[ジェクレオ]ほろ酔いコンチェルト
今日は飲みになるだろうから、と言ったレオンに、おう、とジェクトは応えた。
対するジェクトはと言うと、今日は誰に誘われることもなかったし、自身も飲み歩こうと言う気分ではなかったので、家に帰って適当に残り物でも摘まむ事にした。
普段、ジェクトの食事管理を一任されているレオンであるが、毎日の全てをジェクトの為に捧げている訳ではない。
時には自分自身の時間も必要だし、またレオン独自の情報網として、同じマネージャー業を主とした業界界隈の付き合いを優先させる場合もある。
情報収集に関しては、結果としてはジェクトの為のものであるが、こうした方面での人脈作りと言うのは、レオン自身の信用性にも関わるものであるから、煩わしくない程度の付き合いは何にしても不可欠であるものだ。
そうやって飲み会などに呼ばれると、その日のジェクトの夕飯を作る人がいなくなる。
元々家事全般には少々面倒なきらいがあるので、こう言う時のジェクトは、一人で外食に出るのが殆どだった。
その中で、極々稀な確率で、外食も面倒だから帰って余り物で済ませてしまおう、と言う日がある。
今日が偶然、その日だった。
別段、其処に何か狙ったような意図はなかったのだが、
『もしもし、ジェクトさん?すみません、レオンを迎えに来て欲しいんですが……』
と、レオンの仕事用の携帯電話から、聞き慣れない声がそう伝えて来た時には、飲んでいなくて良かったなと思った。
此処にいますから、と伝えられた店までは、タクシーで二十分程度。
昼間はバスが通っている大通りの傍にある店で、スポーツ観戦も出来る大衆レストランだとかで、スポーツ関連のマネージャー界隈では有名な店だとか。
同じ職種の人間が集まるとなれば、様々な分野における情報収集にはうってつけで、レオンも偶に一人で外食する時には利用しているらしい。
水球選手としてスターであるジェクトが店に来たとあって、俄かに店内はざわめいた。
浮足立つ店員を一人捕まえ、此処にいるマネージャーを迎えに来たのだと言うと、既に迎えの話を聞いていたのか、三階へと通される。
上がってみれば奥の一室から賑やかな声が聞こえており、まだまだ宴もたけなわのようだ。
このタイミングで迎えに来て良かったのかと、水を差しはしないかと思いつつ中を覗いてみると、
「ああ、ジェクトさん。良かった、こっちです、こっち」
部屋の奥隅にいた若い青年が、ジェクトを見付けて手を振った。
ジェクトの到着に、酔っ払いたちの沸く声を素通りしつつ、こっちです、と呼ぶ方へ急ぐと、其処にはテーブルに突っ伏すようにして目を閉じている、見慣れた顔があった。
「こりゃ大分潰れてんな」
自分の酒量を理解しているレオンがこうなるのは珍しい───と呟くと、青年が弱り切った顔で言った。
なんでも、この食事の席に、一人大虎がいたのだとか。
普段は気の良い人なので、レオンも色々と宛てにしている人物なのだが、酒を飲むと人が変わる。
乱暴を振る舞うようなことがないのは幸いであるが、薦めた酒を飲まないといつまでも悪絡みをして離れてくれないのだ。
これに最近この業界に入って来たばかりの若い新人が捕まり、気の弱い性格でもあったものだから、薦められる酒を断ることも出来ずに泣き出しそうにしていたのを、レオンが見つけて庇ったらしい。
とにかく飲めば満足してくれるから、と杯を重ね続けた結果、件の人物が気を良く帰る頃には、レオンの方がすっかり酩酊していた。
彼らしいと言えば、らしい話だ。
だとしても、決して酒飲みとは言えないタイプであるレオンにとって、中々の無理をしたであろう事は想像に難くない。
「……無茶しやがって。おい、レオン、大丈夫か」
「さっきから何度も声をかけてるんですけど、起きなくて」
「仕方ねえなあ。荷物取ってくれ、このまま連れて帰るからよ」
心得ていたように、青年はレオンの鞄や上着をすぐに持ってきた。
ジェクトはくったりと力の抜けたレオンの躰をひょいと抱え上げ、荷物も受け取って、レオンの財布を鞄から取り出す。
レオンのことだから恐らくこれくらいだろう、と大雑把に見積もって青年に渡し、「じゃあな」と部屋を後にする。
大通りで改めてタクシーを捕まえ、自宅までの道を戻る間、レオンは目を覚まさなかった。
時折揺れに反応してか身動ぎする様子はあるものの、瞼は重く、体もぐんにゃりと弛緩しており、これは相当飲んだな、とジェクトも想像できた。
自分一人ならペースを乱さないレオンだが、人を庇うと自分を躊躇なく差し出す癖は直した方が良い、と何度言ってやったことか。
また説教だなと思いつつ、酒の席の失敗について、真面目な彼は必要以上に猛省するものだから、煩い小言は一つ二つで済ませてやるのが良いだろう。
そんな事を考えている間に、タクシーは自宅マンションの前に到着した。
チップ込みの支払いを済ませ、レオンを背中に負ぶってエントランスを潜る。
エレベーターの微妙な浮遊感が気に入らないのか、「んんぅ……」と不満げな声が耳元から聞こえていた。
自宅に着いて、一旦レオンを床へと降ろす。
壁に寄り掛かったレオンの足元から靴を脱がせ、もう一度抱えて寝室へと向かっていると、
「……ん……、……ジェクト……?」
「おう、起きたか」
名前を呼ぶ声に、ジェクトがちらりと横に目を遣れば、ぼんやりとした瞳が彷徨うように揺れながら此方を見ていた。
普段の凛とした意志の強さも翳り、何処か憂いを孕んだ揺らめきは、レオンが相当弱っている時くらいしか見られないものだ。
つまり、それだけ今のレオンは酒が回っていると言う事になる。
寝室に着いてベッドに降ろしてやろうとすると、する、とレオンの腕がジェクトの首へと絡み付く。
ぐっと力を入れてジェクトの頭を引き寄せようとするレオンは、まるで「離れたくない」と言っているかのようだ。
普段中々甘える仕草をしないレオンのそれは、中々に貴重なものではあるのだが、
「レオン、ちょいと放しな。服脱がせるからよ」
「ん?……ふふ」
諫めるジェクトであったが、レオンは機嫌が良さそうに笑った。
レオンはジェクトの首にぶら下がるような格好で、その逞しい首に抱き着いている。
流石に重いな、と首や肩にかかる青年一人分の重みに、それでも平気な顔で過ごしていると、
「……ん、」
徐に近付いて来た唇が、ジェクトの分厚いそれと重なる。
ちゅう、と下唇を吸われたかと思うと、ちろりと甘い舌がそこを舐めるので、ジェクトは俄かに口角が上がった。
「おいコラ」
「んちぅ、うぅん」
「んぐ、」
叱る声すら、レオンは唇で塞ぎに来る。
首に絡む腕はしっかりと力を込めていて、離れたくない、と言う所か、離さない、と言う意思があった。
体重を利用して拘束する力に、さしものジェクトも首の力だけでは抗えず、徐々に頭の位置が下がる。
これは抵抗するだけ無駄だと判断すると、ジェクトはレオンの脇を持ち上げながら、諸共にベッドの中心へと倒れ込んだ。
重いものが上に覆い被さっても、レオンはお構いなしでキスをしている。
引き結ばれたジェクトの唇の隙間を作ろうと、何度も舌がその間を舐め、つんつんと先端でノックした。
開けて、とねだる恋人の誘いに、しょうがねえなあとジェクトはその顎を捉え、大きな舌でべろりとレオンの唇を舐めてやる。
「んぁ、あむぅ……っ!」
もっと、とでもねだろうとしたか、レオンが口を開けたので、ジェクトは遠慮なく舌を捻じ込んだ。
直ぐに絡んで来るレオンの舌に、ジェクトもその気で応じてやる。
ちゅぷ、ちゅく、といやらしい音が耳の奥で鳴るのを聞きながら、ジェクトはたっぷりとレオンの咥内を貪り尽くしてやった。
じゅるじゅると唾液の交じり合う音が鳴るようになって、幾何か。
時間も忘れて貪り合っている内に、レオンの瞳はすっかり熱に浮かされ、白い頬はアルコールの所為だけではない理由で赤く火照っている。
身動ぎする足が誘うようにジェクトの腰に絡み付いて来るものだから、ジェクトもレオンの下腹部に自身の塊を押し当ててやった。
期待しているのだろう、レオンの瞳はうっとりと蕩け、首に絡む腕が嬉しそうにジェクトの項を擽る。
どれ程の時間が経ったか、忘れる程に互いに夢中になった後、ジェクトはゆっくりとレオンの唇を介抱した。
唾液でべっとりと濡れた唇は、つやつやと艶やかになり、ジェクトが散々吸った所為か、心なしかぽてりと膨らんでいるようにも見える。
其処の親指を当てて、指の腹で摩ってやると、はぁ、と熱ぼったり吐息が爪先を擽った。
「この酔っ払いめ」
「んん……酔ってない」
「お前が酔ってる以外でこんなやらしいキスしてくるかよ」
「……んむ、ぅ……」
くぷ、と唇に指先を入れてやると、レオンは抵抗なくそれを受け入れた。
唇を窄め、ちゅう、と啜ってくる。
普段、ジェクトを揶揄ように挑発に似た言動を見せることもあるレオンだが、それは基本的に戯れ程度のものだった。
根は真面目で理性的な性格であるレオンだから、明日の予定であったり、これからの準備であったりと、それを優先させる事が常である。
あまり挑発し過ぎると、その報いが全て自分に返って来るのも判っているから、必要以上───少なくともレオンにとっては───にジェクトを挑発する事もない。
ジェクトを本気で昂らせれば、明日の自分が死に体になるのが目に見えているからだ。
だが、酒の力と言うのは恐ろしいもので、平時のそんな抑制的な感情をすっぱり放り投げてしまうらしい。
赤い舌が濡れた唇の隙間から覗いて、ジェクトの指をちろりと舐めた。
明らかな誘いの仕草に、今夜は大人しく過ごすだろうと思っていたジェクトの熱も、むくむくと育って行く。
「お前、明日の事は良いのかよ?」
「んー……まあ、どっちでも?」
「加減してやんねえぞ」
「……ああ、良いな」
寧ろそっちの方がお望みだと、蒼の双眸が細められて笑む。
ジェクトの首を捕まえていた腕が解け、無精髭を蓄える頬を両手が包み込んだ。
ざりざりとした肌と髭の感触を楽しむように、レオンの指が滑って遊ぶ。
かと思っていたら、くっと引き寄せる力があって、逆らわずに従ってやれば、甘い唇がジェクトのそれにしっかりと重ねられた。
遊びたがるレオンの舌を受け入れて、咥内へと招いてやると、すぐに絡み付いて来る。
太いジェクトの舌を誘い出そうと一所懸命に舐めてくれるので、応じてやると、外に出て直ぐに吸い付かれた。
ならばともう一度、ジェクトの方からも彼の咥内へと侵入を深めると、レオンの肩がひくんと震えてるのが伝わる。
その肩を両手で強く抑え付け、ベッドシーツに縫い留めながら貪れば、レオンの喉奥からは甘ったるいくぐもった声が零れていく。
「ん、む、うぅん……ん、あ……っふ、ぅ……っ」
何度目になるかの深い深い口付け。
雄の本能を剥き出しにしていくジェクトのそれを、レオンはいつしか受け止める一方となっていた。
肉厚の舌に歯舌をなぞられてはぞくぞくとしたものが首の後ろを駆け抜けて、官能の始まりを告げる。
レオンの肩を抑える手が離れ、するりと上着の隙間からその中へと滑り込んだ時だった。
息苦しさにか、快感の兆候にか、目を閉じ寄せられていた眉間の皺が、いつの間にか解けている。
夢中でキスに応じていた舌の動きもぱたりと止まり、ジェクトの頬に添えられていた手は、シーツの波の中に落ちていた。
今正にアクセルを踏もうとしていた所だったジェクトだが、唇を離して見下ろした青年の顔を見て、やれやれ、と溜息を吐く。
「……だと思ったぜ」
「…………」
すー、すー、と微かに聞こえる規則正しい寝息。
目一杯に抱き着いてジェクトを求めようとしていた体は、足の爪先まで完全に緩んでいる。
年齢の割に子供っぽさが抜けない寝顔の恋人に、ジェクトは触れたばかりの手を離すしかない。
覆い被さっていた体を起こし、隣に胡坐をかいて、眠る青年を見下ろす。
「散々誘っといて、お預けかよ。本当に性悪だな、お前」
反論がないのを良いことに、ジェクトはレオンの高い鼻先を摘まみながら言った。
すっかり準備が出来た状態の自身の有様に、どうしてくれるんだよと嘯いた所で、返って来るのは健やかな寝息だけ。
起きていた所で、自分で頑張ってくれ、などと一件素っ気ない反応が返って来るのは予想できる。
やれやれ、とジェクトはもう一度溜息を吐いてやって、気を取り直した。
乱れ始めていたレオンの上着とワイシャツを手早く脱がせ、ボトムも楽にさせてやり、ベッドの中にきちんと納めてやる。
色々と持ち上がってしまった衝動は、寝潰れた酔っ払いにぶつけて良いものではあるまい。
それより、明後日は休みが取れていた筈だから、レオンに今夜の責任を取って貰うのは、明日の夜でも十分釣りがくるだろう。
ジェクトは、すやすやと眠る恋人の頭をくしゃくしゃと撫でて、
「明日は寝かせてやらねえからな」
眠る恋人が覚えている筈もなかろうに、宣言するように囁いて、にやりと笑うのであった。
10月8日と言う事で、ジェクレオ。
球選手×マネージャーばっかり書いているなあ。楽しいです。
偶にはレオンの方からその気満々のお誘いを。
しかし酔っ払っているので、持ち上げるだけ持ち上げておいて寝落ちです。
どうしてくれるんだと思ったりもするけど、大人なのでちゃんと弁えつつ、後でちゃんと責任は取って貰うつもりのジェクトでした。