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[16/シドクラ]それは当て所もなく大きな



剣先からまるで針の穴を通すようにして突き通された刃が、クライヴの剣を絡め取るように巻き上げる。
しまった、と思った瞬間に武器を手放すのが、恐らくベターな選択だった。
だがこうした場面でおいそれと無手になる訳もにかないと、柄を握る手に力を籠める。
それをにやりと笑う目に見られて、もう一度、しまった、と思った。
ぐんっと肩ごと捻るようにして、剣が大きく上を向き、そのまま手首も捩じられて、腕の健が耐えかねて武器が零れる。
くそ、と歯を噛んでせめてもの抵抗に左手に魔力を握るが、それがまともな形を取るより早く、相手の空の左手がクライヴの顔面に突き付けられた。

しん、と鎮まること数秒。
それで決着がついたことは十分に分かった。

完全に動きを止めたクライヴの目が、掌の向こうで笑う男を見る。
苦々しいものが口の中に籠るのを堪えられず、眦が尖るのが自分でも分かった。
それが悔しさを表すものだと、目の前の男に見通されるのは分かっていたが、さりとて隠した所でどうせこの男は全てを知っているのだろう。
そう言う、腹立たしい程の察しの良い観察眼を、この男───シドは持っているのだから。

噤んだ唇の中で歯を噛んでいるクライヴを見て、シドはくつりと笑った。
突きだしていた手を引っ込めて、右手に握っていた剣も鞘に納める。


「此処らで終いにしよう」
「……ああ」


溜息を抑えながら、クライヴは頷いた。

黒の一帯の只中にある隠れ家の中は、“空の文明”の遺跡を土台にして作られているから、スペースには限りがある。
しかし、かつての文明の繁栄ぶりを示すかのように、遺跡の中は存外の広い。
半分は土の中に埋まっているから、恐らくは全体のスペースではないのだろうが、それでも隠れ家に身を寄せる人々が、窮屈さを感じる程のことはない。
その多くは居住区として利用されているが、其処から少し離れた一画には、鍛錬用の場所も設けられていた。
印を焼いて外で活動可能となったベアラーたちが、野盗や魔物から身を守る為に、武器を使った鍛錬をする為に用意された場所だ。

その鍛錬上から出て来るシドとクライヴに、仲間たちから「お疲れ様」と声がかけられる。
水を差しだしてくれた女性から、シドは一杯受け取って、ぐいっと一気に飲み干した。
続けてクライヴにも差し出してくれたが、クライヴはどうにも受け取る気になれなくて、やんわりと辞退する。
欲しくなったら言ってね、と言ったその女性は、エントランスの入り口の方へと向かい、外回りから帰ってきた仲間たちに水の配給をし始めた。

エントランスを歩くシドの元に、子供たちが駆け寄って来る。


「シド、シド。ねえ、勉強で分からない所があるの。教えてくれる?」
「ああ。何処だ?見せてみろ」


早速屈んで子供たちと目線を合わせるシド。
使い古したと分かる本を開き、ここが分からないの、と指差す子供。
どれどれと覗き込むシドの丸めた背中を見ながら、クライヴはふう、と嘆息する。


(忙しない人だ。疲れていない訳じゃないと思うが)


子供の質問に応えてやるシドの周りには、他にも彼に用事のある人々がちらほらと集まっている。
子供が満足して、「ありがとう!」と駆け戻って行くと、直ぐに大人の相手を始めた。

鍛錬を終えて、一分と間のない内に、隠れ家の人々から頼りにされるシド。
彼はいつもこうした調子で、常に人に囲まれている。
彼自身は決して自分がこの隠れ家の長であるつもりはないと言うが、事実上の形として、この隠れ家を率いているのはシドだ。
誰もが彼を当てにして、精神的な支柱として頼りにしている。
シド自身も、自分のことを言うのはどうであれ、そうやって当てにしてくれる仲間に応えることは吝かではないようだった。

そんな訳だから、次から次へと、シドを頼る声は止まない。
外回りからの報告だったり、菜園の研究の進捗だったり、資材の在庫の塩梅だったり───とにかく、忙しない。
それを疲れた顔のひとつも見せずに応対しているのだから、クライヴは感心するばかりであった。

その上、彼は戦闘にも長ける。
つい先程、不意を衝く角度からの絡め手に、文字通り持って行かれてしまったことを思い出して、また苦いものが滲んだ。


(敵わない。年の功だとシドは言うが……それだけでこうも……)


聞けば───凡そだとは言われたが───シドとクライヴの間には、一回りほどの年齢差がある。
それだけ生きて来た長さが違えば、積んだ経験も差があるものだ。
況してやシドは、嘗てはウォールードで騎士長などと言う地位にいたと言うから、それもまた彼の豊富な経験値の裏付けになるだろう。
そしてそれらの経験があるから、隠れ家の人々も、彼を芯から頼る程の器を持っているのだ。

大してクライヴ自身はと言えば、故郷を失ったあの日から、ただただ戦場で生き延びることに尽くしてきた。
それは目的があり、その為には死ぬ暇などないと、救われた命を可惜に潰す訳にはいかなかったから、我武者羅に生を掴んできたに過ぎない。
常に生死の境に立っているような環境だったから、其処で十三年と言う短くない時間を生きて来れたことは、運もありながら、クライヴの実力が相応に成長したことも確かにあるだろう。
だが、ただ死ぬわけにいかないから生きて来た男と、志を持って過酷な環境に身を置きながら、人を導き生きて来た男とでは、やはり、培ってきたものが違うのだ。


(……悔しいな)


こんな気持ちは、今に始まったことではない。
シドに拾われる形で隠れ家に身を寄せた時から、折々に感じるものだ。
特に、シドと手合わせをして、しっかりやり込められる度に、その気持ちは膨らむ。

これは、ただの意地のようなものだ。
正面から戦うことになれば、恐らく、無為に負けはするまいとクライヴは思う。
それは単純に、年齢の差から現れる、純粋な身体能力───腕力や脚力、持久力、扱える魔法の一発に放てる威力───から測った場合だ。
シドの体を蝕む石化症状によって、彼の動きに少なくない制約が齎せる事も含めれば、クライヴの方に分があるとも言って良い。
しかし、それはシドも分かっていることだ。
そして戦場でわざわざ正面突撃ばかりを敢行する、馬鹿正直な戦い方で制することが出来る訳もなく、シドは幾らでも絡め手を使ってくる。
かと思えば、フェイントを警戒するクライヴの隙をついて、正面から大胆な戦略で押し込んでくる事もあるから、その判断の早さと、巡らせる計略の数は、底知れないものがあった。

培ってきた経験値、頭の中に詰め込まれた知識の量、其処から必要な情報を精査して選択する判断力。
何もかもがクライヴは敵わない。

───ふう、とクライヴは短く息を吐いて、詮無い思考を振り切るように、緩く頭を振った。




鍛錬で隙間の出来た胃袋を慰める為にラウンジに行くと、ケネスから「歓迎会をしよう」と提案された。
何のことかと目を丸くするクライヴに、シドから簡潔に説明が来る。

なんでも、隠れ家の一員として身を置く仲間が増えたら、なべて歓迎会なるものが催されるらしい。
とは言っても、然程特別なことを仰々しく行う訳ではなく、ケネスが少々手の込んだ料理を用意して、カローンに請うて少し良い酒を仕入れて貰う。
それらを主役となる当人は勿論のこと、出来るだけ多くの隠れ家の仲間たちに振る舞うことで、ちょっとしたパーティを開くのだとか。

物資の調達先が限られる生活だから、食糧も酒も貴重なものだ。
さりとてそれを勿体ぶるばかりと言うのもさもしい気持ちが募るもので、時には賑やかに豪勢に楽しみたい、と言う欲も浮かぶ。
そう言う時、仲間の歓迎会を開く、と言うのは、そう頻繁に出来るものではない事も含め、良い理由付けになっているのだとシドは笑う。

クライヴとジルが隠れ家の一員として身を置く事を選んだのは、フェニックスゲートへの旅路から戻ってのこと。
それ以前は、クライヴはこの隠れ家に馴染むつもりがなかったし、ジルは目覚めて間もなく、クライヴと共に旅立った。
先の頑ななクライヴの態度も含めて、歓迎会なんてものを開く空気でもなかったから、誰もそれを言わなかったのだ。
しかし、今となればそれももう気にしなくて良いだろう、と言うことになったのだろう。

クライヴにしろジルにしろ、歓待なんてものを受けることに、抵抗───と言うよりは気恥ずかしきもの───はあったが、これは仲間たちの厚意だ。
必要ない、と無碍にするのも悪い気がしたし、やる事と言えばラウンジでの飲み食いぐらいのことだから、普段の食事の延長とも言える。
何より、調理場担当のケネスがやる気満々で、もうカローンから諸々を仕入れたよ、とも言うものだから、歓迎会が開くのは決定事項のようなものだった。

かくして準備は着々と進んで、夕食の席が一時の宴会場となる。
外回りをしていた者たちも折よく帰ってきた所で、各自の仕事をしていた人々も手を止めて、ラウンジには普段よりもずっと多い人の気配が溢れていた。


「────新たな仲間に、乾杯!」


そんな声がグラスを打ちあう音と共に其処此処で上がる。
クライヴとジルも、ラウンジ一階の奥の席に座って、お互いのグラスをこつりと当てた。

わいわいと賑やかな声が重なる中、ガブが「よーし」と意気込んだ様子で言った。


「クライヴ、飲み比べしようぜ!」
「お、良いな。俺もやるぞ」
「俺も俺も」


ガブの一声を切っ掛けに、近いテーブルに座っていた酒豪たちが参加表明を上げる。
これはやらないと言っても聞いては貰えないだろうな、とクライヴは苦笑しつつ、「良いぞ」と言った。

クライヴの前に、たっぷりとワインの注がれたマグが運ばれてくる。
飲み比べに参加表明した面々の元にも、同じものが並べられた。
それを見ていたシドが、やれやれと言う様子で覗き込んでくる。


「なんだ、いつもの奴か?」
「ああ。そうだ、シド、あんたも飲めよ」
「やっても良いが、勝ったら何かご褒美でもあるか?」
「んん?うーん」


飲み比べに誘うガブに、シドがにやりと口角を上げて言った。
自ら提案する所からして、自信を匂わせるシドだが、ガブはその様子には気にも留めない様子で、顎髭に手を当てて考える仕草をする。


「そうだなぁ。優勝した奴が、皆からの奢りで、一番上等な一杯を飲む権利を持てる、とか。飯でも良いぞ」


隠れ家では、限られた食糧事情の中で、創意工夫を凝らして美味いものを提供しようと言うケネスの気概に支えられている。
野菜の皮から葉までくまなく、根も生薬として使うことは勿論、薬味としても役に立つから、何ひとつ無駄にはしない。
が、それはそれとして、一等質の良い肉が手に入った時には、それを豪快に食べさせてくれることもあった。
ただし、それはタイミングも量も限られるので、外回りを仕事にしている健啖家などは、時によっては見ることも出来ずに、食べる機会を逃がしてしまうことも珍しくない。
クライヴも、シドと同等に戦える程の実力を持つこと、当人も戦うことが自分の役割であると自負していることもあって、隠れ家の外で活動していることが多かった。
ケネス自慢の、腕によりをかけた手の込んだ料理と言うのは、中々お目にかかれる機会がないのである。

それを優先的にありつける機会が出来ると言うなら、誰も悪い気はしない。
ガブの提案に、それにしよう、と皆が頷いたので、これで優勝賞品は決まった。


「じゃあ皆、準備は良いか?行くぞ」


発案者のガブが音頭を取って、飲み比べ大会が始まる。
クライヴも合図に合わせてマグを運び、ごっ、ごっ、ごっ、と喉を鳴らした。
酒の楽しみに溺れた男たちが、こぞって酒豪ぶりを見せつけようと競争する様子を、ジルを始めとした女性陣たちは、「楽しそうねえ」とくすくすと笑いながら眺めている。

こうして賑々しい空気の中で、酒を傾ける楽しさと言うものを、クライヴは隠れ家に来て知った。
ザンブレク軍のベアラーとして生きていた時は、酒なんて上等なものにあり付ける訳もなかったし、稀にその運に恵まれたとて、楽しむ気など微塵も沸かなかった。
更に記憶を遡れば、こうした賑々しい酒宴の場と言うのは、少々苦手にも感じていたように思う。
それは自身の立場と言うものがあって、其処での立ち振る舞いは意識しなくてはならなかったから、こうも気安く酒を飲むことが出来なかったからだろう。
何もかもを持たなくなった今だから、こうして気楽に飲めると言うのは、皮肉のようにも思えるのも否めない。
が、それはクライヴの胸中にあるごく個人的な感情で、この場で表に出すものでもなかった。

カローンが歓迎会の為と聞いて仕入れてくれた酒は、それなりの度数もあるものだった。
無茶な飲み方をするんじゃないよ、と彼女は釘を差してくれたが、飲み比べとなればそんな事は忘れられてしまうもである。
ぐびぐび、ぐびぐびと景気良く盃を開けていく男たちに、ラウンジ二階からそれを見ていた女商人は、まあ分かりきっていた事だと呆れ気味に、自分もマグを傾けた。

そうして行く内に、許容量を超えた者から、一人、また一人と脱落者が出て来る。
ガブもそれなりに酒には慣れ親しんでおり、随分と粘ったが、しかし。


「大丈夫か?ガブ。随分顔が赤い……と言うか、少し青いぞ」
「うぐぅ……まだまだぁ……」


クライヴは、隣席で今にも潰れ落ちそうなガブに声をかけた。
口端から飲み込み切れずに滴る雫を手の甲で拭いながら、ガブは手元のマグの中身を煽る。
その向かいの席では、普段を思えば随分と赤ら顔になったシドが座っていた。


「無理はするなよ、ガブ。明日に響くぞ」
「んっぐ……まだまだ……今度こそ、シドに勝ってやる……!」


据わった目がシドを睨むように見る。
シドはくつくつと笑いながら、自分のマグを傾けた。
それを見て、クライヴもやれやれと息を吐き、


「シド、あんたも随分回ってるんじゃないのか」
「あ~……まあ、否定は出来ないな。だが、まだ落ちる程じゃないぞ」
「そうか……?」


確かにシドはガブよりも酩酊してはいない。
いないが、目は半開き気味に見えるし、首筋まで赤らんでいるように見える。
見た目で言えば、ガブにも負けず劣らず、十分酔いが回っている印象があった。

ラウンジのあちこちでは、限界を超えて寝潰れている男たちの姿がちらほらと増えている。
呆れ気味に傍観していた女性たちが、いそいそとブランケットなどを持ってきて、テーブルの上で放置される事になった食器を片付けていた。
こうなれば、このまま酒宴もお開きになるだろう。

どさ、と言う音が聞こえて、クライヴは隣を見た。
椅子に座っていた筈のガブが、床にひっくり返って大の字で寝ている。
遂に落ちたのだ。


「おい、ガブ。おい。……やれやれ」


声をかけても反応しない様子のガブに、クライヴは肩を竦めた。
そんなクライヴを、シドのヘーゼルがじぃっと見詰め、


「お前は随分、平気そうだな」
「ん?……ああ、そうだな」
「酔わない質か」
「さあ、どうだろう」
「ちゃんと飲んでたか?」
「不正をしたつもりはないぞ」


疑われる謂れはない、と睨むクライヴに、シドは本気に取るなよと苦笑する。
実際、クライヴのマグが毎回すっかり空になっていた事は、酒を運んでくれたモリーやオルタンスが証明してくれるだろう。

クライヴは、地面に転がったガブの体を起こして、よいせと背負った。
肩に乗ったガブの頭からは、ぐうぐうと寝息が聞こえている。


「もう起きてるのも俺とあんただけだ。歓迎会もこれで終わりでも良いよな」
「そうだな。ケネス、そろそろ終わりだ。飲み比べの優勝は……ま、クライヴだな」
「あいよ、覚えておく」


飲み比べの優勝賞品は、ケネスが作る数限定のスペシャル料理。
そう言う話だったので、優勝者の決定を伝えておけば、ケネスは片手を挙げて返事をした。

酒をそれ程飲んでいなかった女性たちが、食器類の片付けに勤しむ傍ら、クライヴは潰れている者たちに声をかける。
何人かは目を覚ましたので、自分の足で寝床へ戻るようにと促した。
動かない者は、ガブも含めて、ラウンジの隅にまとまって貰うことにする。
その内に起きて、酒が抜ければ、各々自分の寝床に戻るだろう───何人かはこのまま朝を迎えそうだが。

そしてラウンジが夜の静けさに包まれ、ケネスを始めとした厨房を預かる面々が、終わった終わったとようやくの夕食を始めた頃に、クライヴはシドに声をかけた。


「あんたも部屋に戻って寝ろよ」
「……そうだな。そうした方が良い」


促すクライヴに同意したシドだが、中々動く様子がない。
テーブルに乗せた頬杖に顎を置き、そのままゆっくりと寝に落ちそうなシドに、やれやれとクライヴは手を伸ばす。


「ほら、ちゃんと立ってくれ」
「なんだ、連れて行ってくれるのか。優しい奴だな」


片腕を引っ張り、肩を貸すクライヴに、シドはくつりと笑って、癖のある黒髪をぐしゃぐしゃを撫でる。


「っおい。やめろ、酔っ払い」
「可愛がってやってるんだ」
「そう言うのは必要ないから、歩いてくれ」


マイペースなシドの構い様に、クライヴは頭を振って拒否を示すが、相手は全く気にしない。
トルガルを褒める時のように、わしゃわしゃ、ぐしゃぐしゃと何度も頭を撫でるものだから、クライヴは歩き難くて仕方がなかった。

ラウンジから上へと向かう階段を上る間に、シドは調子はずれな鼻歌を歌い始める。
随分とご機嫌だ、とクライヴは思った。
何にしても飄々とした態度を崩さないことが多いが、こうも判りやすく浮かれているのは初めて見る。
それだけ、今日の酒が美味かった、と言うことなのだろうか。
実際、悪い味ではなかったな───とクライヴも思う。

シドの私室のドアを開けて、ベッドまで連れて行くかどうするか、とクライヴはしばし考えた。
結局、手近な所でソファへと座らせて、部屋の棚にある水瓶を取る。


「これだけ飲んで寝ろよ」
「どうも。お前も大概、世話焼きだな」
「……あんた程じゃない」


差し出した水をシドが受け取り、口元へ運ぶ。
その顔はまだ赤みが強く浮かんでいた。


(弱い、訳ではないと思うけど。そんな風に酔うこともあるんだな……)


出先で何度か、情報収集の為に立ち寄る酒場で、シドが酒を飲むのを見た事はある。
その時は一杯、多くて二杯で終えるから、飲めない訳ではないし、弱いこともないのだろう。
今日はクライヴを除けば最後まで飲んでいたから、強い方と言って良い。
ガブが提案した優勝賞品も、手に入れる自信はあったのではないか。

けれども結局、優勝したのはクライヴと言うことになった。
クライヴはその結果については、正直な所、然程興味を持ってはいないのだが、


(……俺の方が酒に強いのか)


昔から───少年の頃はまた違った気がするが───クライヴはあまり酩酊しない。
ベアラー兵として過ごしていた頃、稀に手に入った猿酒の類を、部隊で寝酒にする者はいた。
中には妙に人懐こい者もいて、クライヴにも酒を進めてきて、仕方なくそれを飲んだこともある。
その時、相手は早々に酔いを回して気を良くしていたが、クライヴは随分と冴え冴えとしたもので、その日の見張り番も恙なく熟している。

そんな事をぼんやりと思い出していると、


「クライヴ。ちょっと来い」


シドの呼ぶ声に、「なんだ?」と言えば、彼は無言で手招きする。
用事があるなら言えば良いものをと思いつつ、取り合えず応じて近付いて見ると、屈め、と言われた。
これもまた言われるままに応じると、ソファに座ったシドと目線が近くなる。
床にしゃがむ形になったクライヴの方が、気持ち程度、シドを見上げる位置になった。

と、ぬぅ、とシドの両手が伸びてきて、クライヴの頭を左右からわしっと掴む。
そのまま、またぐしゃぐしゃと両手で頭を掻き撫ぜられて、クライヴは眉根を寄せた。


「おい。だから辞めろと言ってるだろう、この酔っ払い」
「可愛がってやってるんだ、大人しく受け止めろ」
「この……」


まるでトルガルをあやすように、わしゃわしゃと妙に豪快に撫でまくられて、クライヴは顔を顰める。
やっぱり酔っ払いじゃないか、と上目に睨めば、随分と機嫌の良い眦が此方を見ていた。

───思えば、こうも機嫌の良いシドを見るのは、初めてのような気がする。
出逢ってしばらくは、どちらともに張りつめた所があったし、何よりクライヴはシドを信用していなかった。
シドの方も、目的のあるクライヴを有用に使って、彼は彼の目的があった。
あれから長くはないが、短くはない時間も経って、一緒に行動する事も増えたが、こうも屈託なく笑っているのは珍しい。
これもまた、アルコールの作用によるものだろうか。
そんな姿をクライヴに見せる程に、少しはこの男も、自分を信用か、或いは信頼してくれる位には、なれたのだろうか。


(……ああ、もう。これだから、本当に)


そう思うと、結局は酔っ払いの戯れだと、何処か諦めも混じって、クライヴは抵抗するのを辞めた。
そんなクライヴの様子がおかしかったのか、シドの喉がくつくつと笑う。

結局、シドが一頻り満足するまで、クライヴは彼のされるが儘に任せるのだった。





シドに敵わないことを、年季も含めて仕方ないとは思いつつも、やっぱり何処か悔しいクライヴとか。
28歳のクライヴは、成熟と未熟の中間にいると思っている私です。

何にしてもシドに敵わないと思っているクライヴだけど、酒の耐性についてはクライヴの方がありそう。
でもシドは自分の許容量を把握した上で、完全につぶれない所でセーブしそう。分別のつく内に、あとは飲むふりだけしてる感じかなあとか思ったりした。

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