[クラスコ♀]貴方の為のチップ・トー
クラウド自身はあまり人付き合いが得意ではないのだが、交友関係の広い親友がいるお陰で、その人物からいつの間にか枝葉が広く拡がっている事が多い。
本来なら知り合う機会そのものがないであろう高校生の友人が増えたのも、その親友のお陰であった。
親友の人柄のお陰か、その知り合いも皆良い人物ばかりで、取っ付き難いであろう自分に対しても、明るく朗らかに声をかけてくれる。
だからだろうか、明るい人柄が目立つ者が多い中で、少し異色の彼女は特別な存在に見えた。
よくよく知れば、ほんの少し大人びて───背伸びして───いるだけで、中身はごく普通の女の子だったのだが、其処に至るまでがやはり少し変わっていた。
その詳細はまた長い話になるので、割愛だ。
知り合ってから紆余曲折の末に、クラウドは彼女───スコールと恋人同士になった。
アルバイトに忙しい大学生と、勉強に忙しい高校生とあって、逢う時間は限られている。
それでも、クラウドはこまめにメールで連絡を取り、生真面目な彼女の負担や苦にならない程度の時間を捻出しては逢瀬を重ねた。
その逢瀬も、家庭が厳しい、と言うよりも、過保護な父親がいるから、余り夜遅くまで外にいる事は出来ないと言う彼女の為、マンションの上階と駐車場で顔を合わせる程度のもの。
そんな細やかなコミュニケーションを重ね、クラウドは彼女と確かに愛を育んでいた。
平時がそう言った遣り取りで過ぎていくから、クラウドにとって、彼女と名実ともに過ごせる時間と言うのは貴重であった。
学費と生活費の為、休日を埋め尽くしていたアルバイトのシフトに運良く隙間が出来て、更にスコールのテスト期間も終わったばかり。
これなら、と久しぶりに二人で出掛けないかと誘った所、「いく」と短い返事が返ってきた。
自分以外誰もいない独り暮らしのアパートで、声を出してガッツポーズをしたのは当然であった。
スコールと逢えると決まってから、クラウドは判り易く浮かれていた。
大学の授業中も、アルバイトの最中にも機嫌が良いので、親友のザックスにはあっと言う間にバレた。
しっかりエスコートして来いよ、なんて台詞と共に背中を叩かれたのも、クラウドには嬉しい話である。
普段、あまり服装と言うものに拘りのないクラウドだが、流石にデートとなれば気を遣わねばなるまい。
何せ、相手はモデルのようなスレンダー体型をしたスコールだ。
どんな服装をしていても、学校の規定の制服でさえも、彼女が着ると空気が変わる。
せめて彼女に見合う格好にはしていかないと、と以前ザックスに薦められて購入して以来、着る機会のなかったジャケットを引っ張り出し、それに合うようにとコーディネイトを考えた。
スコールがどんな格好で来るかは聞いていないが、ともかく、みすぼらしい事はするまいと、その一念で。
────だが、これは想像していなかった。
真っ赤な顔で視線を逸らし、可愛らしい小さめのショルダーバッグのベルトを握り締めるスコールを見て、クラウドは言葉を失う。
「……スコール」
「……」
「……だよな」
「……」
思わず確認してしまったクラウドを、スコールは怒らなかった。
ただ、益々顔を赤くして、眉間にそれはそれは深い谷を刻むのみ。
───スコールの事だから、待ち合わせより早い時間に来るだろうと、クラウドはそれを見越して駅前に向かった。
お陰でクラウドは一足先に待ち合わせ場所に着き、見付け易いであろう場所を確保する事が出来たのだが、予想に反して時間の5分前になっても恋人は現れない。
基本10分前には行動を始めるスコールにしては珍しい、ひょっとして何かあったか、と心配でそわそわしてきた所に、彼女は現れた。
制服以外では今まで一度も見た事のない、スカート姿で。
中々来ない恋人に、連絡をしようかと携帯電話を取り出した瞬間の格好のまま、クラウドは固まっていた。
そんなクラウドにゆっくり近付いてくるスコールの足元からは、コツ、コツ、と言う音がする。
音がする度、ふわりとしたスカートの裾が拡がって揺れた。
その足音を追うように、道行く人々が振り返り、沢山の目がスコールを追う。
「……」
「…………」
「……笑いたかったら笑え」
沈黙に耐え切れなくなって、スコールは言い捨てた。
寧ろ、笑え、とばかりに。
しかしクラウドは、丸々と見開いた目で見つめるばかりで、遂にスコールの限界が来た。
「俺にはこんなの似合わないって言ったんだ」
「……」
「なのに、リノアが。折角、…、……でーと、……だからって」
スコールの口から出てきたのは、彼女のクラスメイトで親友の名前。
クラウドとザックスの関係と同じように、交友関係が広い人物で、スコールは彼女を発端して色々な人との繋がりを得た。
遠因的に言えば、クラウドとスコールが知り合う切っ掛けを作った人物でもある。
リノアは、親友とクラウドが付き合っていることを知っており、スコールも初めての恋愛に戸惑っては彼女に某かを報告したり、相談する事も多かった。
付き合い始めたばかりの頃は、「私はスコールの保護者だから!」とクラウドを見定める役目も買って出ていた位だ。
そんな彼女の事だから、きっとスコールから今日のデートの事を聞かされ、意気揚々とデート用のコーディネートをしてくれたに違いない。
だからスコールも、普段自分では絶対に着ない、選ばない服装で、此処へ来てくれたのだ。
袖に大きめのフリルのあるカットソーと、シンプルながらフレアで涼やかな印象を与えるスカート。
いつもは銀色のライオンが光る首元には、小さなリングが飾られている。
肩にかけた小さめのバッグなんて、碌に物が入らない、とデザイン以前に用途に合わないと見向きもしない。
足元は少しヒールの高いミュールで、慣れていないのだろう、バランスが取り難そうな立ち姿になっている。
何もかもが普段のスコールとは違う井出達に、きっと一番堪えられないのは、彼女本人だ。
案の定、ううう、とスコールは唸りに唸って、
「帰る。帰って着替えて来る」
「待て。待て待て、スコール」
くるっと踵を返したスコールに、クラウドは我に返って慌てて止める。
腕を掴んで引き留めれば、スコールはぶんぶんとその腕を振り回して、クラウドを振り払おうとした。
「あんただってどうせ変だと思ってるんだろ!」
「落ち着け、誰もそんな事言ってないだろう」
「言ってないだけだ!思ってる!絶対そうだ!」
「思っていない。少し驚いただけだ」
珍しく声を大きくするスコールに、クラウドは努めて静かに言い聞かせた。
変だなんて思っていない、いつも見ない服装だからびっくりした、それだけをと繰り返し。
それでもスコールの沸騰は中々引かず、心無しか涙が滲んだ目で唸り続ける。
「リノアにも言ったんだ。俺がこんな格好しても変なだけだって。あんたと違って俺は可愛くなんかないんだから、似合わないって」
「いや、そんな事はない。似合ってる」
「嘘だ!」
「嘘じゃない。似合っているし、可愛い。本気でそう思っている」
「……うぅ~……っ!」
クラウドの言葉に、スコールは虚を突かれたように目を丸くした後で、また唸る。
喉には言いたい言葉が色々と詰まっているのだろうが、出所を失くしたようだ。
可愛い、と言われて、安堵のような恥ずかしような、思春期の複雑な女心が素直な蒼の瞳にありありと映る。
取り敢えず落ち着かせよう、とクラウドはスコールを適当なベンチに誘導した。
スカートの端を摘まんで、足が広がらないように、ぴったりと膝を揃えて座っているスコール。
クラウドはその隣に座って、スカートを摘まんでいるスコールの手に、自分の手を重ねた。
「落ち着いたか」
「……ぅ……」
声をかけると、ぷい、とスコールはそっぽを向く。
座って少し頭は冷えたが、今の自分の有様が恥ずかしい事には変わりないようだ。
だが、しばらくそのままで待っていると、クラウドが手を重ねていた手がくるりと上向いて、緩く指を絡めてきた。
ちらりとクラウドがその顔を覗き見ると、スコールはまだ耳元を赤くしつつも、幾らか落ち着いた面持ちで、握ったクラウドの手をじっと見詰めていた。
久しぶりの直の逢瀬で感じる恋人の感触を確かめるように、嫋やかな指が何度もクラウドの指の隙間で握り開きを繰り返す。
その横顔が、大人びた顔立ちとは裏腹に幼い子供のような雰囲気を滲ませていて、クラウドは微笑ましさで口元が緩む。
「…取り敢えず、昼飯でも食べに行くか」
「……ん」
「何処が良い?」
「……どこでも。でも、静かな所が良い」
「なら少し移動するか」
駅前は行き交う人が多く、休日とあって若者の姿も多い。
賑々しいのでそれらを当てにした飲食店も多いが、丁度昼の時刻とあって、何処も満席になっている事だろう。
そうでなくとも、人の声が絶えない空間と言うのはスコールの得意なものではないから、静かな店を探すなら、メインの通りからは外れた方が良い。
行こう、とクラウドが立ち上がると、スコールも腰を上げた。
並んで歩きだせば、コツコツと響く足音があって、ヒールのある靴なんて珍しいなとちらと彼女の足元を見た。
ひらひらと揺れるスカートの裾から、ちらり、ちらりと覗くのは、小さな花がアクセントにあしらわれたミュール。
普段はローファーか、動き易さを重視するとシューズ系を履いているばかりなので、足元が見えるのが新鮮だ。
大通りを一本外れると、人々の気配は少し遠くなり、都会の真ん中でも多少は静かに感じられる。
さて食事は何処で採ろう、とスコールの好みそうな看板を探しながら歩いていると、
「クラウド、」
「ん?」
呼ぶ声が後ろから聞こえて振り返ると、スコールとクラウドの距離が少し開いていた。
いつも同じ歩調で歩く彼女を置いて歩いていたなんて、初めての事だ。
クラウドが数歩戻ったところで、スコールも追い付くが、
「う、」
「スコール!」
がくっ、とスコールの体が傾いて、クラウドは反射的に手を伸ばす。
助けを求めて伸ばされたスコールの手を捕まえて、なんとか彼女が転ぶ事は回避できた。
スコールはほっとした顔で、クラウドの手に捕まって体勢を直す。
「…助かった」
「いや、置いて行って悪かった。大丈夫か?」
「……ん」
「歩き難いのか」
クラウドが訊ねると、スコールは「少し……」と頷いた。
普段は全然履かないから、と言うスコールに、それは転ぶのも無理はないと悟る。
「ゆっくり歩くか」
「……そうしてくれると助かる」
「あと、ほら」
提案にほっとした顔を浮かべたスコールに、クラウドは左手を差し出す。
その手の意図が汲み取れず、スコールはきょとんと首を傾げた。
「…なんだ?」
「掴まっていた方が楽なんじゃないかと思ってな」
「別に……」
「足元ばかりを見てると、次は前方不注意にもなるぞ」
クラウドの言葉に、スコールはむぅと唇を尖らせる。
意地のようにショルダーバッグのベルトを握る手に力が籠った。
だが、このままいつも通りに歩こうとしても、自分が辛いのは判っているのだろう。
きっと家を出てから待ち合わせ場所に着くまでも、何度も躓き転びそうになったのだ。
その徒労を思い出してか、スコールはおずおずと手を伸ばして、クラウドの手を握る。
慣れない足元のスコールが無理をせずに歩けるように、クラウドは努めてゆっくりとした歩調で足を動かした。
いつもよりもずっと遅い歩き方に、少々もどかしくならない訳ではないが、それより今は隣を歩く彼女が大事だ。
時折、繋いだ手を強く握って踏ん張るような気配があって、お洒落をすると言うのも大変だな、と思う。
それでも、親友の手を借りながら、目一杯のデート向け衣装に誂えて来てくれた恋人が、クラウドは可愛くて堪らなかった。
(さて、何処の店に入るかな。仕切りでもある店なら良いんだが)
俯き加減になって歩く恋人を見て、そんな事を考える。
待ち合わせ場所に来た時とから、スコールは沢山の人々の目を惹きつけていた。
元々大人びた高身長美人で通っていたし、人目を引き易いタイプであったが、甘めのコーディネートで普段の取っ付き難い雰囲気が緩和されているからだろうか。
下心持ちの男どもの不躾な視線も多く寄せてしまっていて、クラウドは気が気ではなかった。
こんなに可愛い恋人を、いつまでも人目に晒してはいけない。
早く独り占めできる場所に隠さなければと、繋いだ手が寄せる信頼の感触を確かめながら思った。
『クラスコ♀』のリクエストを頂きました。
「デートなんだからお洒落しなきゃ」「クラウドも喜んでくれるかも」と言われ、ちょっとその気になって可愛めの格好してきたスコールでした。
リノアに乗せられ励まされながら服を選んで、当日、着替えて準備して家を出る段階になって、正気に戻って色々不安になりながら待ち合わせ場所に来たんだと思います。
クラウドはとっても喜んでいます。良かったね!