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[ウォルスコ]スリーピング・ハピネス

  • 2020/08/08 22:00
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仕事を終え、退社したのが午後8時────普段のウォーリアの生活を思えば、格段に早い時間だ。

昨今は何かとコンプライアンスだなんだと姦しい所があり、ウォーリアの勤務先でも勤務形態について色々とメスを入れている事もあって、世間的にはホワイト企業と言っても良いのだろうが、実情としては少々歪みも少なくない。
規定とされる退社時間を大幅に遅れる事は珍しくなく、一応その際の残業代は出てはいるのでマシと言えばマシではあるのだが、根本的な人員不足であるとか、それに連なる後進の育成等については、それ程明るくはなかった。
ただ現状として、回す仕事は折々にトラブルが起こりつつも回せているし、現場の雰囲気も決して悪くはない。
そのお陰で、ストレス等で仕事を辞める者や、ふつりと連絡を途絶えさせ消えてしまう者がいないのは、幸いだと言えるだろう。

ウォーリア同様に帰宅の途に向かう人々で鮨詰めになっている電車を乗り継ぎ、少し閑散とした駅で降りる。
小綺麗なマンションビルが立ち並ぶ区が、ウォーリアが住んでいる場所だ。
都心のベッドタウンと評判の良い其処は、利便性も治安も良く、家族で暮らしている者が多い。
ウォーリアのように独り身の男が暮らす場所としては少々値が張るのだが、それでもウォーリアはこの場所に住もうと思い、それまで住んでいたアパートを引き払って引っ越したほどだ。
基本的にウォーリアは住めば都と言うもので、余り生活環境に拘りはないタイプだったのだが、今は違う。
日々を共にする大切なパートナーがいるから、彼の為にも、安心して暮らせる環境と言うのは必須だったのだ。

駅からそう遠くはない場所に聳えるタワーマンションの中層が、ウォーリアの家である。
セキュリティとしては高層が欲しい所ではあったのだが、余りにも高い場所と言うのは、移動に色々不便も出るし、最近は自然災害の備えとしても極端な高層階は好まれない。
程好く高く、程好く地面と距離がある、その位置が人気なのだそうだ。
ウォーリアが引越し先を探していた時、運良くこの物件が空いており、余り内覧もしない内に、地理と金額だけを確認して滑り込んだ。
お陰で引越してから存外と広い───何せ1フロアに対して4世帯しかない───と知ったのだが、ウォーリアは余り気にしなかった。
寧ろパートナーである少年の方が、こんな場所でこんな広さで、家賃はとんでもないんじゃないかと青くなっていた位だ。
同居するに辺り、家賃や光熱費と言った生活に掛かる出費は、社会人であるウォーリアが受け持つ事に決めていた(彼は大分嫌がったが)から、彼にとってはウォーリアにとんでもなく負担をかけると思ったのだろう。
だが、部屋を決めたのはウォーリアだ。
この場所なら彼も安心して生活できるし、日々の登校の距離や時間にも無理はないだろうと、ウォーリアが決めて選んだ。
君と此処で暮らしたい、と正直な気持ちを告げると、彼は真っ赤になって、もう契約してしまったのだし仕方がない、と自分に言い聞かせるように言って、自分の荷物を運びこんでいた。

その少年が待つ家。
ウォーリアは仕事を終えると、何処に寄り道する事もなく、真っ直ぐに帰路を進む。
少しでも早く家に着けば、朝に弱い体質の為、早めに就寝準備をする少年が眠る前に帰る事が出来るからだ。
お陰でマンションの玄関ロビーに着いた時には、時刻はまだ8時半を過ぎた所だった。
今なら課題をしているか、それも終わらせてテレビをのんびりと見ているか、そんな頃だろう。

────そう予想していたウォーリアがリビングダイニングの扉を開けると、果たして其処に彼はいた。
ウォーリアの日々の生活のパートナーであり、最愛の少年、スコール。
彼はダイニングテーブルに突っ伏して、教科書やノートを下敷きにして、すぅすぅと寝息を立てていた。


「……スコール」


そっと名前を呼びながら近付いてみるが、スコールは目を覚まさない。
部屋の奥では、音量を心持ち搾ったテレビが点いており、何かの情報バラエティ番組が流れていた。

どちらかと言えば、人の気配には敏感なスコールである。
ウォーリアの帰宅の音は勿論、テレビも点けっぱなしで眠ると言うのは、非常に珍しい事だ。
学校で疲れていたのだろうか、と眠る少年の目元にかかる前髪をそっと払いながら覗き込む。
健やかな寝息を零す恋人の顔は穏やかなもので、その事のウォーリアはひっそりと安堵した。


(起こしてしまうのは可哀想だ)


スコールは今年で高校二年生になり、学校では生徒会に所属したと言う。
嘗てのウォーリアの母校に進学した彼は、来年の生徒会長候補と周囲から思われており、日々色々な雑務に振り回されている。
ウォーリアも母校の生徒会に所属していたから、教員から回されてくる日々の雑務に、生徒会としての他生徒の模範になる行動活動にと、忙しくしたものである。
家に持ち帰って頒布物の制作をしていた事も多く、スコールもその例に漏れずにやる事が多い。
こうしてゆっくり休む暇と言うのも中々難しいもので、特に真面目な性格も相俟って、スコールはキャパシティ限界まで気を張り詰めてしまう所があった。

そんなスコールの穏やかな寝顔を壊してしまうのも忍びなくて、ウォーリアは彼を起こさない様に、そうっと体を抱き上げた。
横抱きにしてゆっくりと持ち上げてやると、かくん、と頭が揺れて、ウォーリアの胸に預けられる。


「んぅ……」


零れる声に、起こしてしまうだろうか、と少しの間固まった。
スコールはむずがるように唸りに似た声を漏らしつつ、もそもそとウォーリアの腕の中で身動ぎする。
その内に収まりの良い場所を見付けたか、ひたりと静かになって、


「……うぉる……」


ぽろ、と零れたのは、帰りの遅い恋人を呼ぶ声。
無防備に緩んだ唇が、その名を紡ぐのを聞いた瞬間、ウォーリアの胸の内で心臓が拍を打つ。
ああ、と何とも言えない充足感がウォーリアを満たして行った。

すぅすぅと健やかな寝息を再開させたスコールを、ウォーリアはソファへと横にした。
体を離す間際、スコールの手が駄々を捏ねるようにウォーリアの上着の端を摘まむ。
やだ、と離れる体温を追い駆けるその仕草に、ウォーリアの口元が緩むが、流石に空きっ腹が辛かった。
リビングに入った時から、キッチンから漂ってくるスパイスの香りもあり、スコールが作ってくれた夕飯で早く胃を満たしたい。
すまないな、と詫びる気持ちでスコールの眦にキスを落とすと、心なしかスコールの口元がふにゃりと緩んで、上着を摘まんでいてた指も解けていった。

キッチンに入ると、鍋とフライパンにそれぞれ料理が出来上がっており、傍らには空の皿。
きっとウォーリアが帰ってきたら、温め直して皿に装うつもりだったのだろう。
この程度なら自分でも、とウォーリアは鍋に弱火を点け、フライパンの炒め物は皿に盛って電子レンジに入れた。
電子レンジが温め終了の合図を出すまで、ゆるゆると鍋の中を掻き回しながら温める。
程なく夕飯の準備は整い、ウォーリアはリビングダイニングへと戻る。

スコールはまだ眠っていた。
その寝顔が見える位置に座って、ウォーリアは食事を始める。
ふと対岸に置かれたままのノートと教科書に目が行くと、並ぶ数式の傍らに、小さな猫が落書きされていた。


(やはり、疲れていたのだろうな)


スコールが勉強中に気を散らす事は少ない。
雑音があるのも好まないので、勉強をしながらテレビを見ると言う習慣もない筈だ。
そんなスコールが、ノートを開きながらテレビを点けて、そのまま居眠りをすると言うのは、一緒に暮らし始めてから初めて見る光景だった。

やはり、起こさなくて良かったのだと、ウォーリアは一人納得する。
帰宅した時、おかえり、と返してくれる声がなかったのは少し寂しかったが、ウォーリアはスコールが無理をする事を望んでいない。
休める時にはしっかり休むべきだと、それが彼の為であると判っている。


(それに……こうして明るい中で君の寝顔を見ると言うのも、悪くない)


テーブルの向こう、ソファで眠るスコール。
その顔は眉間の皺が消え、緩く唇が開いている所為か、とてもあどけない。
普段の大人びた雰囲気もすっかり消えているから、年齢よりも更に幼い印象を滲ませていた。

一緒に暮らすようになってから、二人の寝室は共用にした。
だからベッドで彼の寝顔を見る事は多いのだが、大抵、先に眠っている彼を起こさないよう、ウォーリアは寝室の電気は点けないようにしている。
この為、煌々とした明るい中で恋人の寝顔を見ると言うのは、こんな機会でもなければ出来ない事だった。

恋人の寝顔を眺めている内に、時間は過ぎていく。
作業的に行っていた食事も終えて、ウォーリアは食器をキッチンへ運び、片付けを済ませた。
鍋やフライパンに残ったままの料理は、家事全般を預かるスコールに任せた方が良いだろうと、触らずにキッチンを出る。

腹が満たされ、いつもなら風呂へと向かう流れだったが、ウォーリアはソファに近付いて膝を折った。
眠るスコールは猫のように体を丸めている。
これは寒い訳ではなくて、寝ている時のスコールの癖だった。
長い手足を縮こまらせていると、それなりに身長がある筈のスコールが、まるで小さく見えるから不思議だ。
長い前髪のかかった目元をそっと撫でると、柔らかな髪の毛が指の隙間からするすると滑り落ちる。
昨晩も触れたその柔らかさに、ウォーリアが目を細めていると、


「んん……」


小さくむずがる声の後、眉間の皺がきゅう……と寄せられる。
眩しさを嫌うように、スコールはソファに顔を伏せ、ぐりぐりとクッションに額を押し付けた。
それからもう一度「んぅ……」と唸って、長い睫毛がふるりと震える。


「……ふぁ……?」


ゆっくりと目を開けて、寝惚けていると判る声が漏れる。
スコールはクッションの端をにぎにぎと感触を確かめるように握って、ふぁああ、と欠伸をした。

横になった格好のまま、スコールはしばらくの間、ぼんやりとしていた。
寝起きからのスイッチの切り替えが遅い彼は、目覚めてしばらくはいつもこの状態だ。
それから緩やかな時間をかけて、意識が覚醒方向へと向かい始める。

虚空を見詰めていた蒼灰色の瞳が、一回、二回と瞬きをした後で、傍らの気配───ウォーリアの存在に気付いた。
蒼がゆらゆらと揺れる光を湛えながら、ウォーリアへと向けられて、


「……うぉる……?」
「ああ。少し前に帰った。ただいま、スコール」
「…ん……おかえり……」


帰宅の挨拶をしたウォーリアに、スコールも挨拶を返す。
その唇が柔らかな笑みを象っているのを見て、ウォーリアはまた胸の奥が喜びに満たされる。

スコールが猫手で目を擦りながら起き上がる。
ふあ、ともう一度欠伸をして、眩しげにぱちぱちと瞬きを繰り返してから、やっとスコールの稼働スイッチが入り始める。
短い時間ではあるのだろうが、最初は椅子で、次はソファで丸くなっていたものだから、彼の体は固くなっていた。
ぐぐ、と腕を頭上に伸ばして伸びをしながら、スコールは辺りを見回し、此処が寝室ではない事に気付く。
追って、自分が勉強中に寝落ちていたと思い出したようだった。
時計を見れば9時半で、いつものウォーリアの帰宅時間に比べると随分と早いと理解して、


「今日は早いな。飯、直ぐ用意するから───」
「ありがとう。だが、夕飯ならついさっき食べ終わった所だ」
「そうなのか。……起こせば良かったのに」


自分が寝ている間にウォーリアが帰宅し、自分で食事の準備を済ませ、片付けも終わらせた。
同居に当たり、家賃等の金銭的な所はどうしても甘えねばならない代わりに、家事全般を引き受ける事で落とし所としたスコールにとって、意図せずもサボってしまった事が少々引っ掛かったらしい。
心なしか拗ねたような、それも自分に向かって怒っているような表情に、ウォーリアは眉尻を下げて微笑む。


「よく眠っているようだった。だから、起こさない方が良いだろうと思ったんだ」
「……悪い。気を遣わせた」
「いや」


詫びるスコールに、ウォーリアは首を横に振った。


「とても良いものが見れた。だから、私は満足している」
「良い物?」


ウォーリアの言葉に首を傾げつつ、スコールの視線は点けっぱなしのテレビへ。
眠る前に眺めていたクイズ番組はとっくの昔に終わっていて、今はニュースの時間だ。

何か面白い物でもやってたか、と尋ねるスコールに、ウォーリアはいや、と首を横に振った。
スコールは益々首を傾げたが、ウォーリアは緩やかな笑みを浮かべて、スコールの貌を見詰めるばかり。
そうしていると、真っ直ぐに射貫くアイスブルーの瞳が───好きなのだが───苦手なスコールは、無性に落ち着かない気分になって、逃げるように視線を逸らす。

ウォーリアは、じっとスコールの貌を、その瞳を見詰めていた。
言葉を探す事を苦手としている口の代わりに、スコールの瞳はとてもお喋りだ。
今は、ウォーリアに見つめられて恥ずかしい、と言う気持ちがありありと浮かんでおり、けれども時折ウォーリアをちらりと盗み見て、また頬を赤くする。


まだ幾何かの睡魔が残っているのだろう、スコールが目を擦って欠伸をする。
ウォーリアはその手をやんわりと握ると、薄らと水膜の浮かんだ眦にキスをした。

ぱちり、と驚いたように見開かれた眼が瞬きを一つ。
それから、何をされたのか理解して、顔が首から耳から赤くなり、沸騰する。
眠っている時には見られなかったその様相に、やはりこの反応も悪くない、とウォーリアは何度目かの満足感に浸るのだった。





『ウォルスコの甘々』でリクエストを頂きました。

スコールは寝ていると素直に甘えて来るので、可愛いと思っているウォーリア。
でも起きているとそれはそれで可愛い反応をしてくれるので、それもそれで好きなのでした。

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