[フリスコ]花の名前を君が教えてくれたんだ
モブ視点でBSS要素があります
スコール・レオンハートとは、二年生に進級して間もなく決まったクラス内の係委員が一緒になった。
彼は学年内では優秀だと有名だったので、違うクラスでも名前を知っている。
それに対して、自分は何処にでもいるごくごく普通の思春期の高校生で、特別何か秀でたものを持っている訳でもない。
係委員が重なったよしみに、自己紹介と連ねて「これから宜しく」と挨拶した時、スコールは小さく会釈しただけだった。
明らかに、此方のことなど知りもしない───昨年はクラスが違ったので無理もない───様子の彼に、まあそんなものだよな、と思った。
そして自分も、スコールの名前と成績優秀な噂は知ってはいるものの、実際に当人がどういう人物であるのかは、又聞きの又聞きの又聞きくらいにしか知らなかった。
二人がクラスで担当しているのは、頒布物や掲示物を教室の要所に設置する係だ。
毎日のように仕事がある訳ではないのだが、授業で作った、或いは描いた何某を教室後ろの壁に貼ったり飾ったり。
学校行事の予定表を教室内の掲示板に張ったり、持ち帰り用のプリント類を所定の位置に置いておいたり。
その活動は、授業が始まる前の朝か、終わった後の放課後にまとめて行うようにしていたのだが、そのお陰で、自分はスコールと会話をする機会が他の生徒よりも増えた。
スコールの口数は非常に少なく、必要な連絡事項を除くと、挨拶でさえも無言で終わらせてしまうことが多い。
クラスメイトたちの雑談に入ることもなく、休憩や昼の時間でも一人で過ごしていることが多かった。
一年生の時から彼はそんな調子だったそうで、二年生ともなれば元クラスメイトは今更彼を交流の輪に誘おうとはしなかったし、周囲もなんとなく、そう言う風に扱っていた。
実際に自分も、会話の少ない係活動をしながら、まあこんなものだよなぁ、と納得していた。
けれども、二人きりで係活動をしていると、ぽつぽつとした会話の機会は存外と多かった。
最初は必要な連絡や確認をするくらいだったが、クラス人数分の掲示物を壁に貼る作業をしている時だとか、プリント枚数の確認だとか、小冊子を綴じる作業だとか───とにかく、色々とそう言うことをやっている内に、打ち合わせも含めた会話が増えて行く。
彼は必要な事柄以外で自分から口を開く事は少なかったが、例えば此方が少々体調を崩している時は、「俺がやっておくから、あんたは先に帰って良い」と言った気遣いをしてくれる。
あれ、こいつ、意外と優しかったりするのかな、と思うまでにそれ程時間はかからなかった。
放課後に教室に二人で残り、大量のプリントを冊子に綴じる作業をしていた時に、単純作業に暇を飽かして、どうでも良い話もした。
そう言う雑談に応じてくれることもあるのだと知ったのは、この時だ。
スコールが早くに母を亡くし、父子二人暮らしをしていて、家事一般を一手に引き受けていると聞いて、成程それなら他の学生たちのように遊び惚ける訳がない、とも納得する。
ごくごく普通に両親に恵まれた自分にとっては、全く違う世界を見ているのだと知って───そう言うことを知れた事に、ほんの少しだけ、彼と距離が縮まった気がした。
それは此方の一方的な気持ちかも知れないが、そう言う話を自分に聞かせてくれるくらいに、彼が信頼してくれたのだと、そう思えたのだ。
彼と共に行う係活動の時間が、段々と楽しみになってきた。
特に早朝は、学校内の人の気配が少ないこともあって、教室に二人きりで過ごすことが出来る。
三十分もすれば誰かが登校してくるから、そんな束の間の事ではあるのだが、自分にとってはこの僅かな時間がある事が嬉しかった。
その間、彼はきっと他のクラスメイトには見せた事もない姿を見せてくれる。
早朝の教室で見る景色は正しくそれだ。
係の為に教室のドアを開けて、それが見れる確率は、半々と言った所だろうか。
からりとドアを開けると、教室の後ろの棚ロッカーの前に彼は立っている。
「やあ、スコール。水替えは終わったのか?」
おはようの挨拶の代わりにそう尋ねると、スコールは両手に抱えていた花瓶を丁度棚に置いた所だった。
蒼灰色が此方を見て、「今終わった」と短く告げる。
スコールは花の見栄えを丹念に調整している。
その間に自分は掲示物の数確認を終えておく。
花の飾りつけを終えたスコールが、「悪い、待たせた」と言ってくれたので、自分は「そんなことないよ」と笑う。
確認作業をしながら、真剣に花と向き合っていたスコールの顔をこっそりと眺めていたなんて、言ったら彼はどんな顔をするだろう。
揶揄われたと怒らせてしまうのも嫌だし、折角見せても良いと言う所まで信頼を勝ち得たのだから、それを無為にしてしまうつもりはないけれど。
「じゃあ始めようか。スコールはこれを黒板に」
「ああ」
「こっちは後ろの高い所に貼るから、後で手伝ってくれ」
「判った」
差し出したプリントを、スコールが受け取る。
時刻はもうすぐ八時を過ぎる。
グラウンドからは人の気配が増えてきて、もうすぐこの教室にも、他の生徒が着くだろう。
それまであと少し、束の間の二人きりの時間を大事にしよう、と思った。
自分たちの教室の後ろには、いつからか、花が飾られるようになった。
誰が持って来たのかは聞いていないが、スコールが随分と熱心に手をかけているので、ひょっとしたら彼が飾ったのかも知れない。
切り花を飾ったそれは時間と共に萎れ行くものだったが、寂しい色合いになってくると、新しい花に替えられる。
もう何ヵ月になるか、スコールはずっとそうして、朝の花の世話を日課にしていた。
花弁や葉肉に傷みが出ていないか、じっと見つめる横顔は真剣そのもの。
そんな顔を見せてくれる───自分が相手なら見せても良いと、気を許してくれているのが嬉しい。
何せ最初の頃は、花に近付くことすらも他人に見せまいとしていたようだったから、事故的な流れで最初の目撃をした経緯があるとは言え、「この人物になら見られても良い」と思い至ってくれたのは、信頼された証のように感じたものだ。
花を見つめるスコールの横顔は、いつも何処か優しくて、淡く甘い。
花が好きなんだな、と言うと、彼は「別に」と答えるけれど、その声が恥ずかしさを隠しているのはよく判った。
そう言うものが読み取れるくらいには、付き合いも深くなったと言うことだ。
その事にこっそりと喜びを噛み締めながら、朝の係活動を二人でこなしていく。
────そんなある日のことだ。
いつも自分よりも早く教室に来て、花の世話をしていたスコールが、遅れて教室に着いた。
寝坊でもしたのか、珍しい、と思ったのだが、どうも顔を見ているとそう言う訳でもないらしい。
酷く落ち着かない様子で教室に来た彼は、何かを振り切るようにして「遅くなって悪かった」と短く言って、直ぐにその日の仕事に取り掛かった。
その時は、花の水替えについて良いのかと聞いたら、「こっちが先だろう」と頒布物の確認を優先している。
出足が遅れたのだから、義務とされている訳ではない花の世話を後回しにすること自体は可笑しくはないのだが、結局、その日、彼は花瓶に一度も触れていない。
その翌日からは、また花の世話を再開させたようだったが、どうも様子が可笑しかった。
水替えをし、花弁や葉肉の具合を確かめて、それは変わらないのだが、段々と萎れて行く花を取り換えることをしない。
いつもならそろそろ新しい花を据える頃になっても、萎れた花がそのままになっていた。
このまま過ぎれば、やがて枯れてしまうことは避けられない。
それを見つめるスコールの目が、何処か泣き出しそうにも見えて、なんだか酷く居た堪れなかった。
だから、新しい花を買って来よう、と思い至ったのだ。
(花のことで、何か悲しいことでもあったのかも知れない。それで、あの花を取り換えられないのかも。でも、あのままだとスコールの心も一緒に枯れてしまいそうだ)
日に日に色を失っていく花と、それを見つめては苦しそうに唇を噛んでいたスコール。
そんな彼に、何かあったのか、と聞くことは難しい気がした。
それが出来る程、親しい間柄と言い切れない、自信のなさが邪魔をする。
だから代わりに、せめて前を向ける切っ掛けを作れたら、と思ったのだ。
しかし、花について自分は全くの物知らずである。
スコールがどういう花が好きで、どう言う色を好んで花を飾っていたのか、自分はよくよく覚えていなかった。
しまったなあ、と思いつつ、取り合えず行動だけはしてみようと、放課後に学校の近くにある花屋に行ってみることにした。
どんな花が良いかな、とぼんやりとした想像を巡らせながら、道の向こうに花屋の看板を臨む頃、其処には一人の青年が立っている。
シャワーホースで店先の花に水を撒いているのは、学校でも有名な先輩だった。
「フリオニール───先輩」
「……ん?ああ、えっと───いらっしゃいませ」
青年の名前を呼べば、銀髪に赤目が此方を見て、にこりと笑った。
社交辞令と判るが、決して悪い印象を与えないその笑顔に、どうも、と此方も小さく会釈する。
恐らく彼は、自分のことなど知りもしないだろう、と思いつつ。
フリオニールは同じ学校の生徒だが、学年はひとつ上だ。
運動神経が抜群に良くて、運動部のあちこちを掛け持ちしており、他校との交流試合や体育祭で大活躍している所をよく見る。
吊り上がった猫目が少し気の強い印象を与えるが、存外とその腰は低いらしく、同級生からはよく揶揄い混じりに構われ、下級生からも慕われていると言う。
が、自分は文化部と言う全くの畑違いと言うこともあり、噂以上の人となりについては全く知らない。
こんな所でこんな人物に逢うとは思っていなかった。
アルバイトでもしているのだろうか。
花と縁のある人とは思っていなかったので、少し意外なものを見付けた気分だ。
なんらか話がある訳でもないので、自分は客として此処に来たと言うことを伝えた。
「教室に飾る花を探したくて」と言うと、店先に在るのは植木や苗ばかりなので、綺麗に咲いている花なら店の中にあると教えてくれた。
中に入ってみると、確かに色とりどりの花が所狭しと並べられている。
この中から、あの少年が気に入ってくれる花を探すと言うのは、中々に骨が折れそうだったが、
(いや、スコールを励ます為だ。元気が出そうな色とか、華やかな感じとか……そう言うのが良いかな)
取り合えず、先ずは一通り見てみよう。
自分を鼓舞するようにそう考えて、広くはない店内を一周してみた。
陳列棚に置かれた花の名前は幾らも頭に入らなかったが、幾つか見覚えのある花弁を見付けることに成功する。
其処からスコールが喜びそうな花を考えて、選択肢を絞り込んでいると、
「いらっしゃい────」
店頭にいたのであろうフリオニールの声が聞こえたが、それは中途半端に途切れた。
誰か客が来たのかな、となんとなく其方を見ると、商品棚の隙間とガラス戸の向こうに、立ち尽くしているフリオニールが見える。
紅い瞳が驚いたように瞠られているのを見て、誰が来たんだろう、とこれもまたなんとなく、フリオニールの視線の先を追った。
追って、自分もまた、目を瞠る。
其処には、見慣れた級友の───スコールの姿があったのだ。
「スコー、ル」
「……」
詰まったような声で、フリオニールはスコールの名を呼んだ。
スコールは俯き加減で立ち尽くしている。
それから数秒、沈黙が下りた。
フリオニールの手に握られたシャワーホースから、出しっぱなしの水だけが地面を濡らす音を鳴らしている。
お互いに金縛りにあったように動かない二人の間には、傍目から見ても判る、気まずいものが滲んでいた。
フリオニールは何度か何かを言おうと口を開いて、その度に口を閉じ、俯く。
スコールはじっと足元を見つめたまま、夏の暑さに当てられたように、頬が日焼けに赤らんでいた。
────二人がそうして過ごしているのを、何故か自分は、息を詰めて見つめていた。
心臓がどくどくと鐘を速めているのは何故だろう。
ゆっくりとスコールが顔を上げていく仕草が、酷くスローモーションに見えた。
「……フリオニール」
「……!」
色の薄い唇に名前を呼ばれて、フリオニールがはっと顔を上げる。
スコールは肩にかけた学校指定の鞄のベルトをぎゅうっと握って、
「……この間の、話」
「……あ……と、あれは───」
「……冗談、か?」
震えるスコールの声に、フリオニールは強く首を横に振った。
「それは、違う。ただ、その、……あの時に、あんな形で言うつもりではなかった、から」
「………」
「でも、あれは……嘘とか、冗談とかじゃない」
「………」
「だけど、勢いで言ってしまったから……困らせたんだと思った。あれから……此処に来なくなったし……」
言いながら、フリオニールは手元のホースを捻り、出しっぱなしになっていた水を止めた。
紅い瞳は気まずさを表すように、ぽたぽたと水滴を零しているシャワーノズルを見詰めている。
そんなフリオニールの言葉に、スコールは溜息を漏らす。
「……当たり前だろう。あんなこと急に言われたって……どうして良いか、困る」
「……そうだよな。すまない」
フリオニールは、弱ったように眉をハの字にして笑う。
寂しい、悲しいと言う気持ちを、強引に押し隠した笑顔だった。
そんなフリオニールに、スコールの足が、根から解放されて一歩進む。
「困る。困った。……けど、……花を見てたら、どうしても、あんたの顔が頭に浮かぶんだ。あんたに貰った花、もう萎れてて、替えなきゃって思うけど、……あんな話したから、また此処に来て良いのか判らなくて」
「……うん」
「でも、他の花屋に行く気もしないし。大体、その、正直言うと、花って今でもあんまりよく判らないし。俺はただ、あんたが……花の世話をしてる時のあんたが、……いたから……」
「……うん」
俯いていたスコールの顔が、少しずつ上げられていく。
やがて彼は、真っ直ぐに目の前に立つ人を見た。
その人を映した蒼灰色は、夕暮れに傾いて強い光を放つ太陽の光を反射して、きらきらと海のように輝いている。
その輝きとよく似た光を、自分はよく知っている。
ほんのりと僅かに頬を赤らめ、柔く微かに細められた眼差しは、教室に飾られた花を見詰めている時と同じものだ。
「……あんたの咲かせた花が、きれい、だったから……俺は、あんたが……」
其処から先、彼が何と言ったのかは、よく聞こえなかった。
彼が声のトーンを落としたからなのか、唇こそ動いたけれど音にはならなかったのか。
見詰めるだけの自分にそれは判らなかったが、その言葉を向けられた男は、ひとつ大きく目を瞠った後、酷く面映ゆそうに笑ったのが見えた。
窓ガラス一枚を挟んだ距離は、近いようで遠いようで、けれど決定的に隔てられたものだ。
フリオニールの空の手が、一度迷うように彷徨った後、そうっと伸びて、スコールの頬に触れる。
スコールは頬に重ねられた手を振り払うことなく受け入れて、あの柔い眼差しで、微かに、ほんの微かに、安堵したように笑った。
そしてフリオニールの手が離れると、彼は「ちょっと待っててくれ」と言って、軒先にスコールを残して店の中へと駆ける。
数分としない内に彼が戻ってくると、その手にはラッピングされた花束。
花の数は多くはなかったが、淡い色合いの花弁を中心に選び、それを引き立たせるように小花で飾りを添えて、バランスよくまとめられている。
「スコール。その、これ───また、受け取って貰えるか?」
また。
また────。
その言葉を聞いて、ああそうか、と理解した。
学校の教室に飾られた花は、彼がスコールに贈ったものなのだ。
いつからなのか、何が切っ掛けなのかなど知りもしないが、あれはスコールがこの花屋でフリオニールから貰って、教室に飾っていたのだ。
だからスコールは、毎日のように水替えを行って、花弁や葉肉が病気になっていないのか確かめていた。
切り花になって飾られた花が、いつかは萎れてしまうことは理解しているけれど、それが少しでも長く生きていられるように。
フリオニールから手渡された花が、一日でも長く、鮮やかに咲き誇っていられるように。
ここ数日の間、花瓶に活け続けられていた花は、もう十分に頑張った。
頭はとうに草臥れて、葉にも茶色の斑が浮かび、このまま水に入れていたとて、元に戻ることはない。
役目を終えた花は、明日には新しいものに入れ替えられているだろう。
────青年が差し出した花束に、少年がそっと腕を伸ばす。
受け取ってくれるなと、そう思った自分がいたことに愕然とした。
いっそそう叫んでしまえたら、あの花束を打ち払ってしまえたら、そんな事まで考える。
けれど、もしもそれを実行に移したら、あの蒼灰色はもう自分を見てくれることはないのだろう。
それ所か、花を打ち棄てるような真似をしたことに、憤りか悲しみか、蔑みさえも向けられるかも知れないと思うと、背中が凍る。
早朝の教室で、二人きりで過ごした他愛のない日々が、壊れてしまう。
それだけは、厭だった。
スコールは、小さな花束を受け取ると、少し照れたように頬を赤らめた。
それを見つめる赤い瞳は、何処か熱に浮かされた幸福感を滲ませている。
どうしようもなく、空虚な鳴き声がする。
それが自分の奥底から響いて来るものだと知っても、どうすることも出来なかった。
『フリスコで、スコールが二人から好かれる関係性(BSS・NTR・横恋慕等)のお話』のリクエストを頂きました。
フリスコ以外の登場人物について、モブでもOKとのことでしたので、モブくんのBSSです。
フリスコが報われるか報われないかもご自由に、と頂いたので、今回はフリスコが報われる形で。でも視点は報われないモブくんです。
作中で使う場面がなかったのですが、フリオニールは運動部ではなく園芸部に所属しています。モブくんは学年の違うフリオニールのことを詳細に知らないので、運動部の人だと思い込んでいる。
学校内に園芸部が世話をしている花壇があって、スコールとフリオニールは其処で知り合って交流を持っていました(モブくんはこのことを知らない)。
アルバイト先まで知る仲になって、話の流れでフリオニールが世話した花をスコールが貰うようになり、教室に飾るようになって、それをスコールが世話してるうちにモブくんがスコールに惹かれて行った、と言う感じです。
そして何かの勢いでフリオニールがスコールのことを好きだと零してしまい、その時はパニックになって逃げたスコールだったけど、時間が経つにつれてやっぱり自分もフリオニールが好きなんだ、と言う自覚に至って、ちゃんと告白の返事をしに来た……と言う所に居合わせてしまったモブくん。
と言うことで、正確には「フリオニールに恋をしているスコールに恋をしていたモブくん視点」と言うパターンのBSSでした。
一応、スコールからこのモブくんへの好感度は高めではある。クラスメイトとして信頼はしてる。励ます為に花を贈れば、受け取って貰えたと思う。友達として。