[クラレオ]緩やかな刻に熱を注ぐ
誕生日と言うこともあって、何か欲しいものでもあるか、と聞いてみた。
この年になってと呟く当人の気持ちには全く同意するが、それはともかく、幼馴染の面々は祝う気満々になっている。
レオンもそれに促される形で、折角ではあるし、と彼女たちに便乗ついでに応えておこうかと思ったのだ。
とは言え、祝う方法について具体的なものが浮かぶ訳もなく、サプライズを狙うような相手でもないしと、手っ取り早く本人に聞く方法を取った。
その結果、返って来たのは、
「……何もしなくて済むのが良いな」
と言った。
平時のクラウドは、闇の力を使って外の世界を彷徨っている事が多く、レディアントガーデンに帰って来るのは気まぐれなものだった。
何を切っ掛けに帰郷して来るのか、理由についてレオンは知らないし、聞く事もしない。
だが、基本的には休むつもりで故郷に戻って来ているつもりのようで、レオンの家で何をするでもなく過ごしている事が多い。
結局は、其処にいるなら手を貸せとレオンや再建委員の面々が貴重な人材として駆り出すので、彼が望む程に休みを満喫しているかは微妙だが。
恐らく、そう言う所があるから、誕生日位はパトロールに駆り出される事なく過ごしたい、と思ったのだろう。
レオンもトラヴァーズタウンにいた頃は、自分の誕生日くらいはと暇を渡されたし、エアリスやユフィが誕生日の時にも、彼女たちがその日を思うように過ごせるよう計らった事がある。
今のレオン達にとって、ハートレスと戦う力を持ち、力仕事と言った他諸々の雑事に呼べるクラウドは、使わない手はないと言える程に重宝しているのだが、
(まあ……誕生日だしな)
普段、クラウドを駆り出す際、レオンは彼の都合をほぼ無視している。
都合と言うものの多くが、寝たいとか休みたいとか言うものである事、済ませる事を済ませれば解放している事、更に彼が故郷で過ごしている間はレオンの自宅に居候をしており、その面倒を見ている分の返礼くらいは働け、と言う理由もあっての事だ。
正直に言えば、レオンとしては今日明日でハートレスを片付けておきたいエリアがあり、其処にクラウドの手を借りようと思っていたのだが、誕生日プレゼントを聞いたのは自分の方であるし、それを跳ね付けるのも聊か気が引ける。
何より、焦っての事かと言われればそうではなく、早い内に済ませる事が出来れば、と言う程度の事だ。
予定のエリアのハートレスも、昨日確認した限りでは、それ程多くはいなかった。
自分一人でもなんとかなるか、とクラウドの希望に応じようとしたレオンであったが、
「あと、あんたも付けてくれると有り難い」
笑みを浮かべたクラウドに、レオンは僅かに眉根を寄せたが、まあ良いか、と思う事にした。
昼の内にクラウドを拠点に連れて行き、再建委員会メンバーと揃って、彼の誕生祝を兼ねた昼食を採った。
キーブレードの勇者のような年齢ならともかく、もう二十歳も過ぎて、祝われる事に特別な感慨がある訳でもないが、それでも祝ってくれる仲間達がいる事は有り難いものだ。
クラウドもそれは判っているのか、シド特製の唐揚げを山積みにして「クラウドの分ね!」と目の前に置いたユフィにも、呆れつつもそれを平らげて見せた。
他にも祝いなんだからと昼間から酒を持ってきたシドであったり、黄色い小鳥の飾りを乗せたケーキを用意したエアリスにも、シンプルな礼を述べて、どちらもしっかり手を付けた。
流石に酒もケーキも全て食べ切る訳にもいかなかったので、これらはクラウドが満足する程度で済ませている。
それでも、ボリュームのあった昼食も含め、クラウドの腹は十分に満たされた。
帰り際、次はレオンの番だからね、と言うユフィにレオンは苦笑する。
すっかり忘れていたが、確かに十日もすれば自分の誕生日が回って来る。
クラウド同様、何もなくとも気にしない、寧ろこうして思い出してもまた忘れてしまいそうなレオンの事など気にせず、ユフィやエアリスは何か計画しているのだろう。
当日を密かに楽しみに思う位には、自分も今の生活に余裕を感じているのだろうか。
そんな事を考えている間に、レオンとクラウドは自宅───クラウドにとっては間借り先───に着いていた。
中に入れば、クラウドは腹を撫でながら、定位置のソファに寝転ぶ。
手を乗せた腹がいつもより僅かに膨らんでいるように見えて、レオンはくつりと笑った。
「随分食っていたな」
「流石に腹が重い」
「その分じゃ、晩飯は無くて良いか?」
「それとこれとは別だ」
数時間もすれば消化は終わる、と言って、クラウドはちゃっかり夕飯を所望する。
判り切った事なので、レオンは肩を竦めながら、冷蔵庫の中身を確認しに向かった。
馳走は昼に十分味わったから、夕飯は質素でも良いだろう。
とは言え誕生日ではあるのだし、クラウドが好みそうな厚みのある肉を一品添えても良い。
そう考えると、結局質素ではなくなるな、と思ったが、折角なのだから良いだろう。
夕飯に使えるものは一通り揃っていたので、今日は買い出しに行く必要もない。
クラウドからの希望があるので、レオンがパトロールやデータの確認に行く予定もなくなったし、レオンは手持無沙汰な気分だった。
意図せぬ休日を得たと言えばそうだが、レオンとしては勿体ない気がして仕方ない。
ソラが集めてくれているアンセムレポートの確認でもしようか───と思っていると、
「レオン」
「なんだ?」
「こっち」
促す声にレオンは首を傾げつつ、呼ぶ人間の下へと向かう。
相変わらずソファに寝転がったまま動かないクラウドの傍に来ると、床を指してしゃがむように示された。
膝を折ってソファの前に座ると、伸びて来た腕がレオンの頬を撫で、ピアスの光る耳へと触れる。
「やっとあんたを堪能できる」
「そんな事の為に俺を付けたのか」
「大事なことだろう。あんたは俺をほったらかしにするから」
「殆ど
ほったらかしも何も、いない人間を気にするような暇はレオンにはない。
きっぱりと言ってやれば、クラウドは如何にもわざとらしく、傷付いた顔をして見せる。
露骨な表情に乗ってやるのもバカバカしくて、レオンは頬を撫で遊んでいたクラウドの手を払う。
と、その手が今度はレオンの肩を掴んで、ぐっと引き寄せた。
前に傾いたレオンの首にしっかりとした腕が絡まって、逃げ場を塞いでキスをされる。
無防備に薄く開いていた唇の隙間から舌が入り込んで来て、レオンのそれを絡め取り、水音を立てながら咥内を弄る。
「ん、…ふ……っ」
遠慮をしない侵入者に、柔く歯を当てて噛んでやると、舌は益々調子に乗った。
じゅる、じゅぷ、と昼日中から聞くには聊か不適切さを匂わせる音がして、ぞくりとしたものがレオンの首筋を走る。
たっぷりとレオンの咥内を味わって、ようやくクラウドは離れた。
はあ、と息苦しさに喘ぐ灰に酸素を送って宥めつつ、レオンはソファに寄り掛かる。
首を固定していたクラウドの手が緩んで、背中にかかる濃茶色の髪の毛先に指を絡めて遊んでいた。
「はぁ……全く、お前はいつも唐突だ」
「それは否定しないが、今日はあんたが先に聞いて来たんだろう。何が欲しいって」
それはそうだが、と呆れつつ、レオンは体の向きを反転させた。
床に座ってソファに凭れかかるレオン。
十分な供給を見たした肺が落ち着いて、レオンは天井を見上げながら、ふう、と一息。
それでレオンが落ち着いた事を察して、クラウドがソファから起き上がった。
「俺は休みで、あんたも休み。今日一日は自由に過ごせる」
「アラートでも鳴らなければな」
「無視すれば良いだろう」
「お前じゃないんだ、そう言う訳にはいかない」
無責任な事を言うな、と咎めれば、クラウドは素知らぬ顔だ。
故郷がまだまだ大変だと判っているのだろうか───と思うレオンであったが、彼も一応、この地に郷愁がない訳ではないらしい。
だから本当にアラートなり緊急事態なりと起これば、レオンが家を出て行くのを止めはしないだろうし、必要であればその腕を振るうだろう。
気分屋な所はあるが、律儀な所は律儀なのだ、とレオンは幼馴染の男をよく知っている。
ソファに座ってレオンの旋毛を見ていたクラウドであったが、なんとなく其処から流れる髪の毛先を追って手櫛を滑らせていると、後髪の隙間から覗く項に辿り着く。
いつからか伸ばした髪が隠すようになった其処に指先を宛がって、生え際の後れ毛をくるりとくすぐった。
むず痒い感触にレオンがその手を払うが、クラウドは構わず首の形をゆっくりと辿り、耳の裏をなぞる。
「クラウド」
「感じるか?」
レオンの咎める色を含んだ声に、クラウドがにやりと笑う。
調子に乗ってるな、とレオンは眉根を寄せたが、クラウドの腕に抱えられるように持ち上げられて、ソファの上に転がされ、その上にクラウドが跨って来る。
「……昼間からする気か」
「良いだろう。今日は俺の誕生日なんだから」
好きにさせて貰う、と言いながら、クラウドの手はレオンの腹を、胸を撫でていく。
首元に整った顔が近付いて、ぬるり、と舌がレオンの喉を這う。
シャツが捲り上げられ、引き締まった躰が露わになると、クラウドの瞳に熱が宿る。
全くお盛んな奴だと呆れたレオンであったが、久しぶりであるのはレオンも同じで、まあ良いかと思う事にした。
妙な趣味を疑うような事を要求されなければ、今日はクラウドのしたいようにさせるのも悪くない。
クラウドが手袋を外したので、レオンも自分のそれを外す。
ソファの端に置いたそれが、際過ぎたのかぽとりと落ちたが、伸し掛かる男が邪魔で直す事は諦める。
クラウドはと言うと、手袋はぽいと適当に放り投げて、ベストを脱いだ。
昼日中とあって外は明るく、部屋の電気をつけなくても、鍛え抜かれた躰がはっきりと見る事が出来る。
それはクラウドからも同様で、均整の取れたレオンの躰を余す所なく眺めては、今日はこれを独占できるのだと言うことに良いようのない興奮が浮かんだ。
「お前、溜まってるのか」
「あんたが構ってくれないからな」
呆れながら言うレオンに、クラウドはきっぱりと責任転嫁してくれた。
しかし、確かに当分してはいなかったな、とも思い出して、レオンは体の力を抜いた。
好きにしろ、と言う意思表示を示すレオンに、クラウドの口元に笑みが深まって、胸元に頭が下りて来る。
窓から差し込む太陽の眩しさと、躰を這い上って来る熱が、レオンに背徳感のようなものを感じさせた。
時計を見れば三つ時で、この時間から始めたとして終わるのは────と凡その計算をしようとするが、下肢に押し付けられるものの感触に気付いて諦めた。
どうせ自分が思うような時間に解放される事はないだろうし、夕飯ももう簡単に昨日の残り物で片付けてしまえば良い。
誕生日だから、と少し位の贅沢はさせてやろうと思ってはいたが、絡み合う躰以上にこの男に贅沢を感じさせるものはないらしい。
安上がりで良いか、と思う事にして、レオンはクラウドの頬に手を伸ばす。
すり、と指先が白い肌に触れて、クラウドが顔を挙げた。
雄の気配を宿した碧の瞳を、細めた双眸で見詰めると、何に誘われたのかその顔が近付いて来る。
重ねた唇を甘く吸ってやると、貪るように食い付かれて、その判り易さにレオンはくつりと笑った。
誕生日と言うことでクラレオ!
甘やかされの許しが出たので、此処ぞとばかりに調子に乗るクラウドと、誕生日だからまあ良いかのレオンでした。