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2025年08月08日

[ラグスコ]消えない熱のあやし方

  • 2025/08/08 21:10
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



休暇と言った所で、一日分があるかないかと言う時間だ。
行って帰っての時間を思えば、何処に行く余裕がある訳でもない。

それでも、奇跡的にその時間が重なったのだ。
だからスコールは、休暇前夜───その日の分の仕事が終わってすぐに、エスタに行く為に出発した。
ガーデンからバラムへ、大陸横断鉄道でF.Hの最寄り駅まで揺られ、其処から発着するエスタ行の飛空艇に乗る。
朝ぼらけの時間に列車を降り、次に飛空艇に揺られるのは中々に疲れたが、お陰で昼にはエスタに到着することが出来た。
飛空艇の中で転寝した目のままでエスタ・エアステーションのロビーへ出ると、ウォードが迎えに来ていて、彼が運転する車の中でまた眠りながら、大統領の私邸へと運ばれた。

車の中で横になって寝ていたものだから、髪には寝癖がついていた。
そうと気付かないままに私邸に入って、待っていたラグナは眉尻を下げながら「無理させちまったなあ」と言って、スコールの髪を手櫛で梳いた。
それでようやく、寝癖がついていることに気付いて、みっともない恥ずかしさで顔から火が出る。
そんなスコールにラグナは笑みを深めながら、先ずはゆっくり休んでおいで、とスコールを彼専用に誂えた部屋へと促した。

向かう道中を殆ど寝て過ごしたとは言え、体は縦のままだった。
疲れが碌に取れていない、寧ろ長時間移動で反って疲労感が増したのは確かで、スコールは部屋のベッドに入ると直ぐに寝落ちた。
昼日中の時間であるから、二時間程度で目が覚めて、ラグナが用意してくれていた遅い昼食を摂った。
まだ少し眠い目をしながらサンドイッチを食べるスコールを、ラグナはコーヒーを飲みながら眺めていた。

後は、何をしていた訳でもなく、何をしようと探すこともない。
リビングでエスタのテレビ番組が流れる傍ら、ラグナはあれこれと色々な話をした。
それは近況報告でもあるのだが、最近こんな話を聞いた、こんな本を読んだ、こんな店がオープンした、と言う程度のものだ。
スコールは相槌も曖昧に聞いているばかりで、時折、ラグナの方から投げかけられた質問に端的に答えた。
それだけのことでも、もう当分の間、そうした時間すら持てなかったのだ。
なんでも良いから同じ空間にいたくて、鈍行列車に揺られたスコールの苦労の甲斐は、あった。

そして夜になれば、より一層濃密な時間を過ごす。
若い体は覚えたばかりの熱の愉悦に夢中になり、ラグナも年甲斐ないなと苦笑しながら、その味に誘われる。
少し乾燥気味の手が自分の肌を滑る度に、スコールは殺し切れない声を漏らした。
触れる都度に反応を見せる少年の姿に、ラグナも隠し切れない興奮を昂らせていく。
胎内で交じり合う熱の感触に、スコールは何度となく気をやった。
戦慄く体をラグナは強く抱きしめて、汗ばんだ肌をまた愛撫して、何度も何度も、彼を愛した。

時間に余裕がない事もあって、急くように交じり合って、意識が続いている限りそれを繰り返した。
そうしていつしか限界を迎え、スコールが意識を飛ばした所で、愛くるしい時間が終わりとなる。

────それからスコールが目を覚ましたのは、夜と朝の間の頃合いだった。


(……だるい……)


疲労感の残る体が重い。
けれども、その気怠さは決して不快なものではなかった。

隣でスコールに腕枕をしながら寝ていたラグナは、かーかーと健やかな寝息を立てている。
裸身の体は、あれだけ汗を掻いたのに、すっきりとしていたから、きっと整えてくれたのだろう。
けれど、秘部にはまだ彼を迎え入れていた時の感覚が残っていて、スコールはもぞりと腿を擦り合わせて身動ぎする。

熱の感覚を不意にでも思い出すと、体が反応を示してしまう。
しかし、あと数時間もすれば、スコールは任務に行かなくてはならない。
この慌ただしさの中、何が何でもとラグナの下に向かったのは、今なら時間が取れると踏んだからだ。
次の任務はエスタ大陸での魔物の生態調査の護衛だったから、此処からなら遅れることもないだろう。
それに出向く時間制限いっぱいまで、スコールはラグナを感じていたかったのだ。

時計を見ると、出発予定の時間まで、まだ数時間がある。
此処から眠っても、二時間もすれば起きなくてはいけないから、スコールはもう寝ないことにした。
けれどもベッドの中から出る気にもならず、傍らの温もりに身を寄せて、鼓動と体温を耳に当てて目を閉じる。


(………もう少し……)


このままでいたい。
本音を言えば、ずっとずっと、このままで。
叶わないことと判っているから募る気持ちを、温もりに甘えることで誤魔化す。

と、ラグナの口元がむにゅむにゅと意味不明な音を漏らした後、


「んぁ……」
(起きた)


ぼんやりとした翠色が、薄く開いた瞼の隙間に覗いた。
横で身動ぎばかりをするから、眠りを邪魔してしまったのかも知れない。

ラグナは何度か瞬きをした後、腕の中に納まる格好でじっとしているスコールを見て、目を合わせた。


「お……起きてたのか。おはよ、スコール」
「……ん」


薄らと年輪を感じさせる皺を浮かせた目元が、嬉しそうに綻ぶ。
短い返事をするスコールの眦を、あやすようにラグナの手が撫でた。

ラグナの手のひらに撫でられるのは心地良い。
ゆったりと柔らかく、優しく、ことに愛しさを伝えるように、ゆるゆると触れる。
熱の交わりの時には、それが心地良さだけでなく、温かい快感まで与えてくれるから、スコールは知らず知らずのうちに虜になった。
もっと沢山、これを感じることが出来れば良いのに、と思うけれど、現状、それは難しいことだ。

だからスコールは、この僅かな時間が得られる瞬間があれば、それを貰いに行く。
たった一日あるかないかの休日を、此処で過ごす為だけに費やすことに、スコールは必死だった。

そんなスコールを知ってか知らずか、ラグナは殊更丁寧にスコールに触れてくれる。


「んー……ちょっと此処、傷あるな。どうしたんだ?」
「……さあ。判らない」


ラグナはスコールの項のあたりに指を滑らせながら、皮膚に引っかかる僅かな凹凸について尋ねるが、そんなものの由来などスコールが覚えている訳もなかった。
SeeDと言う傭兵として、指揮官であっても現場にも向かう事が多いスコールだ。
傷の理由なんて、訓練も含めれば幾らでもあったし、多少の引っ掻き傷のようなものなら、石片や枝葉が擦れるだけでも出来る。

気にしていられないから覚えていない、と言うスコールを、ラグナは特段、咎めることはしなかった。
その代わりに、項に触れるラグナの手付きは一層丁寧なものになり、指先がゆっくりと傷跡───スコールからは見えないので、あるらしい、としか言えないが───を辿る。


「ん……」


つい数時間前まで、抱き合っていたのだ。
意識が飛んでも、体のスイッチはまだ浅く入ったままのようで、触れる感触に敏感に反応してしまう。
くすぐったさと、何とも言えないむず痒さに身を捩ると、すぐ近くで翠が微かに笑みを浮かべたのが判った。


「気持ち良い?」
「……くす、ぐったい……」
「そっか」


じゃあ辞めよう、とはならなかった。
ラグナの指は一向に離れず、寧ろ何度も何度も、スコールの項を撫でている。

スコールの意識が、段々とラグナが触れる場所へと集中していく。
傷があるのは此処、と教えるように撫でるラグナの指先に、スコールは別の意図を感じ取っていた。
それはついさっきまで感じていた熱の交わりを想起させ、ぞくぞくとしたものがスコールの首筋から背中に向かって降りていく。


「ラ、グナ……」
「嫌か?」
「……や、じゃ……ないけど……」
「じゃあ、良いよな」
「う、んん……っ」


ラグナはスコールの首元に唇を寄せた。
喉仏の辺りを、ちゅう、と吸われる感触に、ビクッと少年の躰が跳ねる。

そう言う事をされると、この体は簡単に反応してしまう。
じんじんとした感覚が胎の奥から湧き上がってくる感覚に、スコールは身を捩って逃げを打った。
しかし、体を引こうとすればラグナが追ってきて、項をくすぐる手とは逆の腕が、スコールの背中へと回される。
存外としっかりとした腕に確保されて、スコールはラグナの愛撫を受け止めるしかなくなった。

項で遊んでいた指が、つぅ、とスコールの背中へと下りていく。
背筋を柔らかくくすぐり滑って行く指に、スコールは堪らず背中を仰け反らせた。


「や……っあ……!」
「うん」
「ラグ、ナ……っ!」


悪戯されてスコールはいやいやと首を横に振るが、突っ張る腕も大して本気の力を発揮しない。
それが初心な少年の本心を何よりも吐露していることを、大人は判っていた。

ラグナの手はスコールの背中を辿り、小ぶりな丘を滑る。
そのまま行ったら、とスコールが行き付く先を想像して、ずくんと胎内が疼く。
赤い顔で「や、だ、」と拙く訴えるスコールだったが、ラグナは彼のそんな様子すらも愛おしかった。
大事にしたいのに、何処かで苛めたくなる衝動を無自覚に煽る姿に、ラグナもむくむくと欲望が膨らむ。


「スコール」
「ん、う……っ」


首筋に触れるラグナの吐息に、ひくん、とスコールの体が震える。
皮膚に柔く歯を当てれば、スコールの唇からはあえかな声が漏れた。

清められたであろう筈の体でも、内側はまだ熱の余韻を残している。
意図して煽られれば逆らいようのない衝動が湧き上がって来て、スコールは無意識のうちに、ラグナの腰に自身の足を絡めていた。
必然的に押し付ける格好となった中心部は、若い性をしっかりと主張して、ラグナに訴える。


「もう一回、しようか。スコール」
「……っ」


明日は仕事がある。
時間にして、出発まではあと数時間。

エスタの魔物は、元々過酷な環境故に獰猛なものも多い上、“月の涙”の影響で更にその縄張り争いが激化している。
エスタの郊外市街にまで迫って来るものがある、或いは生態系の急速な変化で過度な淘汰が起き得る危惧がある為、それを人為的に調整する為にスコールは派遣される。
準備も注意も入念に行うつもりではあるが、それでも、何が起こるか判らないのが現場と言うもの。
それを思えば、きちんと休んでおかなければ、と言うのは傭兵として常識意識の範疇だ。

───それを判っているのに。
恐らくは、ラグナもそれを知っているのに。


「……スコール」
「……あ……!」
「お前が欲しいよ、スコール」


あと少ししかないんだから、とラグナは囁く。
あと少しの時間で、こうして緩やかに熱を交える時間は、どうしたって終わってしまうものだから。
その瞬間まで、お前を感じさせてくれと嘯く声に、スコールは拒否を選べない。

形だけでも突っ張って駄目だと言っていた腕が、ほろりと力を失う。
抱き寄せる力に従うままに身を寄せて、スコールはラグナの首に腕を絡めていた。


「ラグ、ナ、ぁ……っ」
「うん」
「っは……ん、ふ……っ」


名を呼ぶ少年に、大人は応じて、唇を重ねる。
ゆったりと唾液が交じり合う間、スコールは一所懸命にキスの愛撫について行った。

可愛いものだな、とラグナは細めた眼差しで、赤くなっている愛し子の顔を見つめて思う。
時間が取れそうだ、と判ってから、此方に行く、と言ってきかなかった少年は、存外と判りやすい性格だ。
当人はそうは思っていないようだが、蒼灰色の瞳は、真っ直ぐに自分への愛情を望む。
それを彼の望むままに、いや望む以上に溢れる程に与えてやれば、こうして腕の中へと閉じ込められに来てくれる。
無論、思い通りになってくれるから可愛い訳ではないけれど、こうすればこんな反応を見せてくれるだろうな、と思う通りに反応を繰れる様子はやはり愛い。

唇を離して、ラグナはスコールの下肢にゆっくりと触れた。
スコールは自ら足を広げ、ラグナを受け入れる場所を差し出す。


「ラグ、ナ……ラグナぁ……っ」
「うん。判ってる、一回だけ」
「う、あ……っは、あぁ……っ」


足の付け根を彷徨うように撫でる手に、スコールはもどかしげに身を捩る。
焦らされている気分になるのか、泣き出しそうな瞳で見つめるスコールに、ラグナはその眦にキスをしながら、


「一回だけど……一杯、感じさせてやるからな」
「……っ……!」


鼓膜をくすぐるその声に、スコールの体は一気に熱が奔り出す。
はやく、と縋る声に急かされるまま、ラグナは彼の中へと入って行った。





ラグナに愛されたくてしょうがないスコールは可愛いなあ、と思いまして。
ラグナも愛したくてしょうがなくて、スコールが甘えてくれるし、自分のものに出来てる感じがあって嬉しいんだと思います。

[レオスコ]意地と矜持

  • 2025/08/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



柔らかな眼差しが此方を見ていることに気付く度、どうしようもなく、悔しくなる。
それが自身の勝手で酷く個人的な見方と感情から来るものであることは、理解しているつもりだ。
だから相手にそれをぶつけるものでもない、と言うのもまた判っているのだが、零れる感情を隠すことは難しい。
そもそも、隠せていないからそれは零れているのだ。
零れてしまえば、敏い彼が気付かない訳もない。
其処でまた、突くように指摘をされないのも、何とも言えず歯痒さを誘う。

その瞳はいつもスコールを見守っている。
愛いものを柔く眺めて綻んでいるような顔は、彼が自分を愛してくれている証左でもあった。
面倒見の良さも相俟って、年下の面々には総じて優しい彼だが、自分に対しては格別に甘い。
それは欲目があるからで、それがなければ、こうも甘くはしてくれないだろう───一応、公私の別はしっかりと分けているのだから、それは判る。
故に公的な場面───話し合いであるとか───では決してスコールを贔屓することはなく、私的な場面───ひそやかな睦みあいの時であるとか───では蜂蜜のようにスコールを甘やかす。
ただ瞳だけは、その場に応じたスイッチを必要に切り替えている時を除けば、常にやさしく柔らかく、スコールを見つめていた。

それがどうにも、子供扱いをされているようで気に入らない。

自分のことを特別に見てくれている、それは悪い気はしない。
けれども、垣間見える小さな子供を見守るような眼差しは、スコールの小さくはないプライドを悪い意味で刺激するのだ。


「……その目、やめろ」


振るっていたガンブレードを下ろして、スコールは屋敷の壁に寄り掛かっているレオンを見て言った。
言われた当人は、ぱちりと瞬きひとつして、はて、と首を傾げる。

スコールはガンブレードを粒子に戻して、無手になってじっとレオンを睨んだ。
通常、素振りは規定にしている回数に届くまで続けているのだが、今日はもう完全に気が散った。
その原因である青年は、何か邪魔をしてしまったか、と思案する表情を浮かべている。
当人にその原因や自覚がないのは無理からぬことで、スコールが一方的に、彼の視線に意識を割いていただけだ。

スコールの表情はむっつりとして、不機嫌を露わにしている。
それをレオンは特に臆することもなく見返して、


「何か気に障ったか」


自分自身に思い当たるものがないので、レオンは直球で尋ねて来た。
何かしたなら詫びよう、と言う姿勢は誠実でもあったし、寛容でもあった。
一方的に睨んでくるスコールに対し、謂れがないと攻め返しに来ない所に、レオンの懐の広さが伺える。

スコールはしばらくレオンを睨んだ後、はあ、と露骨な溜息を吐いた。


「……あんたの目、煩い」
「それは、邪魔をしたな。悪かった」
「……」


案の定、レオンは直ぐに詫びをくれる。
眉尻を下げている表情は、そうも煩くしたか、と無自覚を反省していることが伺えた。

そうじゃない、とスコールは思う。
そうも寛容でおおらかな反応が欲しかった訳ではない。
どちらかと言うと、今に限っては、真逆のものを望んでいた節がある。
しかし、それもまた、スコールが勝手に「今はこういう反応をして欲しい」と押し付けに思っていた事だから、レオンがそれに応じてくれないのは無理もない。
元より、レオンが自分に対してそう言った応対をしないことは、分り切っている事でもあった。

沈黙したまま、拗ねた表情で立ち尽くすスコールに、レオンがゆっくりと歩み寄る。
秩序の聖域全体に、結界のように薄く張る水面が、レオンが歩く度に小さな水音を立てた。
それはスコールの前まで来て止まる。


「熱心にやっているから、つい見ていた。あまり無理をするなよ、昨日戻ったばかりだろう」
「……」
「無理をすると、後で痛手が返ってくるからな。時には休息に集中することも考えると良い」
「……」
「でも、一汗掻いた方が気兼ねなく休めるのも、あるな」


若い少年の無茶を諫めるように釘を差しながら、最後はやんわりと、スコールの自由を赦す。
其処にスコールの反応らしい反応がなくても、レオンが気を悪くすることはない。

レオンの手が伸びてきて、スコールの髪をくしゃりと撫でる。
閨ではいつも心地良く髪を梳いてくれる手を、スコールは今じゃない、と頭を振って拒んだ。
スコールのその主張を察して、レオンは直ぐに手を放してくれる。


「素振り、まだ続けるか?」
「……いや」
「そうか。邪魔をして悪かったな」


再開させる気分ではなかったから、首を横に振れば、レオンはもう一つ詫びてくれた。

レオンはスコールから離れると、自身のガンブレードをその手に握って、一回、二回とそれを振る。
グリップの握り具合の感触を確かめて、レオンは両手でグリップを握った。
ガンブレードはスコールが持つリボルバーよりも、一回り程大きく見える。
手許の形も、スコールのそれと比べると、微妙に違う意匠やサイズ感があるのだが、レオンの体格で見るとしっくりと来た。

レオンはスコールよりも一回り身長が高く、体格も完成している。
年齢差があるのだから無理もないかも知れないが、スコールだって───記憶は聊か不確かだが───傭兵として幼い頃から訓練を重ねて来たのだ。
大してレオンの方は「鍛えてはいたが、進んでやるようになったのは十五を過ぎた頃だったかな」と言った。
スコールにしてみれば、レオンはずっと遅くにそのスタートを切った訳だが、それでも彼の体躯はスコールのものよりもずっと安定している。
自分が貧弱と言うつもりはないが、レオン然り、他もウォーリア・オブ・ライトやセシル、フリオニールと言った面々と比べると、全く足りない。
如何にも頼り甲斐のあるシルエットをしているレオンを見て、スコールも安心感を覚えることは少なくなかった。

だが、今日のスコールは少々ささくれだった気持ちがある。
片手の脊力で大振りのガンブレードを振り薙ぐレオンを見つめながら、スコールは何度目か、思う。


(……ずるい)


噤んだ唇の中で、そんな事を呟く。

秩序の戦士たちの中で、年上組と呼んで良い面々は、総じて年下のメンバーに対して寛容的だ。
それが大人の面子、とでも言うのだろうか。
その中でも、年齢が曖昧なウォーリアを除くと、レオンは最年長になる。
リーダー役に関しては満場一致でウォーリアに委ねられているが、メンバーのまとめ役と言う点で言うと、レオンがそれを引き受けていた。
下への配慮を欠かさず、意見があれば拾い、適当な落としどころを見付けるのが上手いのが、彼だったからだ。
それを回りが感心すれば、当人は決して得意な分野ではないと苦笑いするが、年の功として任せられることを受け止めている節がある。
皆が自分で良いと言うのなら、その仕事を引き受けて、勤めるには吝かではないのだと。
己の意思で選んだことでもないのに、わざわざ面倒を引き受けてくれることが、また仲間たちには有難く頼もしい事だった。

スコールも、その頼もしさに甘えている所はふんだんにある。
沢山の人間をまとめたり、上手く操縦したりと言うのは、スコールには向いていない。
そう言う立場に祀り上げられたことがあるような気もするが、とにかく、目の前の事に必死になって齧りつくしかなかったと思う。
レオンのように、あっちを見て、こっちを気にして、そっちを考えて、等と言う器用さはなかった。
誰かと話をする度に、どう言えば良いのか、何と言えば伝えるべきが伝わるのか、手探りのまま、藻掻いていることしか出来なかった。

……夜に触れ合う時のことを思えば、彼の寛容さと、スコールへの甘さはより一層深みを増す。
スコールが駄々を捏ねても、わがままを言っても、彼は怒る事はない。
スコールが望むように、嫌がらないように、真綿で柔らかく包み込むような愛で、スコールを愛してくれる。
────思い出すと、それだけで顔が熱くなってしまう程に。

そんなことを思いながら、レオンは屋敷の玄関の階段に腰を下ろす。
視線の先では、仮想敵を相手に立ち回るレオンの姿があった。
ガンブレードの重みと、自身の体重もあってか、レオンの動きはスコールと比べると僅かに遅い。
それでもウェイトによる安定感があり、片足一本を軸に半身を翻す時も、重心がぶれることもなかった。


(……あとどれ位やったら、あんな風になれるんだ?)


仲間たちはよく、レオンとスコールが似ていると言う。
兄弟なんじゃないか、ひょっとして双子とか、未来の姿とか、なんて空想を膨らます者もいた。
その都度、スコールは兄弟なんていない、双子もいないと言っている。
未来の姿じゃないか、と言う点については、レオンが「それはないだろう」と苦笑していた。
バッツなどは「でも傷も全然同じところにあるぞ」と言ったが、スコールがごく最近にこの傷を作ったのに対し、レオンはもっと早い時期だと言う。
レオンもスコールも、元の世界の記憶は曖昧な所は多いものの、それだけははっきりと覚えていた。
お互いの過去が既に違うのだから、レオンがスコールだ、と言うことは有り得ない。

とは言え、似ている、似ている、と何度も言われるので、スコールもほんの少しだけ彼の影を追う意識がついてきた。
レオンがあんな体格になれるのなら、遠からず自分も同じようになる事が出来るのではないか、と。


(もっと肉を食べて、腹筋と腕立ての回数を増やして。それから……プロテインでもあれば良いけど、この世界にそんなもの見た事がないんだよな)


肉体訓練のプランを頭の中で組み立ててみる。
体組織の酷使と超回復の理論を繰り返し実践すれば、少しでも近づけるだろうか。
効率の良さを考えると、高い栄養素も必要となるが、この世界ではそう言うアイテムは手に入らない。
鶏肉を大目に食べればなんとかなるだろうか、と考えてはみるが、食糧事情もその時々に因るのだ。
どうしても上げられる効率には限界がある。

観察すれば、何かもっと判る事があるだろうか。
レオンの立ち振る舞いを、例えば真似ることが出来たら、彼のように余裕を持った人間になれるだろうか。
スコールは、水膜の只中で一人特訓を続けるレオンを、じっと見つめていた。

────と、そうしてどれ程の時間が経っただろうか。
レオンの額に滲む汗が珠になり、動かし続けた体にレオンの息が上がった頃に、彼は動きを止めた。
此処までの自分の動きを振り返っているのか、息を整えながら佇むそのシルエットすら、地に両足がついた安定感がある。

呼吸が一頻り整った頃、レオンは握っていたガンブレードを粒子に替えた。
どうやら特訓は此処までらしい。
もう少し見ていたかった、と思うスコールの下に、レオンはゆっくりと近付いて来る。
その目が、見つめるスコールの瞳とぶつかって、レオンは眉尻を下げて苦笑した。


「成程な。こうも熱心に見ていられると、無視するのは難しい」
「……あ」


つい数十分前、自分がレオンにされていたことを思い出して、スコールは途端にばつの悪さを感じた。
気まずさに視線を逸らすスコールに、レオンは「良いさ」と笑う。


「見られていると、気が引き締まる。格好の悪い所を見せられないからな」
「……」
「かと言って、それに気を取られ過ぎれば、足元が疎かになる。俺もまだまだか」
「……悪かった」
「お前の所為じゃない。良い勉強になった」


玄関前の階段に座ったままのスコールの頭を、くしゃり、と大きな手が撫でる。
小さな子供をあやすことに慣れた、無理な力も入っていない、おおらかな触れ方だ。

それを感じて、また、スコールの眉間に皺が寄る。


「……」
「どうした?」


スコールの纏う雰囲気に、じんわりと苦いものが漂ったことを、レオンはしっかりと感じ取った。
そのまま彼は隣に座って来て、顔を反らしたスコールの耳元に指が触れる。
グローブを嵌めた手が、ゆっくりと拗ねた子供を宥めるように、スコールの耳元から首筋までのラインを辿った。

それにあやされたつもりはない、と思いつつ、スコールは立てた片膝に口元を押し付けるように隠しながら、


「……ずるい」
「?」


スコールの零した一言に、レオンはことんと首を傾げる。
この一言だけですべてを察しろというの言うのは、如何に敏い男と言えど、流石に無理筋であった。
スコールもそれを判っていて、敢えて投げている。

スコールは隣に座る男から顔を背けたまま、続ける。


「あんた、いつも落ち着いてるし。俺より体がしっかりしていて。ずるい」
「……そうか?」
「……俺だって、……」


俺だって、少しは。
少しはレオンのように、落ち着いていて、体もしっかりして───いるとは、言えない。
少なくとも、こうして並んで座っていて明らかな体格の差は勿論のこと、口惜しさに拗ねている精神が、レオンのように大人として確立しているとは思えない。

自分で自分の現実を突きつける形になって、スコールは益々ひねた気分になった。
レオンはそんなスコールを知ってか知らずか、相変わらず、宥めるようにスコールの皮膚に触れている。
それは閨の中で、むつみ合って甘え癖を発揮し始めたスコールを、優しく寝かしつけている時の感触に似ていた。

そう感じた瞬間、スコールは自分の感情の根底にあるものが溢れ出す。


「レオン」
「ん?」


ぐるん、と振り返って詰め寄る勢いのスコールを、レオンは変わらぬ表情で受け止める。
スコールはじっとそんなレオンを見つめながら、


「……俺は子供じゃない」
「?」
「子供扱いするな」
「どうした、突然」
「……」


目を丸くしているレオンの言葉に、スコールも一瞬冷静になる。
スコールにとっては、この数十分間、ぐるぐると頭を巡っていたことでも、傍のレオンから見れば突然の沸騰である。

益々自分の幼さを見たようで、スコールは俯いた。
レオンは首を傾げつつ、またスコールの頭を撫でようとして、止まる。
その手はレオンの顎元に行って、ふむ、とスコールの言葉の意味を考え始めたようだった。

このまま此処にいると、レオンの寛容さに甘えて、益々幼稚な言動をしてしまいそうだ。
スコールは立ち上がると、「……休む」とだけ言って、玄関の奥へと逃げ込んだ。

置いてけぼり気味に残されたレオンは、何処か自己嫌悪に気落ちした様子の少年の背中を見送る。
閉じた扉をしばらく見つめた後で、間近な距離で彼が言ったことの意味を考えていた。
やはり、唐突にぶつけられた言葉の真意は図り切れなかったが、取り合えず、額面の通りに受け取ってみる。
その上で、レオンは小さく苦笑した。


「これでも、子供扱いしているつもりはないんだが」


当人にこれを言ってやれば良いのかも知れないが、あの状態のスコールは、頭の中で色々なことを巡らせているから、外からの言葉は届き難い。
しばらく時間を置いてから、昼の頃にでも様子を見るのが良いだろうな、と思った。

その傍ら、


(まあ……俺の方が年上らしく振る舞いたいと言うのは、あるかな)


スコールを相手に、少しでも余裕を持った態度を保っていたい。
年上として、まだまだ青い匂いのする少年を、見守り愛する立場でいたい。
それはレオンの、年上としての矜持のような、いやどちらかと言えば意地のようなものだった。
転じて、そうした態度が相対的にスコールにとって“子供扱い”に感じる所はあるかも知れない。
ひょっとしたら、彼はもっと、対等な間柄でいたいのかも知れない。


(しかし、こればかりはな。俺の勝手な意地だ)


レオンは、スコールを可愛がってやりたかった。
それは恐らく、同等の間柄になれば、適わないのだろうと思う。
少なくとも、レオンがスコールを甘やかしてやりたくても、彼のプライドがそれを許さないだろう。
だから、レオンがスコールを思う存分に甘やかす為には、このバランスが必要なのだ。

レオンはスコールが望むことなら、何であろうと叶えてやるつもりだが、こればかりは譲れない。
昼には自分の態度を鑑みて、気まずい顔を浮かべて来るであろう少年を思って、さてどうやってあやそうかと考えるレオンであった。





対等な関係(でも甘えたい気持ちはある)でいたいスコールと、スコールを甘やかしたいレオン。
甘やかす為には、スコールが「こいつには甘えて良い」と思うだけの頼り甲斐と寛容さ、そして年上であると言う雰囲気が必要なのだと思います。基本的にスコールは年下っ子なので。

DFFではスキンと言う形でレオンが実装されるので、体格はスコールのままだけど、KHのレオンだと結構体がしっかりしている訳でして。この経験と人生経験の違いによる体格差と人との距離感の違いが好き、と言う話です。

[スコリノ]ただ一人の為の献身

  • 2025/08/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



デリングシティから電車に揺られ、ティンバーを経由し、バラムへ。
其処からいつものように、迎えに来てくれたゼルが運転する車に乗って、リノアはバラムガーデンへと到着した。
その道すがら、ゼルから「丁度良いとこに来てくれたよ」と言われた意味を、リノアは指揮官室に来て知ることとなる。

指揮官室に据えられた、その部屋の主とも言える指揮官当人は、不在だった。
それ自体は特に珍しい事ではないのだが、理由が普段とは違う。
任務か何かかと思っていたが、キスティスによれば、スコールは体調を崩しているのだとか。
今朝からふらふらと覚束ない様子でデスクに就いていたのだが、何をするにもぼんやりとした様子が絶えないので、確かめてみると熱があった。
当人は「平気だ」と言い張っていたが、書面の文字を追うにも認識能力が追い付いていないのが明らかで、業を煮やしたサイファーによって強制退去と相成ったと言う。

昼を回る前から、スコールは寮の自室に軟禁されているのだが、目を離すと仕事に戻ろうとするので、サイファーがお目付け役をしている。
しかし、サイファーは明日から魔物討伐の任務が入っており、危険度の観点から見て、彼を外すことは難しい。
場所がエスタ大陸の僻地である為、今日の午後にはバラムを出なくてはならなかった。
そうなると、午後以降のスコールに監視の目がなくなってしまう。
キスティスは指揮官不在の代わりを勤めなくてはならないから、指揮官室から離れられないし、ゼルもサイファーの任務に彼の監視役として同行しなくてはならない。
アーヴァインとセルフィは任務に出ており、今日の内には帰らなかった。
───其処へリノアがやって来たから、「丁度良かった」のだ。

キスティスから顛末を聞いたリノアは、相棒のアンジェロを伴って、早速ガーデンの寮へと向かった。

何度も通い過ごす内に、バラムガーデンの勝手はよく知っている。
生徒たちもリノアの姿はすっかり見慣れ、彼女がスコールと良い仲である事も、公然の秘密のように扱われていた。
特段に触れずにいてくれる環境に有難さを感じつつ、リノアは本日噂の中心人物の部屋へと到着する。

コンコン、とノックをすると、ドア越しに「開いてる」と言う声がした。
部屋主のものではなかったが、気にせずにドアを開ける。


「おハロー。スコール、お熱どう?」
「御覧の有様だよ」


リノアがいつもの挨拶をしながら声をかけてみると、やはり部屋主ではない声が返事をした。
見れば、部屋主が収まっているベッドの横で、サイファーが椅子に座って腕を組んでいる。
翠の瞳がじっとりとベッドの主を睨んでいる所からして、どうやら大分やり合った後らしい、と言うことをリノアは察した。

お邪魔します、と改めての断りをしてから、リノアはベッドへ近付いて見る。
スコールはサイファーに背を向ける形で、壁の方へと体ごと向けており、口元まで布団を被っている。
濃茶色の横髪が流れた頬が、普段よりも随分と赤くなっているのが伺えた。
アンジェロはそんなスコールを、ベッドの縁から覗き込み、すんすんと鼻を鳴らしている。

がた、と音がして、サイファーが椅子を立った。
椅子の背凭れにかけていた白のコートを取って、袖を通しながら、その足は扉へ向かう。


「ったく、面倒なことさせやがって。やっとお役御免だ」
「サイファー、看病してくれてたの。ありがとね」
「じゃねえと直ぐに這い出してきやがる。リノア、後は任せたからな。今日一日、そいつは其処から出すなよ」
「はいはーい」


リノアが到着する旨は、キスティスから連絡があったのだろう。
サイファーはやれやれと髪を掻き上げながら溜息を吐いて、部屋を後にした。

残されたリノアは、先ほどまでサイファーが座っていた椅子をベッドに寄せて、腰を下ろした。
顔が見えないかな、と首を伸ばして覗き込もうとしていると、もぞ、とスコールが身動ぎする。
眠っているのかと思っていたが、ごろりと緩慢に寝返りを打つと、気怠げな蒼灰色がリノアを捉えた。


「……リノア」
「おハロー。顔、真っ赤だねぇ」
「……大したことじゃない」
「さて、どうでしょう。ちょっとごめんね」


リノアは手を伸ばして、スコールの斜め傷の走る額に触れた。
普段は、冷たいようでほんのりと温もりを持っているスコールの肌が、当然ながら今日は随分と熱い。
分かり易い発熱症状の具合に、リノアは苦笑して、スコールの頬を擽る横髪を指で払いながら言った。


「結構高いね」
「……そんなことない。皆が大袈裟なだけだ……」
「そんなことなくないと思うな。皆スコールが心配なんだよ」


リノアが額から手を離すと、スコールは不満げに唇を尖らせた。
物言いたげな瞳がリノアをじっと見つめている。
存外とお喋りな蒼灰色に、拗ねた子供みたいだなあ、と思うリノアの印象は、強ち間違いでもない。

スコールはのっそりと起き上がると、体をベッドの端へと寄せる。


「どうしたの」
「仕事……溜まってる」
「キスティスたちがやってくれるって」
「……俺の仕事だ。指揮官のサインがいる物もある」


自分がやらなければ、とスコールはベッドから腰を上げた。
すかさずリノアはその前に回って、スコールの肩を押してベッドへと座り戻す。


「リノア」
「大丈夫、大丈夫。ね?」


名を呼ぶスコールの声には咎めるものがあったが、リノアは気に留めなかった。
今日のリノアは、仲間たちから「スコールをベッドから出さない」と言う任務を仰せつかっているのだ。
そうでなくとも、赤い顔で、立ち上がるだけでふらふらとしているスコールに、無理をさせる訳にはいかない。

ベッドに座るスコールの膝に、のし、と重みが乗った。
見れば、アンジェロがスコールの膝に顎を乗せて、じっと上目遣いに見詰めている。
円らな瞳が、駄目だよ、と言っているように見えて、スコールは眉間に皺を寄せながら、なんとも言い難い表情を浮かべた。


「ほら、アンジェロも心配してる」
「……」
「はい、風邪ひきさんはベッドに戻る!ほらほら」


リノアが肩を押してベッドに戻そうとするので、スコールは渋々顔でそれに従う。
きっとサイファーとも、同じような遣り取りをしたのだろう───もっとお互いに容赦のないテンションで。
容易に想像できてしまうその光景に、リノアはこっそりと笑みを零しつつ、ベッドに伏せたスコールの体に掛布団をかけ直した。

スコールをベッドに戻すことが出来て、よしよし、とリノアは満足顔で椅子に座った。
アンジェロも主とその恋人の様子を見て、此方も満足した様子で、ベッドの横で丸くなる。

眉間の皺を深くして、じっと天井を睨むように見つめるスコール。
リノアはその頬に指の背を当てて、その熱さを改めて確認した。
何度だったのかサイファーに聞いて置けば良かったな、と思いつつ、この体温でも仕事を忘れられないスコールに、リノアは眉尻を下げて小さく笑う。


「スコールはえらいね。こんなに熱があるのに、自分の役目をしなきゃって思うんだ」
「……別に、そう言うのじゃない。溜めたらどうせ後でやらなきゃいけなくなる……」
「でも、今日はスコールの仕事は、キスティスがやっつけてくれるよ」
「……」


もう一度宥めてみるが、スコールの表情は晴れなかった。
寧ろ、より曇ったように、眉間の皺が深くなる。

リノアはその横顔を見つめ、ああ、と理解した。


「皆に迷惑かけちゃってるって、思っちゃうんだね」
「……別に……」


スコールの視線が、天井から壁へ、見つめるリノアから逃げるように逸らされる。
いつもの口癖も出てきて、図星を差されて照れているのだとリノアは理解した。

リノアはスコールの濃茶色の髪をゆっくりと指で梳いた。
発熱で頭皮まわりも汗が滲んでいるからか、いつもは柔らかめの髪が、今日は少ししっとりとしている。
ちょっと拭いてあげた方が良いかな、とリノアは椅子を立った。


「タオル持ってくるね。ちょっと待ってて」


暗に、ベッドから抜け出さないように釘を差して、リノアは洗面所に向かう。
作り付けのシンプルな洗面台の横に、几帳面に畳んで片付けられたタオルがあった。
適当に取って水に濡らし、よく絞ってから、ベッドへと持って行く。

冷たい水を含み、しっかりと絞ったタオルでスコールの頬をそっと撫でる。
蒼の瞳がぱちりと瞬きをした後、頬を撫で続ける冷えた感触に、スコールはほう……と小さく細い息を吐いた。

顔回りに滲んでいた汗を一通り拭き取ると、スコールの表情は少しリラックスして見えた。
頬の赤みは幾らも引いてはいないが、表情が和らいだのなら、楽になったのだろう。
よしよし、とリノアは濡れタオルはベッド横のサイドチェストに置いて、スコールの髪をもう一度指で梳き直した。


「ね、スコール。何か欲しいものとかない?」


リノアが尋ねると、スコールはゆっくりと此方を見た。
ブルーグレイの瞳が心なしかゆらゆらと揺れている。


「欲しいものって……別に、何も……」
「遠慮しなくて良いんだよ。今日は私、スコールの看病するのが任務だから」
「……あんたも大袈裟だな……」


リノアの言葉に、スコールは呆れた風に言った。


「悪いけど、本当に。特に、何も浮かばない……」
「そう?リンゴとか、欲しくない?」
「……」
「お昼ご飯食べた?そうだ、お薬は?」
「……」


リノアが続けて尋ねてみると、スコールはしばしの沈黙の後、小さく首を横に振った。
それじゃあ、とリノアは早速腰を上げる。


「冷蔵庫にリンゴ、ある?」
「……多分」
「お薬は?」
「……机の引き出しに、常備薬なら」
「うん。ちょっと待っててね、リンゴ剥いて来る」
「え」


おい、と呼び止める声の聞こえないまま、リノアは部屋に備え付けられているミニキッチンに向かった。

ガーデンには食堂があるから、日々の食事で寮部屋のキッチンを使う生徒は少なく、それも見越しての設計なのか、手狭な空間になっている。
それでも小さな一人用の冷蔵庫と、少々旧式の電子レンジは誂えられていた。
スコールの場合、冷蔵庫の中身は飲料水で占められている事が多いのだが、食堂まで行くのが面倒な時があるので、小腹を慰める為の冷凍食品や果物が幾つか入っている。

野菜室の蓋を開けると、バナナとリンゴが入っていた。
バナナも栄養価が高いので、病人食に良いと言うが、リノアは先ほど、自らリンゴを指定した。
頭に浮かんだのがそれだったので偶然の選択ではあるが、自分で言ったのだし、とリノアはリンゴを手に取る。
キッチンの収納を端から順に開けてみて、折よく果物ナイフを発見すると、よし、とリノアはそれを手に取った。

そして、さあやるぞ、とリンゴに果物ナイフの先を当てた所で、


「リノア」
「あっ。ダメじゃん、スコール。寝てなくちゃ」


赤い顔をしたスコールがキッチンに現れたのを見て、リノアは眉を吊り上げて見せた。

スコールの足元で、アンジェロがぐるぐるとまとわりつくように歩き回っている。
表情豊かな愛犬が、困ったような表情で飼い主を見上げた。


「スコール、リンゴはすぐ持って行くから。あっちで待ってて」
「いや、あんた、不器用だろ。リンゴは俺が自分でやるから」
「ダメ。今日のスコールはちゃんと寝てるの。大丈夫、これ位なら出来るから」


確かにリノアは少々手先が不器用だ。
それは自分自身でも、悔しいかな、理解していることである。
料理に関しても、細々としたことを気にするのが苦手で、失敗例を作ってしまう事が多いのも確かだった。
だが、スコールの為に何かできることはないかと思い、これなら出来ると思って自分で選んだのだ。
キスティスやイデアのように、丸いままのリンゴを綺麗に剥くのは難しくても、スコールが楽に食べられるように準備することは出来る───筈だ。

リノアは、先ずはスコールを回れ右させ、アンジェロと一緒にその背を押してベッドへ返した。
赤い目が心配そうにリノアを見つめるのを、頭を撫でで宥めてやる。
スコールはやはり物言いたげにしていたが、熱がある体ではやはり無理は効かないのだろう。
重い体を横たえると、それから動かなくなった。
リノアはアンジェロに「また起きてきたらすぐ教えてね」と言って、ワン、と答えた愛犬の頭を撫でた。

キッチンに戻ったリノアは、改めてリンゴと格闘した。
幼い頃、風邪を引いた時に母がしてくれたことを思い出しながら、リンゴの皮を切り剥いて行く。
その手付きはなんとも危なっかしく、ともすれば刃が指を何度か掠めたが、結果的には無事に終わった。
丸い筈のリンゴは、あちこちが凸凹と不自然に出っ張ってしまったが、とにかく、皮は剥けたのだから十分だ。
あとは串切りにして、キッチンの棚からフォークを探し出し、揃えて皿に乗せて持って行く。


「お待たせ、スコール」
「……ん」


声をかけたリノアに、スコールはのそりと起き上がった。
その目がリノアの指を見遣り、白い指先が傷ひとつないことを確認して、ほ、と胸を撫で下ろした。

リノアは椅子に座り直すと、フォークを取ってリンゴに差し、それをスコールの前へと差し出した。


「はい、スコール。あーん」
「………」


笑顔と共に言ったリノアに、スコールは分かり易く渋面を作った。
何処か冷たさも感じさせる蒼灰色が、胡乱な形でリノアを見つめ、


「……自分で食べれる」


そう言ってリンゴの皿に手を伸ばしたスコールだったが、リノアはすいっとそれを避けた。
空を切った手が彷徨って、スコールの目がゆっくりとリノアの顔へと向かう。
何をしているんだ、と言葉以上にお喋りな瞳の問いに、リノアはにこっと笑顔を見せてやる。


「今日は私がスコールの看病をするの」
「……食事くらい一人で出来る」
「良いから良いから」
「……」


何が良いんだ、とスコールの目はありありと語るが、リノアは引かなかった。
はい、と改めてフォークに差したリンゴを差し出す。

しばらく部屋には沈黙が続いていたが、それは決して長い時間ではなかった。
元よりそれ程気が長くないスコールであったし、リノアに対しては、サイファー曰く「究極に甘い」のである。
スコールは諦めに似た溜息を漏らした後、熱とは違う意味で頬を紅潮させて、緩く口を開いた。


「……あ」
「あーん」


小さく口を開けたスコールに、リノアはリンゴを持って行った。
落とさないように、行き過ぎないようにと注意しながら、スコールの口の中にリンゴを置いて行く。
しゃく、とスコールの口の中で果肉が音を立てた。

瑞々しい果肉がスコールの舌の上で解けていき、果汁が溢れ出して広がって行く。
熱で汗を掻き、水分が足りなくなっていた体は、水気と甘味、そしてほんのりとした酸味を大層喜んだ。
スコールの喉がゆっくりと上下して、喉を通過していく甘い水に、スコールの瞳が綻ぶように和らぐのが見えた。


「まだ食べる?」
「……ん」


ひとつ食べれば、もう躊躇いも何処かへ行ったらしい。
リノアが二個目のリンゴを差し出すと、スコールは直ぐに口を開けた。

雛鳥のようにリンゴを求めるスコールに、満足するまでリノアは果肉を差し出した。
切ったリンゴの半分を食べた所で、スコールが「もう良い」と言ったので、次は薬を用意する。
探し出した薬を、冷蔵庫から取ってきたペットボトルの水で飲んで、スコールは直ぐにベッドに横になった。

リノアが来るまで休む気にならなかったスコールだが、その間も体は疲弊し続けていた。
サイファーの監視のもと、大人しくはしていたものの、眠っていなかったのも響いているのかも知れない。
うとうととし始めたスコールを、リノアがベッドの袂でじっと眺めていると、


「……リノア……」
「うん?」
「………」


名を呼ぶ声に応えると、その後は続かなかった。
じっと此方を見つめる青灰色は、何処か小さな子供のようで、酷く頼りない。
ごくごく稀に垣間見えることのあるその顔に、ああ、とリノアは愛しい人が求めているものにすぐ気付いた。

リノアは、ベッドの端に覗いているスコールの手に、自分のそれを重ねた。
手の甲に被せる形で触れたが、直ぐにスコールが手のひらを返し、リノアの手を握る。
リノアもまた、その手を柔く握り返して、


「大丈夫だよ、スコール」
「……ん……」


リノアの言葉に、スコールはごくごく小さな声だけを返事にして、目を閉じた。
直ぐに聞こえ始めた寝息に、頑張り屋さんだなあ、とリノアは苦笑する。

長い睫毛を携えた目元に、前髪が被っているのを指で払いながら、リノアはその眦にそっと触れるだけのキスをした。





風邪っぴきスコールの世話をするリノアが浮かんだのでした。
不器用な子なのでリンゴの皮むきとか中々危なっかしいのでは、と思いつつ、やってやれない事はない!な子でもあるリノアなので。
スコールはリノアの前では年相応に格好をつける言動もするけど、根は愛されたがりの寂しがり屋ですから。
子供の頃にお姉ちゃんに甘えたように、弱った時にはリノアに甘えたいだろうなと。ただ子供の頃よりは素直にそれを表に出せないので、リノアの方が察してあげてる感じが良いなと思いました。

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