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2020年08月

[ウォルスコ]スリーピング・ハピネス

  • 2020/08/08 22:00
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仕事を終え、退社したのが午後8時────普段のウォーリアの生活を思えば、格段に早い時間だ。

昨今は何かとコンプライアンスだなんだと姦しい所があり、ウォーリアの勤務先でも勤務形態について色々とメスを入れている事もあって、世間的にはホワイト企業と言っても良いのだろうが、実情としては少々歪みも少なくない。
規定とされる退社時間を大幅に遅れる事は珍しくなく、一応その際の残業代は出てはいるのでマシと言えばマシではあるのだが、根本的な人員不足であるとか、それに連なる後進の育成等については、それ程明るくはなかった。
ただ現状として、回す仕事は折々にトラブルが起こりつつも回せているし、現場の雰囲気も決して悪くはない。
そのお陰で、ストレス等で仕事を辞める者や、ふつりと連絡を途絶えさせ消えてしまう者がいないのは、幸いだと言えるだろう。

ウォーリア同様に帰宅の途に向かう人々で鮨詰めになっている電車を乗り継ぎ、少し閑散とした駅で降りる。
小綺麗なマンションビルが立ち並ぶ区が、ウォーリアが住んでいる場所だ。
都心のベッドタウンと評判の良い其処は、利便性も治安も良く、家族で暮らしている者が多い。
ウォーリアのように独り身の男が暮らす場所としては少々値が張るのだが、それでもウォーリアはこの場所に住もうと思い、それまで住んでいたアパートを引き払って引っ越したほどだ。
基本的にウォーリアは住めば都と言うもので、余り生活環境に拘りはないタイプだったのだが、今は違う。
日々を共にする大切なパートナーがいるから、彼の為にも、安心して暮らせる環境と言うのは必須だったのだ。

駅からそう遠くはない場所に聳えるタワーマンションの中層が、ウォーリアの家である。
セキュリティとしては高層が欲しい所ではあったのだが、余りにも高い場所と言うのは、移動に色々不便も出るし、最近は自然災害の備えとしても極端な高層階は好まれない。
程好く高く、程好く地面と距離がある、その位置が人気なのだそうだ。
ウォーリアが引越し先を探していた時、運良くこの物件が空いており、余り内覧もしない内に、地理と金額だけを確認して滑り込んだ。
お陰で引越してから存外と広い───何せ1フロアに対して4世帯しかない───と知ったのだが、ウォーリアは余り気にしなかった。
寧ろパートナーである少年の方が、こんな場所でこんな広さで、家賃はとんでもないんじゃないかと青くなっていた位だ。
同居するに辺り、家賃や光熱費と言った生活に掛かる出費は、社会人であるウォーリアが受け持つ事に決めていた(彼は大分嫌がったが)から、彼にとってはウォーリアにとんでもなく負担をかけると思ったのだろう。
だが、部屋を決めたのはウォーリアだ。
この場所なら彼も安心して生活できるし、日々の登校の距離や時間にも無理はないだろうと、ウォーリアが決めて選んだ。
君と此処で暮らしたい、と正直な気持ちを告げると、彼は真っ赤になって、もう契約してしまったのだし仕方がない、と自分に言い聞かせるように言って、自分の荷物を運びこんでいた。

その少年が待つ家。
ウォーリアは仕事を終えると、何処に寄り道する事もなく、真っ直ぐに帰路を進む。
少しでも早く家に着けば、朝に弱い体質の為、早めに就寝準備をする少年が眠る前に帰る事が出来るからだ。
お陰でマンションの玄関ロビーに着いた時には、時刻はまだ8時半を過ぎた所だった。
今なら課題をしているか、それも終わらせてテレビをのんびりと見ているか、そんな頃だろう。

────そう予想していたウォーリアがリビングダイニングの扉を開けると、果たして其処に彼はいた。
ウォーリアの日々の生活のパートナーであり、最愛の少年、スコール。
彼はダイニングテーブルに突っ伏して、教科書やノートを下敷きにして、すぅすぅと寝息を立てていた。


「……スコール」


そっと名前を呼びながら近付いてみるが、スコールは目を覚まさない。
部屋の奥では、音量を心持ち搾ったテレビが点いており、何かの情報バラエティ番組が流れていた。

どちらかと言えば、人の気配には敏感なスコールである。
ウォーリアの帰宅の音は勿論、テレビも点けっぱなしで眠ると言うのは、非常に珍しい事だ。
学校で疲れていたのだろうか、と眠る少年の目元にかかる前髪をそっと払いながら覗き込む。
健やかな寝息を零す恋人の顔は穏やかなもので、その事のウォーリアはひっそりと安堵した。


(起こしてしまうのは可哀想だ)


スコールは今年で高校二年生になり、学校では生徒会に所属したと言う。
嘗てのウォーリアの母校に進学した彼は、来年の生徒会長候補と周囲から思われており、日々色々な雑務に振り回されている。
ウォーリアも母校の生徒会に所属していたから、教員から回されてくる日々の雑務に、生徒会としての他生徒の模範になる行動活動にと、忙しくしたものである。
家に持ち帰って頒布物の制作をしていた事も多く、スコールもその例に漏れずにやる事が多い。
こうしてゆっくり休む暇と言うのも中々難しいもので、特に真面目な性格も相俟って、スコールはキャパシティ限界まで気を張り詰めてしまう所があった。

そんなスコールの穏やかな寝顔を壊してしまうのも忍びなくて、ウォーリアは彼を起こさない様に、そうっと体を抱き上げた。
横抱きにしてゆっくりと持ち上げてやると、かくん、と頭が揺れて、ウォーリアの胸に預けられる。


「んぅ……」


零れる声に、起こしてしまうだろうか、と少しの間固まった。
スコールはむずがるように唸りに似た声を漏らしつつ、もそもそとウォーリアの腕の中で身動ぎする。
その内に収まりの良い場所を見付けたか、ひたりと静かになって、


「……うぉる……」


ぽろ、と零れたのは、帰りの遅い恋人を呼ぶ声。
無防備に緩んだ唇が、その名を紡ぐのを聞いた瞬間、ウォーリアの胸の内で心臓が拍を打つ。
ああ、と何とも言えない充足感がウォーリアを満たして行った。

すぅすぅと健やかな寝息を再開させたスコールを、ウォーリアはソファへと横にした。
体を離す間際、スコールの手が駄々を捏ねるようにウォーリアの上着の端を摘まむ。
やだ、と離れる体温を追い駆けるその仕草に、ウォーリアの口元が緩むが、流石に空きっ腹が辛かった。
リビングに入った時から、キッチンから漂ってくるスパイスの香りもあり、スコールが作ってくれた夕飯で早く胃を満たしたい。
すまないな、と詫びる気持ちでスコールの眦にキスを落とすと、心なしかスコールの口元がふにゃりと緩んで、上着を摘まんでいてた指も解けていった。

キッチンに入ると、鍋とフライパンにそれぞれ料理が出来上がっており、傍らには空の皿。
きっとウォーリアが帰ってきたら、温め直して皿に装うつもりだったのだろう。
この程度なら自分でも、とウォーリアは鍋に弱火を点け、フライパンの炒め物は皿に盛って電子レンジに入れた。
電子レンジが温め終了の合図を出すまで、ゆるゆると鍋の中を掻き回しながら温める。
程なく夕飯の準備は整い、ウォーリアはリビングダイニングへと戻る。

スコールはまだ眠っていた。
その寝顔が見える位置に座って、ウォーリアは食事を始める。
ふと対岸に置かれたままのノートと教科書に目が行くと、並ぶ数式の傍らに、小さな猫が落書きされていた。


(やはり、疲れていたのだろうな)


スコールが勉強中に気を散らす事は少ない。
雑音があるのも好まないので、勉強をしながらテレビを見ると言う習慣もない筈だ。
そんなスコールが、ノートを開きながらテレビを点けて、そのまま居眠りをすると言うのは、一緒に暮らし始めてから初めて見る光景だった。

やはり、起こさなくて良かったのだと、ウォーリアは一人納得する。
帰宅した時、おかえり、と返してくれる声がなかったのは少し寂しかったが、ウォーリアはスコールが無理をする事を望んでいない。
休める時にはしっかり休むべきだと、それが彼の為であると判っている。


(それに……こうして明るい中で君の寝顔を見ると言うのも、悪くない)


テーブルの向こう、ソファで眠るスコール。
その顔は眉間の皺が消え、緩く唇が開いている所為か、とてもあどけない。
普段の大人びた雰囲気もすっかり消えているから、年齢よりも更に幼い印象を滲ませていた。

一緒に暮らすようになってから、二人の寝室は共用にした。
だからベッドで彼の寝顔を見る事は多いのだが、大抵、先に眠っている彼を起こさないよう、ウォーリアは寝室の電気は点けないようにしている。
この為、煌々とした明るい中で恋人の寝顔を見ると言うのは、こんな機会でもなければ出来ない事だった。

恋人の寝顔を眺めている内に、時間は過ぎていく。
作業的に行っていた食事も終えて、ウォーリアは食器をキッチンへ運び、片付けを済ませた。
鍋やフライパンに残ったままの料理は、家事全般を預かるスコールに任せた方が良いだろうと、触らずにキッチンを出る。

腹が満たされ、いつもなら風呂へと向かう流れだったが、ウォーリアはソファに近付いて膝を折った。
眠るスコールは猫のように体を丸めている。
これは寒い訳ではなくて、寝ている時のスコールの癖だった。
長い手足を縮こまらせていると、それなりに身長がある筈のスコールが、まるで小さく見えるから不思議だ。
長い前髪のかかった目元をそっと撫でると、柔らかな髪の毛が指の隙間からするすると滑り落ちる。
昨晩も触れたその柔らかさに、ウォーリアが目を細めていると、


「んん……」


小さくむずがる声の後、眉間の皺がきゅう……と寄せられる。
眩しさを嫌うように、スコールはソファに顔を伏せ、ぐりぐりとクッションに額を押し付けた。
それからもう一度「んぅ……」と唸って、長い睫毛がふるりと震える。


「……ふぁ……?」


ゆっくりと目を開けて、寝惚けていると判る声が漏れる。
スコールはクッションの端をにぎにぎと感触を確かめるように握って、ふぁああ、と欠伸をした。

横になった格好のまま、スコールはしばらくの間、ぼんやりとしていた。
寝起きからのスイッチの切り替えが遅い彼は、目覚めてしばらくはいつもこの状態だ。
それから緩やかな時間をかけて、意識が覚醒方向へと向かい始める。

虚空を見詰めていた蒼灰色の瞳が、一回、二回と瞬きをした後で、傍らの気配───ウォーリアの存在に気付いた。
蒼がゆらゆらと揺れる光を湛えながら、ウォーリアへと向けられて、


「……うぉる……?」
「ああ。少し前に帰った。ただいま、スコール」
「…ん……おかえり……」


帰宅の挨拶をしたウォーリアに、スコールも挨拶を返す。
その唇が柔らかな笑みを象っているのを見て、ウォーリアはまた胸の奥が喜びに満たされる。

スコールが猫手で目を擦りながら起き上がる。
ふあ、ともう一度欠伸をして、眩しげにぱちぱちと瞬きを繰り返してから、やっとスコールの稼働スイッチが入り始める。
短い時間ではあるのだろうが、最初は椅子で、次はソファで丸くなっていたものだから、彼の体は固くなっていた。
ぐぐ、と腕を頭上に伸ばして伸びをしながら、スコールは辺りを見回し、此処が寝室ではない事に気付く。
追って、自分が勉強中に寝落ちていたと思い出したようだった。
時計を見れば9時半で、いつものウォーリアの帰宅時間に比べると随分と早いと理解して、


「今日は早いな。飯、直ぐ用意するから───」
「ありがとう。だが、夕飯ならついさっき食べ終わった所だ」
「そうなのか。……起こせば良かったのに」


自分が寝ている間にウォーリアが帰宅し、自分で食事の準備を済ませ、片付けも終わらせた。
同居に当たり、家賃等の金銭的な所はどうしても甘えねばならない代わりに、家事全般を引き受ける事で落とし所としたスコールにとって、意図せずもサボってしまった事が少々引っ掛かったらしい。
心なしか拗ねたような、それも自分に向かって怒っているような表情に、ウォーリアは眉尻を下げて微笑む。


「よく眠っているようだった。だから、起こさない方が良いだろうと思ったんだ」
「……悪い。気を遣わせた」
「いや」


詫びるスコールに、ウォーリアは首を横に振った。


「とても良いものが見れた。だから、私は満足している」
「良い物?」


ウォーリアの言葉に首を傾げつつ、スコールの視線は点けっぱなしのテレビへ。
眠る前に眺めていたクイズ番組はとっくの昔に終わっていて、今はニュースの時間だ。

何か面白い物でもやってたか、と尋ねるスコールに、ウォーリアはいや、と首を横に振った。
スコールは益々首を傾げたが、ウォーリアは緩やかな笑みを浮かべて、スコールの貌を見詰めるばかり。
そうしていると、真っ直ぐに射貫くアイスブルーの瞳が───好きなのだが───苦手なスコールは、無性に落ち着かない気分になって、逃げるように視線を逸らす。

ウォーリアは、じっとスコールの貌を、その瞳を見詰めていた。
言葉を探す事を苦手としている口の代わりに、スコールの瞳はとてもお喋りだ。
今は、ウォーリアに見つめられて恥ずかしい、と言う気持ちがありありと浮かんでおり、けれども時折ウォーリアをちらりと盗み見て、また頬を赤くする。


まだ幾何かの睡魔が残っているのだろう、スコールが目を擦って欠伸をする。
ウォーリアはその手をやんわりと握ると、薄らと水膜の浮かんだ眦にキスをした。

ぱちり、と驚いたように見開かれた眼が瞬きを一つ。
それから、何をされたのか理解して、顔が首から耳から赤くなり、沸騰する。
眠っている時には見られなかったその様相に、やはりこの反応も悪くない、とウォーリアは何度目かの満足感に浸るのだった。





『ウォルスコの甘々』でリクエストを頂きました。

スコールは寝ていると素直に甘えて来るので、可愛いと思っているウォーリア。
でも起きているとそれはそれで可愛い反応をしてくれるので、それもそれで好きなのでした。

[セフィレオ]いつもと違う日の終わりに

  • 2020/08/08 21:55
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[平日、とあるアンティークカフェにて][非日常空間の日常]の続き






何年ぶりかに足を運んだ水族館は、思いの外、大人二人を満足させてくれた。
客の趣向を凝らした展示の仕方や、子供だけでなく大人も興味を惹くような触れ合いコーナー等、よくよく観察すると中々面白い。
展示された動物の生態に則った水槽の形、水底のような深い広さを感じさせる背景の色や岩場の設置、視線誘導の動線────各所に配置されたスタッフの、年齢層に合わせた解説の仕方など、人を飽きさせない工夫が随所に施されている。
顧客の満足度が高いのも頷ける、と言うセフィロスに、全くだとレオンも頷いた。

一頻り水族館を見回った後は、フードコートで休憩した。
交わされた雑談にレオンは笑みを交えながら、折角こんな所に来たのだから、何か土産でもないかと思い始めていた。
そう考えたレオンの頭にあったのは、歳の離れた弟の顔だ。
誰が何処其処に行ったなんて話は、弟の興味には触れないだろうとは思うが、折角なので報告次いでに渡せるものでもあれば良い。
そんな気持ちで、弟向けの土産を買いに行きたいと言うと、セフィロスは快く付き合ってくれた。

都会の真ん中にある巨大な複合型施設のビルの屋上に、水族館は設置されている。
それ以下のフロアは、上層は会議として借りられる部屋がありつつ、他にもイベント事が催される際に利用されるホールもあった。
幾つかのフロアには、広さとしては小規模ながら、観客席のある劇場も入っている。
そして中層から下層にかけては様々なテナントが入る商業フロアとなっており、此処に水族館の客向けの土産物屋も加わっていた。
水族館内にも土産物屋はあるが、此方は家族連れ等で混雑している事も多く、それを厭った客や、もっとマニアックに海洋生物を好む客向けの商品が置かれている。

レオンは其処で、アザラシのぬいぐるみを買った。
50cmのビッグサイズのぬいぐるみを、大の大人が買うのは少々恥ずかしかったが、土産なのだから良いだろうと思った。
高校生の弟がこんなものを貰っても困惑するだけだろう───とは思うのだが、どうにも手触りが良くて気に入ったのだ。
弟もきっとこの手触りは好きだろうから、何かとストレスを溜め勝ちなあの子の癒しになれば良い。
ついでに目に付いたスノードームを買って、部屋の何処かに飾ってみる事にした。
こっちを渡した方が弟は素直に喜ぶんじゃないか、とセフィロスは言ったが、さてどうだろう、とレオンは苦笑いする。
実用物ではないだけに、どちらを渡しても、弟は先ず微妙な顔をするだろう。
幅を取らない分、ひょっとしたらスノードームの方がマシかも知れないが、彼には是非ともふかふかとしたアザラシのぬいぐるみの感触を味わって貰いたかった。

レオンとセフィロスがこの複合施設のビルにプライベートで入ったのは、今日が初めての事だった。
仕事で来る時には、専ら上層の会議フロアの他、昼食の為に予約していた飲食店フロア以外は利用する事がないので、折角だからと店舗フロアも見回ってみる事にする。
多くは女性客にターゲットを絞ったブティックが占めていたが、男性向けのフロアもあった。
同僚であり友人であるザックスやクラウドが好みそうな店もあり、来ているかも知れないな、と思ったが、特に見知った影と逢う事は、最後までなかった。

広さもあり、店舗の種類もありと、そんな中を一通り見て回ると、流石に疲れた。
折角だからと遊びに来る弟が好みそうな服やらアクセサリーやらを購入した事で、レオンの荷物は増えている。
ぬいぐるみ然り、中々に嵩張っているので、何処かのロッカーボックスにでも預けるか、或いは帰るかと言う選択肢になった。
普段ならこんなに歩き回る事などしないから、そう言う意味では十分に休日を満喫したと言える。
となると、今度はゆっくり休みたいかな、と言うレオンに、では帰るとしよう、と二人はビルを後にする。
太陽が西へと大きく傾く時間帯だった。

恐らくこのままセフィロスはうちに泊まる事になるだろうと、レオンは駅から最寄のスーパーで二人分の食料を買い込んだ。
食材で手が埋まるレオンに代わり、土産等の荷物はセフィロスが持つ。
その帰路の間、セフィロスがあのふわふわもこもことしたアザラシのぬいぐるみを抱えているのだと思うと、レオンは無性に面白くて堪らなかった。

家に着くと、レオンは一心地ついた後、夕飯を作り始めた。

窓から差し込む光は、オレンジ色に染まって熱を帯び、都会のコンクリートジャングルは沢山の影が落ちている筈なのに、気温は一向に下がる様子を見せない。
この時間まで外を歩き回らなくて良かった、と言うのが二人の正直な気持ちである。
何せ、帰ろうと決まってから、ビルから駅へと向かう道すがらだけで、汗が止まらない程に暑かったのだ。
その汗が染み込んで気持ちは良くないだろうと、レオンにシャワーを使って良いと言われたので、セフィロスも遠慮せず汗を流させて貰った。
その間にレオンは手際良く夕食を作り終え、食卓の準備を整える。

珍しく歩き回った所為だろうか、普段のレオンを思えば少々ボリュームの多い夕飯でも、二人は容易く平らげた。
どうにもそれだけでは足りないような気もして、レオンは酒と摘まみを用意する。
珍しいなと言ったセフィロスに、今日一日のテンションに乗せられてるんだと言えば、セフィロスはくつくつと笑った。
あちらも大分、浮かれた気分のようだと、その表情でレオンは覚った。


「……偶には良いな、こんな休みも」


グラスに注いだ一杯目のワインを飲み切って、レオンは天上を仰ぎながら言った。
背中をローソファの背凭れに乗せて、体の力を緩めているレオン。
何処か無防備さを曝け出しているように見えるのは、セフィロスの気の所為ではないだろう。
元々アルコールに強くはない体質に加え、歩き回った心地の良い疲れもあり、今日は回るのが早いかも知れない。
だが、セフィロスはグラスに二杯目を注ぐレオンを止めはせず、自身もいつもよりも少しペースの早いリズムでグラスを傾ける。


「満足しているなら結構だ。此方も連れ出した甲斐がある」
「ああ、感謝してる。久しぶりに羽を伸ばした気分だ。少し羽目を外し過ぎてる気もするが」
「この程度で羽目が外れているのなら、ザックス達は年中外れっ放しだぞ」
「あいつらは、ほら。若いから」


老成じみた事を冗談に交えつつ、レオンは摘まみに手を伸ばす。
チーズと生ハムを乗せた一口サイズのクラッカーを齧って、またワインに口を付けた。

今日一日の出来事を振り返り雑談を交わす二人の横では、見ているのか判らないテレビが喋り続けている。
バラエティのゴールデンタイムとあって、芸能人が賑々しくしていたが、二人はあまり見ていなかった。
その内に番組が一つ終わり、次の番組が始まって、其処に見覚えのある紺碧色が映ったのが二人の興味を引いた。


「ん。あれは今日の───」
「そのようだ」


レオンがテレビに視線を向ければ、セフィロスも画面に映し出されたスポットを確認した。
番組趣旨はこの夏に注目されているスポットを紹介する、と言うもので、水族館をピックアップしている。
普段なら大して興味もなく聞き流している内容だったが、見覚えのある場所が映ると、不思議と興味が惹かれた。

スタッフのオススメや、客に人気のショーなど、沢山の注目ポイントが紹介されていく。
きっとこの番組を見て、明日も沢山の客が水族館を訪れるのだろう。
夏休みとあって一層混雑するであろうことを想像し、今日の内に行けて良かったな、とレオンは思った。

華やかなショーの様子を流すテレビをじっと見ていると、隣の男が言った。


「見ておけば良かったか?」
「ん?……いや、まあ、余り気にはならないかな。見れば面白かったんだろうけど」


ショーに行くか行かないかと言う話をしていた事を思い出し、レオンは改めて、どちらでも良かったと言った。
言葉の通り、見ればそれなりに楽しんだとは思うが、どうしても見たいと言う程興味は惹かれない。
やはりレオンは、並べられた展示をのんびりと自分のペースで見る方が性に合っているのだろう。
そう答えたレオンに、セフィロスは肩を竦め、「俺もだ」と言った。

映像は次のVTRへと移り、水族館内のオススメ撮影スポットを紹介していた。
そのスポットで、カメラや携帯電話を使い、子供の記念写真や友人とのグループショットを撮影する様子が映される。
それを眺めつつ、そう言えば、とレオンはセフィロスの方を見て、


「写真は撮らなかったな」
「ああ。撮りたかったのか?」
「いや、そういう訳でもないんだが」


テレビで言っているからとレオンが言うと、セフィロスの視線がレオンへ向けられ、またテレビへと戻される。
テレビには自撮り棒に携帯電話を固定し、友達とのツーショット撮影をする女子高生の姿。
レオンは、顔を近付けあい、ピースサインをした写真をカメラに見せる若者の様子に、弟の友人から送られてくるメール画像を思い出す。
嫌々そうな顔をしつつも、友人にねだられて仕方がなさそうにレンズを見上げる弟の顔を思い出し、若者ならば今は当たり前の光景なのかも知れないと思っていると、


「試してみるか」
「何を」
「写真だ」
「カメラなんてうちにないぞ」
「携帯で十分だろう」


唐突なセフィロスの言葉に、レオンは目を丸くした。
ぽかんとしている間にセフィロスは自分の携帯電話を取り出し、カメラ機能を起動させた。
が、滅多にそんな機能を使わない所為だろう、アプリケーションを起動させたまま、セフィロスは首を傾げる。


「……よく判らん」
「くっ」


携帯電話を裏表返して眉根を寄せるセフィロスに、レオンは我慢できずに吹き出した。
くくく、と喉を震わせるレオンに、セフィロスは諦めた様子の溜息を漏らし、


「お前は判るか?」
「あんたよりは」
「任せた」


携帯電話を手渡されて、人のはよく判らないんだが、と思いつつ、取り敢えず触ってみる。
基本の機能はそう変わりはしないだろうと、内向きレンズに切り替わりそうな場所をタッチした。
一瞬画面が暗転した後、自分の顔が映り、これで良いと腕を伸ばしてレンズとの距離を測る。

携帯電話を寄せて離してと繰り返してみるレオンだが、何をどうすれば良いショットが撮れるのかは判らない。
しかし、弟が幼い頃には、父を交えて三人で一つのカメラに収まっていた事もあった。
その頃を思い出し、レオンは隣に座るセフィロスへと体を寄せて、


「セフィロス、もうちょっと顔を寄せてくれ」
「こうか」
「…もうちょっと」
「む」
「もう少し……ああ、いや、携帯を横にすれば良いのか。これなら」


縦に持っていた携帯電話を横向きにして、レオンは液晶画面を確かめる。
なんとか二人の顔が画面に収まった所で、レオンはアプリの撮影ボタンを押した。
カシャ、と音が鳴って、撮影後プレビューが三秒ほど映ってから、元の画面へと戻る。

これで良いかな、とレオンが右隅に映っている撮影記録の画像を触ると、それが拡大表示された。


「うん、まあ上手く撮れたか」
「…こう言うのが良いのか」
「そうらしい」


触れそうな程に顔を近付け合い、一枚の写真に半ば無理やり収まっているような画。
それをじっと二対の瞳が見詰めて、ふっとレオンの口元に笑みが浮かぶ。
くすくすと笑い出したレオンに、セフィロスがどうしたと無言で目を向ければ、存外とその笑う顔が近い事に気付いた。


「駄目だ、可笑しい。あんたとこんな事してるのが」
「そう笑う程にか」
「ああ。弟やその友達とはやる事もあるが、まさかあんたとなんて」


一つも想像していなかったと言うレオンに、セフィロスは此方も同じだと思う。
ザックスやクラウドと稀に出掛けた時、彼等がノリで携帯電話のカメラを構えても、セフィロスは大して気にしていなかった。
気の良い友人同士である彼等が、妙なノリで撮影会を始めても、セフィロスは我関せずである。
いつの間にか隠し撮りされていても気にしない程なので、思い付きであろうと、自分から「撮ってみるか」等と言う事があろうとは、思ってもみなかった。

アルコールが入っている所為で気持ちも緩んでいるのだろう、レオンはしばらく笑っていた。
随分と時間が経った後でようやく落ち着き、返すよ、と携帯電話をセフィロスに差し出す。
それを受け取って、セフィロスがもう一度カメラ機能を立ち上げると、レンズが此方を向いたままだった。
見慣れた自分の顔と、その横で肩に頭を乗せている、心持ち顔の赤い男を見て、


「もう一枚だ、レオン」
「また撮るのか?」
「ああ」
「…まあ、良いか」


強請るセフィロスに、珍しい事もあると思いつつ、レオンはまた携帯電話を受け取る。
先と同じ位置にカメラを構えて、親指で撮影ボタンを押そうとした瞬間、


「────んっ?!」


後頭部に添えられた手で、ぐいっと顔の向きを変えさせられたと思ったら、呼吸を塞がれる。
カシャ、と言う音が鳴った後、携帯電話がレオンの手から零れ落ちた。

ローソファのクッションの上に落ちた携帯電話の液晶には、唇を重ねた二人の顔が映っている。
後で見てから何か言い出すかも知れないとは思ったが、セフィロスは気にしなかった。
柔らかい唇を堪能し、まだ汗の匂いを残す体を押し倒せば、抗議するように髪を引っ張られるが、舌を舐れば直ぐに解けて行った。

堪能した唇をゆっくりと離すと、熱の灯った蒼が見上げて来る。
結局疲れさせる流れになるなと思いつつ、潤んだ唇をもう一度吸った。





『セフィレオ』のリクエストを頂きました。
シチュお任せと頂きましたので、調子に乗って書きたかった水族館デートのその後の二人です。

一日デートを満喫した模様。
自撮りツーショとか撮らなさそうなので、酔った勢いにチャレンジさせてみる。
セフィロスが偶に謎のチャレンジ精神を発揮するので、レオンも飽きないようです。

[ラグ&スコ]その祈りを叶えたら

  • 2020/08/08 21:50
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あんたは馬鹿なのか、と言われた時、そう言われるのも無理はないと思った。
だからその言葉に対して怒る事はなかったし、受け止めるべきだろうとも。

見舞に行った所で、スコールが喜ばない事は判っていた。
自分がしようとした事の意味も、それで彼が何を思っているのかも想像できたから、雷が落ちるだろうとも思っていた。
だが、それでも自分が間違った事をしたとは、ラグナは思わなかった。
あの時、ラグナの体は反射的に動いていたのだ。
脳からの命令を待つ時間もなく、気付いた瞬間、守らなければとその為に全身の筋肉が動いた。
彼を───スコールを守らなくてはと、そう思ったから。

だが結果として、その所為でスコールは余計な傷を負った事も事実だ。
ラグナが彼を庇おうとした為に、スコールはそれを強引に庇って背に傷を受けた。
あの数瞬で、それが一番良い事だと、他に選べる選択肢がないと、即座に判断した彼の思考は、“護衛”として正しかったのだろう。
本当なら、傷を負わない様に、負わざるを得ないとしてももっと最小限に抑える事が出来たものを、彼は無防備に背中を晒す事になった。
その原因は間違いなく、ラグナの行動にある。

だが、スコールが怒っているのは、ラグナの所為で自分が計算外の負傷をした事ではない。
“自分を庇おうとしたラグナ”に、彼は心底から憤っているのだ。

無防備に晒す事になった背中に負った傷は、深くはないと本人は言ったが、範囲が広い所為で出血が酷かった。
キロスに促され、ウォードに半ば強引に病院に連れていかれて、ようやく彼はきちんとした治療を受けてくれた。
事の後に回復魔法で治療を施していたので、言葉通り傷は浅く済み、三日ほど様子を見て何事もなければ直ぐに退院できるそうだ。
それでも一端は護衛の任から離れざるを得ない為、バラムガーデンには報告を入れ、代わりの者を派遣する手筈が整えられている。

その日の夜、大統領としての仕事を終えて、ラグナは病院に向かった。
本来の面会時間などとうに過ぎてはいたが、病院スタッフは快くラグナを迎え、病室へと通してくれた。
そして目にしたのは、ベッドの上で痛々しい包帯に上体を包まれたスコールの姿だ。
傭兵と言う職業に就いているのだから、怪我など彼にとっては当たり前のものなのだろうが、それでも傷付いた彼の姿と言うのは、ラグナに痛い棘を突き立てる。
今回は自分の所為でそんな有様にさせたのだから、尚更。

詫びてどうにもなる事ではなかったが、ラグナは一言は言わねばならないだろうと思っていた。
それは、自分の心に刺さった罪悪感と言う棘を抜く為、贖罪の真似事をしようとしたのかも知れない。
だが、スコールはラグナがそれを口にする前に、言った。


「あんたは馬鹿なのか」


俯き、此方を見ずにそう言ったスコールの声は、明らかに怒っていた。
ベッドシーツを握る手は、白む程に力が籠り、ひょっとした声を荒げたい気持ちもあったのかも知れない。
それ位に、スコールは怒りに震えていたのだ。

スコールの言葉にラグナが返すものを探している間に、彼は顔を上げた。
吊り上げた眦がラグナを睨み、そんな風に蒼を向けられた事がなかったラグナは、一瞬、その鋭さに息を飲んだ。


「あんた、俺を庇おうとしただろう」
「うん───あ、その、えーと」
「馬鹿なのか。俺が何の為にあんたと一緒にいると思ってるんだ?」


反射的に正直に頷いてしまってから、益々スコールの貌が険しくなるのを見て、しまった、とラグナは思った。
直ぐにスコールはもう一度棘を刺してきて、ラグナは胸の内の痛みに、弱ったなと俯くしかない。


「俺はあんたを護衛する為に此処にいる。それなのに、あんたが俺を庇ってどうする」


本末転倒だと言うスコールの指摘は正しい。
ラグナは、バラムガーデンに対し、スコールを指名して『大統領の終日護衛』の依頼を出している。
スコールはその任を受けてラグナの傍に身を置いているのであって、いつ如何なる時も、ラグナの無事を優先する為に行動する事を義務付けられていた。
そんな立場にいるスコールを、守られるべき立場である筈のラグナが庇っては、護衛として傍にいる意味がない。


「それは、そのう。悪かったよ。なんか、勝手に体が動いちまって」
「……」
「スコールならなんとか出来るって、信用してなかったとか、そう言うつもりはないんだ。でも、その───無意識にって言うか。あっ不味い、って思ったら、つい」
「不味いと思ったのなら、あんたは俺を盾にするべきだ。護衛対象が、護衛の兵の前に出たら意味がない」
「………」


これもスコールが正しい。
ラグナはエスタの大統領で、スコールはそんなラグナに雇われた護衛だ。
緊急事態に置いて、ラグナが優先するべきは自己の保存であり、護衛兵を守る事ではない。

俯くラグナを見詰めた後、スコールは大きく溜息を吐いた。
包帯の巻かれた上体を庇いながら、ベッドヘッドに背を預け、ゆっくりと体の力を抜く───その様子が「呆れた」と言っているように見える。
事実、スコールにしてみれば、そう言う気分なのだろう。


「…もう良い。俺が油断したのが原因なんだ」
「……悪かったよ、スコール」
「だから、もう良いと言った。でも、次はちゃんと後ろにいてくれ。俺の事なんか庇うな」
「………」
「俺はSeeDで、傭兵だ。ただの駒で、使い捨てのできる盾だと思っていれば、それで良い」


スコールのその言葉に、じくりとしたものがラグナの心に居場所を作る。
それは普段からラグナの胸の内にあり、自分が芯から願うものと、目の前にある現実とが決して噛み合わない事を感じ取る度に生まれ蓄積していた。

だからだろう。
次にスコールが発した言葉が、ラグナの一番柔らかい部分を突き刺した。


「俺の代わりなんて、他にもいるんだ」


自分がいなくても、代わりの者が派遣される。
自分と言う存在は、その程度のものなのだと、スコールはそう言った。
傭兵として常に使い捨てにされる者として、その覚悟の上で生きているのだと。

だが、それがスコールにとって当たり前の意識であっても、ラグナにとってはそうではない。
そうであってはならないのだと、眼に見えない繋がりに縋るラグナの心が、悲鳴を上げた。


「……そんなの、いねえよ」


零した声は、目の前の少年にははっきりとは聞こえなかったらしい。
「は?」と問い返すように顔を上げたスコールを、俯き唇を噛んだラグナは見ていなかった。


「お前はお前しかいないんだから、代わりなんていない」
「…あんたがそう思うのは勝手だけど、他にもSeeDはいる。こんな任務、回せる奴は限られるけど、全くいない訳じゃない」
「お前がSeeDだとか傭兵だとか、そう言う事じゃねえんだ。お前って言う存在が、俺には代わりなんてない。だから、使い捨てなんて、出来る訳ないんだ」
「捨てろ。あんたから見た俺の利用価値は、そういう物であるべきだ」
「利用とか!そう言うのじゃなくて、俺は、」


言いたい事はそうではないのだと、ラグナは堪らず声を大きくした。
そうする事に何も意味はないのだが、そうしないとスコールの言葉を停める事が出来ない気がしたのだ。

俺は、と其処から先に続く言葉が出て来ない。
スコールが口を噤んでくれている間に、自分の気持ちをしっかりと言葉に乗せなければならない。
スコールとラグナの関係は、旧友たちとの間にあるものとは違い、言葉なくして心がが伝わるような距離感ではない。
悲しいかな、それは事実として二人に間に横たわり、深い溝を作っている。
それを埋めるには、埋めたいと思っているのなら、ラグナが言葉を探さなければならないのだ。


「……俺はお前に、怪我して欲しくないって思ってる」


ラグナの言葉に、ぴくり、とスコールの眉が顰められる。
頭の良い子であるから、ラグナのその言葉が、大きな矛盾を孕んでいる事に気付いているのだろう。
それでも、この気持ちは他の何にも変えられない本物だから、ラグナは続けた。


「お前が、いつも、無事で元気にいて欲しいって、願ってる」
「……」
「自分の護衛を依頼して置いて、変な事言ってるって言うのは、判ってるつもりなんだ。……でもやっぱり俺は、お前が……傷ついたりする事がなければ良いって、思ってる」
「それなら、俺を雇うのを辞めろ」
「……そうしたら、お前は他の任務に行くんだろ?」


問えば、当たり前だとスコールは答えた。

バラムガーデンに所属するSeeDである以上───そうでなくとも、傭兵と言う職業であれば───、スコールには常に某かの依頼が舞い込んでいる。
“月の涙”の影響もあり、バラムガーデンには危険度の高い魔物の討伐依頼が急増している。
それはエスタの地でも同様で、ラグナはガーデンに対し、自身の護衛を依頼する他、街の近郊に出現する魔物退治も依頼していた。
指揮官であるスコールもその情報は把握しているし、エスタに現地入りしたSeeDが、現地に詳しいスコールからの情報を求めて、大統領官邸に来館する事もある。
時には救援としてスコールが急ぎ現地に向かう事態も起きる程だ。
また、大統領護衛の任務機関が終わったスコールが、ラグナロクを足にして、バラムではなく他の地へと向かうのもよく見る。
それ程、スコールは多忙であり、あらゆる場所でその手を求められる人物なのだ。

ラグナは、それが歯痒かった。
真っ黒なスケジュールで過ごしているスコールは、前の任務で負傷しても、治療をそこそこにして次の任務に就く事が多々ある。
護衛の任務の方が優先だからと、傷の残った体でエスタに降り立つスコールを見る度、此処にいる間だけは何事もなければ良いと、ラグナは願わずにいられない。
だが護衛である以上、何事か起こればスコールはラグナの前に立ち、ラグナの代わりにその身に傷を受けるのだ。
時には致命傷に鳴り得るものであるとしても、躊躇わずにその身を使う───そう言う立場に、彼はいる。


「……俺、お前にいなくならないで欲しいんだ。だから怪我しないで欲しいって思う。どうせなら、危ない目に遭わないで欲しいし、平和な所でのんびりしてて欲しい」
「余計なお世話だ」


ぴしゃりと返された言葉に、ラグナの心がずきりと痛む。


「俺はSeeDだ。傭兵だ。それ以外のものになって生きるつもりはない」


きっぱりと言い切ったスコールは、本当に“SeeD以外の自分”と言うものを考えていないようだった。
いや、それ以外の道がある事を、きっと彼は知らないのだ。
物心がついた時にはバラムガーデンと言う場所にいて、傭兵になるべく英才教育されて来たのだから。
その末に今の自分がいるのだから、それを否定するものを、スコールは受け入れない。

それはつまり、スコールは傷付き続けると言う事だ。
ラグナの前でも、知らない何処かでも、その命が果てるまで、自分を自分で使い捨てていく。


「だから、もし次に同じような事があっても、あんたは絶対俺の前に出るな。俺を守ろうなんて思うな。俺はそんなものはいらない」
「でも、スコール。俺はお前に────」
「それ以上言ったら、俺はもうこの任務を請けない」


強く冷たい蒼の瞳が、ラグナの眼を真っ直ぐに射貫く。
それは常に戦場に身を置き、他者の命も、自分の命も容易く消える場所に立つ者の、強い意志だった。
嘗てはラグナも其処にいた筈だったが、否応なく退いてから随分と長い。
もう彼と同じ場所には立てないと悟っているから、其処にいる少年を連れ出したいと願ってしまうのだ。

俯いたラグナから、スコールの視線がゆっくりと外される。
小さく、「……疲れた」と呟くのが聞こえて、ラグナは潮時だと理解した。
この話は何処まで行ってもきっと平行線だし、それを厭だと踏み越えれば、きっと自分とこの少年との繋がりは本当に途絶えてしまう事になる。


「……今日は、帰るよ。悪かったな、無理させて」
「……別に」


顔を背けたまま、スコールはいつもの何と受け取れば良いのか難しい口癖を零した。
今はその言葉が帰って来てくれた事に安堵して、ラグナはそうっと息を吐く。

病室を出ると、付き添いに来ていたキロスとウォードが待っていた。
二対の目がラグナの翠と混じって、どちらともが眉尻を下げた顔を作る。

───出会って半年も経っていない父子の間柄を、二人はよく知っている。
ラグナが出来ることならスコールを手元に置いておきたい事、危険な事とは無縁な場所で日々を健やかに過ごして欲しい事。
それは、本来なら幼い彼の傍にいた筈のラグナが、してやるべきであったこと。
だがスコールは、父の知らない所で大きく育ち、自分で自分の道を決める意志を持つまでになった。
そしてSeeDと言う自身の立場に確かな矜持を持ち、その為に在るべき心構えも含め、彼と言う人物を形成する一部として根付いている。
ラグナがスコールに平穏を望むと言う事は、彼のそうしたアイデンティティを奪う事と同じなのだ。

……反面、スコールが決してラグナに悪感情のみを抱いている訳ではない事も、キロス達は知っている。
バラムガーデンに大統領の護衛依頼を出しているのは確かだが、その任務の選択権を握って離さないのはスコールだった。
時には前任務の関係で、他の者を派遣するかもしれない、と言う連絡があった時でも、スコールはエスタにやって来る。
大統領の護衛を───ラグナの傍に身を置ける権利を、他の誰にも譲るまいとして。

病室内の父子の遣り取りは、待機していた二人に聞こえていたに違いない。
どうにも気まずい気分がして、なんと誤魔化したものかと思ったラグナの胸中もしっかり汲み取っているらしい旧友達に、少し泣きつきたい自分がいたが、扉の向こうで一人過ごす少年を思い出して堪えた。

吐き出す言葉も失くした気分で、ラグナはがしがしと頭を掻く。
そのまま病室を離れて行くラグナを、キロスとウォードも追い、


「儘ならないね、君達は」


溜息交じりに呟かれた友人の言葉に、ラグナの視界がぐにゃりと歪む。
あの子の事で涙を流す事など、きっと自分には赦されないと思うのに、競り上がる感情は勝手に目頭を熱くする。



その存在を守りたいのは、お互い様なのだ。
だが現実として、二人は守る者と守られる者と言う立場に分かれている。
可惜にその垣根を越えようとすれば、必ずどちらかの気持ちを踏み躙る事になる。

それでも今は、この関係しか互いを繋ぎ止める方法を知らなかった。





『喧嘩をするラグナとスコール』のリクエストを頂きました。
お互い譲れない部分があってギスギスする二人、と言う事で、どうやっても譲れないもので衝突してるけど無視し合う事は出来ない8親子です。

傍にいるし、お互い大事にしてるのに、大事にしたいそのやり方が相手の望みを無視する事になる感じ。
この二人は間に誰かを置いて徹底的に膝付き合わせないと、一番大事な所を誤解し合ったままになりそう。
その癖誰かの介入は嫌いそう(特にスコールが)で、拗れまくりそうですな。

[クラスコ♀]貴方の為のチップ・トー

  • 2020/08/08 21:45
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クラウド自身はあまり人付き合いが得意ではないのだが、交友関係の広い親友がいるお陰で、その人物からいつの間にか枝葉が広く拡がっている事が多い。
本来なら知り合う機会そのものがないであろう高校生の友人が増えたのも、その親友のお陰であった。
親友の人柄のお陰か、その知り合いも皆良い人物ばかりで、取っ付き難いであろう自分に対しても、明るく朗らかに声をかけてくれる。
だからだろうか、明るい人柄が目立つ者が多い中で、少し異色の彼女は特別な存在に見えた。
よくよく知れば、ほんの少し大人びて───背伸びして───いるだけで、中身はごく普通の女の子だったのだが、其処に至るまでがやはり少し変わっていた。
その詳細はまた長い話になるので、割愛だ。

知り合ってから紆余曲折の末に、クラウドは彼女───スコールと恋人同士になった。
アルバイトに忙しい大学生と、勉強に忙しい高校生とあって、逢う時間は限られている。
それでも、クラウドはこまめにメールで連絡を取り、生真面目な彼女の負担や苦にならない程度の時間を捻出しては逢瀬を重ねた。
その逢瀬も、家庭が厳しい、と言うよりも、過保護な父親がいるから、余り夜遅くまで外にいる事は出来ないと言う彼女の為、マンションの上階と駐車場で顔を合わせる程度のもの。
そんな細やかなコミュニケーションを重ね、クラウドは彼女と確かに愛を育んでいた。

平時がそう言った遣り取りで過ぎていくから、クラウドにとって、彼女と名実ともに過ごせる時間と言うのは貴重であった。
学費と生活費の為、休日を埋め尽くしていたアルバイトのシフトに運良く隙間が出来て、更にスコールのテスト期間も終わったばかり。
これなら、と久しぶりに二人で出掛けないかと誘った所、「いく」と短い返事が返ってきた。
自分以外誰もいない独り暮らしのアパートで、声を出してガッツポーズをしたのは当然であった。

スコールと逢えると決まってから、クラウドは判り易く浮かれていた。
大学の授業中も、アルバイトの最中にも機嫌が良いので、親友のザックスにはあっと言う間にバレた。
しっかりエスコートして来いよ、なんて台詞と共に背中を叩かれたのも、クラウドには嬉しい話である。

普段、あまり服装と言うものに拘りのないクラウドだが、流石にデートとなれば気を遣わねばなるまい。
何せ、相手はモデルのようなスレンダー体型をしたスコールだ。
どんな服装をしていても、学校の規定の制服でさえも、彼女が着ると空気が変わる。
せめて彼女に見合う格好にはしていかないと、と以前ザックスに薦められて購入して以来、着る機会のなかったジャケットを引っ張り出し、それに合うようにとコーディネイトを考えた。
スコールがどんな格好で来るかは聞いていないが、ともかく、みすぼらしい事はするまいと、その一念で。

────だが、これは想像していなかった。
真っ赤な顔で視線を逸らし、可愛らしい小さめのショルダーバッグのベルトを握り締めるスコールを見て、クラウドは言葉を失う。


「……スコール」
「……」
「……だよな」
「……」


思わず確認してしまったクラウドを、スコールは怒らなかった。
ただ、益々顔を赤くして、眉間にそれはそれは深い谷を刻むのみ。

───スコールの事だから、待ち合わせより早い時間に来るだろうと、クラウドはそれを見越して駅前に向かった。
お陰でクラウドは一足先に待ち合わせ場所に着き、見付け易いであろう場所を確保する事が出来たのだが、予想に反して時間の5分前になっても恋人は現れない。
基本10分前には行動を始めるスコールにしては珍しい、ひょっとして何かあったか、と心配でそわそわしてきた所に、彼女は現れた。
制服以外では今まで一度も見た事のない、スカート姿で。

中々来ない恋人に、連絡をしようかと携帯電話を取り出した瞬間の格好のまま、クラウドは固まっていた。
そんなクラウドにゆっくり近付いてくるスコールの足元からは、コツ、コツ、と言う音がする。
音がする度、ふわりとしたスカートの裾が拡がって揺れた。
その足音を追うように、道行く人々が振り返り、沢山の目がスコールを追う。


「……」
「…………」
「……笑いたかったら笑え」


沈黙に耐え切れなくなって、スコールは言い捨てた。
寧ろ、笑え、とばかりに。

しかしクラウドは、丸々と見開いた目で見つめるばかりで、遂にスコールの限界が来た。


「俺にはこんなの似合わないって言ったんだ」
「……」
「なのに、リノアが。折角、…、……でーと、……だからって」


スコールの口から出てきたのは、彼女のクラスメイトで親友の名前。
クラウドとザックスの関係と同じように、交友関係が広い人物で、スコールは彼女を発端して色々な人との繋がりを得た。
遠因的に言えば、クラウドとスコールが知り合う切っ掛けを作った人物でもある。

リノアは、親友とクラウドが付き合っていることを知っており、スコールも初めての恋愛に戸惑っては彼女に某かを報告したり、相談する事も多かった。
付き合い始めたばかりの頃は、「私はスコールの保護者だから!」とクラウドを見定める役目も買って出ていた位だ。
そんな彼女の事だから、きっとスコールから今日のデートの事を聞かされ、意気揚々とデート用のコーディネートをしてくれたに違いない。
だからスコールも、普段自分では絶対に着ない、選ばない服装で、此処へ来てくれたのだ。

袖に大きめのフリルのあるカットソーと、シンプルながらフレアで涼やかな印象を与えるスカート。
いつもは銀色のライオンが光る首元には、小さなリングが飾られている。
肩にかけた小さめのバッグなんて、碌に物が入らない、とデザイン以前に用途に合わないと見向きもしない。
足元は少しヒールの高いミュールで、慣れていないのだろう、バランスが取り難そうな立ち姿になっている。
何もかもが普段のスコールとは違う井出達に、きっと一番堪えられないのは、彼女本人だ。
案の定、ううう、とスコールは唸りに唸って、


「帰る。帰って着替えて来る」
「待て。待て待て、スコール」


くるっと踵を返したスコールに、クラウドは我に返って慌てて止める。
腕を掴んで引き留めれば、スコールはぶんぶんとその腕を振り回して、クラウドを振り払おうとした。


「あんただってどうせ変だと思ってるんだろ!」
「落ち着け、誰もそんな事言ってないだろう」
「言ってないだけだ!思ってる!絶対そうだ!」
「思っていない。少し驚いただけだ」


珍しく声を大きくするスコールに、クラウドは努めて静かに言い聞かせた。
変だなんて思っていない、いつも見ない服装だからびっくりした、それだけをと繰り返し。
それでもスコールの沸騰は中々引かず、心無しか涙が滲んだ目で唸り続ける。


「リノアにも言ったんだ。俺がこんな格好しても変なだけだって。あんたと違って俺は可愛くなんかないんだから、似合わないって」
「いや、そんな事はない。似合ってる」
「嘘だ!」
「嘘じゃない。似合っているし、可愛い。本気でそう思っている」
「……うぅ~……っ!」


クラウドの言葉に、スコールは虚を突かれたように目を丸くした後で、また唸る。
喉には言いたい言葉が色々と詰まっているのだろうが、出所を失くしたようだ。
可愛い、と言われて、安堵のような恥ずかしような、思春期の複雑な女心が素直な蒼の瞳にありありと映る。

取り敢えず落ち着かせよう、とクラウドはスコールを適当なベンチに誘導した。
スカートの端を摘まんで、足が広がらないように、ぴったりと膝を揃えて座っているスコール。
クラウドはその隣に座って、スカートを摘まんでいるスコールの手に、自分の手を重ねた。


「落ち着いたか」
「……ぅ……」


声をかけると、ぷい、とスコールはそっぽを向く。
座って少し頭は冷えたが、今の自分の有様が恥ずかしい事には変わりないようだ。

だが、しばらくそのままで待っていると、クラウドが手を重ねていた手がくるりと上向いて、緩く指を絡めてきた。
ちらりとクラウドがその顔を覗き見ると、スコールはまだ耳元を赤くしつつも、幾らか落ち着いた面持ちで、握ったクラウドの手をじっと見詰めていた。
久しぶりの直の逢瀬で感じる恋人の感触を確かめるように、嫋やかな指が何度もクラウドの指の隙間で握り開きを繰り返す。
その横顔が、大人びた顔立ちとは裏腹に幼い子供のような雰囲気を滲ませていて、クラウドは微笑ましさで口元が緩む。


「…取り敢えず、昼飯でも食べに行くか」
「……ん」
「何処が良い?」
「……どこでも。でも、静かな所が良い」
「なら少し移動するか」


駅前は行き交う人が多く、休日とあって若者の姿も多い。
賑々しいのでそれらを当てにした飲食店も多いが、丁度昼の時刻とあって、何処も満席になっている事だろう。
そうでなくとも、人の声が絶えない空間と言うのはスコールの得意なものではないから、静かな店を探すなら、メインの通りからは外れた方が良い。

行こう、とクラウドが立ち上がると、スコールも腰を上げた。
並んで歩きだせば、コツコツと響く足音があって、ヒールのある靴なんて珍しいなとちらと彼女の足元を見た。
ひらひらと揺れるスカートの裾から、ちらり、ちらりと覗くのは、小さな花がアクセントにあしらわれたミュール。
普段はローファーか、動き易さを重視するとシューズ系を履いているばかりなので、足元が見えるのが新鮮だ。

大通りを一本外れると、人々の気配は少し遠くなり、都会の真ん中でも多少は静かに感じられる。
さて食事は何処で採ろう、とスコールの好みそうな看板を探しながら歩いていると、


「クラウド、」
「ん?」


呼ぶ声が後ろから聞こえて振り返ると、スコールとクラウドの距離が少し開いていた。
いつも同じ歩調で歩く彼女を置いて歩いていたなんて、初めての事だ。
クラウドが数歩戻ったところで、スコールも追い付くが、


「う、」
「スコール!」


がくっ、とスコールの体が傾いて、クラウドは反射的に手を伸ばす。
助けを求めて伸ばされたスコールの手を捕まえて、なんとか彼女が転ぶ事は回避できた。
スコールはほっとした顔で、クラウドの手に捕まって体勢を直す。


「…助かった」
「いや、置いて行って悪かった。大丈夫か?」
「……ん」
「歩き難いのか」


クラウドが訊ねると、スコールは「少し……」と頷いた。
普段は全然履かないから、と言うスコールに、それは転ぶのも無理はないと悟る。


「ゆっくり歩くか」
「……そうしてくれると助かる」
「あと、ほら」


提案にほっとした顔を浮かべたスコールに、クラウドは左手を差し出す。
その手の意図が汲み取れず、スコールはきょとんと首を傾げた。


「…なんだ?」
「掴まっていた方が楽なんじゃないかと思ってな」
「別に……」
「足元ばかりを見てると、次は前方不注意にもなるぞ」


クラウドの言葉に、スコールはむぅと唇を尖らせる。
意地のようにショルダーバッグのベルトを握る手に力が籠った。

だが、このままいつも通りに歩こうとしても、自分が辛いのは判っているのだろう。
きっと家を出てから待ち合わせ場所に着くまでも、何度も躓き転びそうになったのだ。
その徒労を思い出してか、スコールはおずおずと手を伸ばして、クラウドの手を握る。

慣れない足元のスコールが無理をせずに歩けるように、クラウドは努めてゆっくりとした歩調で足を動かした。
いつもよりもずっと遅い歩き方に、少々もどかしくならない訳ではないが、それより今は隣を歩く彼女が大事だ。
時折、繋いだ手を強く握って踏ん張るような気配があって、お洒落をすると言うのも大変だな、と思う。
それでも、親友の手を借りながら、目一杯のデート向け衣装に誂えて来てくれた恋人が、クラウドは可愛くて堪らなかった。


(さて、何処の店に入るかな。仕切りでもある店なら良いんだが)


俯き加減になって歩く恋人を見て、そんな事を考える。

待ち合わせ場所に来た時とから、スコールは沢山の人々の目を惹きつけていた。
元々大人びた高身長美人で通っていたし、人目を引き易いタイプであったが、甘めのコーディネートで普段の取っ付き難い雰囲気が緩和されているからだろうか。
下心持ちの男どもの不躾な視線も多く寄せてしまっていて、クラウドは気が気ではなかった。


こんなに可愛い恋人を、いつまでも人目に晒してはいけない。
早く独り占めできる場所に隠さなければと、繋いだ手が寄せる信頼の感触を確かめながら思った。





『クラスコ♀』のリクエストを頂きました。

「デートなんだからお洒落しなきゃ」「クラウドも喜んでくれるかも」と言われ、ちょっとその気になって可愛めの格好してきたスコールでした。
リノアに乗せられ励まされながら服を選んで、当日、着替えて準備して家を出る段階になって、正気に戻って色々不安になりながら待ち合わせ場所に来たんだと思います。
クラウドはとっても喜んでいます。良かったね!

[サイスコ]ファースト・ステップ

  • 2020/08/08 21:40
  • Posted by
サイスコ企画様に投稿させて頂いた、[オトナの階段]の続きに当たります。
現代パロで二十歳(大学生)の二人。





酔った勢いであろうと、重ねてしまった時間をなかった事には出来ない───したくない。
だからサイファーは、情事の形跡は隠す事なくそのままに、スコールが目を覚ますのを待った。
そうしておけば、幾ら鈍い彼でも、自分たちが何をしたのか悟るだろう。
その際の彼のダメージを慮らない訳ではなかったが、それ位の事をしなければ、スコールはちゃんと真正面から向き合う事をしない。
幼馴染として、彼以上に彼の事を理解しているからこそ、サイファーは腹を括って決めたのだ。

起きてから、彼は判り易く狼狽した。
裸で寝ていたベッド、その隣には同じく裸身の男、そして体に残るあらぬ場所からの鈍い痛み。
次いで、サイファーにとっては幸いと言うべきか、スコールは昨夜の事を辛うじて覚えていた。
何をどうしていたのか明確な所は抜けていたが、自分達がセックスをしたのだと言う事は、きちんと記憶の中に残っていたのだ。

当然、スコールは酔っ払いの愚かな行為であると言った。
反応としては、それが普通のものだろうとは思うので、サイファーも咎めはしない。
しかし、スコールの方はそうだったとしても、サイファーは違うのだ。
酒のお陰で順序をすっ飛ばしてしまったが、サイファーがスコールに特別な感情を持っている事は紛れもない事実である。
スコールを混乱させない為にと胸中で留めていたのが、アルコールの緩みによって露呈してしまったのだ。

自分が酔っていた事を含めて、サイファーはスコールに滔々と聞かせた。
当然、スコールは更に混乱したが、それもサイファーには判っていた事だ。
スコールはまだサイファーが酒に酔っているのだと思ったし、そうでなくてはこんな事───男同士で、それも相手が自分となんて───にサイファーが手を染めるとは考えられなかった。
だからちゃんと酒が抜ければ、サイファーは正気に戻って、昨夜の事は飲み過ぎてハメを外しただけなのだと、そう思う事がスコールにとっては自分の平穏を守る事に繋がったのだろうけれど、サイファーはそれを赦すつもりはなかった。


「良いか、スコール。俺は素面だ。素面で言ってる。俺はお前を愛してるんだ」


逃げようとする蒼灰色を捕まえて、真っ直ぐそれを捉えて言ったサイファーに、スコールが息を飲む。
その目が、腕を捕まえる手が、本気を滲ませている事を、スコールは理解した。



酒の勢いで始まった関係は、しかし、その後は特に大きく変わる事はなかった。
スコールもサイファーもそれぞれの学業で忙しく、偶に食堂や寮で顔を合わせる事もあるが、それも前の日常と同じ事だ。
学年は違えど、同じ学び舎で過ごしているのだから、当たり前の光景である。

今日もスコールは、昼時間の食堂で、サイファーの姿を見付けた。
いつも一緒にいる取り巻きの風神と雷神の姿はなく、四人テーブルに一人で座り、ラーメン定食を啜っている。
その周囲の席は綺麗に空けられており、サイファーの大きな体でも悠々と過ごせるスペースが守られていた。
これもまた、昔からよく見ている、普段と何も変わらない、日常の景色だ。

だが、それでもスコールは、サイファー・アルマシーと言う存在を意識してしまう。
あんな言い方をされて、意識するなと言うのが、土台無理な話なのだ。


(……席…あそこしかないのか)


自分の食事の為に座る場所を探して、スコールは嘆息した。
昼真っ盛りの食堂は、沢山の生徒に溢れていて、どのテーブルも埋まっている。
唯一、サイファーが陣取っている場所だけが、ぽっかりと空いているのである。

トレイを持ったまま、どうしたものかと立ち尽くしているスコールを、碧の瞳が視界の端で捉えた。
顔を上げたサイファーと、スコールの目線が思い切り交じってしまい、しまった、とスコールが顔を顰めていると、


「良いぜ、相席してやっても」
「……」
「遠慮すんなよ」


にやにやと笑うサイファーの言葉に、スコールの眉間の皺が深くなる。
遠慮とかじゃなくて嫌なんだ、と唇を尖らせても、他の席が埋まっている以上、スコールが選べる選択肢はない。

スコールは、サイファーと斜め向かいになる場所に座る事にした。
正面も隣も嫌だから、選べる場所は此処しかない。
いらっしゃい、等と言うサイファーを無視して、スコールは昼食に箸をつける。

黙々と料理を口に運ぶスコールは、斜め向かいから判り易く向けられる、煩い視線に気付いていた。


(なんだよ……)


じっと見つめる碧眼の所為で、スコールは落ち着けない。
昼食位、誰の干渉も受けずに、のんびりと採りたいスコールにとって、この煩い視線はとても邪魔だ。
それなら「邪魔」「見るな」とはっきり言えば良いではないか、と思ってはいるのだが、最近のスコールは、そう出来ない理由があった。

昔から、サイファーの視線と言うものは、よく感じ取っていた。
幼い頃からサイファーは何かとスコールにちょっかいを出してきて、泣かされたことも一度や二度ではない。
反面、スコールの変化と言うものにも敏感で、落ち込んでいる時に真っ先に声をかけてくるのもサイファーだった。
だからサイファーの視線が煩いことは、スコールにとっては今更の話なのだが、問題はその瞳から滲む色だ。

幼い頃、気弱だったスコールを、サイファーはよく揶揄っていた。
だからサイファーが自分を見ている時と言うのは、揶揄うタイミングを図っていると言うのがスコールの中で定説化していたのだが、最近、どうやらそれだけではないと言う事に気付いた。
気付かされてしまった。


(……露骨すぎるだろ)


碧眼が映すのは、愛しいものを愛でる感情。
愛している、愛していると、何度も繰り返して囁く、まるで恋の歌。

────事の始まりは、スコールの二十歳の誕生日祝いにと、二人で酒を酌み交わした日。
細かな経緯は忘れたが、ともかく酒の入った勢いの中で、スコールはサイファーに抱かれた。
それから目を覚まし、酒も抜けた後で、スコールはサイファーから「愛している」と言われたのだ。
抱いたのは確かに酒の勢いが切っ掛けであるが、単純な過ちなどではないのだと、素面のサイファーから面と向かって告げられた。
順序としては失敗したが、それでも「酒の所為」でなかった事にはさせないと、真摯な碧眼が言っていた。

あれからスコールは、サイファーの視線と言うものが気になって仕方がない。
いや、視線だけではない、“サイファー”と言う存在が、スコールの中に確かな楔を打っていた。


(……それなのに。あれから何もして来ないし…)


あの日以来、サイファーはスコールに対し、一線を引いた態度を取っている。
正確には、距離を取ろうとしているスコールが、反射的に逃げない程度の距離を保っていた。
まるでスコールの返事を待ちながら、かと言って催促はしないように、僅かな逃げ道を残してくれているかのよう。

本当の本当は、ただスコールを揶揄っているのだと、真正直に信じて馬鹿な奴だと、そう言おうとしているのではないかとも思った。
いつネタ晴らしをしてやろうか、このままスコールが気付くまで調子を合わせてやろうか、遊んでいるのではないかとも。

けれど、スコールの事をサイファーがよく知るように、スコールもサイファーの事を知っている。
俺様王様な横柄な態度を取りながら、本当は根からロマンチストである事も、性質の悪い冗談をいつまでも続ける性格ではない事も。
自分を見る時の碧眼が、嘘を吐いているのか、本気なのか、きちんと示している事も。


(……知ってる。判ってる。あんたは……俺がちゃんと答えを出すのを、待ってる)


あの日から、サイファーは表立ってスコールに何かして来る事はない。
過ごす日々は昔から変わらない距離感を保っているから、傍目には二人の関係が少々ぎこちなくなっている事に気付く者もいないだろう。
それはつまり、このままスコールが黙っていれば、何事もなく日常は続いて行くと言う事。
あの日、「愛している」と言ったサイファーの言葉に返事をしなくても、少なくともスコールの生活が大きな変化に見舞われる事はないと言う事。

混乱極まっていたスコールに、サイファーは返事を急かさなかった。
ただ、酒の勢いで越えてしまった一線を、なかった事にしたくなかったのだと、彼は言う。
初めて抱いた想い人の体温を、曖昧な夢のように溶かして忘れたくなかったのだと。

どうすれば良いんだ、と苦い気持ちが沸き上がって来て、スコールは口の中で箸を噛んだ。
意識が斜め向かいの男に向かってしまって、食事に集中できない。
誰かこいつを他所に連れて行ってくれ、願っていると、


「あ、いたいた、サイファー」
「……なんだ、ヘタレかよ。何の用だ」


聞き覚えのある声にスコールが顔を上げると、アーヴァインが立っていた。
ようやくスコールから外れた視線が、傍らのクラウスメイトに向かい、判り易く機嫌を損ねる。


「そんなに睨まないでよ。邪魔して悪いとは思ってるんだから」
「思ってるんなら早く消えろ」
「そう言う訳にもいかないんだ。ほら、この間貸したノート、そろそろ提出期限だから返して欲しいな~って」
「ああ、あれか。判った判った」


やれやれと、サイファーは重い腰を持ち上げた。
とっくに平らげていたラーメン定食のトレイを「返しとけ」とアーヴァインに押し付ける。
アーヴァインは「え~?」と面倒そうな声を上げるが、大人しく踵を返し、返却口へと向かう。

良かった、これでいなくなってくれる。
ようやく食事に集中できると、スコールが密かにほっと安堵していると、


「じゃあな」


ぽん、とスコールの頭に大きな手が乗って、くしゃりと髪を掻き混ぜた。
唐突な事にスコールが目を丸くしている間に、手はするりと離れて、その持ち主にひらひらと振られながら遠退いて行く。

────あんなに大きな手だったろうか。
あんなに優しく触れる手だっただろうか。
一世一代の告白をしておいて、碌な返事もしない相手に、そんな風に触れられる男だっただろうか。


(……大人の余裕、なのか)


つい先日、二十歳を迎えたスコールと、その一年前に二十歳になったサイファー。
たかが一年、されど一年の差が、まるで幼い子供の成長の差を見ているようで、時々、スコールの胸にじわりと棘が滲む。
それは恐らく、サイファーが大人かどうかではなく、自分の幼稚さが浮き彫りになるからだろう。
そんな差を感じさせてしまう位に、自分と彼の間にある、心の余裕の違いを思い知る。


(……そんなので俺は、あんたの隣に、いても良い?)


熱を宿した碧眼を見付ける度に、辛うじて忘れてはいなかった、あの夜の事を思い出す。
あの日のあれで、スコールはまた一つ“大人”になった。
けれど、同じく“大人”である男を見る度、本当はまだ自分が“子供”なのだと突きつけられる。

それでも、頭を撫でる手を振り払えなかったように、見詰める碧眼を見るなと突き放す事も出来ない。
あの目に見つめられていると、酒を飲んだ訳でもないのに、頭の中が熱くなってふわふわとするのだ。


(────ああ、)


それが自分の答えだと、ようやく気付く。
途端に胸が一杯になって、口の中の物を飲み込む事にも苦労した。

まるであの日飲んでいた酒のように、苦い感覚に襲われる。
同時に顔が熱くなって、アルコールなんてこの食堂では提供していないのに、酔ったみたいに頭が揺れた。





『サイスコ企画に投稿している[オトナの階段]の後日談』のリクエストを頂きました。

酒の勢いで告白も何もかっもすっ飛ばしてシちゃった二人のその後!
日常生活や色恋でパニックになると逃げる癖のある宅のスコールですが、実はちゃんと答えは決まっていたって言う。
ただ本人が自分の気持ちに気付くのと、それが恋だと消化するまでに時間がかかるのです。
それを確信持ちで待ってあげてるサイファーの大人の余裕。

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