[♀レオ♂スコ]愛情、愛護、愛寵
一人、傷を負って帰還したスコールを迎えたのは、レオンだった。
滲む血の匂いに気付いたレオンは、すぐにスコールをリビングに引っ張り込んで、手当てを始めた。
スコールは自分で出来ると何度も言ったが、傷を負った本人がするよりも、他人がやった方が的確な処置が出来るだろうと言い返された。
痛みや疲労で適当な手当てで済ませるよりは、きちんと消毒し、傷を保護した方が良いのは当然だ。
レオンはさっさとスコールの上着とシャツを脱がせ、てきぱきと傷の治療処置を始めた。
傷の経緯については、混沌の大陸の探索中に、歪の中でカオス勢の戦士と遭遇した事に因る。
スコールはいつものように、ジタンとバッツと言ったメンバーで調査をしていたのだが、戦闘中に起こった時空の歪みにより、それぞれ分断されてしまった。
その後、敵の猛攻により手負いとなったスコールは、已む無く転身して歪からの脱出を優先している。
歪を脱出した後は、最寄のテレポストーンへと急ぎ、真っ直ぐに帰還の途に着いた。
足を負傷した為にその歩みは遅かったのだが、聖域に着くまでにはぐれた仲間達との合流は叶わなかった。
彼等については、直に帰って来るだろうと信じて待つのみである。
手当をしながら、後でリーダーへの報告の為にと経緯を聞いたレオンは、話し終えた所で「そうか」と言った。
「ジタンとバッツは、まだ帰ってきていない。何処にいるかも判らないが、まあ、一先ずは様子見だな」
「……ああ」
「お前は、ティナかセシル辺りが帰って来るまで、大人しくしていることだ。傷はどれも深くは無いようだが、念の為にな」
そう言ってレオンは、血の滲んだ濡れタオルをスコールの脇腹から離す。
出血が固まって皮膚にこびりついていた其処は大分綺麗になり、レオンは其処に消毒液が染み込んだ脱脂綿を当てる。
「う、」
「我慢していろ」
「……判ってる」
染みる痛みにスコールが微かに顔を顰めた。
ふう、と意識して息を吐き、まだしばらく続くであろうその痛みに心構えをする。
脇腹の処置を終えた時、其処は厚手のガーゼと包帯でしっかりと固定された。
腹回りが少々窮屈で、スコールは眉間に皺を寄せるが、治療魔法を得意としているメンバーが帰って来るまでは我慢するしかない。
言えば、その時までの辛抱なのだから。
次は足の手当てだった。
レオンは、ソファに座ったスコールの前に膝をついて、黒のズボンの裾を捲り上げる。
「切り傷だな。血は止まっているようだが、痛みは?」
「……多少」
「歩いて来た所為もあるんだろうな。また少し染みるぞ」
レオンはタオルの清潔な部分を使って、傷回りを優しく拭く。
皮膚にこびりつき始めていた血が取れると、消毒液で傷口の処置をした。
「大分無理をして歩いたようだな。ケアルは使わなかったのか?」
「……戦闘中に使い切った。ポーションも。バッツとはもうはぐれていたし」
「なら、仕方がないか」
回復魔法の利用を勿体ぶった訳ではない、と言うスコールに、レオンは眉尻を下げた。
戦闘中でも、帰りの道中でも、バッツがいれば───彼の魔力が尽きていなければ───回復魔法を頼めるが、孤立無援では仕方がない。
出来る限りの無理を避け、真っ直ぐに帰還すると言う選択を取ったのが、スコールに出来る最善であった。
レオンは「動かすぞ」と言って、スコールの足を持ち上げた。
神経が振動を感知して、じんとした痛みがスコールの右足に響いたが、眉根を寄せるのみで堪える。
改めて見た自分の足は、思っていた以上に長さのある傷が刻まれていた。
────が、それよりスコールの目に飛び込んできたのは、自分の前で跪く格好になっているレオンの胸元だった。
「………」
「ん?」
さっ、と目を逸らしたスコールに、レオンが顔を上げる。
どうかしたか、と訊ねて来る彼女に、スコールは何も言わなかった……のだが、少年の髪の隙間から覗く耳元が、不自然に赤くなっているのを、目敏い彼女は見逃さない。
「スコール?」
「……なんでもない」
名前を呼ぶレオンに、スコールはいつもの声でそれだけを返す。
早く済ませてくれ、と手当てを急かせば、レオンは直ぐに処置を再開させた。
此方も大きめのガーゼを広げ、傷全体を保護し、包帯で固定する。
「これで良い。他にはないか?」
「十分だ」
「なら手当は此処までで良いとして……次はお前自身だな」
「……?」
レオンの言葉に、スコールは何の事だと眉根を寄せた。
自分自身も何も、傷の手当以外は特に問題はない筈だ、と思っていると、
「ほら、来い」
「……は?」
スコールの前で膝立ちになって、レオンは両手を広げて見せる。
おいで、とでも言っているような仕草に、その意図する所が読めなくて、スコールは判り易く顔を顰めた。
それを見たレオンは、何処か楽しそうな表情を浮かべて、
「疲れているようだからな。癒してやろうと思って」
「……別に必要ない」
「そう言うな。来ないならこっちから行こうか」
「だからいらな────」
い、とスコールが言い切る前に、柔らかいものがスコールの顔を覆った。
むに、と柔らかい弾力のあるものに、顔全体が包み込まれている。
頭を抱きかかえられるように、後頭部にはレオンの腕が回って、捕えたスコールを離すまいとしていた。
そんな事よりスコールは、鼻先に触れる鍵慣れない匂いと、急に暗くなった視界に混乱する。
自分が今どうなっているのか判らないまま硬直するスコールを、レオンは子供をあやすように、濃茶色の髪をぽんぽんと撫でた。
「よしよし」
「……っおい!」
子供扱いと判るその触れ方に、スコールは添えられた手を振り払うように、勢いよく顔を上げた。
危うくレオンの顎を打ち上げる所だったとは気付かぬまま、酷く近い位置にある、自分と同じ傷を持った顔を睨み付ける。
「何してるんだ、あんたは」
「癒しの提供だ。知っているか?ハグにはそう言う効果があるらしい」
「知らない。と言うか離せ、あんた、これ……っ」
異常な程に近い距離にレオンの顔があること、後ろ頭に感じる回された腕。
喋る度に口元で感じる、柔らかい感触に、スコールはようやく”それ”が何なのか理解が追い付いた。
解ってしまえば、“それ”は年若い青少年には、聊か無視できないものになってしまう。
しかし、スコールの望みとは真逆に、レオンは笑みを深め、スコールの頭を抱き締める腕に力を籠める。
豊かに育った胸の谷間に、口元から鼻先まで埋められて、隙間から微かに漂う汗の匂いに、スコールの顔が真っ赤に吹き上がった。
「レオン!」
声を荒げて名を呼ぶと、それまで頭を抱えていた腕が、ぱっと離れた。
解放されてすぐに体を退き逃がすスコールに、レオンはくつくつと楽しそうに笑う。
「そう怒るな。ハグに癒し効果があると言うのは、一応、ちゃんとした研究結果が出ている話だぞ」
「知った事か。あんたの悪ふざけに付き合うつもりはない」
「労う気持ちは本物なんだがな」
険しい顔つきで睨むスコールに、レオンは至極心外と言う表情を浮かべる。
「そう言う事をするなら、ジタンが帰って来た時にでもやってやれ。あいつの方が喜ぶだろ」
「まあ、そうかもな。別にやるのは構わないが……今は、お前にしてやりたいんだよ、俺は」
そう言ったレオンの口元は柔らかく、目元は温かく緩んでいた。
時折、年下の仲間達を相手に向けられるその表情は、何か眩しいものを見るように、微かな憂いを孕んでいる事がある。
彼女がどうしてそんな表情を浮かべるのか、スコールの知る由はない。
ただ、それが自分に向けられた時、何かばつの悪いものを感じる気がして、スコールはなんとなく口を噤んでしまっていた。
どうにも毒気が抜かれたような気分で、しかし青少年には聊か性質の悪い悪戯に、スコールがなんとしたものかと考えていると、とすり、と隣に座る気配があった。
見れば当然、其処にいるのはレオンで、笑みを浮かべた表情で此方をじっと見つめている。
「癒しの提供が不要なら、仕方ない。他に何か欲しいものはあるか?」
「……別に」
「そう拗ねてくれるな」
スコールの返答を、臍を曲げたものだとレオンは受け取ったらしい。
飯でも食うか、と訊ねて来るレオンに、スコールの腹の虫が勝手に返事をして、しっかり彼女に聞き留められてしまった。
「空腹か。歩きどおしで帰って来たのなら、当然だな」
「……」
「軽いのなら朝の、しっかり食いたいなら昨晩の残り物がある。どっちが良い?」
「……軽いので良い」
よし、とレオンが席を立つ。
キッチンへと向かうその背中を見送って、スコールは一つ溜息を吐いた。
────どう言う理由と目的があってか知らないが、レオンはやけにスコールに構いたがる。
悪意を持って接して来る事がないのは良いのだが、逆にスコールはそれが若干の戸惑いを生んでもいた。
目に見えて判る悪意は振り払えば良いが、好意と言うのはどうにも扱いに困る。
ジタン等は「お姉さまに気に入られてるなんて羨ましいぜ」等と言ってくれるが、それなら立場を丸ごと交代して欲しい。
しかしレオンは、専ら”スコールを”構いたいようで、他の仲間達には平等に均等に、対等な仲間らしく応対していた。
ある意味でそれは徹底していると言って良い程、レオンはスコールを特別扱いするのである。
元の世界の記憶が戻れば、彼女が何かと構い付ける理由も判るのだろうか。
何度かそんな事を考えてみるが、今確認できる記憶や感覚を総動員しても、レオンに関する事はいまいち琴線に引っ掛かるものがない。
顔が似ているとか、傷の形も場所も同じだとかで、あちらが勝手に親近感を持っているのかも知れない。
だとすれば、こんな事は考えるだけ無為なもののようにも思えるのだが、理由のない判らない好意と言うのは、なんとなく落ち着かなかった。
キッチンから戻って来たレオンの手には、サンドイッチを乗せた皿と、水の入ったグラス。
レオンはそれをソファの前のテーブルに置いた。
「スープとサラダもあるが」
「……良い。これで十分だ」
サンドイッチを手に取るスコールに、そうか、とレオンは言って、テーブルを挟んだ反対側のソファに座る。
黙々と食べるスコールを、レオンはソファのひじ掛けに寄り掛かって眺めていた。
判り易いその視線を、スコールは敢えて無視して、食事に集中する。
ハムと卵、レタスとチーズを、マヨネーズと一緒に挟んだサンドイッチは、空腹の胃には大層染みた。
胃袋がじわじわと満たされるに連れて、体が段々と重くなって来る。
帰還するまで張り詰めていた神経がようやく解け、休息を求めているのだろう。
食ったら部屋に帰って寝よう、とスコールが思っていると、
「戻ったぜー。誰かいるかあ?」
廊下の向こう、玄関の方から聞こえた声は、バッツのものだ。
それと続いて、少し不明瞭ではあったが、誰かと会話しているらしき声も聞こえたて、どうやらジタンも一緒にいるらしい。
「俺が見てこよう。スコールはゆっくり食べていると良い」
「……ん」
疲労感もあって、動かなくて済むのなら幸いと、スコールは顔を上げずにサンドイッチを頬張った。
レオンはソファから立って、廊下の方へと向かおうとするが、その前にはたと足を止める。
「スコール」
「……なんだよ」
「二人を連れて来る前に、付いているのを取った方が良いぞ」
そう言って自分の口元を指差すレオンに、スコールは顔を顰めた。
彼女の言わんとしている事は理解したので、手の甲で雑に口元を拭う。
意地汚いのは判っていたが、別に構うまいと、手に着いたマヨネーズを舐めていると、
「まだついてる」
そう言って屈んできたレオンに、スコールは反射的に体を退かせた。
が、レオンは構わず顔を近付け、スコールの口元をぺろりと舐める。
まるで、親猫が子猫の毛繕いをするように。
────距離の近さと、まるで当たり前のことのように触れて離れた感触に、スコールは目を丸くして固まった。
レオンはそんなスコールの様子に、くつりと笑って、今しがた触れたばかりの場所に指先を当て、柔らかく其処を拭ってやる。
「これで大丈夫だ。じゃあ、二人を呼んで来る」
そう言ってようやくソファを離れて行ったレオンの足取りは、いつもと変わらないもの。
ドアの開け閉めの音が鳴って、ようやくスコールが我に返った時には、彼女はもう扉の向こうに消えていたのだった。
つくづく意味が判らないと、また揶揄われた事に顔を顰めて、スコールは残っていたサンドイッチを口の中に捻じ込んだ。
空になった皿をキッチンのシンクに置いて、リビングに人が戻って来る前に其処を抜け出す。
背中にはしゃぐ仲間達の声が聞こえたが、スコールはその一切を無視して自分の部屋へと向かうのだった。
『レオンお姉さんに悪戯されるスコール』のリクエストを頂きました。
イタズラ……どこまでのイタズラ……!?と勝手に悶々としていた私です。
♀レオンと♂スコールの組み合わせは新鮮でした。
この後スコールはベッドでゴロゴロタイムですが、その内59が突撃してくるんだと思います。
なんやかやしてる内にどうでも良くなって、またレオンとも普通に接するんでしょうね。
そんな距離まで気を許している事について、スコール本人の自覚は無い。レオンの方は判っていて、年相応(なんならそれより幼い)の青臭い所も含めて可愛い可愛いしてる。