[絆]頑張れ、学生 2
スコールからノートを借りて、暫く奮闘していたティーダだったが、やはり苦手な物は苦手であった。
30分の後(ティーダにして頑張った方だ)、ティーダはまた頭を抱えて呻き出した。
「ううぅ~……」
「……煩い、ティーダ。集中できない」
「ううー……」
止まない唸り声に、スコールの眉根を寄せる。
キッチンでコーヒーを淹れていたレオンは、スコールとは逆に眉尻を下げて苦笑していた。
ティーダはあああ……と悲愴な声を上げて、テーブルに突っ伏す。
「もう無理、やっぱ無理っス。頑張ったけどこれ以上は無理……」
「………」
溜息を吐いて、スコールがティーダを見た。
しばし無言で見詰めた後、諦めたように視線を手元に戻し、公式を解く手を再開させる。
レオンは、コーヒーと一緒に用意したジュースをトレイに乗せてキッチンに戻った。
「ほら、ティーダ」
「うぁ……あ~…ありがと…」
「スコールも飲め」
「……ありがとう」
テーブルに置かれた、搾りたての生のオレンジジュース。
シロップを適度に(ティーダの分は少し多めに)入れて混ぜたジュースは、程よい甘味と酸味になっていた。
ずー、と気力のない音を鳴らしながら、ティーダがジュースを飲む。
スコールは少しだけ口をつけると、直ぐに問題に意識を戻した。
自力で問題を解きつつ、教科書を捲って公式を確認し、自己採点をしている。
「うー……科学なんて嫌いっス…」
「お前、数学でも同じ事言ってただろ」
「……数字が嫌いなんスよ。見てるだけでやる気なくすしさ」
実験とかならまだ好きなんだけど、と言うティーダ。
公式云々とは違い、目に見えて変化が判るのが楽しい、と言うのは、スコールも同意する。
傍で聞いていたレオンも、くつくつと笑いながら「確かにそうだな」と頷いた。
「俺もうやる気出ないっス」
「俺がノート貸してるのにか」
「…いや、それは、そのー……頑張ります……」
じろりと睨むスコールに、ティーダは縮こまる。
折角の幼馴染の親切である、無碍にするような真似は許されまい。
ティーダは溜息を吐いて、テーブルに突っ伏していた体をのろのろと起こした。
仕方ない、もうちょっとだけ頑張ろう───そんな空気が滲んでいる。
「でもやっぱ、なんつーか……モチベーション上がらないっスね……」
「楽しい事でも考えながらやれ。ブリッツとか」
「ブリッツの事で頭一杯になるから、勉強なんか無理っス。ってか、ブリッツしたい!部活出来ないからストレス堪るんだよ」
バラムガーデンでは、テスト期間中の部活動は行われない事が通例となっていた。
理由は簡単、ティーダのように部活に夢中になってテスト勉強を疎かにする生徒がいる為だ。
学生の本分は勉強であるし、部活を真面目にやりたいのなら、勉強を真面目にやってからにしろ、と言う事だ。
スコールはどのクラブにも参加していないので、テスト期間であるからと、一日の予定が大きく変化する事はない。
しかしブリッツボール部に所属しているティーダにとっては、この期間は勉強だけでなく、ストレス及びブリッツ不足との戦いの日々でもあるのだ。
ブリッツしたい泳ぎたい。
テーブルの下でバタバタと足を暴れさせるティーダに、勉強の邪魔、とばかりにスコールが蹴りをお見舞いする。
「何すんだよ、スコール」
「お前が悪い」
唇を尖らせるティーダを、スコールが睨んだ。
剣呑さを増した弟の眦を見て、レオンが間に入る。
「落ち着け、スコール。ティーダももう少し静かにしろ」
「………」
「だってさー……」
俺は悪くない、と無言で訴える青灰色と、判り易く不満を訴えて来る青。
二つを向けられたレオンは、眉尻を下げてく苦笑する。
「ティーダ、モチベーションが上がらないなら、一つ良い事を教えてやる。ジェクトからの伝言だ」
何処が良い事?とばかりに、ティーダが眉間に皺寄せた。
それを気にせず、レオンは金色の髪をくしゃくしゃと撫で、
「今週末のテストで赤点を採らなかったら、欲しがってたゲームを買ってやる、だそうだ」
「……それマジ?」
「ああ。だから頑張れ。生憎、俺は教えてやれないが」
まあ無理だろうけどな────などと父が言っていたとは、言わない方が良いだろう、とレオンは電話越しに聞いた天邪鬼な父親を思い出して、此処までだと口を噤んだ。
が、流石に親子と言うべきか、レオンが噤んだ先の父の台詞は、しっかりティーダの頭の中で再生されていた。
がたん、とティーダが椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、拳を握る。
「あのクソ親父!絶対ぎゃふんと言わせてやっからな!でもってゲームも絶対買わせてやる!」
「煩い。やる気が出たなら、早く座れ」
燃える闘志にスコールが冷水を浴びせたが、ティーダは鎮火しなかった。
先程までの無気力さは何処へやら、やる気十分!と言う表情で椅子に座る。
スコールはそれを冷めた目で見詰めて、ぽつりと呟いた。
「……即物的だな……」
ご褒美がかかっている、となれば、確かにやる気が出るかも知れないが、余りにも極端だろう、とスコールは思う。
そもそも、ご褒美云々がなくとも、普段から真面目にやっていればもう少しは……とスコールは考えるのだが、ティーダにそんな思考はないのである。
心なしか呆れた色を含んだ弟の呟きを聞いた兄は、くつくつと笑っていて。
「いいんじゃないか。やる気が出たなら、それに越した事はない」
「…そうかも知れないけど」
「折角だから、俺も何か考えようか」
「…考えるって、何を」
「決まってるだろう。ご褒美、だ」
くしゃ、とレオンの大きな手がスコールの頭を撫でる。
子供じゃないんだからいらない、と言いかけて、スコールは音を失った。
見下ろす兄の表情が、いつになく楽しそうに見えたから。
「そうだな。政経で平均点以上が採れたら、来月の休暇に何処か旅行に行くか」
「休暇なんてあるのか?」
「有給休暇が溜まっているらしくてな。消費してくれと泣きつかれた」
ああ、そんなのが一応あったんだ。
レオンがSEEDとなってから既に六年が経つが、スコールはそんなものがあったとは知らなかった。
それ程に、レオンは常に多忙なのである。
────となれば、絶対に政経のテストを落とす訳には行かない。
忙殺気味の兄を休ませる為にも。
スコールは改めて、試験に向けて勉強に励む事にした。
平均点なら余裕で採るよ、スコールは。レオンの裁定基準は甘すぎるのが普通です。
ジェクトもジェクトで、ティーダに「平均点ぐらい採れ」と言わない辺り甘いです。息子の成績について、若干諦めてるって所もあるけど……こんな言い方しないと、甘やかせないのです。親子でどっちも素直じゃないからね。