[16/バルクラ]燻べる熱に情合いを
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この男が存外と、他者に触れる事───とりわけ、奉仕することに熱心であると言うことは、体を重ね合う関係になってから知った。
良く言えばストイック、或いは無欲にも受け取れるような見た目をしているのに、触れる手は酷く恭しい。
大事にしている、と言った枠を越えて、それは最早、篤信だ。
そして、奉仕している時の此方を見る目は、酷くうっとりと、幸福の中に揺蕩っているようだった。
そんな風に触れて来る男だとは、正直な話、微塵も思っていなかったものだから、初めは随分と戸惑った。
触れる相手が華奢な人間ならばともかく、自分はそれなりに男らしい体格をしていると認識している。
それが万が一にも間違ったことでなければ、こうも丁寧な触れ方をされなくても、まず無体になることはないだろう。
貫く痛みが無体と言えば無体なのかも知れないが、それに耐えられない程、軟でもない。
だからもっと、何なら多少雑なくらいでも、別に問題はないのだ。
寧ろこうも丁寧にされる事の方が慣れないから、もっと簡素で良いのに、と何度か訴えもした。
とは言え、結局の所、丁寧に解されておいた方が後が楽であるのも確かで、最中にいちいち手を止めさせてこの押し問答をするのも飽きて、彼の希望を汲むことで決着した。
ナイトボードを定位置にしているシェードランプの灯りは、暗すぎず、眩しすぎず、情事の始まりの雰囲気を邪魔しない。
クライヴの本音で言えば、真っ暗にしてくれた方が色々と気が散らなくて済むのだが、バルナバスが譲らなかった。
曰く、暗闇にしてしまえば傷がついても見えない、とのことだ。
バルナバスも夜目が利かない訳ではないのが、多少の灯りはあった方が助かる、だとか。
お陰で身体が反応する様を具に見られているのが判るので、クライヴはいつも落ち着かない。
開いた足の狭間に、バルナバスの体がある。
足の爪先からゆっくりと上って来る手は、今ようやく、クライヴの膝裏を通過した。
するすると柔衣の上を滑るように辿る手のひらが、どうにもくすぐったくて堪らない。
身動ぎすると叱るようにぐっと太腿を押される。
検分している所なのだから、大人しくしていろ、と言われたような気がした。
だが、今夜は熱がもう溜まっている。
いつものバルナバスの丁寧な愛撫を、最後まで大人しく受けていられるか、自信はなかった。
「バルナバス……っ」
「……」
名前を呼んでも、返事はない。
バルナバスはクライヴの太腿に唇を押し付けて、小さな鬱血跡を残した。
吸われた感触だけで、足の付け根がじんじんとして、いつも彼を咥えている場所が疼き出す。
まだことは何も始まっていない、前戯どころか愛撫では口火を切ってすらいないのに。
はしたのない願いをするのは、理性の釘が僅かに抵抗したが、それも長くは続かなかった。
じわりじわりと這い進むように、バルナバスの唇が何度もクライヴの太腿に落ちて、少しずつ位置を上げていく。
それはやがてはクライヴの中心部へと辿り着くのだろう。
創造するだけで、芯が熱を持つのが判って、クライヴははぁっと重い息を吐いた。
「バルナバス、今日はもう……」
「嫌か」
赤らんだ顔のクライヴの言葉に、今夜は拒否したいのだとバルナバスは受け取った。
だが、そう言う訳ではない、寧ろ逆なのだとクライヴは首を横に振る。
「そうじゃない。ただ、その、もう……待って、いられない……」
バルナバスの緩やかで真綿で包み締めて行くような、時間をかけた前戯は耐えられない。
それより早く、彼が欲しい。
迎える場所を差し出すように、クライヴは足を大きく開いた。
酷くはしたないことをしている自覚はあったし、羞恥心も叫んでいるが、欲の方が勝った。
だが、バルナバスは訝しげに眉根を寄せる。
「駄目だ。まだ解してもいない」
「昨日もしたんだから、今日くらいそんなことしなくても大丈夫だ」
「根拠はあるまい。お前の中は狭い。それは私の方がよく知っている」
「それは───そう、なんだろうけど」
自分の体のことでも、“其処”がどうなっているのかは、確かにクライヴ自身も及び知らないことである。
ほぼ毎日のように重ねる行為の中、都度に触れているバルナバスの方が理解しているのも確かだろう。
それを認めさせられるのもまた、クライヴの羞恥心を刺激することであったが。
しかし、だ。
解す為の前戯については、執拗な程に丁寧にされることは、仕方のないものであるとして。
それ以前の、今正に触れている、緩やかなスキンシップについては、出来れば飛ばして貰いたい。
肉体表面を覆う皮膚に傷のひとつでもあることを恐れるように、あればそれを奇跡の手のひらで癒そうとでもするかのように、バルナバスはクライヴの躰に触れる。
それが普段はくすぐったくも心地良い事は確かだが、今日は生憎、それに付き合ってやれる気分ではなかった。
太腿から昇ってきたバルナバスの唇が、足の付け根の皺に触れる。
そのまま中央へ向かってくれれば良いのに、当然、バルナバスはそうしてはくれなかった。
まるで大事な儀式の手順を確かめるように、バルナバスはクライヴの腹部を辿って行く。
「ん、ふ……」
窮鼠のすぐ近くにキスが落ちて、吸われる感触が判った。
筋肉の発達によって、皮膚表面と神経の隙間が狭いお陰で、クライヴの躰は感度が良い。
だから余計に、ゆるゆると、スローセックスのように触れるバルナバスの手の感触が、もどかしさを助長させる。
「なあ、バルナバス……」
「なんだ」
「頼むから」
「くどい」
ぴしゃりと跳ねのけられて、あんたも大概くどい、とクライヴは口の中で文句を零す。
クライヴとて恥ずかしさを堪えて誘っているのだ。
恋人が偶に積極的な誘いを見せた時くらい、其処に至るまでの葛藤を察して、応じてくれても良いだろう。
どうあっても望むようにはしてくれそうにない男の、無碍と言えば無碍な反応に、クライヴはそんなことを思う。
では応じてくれない男に怒って、今日はもうなしだと言えるかと言われれば、それは無理だ。
強請らずにはいられなかった位に、体は熱を欲している。
これでバルナバスをベッドから蹴落とし、今日は寝る、などと言った所で、眠れる訳がない。
こうなってしまっては、欲しいものを直に与えて貰えるまで、クライヴは大人しくしているしかなかった。
肌を上って行く唇と、掌の感触に、何度も体を捩る。
時折、バルナバスが不機嫌に眉根を寄せるのが見えたが、そうやって体を動かさなければ、腹の中の疼きが耐えられない。
「っは……う……ん、ん……」
「……そうも熱いか」
「……う、あ……」
苦し気に天井を仰いで声を漏らすクライヴに、バルナバスは問う。
普段ならば、其処でクライヴは羞恥から首を横に振っただろうが、今日はそんな余裕はなかった。
熱に浮かされた青の瞳が、じっとバルナバスを見つめる。
こもった呼吸を零す唇が、はやく、と何度目かに急かした。
それを見詰めた翠の瞳はようやく細められ、やれやれ、と仕方なさげに───けれども何処か嬉しそうに───溜息をひとつ。
「堪え性のない」
「……あんたが、いつも焦らすから……」
「お前の体の為に配慮している」
「判ってるけど。今日は……」
そう言うのはいらないんだ、とクライヴは赤らんだ顔で呟いた。
クライヴの横腹を伝い、背中を抱いていたバルナバスの腕が、するりと下に降りて行く。
ベッドシーツと皮膚の間で、しっかりとした形の臀部を撫で、中心部の窄まりへと手指が辿った。
夜毎の繰り返しの中で、窄まりは慎ましさと言うものをとうに忘れている。
そう言う風にクライヴを作り替えた男は、今夜ようやく其処に触れてくれた。
ああこれでやっと、と身体が安心したようにじわりと膿んだ熱を疼かせるが、
「……っバル、ナバス……早く……っ」
「入り口が一番狭い。此処だけは済ませておく必要がある」
縁の形を確かめるように辿る指。
早く中に入れて、内側を掻きまわしてくれれば良いのに、それはしない。
あくまで何処までも献身的に、バルナバスはクライヴの躰を慮る。
ひくつく秘部の口を指先で軽くノックし、其処が迎えに拓いたのを確かめて、ようやく指が入って来る。
ああ、とあえかな声がクライヴの喉から押し出るように零れた。
背筋を撓らせ、腰を突きだす格好になるクライヴの腹に、バルナバスはキスをする。
「ふ、く……っあ、あ……!」
ゆっくりと、じっくりと、中へと進入される感覚。
仕事以外にはまるで何も興味のない顔をしているのに、彼の爪はいつも丁寧にやすり掛けされて整えられている。
元より身嗜みを無精にするほど怠惰ではないが、必要な事ならばなんでも完璧に熟すことが出来る男だ。
クライヴと付き合うようになり、体の関係を持ってから、いつの間にか彼はそう言う風に指の先まで管理を怠らなくなった。
それが、何度目かの夜、僅かに尖った爪が内側を引っ掛ける痛みにクライヴが顔を顰めてからだと言うことを、クライヴは彼自身から聞き及んだ訳ではなかったが、なんとなく悟っている。
男の指を受け入れ、まさぐられる感触で、徐々に体の強張りが解かれていく。
びく、びく、と勝手に足が反応を示し、感じていることを露骨に示してしまうのが恥ずかしかった。
それなのに、熱に膿んだ瞳で、首筋に唇を寄せて来る男を見れば、翠の瞳が幸福そうに細められている。
クライヴが恥ずかしくて葛藤で堪らない時、この男はいつも嬉しそうだ。
じわじわと、自分の手指によってクライヴが体を拓き、迎える準備を整えていく様を見ているのが楽しい───のかも知れない。
内側でくちくちと言う音が鳴っている。
此処までしてくれたなら、もう十分で良い筈だ、とクライヴは熱に浮かされた意識の中で思った。
「ナルバナス……もう、良い……っ」
「奥は足りんが……そうだな。お前が限界だと言うのは、よく判った」
解したばかりの場所が、ぎゅう、と締め付けるのを指先で感じて、バルナバスは薄く笑う。
自分を見るブループラネットが、赤い顔をしながら恨まんばかりに見ているのを見付けて、これ以上は確かに無体になるのだろうと、ようやく察してくれたらしい。
意識に関わらず吸い付く場所から指が出て行く。
此処から先の流れを覚えた身体は、咥えるものを失うと、反って熱を再発させる。
本当に、これ以上は持たない。
熱髄を貰っただけで果ててしまいそうな程、クライヴの躰は火照っていた。
クライヴは重い体をどうにか寝返りさせて、バルナバスに背中を晒した。
ひくつく秘孔を差し出す格好を取れば、するりと尻を撫でられる。
ぞくぞくとしたものが腰から背筋にかけて駆け抜けて、待ち遠しさに涙が滲むほどだった。
「バルナバス……────」
自ら下肢に手を遣って、男を迎える場所を広げる。
はやく、と今夜は何度目になるか急かして、ようやく、待ちわびたものが入って来るのが判った。
『クライヴ受で、現パロでえってぃ雰囲気のもの』のリクエストを頂きました。
お相手が指定されていなかったので、一番そういう雰囲気になりそうなのはバルナバスかな……と思ってバルクラで書かせて頂きました。
バルナバスって奉仕する側に回るの好きそうだな、と思いまして。
とにかく丁寧にクライヴの躰の準備を徹底的にやってから、もう問題ないと思ってようやく次のステップに進んでくれる、みたいな。
クライヴからすると、大事にしてくれようとしてくれるのは理解できるけど、余りにやり方が丁寧に時間をかけてくれるので、余裕のない時は焦らされてるみたいになる。