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[ラグレオ]重ねる記憶の安らぎに

  • 2021/08/08 21:15
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF
ラグレオオフ本『エモーショナル・シンドローム』その後の設定です。





ラグナが体調を崩すというのは、滅多にない出来事らしい。
それは妻を早くに亡くし、男手一つで息子を育てなくてはならなくなった義務感もあるのかも知れない。
自分が倒れてしまったら、誰がこの子を守るのかと、そんなエネルギーが働いて、病魔もラグナから逃げたのかも。
しかし、バイオリズムとは複雑なもので、どんなにアドレナリンが出ていても、疲労は着実に蓄積されて行き、許容量を越えればそれは容易く表面化する。
滅多にない事ではあるが、稀には起きていた事だと、幼い頃から聡い息子はよく知っていた。

どうにも調子が悪い様子のラグナに気付いたのは、案の定、スコールだった。
いつも通りにレオンが作った朝食を食べる手が進まず、何をするにも反応の鈍さが目立つ父に、体温計を渡した。
大丈夫だけどなぁ、と言いながら、睨む息子に促されて計って見れば、予想通り───ラグナにとっては逆か───の体温が検出された。
有無を言わさず休ませることにしたスコールは、その場にいる大人二人よりも遥かにてきぱきと会社に休ませる旨を伝えていた。
その後、ラグナはスコールの手によって寝室へと押し込められる事になる。

朝食をしている間、レオンは酷く落ち着かなかった。
と言うのも、レオンが父子と共に生活を始めてから、ラグナが体調不良になったのが初めての事だったからだ。
飲み会に担ぎ出されて酔い潰れている所は見ていたが、風邪と思しきものは見た事がない。
自分の食事を片付けている合間も、そわそわとしているレオンに、スコールの方が宥めた位だ。

大人二人がそんな調子なので、スコールは学校に行くのを少々躊躇った。
しかし、レオン自身もスコールに心配をかけてはいけないと思い至ってから、ようやくの落ち着きを取り戻す。
ずっと一人暮らしをしていた事もあり、病人の看病と言うのはあまり経験がないレオンであったが、それでも知識として必要な事は頭に入っている。
レオンは心配するスコールを宥め返して、彼を学校へと送り出す事にした。
スコールも不安はやはり尽きなかったが、直に試験期間が始まる事もあってか、今授業を飛ばす訳にはいかないと思ったようで、家を出る準備を済ませ玄関へ向かう。
それを見送る為に追って来たレオンを見て、スコールは口酸っぱく言った。


「本人が良いって言うから病院は今は良いけど……熱が下がらないようなら、午後には行って診て貰ってくれ。昼は食欲があるなら芋粥とかが良いと思う。好きだから。あと、熱が下がってきたらウロウロしたがると思う。でも今日は大人しく寝るように言え」


一人息子として、稀に体調を崩した際の父の行動パターンを、スコールは完璧に網羅している。
他諸々、注意事項のように挙げて、レオンに一通りを伝えきってから、スコールはようやく登校した。

閉じた玄関扉に背を向けて、ふう、とレオンは呼吸を一つ。
なんだか慌ただしかった───一番は大変だったのはスコールであって、レオンはおろおろとしていただけのようなものだが───空気がようやく過ぎ去って、また一つ落ち着きを取り戻す。
キッチンに戻れば、見送りの為に途中止めにしていた食器たちが鎮座している。
後は殆ど泡を流すだけになっているそれらに水を注ぎ、汚れが落ちた食器は乾燥機に入れて、これで朝のレオンの仕事は終わり。
と言うのが常なのだが、今日はそう言う訳にもいかなかった。

ラグナの寝室の扉に軽くノックをして、そっと開ける。
息子によってベッドへと押し戻されたラグナは、今も大人しくベッドの上に横になっていた。


「ラグナさん、大丈夫ですか」
「んー。うん、まあまあ」


声をかければ、少し元気のない返事。
やはり体調が良くないのだと、普段の元気ぶりから鑑みて如実に判るその様子に、レオンは無意識に眉尻を下げた。

ベッドの傍で膝を折り、横になっているラグナの顔を覗き込む。
すると、僅かに頬を紅潮させた顔で、ラグナはへらりと笑って見せた。


「大丈夫だって、ただの熱だからさ。寝てりゃ治るよ」
「……はい」


安心させる為と判るラグナの言葉に、レオンも小さく笑みを浮かべた。
自分がラグナに心配されてどうする、と自分を叱咤する。


「朝食、余り食べれていませんでしたけど、どうしますか。粥とか、何か」
「あー……そうだなぁ。うーん、リンゴとかあったっけ?」
「あります。切ってきますね。摩り下ろした方が?」
「いや、切ってくれるだけで良いよ」


ラグナの言葉に、判りました、と返して、レオンは寝室を出た。
キッチンに向かうと冷蔵庫からリンゴを取り出し、まな板の上でリンゴに包丁を入れようとして、はたと止まる。


(うさぎ……)


───レオンの脳裏には、この生活が始まってしばらく経った時の事が浮かんでいた。

長年、一人暮らしをしていた事と、必要以上に周りに迷惑をかけまいと気配りし過ぎた事、慣れない他者との同居生活に無意識下で気を張り過ぎていた事など、理由は色々とあるのだが、ともかくそう言った事が原因となってレオンは熱を出した。
幼い頃、ネグレクトの環境にあったレオンは、熱を出した日にも親を頼る事が出来なかった。
母は寝込むレオンを見捨てはしなかったものの、自分の自由な時間を制限される事に酷く苛立ち、レオンに呪詛同然の言葉を向け続けていた。
その頃の記憶はレオンに根深く植え付けられており、今でも他人を頼る事が出来ない。
ラグナ達との生活が始まってから、初めて熱を出した時も同様で、熱による昏倒に至るまで隠し通そうとしていた程だ。
結局、倒れてしまった事もあり、ラグナ達もレオンが無理をしている事に気付いて、その日はラグナが仕事を休んで一日レオンの看病をしていた。
その時、ラグナが用意してくれたのが、うさぎカットのリンゴだった。

レオンが父子の生活に加わるまで、キッチンはスコールの仕事場だった。
彼が幼い頃は、ラグナが家事を奮闘していたそうだが、おっちょこちょいな所があるものだから、色々と事件も起こしてくれたらしい。
成長したスコールが効率を鑑みた末、父をキッチンから追い出したと言うのは、レオンも聞いている。

しかし、ラグナが全く家事が出来ない訳ではないのだ。
試験期間などでスコールが忙しい時は、レトルトを中心としてではあるがラグナがキッチンを使う事もあったし、食後のコーヒーを淹れるのもラグナの役目だ。
スコールが風邪を引いた時には、勿論ラグナがその看病をする。
その看病の中でも、リンゴをうさぎ型にカットするのは得意なのだと言う。
幼い頃、あまり体の強くなかった息子が体調を崩した時、それを特に喜んで食べていたから、ラグナはスコールが風邪を引くと毎回これを用意するそうだ。

───綺麗に砥がれ整えられた包丁で、リンゴを二つに切る。
そこからまた半分にして、芯の部分を切り落とすと、また半分に切り分けた。
8等分になったリンゴの皮に包丁を入れようとして、はた、とレオンの手が止まる。


(……どうやるんだ?)


料理は一つの趣味として細々と楽しんできたレオンであったが、リンゴのうさぎは作った事がない。
所謂飾り切りと言う奴なのだろうが、それもやり方は様々である。

便利なもので、現代にはこう言う時にすぐ調べられるツールがある。
ラグナに「念の為な」と言われ、持たされるようになった携帯電話を取り出して、検索機能を使った。
動画付きで紹介しているレシピサイトを見付けて、それを一通り見てから、またキッチンへ向き直る。

最初に作ったうさぎの耳は、切り込みの入れ方が浅かったのか、上手く立たずに剥けてしまった。
二個目は今度は深く刃を入れ過ぎたようで、起きた耳の下に切り込み線が残っている。
三個目と四個目は右と左の耳がそれぞれ折れた。
難しい、と小さく呟きつつ、黙々と練習する気持ちでトライした末、最後はなんとかそれらしい形が完成する。

皿に乗せた8匹のうさぎにフォークを添えて、レオンはラグナの寝室へと戻る。


「リンゴ、切ってきました。食べれますか?」
「うん。さんきゅー、レオン」


よっこいせ、と起き上がるラグナの体は重みがあった。
いつも年齢を感じさせない快活振りであるだけに、やはり調子が悪いのだな、と印象を受ける。

座ったラグナにリンゴを差し出せば、おお、と翡翠の瞳が輝いた。


「うさぎさんだ」
「初めて作ったので、あまり上手く出来なくて……」
「いやいや、可愛いよ」


そう言って皿を受け取るラグナに、レオンの頬にむず痒さから朱色が浮かぶ。

しゃり、とラグナの口元で果肉が砕ける音が鳴った。
瑞々しい果肉からじゅわりと蜜が溢れ出して、ラグナはうんうんと舌鼓を打つ。
レオンはその様子を眺めながら、


「俺に出来る事ならなんでもするんで、欲しいものでもあったら遠慮なく言って下さいね」
「なんでも良いのか?」
「はい」


リンゴで頬袋を膨らませるラグナに、レオンは目を合わせて頷いた。
噛み砕いたものをごくんと飲み込んで、「じゃあ……」とラグナはリンゴを突きながら考え、


「そうだなぁ。お前かな」
「え?」


ぷす、とリンゴにフォークを刺して、ラグナは言った。
その意味が汲み取れずに、レオンがぱちりと目を丸くすると、眉尻を下げた笑みがレオンを見る。


「いや、な。あんまりこう言う風に寝込む事ないからかなぁ。寝てるとなーんか淋しくなってさ」
「そうなんですか?」
「人肌恋しくなるってのかな?スコールにはあんまり言えないけどさ、恥ずかしくて。良い年した大人が熱出て寂しがってるなんてさ。ちょっと言い辛いって言うか、いや、ただの俺の見栄みたいなもんなんだけど」


言いながら、ラグナは耳のないうさぎを齧る。
しゃくしゃくと小気味の良い音を立てるその頬は、熱でほんのりと赤らんでいた。


「だから今までは、俺がちょっと風邪引いても、スコールにはへーきへーきって言ってたんだ。寝てりゃ治るってさ。そんでスコールが学校から帰るまでに治して、帰ってきたらなんともないぞ!元気だぞ!って見せてやって」


ラグナの言葉に、レオンの脳裏にスコールから聞いた言葉が浮かぶ。
熱が下がったらウロウロしたがるだろうから、と。
それも父にしてみれば、息子に心配をかけまいと言うアピールだったのだろうか。
流石にスコールが成長するにつれ、その手段は反って彼を怒らせる事に繋がるようになったようだが。

───でも、とラグナは続ける。


「でも、一人で寝てばっかいると、なんかつまんないって言うか。静かでさ、物足りなくて。でもスコールに一緒にいてくれよ~って言うのは、なんかな。スコールだって忙しいんだし、感染したくないし」
「……そうですね」
「あ、お前なら感染しても良いってんじゃないんだぜ?」
「はい」


直ぐに弁明するように言ったラグナに、レオンは判っていると頷いてくすくすと笑う。
そんなレオンに、ラグナもまた眉尻を下げて笑い、最後のリンゴを口に入れた。

リンゴ一つを丸々食べれたと言うことは、重いものでなければ食欲は十分あると言うことか。
レオンがそう考えている間に、ラグナは口の中のものを飲み込んで、


「それでも、やっぱりさ、傍にいてくれる奴がいるってのは嬉しいし、なんかちょーっと、甘えたいなあって気分にもなっちゃってさ」
「……俺なんかで良いんですか?」
「お前が良いから言ってるんだよ」


そう言って笑って見せるラグナに、レオンの胸がこそばゆくも温かくなる。

空になった皿とフォークをベッド横のサイドテーブルに置くついでに、ラグナは体の向きを変えた。
傍らにいるレオンと向き合う格好になって、ラグナの右手がレオンの顔へと伸ばされる。
いつもよりも高い体温を宿した掌が、レオンの頬に触れた。

眩しい位にいつも明るい翠の瞳が、今日はほんのりと柔らかくて甘い。
それは熱の上昇が齎しているもので、あまり歓迎できるものではないとレオンも判っていた。
それでも、その瞳が自分を求めてくれているのが判るから、嬉しく思ってしまう気持ちは隠せない。


「……じゃあ、今日一日、俺は此処にいますね」
「うん。ありがとうな」


ラグナの手が優しくレオンの頬を撫でる。
耳の裏に指先が触れて、くすぐったさにレオンの双眸が猫のように細められた。





『エモーショナル・シンドローム』その後の二人でした。
ラグナに食べさせて貰ったリンゴのうさぎが忘れられなかったらしい。

このレオンは自立心が強いようで根底には依存心があるので、その対象になっているラグナに何かあると焦る焦る。
人と一緒に過ごす事にも根本的に慣れてないので仕方ない。
そして生まれて初めて、自分から相手に求められたいと言う気持ちと共にラグナを好きになったので、ラグナに甘えて貰えるのは嬉しいのです。

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