[悟空総受]心知らずに罪はなし
バレンタインで悟空総受。
街中から甘い匂いがする。
それに万年欠食児童の子供が、気付かない訳もなく。
「いいニオイする~」
甘ったるさにうんざりとした表情の三蔵の傍らで、悟空が涎を垂らしている。
だらしのない顔をした養い子にも呆れるが、それよりも三蔵には、漂う匂いの方が鬱陶しくて仕方がない。
三蔵は饅頭や葛きりなど甘味は好きだが、チョコレートのような洋菓子の匂いは好まない。
そんな彼にとって、この街中で漂う匂いは、拷問に等しかった。
あちこちから漂う匂いに誘われるように、悟空の足がふらふらと彷徨い出す。
それを悟浄が襟首を掴んで引き留め、しかし彼の紅い瞳もにやにやと笑みを浮かべていて、心なしか何かを期待しているような表情を浮かべている。
悟浄も三蔵と同じように甘いものは得意ではないのだが、年に一度、この日だけは別だ。
悟浄に襟首を掴まれたままの悟空が、微笑ましそうに眺めている八戒を見た。
「八戒、このニオイ、何?」
「チョコレートですよ」
「チョコ?」
八戒の言葉に、悟空の表情がぱっと弾む。
世界中の子供の多くが甘いものが好きである事に違わず、悟空も甘いものは大好物だ。
街中から漂う香りが、大好きな甘いものだと聞いて、心躍らない訳がない。
悟空は直ぐ様、保護者である三蔵の下に駆け寄る。
「さんぞ、さんぞー!」
「喧しい。静かにしてろ」
ぐいぐいと法衣を引っ張る悟空の要求は、三蔵には考えるまでもなく判ることだった。
「三蔵、チョコ食べたい!」
「ふざけんな。ンな無駄な金はない」
「えー!」
悟空は街中に響き渡るのではと思う程の大声で、保護者に不満を訴える。
不機嫌な最高僧はそれをすっぱり黙殺し、今日の宿屋を探すべく歩き出した。
一切の無視を決め込んだ背中を睨む子供。
それを遠目に眺めながら、悟浄と八戒は顔を見合わせて苦笑する。
「猿の事だから、知らねえだろうな」
「三蔵がわざわざ教える事もないでしょうし、ね」
肩を竦めた八戒の言葉に、悟浄も同意した。
二人が再び子供を見れば、それが真実である事を示すように、今一度保護者におねだりしようと駆け出している所だった。
─────もしも、悟空が今日と言う日の意味を知っているのなら、ああして保護者にチョコレートをねだる事もないだろう。
いや、今日と言う日の恩恵に(本来とは別の意味で)あやかろうと、結局はおねだりしたかも知れないが。
三蔵が今日と言う日を悟空に教えていなかった事は、特別、不思議な事ではない。
本人が神を信じていようがいまいが、彼が仏教徒である事、それに置いて最高位の人間である事は事実であるから、他宗教───八戒に言わせれば、これは宗教的な習慣とも異なるのだが───の行事など関係のない話だ。
そうでなくとも、世俗の浮付くような行事は、三蔵が基本的に嫌うものであった。
おまけに、子供が喜ぶような事となれば尚の事、後々の面倒臭さもあって、三蔵が養い子に知らぬ存ぜぬを貫くのも無理はない。
それで今までは問題なかった。
悟空だけでなく、三蔵も。
けれど、幼い子供の日々を終えて尚、未だに子供の域を脱しない悟空に、三蔵が苛立ちに似た感情を持て余しているのは、悟浄と八戒にとって明らかな事であった。
悟浄がにやりと口角を上げる。
「ま、いいんじゃね?三蔵様は甘いモン嫌いだし?」
「貴方も確かそうだったでしょう」
「今日だけは特別。甘いモン大かんげーい、って事で、おーい猿ー!」
「猿ってゆーな!」
悟浄が軽口で呼んでやれば、いつもの返事が跳んでくる。
そんな子供の反応に笑いながら、悟浄が悟空の頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「付き合いの悪い野郎は放っといて、買い物行こうぜ」
「買い物?」
悟浄の言葉に、金瞳がきらりと輝く。
必要な物の買い出しを言い付けられた時、悟空は荷物持ちとしてついて行く事が多い。
小柄だが四人の中で一番力があるのは悟空だし、市場などで買い物をすると、見た目が幼い悟空は気風の良い店主に対してウケが良く、商品をおまけしてくれる事がよくあるのだ。
悟空としても、買い出しに行ったついでに、ご褒美として何某かを買って貰える事を密かに期待しているのだ。
ご褒美目当ての悟空にとって、一番ついて行って美味しいのは、悟浄だ。
財布の紐を握っており、且つ厳しい三蔵は、余程機嫌が良くなければワガママに付き合ってはくれない。
運が良ければ、安い食堂で食事にありつけるが、これはごくごく稀なケースである。
八戒の場合、三蔵よりも比較的ワガママを聞いて貰えるのだが、彼は金銭に関して非常にシビアな思考をしているので、タイミングが悪いと、ご褒美どころではなくなる。
それらに比べると、悟浄は非常にガードが甘い。
彼自身も、言い付けされた以外のものを買うので、気付いた時には言い付けられたものを忘れ、悟空とグルメツアー状態になる事も珍しくない。
きらきらと輝く悟空の眼を見て、悟浄は得意げに胸を張って見せる。
「折角だから、お前がさっきから食いたがってるモンも少しは買ってやるよ」
「ホント?チョコ食っていい?」
「後でちゃんと歯磨きするんですよ?」
八戒の言いつけに、悟空は大きく頷いて、諸手で喜んでいる。
「やった!早く行こ、行こ!……って、そうだ、三蔵」
勢い余って置いて行こうとしていた三蔵の事を思い出し、悟空が慌てて振り返る。
その時には、三蔵は既に遠い場所にいて、不機嫌オーラを背中で振り撒いている状態だった。
保護者の機嫌が最悪の状態である事を察して、呼び止めようとした悟空が凍り付く。
「なんかオレ、三蔵のこと怒らせた…?」
「さあ、どうでしょうねえ」
少しばかり不安そうに眉尻を下げる悟空の言葉に、八戒は曖昧に呟くに留めた。
遠ざかる金糸を見詰める金色の瞳に、微かに寂しさが灯る。
それを遮るように、悟浄が悟空の頭に腕を乗せて寄り掛かった。
「ほっとけ、ほっとけ。それよか、チョコ食いたいんだろ。早く行かねぇと、美味いモンは直ぐなくなるぜ」
悟浄の言葉に、悟空が「それはやだ!」と叫び、走り出す。
先ずは真正面にある洋菓子屋に突入する子供を、悟浄と八戒はのんびりと追い駆けた。
─────今日と言う日を知らない子供に、言葉もないのに察しろと言う方が無理なのだ。
矜持の高さが邪魔をして、自分が子供に、と言う事も出来ずにいて。
それでいて、余計な事をするなと言われても、同じ感情を持つ者として、わざわざ敵に塩を送る真似などする訳もあるまい。
不機嫌を通り越し、射殺すような視線で背中を刺されつつ、悟浄と八戒は思った。
バレンタインで久々悟空総受!
たまには三蔵に苦~い想いして貰おうと。三空の甘々を期待した方、すいませんでした。
街中から甘い匂いがする。
それに万年欠食児童の子供が、気付かない訳もなく。
「いいニオイする~」
甘ったるさにうんざりとした表情の三蔵の傍らで、悟空が涎を垂らしている。
だらしのない顔をした養い子にも呆れるが、それよりも三蔵には、漂う匂いの方が鬱陶しくて仕方がない。
三蔵は饅頭や葛きりなど甘味は好きだが、チョコレートのような洋菓子の匂いは好まない。
そんな彼にとって、この街中で漂う匂いは、拷問に等しかった。
あちこちから漂う匂いに誘われるように、悟空の足がふらふらと彷徨い出す。
それを悟浄が襟首を掴んで引き留め、しかし彼の紅い瞳もにやにやと笑みを浮かべていて、心なしか何かを期待しているような表情を浮かべている。
悟浄も三蔵と同じように甘いものは得意ではないのだが、年に一度、この日だけは別だ。
悟浄に襟首を掴まれたままの悟空が、微笑ましそうに眺めている八戒を見た。
「八戒、このニオイ、何?」
「チョコレートですよ」
「チョコ?」
八戒の言葉に、悟空の表情がぱっと弾む。
世界中の子供の多くが甘いものが好きである事に違わず、悟空も甘いものは大好物だ。
街中から漂う香りが、大好きな甘いものだと聞いて、心躍らない訳がない。
悟空は直ぐ様、保護者である三蔵の下に駆け寄る。
「さんぞ、さんぞー!」
「喧しい。静かにしてろ」
ぐいぐいと法衣を引っ張る悟空の要求は、三蔵には考えるまでもなく判ることだった。
「三蔵、チョコ食べたい!」
「ふざけんな。ンな無駄な金はない」
「えー!」
悟空は街中に響き渡るのではと思う程の大声で、保護者に不満を訴える。
不機嫌な最高僧はそれをすっぱり黙殺し、今日の宿屋を探すべく歩き出した。
一切の無視を決め込んだ背中を睨む子供。
それを遠目に眺めながら、悟浄と八戒は顔を見合わせて苦笑する。
「猿の事だから、知らねえだろうな」
「三蔵がわざわざ教える事もないでしょうし、ね」
肩を竦めた八戒の言葉に、悟浄も同意した。
二人が再び子供を見れば、それが真実である事を示すように、今一度保護者におねだりしようと駆け出している所だった。
─────もしも、悟空が今日と言う日の意味を知っているのなら、ああして保護者にチョコレートをねだる事もないだろう。
いや、今日と言う日の恩恵に(本来とは別の意味で)あやかろうと、結局はおねだりしたかも知れないが。
三蔵が今日と言う日を悟空に教えていなかった事は、特別、不思議な事ではない。
本人が神を信じていようがいまいが、彼が仏教徒である事、それに置いて最高位の人間である事は事実であるから、他宗教───八戒に言わせれば、これは宗教的な習慣とも異なるのだが───の行事など関係のない話だ。
そうでなくとも、世俗の浮付くような行事は、三蔵が基本的に嫌うものであった。
おまけに、子供が喜ぶような事となれば尚の事、後々の面倒臭さもあって、三蔵が養い子に知らぬ存ぜぬを貫くのも無理はない。
それで今までは問題なかった。
悟空だけでなく、三蔵も。
けれど、幼い子供の日々を終えて尚、未だに子供の域を脱しない悟空に、三蔵が苛立ちに似た感情を持て余しているのは、悟浄と八戒にとって明らかな事であった。
悟浄がにやりと口角を上げる。
「ま、いいんじゃね?三蔵様は甘いモン嫌いだし?」
「貴方も確かそうだったでしょう」
「今日だけは特別。甘いモン大かんげーい、って事で、おーい猿ー!」
「猿ってゆーな!」
悟浄が軽口で呼んでやれば、いつもの返事が跳んでくる。
そんな子供の反応に笑いながら、悟浄が悟空の頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「付き合いの悪い野郎は放っといて、買い物行こうぜ」
「買い物?」
悟浄の言葉に、金瞳がきらりと輝く。
必要な物の買い出しを言い付けられた時、悟空は荷物持ちとしてついて行く事が多い。
小柄だが四人の中で一番力があるのは悟空だし、市場などで買い物をすると、見た目が幼い悟空は気風の良い店主に対してウケが良く、商品をおまけしてくれる事がよくあるのだ。
悟空としても、買い出しに行ったついでに、ご褒美として何某かを買って貰える事を密かに期待しているのだ。
ご褒美目当ての悟空にとって、一番ついて行って美味しいのは、悟浄だ。
財布の紐を握っており、且つ厳しい三蔵は、余程機嫌が良くなければワガママに付き合ってはくれない。
運が良ければ、安い食堂で食事にありつけるが、これはごくごく稀なケースである。
八戒の場合、三蔵よりも比較的ワガママを聞いて貰えるのだが、彼は金銭に関して非常にシビアな思考をしているので、タイミングが悪いと、ご褒美どころではなくなる。
それらに比べると、悟浄は非常にガードが甘い。
彼自身も、言い付けされた以外のものを買うので、気付いた時には言い付けられたものを忘れ、悟空とグルメツアー状態になる事も珍しくない。
きらきらと輝く悟空の眼を見て、悟浄は得意げに胸を張って見せる。
「折角だから、お前がさっきから食いたがってるモンも少しは買ってやるよ」
「ホント?チョコ食っていい?」
「後でちゃんと歯磨きするんですよ?」
八戒の言いつけに、悟空は大きく頷いて、諸手で喜んでいる。
「やった!早く行こ、行こ!……って、そうだ、三蔵」
勢い余って置いて行こうとしていた三蔵の事を思い出し、悟空が慌てて振り返る。
その時には、三蔵は既に遠い場所にいて、不機嫌オーラを背中で振り撒いている状態だった。
保護者の機嫌が最悪の状態である事を察して、呼び止めようとした悟空が凍り付く。
「なんかオレ、三蔵のこと怒らせた…?」
「さあ、どうでしょうねえ」
少しばかり不安そうに眉尻を下げる悟空の言葉に、八戒は曖昧に呟くに留めた。
遠ざかる金糸を見詰める金色の瞳に、微かに寂しさが灯る。
それを遮るように、悟浄が悟空の頭に腕を乗せて寄り掛かった。
「ほっとけ、ほっとけ。それよか、チョコ食いたいんだろ。早く行かねぇと、美味いモンは直ぐなくなるぜ」
悟浄の言葉に、悟空が「それはやだ!」と叫び、走り出す。
先ずは真正面にある洋菓子屋に突入する子供を、悟浄と八戒はのんびりと追い駆けた。
─────今日と言う日を知らない子供に、言葉もないのに察しろと言う方が無理なのだ。
矜持の高さが邪魔をして、自分が子供に、と言う事も出来ずにいて。
それでいて、余計な事をするなと言われても、同じ感情を持つ者として、わざわざ敵に塩を送る真似などする訳もあるまい。
不機嫌を通り越し、射殺すような視線で背中を刺されつつ、悟浄と八戒は思った。
バレンタインで久々悟空総受!
たまには三蔵に苦~い想いして貰おうと。三空の甘々を期待した方、すいませんでした。