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2020年08月08日

[レオスコ]こぼれる糸の情景を

  • 2020/08/08 22:15
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心地良さと充足感で、頭が真っ白になって行く。
熱の籠った声が名前を呼ぶのを耳元で聞いて、首の後ろにぞくぞくとしたものが奔るのを感じた。
それは決して嫌悪感ではなく、寧ろ逆の性質のものだ。
身を委ねる事に恐怖に似たものを感じていたのは初めの頃だけの話で、今はそれを感じると、来た、と思って体が期待に震えてしまう。

覆い被さる躰の重みを感じながら、直ぐ其処にある頭に腕を回してしがみ付く。
力加減が出来なくて、とにかく名前を呼びながらそれに掴まっている事しか出来なかった。
指の隙間から零れ落ちて行く髪を擦りながら、スコールは無我夢中で縋る。

勝手に出て行く高い声を、自分のものだと認識するのには、何故だか酷く労が要る。
その後はしばらく躰が強張って、短い呼吸を繰り返した後、ようやく全身から力が抜けた。
そうなってしまうと今度は指一本と動かせない。

何処か靄がかかったような視界の中で、スコールは覆い被さる男がゆっくりと体を起こすのを見ていた。
隙間がないほど触れ合っていた肌が離れて、溶け合っていた熱が遠ざかる。
それが無性に寂しく思えて、捕まえようと腕を伸ばせば、心得た手がその手を柔く握ってくれた。
ああ、と安心した気持ちで息を吐きながら、体を起こした男を見詰めていると、彼は一つ息を吐いて天井を仰ぐ。
詰め込み続けた空気を肺から追い出して、代わりに新鮮な酸素を取り込んだ後、かくんと頭が下を向いた。
そうして目元に掛かる長い髪を厭うように、スコールと繋いだ手とは逆の手が持ち上がり、目元から額にかけて髪を上へと掻き上げる。

鬣のように流れる濃茶色の髪を見詰めて、スコールはほうっと熱の籠った息を零した。



体を起こす事も儘ならないスコールを、レオンは丁寧に介抱して、またベッドへと戻る。
ベッドシーツも綺麗なそれに整え直し、清潔な寝床を作ってから、レオンはスコールを其処に横たえた。
肌触りの良いシーツの感触に頬を埋めるスコール。
レオンもその隣に横になって、気怠い様子の恋人の体を抱き寄せた。

まぐわい合っての夜と言うのは、長いようで短いようで、不思議だった。
最初にベッドに入ってから、肌を重ねている間は、あっという間に時間が過ぎていく。
終わって緩やかなに過ごしていれば、今度は一分一秒が長く感じられた。
それなのに、眼を閉じて眠ってしまえば、一瞬のうちに数時間が過ぎて朝になってしまう。
その朝を出来るだけ後に伸ばしてしまいたくて、スコールはまだ眠りたくないと思っていた。

向かい合って横になっているから、二人の距離はとても近くて、暗がりの中でもスコールはレオンの顔を視認できていた。
とうに見慣れた顔をじっと見つめて、徐に腕を持ち上げ、頬にかかる横髪を摘まんでみる。
毛の流れに沿って指を滑らせながら、スコールはその毛先が自分の頬を掠める時の事を考えていた。


(……くすぐったいんだよな)


体を重ね合わせて、唇と唇を交わらせている時。
レオンの横髪がスコールの頬を滑る度、その感触にスコールは肩が震えてしまう。
それを知られると、レオンは宥めるようにもう一度キスをして、ゆっくりとスコールの唇を吸ってくれた。
怖いんじゃなくてくすぐったいだけなんだと、別に宥める必要も、慰める必要もないのだとスコールは思っているけれど、彼に与えられるキスは心地が良いから、黙っていつも受け止めている。

そんな事を考えながらレオンの髪に触れていると、瞳を隠していた瞼がゆっくりと持ち上がる。
寝てはいないと判っていたから、特に驚く事も気にする事もなく、スコールは摘まんでいた髪を指先にくるりと巻いて遊んでいた。
柔らかな蒼はその様子を視界の端に捉えると、くすりと笑みを浮かべてスコールを見る。


「楽しいか?」
「……まあ」


それなりに、と返して、スコールはレオンの耳の後ろへと手を持って行く。
レイヤーの入った髪の隙間に手を入れると、柔らかな髪の感触が指の隙間をするすると擦り抜けた。
ライオンの鬣ってこんな感触なんだろうか、知らない生き物の知らない感触を思い描きながら撫でていると、


「鬱陶しいか?」
「……何が?」


訊ねるレオンに、スコールは訊ね返す。
いや、とレオンは零してから、続けた。


「長いと色々、な。好きで伸ばしているんだが、自分でも邪魔に思う事は時々あるし」
「……」
「お前から見てどうなんだろうと、ちょっと思って」


そう言ってレオンは、髪に触れるスコールの腕に手を滑らせる。
自分の後ろ髪に埋もれる形になっているスコールの手を探り宛て、すり、と手の甲に指先を当てる。
骨の隙間をくすぐるように辿られるのを感じながら、スコールはゆるゆると首を横に振った。


「別に……邪魔とか、そう言うのは、ない」
「そうか」


スコールの言葉に、レオンは目を伏せて唇を綻ばせた。
それが心なしか安堵しているような表情に見えたのは、スコールの気の所為だろうか。
詳しい事は、訊いて良いのか判らないので、スコールには洋と知れない事だった。

それでも、レオンの長い髪は、スコールにとって厭うものではない。
覆い被さられている時、長い髪がカーテンのように周囲の視界を遮ってくれるのを、スコールは彼の世界に閉じ込められているように思えて、こっそりと気に入っていた。


「まあ……くすぐったいと思う時は、多いけど」


その事実だけは伝えておくと、くすりとレオンが笑う。


「悪いな」
「……別に」
「次からセックスする時は髪を結んでおこうか?」


冗談めかした顔で言ったレオンに、スコールは彼が髪を結んでいる時の事を思い出してみる。

長く伸ばしたレオンは髪は、平時は流れに任せるままだが、時々結われている事もある。
それは食事当番としてキッチンに立っている時であったり、風呂上がりの熱を逃がす為に首回りを開けたい時であったりだ。
大抵は首の後ろで簡単にまとめているだけなのだが、時々、変わった髪型をしている時もあった。
そう言う時は女性陣におねだりされて遊ばれている名残で、半日程度はそのままにしている。

髪を結い上げていると、首元がすっきりとしているお陰か、普段と違ったシルエットになる。
普段は鬣のように見える横顔や後ろ姿が、首筋が晒される事で無防備に見えるのか、隠されているものが見えている事が人の悪戯心を刺激するのか、賑やか組に何やら襲撃される場面も見る事があった。
それをちゃっかり躱して流してしまう当たりは、大人の余裕のなせる技か。

────セックスの時にも、髪を結んでいたら、そんな風に見える事もあるのだろうか。
そんな事を考えながら、スコールは指に絡む柔らかな髪を撫でながら、


「……いや」
「うん?
「…このままで良い」


そう言ってスコールは、レオンの胸に顔を寄せた。
胸板に鼻先を埋めながら、体の下敷きにしていた腕も伸ばして、レオンの首に絡める。
抱くようにレオンの後頭部に腕を回して身を寄せれば、手首に柔らかな髪がくすぐった。


「良いのか。構わないんだぞ、遠慮しなくても」
「遠慮はしてない。あんたの髪、嫌いじゃないから。このままで良い」


絡む髪の感触を楽しむように、スコールはレオンの髪を手櫛で梳く。
癖が付き易いレオンの髪は、後処理の為にシャワーを浴びた後、しっかりと乾かさずに布団に戻った所為で、もう寝癖がついている。
それを動物が毛繕いをするように、スコールは丁寧に梳いて解して行った。

───こうやって誰かの髪をじっくりと触るのは、初めての事ではないだろうか。
自身の履歴を振り返りつつ、先ず己から始める行動ではないなと分析しながら、スコールは柔い髪の感触を堪能する。
髪の流れに逆らうように、下から上へと掬い上げるように指を通した後で、乱した流れを撫でて直す。
何度もそれを繰り返していると、ふふ、と小さく笑う声が聞こえた。


「楽しいか?」
「……まあ」


それなりに、とついさっきも交わした遣り取りと、全く同じ言葉を交わす。
そうか、とレオンは笑みを交えて言って、スコールの背を抱いていた手を滑らせた。


「…気持ち良いな」
「……そうなのか」
「ああ。それに、少し懐かしい。誰かに頭を撫でられるのも、随分久しぶりだしな」


レオンの言葉に、そうだろうな、とスコールは思った。
時折女性陣に髪を遊ばれている時を覗けば、レオンが誰かに髪を───頭を触らせる事は先ずない。
その必要がないからと言うのもあるのだが、見た目の話として、彼より背が高い者、或いは年上の者がいないからと言う事も挙げられる。
自分は撫でられるより撫でる側であるのが、レオンにとっては当たり前の認識なのだろう。

レオンの手がスコールの後頭部に添えられて、自分と同じ色をした髪をそっと撫でる。
二人でしばらくの間、互いの髪に触っていた。
何をするでもなく、言葉を交わすでもなく、ただただ梳いて撫でてを繰り返す。
スコールは首の後ろがくすぐったいような気がして、レオンも同じ感覚なのだろうか、と考えた。
指の隙間を通り抜けていく髪を捕まえるように、緩く手を握る形にしてみれば、手の中でくしゃりと毛先が絡む。
すると後頭部でレオンが同じように髪を緩く握って、けれど短い髪はレオンの手の中にそれほど納まりはせず、するりと指の隙間を逃げて行った。

無心でレオンの髪に触れていたスコールの頬に、大きな手が添えられる。
つきさっきまで、自分の髪を撫でていた手。
それに誘われるままにスコールが少し目線を動かすと、酷く近い距離に、柔らかな笑みを湛えた男の顔がある。


「スコール」


名前を呼ばれて、呼び返そうとした唇が、レオンのそれで塞がれた。
ゆっくりと深くなっていく口付けの中で、レオンの手は頬から耳の後ろへ、後頭部へと添えられて行く。


「ん、…んん……」


舌をくすぐられる感覚に、ぞくりとしたものがスコールの首の後ろを走った。
その形跡を辿るように、レオンの指が項に触れる。

耳の奥で唾液の交わる音を聞きながら、スコールはレオンの後頭部を抱く手に力を込めた。
長い髪を弄るように掻き乱しながら、もっと、と強請る。
レオンは呼吸の為に一度唇を離した後、はあ、とスコールが一呼吸するのを確かめてから、またキスをした。

深く深く交わって行く中で、レオンが身を起こして、スコールの上へと覆い被さる。
薄く開いたスコールの視界に、薄暗がりの中で流れる髪の毛先のシルエットが見えた。
顔の横から流れ落ちた髪の毛が、スコールの頬を、首元をくすぐって行く。


「ふ…、あ……っ」
「は……っ」


互いの味をたっぷりと堪能して、レオンはスコールを開放する。
仰向けになっていたスコールは、レオンの首に腕を回して縋る格好のまま、天井を仰いではふはふと足りなくなった酸素を懸命に取り込んだ。

落ち着いたスコールが正面を見上げると、じっと見つめる蒼の瞳とぶつかった。
其処に再びの熱が灯っているのを見て、明日も早いんじゃなかったのか、と思ったが、体が熱いのはスコールも同じだ。
しっかりと引き締まった腰に、するりと膝を摺り寄せれば、悪戯な肢体に判り易くレオンが興奮するのが伝わった。


「……レオン」
「もう一度だけ、な」
「……ん」


一度で本当に終わるのか、とは聞かなかった。
夢中になったら、どちらも終われないだろうし、その頃には口約束など忘れている。
それより今は、目の前にある熱が欲しい。

また重ねられ行く唇を、スコールは夢現に堕ちる心地良さの中で受け止めた。
何度目か、顔をくすぐる髪の毛の感触に、じわりと燻る熱が燃え上がるのを自覚する。
指に絡む長い髪を掬いながら、もっと深く、もっと来てと急かしてやれば、レオンの手もスコールの髪をそっと撫でた。
それが我慢の利かない子供を宥めているようで、少し癪に障る気もしたが、撫でる指先の感触は相変わらず気持ちが良い。

でもどうせなら熱を煽って欲しい───と、スコールは情事の最中を思い出させるように、指の隙間で散らばる髪を緩く握って引っ張った。





『レオンの髪の毛を触るスコール』のリクエストを頂きました。

スコールからレオンの髪を触る時ってあまりなさそうなので、どういうシチュエーションかな~と思った末に、やっぱりいちゃいちゃしてる時だね!という結論。
夢中になってしがみついた時、髪を掴んでしまってるって言うのが好きです。

[クラスコ]宝物つかまえた

  • 2020/08/08 22:10
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肌を重ね合わせた後に、スコールが起きている事は珍しい。
大抵は疲れ切って意識を飛ばし、それでクラウドがようやく終わってくれるからだ。
出来ればそれより早めに終わって欲しい、と思っていたりするのだが、最中は快感と愛しい人に抱かれていると言う心地良さで、そんな事は忘れている。
寧ろクラウドにしてみれば、スコールがもっともっとと求めて離さないから、彼が意識を飛ばすまで終わる事が出来ない───と言う所なのだが、そんな事はスコールに自覚はないのだった。

今日はクラウドも疲れていたから、スコールが二回、クラウドが一回果てた所で終わった。
とは言え疲れている事は変わりなく、スコールはクラウドに抱えられてシャワーを済ませ、また抱えられて部屋へと戻った。
仲間達に見付かるのは嫌だから自分で歩く、とスコールは言ったのだが、下肢の違和感に幾らも立ってはいられず、結局クラウドに身を預けている。
部屋に戻ってからは二人とも寝る体勢で、ベッドでのんびりと横になっていた。

壁を向いていないとどうにも落ち着かないスコールを、クラウドは背中から覆うように身を寄せて抱き締めている。
スコールの腹に回された手が時折撫でる仕草をして、くすぐったさにスコールの体が微かに震えた。
正直睡魔を妨げるので止めて欲しい、と思っていたりするのだが、ちらりと後ろの引っ付き虫を覗き見れば、柔らかな光を宿した魔晄の瞳があった。
目が合うと何処か嬉しそうに笑うので、スコールはなんともむず痒い気分で、諦めるようにクラウドに好きにさせている。

その内に腹を撫でる手は、段々と心地良いものになってきた。
何か悪戯をする訳でもないし、何より、背中に感じられる恋人の体温が安心感を誘う。
このまま眠れるかも知れない、とスコールは白い壁を見詰めながら思っていた。

ぼんやりと霞が滲み始めた意識の中で、スコールの投げ出されていた手がシーツの上を滑る。
腹を抱いた手にスコールの手が重ねられると、ぴく、と指先が反応したのが判った。
その指を軽く摘まんでやると、背後で俄かに戸惑う気配があったが、逃げる事はなく、どちらかと言えば此方の様子を伺っているような雰囲気が醸し出される。
警戒と言う程尖ったものはなかったが、動向を気にしているのは隠されなかった。


(……指、太い)


指先で摘まんだ、クラウドの指。
その人差し指の形をなぞるように辿って、ゴツゴツとした骨の感触を覚る。

以前の闘争を終えて、元の世界で二年と言う歳月を過ごしていたと言うクラウド。
新たな世界で彼と再会した時には、急に彼が遠い存在になったようで戸惑っていたものだった。
だが、こうして肌を重ね合わせている内に、年齢を重ねているとしても、彼が自分の知る恋人と本当に同一人物であると感じる事で、少しずつスコールの蟠りは解けて行った。
こうやって指先一つを摘まんで、あの頃にも感じた感触と変わらない事に笑みを零す位に、スコールの気持ちには余裕がある。

平時はスコールと同じように手袋をしているから、クラウドの手が晒されている事は殆ど無い。
直にその感触に触れる機会は、恋人のスコールと言えど、案外と少なかった。
こうやって褥の中で緩やかな時間を過ごせる間柄だからこそ、だ。


(……爪、少し欠けてる)


スコールはクラウドの指を辿り、その先端で少し伸びた爪が不自然に欠けている事に気付いた。
彼の振り回す武器は、長さも重量もあるから、薙ぐだけで結構な遠心力が働く。
時にはその物理法則に逆らった扱いをする時もあるから、手全体に大きな負荷がかかる事もあるだろう。
爪が微かに欠けているのは、そんな戦い方の表れなのかも知れない。

腹に触れていた手をそっと剥がしてみると、クラウドは抵抗しなかった。
スコールは横になった体勢のまま、布団の中を覗き込んでみる。
スコールの手に掴まれたクラウドの手が、たらんと力なく垂れて、時々落ち着きなさそうに指先がぴく、ぴく、と動いた。

その手に右手を合わせ絡める。
思いも寄らない事だったのか、背後で息をのむ気配があって、同時に鼓動の音が忙しくなった。
そんなに驚く事か、と何処か面白いものを見た気分になって、スコールはこっそりと笑いながら、クラウドの手を握り締める。


(大きい。あと、固い)


スコールとクラウドの身長には、対して差はない。
スコールの方がほんの数センチ高いようだが、手の大きさはクラウドの方が大きいようだった。
そう感じる位に、クラウドの手は厚みがあるのだ。

それから、重ね合わせた事でよく判るのが、皮膚の厚みだ。
少しざらついた皮膚は、固い感触に覆われていて、剣胼胝のある場所などは特に顕著である。
その手が自分の体をゆっくりと撫でる時の事を思い出し、まだ最中の感覚の残る場所がひくりと疼く。
背後の恋人にそれを知られるまいと頭を振ると、クラウドはきょとんと首を傾げたが、スコールがそれに気付く事はなかった。

もう一度掌を握ると、今度はそうっと握り返された。
柔らかく弱い力で、とても大剣を振り回しているとは思えないような、優しい握り方。
壊れ物を扱うような丁寧さに、そんなに軟じゃない、とスコールは思うのだが、大事にされていると言う事が実感できるのは嫌いではなかった。


(でも。手首、よく痕が付くんだよな。やってる最中はあまり加減してくれないし)


ちらりとスコールが布団の中の自分の腕を見るが、暗がりなので皮膚の色は判らない。
しかし、繋がっている最中、何度かその腕を掴まれた事を思い出し、多分痕にはなっている、と思う。
明日の朝までそれが残っているかは判らない。

手首に痕が着くのは、人に見られそうで嫌なのだが、しかしスコールは最中にクラウドの手を振り払う事はしない。
自分よりも僅かに大きな手に掴まれ、ベッドに縫い留められる瞬間、その力強さで、それ位に彼が自分を求めてくれているのだと言う事が実感できる。
それと同時に、肌の上を滑るゴツゴツとした手の感触も、スコールを虜にして已まなかった。

スコールは握った手を揉むように、指先の力の入り抜きを繰り返す。
にぎ、にぎ、と一定のリズムを握り開きをするスコールを、クラウドは好きにさせていた。


(……指の隙間、ゴツゴツしてる。やっぱり骨が太い)


指の隙間に順に差し込んでいた手を少し動かして、スコールの人差し指が、クラウドの人差し指と中指の間に入る。
親指と人差し指で、クラウドの人差し指を摘まんで、付け根を摩ってみた。
指と掌の骨が繋がっている所を見付けると、親指で其処を何度も擦り、ゴツゴツとした感触を確かめていると、


「……スコール」
「……ん」


名を呼ぶ声が聞こえて、まだ起きていた、とスコールは思った。
スコールは観察する手を止めずに返事だけ投げると、背後で少し唸るような音が零れる。


「その、くすぐったいんだが」
「……」


クラウドの言葉に、スコールも流石に探る指を止めた。
肩越しに後ろを見遣れば、心なしか恥ずかしそうな、照れくさそうな顔をして、眼を逸らしている恋人がいる。

スコールは少し考えた後、まあ良いか、と思う事にした。


「別に良いだろう。変な事をしてる訳じゃないし」
「いや、うん。それはそうなんだけどな」
「あんた、明日は出るんだろう。気にせず寝れば良い」
「ああ」
「俺もその内寝る」
「……ああ」


好きにしたら良い、と言うスコールに、クラウドは鈍いながらも頷いた。
そうだな、と呟くクラウドの声は、何処か上の空だったが、スコールは気にしなかった。

さて、とスコールは改めた気分で、またクラウドの手を触る。
絡め合わせていた手を離して、掌の皺の形を重ね合わせてみた。
もう少しよく見たいなと思って、掴んだ手を目線の高さまで持って行く。

見易くした所で、スコールは指先でクラウドの掌の皺をゆっくりとなぞり始めた。


(ここは長い。こっちは……なんか、途切れてるな)


手相などスコールは知らないから、クラウドの掌が示す運命云々と言うものはさっぱり判らない。
なんとなく苦労していそうだな、とは思うが、詳細を聞く事はしなかった。

そう言えば、クラウドは元の世界で二年を過ごしているから、見た目も色々と変わった所があるのだが、この掌も変わっていたりするのだろうか。
以前の闘争の中、何度となく体を繋げる度、この掌も握り合ったように思うのだが、その頃とは違うものが此処にはあるのか。
そう考えると、スコールの知らないクラウドがこの手の中にいると言う事になるのか。
決して知り得ないそれを感じて、俄かにスコールの胸に寂しさのようなものが去来するが、同時にそれだけの時間が重ねられても自分の事を忘れずにいてくれたクラウドへの愛しさも増した。

もう一度、そっと、掌を絡めあわせて握る。
その感覚を感じ取ったのだろう、クラウドも何も言わず、スコールの手を握り返した。


(……クラウド……)


心の中で名前を呼びながら、スコールはその手を引き寄せる。

少し手首を捻って、クラウドの手の甲が此方へ向くようにする。
引き寄せたそれにそっと唇を当てると、ぴく、と絡めた指が小さく震えるのが判った。
それだけで逃げる仕草を見せない事に甘え、頬へと寄せて柔らかく握り締める。

頭の芯の靄が濃くなってきている自覚があった。
このまま寝ても良いだろうか、と思っている間に、瞼が重くなって行く。
頬に寄せた、少し武骨な手をやわやわと握りながら、スコールはゆっくりと夢の世界へと落ちて行った。

────それから幾何かして、クラウドがゆっくりと体を起こす。


「……スコール」
「……」
「……眠ったか」


耳元で小さく名を呼ぶと、すぅすぅと心地良い寝息だけが返された。
情事の後の気怠さもあり、恐らくは深い眠りにあるだろう恋人の米神に、クラウドはそっとキスをする。


(さて……)


健やかに眠る恋人を見下ろしながら、クラウドはちらりと視線を横にずらす。
壁に向かって横向きになっているスコールの顔の下には、彼に握られたままの手があった。

眠りに落ちても、スコールはクラウドの手を離そうとはしなかった。
クラウドがこっそりと手を離そうとすると、引き留めるように指先に力が籠る。
それを受けてクラウドが手の力を抜くと、スコールも安心したように握る力が緩んだ。


「そんなに気に入ったのか?」


くすりと笑みを浮かべてクラウドが囁くと、耳元を掠める吐息が擽ったかったのか、んん、と小さくむずがる声。
それからスコールは、クラウドの手をきゅうと握って、また規則正しい寝息を立てるようになった。

やれやれ、とクラウドは一つ息を吐いて、また横になる。
スコールに捕まった手はそのまま、恋人の好きにさせる事にした。


(正直ちょっと辛い所があるんだが……まあ、仕方がないな)


スコールが自分の手で遊んでいる間、クラウドはちょっとした我慢を強いられていた。

普段、接触嫌悪のきらいもあるスコールは、滅多に自分から他人に触れる事をしない。
癖にもなっているのだろうそれはクラウドに対しても同じで、情事の時ですら、蕩けるまでは中々自分からは触れてくれない程だ。
それだけに、彼が自ら触れてくれる瞬間と言うのは貴重であった。
且つ、今の所、スコールが積極的にクラウドへと触れてくれるのは、熱に溺れた時だと言うのが、クラウドの欲をじわじわと刺激する。

しかし、眠るスコールの寝顔は穏やかなものだ。
愛しい人の手を握り眠る少年の安寧を脅かすのは、例え恋人と言えど、どうかと思う。


「おやすみ、スコール」


囁いて、項にそっとキスをして、繋がれた手を緩く握る。
力の入っていない指がぴくりと震えた後、きゅう、と握り返される感触があった。





『クラウドの手を無心でにぎにぎしているスコール』のリクエストを頂きました。

クラウドの手が大好きなスコール、可愛いです。
大好きなので離したくない、離れたくない。
半分寝惚けつつもあるので素直にそんな気持ちが表に出てたスコールでした。

[ウォルスコ]惑い子の聲

  • 2020/08/08 22:05
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ウォーリアの学校には、個性豊かな生徒が多くいる。
そういった生徒の評価は、教師の好みもあって、良くも悪くも分かれている事が多いのだが、今年時期外れの転校でやってきた少年───スコール・レオンハートは、どの教師も扱い兼ねている所があった。

彼が転校してきたのは、所謂家庭の事情と言うものであった。
詳しい事は私事であるので知っている者はおらず、教員が本人に訊ねても、彼自身が口を開かない。
ただ黙っているだけなら、転校したてで戸惑いもあるのだろう、と言う話で多くは流すものであったが、向き合った時、稀有な蒼灰色の瞳から、明らかに不信感を向けて来るのが、大人達には聊か苦しいものがあった。
どんなに朗らかに声をかけても、優しく話しかけても、その眼に宿る翳は濃く、まるで見えない胎の中を探ろうとしているかのよう。
そうした印象は強ち間違いではなく、彼は大人を信用していないのだと、教員たちの間で認識が広まるまでそう時間はかからなかった。

多感な時期と言われ易い年頃である。
大人への不信感というものは、子供が子供である事を辞めるに当たり、辿るプロセスの一つでもあった。
故にこの年頃の若者が、大人に対し、漠然とした不信感や猜疑心を持つのは珍しい事ではない。
代わりに横の繋がり───同年代の少年少女達でそれぞれグループを作り、大人の介入を排除したがる傾向も多い。
だから教師に対する態度に大なり小なりの問題はあれども、友人知人と言うものを作り、環境に馴染もうとする努力をしているようであれば、大人達も一歩引いた位置から見守れば済む話ではあった。
何よりスコールは、大人を信じていないからと、大人をターゲットにした嫌がらせや問題行動を起こすタイプではない。
授業態度は至って真面目だし、課題も送れず提出し、テストの成績は最良と、“優等生”と言って差し支えない程であった。

だが、彼は同年代の少年処女と繋がりを持つ事を拒絶していた。

時期外れの転校生とあって、初めは多くの生徒に囲まれていたが、それも長くは続かない。
元々が寡黙な性質でもあるようだが、投げかけられる質問にも余り応えないので、好奇心を満たしたくて彼に近付いていた生徒達は、遠からず飽きて話しかけることを辞めた。
見目に惹かれて声をかける女子生徒の姿はしばらく続いたが、彼自身がそう言った絡まれ方を好んでいない所もあるようで、勇気を出して告白した者が辛辣な言葉で振られたと、実しやかに囁かれるようになってから、それらの姿も途絶えるようになった。
次に、女子生徒からのモテぶりが気に入らなかったのであろう、一部の男子不良グループに目をつけられたと言う話もあったが、此方もまたいつの間にか途絶えていた。
その裏で、彼が返り討ちにしたとか、某自由業と繋がりがあるとか囁かれていたが、これらの噂は出所もはっきりしていない。
ただ、そう言う噂が囁かれるようになってから、彼が益々孤立して行ったのは事実であった。

ウォーリアは二年生に担当クラスを持ち、同時に生徒指導全般を受け持っている。
その為、校内で問題児と言われる生徒の情報については、ウォーリアの望む望まないに関わらず寄せられる事が多い為、詳しい方だと言えるだろう。
しかし、そんなウォーリアでも、スコールに関して知っている事は、他の者達と大差ない。
これはスコールが誰とも交友関係を持たず、自身の事を他者に説明する事がない為だ。
彼の家庭事情についても同様で、スコールが父子暮らしをしており、父親が多忙で不在勝ちである、と言う以上の事は知らない。

それでも、スコールが優等生である事は確かだった。
授業態度は勿論の事、誰かを苛めたり貶したりする事はなく、ただただ、誰とも繋がりを持とうとしないだけ。
ウォーリアの受け持ちではない事もあり、彼に関しては悪い噂がない───妙なものはあるが───事から、悪い子ではないのだろうと思うのが精いっぱいだった。

だから、夜遅い繁華街の近くで、その姿を見付けた時には驚いた。
それも、明らかに知人とは思えない、判り易い軽い風体の男達に絡まれている所を。


「いつもこの辺にいるじゃん、暇してんだろ?」
「カラオケでも行こうぜ。奢るからさぁ」


大学生だろうか、明らかに下心を匂わせる誘い文句を並べる男達。
テナントビルの閉まったシャッターに寄り掛かっているスコールは、そんな男達に囲まれている。
無遠慮に顔を近付けて来る男達を見る蒼色は、判り易く不快感を映していたが、絡む者達は気にしなかった。
それ所か、男の一人がスコールの肩に腕を回し、行こうぜ、と強引に攫おうとする。

スコールがどう言う事情でこんな場所にいるかは判らないが、ともかく放って置いて良い場面ではない。
それは生徒指導と言う立場にあるウォーリアの責任感でもあったが、それでなくとも、この状況を放置するのは大人としてあってはならない事だと思った。


「スコール」
「あん?」
「……!」


名を呼べば少年が足を止め、同時に男達も振り返る。
口にピアスをした男が、ウォーリアを見て、判り易く面倒臭がる顔をしてみせた。
同時にスコールも、驚いたように目を瞠る。
クラス担任ではないが、一応、ウォーリアの事を知ってくれてはいるようだ。


「その子は私の学校の生徒だ。君達は、彼の知り合いか?」
「あ?あー、うん、そうそう。なぁ?」
「………」


ウォーリアが問えば、男はへらへらと笑いながら適当に返してきた。
それから同意を求めてスコールに話しかけるが、スコールは黙したまま答えない。
少年のそんな態度に、自分達の目的に関して当てが外れたと察したか、目の前にいる教師と思しき男に疑われるのを面倒と思ったか、とにかく割が合わない事は察したようで、「チッ」と舌打ちして、スコールの肩を抱いた腕が離れる。

判り易く機嫌を損ね、男達は品のない罵倒を並べながら、遠ざかって行く。
スコールはそれを何とも言えない表情で見詰めていた。


「スコール」
「……」


名前を呼ぶと、整った顔立ちが振り返る。
ウォーリアよりも僅かに低い位置にある瞳が、不信感を滲ませて此方を見上げた。


「こんな所で何をしている?この辺りは余り治安が良くない。早めに家に帰りなさい」
「………」


定型に則る形で注意をすると、スコールは俯いて唇を噛んだ。
それが、何かを言おうとして、それを堪えているように見えて、ウォーリアは僅かに眉を顰める。

ウォーリアは、改めてスコールの様子を観察してみた。
学校指定の制服ではなく、黒のジャケットと白のシャツ、ボトムもダーク系で固めた私服。
少し大人びた雰囲気の所為か、一見して高校生とは判らないかも知れない。
長い前髪で隠れがちの蒼灰色の瞳は、常に揺らぎを映しており、ウォーリアは、学校で見ている時の彼よりも、酷く危なげな匂いを感じていた。

じっと見つめるウォーリアの視線を厭ったか、スコールはくるりと背を向けた。
すたすたと歩きだす背中を目で追っていると、スコールはビルとビルの間にある細道に入って行く。
しばらくその細道の影を見ていたウォーリアだったが、まさか、と思って近付き、ビルの角陰から道を覗き込んでみると、曲がって直ぐ其処でスコールは地面にしゃがみ込んでいた。


「……スコール・レオンハート」
「……」


名前を呼ぶが、スコールは反応しなかった。
拒否するように背中を丸め、抱えた膝に額を押し付けている姿に、ウォーリアはこっそりと溜息を吐く。

やはり、放って置く訳にはいかない。
ウォーリアはスコールの前に来ると、膝を折って、伏された顔を覗き込んだ。
気配を感じるのか、スコールは膝を抱える腕に力を込めて、貝のように縮こまる。


「何か、家に帰りたくない事情でも?」
「……」
「ご家族が心配しているのではないのか?」
「……」


尋ねてから、黙するスコールを見て、ああそうだ、と遅蒔きに思い出す。
スコールの家は父子家庭で、その父親は多忙で滅多に家にはいないのだと、スコールの担任教師から聞いた。
緊急連絡先として電話番号を提出されているので、連絡が全く取れない訳ではない筈だが、息子の夜歩きを抑制できる環境でないのは確かなのだろう。

どうしたものか、とウォーリアは考えた末に、一先ず明るい場所に連れ出そうと思い至る。
丁度、道を戻って直ぐの場所に、深夜まで営業しているファミレスがあった。


「スコール。少し移動しないか」
「……」
「君が嫌がる事はしない。ただ、此処は───良くない人間も少なからずいる。また絡まれるのも面倒だろう」
「……」


蒼い瞳が、じわりとウォーリアを覗き見る。
あんたの方が面倒臭い、と言う声を聞いた気がしたが、ウォーリアは無視した。
そうしなければ、スコールを此処から動かす事は出来ない。

振り払われるかとも思ったが、そっと膝を抱えた腕に触れると、意外にもスコールは抵抗しなかった。
少し引く腕から逃げたがる様子はあったものの、そのままウォーリアが静止すると、膠着状態が長引くだけと悟ったのか、のろのろと体を起こす。

その気になればスコールが振り解けるように、繋いだ手は優しく握るだけに努める。
甲斐はあったか、スコールはファミレスに入るまで、ウォーリアの元から逃げる事はしなかった。

適当なテーブルに向かい合う形で座り、コーヒー一杯と、ホットココアを注文すると、程無く届けられた。
取り敢えず、飲みなさい、と言うと、スコールは訝しむ顔でウォーリアを見詰めた後、渋々と言う様子でココアに口をつけ、


「………甘……」


零れた声に判り易く不満が乗っていた。
好きではなかったか、とウォーリアは目を閉じ、


「すまない。コーヒーの方が良かっただろうか」
「……これよりは」
「では交換しよう。私はまだ口をつけていないから」


そう言ってウォーリアは、スコールの手元のコーヒーカップをスコールの前へと差し出した。
スコールはまた訝しむ顔をして、ココアとコーヒーを交互に見る。
それから、恐る恐ると言う様子でコーヒーに手を伸ばし、代わりにココアを差し出す。
では、とウォーリアがココアを受け取り、口に運んでみると、成程確かに甘かった。

滅多に口にしない甘さを口に運びつつ、ちらりと少年を見遣れば、彼はコーヒーを一口含んで、ほうっと息を吐く。
詰め込んでいたものが僅かに解された、そんな表情だった。

その表情を、きっとまた強張らせてしまうだろうと思いつつ、しかし此処までしておいて踏み込まない訳にもいかないと、ウォーリアは口火を切った。


「スコール。君は此処で何をしている?」
「……」


案の定、スコールの表情がまた翳を帯びる。
蒼い瞳がウォーリアから逸らされて、夜の街を映し出す窓を見詰め、


「……暇潰し」
「日のある内なら問題ないが、この時間まで歩き回るのは感心できない」
「……」


判ってる、と言いたげに蒼灰色が細められた。
やはり愚鈍な子ではないのだと、ウォーリアも理解する。

なればこそ、やはり、スコールが夜の街にいた事には、某かの理由が存在するのだろう。


「君の事だ。きっと何か事情があるのだろうと思う」
「……」
「良ければ聞かせてくれないか。私でできる事なら、君の力になろう」
「………」


ウォーリアが言うと、蒼の瞳が此方を見る────いや、睨んだ。
その瞳から、“嘘吐き”と言う声を聞いた気がして、ずきりとウォーリアの胸の奥が傷む。

生徒指導と言う立場になってから、様々な生徒の内情に踏み込む事も経験した。
不良と呼ばれ、遠巻きに敬遠される生徒が、酷く荒れた家庭に育ち、身を守る為に悪い行いに手を染める事もあると知った。
友人と思っていた者に裏切られて傷付いた者や、面白半分に苛められ、助けを求めても誰も手を差し伸べてくれないと泣いた者もいた。
……今ウォーリアを見ているのは、そう言う生徒達と同じ、傷付き続けて疲れ切った者の眼だ。

だからこそ此処で彼を捨ててはいけないと、ウォーリアは真っ直ぐに睨む蒼を見詰め返す。
その強い瞳に圧されたか、抵抗するのが面倒になったか、スコールは一つ溜息を吐いて、


「……家にいたくない」
「理由を聞いても良いか」
「……あそこは、俺の家じゃないから」


そう言ってスコールは俯いた。

────スコールは、一年前まで児童養護施設に籍を置いて暮らしていた。
それが、父親だと言う人物が現れて、施設職員と本人同士とを交えた話し合いの末、引き取られる事になった。
それ自体はスコールも自ら考え、父親の方も「今更だとは思うから」とあくまで本人の意思を尊重してくれた結果の答えだったのだが、今になってスコールは、その時出した自分の“答え”に迷いを抱いている。

父親は息子の年齢を考えてか、元々忙しい事も相俟って、あまりスコールの生活に口を出す事はない。
スコールを信じての事でもあったし、父子が出会ってからまだ幾らと経っていない事もあって、それ位の距離感が妥当であるとはスコールも理解している。
元々干渉されるのは好きではないから、ぎこちなくはあっても、それ位から初めてくれないと、スコールも当惑するのが目に見えていた。
だから生活は自由気ままと言えば確かにそうなのだが、何処かスコールは空虚を感じていた。

父親の家に引っ越してきてから、スコールは間もなく、その空間にいる事に耐えられなくなった。
それは父親が家にいるいないに関わらず、何か漠然と「此処じゃない」と思う気持ちが競り上がって来るのだ。
初めのうちはそれでも何とか慣れようとしたのだが、それ程時間を置かず、無理が来た。
以来、スコールは父親のいない日は家で過ごす事を止め、かと言って行く宛てがある訳でもなく、夜の街を彷徨うようになる。


「それは───……施設の方に、相談などした事はないのか?」
「………」


再会したばかりの父子が、お互いの歩み寄りとして、共に暮らす事を選択したのは悪い事ではない。
しかし、十七歳と言う多感な年齢は、自分で判断する事も出来る力を持ってはいるが、同時に様々な出来事に対して経験が浅い事もあり、かかる負荷に対して上手く対応できない事も多い。
また、スコールのように頭の回転が早い場合は、周囲の無言の期待を取り込み過ぎ、望みと反した選択を選んでしまう事もあるのだ。

選択をした後でも、悩む事があれば、元保護者として手を差し伸べてくれる大人はいるのではないか。
そんな気持ちでウォーリアが確かめると、スコールは緩く首を横に振った。


「……あそこも、違う」
「だが、長く住んだ場所なのだろう」
「……」


ウォーリアの言葉に、スコールは沈黙した。

黙するスコールの胸中を、ウォーリアは汲み取れない。
だが、漠然と、しかしはっきりと、スコールが“自分のいる場所”に対して違和感を覚えているのは確かなのだろう。
「だって」と言いたげな、けれど「どうせ判ってくれない」と蒼の瞳が雄弁に語るのを、ウォーリアは音のない声で聞いた気がした。

夜の街へと移った瞳が、酷く老成して見えるのは、ウォーリアの気の所為ではないだろう。
きっとスコールは、誰に頼る事も出来ずに過ごしてきたのだ。
ひょっとしたら誰かを頼る努力をしたのかも知れないが、大人を睨み信じない瞳が、その結果を具に映し出している。
そうして此処かも知れないと期待する度、此処ではなかったと打ちひしがれるのを繰り返し、疲れてしまった。

スコールはコーヒーを飲み干すと、上着のポケットから小さな財布を取り出した。
自分の分の支払いを出そうとしているのだと気付いて、ウォーリアが止める。


「私が無理に連れてきて、勝手に注文したものだ。私が出すから、気にしなくて良い」
「……」
「それより君は────」


早く家に帰りなさい、と言おうとして、ウォーリアは辞めた。

家に帰れと言えば、スコールは帰るかも知れない。
しかし、それは一時の事であって、きっとまたスコールは夜の街へと彷徨い出すのだろう。
家にも学校にも居場所を持たない彼は、あるかも知れない何かを探して、見付けるか諦めるか決めるまで、迷子になって歩き続けるのだ。

ウォーリアの脳裏に、つい先ほど、スコールを見付けた時の光景が蘇る。
明らかに悪質な雰囲気を振り撒き、下心を恥ずかしくも隠しもせず、露骨に卑しい目的で少年に近付いていた男達。
ウォーリアがちらりと外を見遣れば、丁度その男達が道を通り過ぎていく所だった。
何かを探しているようで、ひょっとしたらスコールをもう一度捕まえようとしているのかも知れない。
あの時スコールは、ウォーリアが介入しなかったら流されて行きそうだったので、男達には良いターゲットと見られた可能性はある。

そんな事をさせてはいけない。
そう思ったら、次の言葉がするりと口を突いて出ていた。


「家にいたくないのなら、私の家に来ると良い」
「……………は?」


数秒の沈黙を置いて、スコールが顔をあげる。
いつも何処か遠くを見ていた蒼の瞳が、真ん丸に見開かれている。
そう言う顔をすると、普段醸し出している雰囲気に反して、随分と幼い顔立ちをしている事が判った。

何を言ってるんだ、と瞬きを繰り返すスコールに、ウォーリアは続ける。


「家に帰りたくない事情は、理解しよう。だが、今日のようにこんな時間まで街を歩き回るのは、やはり感心できない。危険な事も多いから」
「……」
「君の事は詳しくはないが……学校でも、あまり親しい友人はいないように見えるし、きっといたとしても、君は其処を頼る気にはなれないのだろうな」


スコールは肯定も否定もしなかった。
だが、頭の良いスコールの事だから、下手に友人知人を頼っても、その親御等から良い顔をされない事は判っているだろう。


「だから、今は私の家を使うと良い。君が自分自身で、此処にいたいと思える場所が見付かるまで」
「……そんなの、いつになるか。大体、そんな事して、あんた……先生になんのメリットがあるんだ」
「損得の問題ではない」
「じゃあなんでそんな事」
「私が、君を放っておくことが出来ない」


それは事情を聞いたからでもあったし、生徒指導と言う立場からでもあった。
だがそれ以上に、ウォーリアは、この何処か儚く危うげな少年を、このまま孤独に溶かしてしまう事は出来ないと思ったのだ。


「君のような年頃の子が、楽しめるようなものなど、うちには置いていないから、詰まらないかも知れないが」
「………」
「教師の家に行くと言うのは、嫌がる生徒も多いとは聞く。無理強いはしない。だが、またこうして夜の街に行く事は辞めて欲しい」


止めろ、と言う確定的な言葉を、ウォーリアは避けた。
その言葉を使う事は簡単だったが、スコールはその言葉を受け取り難い状態にある。
あくまで尊重すべきは本人の意思だと、ウォーリアは考えていた。

その上で、ウォーリアははっきりと告げる。


「君が、君自身の望む居場所を見つけるまで、私が君の居場所になろう」


ウォーリアの言葉に、スコールは呆けた顔を返すのみ。
何を言っているんだろう、と首が傾げられたが、その後俯き考えている様子があった。
信じて良いのか、でも、と瞳が酷く不安定に揺れているのが判る。

テーブルの下で、スコールは膝に乗せていた手をゆっくりと握り締めた。



それから長い時間をかけて、お願いします、と言う声が小さな口から紡がれる。
頷けば、蒼の瞳が泣き出しそうに揺らめいて、それが安堵の所為ならば良いとウォーリアは願わずにはいられなかった。





『自分の居場所がないと感じているスコールに、「見付かるまで私の隣にいると良い」と言う包容力のあるWoL』のリクエストを頂きました。

半ば自分から独りぼっちになりつつ、でも本当は誰かの温もりが欲しいスコールと、何か本能的な所でそんなスコールを守りたいと思うWoL。
スコールの方も、変な大人だとか、生徒指導だから煩そうだとか思ってたけど、思ってもいなかった歩み寄りをされて驚きつつ、変だけど嫌な奴じゃないかも知れないと思い始める。
そんな二人のスタート地点。

[ウォルスコ]スリーピング・ハピネス

  • 2020/08/08 22:00
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仕事を終え、退社したのが午後8時────普段のウォーリアの生活を思えば、格段に早い時間だ。

昨今は何かとコンプライアンスだなんだと姦しい所があり、ウォーリアの勤務先でも勤務形態について色々とメスを入れている事もあって、世間的にはホワイト企業と言っても良いのだろうが、実情としては少々歪みも少なくない。
規定とされる退社時間を大幅に遅れる事は珍しくなく、一応その際の残業代は出てはいるのでマシと言えばマシではあるのだが、根本的な人員不足であるとか、それに連なる後進の育成等については、それ程明るくはなかった。
ただ現状として、回す仕事は折々にトラブルが起こりつつも回せているし、現場の雰囲気も決して悪くはない。
そのお陰で、ストレス等で仕事を辞める者や、ふつりと連絡を途絶えさせ消えてしまう者がいないのは、幸いだと言えるだろう。

ウォーリア同様に帰宅の途に向かう人々で鮨詰めになっている電車を乗り継ぎ、少し閑散とした駅で降りる。
小綺麗なマンションビルが立ち並ぶ区が、ウォーリアが住んでいる場所だ。
都心のベッドタウンと評判の良い其処は、利便性も治安も良く、家族で暮らしている者が多い。
ウォーリアのように独り身の男が暮らす場所としては少々値が張るのだが、それでもウォーリアはこの場所に住もうと思い、それまで住んでいたアパートを引き払って引っ越したほどだ。
基本的にウォーリアは住めば都と言うもので、余り生活環境に拘りはないタイプだったのだが、今は違う。
日々を共にする大切なパートナーがいるから、彼の為にも、安心して暮らせる環境と言うのは必須だったのだ。

駅からそう遠くはない場所に聳えるタワーマンションの中層が、ウォーリアの家である。
セキュリティとしては高層が欲しい所ではあったのだが、余りにも高い場所と言うのは、移動に色々不便も出るし、最近は自然災害の備えとしても極端な高層階は好まれない。
程好く高く、程好く地面と距離がある、その位置が人気なのだそうだ。
ウォーリアが引越し先を探していた時、運良くこの物件が空いており、余り内覧もしない内に、地理と金額だけを確認して滑り込んだ。
お陰で引越してから存外と広い───何せ1フロアに対して4世帯しかない───と知ったのだが、ウォーリアは余り気にしなかった。
寧ろパートナーである少年の方が、こんな場所でこんな広さで、家賃はとんでもないんじゃないかと青くなっていた位だ。
同居するに辺り、家賃や光熱費と言った生活に掛かる出費は、社会人であるウォーリアが受け持つ事に決めていた(彼は大分嫌がったが)から、彼にとってはウォーリアにとんでもなく負担をかけると思ったのだろう。
だが、部屋を決めたのはウォーリアだ。
この場所なら彼も安心して生活できるし、日々の登校の距離や時間にも無理はないだろうと、ウォーリアが決めて選んだ。
君と此処で暮らしたい、と正直な気持ちを告げると、彼は真っ赤になって、もう契約してしまったのだし仕方がない、と自分に言い聞かせるように言って、自分の荷物を運びこんでいた。

その少年が待つ家。
ウォーリアは仕事を終えると、何処に寄り道する事もなく、真っ直ぐに帰路を進む。
少しでも早く家に着けば、朝に弱い体質の為、早めに就寝準備をする少年が眠る前に帰る事が出来るからだ。
お陰でマンションの玄関ロビーに着いた時には、時刻はまだ8時半を過ぎた所だった。
今なら課題をしているか、それも終わらせてテレビをのんびりと見ているか、そんな頃だろう。

────そう予想していたウォーリアがリビングダイニングの扉を開けると、果たして其処に彼はいた。
ウォーリアの日々の生活のパートナーであり、最愛の少年、スコール。
彼はダイニングテーブルに突っ伏して、教科書やノートを下敷きにして、すぅすぅと寝息を立てていた。


「……スコール」


そっと名前を呼びながら近付いてみるが、スコールは目を覚まさない。
部屋の奥では、音量を心持ち搾ったテレビが点いており、何かの情報バラエティ番組が流れていた。

どちらかと言えば、人の気配には敏感なスコールである。
ウォーリアの帰宅の音は勿論、テレビも点けっぱなしで眠ると言うのは、非常に珍しい事だ。
学校で疲れていたのだろうか、と眠る少年の目元にかかる前髪をそっと払いながら覗き込む。
健やかな寝息を零す恋人の顔は穏やかなもので、その事のウォーリアはひっそりと安堵した。


(起こしてしまうのは可哀想だ)


スコールは今年で高校二年生になり、学校では生徒会に所属したと言う。
嘗てのウォーリアの母校に進学した彼は、来年の生徒会長候補と周囲から思われており、日々色々な雑務に振り回されている。
ウォーリアも母校の生徒会に所属していたから、教員から回されてくる日々の雑務に、生徒会としての他生徒の模範になる行動活動にと、忙しくしたものである。
家に持ち帰って頒布物の制作をしていた事も多く、スコールもその例に漏れずにやる事が多い。
こうしてゆっくり休む暇と言うのも中々難しいもので、特に真面目な性格も相俟って、スコールはキャパシティ限界まで気を張り詰めてしまう所があった。

そんなスコールの穏やかな寝顔を壊してしまうのも忍びなくて、ウォーリアは彼を起こさない様に、そうっと体を抱き上げた。
横抱きにしてゆっくりと持ち上げてやると、かくん、と頭が揺れて、ウォーリアの胸に預けられる。


「んぅ……」


零れる声に、起こしてしまうだろうか、と少しの間固まった。
スコールはむずがるように唸りに似た声を漏らしつつ、もそもそとウォーリアの腕の中で身動ぎする。
その内に収まりの良い場所を見付けたか、ひたりと静かになって、


「……うぉる……」


ぽろ、と零れたのは、帰りの遅い恋人を呼ぶ声。
無防備に緩んだ唇が、その名を紡ぐのを聞いた瞬間、ウォーリアの胸の内で心臓が拍を打つ。
ああ、と何とも言えない充足感がウォーリアを満たして行った。

すぅすぅと健やかな寝息を再開させたスコールを、ウォーリアはソファへと横にした。
体を離す間際、スコールの手が駄々を捏ねるようにウォーリアの上着の端を摘まむ。
やだ、と離れる体温を追い駆けるその仕草に、ウォーリアの口元が緩むが、流石に空きっ腹が辛かった。
リビングに入った時から、キッチンから漂ってくるスパイスの香りもあり、スコールが作ってくれた夕飯で早く胃を満たしたい。
すまないな、と詫びる気持ちでスコールの眦にキスを落とすと、心なしかスコールの口元がふにゃりと緩んで、上着を摘まんでいてた指も解けていった。

キッチンに入ると、鍋とフライパンにそれぞれ料理が出来上がっており、傍らには空の皿。
きっとウォーリアが帰ってきたら、温め直して皿に装うつもりだったのだろう。
この程度なら自分でも、とウォーリアは鍋に弱火を点け、フライパンの炒め物は皿に盛って電子レンジに入れた。
電子レンジが温め終了の合図を出すまで、ゆるゆると鍋の中を掻き回しながら温める。
程なく夕飯の準備は整い、ウォーリアはリビングダイニングへと戻る。

スコールはまだ眠っていた。
その寝顔が見える位置に座って、ウォーリアは食事を始める。
ふと対岸に置かれたままのノートと教科書に目が行くと、並ぶ数式の傍らに、小さな猫が落書きされていた。


(やはり、疲れていたのだろうな)


スコールが勉強中に気を散らす事は少ない。
雑音があるのも好まないので、勉強をしながらテレビを見ると言う習慣もない筈だ。
そんなスコールが、ノートを開きながらテレビを点けて、そのまま居眠りをすると言うのは、一緒に暮らし始めてから初めて見る光景だった。

やはり、起こさなくて良かったのだと、ウォーリアは一人納得する。
帰宅した時、おかえり、と返してくれる声がなかったのは少し寂しかったが、ウォーリアはスコールが無理をする事を望んでいない。
休める時にはしっかり休むべきだと、それが彼の為であると判っている。


(それに……こうして明るい中で君の寝顔を見ると言うのも、悪くない)


テーブルの向こう、ソファで眠るスコール。
その顔は眉間の皺が消え、緩く唇が開いている所為か、とてもあどけない。
普段の大人びた雰囲気もすっかり消えているから、年齢よりも更に幼い印象を滲ませていた。

一緒に暮らすようになってから、二人の寝室は共用にした。
だからベッドで彼の寝顔を見る事は多いのだが、大抵、先に眠っている彼を起こさないよう、ウォーリアは寝室の電気は点けないようにしている。
この為、煌々とした明るい中で恋人の寝顔を見ると言うのは、こんな機会でもなければ出来ない事だった。

恋人の寝顔を眺めている内に、時間は過ぎていく。
作業的に行っていた食事も終えて、ウォーリアは食器をキッチンへ運び、片付けを済ませた。
鍋やフライパンに残ったままの料理は、家事全般を預かるスコールに任せた方が良いだろうと、触らずにキッチンを出る。

腹が満たされ、いつもなら風呂へと向かう流れだったが、ウォーリアはソファに近付いて膝を折った。
眠るスコールは猫のように体を丸めている。
これは寒い訳ではなくて、寝ている時のスコールの癖だった。
長い手足を縮こまらせていると、それなりに身長がある筈のスコールが、まるで小さく見えるから不思議だ。
長い前髪のかかった目元をそっと撫でると、柔らかな髪の毛が指の隙間からするすると滑り落ちる。
昨晩も触れたその柔らかさに、ウォーリアが目を細めていると、


「んん……」


小さくむずがる声の後、眉間の皺がきゅう……と寄せられる。
眩しさを嫌うように、スコールはソファに顔を伏せ、ぐりぐりとクッションに額を押し付けた。
それからもう一度「んぅ……」と唸って、長い睫毛がふるりと震える。


「……ふぁ……?」


ゆっくりと目を開けて、寝惚けていると判る声が漏れる。
スコールはクッションの端をにぎにぎと感触を確かめるように握って、ふぁああ、と欠伸をした。

横になった格好のまま、スコールはしばらくの間、ぼんやりとしていた。
寝起きからのスイッチの切り替えが遅い彼は、目覚めてしばらくはいつもこの状態だ。
それから緩やかな時間をかけて、意識が覚醒方向へと向かい始める。

虚空を見詰めていた蒼灰色の瞳が、一回、二回と瞬きをした後で、傍らの気配───ウォーリアの存在に気付いた。
蒼がゆらゆらと揺れる光を湛えながら、ウォーリアへと向けられて、


「……うぉる……?」
「ああ。少し前に帰った。ただいま、スコール」
「…ん……おかえり……」


帰宅の挨拶をしたウォーリアに、スコールも挨拶を返す。
その唇が柔らかな笑みを象っているのを見て、ウォーリアはまた胸の奥が喜びに満たされる。

スコールが猫手で目を擦りながら起き上がる。
ふあ、ともう一度欠伸をして、眩しげにぱちぱちと瞬きを繰り返してから、やっとスコールの稼働スイッチが入り始める。
短い時間ではあるのだろうが、最初は椅子で、次はソファで丸くなっていたものだから、彼の体は固くなっていた。
ぐぐ、と腕を頭上に伸ばして伸びをしながら、スコールは辺りを見回し、此処が寝室ではない事に気付く。
追って、自分が勉強中に寝落ちていたと思い出したようだった。
時計を見れば9時半で、いつものウォーリアの帰宅時間に比べると随分と早いと理解して、


「今日は早いな。飯、直ぐ用意するから───」
「ありがとう。だが、夕飯ならついさっき食べ終わった所だ」
「そうなのか。……起こせば良かったのに」


自分が寝ている間にウォーリアが帰宅し、自分で食事の準備を済ませ、片付けも終わらせた。
同居に当たり、家賃等の金銭的な所はどうしても甘えねばならない代わりに、家事全般を引き受ける事で落とし所としたスコールにとって、意図せずもサボってしまった事が少々引っ掛かったらしい。
心なしか拗ねたような、それも自分に向かって怒っているような表情に、ウォーリアは眉尻を下げて微笑む。


「よく眠っているようだった。だから、起こさない方が良いだろうと思ったんだ」
「……悪い。気を遣わせた」
「いや」


詫びるスコールに、ウォーリアは首を横に振った。


「とても良いものが見れた。だから、私は満足している」
「良い物?」


ウォーリアの言葉に首を傾げつつ、スコールの視線は点けっぱなしのテレビへ。
眠る前に眺めていたクイズ番組はとっくの昔に終わっていて、今はニュースの時間だ。

何か面白い物でもやってたか、と尋ねるスコールに、ウォーリアはいや、と首を横に振った。
スコールは益々首を傾げたが、ウォーリアは緩やかな笑みを浮かべて、スコールの貌を見詰めるばかり。
そうしていると、真っ直ぐに射貫くアイスブルーの瞳が───好きなのだが───苦手なスコールは、無性に落ち着かない気分になって、逃げるように視線を逸らす。

ウォーリアは、じっとスコールの貌を、その瞳を見詰めていた。
言葉を探す事を苦手としている口の代わりに、スコールの瞳はとてもお喋りだ。
今は、ウォーリアに見つめられて恥ずかしい、と言う気持ちがありありと浮かんでおり、けれども時折ウォーリアをちらりと盗み見て、また頬を赤くする。


まだ幾何かの睡魔が残っているのだろう、スコールが目を擦って欠伸をする。
ウォーリアはその手をやんわりと握ると、薄らと水膜の浮かんだ眦にキスをした。

ぱちり、と驚いたように見開かれた眼が瞬きを一つ。
それから、何をされたのか理解して、顔が首から耳から赤くなり、沸騰する。
眠っている時には見られなかったその様相に、やはりこの反応も悪くない、とウォーリアは何度目かの満足感に浸るのだった。





『ウォルスコの甘々』でリクエストを頂きました。

スコールは寝ていると素直に甘えて来るので、可愛いと思っているウォーリア。
でも起きているとそれはそれで可愛い反応をしてくれるので、それもそれで好きなのでした。

[セフィレオ]いつもと違う日の終わりに

  • 2020/08/08 21:55
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[平日、とあるアンティークカフェにて][非日常空間の日常]の続き






何年ぶりかに足を運んだ水族館は、思いの外、大人二人を満足させてくれた。
客の趣向を凝らした展示の仕方や、子供だけでなく大人も興味を惹くような触れ合いコーナー等、よくよく観察すると中々面白い。
展示された動物の生態に則った水槽の形、水底のような深い広さを感じさせる背景の色や岩場の設置、視線誘導の動線────各所に配置されたスタッフの、年齢層に合わせた解説の仕方など、人を飽きさせない工夫が随所に施されている。
顧客の満足度が高いのも頷ける、と言うセフィロスに、全くだとレオンも頷いた。

一頻り水族館を見回った後は、フードコートで休憩した。
交わされた雑談にレオンは笑みを交えながら、折角こんな所に来たのだから、何か土産でもないかと思い始めていた。
そう考えたレオンの頭にあったのは、歳の離れた弟の顔だ。
誰が何処其処に行ったなんて話は、弟の興味には触れないだろうとは思うが、折角なので報告次いでに渡せるものでもあれば良い。
そんな気持ちで、弟向けの土産を買いに行きたいと言うと、セフィロスは快く付き合ってくれた。

都会の真ん中にある巨大な複合型施設のビルの屋上に、水族館は設置されている。
それ以下のフロアは、上層は会議として借りられる部屋がありつつ、他にもイベント事が催される際に利用されるホールもあった。
幾つかのフロアには、広さとしては小規模ながら、観客席のある劇場も入っている。
そして中層から下層にかけては様々なテナントが入る商業フロアとなっており、此処に水族館の客向けの土産物屋も加わっていた。
水族館内にも土産物屋はあるが、此方は家族連れ等で混雑している事も多く、それを厭った客や、もっとマニアックに海洋生物を好む客向けの商品が置かれている。

レオンは其処で、アザラシのぬいぐるみを買った。
50cmのビッグサイズのぬいぐるみを、大の大人が買うのは少々恥ずかしかったが、土産なのだから良いだろうと思った。
高校生の弟がこんなものを貰っても困惑するだけだろう───とは思うのだが、どうにも手触りが良くて気に入ったのだ。
弟もきっとこの手触りは好きだろうから、何かとストレスを溜め勝ちなあの子の癒しになれば良い。
ついでに目に付いたスノードームを買って、部屋の何処かに飾ってみる事にした。
こっちを渡した方が弟は素直に喜ぶんじゃないか、とセフィロスは言ったが、さてどうだろう、とレオンは苦笑いする。
実用物ではないだけに、どちらを渡しても、弟は先ず微妙な顔をするだろう。
幅を取らない分、ひょっとしたらスノードームの方がマシかも知れないが、彼には是非ともふかふかとしたアザラシのぬいぐるみの感触を味わって貰いたかった。

レオンとセフィロスがこの複合施設のビルにプライベートで入ったのは、今日が初めての事だった。
仕事で来る時には、専ら上層の会議フロアの他、昼食の為に予約していた飲食店フロア以外は利用する事がないので、折角だからと店舗フロアも見回ってみる事にする。
多くは女性客にターゲットを絞ったブティックが占めていたが、男性向けのフロアもあった。
同僚であり友人であるザックスやクラウドが好みそうな店もあり、来ているかも知れないな、と思ったが、特に見知った影と逢う事は、最後までなかった。

広さもあり、店舗の種類もありと、そんな中を一通り見て回ると、流石に疲れた。
折角だからと遊びに来る弟が好みそうな服やらアクセサリーやらを購入した事で、レオンの荷物は増えている。
ぬいぐるみ然り、中々に嵩張っているので、何処かのロッカーボックスにでも預けるか、或いは帰るかと言う選択肢になった。
普段ならこんなに歩き回る事などしないから、そう言う意味では十分に休日を満喫したと言える。
となると、今度はゆっくり休みたいかな、と言うレオンに、では帰るとしよう、と二人はビルを後にする。
太陽が西へと大きく傾く時間帯だった。

恐らくこのままセフィロスはうちに泊まる事になるだろうと、レオンは駅から最寄のスーパーで二人分の食料を買い込んだ。
食材で手が埋まるレオンに代わり、土産等の荷物はセフィロスが持つ。
その帰路の間、セフィロスがあのふわふわもこもことしたアザラシのぬいぐるみを抱えているのだと思うと、レオンは無性に面白くて堪らなかった。

家に着くと、レオンは一心地ついた後、夕飯を作り始めた。

窓から差し込む光は、オレンジ色に染まって熱を帯び、都会のコンクリートジャングルは沢山の影が落ちている筈なのに、気温は一向に下がる様子を見せない。
この時間まで外を歩き回らなくて良かった、と言うのが二人の正直な気持ちである。
何せ、帰ろうと決まってから、ビルから駅へと向かう道すがらだけで、汗が止まらない程に暑かったのだ。
その汗が染み込んで気持ちは良くないだろうと、レオンにシャワーを使って良いと言われたので、セフィロスも遠慮せず汗を流させて貰った。
その間にレオンは手際良く夕食を作り終え、食卓の準備を整える。

珍しく歩き回った所為だろうか、普段のレオンを思えば少々ボリュームの多い夕飯でも、二人は容易く平らげた。
どうにもそれだけでは足りないような気もして、レオンは酒と摘まみを用意する。
珍しいなと言ったセフィロスに、今日一日のテンションに乗せられてるんだと言えば、セフィロスはくつくつと笑った。
あちらも大分、浮かれた気分のようだと、その表情でレオンは覚った。


「……偶には良いな、こんな休みも」


グラスに注いだ一杯目のワインを飲み切って、レオンは天上を仰ぎながら言った。
背中をローソファの背凭れに乗せて、体の力を緩めているレオン。
何処か無防備さを曝け出しているように見えるのは、セフィロスの気の所為ではないだろう。
元々アルコールに強くはない体質に加え、歩き回った心地の良い疲れもあり、今日は回るのが早いかも知れない。
だが、セフィロスはグラスに二杯目を注ぐレオンを止めはせず、自身もいつもよりも少しペースの早いリズムでグラスを傾ける。


「満足しているなら結構だ。此方も連れ出した甲斐がある」
「ああ、感謝してる。久しぶりに羽を伸ばした気分だ。少し羽目を外し過ぎてる気もするが」
「この程度で羽目が外れているのなら、ザックス達は年中外れっ放しだぞ」
「あいつらは、ほら。若いから」


老成じみた事を冗談に交えつつ、レオンは摘まみに手を伸ばす。
チーズと生ハムを乗せた一口サイズのクラッカーを齧って、またワインに口を付けた。

今日一日の出来事を振り返り雑談を交わす二人の横では、見ているのか判らないテレビが喋り続けている。
バラエティのゴールデンタイムとあって、芸能人が賑々しくしていたが、二人はあまり見ていなかった。
その内に番組が一つ終わり、次の番組が始まって、其処に見覚えのある紺碧色が映ったのが二人の興味を引いた。


「ん。あれは今日の───」
「そのようだ」


レオンがテレビに視線を向ければ、セフィロスも画面に映し出されたスポットを確認した。
番組趣旨はこの夏に注目されているスポットを紹介する、と言うもので、水族館をピックアップしている。
普段なら大して興味もなく聞き流している内容だったが、見覚えのある場所が映ると、不思議と興味が惹かれた。

スタッフのオススメや、客に人気のショーなど、沢山の注目ポイントが紹介されていく。
きっとこの番組を見て、明日も沢山の客が水族館を訪れるのだろう。
夏休みとあって一層混雑するであろうことを想像し、今日の内に行けて良かったな、とレオンは思った。

華やかなショーの様子を流すテレビをじっと見ていると、隣の男が言った。


「見ておけば良かったか?」
「ん?……いや、まあ、余り気にはならないかな。見れば面白かったんだろうけど」


ショーに行くか行かないかと言う話をしていた事を思い出し、レオンは改めて、どちらでも良かったと言った。
言葉の通り、見ればそれなりに楽しんだとは思うが、どうしても見たいと言う程興味は惹かれない。
やはりレオンは、並べられた展示をのんびりと自分のペースで見る方が性に合っているのだろう。
そう答えたレオンに、セフィロスは肩を竦め、「俺もだ」と言った。

映像は次のVTRへと移り、水族館内のオススメ撮影スポットを紹介していた。
そのスポットで、カメラや携帯電話を使い、子供の記念写真や友人とのグループショットを撮影する様子が映される。
それを眺めつつ、そう言えば、とレオンはセフィロスの方を見て、


「写真は撮らなかったな」
「ああ。撮りたかったのか?」
「いや、そういう訳でもないんだが」


テレビで言っているからとレオンが言うと、セフィロスの視線がレオンへ向けられ、またテレビへと戻される。
テレビには自撮り棒に携帯電話を固定し、友達とのツーショット撮影をする女子高生の姿。
レオンは、顔を近付けあい、ピースサインをした写真をカメラに見せる若者の様子に、弟の友人から送られてくるメール画像を思い出す。
嫌々そうな顔をしつつも、友人にねだられて仕方がなさそうにレンズを見上げる弟の顔を思い出し、若者ならば今は当たり前の光景なのかも知れないと思っていると、


「試してみるか」
「何を」
「写真だ」
「カメラなんてうちにないぞ」
「携帯で十分だろう」


唐突なセフィロスの言葉に、レオンは目を丸くした。
ぽかんとしている間にセフィロスは自分の携帯電話を取り出し、カメラ機能を起動させた。
が、滅多にそんな機能を使わない所為だろう、アプリケーションを起動させたまま、セフィロスは首を傾げる。


「……よく判らん」
「くっ」


携帯電話を裏表返して眉根を寄せるセフィロスに、レオンは我慢できずに吹き出した。
くくく、と喉を震わせるレオンに、セフィロスは諦めた様子の溜息を漏らし、


「お前は判るか?」
「あんたよりは」
「任せた」


携帯電話を手渡されて、人のはよく判らないんだが、と思いつつ、取り敢えず触ってみる。
基本の機能はそう変わりはしないだろうと、内向きレンズに切り替わりそうな場所をタッチした。
一瞬画面が暗転した後、自分の顔が映り、これで良いと腕を伸ばしてレンズとの距離を測る。

携帯電話を寄せて離してと繰り返してみるレオンだが、何をどうすれば良いショットが撮れるのかは判らない。
しかし、弟が幼い頃には、父を交えて三人で一つのカメラに収まっていた事もあった。
その頃を思い出し、レオンは隣に座るセフィロスへと体を寄せて、


「セフィロス、もうちょっと顔を寄せてくれ」
「こうか」
「…もうちょっと」
「む」
「もう少し……ああ、いや、携帯を横にすれば良いのか。これなら」


縦に持っていた携帯電話を横向きにして、レオンは液晶画面を確かめる。
なんとか二人の顔が画面に収まった所で、レオンはアプリの撮影ボタンを押した。
カシャ、と音が鳴って、撮影後プレビューが三秒ほど映ってから、元の画面へと戻る。

これで良いかな、とレオンが右隅に映っている撮影記録の画像を触ると、それが拡大表示された。


「うん、まあ上手く撮れたか」
「…こう言うのが良いのか」
「そうらしい」


触れそうな程に顔を近付け合い、一枚の写真に半ば無理やり収まっているような画。
それをじっと二対の瞳が見詰めて、ふっとレオンの口元に笑みが浮かぶ。
くすくすと笑い出したレオンに、セフィロスがどうしたと無言で目を向ければ、存外とその笑う顔が近い事に気付いた。


「駄目だ、可笑しい。あんたとこんな事してるのが」
「そう笑う程にか」
「ああ。弟やその友達とはやる事もあるが、まさかあんたとなんて」


一つも想像していなかったと言うレオンに、セフィロスは此方も同じだと思う。
ザックスやクラウドと稀に出掛けた時、彼等がノリで携帯電話のカメラを構えても、セフィロスは大して気にしていなかった。
気の良い友人同士である彼等が、妙なノリで撮影会を始めても、セフィロスは我関せずである。
いつの間にか隠し撮りされていても気にしない程なので、思い付きであろうと、自分から「撮ってみるか」等と言う事があろうとは、思ってもみなかった。

アルコールが入っている所為で気持ちも緩んでいるのだろう、レオンはしばらく笑っていた。
随分と時間が経った後でようやく落ち着き、返すよ、と携帯電話をセフィロスに差し出す。
それを受け取って、セフィロスがもう一度カメラ機能を立ち上げると、レンズが此方を向いたままだった。
見慣れた自分の顔と、その横で肩に頭を乗せている、心持ち顔の赤い男を見て、


「もう一枚だ、レオン」
「また撮るのか?」
「ああ」
「…まあ、良いか」


強請るセフィロスに、珍しい事もあると思いつつ、レオンはまた携帯電話を受け取る。
先と同じ位置にカメラを構えて、親指で撮影ボタンを押そうとした瞬間、


「────んっ?!」


後頭部に添えられた手で、ぐいっと顔の向きを変えさせられたと思ったら、呼吸を塞がれる。
カシャ、と言う音が鳴った後、携帯電話がレオンの手から零れ落ちた。

ローソファのクッションの上に落ちた携帯電話の液晶には、唇を重ねた二人の顔が映っている。
後で見てから何か言い出すかも知れないとは思ったが、セフィロスは気にしなかった。
柔らかい唇を堪能し、まだ汗の匂いを残す体を押し倒せば、抗議するように髪を引っ張られるが、舌を舐れば直ぐに解けて行った。

堪能した唇をゆっくりと離すと、熱の灯った蒼が見上げて来る。
結局疲れさせる流れになるなと思いつつ、潤んだ唇をもう一度吸った。





『セフィレオ』のリクエストを頂きました。
シチュお任せと頂きましたので、調子に乗って書きたかった水族館デートのその後の二人です。

一日デートを満喫した模様。
自撮りツーショとか撮らなさそうなので、酔った勢いにチャレンジさせてみる。
セフィロスが偶に謎のチャレンジ精神を発揮するので、レオンも飽きないようです。

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