつも嗜んだことがない少年の想像力は、専らサブカルチャーが元である。
現実とフィクションの区別がつかない訳ではないのだが、この想像は言わば夢だ────妄想だ。
絵に描いたような不良に絡まれた敬愛する人を、決死の勇気で助けた後、柔らかな笑みを浮かべて少し恥ずかしそうに「ありがとう」と行って貰える所まで、セットになっていた。
妄想なので、「先輩ってそんな顔するのかな?」と言う点を指摘してくれる友はいない。
────と、夢の渦中に描かれていたその人の足が、ぴたりと止まる。
前には横断歩道と赤信号があり、何ら不自然なことではなかったのだが、彼の首が傾いて、横道を見ているのが気になった。
そして彼はくるりと踵の向きを変え、駅へと向かう道から逸れてしまったのだ。
(なんで!?そっちに何かいる……!?)
普通に考えれば、今は夏休みである。
学校の知り合いがこの辺りを歩いていても可笑しくはないし、暑さに辟易して適当な店に入って涼むことだってあるだろう。
放課後の寄り道なんて、どんな若者だって当たり前にやる事だ。
会長と呼ばれ、後輩の半ば心棒的な敬愛を向けられる彼の人物が、存外とそう言う“普通の少年”であることを、少年は知らなかった。
少年は急いで角道に向かった。
小さなビルの陰に隠れながら、そっと向こう側を伺うと、細い道路と狭い歩道がある。
その途中の所で、彼は立っていた。
すぐ傍には、エンジンを剥き出しにした大きなバイクにまたがり、フルフェイスヘルメットを被った人間が立っている。
(不良だ────!!)
大型バイク=不良の乗り物、と言う訳ではないのだが、頭を占めている噂のこともあって、少年は即座にそう思った。
不良少年の活躍をテーマにする娯楽メディアでも、バイクと不良はセットである。
そう言う先入観、固定観念は、大いに少年の見識を狭くさせていた。
まさか、学校内外で優等生として知られ、クールで理知的な生徒会長が、本当に不良と付き合いがあるなんて。
いや、だからこそ、火遊びをして遊ぶような不良が目を付けたのかも知れない。
真面目な彼をなんやかやで焚きつけたとか、何か弱味や人質を取られて脅されているとか、誰かの身代わりになっているとか。
だとしたら、なんとかして助けなくては、と考える少年だが、まさかの事態にその足は震えている。
何せ少年は今まで、ごくごく普通に、ごくごく平凡な日常を生きて来た一学生であるからして、少年漫画にあるような活劇的な行動と言うのは、全く縁のない人生を送って来たのだ。
この暑いのにフルフェイスヘルメットを被り、大型バイクに跨る不良なんてものには、到底、近付けなかったのである。
それでも逃げる訳には行かないと、少年はせめて耳を欹てる。
噂の真相と、もしも本当に彼が不良から脅しを受けているのなら、大人に相談して助ける方法を探さなくては。
平々凡々な少年にとって、それは精一杯の勇気と、敬愛する人物への忠義信であった。
────しかし。
「こんな所まで歩くのも大変だろう。俺としては、もっと学校の近くまで迎えに行きたいんだが」
「……断る。あんたのバイク、目立つんだぞ」
聞こえて来たのは、そんな会話だった。
迎えと聞いて、やはり良くない輩に付きまとわれていたのか、と思ったら、どうも拒否権はちゃんとあって、行使もされているらしい。
「うちはバイク通学は禁止されてるんだ。知ってるだろ」
「お前が運転してる訳じゃないし、迎えに来る奴の足がバイクだって言うだけだ。別に怒られることはないだろう」
「目を付けられたら面倒なんだ。こんなでかいバイク……」
敬愛する人の視線が、男の跨っているバイクへと向かう。
「……他人に見られたくないんだ。これでも生徒会長をやらされてる。変に目立つのは避けたい」
「まあ、そうだな。確かにヤマザキ先生にでも知られれば、大目玉は食らうか。生徒の模範となるべき生徒会長が、放課後デートしているなんて」
「……デートじゃない」
“ヤマザキ先生”と言う名前を聞いて、少年は目を瞠る。
それは学校でも厳しい生徒指導担当として知られている、ベテランの教諭のことだった。
不良生徒と言うのは、他校にいる生徒指導教員のことまで知っているものだろうか。
何か部活で熱心なアプローチをしている教師などは、スポーツ系のテレビ番組だとか、学生の努力を追い駆ける番組だとかで出演し、他校に知られる機会もあるだろう。
しかし、ヤマザキと言う教員は部活顧問は持っていないし、生徒指導が厳しいと言う点で生徒から少々不評を買いやすいと言う他は、特筆すべき人物でもない。
はて、と首を傾げる少年は、見知った教員の名が出てきたことに気を取られて、その後に出て来たワードを完全に聞き逃していた。
そんな少年を他所に、敬愛する人は、バイクの後ろにあるキャリーパックを探っている。
勝手知ったる、とばかりに中を探った彼が取り出したのは、黒を基調に、側面に銀色のステッカーを貼ったヘルメットだった。
それを頭に被り、しっかりと固定の具合を確かめている彼に、バイクの持ち主が尋ねる。
「今日は何処に行きたい?」
「……涼しい所」
「中々無茶を言う。此処からなら海岸沿いが妥当か」
「なんでも良い。あんたに任せる」
選択権がありながら、敬愛する人はそれを放棄した。
そしてバイクに跨り、それの持ち主である男の背中にしっかりと身を寄せて、腕を腹に回して掴まる。
「夕方には帰る」
「それなら、いつも通りの時間で良さそうだ」
「ん」
「スーパーには?」
「……行く。冷蔵庫の中、空だ」
「そう言えば俺も空だ」
「……あんたの所は、いつもそうだろ」
「カップ麺は冷蔵庫に入れる必要がないから助かるな」
バイクのウィンカーがカチカチと音を鳴らし始める。
バイクは、後方から車が来ていないことを十分に確認してから、ゆっくりと動き出した。
交差点へと近付くバイクを、少年の目が追う。
バイクに乗った憧れの人は、その持ち主の背中にひしと捕まって、しっかりと体重を預けていた。
彼があんな風に、誰かに体を、その身を預ける所を、見たことがあっただろうか。
生徒会は其処に所属している生徒たちそれぞれの活躍で回っているが、彼はそのトップとして、一同を取りまとめる立場にある。
信を置いた生徒は幾人かいるようだが、その中でも、あんなにもゼロ距離になれる人はいない筈だ。
少なくとも、少年は知らない。
バイクは赤信号で一旦停止した。
憧れの人は、ヘルメットの下で少しうんざりとした表情を浮かべている。
「あつ……」
「ヘルメットに冷却材も仕込んであるんだが、やっぱりきついか」
「……それはひんやりする。でも、あんたの背中が熱い」
「この環境だからな。お互い様だから、勘弁してくれ」
「……わかってる。大体、これが嫌なら、……」
何処かに行きたいなんて、言わない。
そう言って彼は、体を預ける背中に、柔く頬を押し付けた。
その光景を、少年はじっとビルの物陰から見詰めている。
バイクの持ち主が、降り注ぐ陽光の反射を嫌ったのか、ヘルメットの前面を庇うカバーを上げた。
少年からは目元のみが見えるその人物が、一体何処の誰なのかは、やはり判然としない。
ヤマザキを知っていたし、若しかして同じ学校の生徒だろうかと目を凝らして見定めようとしていると、
「────」
(……!)
ヘルメットの奥から、碧の瞳が少年を捉える。
目が合った。
目が合ってしまった。
どうすれば────少年の心臓が飛び出しそうな程に早くなる。
そんな少年に、碧の瞳は柔く笑うように細められて、
「……、」
バイクの持ち主は、右手の人差し指を顔へと持って行った。
フルフェイスのヘルメットで頭部の殆どが覆われているが、恐らく指の袂にあるのは口元だ。
「静かに」と言うジェスチャーを示している。
何を静かにしていろと言うのだろう。
未だ混乱する頭で硬直している間に、信号が青に変わり、バイクは走り出した。
その背に、少年にとって見知らぬ男と、誰より敬愛して已まない人を乗せて。
炎天の中に取り残された少年は、駅とは逆方向へと曲がって行ったバイクの背をぼうと見送って、先のジェスチャーの意味を考える。
(“静かに”?……何を?なんで?)
ぐるぐると巡る頭の中で、僅かに見た、ヘルメット越しの敬愛する人の横顔が浮かぶ。
そして次に思い出す、同級生たちの間で密かにささやかれている、“生徒会長と不良”の噂。
噂では“連れ去られていた”等と言われていたけれど、あれは明らかに意味が違う。
彼は確かに信頼している人の背中に、自らその身を預けたのだ。
それはつまり、彼自身が望んで、あのバイクに攫われることを選んだと言う訳で。
そして、最後に見せた、あのバイクの持ち主が示す仕草の意味は、
(……“内緒に”?)
碧の瞳は、確かにそう告げていたのだ。
此処で見たものは、内緒に。
何処にも、誰にも、言わないように、と。
背に預かった人物との秘密の時間を、誰にも邪魔されたくないものだから。
抜ける青空の下、立ち尽くした少年は、だからつまり───どういう事だったんだろう、と未だ混乱しているのだった。
『モブから見た視点のモブスコ or ラグスコ or クラスコ』のリクを頂きました。
どれか出来るものを、と任せて頂いたので、モブから見た視点のクラスコ、と言う形に。
スコールは高校三年生。紆余曲折と祀り上げられて生徒会長をやっています。
クラウドはスコールと入れ違いで同校を卒業したOB。なので教員のことも何人か知っている。
色々あって付き合うことになった二人。時々デートもするけど、お互い時間の融通が中々出来ないので、スコールの放課後時間を利用してツーリングデートしているのです。
学校で噂になっている、“生徒会長がデカいバイクの男に連れて行かれた”的な話は、放課後にお迎えに来たクラウドと話している所を目撃されたんですね。
卒業・入学が入れ違いになった学年で、スコールももう三年生なので、クラウドのことを知ってる生徒が学校にいない訳です。いてもこの話、ずっとクラウドがヘルメット被ってるので、限られた人じゃないと特定するのが難しそうですが。
品行・真面目な生徒会長(実際はそこまででもない)が、でかいバイクに相乗りするなんて、誰も想像していなかった。
夏の暑さで幻でも見たかも知れない。モブ少年の胸中はきっとそんな状態。