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2013年07月

[絆]未来への祈り

  • 2013/07/07 23:58
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アルバイトを終えて家に帰ったレオンを出迎えたのは、エルオーネだった。
お帰りなさい、と微笑んで言った妹に、ただいま、といつもと変わらない帰宅の挨拶をする。

放課後とアルバイトの隙間の時間に一度帰宅し、作っておいた夕飯を、エルオーネは温めておいてくれていた。
彼女のお陰で、レオンは帰宅して直ぐに遅い夕飯を食べる事が出来る。
レオンがカフェバーに勤務している時間は、午後6時から10時まで────早めの夕飯や、ガーデン帰りの学生達が集まる時間なので、一番客入りが多い時間である。
アルバイトを初めてから既に1年が経つレオンだが、特に客入りが多い時となれば当然仕事の量も多くなる訳で、更にはガーデンで一日勉強をした直後に直ぐアルバイトが始まる為、レオンは到底休む暇がない。
エルオーネはそんな兄を労って、疲れた兄がのんびりと食事が出来るように、レオンが帰る時間に合わせて夕飯を温め直し、風呂も冷めた湯を温かいものに容れ直しておくのである。

リビングの窓辺のテーブルに落ち着いたレオンの前に、今日の夕飯に作ったシチューが運ばれて来る。
白いシチューの中には、大きく切ったジャガイモやブロッコリーの他に、星の形をした鮮やかなオレンジ色が浮かんでいる。
レオンはアルバイトに向かう前、小さな弟達と一緒にキッチンに立った事を思い出し、小さく笑みを漏らす。


「スコールとティーダは、ちゃんと人参は食べたか?」
「うん。やっぱり自分達で作ったものだと、いつもより美味しく感じるみたい。最初は変な顔しながら食べてたけどね」


くすくすと笑って言うエルオーネに、レオンもつられて喉を鳴らす。

今日の夕飯が星入りクリームシチューだと聞いた時、幼い弟達はきらきらと目を輝かせて喜んだ。
それから二人は、待ち遠しそうにキッチンで夕飯作りをしていたレオンとエルオーネをじっと見つめていたのだが、エルオーネが星形の型抜きを使っているのを見て、自分達もやりたいと言い出した。
包丁や火を使う訳ではないし、とレオンとエルオーネの見守りの下、弟達も夕飯作りに参加する事となり、二人は輪切りにした人参を交替しながら型抜きして行った。

人参嫌いのスコールとティーダだが、今日は中々美味しく感じられたと言う。
やはり、自分が手伝った、自分で作ったと言う意識があると、いつもと同じように見える夕飯でも、子供達にとっては特別なものになるらしい。
レオンは、俺もそんな頃があったかな、と花の匂いのする故郷の記憶を思い返す。


「星の形の他にも、色々やってみたいって言ってたんだけど、型抜きって他にも何かあるかな?」
「クッキー用の型抜きなら、ママ先生に貰った奴があったと思う。ケーキの焼き型と同じ所に入ってる筈だ」
「じゃあ、今度探してみよう。ティーダがね、ジャガイモとかお肉も型抜きしてみたいって言ってたんだけど、難しいよねえ」
「ジャガイモと肉か。確かに、人参よりも食べる楽しみは大きくなるだろうけど、出来上がった時に形が出来ていなかったら、がっかりするだろうな」


ちょっと難しいな、と言うレオンに、やっぱりね、とエルオーネは眉尻を下げて笑う。
自分達で好きな食べ物を好きな形にくり貫いて、美味しく食べたいと言うティーダの気持ちは判らなくもないが、食材の性質を考えると、簡単には叶えてやれそうにない。


「でも、美味しく食べられたって言う経験が出来たのは良い事だ。好き嫌いもなくせるかも知れないし」
「そうだね。二人ともお手伝い出来るって嬉しそうだったし、レオンも楽になるでしょ?」
「ああ。火とか刃物とかは、まだ危なっかしくて触らせられないけどな」
「まだ8歳だもんね」


でもピューラーくらいなら平気かな、と言うエルオーネに、ゆっくり慣らして行こうか、とレオンは言った。

話題の中心であるスコールとティーダは、9時には二人一緒に二階に上がって眠りに着いている。
ティーダはよく夜中まで起きていたがる(夜更かしが大人っぽい、と憧れているらしい)のだが、昼間を元気に過ごすティーダは、夜になると電池が切れたようにぱったりと眠る。
スコールはティーダよりも早寝で、8時頃にはうとうとと舟を漕ぎ始める。
アルバイトに行っているレオンが帰ってくるまで起きてる、とよく頑張っているそうだが、ティーダが寝落ちる頃にはスコールも寝落ちているのが常であった。

弟達が頑張って手伝った、星入りのシチュー。
食べている所を見てみたかったな、と思いつつ、レオンは星型の人参を口に入れた。


「どう?」
「美味しいよ」
「ふふ、良かった。明日、スコール達にも言ってあげてね」
「ああ」


明日の朝、美味しかったよ、と言ってやったら、幼い弟達はどんな風に喜んでくれるだろう。
それを思うだけで、レオンは口許が緩んでしまう。

レオンは何度かシチューを口に運んだ後、じっと自分を見詰めている妹に気付き、


「エルもそろそろ寝た方が良いんじゃないか。もう直ぐ11時だぞ」
「えっ、もう?」


目を丸くしたエルオーネが、テレビ横の置時計を見る。
あと数分で午後11時を迎える事に気付いて、いけない、とエルオーネは椅子を立った。


「もう寝なきゃ。レオン、朝ご飯の準備はできてるからね」
「ああ。おやすみ、エル」
「おやすみ────あっ、ちょっと待って。忘れる所だった」


二階に上がろうとしたエルオーネが、くるりと踵を戻す。
エルオーネはレオンのいるテーブルに戻ると、窓辺に立て掛けられた写真立てに手を伸ばす。
其処には、鮮やかな色をした四枚の細長い紙が置かれている。

紙は画用紙に使われているような少し厚目のもので、きらきらと金箔が散らばらせてあり、シンプルながら華やかだ。
上辺にはメッシュ生地のリボンが結びつけられており、可愛らしい印象になっている。

エルオーネは一番端の赤色の紙を取って、レオンの前に置いた。


「これは……短冊か?」
「うん」


今日は7月6日────七夕の前日だ。
レオンが夕飯を星入りのシチューにしたのも、それが理由だった。
そんな日にリボンを結んだ細長い紙と言ったら、短冊を連想するのは当然だろう。


「今日、ガーデンのエレベーターホールに笹が飾ってあったの、見た?」
「ああ」
「それでね。明日、初等部の一年生と二年生が笹に飾り付けをするんだって。その時、皆の短冊も一緒に吊るすの。その短冊にお願いを書いてくるのが、今日のスコール達の宿題だったんだって」


エルオーネは窓辺に並べられていた二枚の紙を取って、レオンに見せる。
水色に青のクレヨンで書かれたのがスコールの短冊、黄色に一文字ずつ違う色のクレヨンで書かれているのがティーダの短冊だ。
二人の短冊にはそれぞれ絵も描いてあり、猫や犬、ひよこと言ったものが描かれており、微笑ましさを誘う。

見慣れた弟達の字が書かれた二枚の短冊を見て、レオンはくすりと小さく笑う。
それから写真立ての横に置かれているピンク色の短冊を手に取り、


「じゃあ、エルのはこれか」
「あっ、ちょっ、見ちゃダメ!」


用心深く裏返しにされていた短冊を引っくり返すと、女の子らしい丸みのある字が書かれている。
クレヨンではなくマジックペンが使われており、紙の隅には四日前にエルオーネが購買で買ったチョコボのシールが貼られている。


「もう、見ちゃダメだってば!」
「良いじゃないか、減るものでもないし」
「恥ずかしいの!」


エルオーネは真っ赤になって、レオンの手から短冊を奪い取った。
うーっと威嚇する猫のように唸りながら睨む妹に、レオンは悪かったよ、と両手を上げる。

昔は何でも見せてきてくれてたのにな────と、兄と言うよりも父親に近いような気分に浸るレオンに、エルオーネは顔を赤くしたまま説明を再開させる。


「それで、えーっと……本当はね、短冊を飾るのって初等部の一年生と二年生だけでしょ?」
「ああ。確かそうだったな。まあ、中等部や高等部にもなると、あまりそういう行事に感ける事もなくなるし」
「うん。なんだけど、スコールとティーダが先生にお願いして、私とレオンの分の短冊も貰って来たの。私達のお願いも、スコールとティーダが一緒に吊るしてくれるんだって」


だから、ちゃんとお願い、書いておいてね。
エルオーネは楽しそうにそう言って、「おやすみ」と今度こそ二階の寝室へと上がっていった。
自分のお願いを書いた短冊を、しっかり胸に抱いて。

一人になったリビングで、レオンはテーブルに並べられた三枚の短冊を見た。
水色と黄色の短冊には、小さな弟達の子供らしい願い事が書かれている。
レオンは水色の短冊を手に取って、記された字の形をゆっくりと眺めるように目でなぞった。


(誰に似たんだろうな)


くすりと笑うレオンの脳裏に、いつかの自分自身の幼い記憶が蘇る。

其処には父がいて、母がいて、まだ生まれたばかりの妹がいて、そんな妹の両親もいて、自分は今の弟達よりもまだ幼かった。
今日は七夕なんだぞ、と言って何処からか調達して来た笹を飾り、お願いを書くんだぞ、と言って短冊を渡した父。
それから父は、まだ字も知らないような妹にも短冊を渡し、まだ無理だよ言う妹の両親に「折角だからさ!」と言った。
当然、妹はお願いどころか文字すら描けず、絵も描けなかったので、彼女の両親が代わりに「元気に大きくなりますように」と書いていたのをレオンは覚えている。
そしてあの時、自分が何を願ったのか、レオンは朧気ながら覚えていた。

レオンはむず痒い気持ちを感じながら、黄色の短冊に視線を移した。
短冊のお願いは、黄色の紙に白や黄色のクレヨンで書かれた所為で少し見辛くなっているが、読めない程ではない。
其処に書かれた願い事を読んで、レオンは思う。


(やっぱり、似るものなのかな。こう言うのは)


水色と黄色の短冊を並べ、レオンは空になった皿を退かせて、白紙の赤い短冊を手元に寄せた。

隣の椅子に置いていた鞄の口を開け、筆記用具を取り出す。
ボールペンのインクの具合を確認し、きちんと書ける事を確認した後で、さて何を書こう────としばし考え、ふわりと脳裏に浮かんだ言葉に、思わず苦笑が盛れる。


(……うん。やっぱり、似るんだろうな)


二度目のなんとも言えない、けれども決して嫌なものではないむず痒さを感じながら、レオンは赤の短冊にボールペンを乗せた。

書き終えた短冊を、弟達のものと並べる。
クレヨンで絵と一緒に書かれた弟達の短冊に比べ、レオンのそれは黒のボールペンでシンプルに願い事だけが書かれていて、少し素っ気なく見える。
エルオーネの短冊も、色ペンにシールが貼られて可愛らしいものになっていた。
少しは何か工夫をした方が良いかな、と思ったが、明日にはこの短冊はガーデンのエレベーターホールに飾られるのだ。
ガーデンのエレベーターホールと言えば、教室と各施設を移動する時に必ず通る場所だから、ひょっとしたら友人達に見つかってしまう可能性もある────と言うより、確実にレオンの短冊を探そうとする友人達の姿が想像できてしまった。

やっぱりこのままにして置こう、と、可愛らしい弟達の横に、シンプルな自分のそれを並べる。
此処に置いておけば、スコールとティーダも朝食の時に気付く筈だから、忘れる事もないだろう。

空になったシチュー皿を持って、レオンは席を立った。
キッチンで手早く食器を洗い流し、リビングの電気を消してから、二階の自室へと上がる。



リビングの窓から差し込む月明かりに、三枚の短冊が照らし出されている。
子供達の寝室でも、同じ月の光が一枚の短冊を照らしていた。

それらには、それぞれ、こう書かれている。




『らいおんさんになりたい。』
『ボールがじょうずになりますように!』

『スコールとティーダが元気で育ちますように。
レオンが無理をしませんように。』

『家内安全、無病息災。』


────ずっと昔、同じ言葉を短冊に綴った子供と、大人がいた。
その出来事を知る唯一の少年は、あの日の祈りが受け継がれて行くような気がして、来年も同じように願い事が出来れば良いな、と思った。





七夕と言うことで、皆で短冊書きました。

スコールのライオン好きはレオン譲り。
ティーダはやっぱり父親の影響が少なからず。
エルのお願いは、昔はレインが書きました。
レオンのお願いも、昔はラグナが書きました(確実に何か間違えていると思うけど)。

レオンは妹が思春期にさしかかってちょっと寂しいようです。最早父親の感覚。

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