[ウォルスコ]触れる形を確かめる
DFF013後、WoL in FF8
気付いた時には、見知らぬ場所に立っていた。
自分が何処で何をしていたのか、記憶にあるのは薄ぼんやりとしていたが、さりとて不安の類はない。
自分はこれから、何処とも知れぬ新たな世界へ踏み出そうとしていたのだと、それだけは判っていた。
それだけで十分だと思ったのは、至るまでに通ってきた道の記憶を、はっきりと覚えていたからだ。
そして、歩く足と、剣を盾を握る両手が満足無事であるならば、何も恐れることはない。
とは言え、この鬱蒼とした樹林には、何処からどうやって来たのだったか。
そもそも自分は、名もなき宿で眠った所ではなかったか。
目が覚めたら、 蓊欝たる樹木が茂る場所に立ち尽くしていたと言うのは、どういう事か。
はて夢遊病でもしただろうかと、首を傾げはしたものの、旅の荷物は一通り手許にあった。
ならば───ひょっとしたら宿代を踏み倒したかも知れないが───取り合えず歩いてみることには不自由はないだろう、と思う事にした。
辺りは見慣れない植物が犇めいていたが、その隙間から所々、人工物が覗いている。
鉄骨、金網、鉄線、つるりと平らな壁、明滅する電球……頭上を見上げれば、透明なガラス越しに晴れ渡る青い空が見えた。
どうやら此処は建物の中らしいが、それにしても随分と広い。
茂る木々が上に上にと向かっても、全く余裕がある程に、その天井は高かった。
自然物と人工物が無秩序に入り混じっている様子から、温室だろうか、と予想を立ててみるが、それにしては自然物は随分と奔放だ。
あまり綿密な管理がされている場所ではないらしい、と言うことだけが、辛うじて読み取れた。
生き物の気配は其処此処に感じられる。
地面はそれなりに栄養が豊富なようで、土草は湿り気があり、所により太い幹の木もあった。
その隙間を縫うようにして蠢いている生物は、昆虫と呼べる小さな雑虫もいれば、人と同程度の体高のある芋虫もいる。
触腕を伸ばして虫を捕えている植物形態のものもいて、袋状になった花弁部の中では、きっと獲物が消化されるのだろうと想像できる。
中々に刺激的な場所のようだ。
状況確認に周囲を見渡し歩きながら、何処か一旦休息できる場所はないだろうか、と行く当てもなく歩き続けて、しばらく後。
茂る草木を掻き分け進む向こうに、人影を見付けた。
僥倖───ともかく此処がどういった場所なのか、付近に人の住む街の類はないか尋ねてみよう、と近付いて、その人影の前に聳える巨大な影形を見て、剣を握った。
獣と言うにも重々しく獰猛な咆哮が響き渡る。
それに迫られた人影が武器を構えると同じくして、握った剣を地面に走らせながら大きく上段へ振り上げた。
波状の光が地を走り、茂る木々を切り裂いて、咆哮の主へと到達する。
柔らかい肉腹が突き上げる光の衝撃波に切り裂かれ、苦悶の声と共に、ずん、と地面が揺れた。
茂みを抜けて間近に見れば、立っていれば見上げる程はあるであろう、巨躯の爬虫類が斃れている。
ビク、ビク、と筋肉を痙攣させているそれが、痛みにかもがいて手足を動かしているのを見て、もう一度剣を構えた。
「あ……!?」
「なんだぁ!?」
背に庇った者たちが当惑に声を上げるが、振り返りはしなかった。
血を流す爬虫類が、その動きを完全に停止させるまで、警戒を切ってはいけない。
───そうしてようやく、巨躯の爬虫類は息絶える。
しん、とすべての気配が静まり返ったことを確かめて、剣を下ろし、庇っていた者たちへと振り返る。
「怪我はないか」
「あ、え……お、おう。あ、ありがとう?」
「……」
其処には、二人の少年が立っている。
一人は金髪に顔に大きな入れ墨を施し、活発そうな目をした、身軽そうな格好の少年。
そして─────
「あんた……」
濃茶色の髪、蒼灰色の瞳、額に刻まれた斜め傷。
上から下まで黒を基調にした服に、ジャケットの襟元には白いファーがついている。
右手に握った武器は、あの様々に千切れ混ざった異世界でも終ぞ類を見なかった、銃と同じ機構を有した、ガンブレードと言う代物。
あの世界で、何度も何度もその名を呼んだ。
それは互いを知り合う間に、そして唯一無二の間柄となってからは褥の中で、繰り返し。
いつか別れることに怯える少年を、何度となくあやすように抱いては、その身体を抱き締めたことを、ウォーリアは今も鮮明に思い出せる。
そうして何度となく愛で慈しんだ少年が、変わらぬ姿で立っていた。
「君は───スコールなのか?」
「……なんであんたが此処にいるんだ……」
俄かに目を瞠ったウォーリアに、スコールはあの頃と同じように、眉間に強い皺を浮かべて呟いた。
指揮官室に応接用として誂えられたソファに座っている人物を見て、スコールは何度目かの溜息を堪える。
詰めた息を思い切り吐き出してしまいたいのが本音だが、今ばかりは気持ちとして憚られた。
だが、そんな自制を辛うじて働かせた所で、頭が痛い事態になったことには変わりない。
向かい合う位置に座っている男───ウォーリア・オブ・ライトは、相変わらず真っ直ぐに背中を伸ばし、姿勢よく座っている。
見事な装飾が施された兜は今は外され、癖のある銀髪が惜しげもなく晒されていた。
外した鎧が、二つのソファの間に置かれた、ローテーブルの上に置かれているのが、なんとも奇妙な光景に見える。
武器として愛用している剣と盾も並べ置かれているのだが、其処に見事な鎧を着込んだ男が座している光景も含め、サイファーあたりなら「此処は美術館にでもなったのか?」と言いそうだった。
実際、スコールもその感想が喉まで出掛かっている。
それ程までに、この世界の理や文明と、目の前の男のミスマッチ具合は大きいのだ。
そんな景色だけでも頭を痛めるものだったが、ウォーリアから当座の話を聞いて、スコールの頭痛はやはり深まった。
「……あんたの経緯は、大体理解した。大した情報はなかったが……」
「すまない、スコール。私自身も、これ以上の説明が難しい」
「判ってる。あんたにその責任を求めるつもりはない」
スコールの脳裏には、まるで夢の出来事かのような、遠い異世界での出来事が思い出されていた。
到底この世界では理屈が通じないような、不可思議な現象が当たり前のように起きていた、闘争の世界。
彼の地での闘いは終わりを迎えた筈だから、きっとこれは、あそこに集められた仲間たちが解放された後に起こった、事故的なものなのだろう。
そう思っておかないと、他に説明がつけられない。
となると、その理由が原因と言うものは、根本的に人の手でどうにか出来る事ではなく、超常現象的な時空の歪みが齎すものであった。
きっとこの男は、そう言うものに巻き込まれてしまったのだと、スコールは一旦の理由として決着をつける事にする。
詰まる所、何の拍子にウォーリアがこの世界に来たのか判然としないことと同じく、彼を元の世界に戻す方法も、杳として知れないことになる。
どうしたものか、と眉根を寄せるスコールを、ウォーリアはじっと見つめている。
其処へ、使い走りに行って貰ったキスティスが戻ってきて、
「スコール。これで良いかしら」
「ああ、ありがとう」
キスティスが差し出したのは、新品のSeeD服だ。
これを着ていれば、他生徒から見て“長期任務に出て久しぶりに帰還した正SeeD”と言う説明が通るだろう。
バラムガーデンで平時から制服やSeeD服を着用している生徒は多くはないが、いない訳ではないので、それ程不自然には見えない筈だ。
スコールはキスティスから制服を受け取ると、目の前に座っている男にそれを渡す。
「取り合えず、あんたはこれに着替えてくれ。その格好は目立つから」
「了解した。手をかけさせてすまない」
詫びるウォーリアに、別に、とスコールは首を横に振った。
その場で鎧を脱ぎ始めたウォーリアを、キスティスが一応の為にと退室する。
彼女が指揮官室の扉口を塞いでいる事で、人払いも出来るだろう。
鎧を脱いだウォーリアの体躯を見て、何も変わっていない、とスコールは思った。
重厚な鎧を身に付けて戦っているのだから、ウォーリアの体躯は立派に出来上がっている。
厚みのある筋肉に覆われ、均整の取れた体系バランスは、スコールの密かな憧れだった。
その重さが自分を世界から覆い隠すように被さって来ていた時のことを思い出して、スコールはこっそりと目の前の光景から視線を外す。
慣れない形の衣服に、戸惑い奮闘する事しばしの後、ウォーリアは着替えを完了させた。
「ふむ……これで良いのだろうか」
(……変な感じだ)
「スコール?」
袖の形を整えながら確認するウォーリアの声を、スコールはすっかり聞き逃している。
目の前にある、彫刻のように整った顔をした男が、鎧ではなくSeeD服を着ている。
スコールにとっては見慣れた制服の筈だが、着用している人物が人物であるので、なんだか随分と違って見えた。
じっと見つめるばかりで沈黙しているスコールに、ウォーリアの首がことんと傾げられる。
時折見られる、どうした、と問う時の仕草であったと思い出して、スコールははっと我に返った。
「悪い、考え事をしていた」
「そうか。やはり、私のことで随分と気を揉ませてしまっているようだな」
眉尻を下げるウォーリアの言葉に、まあそれは───とスコールは思う。
この状況で、頭が痛くないとは、どう取り繕っても言えそうにない。
スコールはずっと堪えていた溜息をひとつ、意識して吐き出した。
詰まらせていたものが少し抜けると、少しだけ気分と身体が楽になる。
それと同時に、この状態で考えあぐねていても仕方がない、と言う諦念と開き直りに至った。
「取り合えず、出来る限りの確認が終わるまで、あんたは此処にいて貰うしかない。何が何処に影響が出るかも判らないから、迂闊に歩き回らせる訳にいかない」
「ああ」
「一応、あんたの権利は守るつもりではあるけど、当分は監視管理下みたいなものだ。外にも自由には出せない」
「その方が良いだろう。君には勿論、この世界にも迷惑をかける訳にはいかない」
「……理解が早くて助かる。それと、そうだな……武器防具は……俺が預かるしかないか。一応、この場所は、あんたがさっき迷い込んだ訓練施設以外はまず安全な場所だ。武器を持ち歩く必要はない」
「……そうか」
「校則───この場所でのルールとして、武器の携帯は不可能じゃないが、訓練施設以外では非常時を除いた抜刀は許されていない。それに加えて、あんたは現状、身分証明が出来ない不審者扱いにせざるを得ないから、これ以上あんたの立場を不利にさせない為にも、危険物は持たせられない。……万が一、武器が必要な緊急事態が起きた場合にのみ、俺の許可の上で返すことになる」
「了解した。其方の規律に従おう」
ウォーリアが無為な抵抗を示す人間ではないことは判っているが、反発されないことはスコールにとって有難かった。
ほ、と僅かに胸を撫で下ろして、さて次の問題は、と思考を動かし続ける。
(寝床は寮部屋の空きを確認して……俺の部屋に近い所が空いていると良いんだが。いっそしばらく俺の部屋で────いや、ダメだ。それは駄目だ、やめよう)
諸々の可能性と考慮をして、一旦浮かびかけた選択肢を、スコールは頭を振って排除した。
其処には多分に個人的感情が挟まっていたが、それを知る者はいない。
ウォーリアはその間、じっとスコールの顔を見つめていた。
何度も難し気に眉根を寄せ、小さく唸る声を零しながら熟考しているスコール。
ウォーリアから聴取した話を走り書きしたメモ帳と、テーブルの上に置かれた諸々、そしてウォーリアを見比べては、傷の走る眉間に手を当てる。
そしておもむろに立ち上がると、戸口の方へ行き、ドアを薄く開けてその向こうと何某か話をしていた。
恐らく、服を持ってきてくれた女性と話をしているのだろう。
あれを調べて、こっちに連絡を取って、これについて、と細かに相談している声が微かに聞こえる。
忙しくし始めたスコールを見て、そう言えば、とウォーリアは思い出す。
(あれは、最後の戦いに向かう頃だったか。皆の記憶も少しずつ戻ってきて、元の世界についての話をするようになった)
コスモスが遺してくれたクリスタルの庇護により、消滅の猶予を与えられた秩序の戦士たち。
混沌の力の増大により、急速に失われゆく世界を救う為、十人の戦士は足並みを揃えて進んでいた。
その頃には、───ウォーリアを除いて───戦士たちの記憶と言うものも回復が進み、過去や元の世界で起こった出来事について、話す機会も増えていた。
ウォーリアは専ら聞く手であったが、そんな時間が僅かにもあったお陰で、様々な異世界の話を聞くことが出来た。
その時、スコールが“指揮官”と言う立場を有していることを聞いたのだ。
当人曰く、「祀り上げられて降り損ねただけのお飾りだ」と言っていたが、こうしてみると、確かに彼はその立場を引き受け勤めているのだと言うことが判る。
何度となく頭の痛い顔をしながらも、とにかく対応しなければならない、と堪えて動く様子は、冷えた態度とは裏腹に、背負った責任を果たさねばならないと気負う、背伸びする若者らしく見えた。
つまりは、あの異世界で、ウォーリアが垣間見ては知った、スコール・レオンハートと言う人間まさにそのものだと言うことだ。
スコールはソファに戻ってくると、少し疲れた様子で、ウォーリアの向かい側に座った。
一通りのことは終わったのか、背凭れに寄り掛かって深く息を吐く様子に、ウォーリアは労いの言葉でもと探したが、元よりウォーリアの口はそう上手くは回らない。
では、とウォーリアは顔を上げ、
「スコール」
「……なんだ」
「其方に座っても良いだろうか」
向かい合ったこの状態ではなく、スコールが座っている、その隣に。
行っても良いかと尋ねると、スコールは扉の方を一瞥した後、「……ん」とごく小さく返事をくれた。
場所を移動して、スコールの隣に腰を下ろす。
真隣へと座ると、スコールは微かに眉間に皺を浮かべて此方を見たが、離れろとは言わなかった。
赦してくれることに今ばかりは甘えさせて貰って、そっと白い頬に触れる。
スコールはゆるゆると瞼を一度閉じて、次にそれが開いた時には、蒼灰色が微かに熱を浮かせた色を燈していた。
「スコール。君に、また逢うことが出来て、嬉しい」
「……あんた……」
「こんな事態で、言うべきことではないのだろう。だが───こうして君に、また会える日が来るとは、思っていなかった」
「……そんなの───」
俺だって同じだ、とスコールは声なく呟く。
ウォーリアの耳に心地良くてよく通る低い声を、もう一度聞くことが出来る日が来るなんて、思っていなかった。
頬に添えられたウォーリアの手が、其処にある存在そのものを確かめるように、ゆったりと輪郭を辿る。
くすぐったさを感じながら、スコールはその手に身を委ねていた。
いつしかウォーリアの手はスコールの首筋を辿り、肩を通って、そっと抱き寄せられる。
力に反発することなく従えば、少年は愛しい腕にすっぽりと抱き締められた。
そのままじっとしていると、ウォーリアの背中にも、そろそろと回された腕が絡みつく。
スコールは、抱く腕の力強さに懐かしいものを感じながら、
(……固くない)
ガーデンの制服を着ているのだから、あの固くて荘厳な鎧の感触はない。
けれども、裸身ではないから、皮膚が重なり合って判る、筋肉の固さも直接は感じない。
視界の隅に映る制服の色に、変な感じだな、とスコールは思った。
(でも……まあ、今は……)
今だけは、あれこれと深く考えることを辞めても良いだろう。
視界を覆う銀糸のひかりと、覚えのある匂いを感じながら、スコールは愛しい体温に一時身を預けていた。
『WoL in 8世界でウォルスコ』のリクを頂きました。
8世界に迷い込んだWoLさんの井出達のミスマッチなこと。基本的に8は現代リアルに近い服装が主だから、西洋甲冑装備のWoLは浮きまくりますね。
そんな訳でSeeD服を着て貰いました。体ががっちりしっかり出来てる人なので、軍服風に着こなせるんじゃないかと思う。
この後、スコールはWoLを元の世界に戻す方法を探したり、探すって事はまたWoLと別れなきゃいけないと考えたりするんだと思います。
WoLの方は、指揮官として過ごすスコールを見たり、サイファーと完全に子供のケンカな張り合いをするスコールを見て、「君はそんな顔もするのだな」とか言ってスコールを真っ赤にさせるんだと思います。