[セフィレオ]時には知らない世界へと
酔っ払い気味の後輩から、「お前らは遊びが足りない」と言われた時には、まあ否定は出来ないな、と思った。
自分にせよ、括られたもう片方にせよ、遊戯的な物事について疎いのは確かである。
若者達の間であっという間に過ぎていく流行云々と言うのは、ビジネス的な某かに影響することであれば、新聞やニュース等と言った情報の中あから掻い摘む事はあるが、それそのものを追うことはしない。
元々、二人揃ってその手の事には興味が薄いものだから、理由がなくては調べる事もないのだ。
別段、それで日常生活が困る訳ではないし、必要な情報であればその時に仕入れれば良いと考えているので、疎くて当然ではあるのだろう。
が、共通の友人────ザックスとクラウドが口を揃えてそう言ったのは、“遊びに関する知識が足りない”と言う意味ではない。
単純に”遊ぶと言う事そのものが足りない”と言っているのだ。
休日はどちらかの家に行く事はあるが、揃って出不精と言えばそうなので、改めて出掛けようと言う話は稀である。
おうちデートも良いだろうけどさあ、と言ったのはザックスだったか。
其処で何をしているのかと訊ねられた二人は、よくあるのはそれぞれで本を読んでいる、と答えている(当然、あまり大っぴらに言うべきではない事もしてはいるのだが、後輩たちがそんな話を聞きたがる訳もないので、これは口にはしない)が、これがまたザックスには不満らしい。
なんで遊びに行かねえの、遊園地とか水族館とか、ゲーセンとか────赤ら顔で詰めて来るザックスに、なんでと言われても、と二人は顔を見合わせる。
恋愛の中身なんて人によって異なるもので、他人からどう言われようと、大して気にするものでもない。
当人たちが“これで良い”と思っているなら、それで十分なのだ。
だが、恋人たちの甘い時間と言うものが如何に大切か、相手が楽しめるように思い遣りながら過ごし、特別な一時を築くからこそデートと言う時間は大事なんだと豪語する酔っ払いに、クラウド曰くの”変な所で真面目なセンサー”が働いた。
主にはそれはセフィロスの方で、其処まで言うのなら試してみようか、と至ったのである。
こうして、セフィロスはレオンと共に、ゲームセンターと言う施設を訪れる事となった。
「───来た事は?」
入り口の前でそう訊ねたレオンに、セフィロスはふむ、と腕を組んで考え、
「プライベートでは初めて入るな」
「あんたらしいな」
自動ドアの向こうで、これでもかと煩い音を立てる沢山の筐体。
それをガラス越しに眺めながら言ったセフィロスに、レオンがくすりと笑った。
ゲームセンターは、セフィロスにとって未知のものに近い。
仕事の取引先に筐体の製造であったり、ゲームメーカーであったりがあるので、そう言う意味では無縁ではないのだが、こと仕事の類を外すと、めっきり遠いものになる。
存在は街のあちこちにあるのだから、その気配は感じるものだが、自分が其処に入る事はなかった。
仕事の一つとして、商品の納品チェックなどで入ったことはあるものの、其処で遊んで帰るような事もしない。
元々、ゲームの類に大した興味がなかったし、ゲームセンター特有の騒がしさも好きではない。
必然的に、足が近付かないものであった。
自動ドアが開くと、それだけで煩い音がよりはっきりと聞こえて来る。
自然に眉間に皺が寄ったセフィロスだったが、今日は此処で過ごすのが目的だ。
険しい表情のまま、店内へと入ると、先ずは大きなぬいぐるみを山にしているプライズゲームが迎えてくれる。
つぶらな瞳で見詰めて来る、犬モチーフのキャラクターを横目に見つつ、「取り敢えず回ってみようか」と言うレオンに従って、セフィロスも筐体の隙間を通路に歩いて行く。
高いトーンのアナウンスが聞こえて来るプライズゲームを横目に見ながら、セフィロスは前を歩くレオンに訊ねる。
「お前は、こういう場所は慣れているのか」
「いや、そう言う訳でも。ただ、弟たちと一緒に来る事が偶にあるからな。少なくとも、お前よりは判る」
そう言ったレオンの弟と言えば、確か高校生だった。
仲の良いもので、休日は一緒に出掛ける事もあるそうで、となれば学生がよく遊び場にしているような所を使う事もあるのだろう。
レオンの背中を黙々とついて行くと、ビデオゲーム類のコーナーに着いた。
「どうする、セフィロス。どれか遊んでみるか?」
「ルールが判らん」
「そう難しいのはないと思うぞ。でも、判り易いものとなると、そうだな……音ゲーなんかはどうだ?」
おとげー、とは。
セフィロスが首を傾げている間に、こっちだ、とレオンが移動する。
誘導される形でセフィロスがそれについて行くと、周囲の喧騒に負けまいとばかりに、一際大きな音を立てている筐体があった。
筐体の液晶画面には、ゲームのチュートリアルがデモ映像として流れている。
画面の上から落ちて来るアイコンが、下部にあるラインの所に来たらボタンを押す。
落下して来るアイコンは複数のレーンに分けられており、流れて来る曲のリズム合わせ、ボタンタッチのタイミングがリンクされていた。
レオンは、でも画面が一通り流れ終わるのを待ってから、セフィロスに声をかける。
「どうする?一度やってみるか」
「……そうだな」
何事も体験であると、セフィロスは頷いた。
1プレイ分の料金を筐体に入れると、デモ画面が終了し、ゲーム画面が立ち上がる。
難易度の設定はレオンが行い、キャラクターの選択画面は、セフィロスにはよく判らないまま時間一杯をかけて通り過ぎた。
一応、レオンから「これで選択、これで決定」と操作を教わったが、そもそもキャラクターを選ぶ必要性が判らなかった。
それについてレオンに訊ねている間に、初期選択キャラクターのまま、その画面が終了している。
ステージ選択として、大量の曲がリストされているのを見て、ほう、とセフィロスは呟いた。
「随分と多いな」
「ああ。昔は一つの筐体に詰め込めるメモリの限界で、選べる曲も決まっていたんだが、今時はゲーセンのゲームも、インターネットと繋がっているからな。別管理されているデータを、ネットを経由して引っ張って来れるから、過去作品で出した曲なんかも、全部選べるようになっているんだ」
「聞いたことのない音楽ばかりだ。……このゲームのオリジナルか?」
「殆どはこのゲームの為に作られたものなんだが、版権曲もあるぞ。初めてやるなら、そっちの方が判り易いだろう」
レオンはボタンをタッチして、曲を選び、決定を押す。
曲タイトルには、セフィロスが行き付けの喫茶店でよく耳にする、クラシックの曲が流れている。
画面が切り替わり、チュートリアルのデモ映像で見た、レーンの並んだ画面が映る。
落ちて来るぞ、とレオンが言ったので、画面の上の方を見ていると、アイコンがぽつぽつと降りて来た。
「これを見ながら、タイミングよくボタンを押す」
「ふむ」
ぽん、ぽん、ぽん、とアイコンがラインに重なるタイミングで、レオンがボタンを押す。
筐体には複数のボタンが並んでおり、レーンの一つ一つを担当していた。
試しに此処をやってみろ、とレオンがセフィロスの手を誘導したのは、レーンの真ん中にあるボタン。
セフィロスはアイコンが落ちて来るのを見ながら、ボタンを押した。
中々にタイミングがシビアなようで、アイコンとラインが重なったと思って押しても、画面には「MISS!」の文字。
押す瞬間を微妙に早めたり、遅らせたりと試していると、どうやらアイコンがラインと重なる一瞬前が最もベストなタイミングのようだ。
視覚情報に頼ってタイミングを測っていると、認識から脳へ、脳の命令から腕の筋肉の伝達の速度が、それぞれラグを起こすのかも知れない。
一つ曲が終わる頃に、セフィロスはなんとなくタイミングを掴んできた。
スコアの方が全く伸びていないのは、真ん中のレーン以外のアイコンを無視したからだろう。
画面は曲リストに戻り、二曲目をレオンが選びながら言った。
「あんたは耳も良いから、そっちも当てにしてみると良い」
「ああ、曲とタイミングが合うんだったな」
「次は……そうだな、もうちょっとリズムの取り易い曲にしよう」
そう言ってレオンは、版権曲を選択した。
流行の曲だから知ってるだろう、と言ったそれは、セフィロスもラジオやCMで聞いた事のあるものだ。
伴奏が流れ出し、落ちて来るアイコンを見ながら、セフィロスはボタンを押す。
曲を聞けと言われたので、セフィロスは耳を欹てていた。
落ちて来るアイコンのタイミングを、耳から聞こえる曲のリズムに合わせながら押すと、確かに段々と「Good!」の判定が増えていく。
────真剣な表情でゲームに挑んでいるセフィロスを、レオンは微笑ましいものを見守る気持ちで眺めていた。
その光景は、セフィロスと言う人間を知っている者ほど、酷く可笑しいものに見えたに違いない。
社内一と言っても過言ではない美丈夫が、ユニークなキャラクターが躍るゲーム画面に合わせ、ポップな筐体の大きなボタンを押している。
遊び方が全くの初心者だと判る、1ボタンをぽちぽちと押しているものだから、なんと微笑ましいことか。
弟達と遊びに来ると、慣れたプレイヤーが、手が分裂しているのではないかと思う程の速度でボタンを叩いている所を見ているだけに、この初々しさはレオンにはなんとも言えない可愛らしさに映る。
ザックスやクラウドが此処にいたら、写真の一枚くらいは撮って行ったに違いない。
曲が終わってスコア画面に移行すると、相変わらず1ボタンのみを押していたので、合格ラインには全く届いていない。
しかし、判定数の記録には、ミスが減り、ベスト判定が増えていた。
その記録画面も終わると、ゲームはタイトル画面へ戻って、デモ映像が流れ始める。
「……と、音ゲーと言うのはこう言うものだ。中身には色々あるが、概ねルールは共通だろう。難しい曲ほど、さっきのアイコンが大量に流れて来て、目も手も忙しくなる。それをクリアするのが面白い、と言う訳だ」
「勉強になった。あいつらはこれが楽しいのだな」
此処に来る切っ掛けとなった後輩たちを指して言うセフィロスに、多分な、とレオンは言った。
他にも見てみよう、とレオンの先導で、セフィロスはフロア内を一周した。
先のものとは違う音ゲーム、格闘ゲーム、クイズゲーム、シューティング────どれもがセフィロスには初めて触るものばかりだ。
セフィロスは、レオンがルールが説明できるものを選んで、それらを一通り触ってみた。
シューティングや格闘ゲームは、操作を理解する前にコンピューターにやられてしまう。
クイズは設問ごとの時間制限に引っ掛かって二回分のお手付きを使ったが、決められた二十問はクリアした。
レーシングゲームは二人での対戦ができると言うので、それなら、とレオンにも筐体に座らせている。
レオンは操作の判らないセフィロスに一つ一つ教えながら走った為、雰囲気はとてもレースとは言い難く、二人寄り添ってゴールテープを切った。
ビデオゲームのコーナーを一通り歩いたので、今度はプライズゲームのコーナーに行く。
プライズゲームと言えば、セフィロスにとってはUFOキャッチャーのイメージだったのだが、
「……随分色々と形があるな」
「ああ。景品の置き方も色々あるぞ。あれは運ばなくても良い、落とせば取れる奴だ」
レオンが指差した其処には、景品口と繋がる穴の上に、橋のように渡された棒が二本。
その棒の上に、箱に入った景品が置かれ、一辺に取っ手がついていた。
「あそこを掴めば良いのか」
「まあ、それでも良い。それで持ち上げるなり、倒すなりして、下に落とせば景品が手に入る」
「……」
「試してみるか。結構難しいぞ。取れなくて意地になっている奴をよく見かける」
じっと筐体を見詰めるセフィロスに、レオンはそう言ったが、それは冗談も混じっていた。
橋に乗った景品は、有名なゲームのフィギュアだったが、セフィロスの興味の対象ではない。
取るにしろ取れないにしろ、もうちょっと使い道のあるものでも、とタオルか何かないかと探していたレオンだったが、
「試してみよう」
「本気か?」
「いけないか」
「いや、別にそう言う訳じゃないんだが……何もこれじゃなくてもと思って」
「よく判らんからな。どれでも構わん」
セフィロスの言葉に、あんたが良いなら良いけど、とレオンは筐体にコインを入れる。
入金の音が鳴り、アームがピカピカと光って、操作可能になったことを知らせた。
縦横に動くボタンを教えると、セフィロスがそれに倣ってボタンを押した。
決められた回数分だけアームが動けば、後は自動で上下運動を行う。
効果音を鳴らしながら動くアームは、ボタンを押している限り、端に行くまで動き続けた。
端から端までアームが行きつくところまで動かして、ようやくセフィロスがボタンを外すと、アームはゆっくりと下に下り、何もない場所を掴んで、元の位置へと戻って行った。
もう一度アームを動かせるようだが、セフィロスはふむ、と考える仕草をして、
「レオン。見本が見たい」
「見本?俺は別に上手くないぞ」
「やった事はあるんだろう」
「一応は……」
「なら問題あるまい」
見せてくれ、と言ってセフィロスはレオンに場所を譲る。
レオンは仕方ないと言う表情で、ボタンに手を伸ばした。
レオンの操作で動いたアームは、中々上手く景品の上で止まったが、取っ手を掴むことは出来なかった。
アームは景品の箱の横腹を掠め、少し置き場所がズレただけ。
慣れた人間ならともかく、俺には取れないだろうなと言って、レオンはゲームを終了した。
「……と、まあ、これはこんな感じだな。上手いやつは二、三回も遊べば、取る事が出来るかも」
「必ず取れる訳ではないようだな」
「ああ。それじゃ店側も商売あがったりだろうしな。上手く取れた時が嬉しい、と夢中になる奴もいるぞ」
「成功体験か。しかし、少々ギャンブル性があるようだな」
「まあな。それに、景品も少し特殊なものも多くてな。こう言う系統でしか手に入らないグッズと言うのもあるんだ。これなんかも、多分そういう類だろう」
景品のフィギュアを指差して言うレオンに、成程、とセフィロスは頷く。
そろそろ周囲の音の喧しさで耳鳴りがする、とセフィロスが呟いたことで、ゲームセンターを出る事にした。
外に出て、自動ドアも閉まると、あれだけ煩かった音が遠退いて、行き交う車さえも静かに感じられる。
試しに、と言う気持ちでそれなりにゲームを触ったからか、二時間ほどが過ぎていた。
適当に静かな店に入って休む事にして、宛てになりそうな店を探す。
その傍ら、レオンはセフィロスに感想を訊ねた。
「どうだった?初めてのゲームセンターは」
「やはり煩いな。色々と勉強にはなったが」
セフィロスの発した単語に、ふふ、とレオンは笑う。
「俺もあの音の大きさはあまり得意じゃないからな。やっぱり、俺達が何度も来るような所じゃない」
「あそこでいつまでも遊べる奴等の気が知れん」
「やっぱりゲームが好きなんだろう。俺達は、そこが先ず無いからな」
やはり自分達には、静かな場所で落ち着いて過ごす方が性に合っている。
セフィロスは、それがはっきしりただけでも、今日の勉強代としては十分だろうと思う事にした。
また飲みの席で酔っ払いたちが同じ話でも始めたら、今日の結論を伝えれば良い。
と、それはそれとして、セフィロスは自分の所感を着地させていたが、もう一つ気になる事はある。
「お前はどうだったんだ、レオン」
「俺?」
「一応、これはデートだからな。お前がどう感じたかも重要だ」
今日のこの予定は、セフィロスの興味からのもので、レオンは付き合ってくれたようなものだ。
とは言え、二人きりの休日ではあるので、デートとと言えばデートだろう。
セフィロスの言葉に、レオンは“デート”と言う単語にか、今更ながら意識したように少々顔を赤らめつつ、
「……俺は、まあ、悪くはなかった。微笑ましいものも見れたしな」
そう言って蒼の瞳を細め、思い出した光景にくつくつと笑うレオン。
彼が何を見たのか、何を思い出しているのかセフィロスには判らなかったが、それでも彼が楽しかったのならそれで良いかと思うのだった。
『セフィレオ』のリクエストを頂きました。
ゲームセンターに行かせてみた。セフィロスにしろレオンにしろ、自分達だけで先ず行かないだろうな、と思う。
音ゲーはアレです、ポップな奴。あれのボタンをぽちぽち押してるセフィロスが見たいなと思って。
レオンの方は、学生時代に友人後輩に連れられてとか、今なら弟と出掛けた時には行く機会があるので、一緒に遊んだことのあるゲームはやり方を知ってる。ただジャンルごとにあるような専門用語(ノーツなど)は知らない程度のゲーム知識。
相変わらず、傍から見るとデートか?と言う過ごし方だけど、本人達は満足しています。