[ラグ&スコ]その祈りを叶えたら
あんたは馬鹿なのか、と言われた時、そう言われるのも無理はないと思った。
だからその言葉に対して怒る事はなかったし、受け止めるべきだろうとも。
見舞に行った所で、スコールが喜ばない事は判っていた。
自分がしようとした事の意味も、それで彼が何を思っているのかも想像できたから、雷が落ちるだろうとも思っていた。
だが、それでも自分が間違った事をしたとは、ラグナは思わなかった。
あの時、ラグナの体は反射的に動いていたのだ。
脳からの命令を待つ時間もなく、気付いた瞬間、守らなければとその為に全身の筋肉が動いた。
彼を───スコールを守らなくてはと、そう思ったから。
だが結果として、その所為でスコールは余計な傷を負った事も事実だ。
ラグナが彼を庇おうとした為に、スコールはそれを強引に庇って背に傷を受けた。
あの数瞬で、それが一番良い事だと、他に選べる選択肢がないと、即座に判断した彼の思考は、“護衛”として正しかったのだろう。
本当なら、傷を負わない様に、負わざるを得ないとしてももっと最小限に抑える事が出来たものを、彼は無防備に背中を晒す事になった。
その原因は間違いなく、ラグナの行動にある。
だが、スコールが怒っているのは、ラグナの所為で自分が計算外の負傷をした事ではない。
“自分を庇おうとしたラグナ”に、彼は心底から憤っているのだ。
無防備に晒す事になった背中に負った傷は、深くはないと本人は言ったが、範囲が広い所為で出血が酷かった。
キロスに促され、ウォードに半ば強引に病院に連れていかれて、ようやく彼はきちんとした治療を受けてくれた。
事の後に回復魔法で治療を施していたので、言葉通り傷は浅く済み、三日ほど様子を見て何事もなければ直ぐに退院できるそうだ。
それでも一端は護衛の任から離れざるを得ない為、バラムガーデンには報告を入れ、代わりの者を派遣する手筈が整えられている。
その日の夜、大統領としての仕事を終えて、ラグナは病院に向かった。
本来の面会時間などとうに過ぎてはいたが、病院スタッフは快くラグナを迎え、病室へと通してくれた。
そして目にしたのは、ベッドの上で痛々しい包帯に上体を包まれたスコールの姿だ。
傭兵と言う職業に就いているのだから、怪我など彼にとっては当たり前のものなのだろうが、それでも傷付いた彼の姿と言うのは、ラグナに痛い棘を突き立てる。
今回は自分の所為でそんな有様にさせたのだから、尚更。
詫びてどうにもなる事ではなかったが、ラグナは一言は言わねばならないだろうと思っていた。
それは、自分の心に刺さった罪悪感と言う棘を抜く為、贖罪の真似事をしようとしたのかも知れない。
だが、スコールはラグナがそれを口にする前に、言った。
「あんたは馬鹿なのか」
俯き、此方を見ずにそう言ったスコールの声は、明らかに怒っていた。
ベッドシーツを握る手は、白む程に力が籠り、ひょっとした声を荒げたい気持ちもあったのかも知れない。
それ位に、スコールは怒りに震えていたのだ。
スコールの言葉にラグナが返すものを探している間に、彼は顔を上げた。
吊り上げた眦がラグナを睨み、そんな風に蒼を向けられた事がなかったラグナは、一瞬、その鋭さに息を飲んだ。
「あんた、俺を庇おうとしただろう」
「うん───あ、その、えーと」
「馬鹿なのか。俺が何の為にあんたと一緒にいると思ってるんだ?」
反射的に正直に頷いてしまってから、益々スコールの貌が険しくなるのを見て、しまった、とラグナは思った。
直ぐにスコールはもう一度棘を刺してきて、ラグナは胸の内の痛みに、弱ったなと俯くしかない。
「俺はあんたを護衛する為に此処にいる。それなのに、あんたが俺を庇ってどうする」
本末転倒だと言うスコールの指摘は正しい。
ラグナは、バラムガーデンに対し、スコールを指名して『大統領の終日護衛』の依頼を出している。
スコールはその任を受けてラグナの傍に身を置いているのであって、いつ如何なる時も、ラグナの無事を優先する為に行動する事を義務付けられていた。
そんな立場にいるスコールを、守られるべき立場である筈のラグナが庇っては、護衛として傍にいる意味がない。
「それは、そのう。悪かったよ。なんか、勝手に体が動いちまって」
「……」
「スコールならなんとか出来るって、信用してなかったとか、そう言うつもりはないんだ。でも、その───無意識にって言うか。あっ不味い、って思ったら、つい」
「不味いと思ったのなら、あんたは俺を盾にするべきだ。護衛対象が、護衛の兵の前に出たら意味がない」
「………」
これもスコールが正しい。
ラグナはエスタの大統領で、スコールはそんなラグナに雇われた護衛だ。
緊急事態に置いて、ラグナが優先するべきは自己の保存であり、護衛兵を守る事ではない。
俯くラグナを見詰めた後、スコールは大きく溜息を吐いた。
包帯の巻かれた上体を庇いながら、ベッドヘッドに背を預け、ゆっくりと体の力を抜く───その様子が「呆れた」と言っているように見える。
事実、スコールにしてみれば、そう言う気分なのだろう。
「…もう良い。俺が油断したのが原因なんだ」
「……悪かったよ、スコール」
「だから、もう良いと言った。でも、次はちゃんと後ろにいてくれ。俺の事なんか庇うな」
「………」
「俺はSeeDで、傭兵だ。ただの駒で、使い捨てのできる盾だと思っていれば、それで良い」
スコールのその言葉に、じくりとしたものがラグナの心に居場所を作る。
それは普段からラグナの胸の内にあり、自分が芯から願うものと、目の前にある現実とが決して噛み合わない事を感じ取る度に生まれ蓄積していた。
だからだろう。
次にスコールが発した言葉が、ラグナの一番柔らかい部分を突き刺した。
「俺の代わりなんて、他にもいるんだ」
自分がいなくても、代わりの者が派遣される。
自分と言う存在は、その程度のものなのだと、スコールはそう言った。
傭兵として常に使い捨てにされる者として、その覚悟の上で生きているのだと。
だが、それがスコールにとって当たり前の意識であっても、ラグナにとってはそうではない。
そうであってはならないのだと、眼に見えない繋がりに縋るラグナの心が、悲鳴を上げた。
「……そんなの、いねえよ」
零した声は、目の前の少年にははっきりとは聞こえなかったらしい。
「は?」と問い返すように顔を上げたスコールを、俯き唇を噛んだラグナは見ていなかった。
「お前はお前しかいないんだから、代わりなんていない」
「…あんたがそう思うのは勝手だけど、他にもSeeDはいる。こんな任務、回せる奴は限られるけど、全くいない訳じゃない」
「お前がSeeDだとか傭兵だとか、そう言う事じゃねえんだ。お前って言う存在が、俺には代わりなんてない。だから、使い捨てなんて、出来る訳ないんだ」
「捨てろ。あんたから見た俺の利用価値は、そういう物であるべきだ」
「利用とか!そう言うのじゃなくて、俺は、」
言いたい事はそうではないのだと、ラグナは堪らず声を大きくした。
そうする事に何も意味はないのだが、そうしないとスコールの言葉を停める事が出来ない気がしたのだ。
俺は、と其処から先に続く言葉が出て来ない。
スコールが口を噤んでくれている間に、自分の気持ちをしっかりと言葉に乗せなければならない。
スコールとラグナの関係は、旧友たちとの間にあるものとは違い、言葉なくして心がが伝わるような距離感ではない。
悲しいかな、それは事実として二人に間に横たわり、深い溝を作っている。
それを埋めるには、埋めたいと思っているのなら、ラグナが言葉を探さなければならないのだ。
「……俺はお前に、怪我して欲しくないって思ってる」
ラグナの言葉に、ぴくり、とスコールの眉が顰められる。
頭の良い子であるから、ラグナのその言葉が、大きな矛盾を孕んでいる事に気付いているのだろう。
それでも、この気持ちは他の何にも変えられない本物だから、ラグナは続けた。
「お前が、いつも、無事で元気にいて欲しいって、願ってる」
「……」
「自分の護衛を依頼して置いて、変な事言ってるって言うのは、判ってるつもりなんだ。……でもやっぱり俺は、お前が……傷ついたりする事がなければ良いって、思ってる」
「それなら、俺を雇うのを辞めろ」
「……そうしたら、お前は他の任務に行くんだろ?」
問えば、当たり前だとスコールは答えた。
バラムガーデンに所属するSeeDである以上───そうでなくとも、傭兵と言う職業であれば───、スコールには常に某かの依頼が舞い込んでいる。
“月の涙”の影響もあり、バラムガーデンには危険度の高い魔物の討伐依頼が急増している。
それはエスタの地でも同様で、ラグナはガーデンに対し、自身の護衛を依頼する他、街の近郊に出現する魔物退治も依頼していた。
指揮官であるスコールもその情報は把握しているし、エスタに現地入りしたSeeDが、現地に詳しいスコールからの情報を求めて、大統領官邸に来館する事もある。
時には救援としてスコールが急ぎ現地に向かう事態も起きる程だ。
また、大統領護衛の任務機関が終わったスコールが、ラグナロクを足にして、バラムではなく他の地へと向かうのもよく見る。
それ程、スコールは多忙であり、あらゆる場所でその手を求められる人物なのだ。
ラグナは、それが歯痒かった。
真っ黒なスケジュールで過ごしているスコールは、前の任務で負傷しても、治療をそこそこにして次の任務に就く事が多々ある。
護衛の任務の方が優先だからと、傷の残った体でエスタに降り立つスコールを見る度、此処にいる間だけは何事もなければ良いと、ラグナは願わずにいられない。
だが護衛である以上、何事か起こればスコールはラグナの前に立ち、ラグナの代わりにその身に傷を受けるのだ。
時には致命傷に鳴り得るものであるとしても、躊躇わずにその身を使う───そう言う立場に、彼はいる。
「……俺、お前にいなくならないで欲しいんだ。だから怪我しないで欲しいって思う。どうせなら、危ない目に遭わないで欲しいし、平和な所でのんびりしてて欲しい」
「余計なお世話だ」
ぴしゃりと返された言葉に、ラグナの心がずきりと痛む。
「俺はSeeDだ。傭兵だ。それ以外のものになって生きるつもりはない」
きっぱりと言い切ったスコールは、本当に“SeeD以外の自分”と言うものを考えていないようだった。
いや、それ以外の道がある事を、きっと彼は知らないのだ。
物心がついた時にはバラムガーデンと言う場所にいて、傭兵になるべく英才教育されて来たのだから。
その末に今の自分がいるのだから、それを否定するものを、スコールは受け入れない。
それはつまり、スコールは傷付き続けると言う事だ。
ラグナの前でも、知らない何処かでも、その命が果てるまで、自分を自分で使い捨てていく。
「だから、もし次に同じような事があっても、あんたは絶対俺の前に出るな。俺を守ろうなんて思うな。俺はそんなものはいらない」
「でも、スコール。俺はお前に────」
「それ以上言ったら、俺はもうこの任務を請けない」
強く冷たい蒼の瞳が、ラグナの眼を真っ直ぐに射貫く。
それは常に戦場に身を置き、他者の命も、自分の命も容易く消える場所に立つ者の、強い意志だった。
嘗てはラグナも其処にいた筈だったが、否応なく退いてから随分と長い。
もう彼と同じ場所には立てないと悟っているから、其処にいる少年を連れ出したいと願ってしまうのだ。
俯いたラグナから、スコールの視線がゆっくりと外される。
小さく、「……疲れた」と呟くのが聞こえて、ラグナは潮時だと理解した。
この話は何処まで行ってもきっと平行線だし、それを厭だと踏み越えれば、きっと自分とこの少年との繋がりは本当に途絶えてしまう事になる。
「……今日は、帰るよ。悪かったな、無理させて」
「……別に」
顔を背けたまま、スコールはいつもの何と受け取れば良いのか難しい口癖を零した。
今はその言葉が帰って来てくれた事に安堵して、ラグナはそうっと息を吐く。
病室を出ると、付き添いに来ていたキロスとウォードが待っていた。
二対の目がラグナの翠と混じって、どちらともが眉尻を下げた顔を作る。
───出会って半年も経っていない父子の間柄を、二人はよく知っている。
ラグナが出来ることならスコールを手元に置いておきたい事、危険な事とは無縁な場所で日々を健やかに過ごして欲しい事。
それは、本来なら幼い彼の傍にいた筈のラグナが、してやるべきであったこと。
だがスコールは、父の知らない所で大きく育ち、自分で自分の道を決める意志を持つまでになった。
そしてSeeDと言う自身の立場に確かな矜持を持ち、その為に在るべき心構えも含め、彼と言う人物を形成する一部として根付いている。
ラグナがスコールに平穏を望むと言う事は、彼のそうしたアイデンティティを奪う事と同じなのだ。
……反面、スコールが決してラグナに悪感情のみを抱いている訳ではない事も、キロス達は知っている。
バラムガーデンに大統領の護衛依頼を出しているのは確かだが、その任務の選択権を握って離さないのはスコールだった。
時には前任務の関係で、他の者を派遣するかもしれない、と言う連絡があった時でも、スコールはエスタにやって来る。
大統領の護衛を───ラグナの傍に身を置ける権利を、他の誰にも譲るまいとして。
病室内の父子の遣り取りは、待機していた二人に聞こえていたに違いない。
どうにも気まずい気分がして、なんと誤魔化したものかと思ったラグナの胸中もしっかり汲み取っているらしい旧友達に、少し泣きつきたい自分がいたが、扉の向こうで一人過ごす少年を思い出して堪えた。
吐き出す言葉も失くした気分で、ラグナはがしがしと頭を掻く。
そのまま病室を離れて行くラグナを、キロスとウォードも追い、
「儘ならないね、君達は」
溜息交じりに呟かれた友人の言葉に、ラグナの視界がぐにゃりと歪む。
あの子の事で涙を流す事など、きっと自分には赦されないと思うのに、競り上がる感情は勝手に目頭を熱くする。
その存在を守りたいのは、お互い様なのだ。
だが現実として、二人は守る者と守られる者と言う立場に分かれている。
可惜にその垣根を越えようとすれば、必ずどちらかの気持ちを踏み躙る事になる。
それでも今は、この関係しか互いを繋ぎ止める方法を知らなかった。
『喧嘩をするラグナとスコール』のリクエストを頂きました。
お互い譲れない部分があってギスギスする二人、と言う事で、どうやっても譲れないもので衝突してるけど無視し合う事は出来ない8親子です。
傍にいるし、お互い大事にしてるのに、大事にしたいそのやり方が相手の望みを無視する事になる感じ。
この二人は間に誰かを置いて徹底的に膝付き合わせないと、一番大事な所を誤解し合ったままになりそう。
その癖誰かの介入は嫌いそう(特にスコールが)で、拗れまくりそうですな。