[オニスコ]初めての君
秩序の聖域に建つ屋敷の中に、小ぢんまりとした書庫がある。
其処には様々な世界の、様々な本が並べられており、ルーネスは暇な時間は専ら其処で過ごしていた。
何処かの世界の伝説を記した本は、ルーネスには酷く現実味のないもので、まるでお伽噺のようだった。
かと思うと、ルーネスにとってごく普通の事を記した本が、ある仲間によってはお伽噺に思えるらしい。
国が変わればなんとやらと言うが、世界が違えば言わずもがなとでも言うのだろうか。
だが、そのお陰で、多種多様の世界の在り方、構造を知る事が出来、思いも寄らぬ発見に繋がる事もある。
その発見に出逢った時の衝撃と興奮をもう一度感じたくて、何より自分自身の知識への欲求に急かされて、ルーネスは今日も書庫で本を選ぶ。
一つの棚の本を全て読み終えたルーネスは、次の棚で本を物色していた。
この棚は、機械技術や電子技術なるものについて記述されている本が多く並べられており、それらはどれもルーネスには馴染みのないものであった。
ルーネスにとって“機械”と言うものは、ごく限られた人間だけが扱える特別なもので、それも世界で数える程度しか存在しない、実に難易度の高い代物だった。
“電子”に関してはさっぱりで、そもそも“電子”が何であるのか判らず、こう言うものに比較的慣れているクラウドに聞いても、「プログラム」とか「電子盤」とか、聞き慣れないものが出て来るばかりで、ルーネスが“電子”なるものを理解する事は出来なかった。
だが、知らないからと言って、ルーネスは“機械”や“電子”を理解するのを諦めたくはなかった。
寧ろ、知らないからこそ、この書庫に収められている知識を全て繙き、理解に至りたいと思う。
(って言っても……どれから読めば良いかなぁ)
ずらりと並んだ本の背表紙を見詰めて、ルーネスは眉根を寄せた。
並べられている本は、多種多様。
背表紙に記されているタイトルも、多種多様。
試しに、辞書のように分厚い本を手に取って、パラパラと捲ってみたが、眩暈しかしなかった。
タイトルに“プログラミング言語”と書かれたそれは、「プログラミング」が何であるのか判らないルーネスには、到底手が付けられない代物だったようだ。
悔しさに駆られつつ、ルーネスは本を棚に戻した。
もっと判り易そうなものを、ときょろきょろと見回してみるが、なんだかどれも同じようなものに思えてくる。
もう一度試しにと、今度は数ミリ程度しか厚さのない本を手に取ってみたが、同じことの繰り返しになった。
(クラウドに聞けば、僕の読めそうなものが判るかな)
と、思ったのだが、クラウドは今、この秩序の屋敷にはいない。
フリオニール、セシル、ティーダと言った面々と、モーグリショップに出掛けている。
帰って来るまで、他の本を読んで待っていようかな、と昨日まで読んでいた本棚へと戻った所で、書庫のドアが開く音がした。
ゴツ、と硬めの足音が鳴って、ルーネスは振り返る。
入って来たのはスコールで、彼はちらりとルーネスを一瞥して、ルーネスの隣に立つ。
手に持っていた分厚い本が棚へ戻されているのを見て、ルーネスはぱちり、と瞬きを一つ。
「……初級…魔法書?」
見えた表題を無意識に声に出して読んでいた。
ぴたり、とスコールの動きが止まる。
青灰色がゆっくりと此方へ向くのを見て、ルーネスは自分の無意識の行動に気付いた。
「あ、…ご、ごめん」
故意ではなかったが、盗み見してしまった事について謝れば、「……別に」と言う言葉が返ってきた。
気にしているとも、いないとも取れる反応だったが、冷たい雰囲気はないので、後者と取って良いのだろう────多分。
スコールの眼がもう一度本棚へ向かうのを見て、ルーネスも視線を戻した。
目につく表題は、どれも繰り返し読み耽ったもので、内容もすっかり頭に入っている。
改めて読みたいと思うようなものが見つからず、そもそも、それだらこそ次の本をと思って別の本棚に移ったのだ。
移った先との相性が少々宜しくなかったが。
適当に手に取った本をパラパラと捲って戻す、と言う作業を、何度か繰り返した後、ルーネスはふと、隣にいる青年が何を読むのかが気になった。
本を探す振りをしながら、ちら、と目線だけを送ってみる。
二度目の盗み見行為に、罪の意識がじりじりと感じられたが、それよりも好奇心が勝った。
スコールの手には、先程とは違う表紙の初級魔法書。
(スコール、魔法書に興味があるのかな?)
なんでも、スコールの世界では、“魔法”はとても特別なものらしい。
“本物の魔法”が使えるのは魔女だけで、スコールが戦闘時に使っている魔法は“疑似魔法”だと言う。
“疑似”の言葉の通り、スコールの魔法の威力は他のメンバーに比べて威力が低く、スコール自身も牽制や連続攻撃の足掛かり、或いは繋ぎとして使用しており、主戦力としては使っていない。
其処まで考えて、ルーネスは、スコールの宿敵である“魔女”の事を思い出した。
強力な魔法を得意とする彼女と戦う為にも、魔法書の類は読んでいて損はないかも知れない。
─────と、思っていると、
「……少し良いか、ルーネス」
低く、よく通る声。
それが自分の名を紡いだと言うのに、ルーネスは、自分が彼に───スコールに呼ばれた事に気付くまで、たっぷり五秒の時間を有した。
「ルーネス?」
どうした?ともう一度名を呼ばれ、ルーネスはようやく我に返る。
はっとして顔を上げると、青灰色の双眸が不思議そうに此方を見下ろしていた。
「ご、ごめん。ちょっとボーッとしてた」
「…そうか。それで、良いのか」
「うん、大丈夫。何か用?」
改めて問うスコールに、ルーネスは頷いて、体ごと彼へと向き直る。
スコールは手に持っていた魔法書を棚に戻しながら、言った。
「何か、魔法の指南本のようなものはないか」
「魔法の…指南?」
「出来るだけ判り易いものが良い。こういうレベルの」
こういう、と言ってスコールが手に取ったのは、先程、スコールが棚に戻した初級の魔法書だった。
それは本当に初心者が手習いを始める際に読むもので、“疑似魔法”とは言え、綺麗な魔力コントロールを行うスコールには、今更不要のものではないかと思える程、易しいものだった。
「そういうので、いいの?スコールなら、もっと難しいものでも大丈夫そうだけど…」
「いや。これ位のものが良い。俺が扱える魔法のレベルは、良く言ってもこの程度だ。…それに、強力な魔法が使いたいって思っている訳でもないからな」
スコールは、現時点で扱える魔法のレベルを向上させたいのだと言う。
元々剣士であるスコールにとって、魔法は補助的な手段と言うスタンスだ。
だが、これを更に上手く扱う事が出来れば、戦術の幅が広がるのは確かだし、使用時の隙も減らす事が出来る。
「俺の魔法は疑似魔法だから、他の世界の魔法書の記述が当て嵌まるかは判らないが、上手くすれば今よりも威力を上げられるかも知れない」
だが、違う世界の理屈が、自分が持つ疑似魔法にも通じるのかは判らない。
だから、先ずは簡単なレベルから慣らしたいのだと、スコールは言った。
成る程、とルーネスは納得する。
それなら────とルーネスは本棚を見渡し、一冊の本を取り出す。
「これはもう読んだ?」
「……いや」
「炎系魔法について専門的に書いてあるんだ。ファイアは初級中の初級だから、参考になるんじゃないかな」
炎系魔法は全ての基礎と言っても過言ではない。だから、
この記述でスコールのファイアの威力の向上が見えれば、他の魔法でも同じ事が出来るだろう。
スコールはルーネスが差し出した本を見詰めた後、
「……試してみよう」
「うん。それから、こっちも良いと思うよ」
スコールが本を受け取り、ルーネスはまた別の本を取り出した。
少し表紙の色が落ちた、年季の入った本で、所々ページが破れかけている所もあるが、スコールは本を乱雑に扱う事もないので、読む分には問題ないだろう。
「…悪いな。お前がいてくれて助かった」
二冊の本を受け取って、スコールは言った。
真っ直ぐに、ルーネスを見下ろして。
────ルーネスがスコールと真っ直ぐに目を合わせたのは、それが初めての事だった。
深い海の底のような蒼色に、ルーネスはこくん、と息を飲んだ。
戦闘時に見ていた冷たく鋭い光は感じられず、柔らかな笑みすらも浮かべているように見えた。
見えた、とルーネスが思うのは、彼自身が目の前の青年の“笑顔”と言うものを見た事がなかった所為だ。
(そんな顔、するんだ)
スコールの笑った顔。
スコールの優しい顔。
いつも凛として、冷たい光を宿して敵を睨む顔しか見ていなかったから、初めて知った。
じゃあ借りて行く、と言って────別にルーネスの本ではないのだから、断りなどいらないのに───、スコールはルーネスに背を向けた。
遠退いて行く背中は、ルーネスがいつも見ていたものだ。
だが、いつも仲間を遠ざけていた筈のその背中が、いつもよりも随分と優しいものに思えて、
「待ってよ、スコール」
駆け寄るルーネスに気付いて、書庫のドアノブに手をかけていたスコールが振り返る。
なんだ、と無言で問う青灰色の瞳を、ルーネスは真っ直ぐに見上げた。
「あのさ。僕も、選んで欲しい本があるんだけど、良いかな」
「……俺が判るものか?」
「きっと判ると思う。機械とか、電子とか、その辺りのものなんだけど────」
何も判らない人でも判るものってあるかな、と言うルーネスに、スコールは少しの間沈黙した後、踵を返して本棚へと戻る。
先程、ルーネスが諦めていた本棚を見詰めるスコールを見て、ルーネスはこっそりと笑みを浮かべる。
本を選んで貰ったら、一緒に読もうと誘ってみよう。
どちらも不慣れなものを読むのだから、傍に教えてくれる人がいれば、きっと心強くなる筈だ。
そうしてもっと話をしたら、もっと色んな顔が見れるかも知れない。
零れかける笑みを隠さなくちゃと思いつつ、ルーネスは緩む口元は緩んでしまい。
選んだ本を持って、「どうした?」と首を傾げるスコールに、慌ててなんでもないよと誤魔化した。
初のオニスコ!こんなでもオニスコ!
この後から、ルーネスがスコールと仲良くなろうと色々奮闘して、それを察したジタンとバッツが乱入して来るんだ、きっとw