[フリスコ]その手に委ねて
フリオニールは、感情の起伏が激しい男だ。
穏やかに仲間に笑いかけていたと思ったら、張り詰める空気を感じ取った瞬間、その瞳には剣が宿る。
研ぎ澄まされた切っ先を真っ直ぐに前に向けるその目は、冴え冴えと朱に染まり、吠える時には烈火のように燃え上がった。
牙を研いだ虎のように、しなやかに大きく伸びあがる体躯が、踊るように地を踏んで駆け抜ける。
かとも思えば、全てを屠った後、仲間を振り返る目にはまた穏やかさが戻って来る。
此方が怪我のひとつでもしていると気付いたら、慌てた様子で駆け寄って来るのだが、その様は何処か人懐こい大型犬に似ていた。
彼自身、そうした自分の情動さには多少なりと自覚があるのだろう。
触れる時に、殊更優しく、壊れ物を扱うように指を伸ばしてくれるのは、きっとその表れだ。
ともすれば自分がブレーキの利かない性質をしていることを判っているから、何の拍子にその箍が外れるか判らないと、おっかなびっくりになっている。
別段、此方はそうも軟なつもりはないから、好きに触れれば良いし、何なら少々酷くされる位でも良い。
いつも丁寧に触れることを心掛けている男が、その箍を忘れて貪欲に牙を爪を突き立てる様が、食われている側にとって一番心地良いだなんて、きっと彼は思いもしない。
それ位、大事に大事に、触れてくれる。
けれども、結局は激情家な性格だから、歯止めが効かなくなれば、その欲望は剥き出しになる。
喉に歯を立てられた時に、本能的な恐怖と興奮で獲物がひとり果てたことに、彼は気付いているだろうか。
その時にはフリオニールの方も夢中になっていたから、此方のことなんて鑑みる余裕もなかったか。
濡れた腹に構わず身を寄せられて、生暖かくて汗ばんだ腹が擦れ合った。
内側を深く深く抉られて、いつか内臓に穴が空くかもしれないと思ったりするけれど、存外と人間の体は頑丈らしい。
そして、そうでなくては、こうも貪り齧ってはくれないだろうから、そこそこ頑丈な体で良かった、と思う。
────体の中で、フリオニールの熱が限界を迎えている。
ああ来る、と思って程なく、フリオニールが息を詰まらせて、スコールの中へと流れ込んできた。
「っあ、あ……!」
「く、うぅ……っ!」
あえかな声が喉奥から絞り出されるように漏れる。
そんなスコールの耳元で、フリオニールもまた、歯を噛みながら中の熱さに意識を白熱させていた。
ベッドの軋む音が止んで、しばらくの間は、荒い呼吸だけが聞こえていた。
抱き合ったそのままで時間が経つにつれ、少しずつ心音が落ち着きを取り戻していく。
それでも体の奥から滲む熱が下がるには至らず、名残の感覚に苛まれながら、スコールは心地良い気怠さの中で微睡んでいた。
強張っていた体から勝手に力が抜ける。
覆い被さる男の首に絡みつけていた腕が解け、フリオニールが体を起こした。
密着していた体が離れると、皮膚にひんやりとした空気が触れてきて、スコールの体がふるりと震える。
それを宥めるように、フリオニールの大きな手のひらが、そっとスコールの頬を撫でた。
「大丈夫か?」
「……ん……」
確かめる声に、スコールは薄ぼんやりとした意識の中で答えた。
良かった、と安堵した声が聞こえて、眦にキスが落ちて来る。
フリオニールは起き上がると、ベッド横のナイトテーブルに置いていたペットボトルに手を伸ばす。
一口それで喉を潤した後、もう一度口に含んで、スコールを抱き起した。
濡れた唇がスコールのそれと重なって、隙間を開けて見せれば、とろりとした水が流れ込んでくる。
喘ぎに喘いで、汗だくになった体は、すっかり水分が失われているから、ただの水でも美味かった。
一口、二口、とフリオニールは少しずつ口移しを繰り返す。
スコールは愛しい人が分け与えてくれる命の源を受け取りながら、フリオニールの背中に腕を回した。
「ん、ぁ……っは、ん……」
「ふ……ん、ぅ……」
こく、こく、とスコールの喉が小さく音を鳴らして、水を受け入れていく。
スコールの咥内がすっかり潤って、「もういい」と言ったことで、水分補給は終いとした。
フリオニールの指が、スコールの具合を確かめるように、薄淡色の唇の縁をつぅとなぞる。
くすぐったさにスコールが小さく頭を振ると、詫びるように頭を撫でられた。
「シャワーを浴びよう。このまま寝ると風邪を引きそうだ」
「……怠い」
「俺がやってやるから」
「……ん」
貪り尽くされて、動く気力もないスコールだ。
全部やってくれるのならそれが良い、と懐の広い恋人に甘える。
フリオニールはスコールの体を横抱きに持ち上げて、ベッドを下りた。
しっかりとした腕に掬い支えられて、スコールは熱い胸板に体を預け切ってやる。
危なげのない足取りで向かうバスルームは、そもそもが男の一人暮らしの安普請な物件であるからして、当然此処も相応に狭い。
其処に男二人で入るのは中々に窮屈だったが、すっきりと躰を清められるのが此処しかないのだから仕方ない。
フリオニールはスコールを風呂椅子に座らせて、シャワーを空の湯舟に向けて流し始めた。
湯が温かくなったのを確かめてから、気怠げに座っているスコールの足元からかけてやる。
「冷たくないか?」
「……ん」
「体、洗う?」
「……どっちでもいい。あんたがやってくれるなら」
すっかり世話を焼いてもらうスコールだが、フリオニールとて疲れていない訳ではないのだ。
面倒くさいとか、早くベッドに戻って寝たいと彼が思っているのなら、それでも良いとスコールは考えている。
このまま丁寧に洗われるのは心地良いし、ベッドでフリオニールに抱かれて眠るのも好きだ。
だからフリオニールのしたいようにすれば良い、と彼に選択権を全て委ねる。
フリオニールは甘えん坊を遺憾なく発揮しているスコールに笑みを浮かべて、ボディソープを手に取った。
手のひらで薬液をしっかりと泡立てて、その手がスコールの足元から触れる。
泡を塗り広げながら、するすると皮膚の上を滑って行くフリオニールの手を、スコールは何とはなしに見つめていた。
────理性の箍が外れると、まるで獣になったように荒々しく抱いてくれるフリオニールは、それが終わればこんなにも優しく触れる。
いっそ過剰とも言えるほどの、珠肌を灌ぐような柔らかな手付きに、スコールはこっそりと、
(やらしいって言ったら、どんな顔するんだろうな)
スコールが楽に過ごせるように、半身を預けられる距離を開けないよう努めながら、フリオニールは恋人の体を洗う。
その手はとても優しく、疲れきった恋人を労わる気持ちで溢れており、疚しい所など一かけらもない。
それはスコールも判っているのだが、ついさっきまで自分の体を荒々しく揺さぶっていた手が、丁寧な手付きで皮膚を伝って行くのだ。
まだまぐわいの感覚が残った身体が、その時の感触を思い出すのは、無理もないことだった。
時折、フリオニールの目が此方を見ているのが判る。
スコールがそれに目を合わせてやれば、気遣うように眉尻を下げて笑うフリオニールの顔があった。
その頬に擦り付けるように額を当てると、フリオニールは「眠いか?」と言ってスコールの体を支えてくれる。
「今日は大分、長いこと付き合わせたな。ごめんな」
「……別に。嫌なら嫌って言った」
言わなかったから、何度でも繋がったのだと、スコールは言う。
無理強いされた訳でも、有耶無耶に流された訳でもなく、求める声に応えたいからスコールは体を拓かれるのを止めなかった。
だから詫びる必要などないのだと、スコールは何度も言っているのだけれど、
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど。やっぱり、その……疲れてるだろ?」
「……まあ、それは……」
「どうしても歯止めが効かなくて……悪い」
「良いから、もう謝るな」
「うん」
放っておけば何度でも詫びを口にするだろうフリオニールに、スコールはそれ以上はいらないと止めた。
フリオニールも、もう何度も繰り返した遣り取りだからか、頷いてスコールの額にキスをする。
止まっていたフリオニールの手が、スコールの体を洗う作業を再開させる。
「痛い所とかないか?その、中とか……」
「……痛くはない。あんた、いつもしつこいくらい解すから」
「そ、そうか……?」
「もう入れて良いって言うのに、全然進めないだろ。焦らされてるみたいだ」
「だって、最初はそれでキツかったじゃないか。痛かったんだろう、あれ」
「……最初は。でも、もう……あんたの形になってるんだから、あんなにしなくて平気だ」
スコールの言葉に、フリオニールの洗う手が止まる。
「ああ……」とか「えっと……」と口籠るフリオニールの顔は、湯を浴びるスコールに負けず劣らず赤い。
あんなに激しく掻き抱いてくれるのに、フリオニールは相も変わらず初心だ。
その様子がどうにもスコールには可愛らしく見えて、少し悪戯心が刺激される。
「フリオ」
名前を呼ぶと、フリオニールが顔を上げる。
何かして欲しい事があるのか、と紅い瞳が指示を待つ飼い犬のようだった。
スコールはそんなフリオニールの手を取った。
丁度スコールの膝に置かれていたフリオニールの手は、まだたっぷりの泡がついている。
その手を、スコールは薄く開いた腿の内側へと案内した。
「ここ、まだ洗ってない」
「!」
ひたりと触れた場所には、まだ白くてとろりとした液体がまとわりついている。
シャワーの湯で濯がれるだけでは流れ切らなかったそれを、フリオニールの指にわざと当てる。
際どい位置に触れたフリオニールの手が、反射反応で逃げてしまう前に、スコールはぐっと太腿で挟んで捉えた。
「スコール、」
「あんたがやってくれるって言った」
「い、言ったけど」
どぎまぎとしているフリオニールを、スコールはじっと見つめる。
うう、と唸る声が何度か聞こえたが、結局の所、フリオニールは事後のスコールに多大に甘い。
スコールもそれを判っていて、ここぞとばかりに我儘な要求をしていた。
太腿に挟まれていた手が、観念して逃げる力を手放す。
スコールが挟み込んでいた肢から力を抜くと、する、とフリオニールの手が内腿を滑るのが判った。
泡塗れのフリオニールの手が、スコールの内腿を彷徨うように這い回る。
スコールは、自身の熱がまたじわじわと膨らんでいるのを自覚していた。
見詰めるフリオニールも、きっとそれを見ているのだろう、耳元でごくりと喉の鳴る音が聞こえる。
肢と臀部の付け根の皺のあたりに指が這って、スコールはぞくぞくとしたものが背中を上って来るのを感じた。
噤んだ唇の中で、甘ったるい呼気が溜まっているのが判る。
身を預けている恋人に寄り掛かり、薄く唇を開けば、案の定、はあ、と熱の籠った吐息が漏れた。
(このまま、もう一回しても……良いな……)
寧ろ、したい。
そう思って、スコールがそろりと膝を外に開こうとした時、
「っ……スコール」
咎める声に名を呼ばれて、スコールは眉根を寄せる。
際どい場所に触れていた手も離れたものだから、抗議に見上げると、赤い瞳がこちらを見ていた。
その瞳には確かに熱が燈っていたが、同時に、子供を咎める保護者のような空気もある。
スコールは据えた目でそれを見つめ返しながら、拗ねた口調で呟く。
「あんたもその気の癖に」
「………」
今のフリオニールがどうなっているのか、スコールは直に見なくても判る。
若くて逞しい体は回復も早く、恋人が露骨に誘っているともなれば、抑えようにも反応してしまうものだろう。
スコールがフリオニールを欲しいように、フリオニールもまた、スコールに惹かれて已まないのだから。
フリオニールは、スコールの指摘を誤魔化すように咳払いをして、シャワーノズルに手を伸ばす。
出しっぱなしの湯は十分に温かく、スコールの身体についた泡をすぐに洗い流してくれた。
「今日はもう遅いから、休まないと」
「……こんな状態で休めって言う方が酷いんじゃないか」
「駄目だ。明日に響くだろう」
「……」
頑ななフリオニールに、スコールは唇を尖らせた。
こうなると、スコールがどんなに甘えて誘っても、フリオニールは譲ってくれない。
スコールもまた、自分を慮ってのことだと言うのも判っているので、これ以上の我儘は仕方なく噤む。
フリオニールはスコールの身体を手早く拭いて、すっかり綺麗になった身体を抱き上げた。
寝室に戻ると、二人でベッドシーツに包まって、温まった身体から熱が逃げないように身を寄せ合う。
スコールがフリオニールの足に自分の素足を絡ませると、
「ん、スコール……」
「……判ってる」
今日はもうしない、と咎めるフリオニールの声に、スコールは半分拗ねた心地で言った。
これ以上はねだらないから、代わりにその存在の全部を感じながら眠りたい。
そうしないと眠れない、と猫のように身を寄せるスコールの背中に、しっかりとした腕が回り込んだ。
『フリスコ』のリクエストを頂きました。内容についてはおすすめで、ということでしたので、いちゃいちゃしている二人をおすすめさせて頂きます。
甘やかしモードのフリオニールと、全力甘えモードのスコールです。
スコールがして欲しいこと全部やるよ、って言うフリオニールだけど、無茶はさせたくないので、お誘いは応じてくれないらしい。スコールは別に良いのにって思いつつ、そうやって大事にしてくれるのも嬉しいので、別の甘え方をし始めるようです。
ひょっとしたら何回かに一回か、フリオニールの雄スイッチが入ったままだったら、お誘いに応えてくれるのかも知れない。