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2021年08月

[ラグスコ]その瞳に染められて

  • 2021/08/08 22:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


案外と判り易い所があるのは、まだ青いが故、だろうか。
それとも、本質的に爪の甘い所があるのか。
何れにせよ、そう言った所が愛らしいと思ってしまう位に、密かに嵌っている自覚はある。




「お前がいてくれると安心するよ」


そう言ったラグナの手の中で、ロックアイスの揺れるグラスが小さな音を鳴らしている。
炭酸水で割られた薄い琥珀色の液体は、今日のドール市長との会談で、今年は特に出来が良いからと贈られたものだった。
てっきり気心の知れた友人たちと楽しむとばかり思っていたが、今日のラグナは手酌酒で嗜んでいる。
この賑やか好きな男でも、静かに飲みたいと思う事でもあるのか、と少し意外に思っていた。

会談に合わせた大統領警護の依頼にスコールが派遣されるのは、最早決まった事になりつつあった。
エスタから警護の依頼が寄せられると、スコールのスケジュールは強制的に空きが作られ、其処に警護任務が入れられる。
報酬額が群を抜いて良い事もあって、ガーデン側はエスタからの依頼は上客物として扱っている。
指揮官であり、現在のガーデンにとって最主力とも言えるスコールを惜しげもなく派遣するのは、得意先をこれからも捕まえ続ける為、と言う意味もあった。

今日の予定が一段落しているので、ラグナはすっかり休憩モードになっている。
だからこその晩酌である訳だが、其処にスコールも添えられているのはどういう訳だか。
終日警護がスコールの仕事であるから、傍に控えている事は好都合だが、一人で飲みたいのなら、自分も部屋の外に出せば良いだろうに、ラグナはそうしない。
追い出す所か、ラグナはちらりとスコールの顔を見ては酒を傾け、まるでスコールを肴に楽しんでいるかのようにも見える────自惚れだとスコールも判っているが。

それより、先のラグナの台詞だ。
スコールがいると安心する、と言う言葉は、額面通りに受け取れば、警護任務の為にこの場にいる者としては、有り難く受け取るべきものだろう。
スコールはそう考えた。


「……ご贔屓にどうも」
「あっ、本気にしてないな?」
「別に」


そう言うつもりはなかったが、聊か反応に困ったのはある。
ラグナのこの手の台詞は初めての事ではないのだが、その都度、スコールはどう返事をして良いか考えてしまう。
これがラグナ以外の依頼主から向けられたものなら、スコールもいつも通りの無表情で、社交辞令を返せば済む話なのだが、それだとラグナは今の通り「信じてねえだろ~?」と言って食い下がって来る。
そうじゃないけど、と返すと、じゃあもっと嬉しい顔してくれよ、なんて言われるので、スコールは益々窮する羽目になってしまう。

恐らくは、大した意味などないのだろうな、とスコールは思う。
一人酒を楽しんでいる割に、お喋り好きのラグナだから、アルコールが気分よく回って来た事も加えて、話し相手が欲しくなったのだ。
それなら自分じゃなくて友人二人を呼べば良いだろうに、何故かラグナはそうしない。


(……別に、良いけど)


ラグナがどうしてか友人たちを呼び寄せない事に、スコールは密に喜びを感じている。
彼等が此処に戻ってくれば、スコールはのんびりとソファに座ってなどいられない。
好みの酒の味にしようと、こうしてこうして、と酒に炭酸を入れたり氷を加えたりと遊んでいるラグナを観察している暇も奪われる。
警護中とは思えないような気の抜き方だと自覚はしていたが、こんな時でもなければ、スコールはラグナの顔をじっと見ている暇はないのだ。

マドラーで液体をくるくると混ぜているラグナ。
それをスコールがじっと見ていると、視線に気づいたラグナが顔を上げ、


「お前も飲む?」
「……勤務中だ」
「そっか。でも、酒じゃなくても、何か飲む位は良いだろ」


ラグナは席を立つと、細長いグラスを一つと、冷蔵庫に入っていたペットボトルを持ってきた。
ドールの街でよく見るラベルのついたそれの中身は、炭酸入りの果汁ジュースだ。
ピッカーで砕いた氷をグラスに入れ、ジュースを注いで、ラグナはそれをスコールの前に置く。


「どーぞ」
「……どうも」


付き返す訳にもいかなくて、スコールはグラスを手に取った。
一口、舐める程度にその味を貰って、テーブルにグラスを戻す。
その間にラグナは、自分のグラスを空にしていた。


「はー、確かに美味いなあ。明日、何本か買って帰ろうかな。皆へのお土産に」
「税関に引っ掛からない程度にしておけよ」
「判ってる、判ってる。スコールも何かお土産とか買っていくか?」
「観光に来てるんじゃないんだ。俺は良い」
「そう言うなよ。いつもお仕事頑張って貰ってるし、お前のお陰で今回も無事に会談は終わったし。そのお礼って事で何か買わせてくれよ」


そんな事は、報酬額に少々色でもつけてくれれば良い、とスコールは思うのだが、それとこれはラグナにとって別らしい。
報酬額の事は吝かではないようで、本当に色をつけて寄越してくれる事もあるが、其方はSeeDの胴元的存在である“バラムガーデンへ”渡されるものなので、ラグナの狙いとは違うとか。
ラグナは“スコールへ”感謝の気持ちを贈りたいのだと、以前にも言っていた。


「明日、何か欲しいものが見付かったら、なんでも遠慮なく言えよ」
「……見付かったらな」


素っ気なく返してやれば、ラグナはよしよし、と満足気にスコールの髪を撫でる。
その手を振り払う事をしなくなったのは、いつからだろうか。
余りに何度も撫でられて、振り払っても懲りないものだから、面倒になって好きにさせている内に、すっかり慣れてしまった。
絆されているような気もしていたが、今ではその手が酷く心地良い。

ラグナは次の酒を造りながら、あーあ、と残念そうな声を漏らした。


「明日にはお前とお別れかあ」
「……大袈裟だな。三週間後の予定でまた大統領警護の任務が入っていたと思うんだが」
「ああ、うん。それはそうなんだけどさ。三週間後じゃん、結構長いこと寂しいなーって思っちゃって」


寂しい、と言うラグナの言葉に、微かにスコールの肩が揺れる。
ラグナがそんな風に感じる事に、密かな喜びを感じている自分に、スコールはグラスを口に運んでその表情を誤魔化した。


「もういっその事さ、お前をうちの専属とかに出来ないかなって話してるんだよ」
「……ヘッドハンティングでもする気か?」
「出来るんならしちゃいたいかな。それが出来れば、お前はずっと一緒にいれくれる訳だし」
「…ガーデンと交渉するんだな」
「やっぱりそうだよな。うーん、お前、指揮官だもんなぁ。指揮官権限で辞めます!宣言とか出来たら、フリーになれる?」
「……さぁ。どうだか」


それが出来ればスコールはさっさと指揮官職を放り出してやりたい所なのだが、生憎、現状のガーデンの状況がそれを許してくれない。
少なくとも後釜に出来る者が現れるか、スコールがガーデンにいられる正式期間である卒業が目に見えて来るまでは、このまま指揮官職を手放す事は出来そうにない。
学園長が隠居みたいな格好をしていないで、表に出てくれればスコールは自由になれるのではないかと思うが、サイファー曰く“狸ジジィ”はそのつもりがないらしい。
もう若い人の時代ですよ、なんて行燈な顔で言ったのを思い出して、スコールの表情は苦いものを噛んだ。

ラグナは酒の味見をして、うーん、と唸る。
炭酸水を少しずつ足してはマドラーで掻き回しながら、スコールの方を見て言った。


「じゃあ、卒業した後はどうだ?ガーデンに籍を置いていられるのは、えーと」
「二十歳まで」
「ふむふむ。じゃあ二十歳になったら、お前はガーデンを出れるのか?」
「……多分。ガーデンに残って教師になる奴もいるけど、でも……」


卒業後の例を出しながら、スコールは自分がそれに当て嵌まる気はしなかった。
指揮官職をしている間に、多少なり人とのコミュニケーションには慣れて来たが、やはりスコールはその手の事は相変わらず苦手にしている。
キスティスのように生徒達と上手く接する自信もないし、大体、自分が人に物を教えて指導できるような気がしない。
それよりは、よくいる卒業生(偶に放校生もいる)のように、フリーランスか何処かの軍、自警団の類に所属する方が現実味のある話に思えた。

それを言葉少なに話してやると、ラグナはふんふんと興味津々の顔で聞いて、


「やっぱり、お前が卒業する時がチャンスな訳だ」
「チャンス?」
「ああ。お前をエスタで正式に、専属契約的なものでも出来たら良いなって」
「それは、……光栄だな」
「だろ~?契約金とかは弾むからさ、先約しといてくれる?」
「他に良い話がなければ」
「じゃあ、卒業した時には宜しくな」
「まだあんたの所に行くって決まった訳じゃない」
「判ってる判ってる。でも、絶対良い契約持って行くからさ。俺が声かけるまで待っててくれよ」


朗らかに言って、ラグナはスコールの髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。
止めろ、とスコールがその手を払うも、ラグナはにっかりと笑って、益々楽しそうに笑うばかりだ。
ラグナのお陰で跳ねてしまった髪を手櫛で直しながら、スコールは呆れた溜息を零して見せる。

卒業後の話なんて、スコールにはまだまだ先の事に思えた。
何せスコールは今年で十七歳、何事もなければあと三年はバラムガーデンで過ごす事になるだろう。
短いようで長い三年の間に、世界情勢的なものが大きく変わらず、傭兵の類への需要が続いているならば、ラグナの誘いは中々魅力的なものだった。
だから卒業のタイミングで良い契約を寄越してくれれば、スコールにとっても十分に美味しい話になるだろう。

───でも、とスコールはこっそりと思う。


(……そんなのなくても、行きそう、だけど)


ラグナの誘い文句に対し、素気のない返事をしておきながら、スコールはそんな事を考えていた。



ほんの少し、丸い耳に赤みを上らせながら、グラスを口元に運ぶ少年を眺めて、ラグナの唇は笑みを浮かべる。
無表情でいるつもりの少年の様子が愛らしくて、ラグナはついつい揶揄ってみたくなる。
今はアルコールも入っているので、スコールもそのつもりで相手をしているのだろう、ラグナの話もあまり本気で受け取っている風でもない。

……本当は、卒業後なんて待たないで、今すぐにお前が欲しいのだと言ったら、彼はどんな顔をするだろう。
やはり先ずは驚いて、次に揶揄っていると怒り出すか、素っ気なく社交辞令を返してくれるか。
指揮官と言う役職を任されているとは言え、まだまだ経験不足も多い十七歳の若人は、狡さに慣れた大人が考える謀略にはまだまだ鈍い。
謀略などと言う言葉は聊か大袈裟ではあったが、絡め取られる本人に覚らせずに外堀を埋める事をそう言うのなら、少年は確かに、策謀の中に取り込まれていた。


(お前自身は隠してるつもりって言うのが、本当、可愛いよ)


いつの頃からか、蒼の瞳に滲み始めた、恋情の色。
ラグナがふと気紛れに触れる度、驚いたように目を瞠ってから、緊張するように唇が引き結ばれる。
零れ落ちそうになる心を精一杯に堪えて隠そうとする初々しさが、ラグナには酷く可愛らしい。
本心を知られるまいと一所懸命に隠しながら、お喋りな瞳から何もかもが透けて見えてしまっているのも、全て。

ラグナの言葉一つ一つに、スコールの感情は判り易く動きを見せる。
褒めたり喜んだりしてみせれば、まるで愛情に飢えた子供が、スポンジに水を吸収するかのように、ラグナの言葉を受け止めて染まっていく。
その度、自分が満更でもない表情を浮かべていると、彼は気付いていないだろう。
気付かせてはいけない。
自覚していないからこそ、彼はラグナの言葉で、真っ白だったその心を染めていくのだ。

ラグナは徐に手を伸ばして、スコールの手櫛で整えられたばかりの髪に触れた。
酔っ払いの戯れと思ってか、スコールは少しだけ睨むようにラグナを見たが、それだけだ。
ピアスを嵌めた耳朶に指先を掠めさせて、その後ろにある髪の生え際に触れると、


「……何してる」
「いや、綺麗なピアスしてんなーって思ってさ」


何処のブランドかと訊ねれば、スコールは忘れたと言う。
本当か嘘かは判らなかったが、ラグナの指が触れる感覚を、スコールが強く意識しているのは明らかだ。
ピアスの為に、柔らかい耳朶を指で挟んで顔を近付けると、スコールの白い首が判り易く紅潮していた。

このままこの少年を押し倒して、青い花を貪る事は、可能だろう。
雇い主と言う立場もあって、スコールがラグナに対して強く拒否の態度を取る事は難しい。
そして何より、スコール自身、ラグナに自分が求められる事を強く欲しがっているから、ラグナが寄越せと言えばきっと彼は差し出すだろう。


(でも、それは勿体ないからな)


今此処で、ラグナがスコールの求めているものを与える事は容易い。
しかし、欲しいものが簡単に手に入ってしまうと言うのは、逆に手放す事へのハードルも下げてしまう。
こんなものか、こんな程度のことか、と夢から醒めてしまうような行為をするのは、余りにも勿体無い話ではないか。
どうせなら焦らして焦らして、ゆっくりと染め上げながら、もっとスコールが欲しがるようにしたい。
そうしてスコールが、もう我慢できないと、ラグナの前に自分からその身と心を捧げる事で、ラグナは彼に応えるのだ。
自らがはっきりと“欲しい”と言わなければ、求めるものは手に入らないのだと学習させた時こそが、この青い果実が一番美味しく熟す瞬間なのだから。


(だからスコール。お前も早くこっちにおいで)


愛しくて可哀想な少年の、耳朶の形を指先でそっとなぞる。
流石に触れ方が意図的すぎたようで、スコールは顔を真っ赤にして体を引いた。
あんた、と肩を戦慄かせる少年に、少し首を傾げて見せれば、またスコールは呆れたように溜息を吐く。
寄っている相手の行動に目くじらを立てても仕方がないと思ったのだろう。
其処でラグナが狙った通りに折れてくれるから、ラグナの笑みは深くなる。

ラグナが整えた見えない籠の中で、スコールは心地良さに慣れていく。
離れ難いと彼が強く願う程、ラグナは染まり行くその姿に悦びを感じていた。





『スコールから向けられている気持ちに気付いているラグナが、それに気付かないふりをしながら、少しずつ自分への感情が深まるようにスコールの感情をコントロールしていく』のリクエストを頂きました。

狡いラグナは大好きです。
自分への自信のなさだったり、トラウマ的に温もりを求めながら怖くなってしまう為に自分から踏み出せないスコールを、ゆっくりゆっくり囲って行こうとするのは良いですね。
その為にスコールが自分の下へやって来る選択肢も掲示しつつ、それをスコール自身が選ぶように誘導したり、着々と外堀を埋めてたりとか。
スコールも隠しているつもりで駄々洩れなのが良い。周りから見るときちんと隠せていても、ラグナを前にするとどうしてもとか。自覚してないから余計に。

[バツスコ]ヒア・ベイビィ

  • 2021/08/08 22:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


スコールが通う学校は、都心の中心からは少し離れた場所にある。
場所は街中を環状型に周る電車から乗り換え、海岸方面へと少し走り、浜辺の見える駅から徒歩で十分ほど。
夏になると陽が強くならない内にと、波間でマリンスポーツに勤しむ若者達が増え、朝の通学電車は平均以上の込み具合になってしまう。
夏休みになると家族連れが遊泳やキャンプにもやって来るので、この時期の午前と夕方は乗車率が高くなる。
それを嫌ってバイク通学を希望する者や、中には家族に駅付近まで送って貰うという手段を講じる者もいたりするのだが、スコールはどちらもしなかった。
本音を言えば人が沢山いる電車は避けたいのだが、父親に頼るのは少々抵抗があったし、そもそも彼は仕事で忙しくてあまり家にいない。
バイクは免許を持っていないし、取るには父親の許可と金銭的援助が必要だし、過保護に定評のある父親とその交渉をするのも面倒だった。
そんな訳で、スコールは暑い日も寒い日も、電車で通う事にしている。

世間が夏休みになっても、スコールは週に三度、学校に通っている。
夏期講習の受講をしているからだ。
苦手科目と意識しているものからピックアップして受講する事にしたら、一週間の半分を持っていかれてしまった。
どうせ家にいても勉強以外にする事もないから、それは別に構わないつもりでいたのだが、毎日の往復の徒だけがスコールにとって辛くて仕方がない。

近年の全国的な傾向として、夏は異常な程に暑い。
猛暑どころか、酷暑と呼んだ方が適切な温度が、ほぼ毎日のように続く訳だから、もう昔のような感覚で「子供は外で元気に遊ぶもの」なんて言う常識は通じない。
スコールの通う学校は、歴史が古く、校舎は増築を繰り返して大きくなって行ったそうだが、元々の建物はやはり年代物になっているようで、建築基準にある耐久性だとか通気性だとか、そう言ったものが前時代で止まっていた。
全校舎内に空調の取り付け工事が終わったのは去年の冬のことで、今年になって生徒たちはようやっとその恩恵に与る事を許された。
今度は耐震工事が急がれるとか教員たちの間で話題になっているようだが、其処までするなら、いっそ校舎を丸ごと新しくした方が良いんじゃないか、とスコールは思う。
が、全国から入学して来る生徒がやって来る事もあり、規模の大きな高校となっている今、それだけの生徒を変わらず収容する為の校舎を新築すると言うのは、並大抵の話ではないのだろう。
その程度の事はスコールにも判るから、改築を繰り返していくしかないのも、やむを得ない事なのだ。

去年の夏、馬鹿のように暑い環境の中で過ごしたスコールは、今年に入って空調の効いた教室で過ごせる事を極楽のように感じていた。
何せ去年までは、ニュースで報じられるような、『生徒が授業中に熱中症で倒れた』と言うものが全く他人事ではなかったのだ。
だが、もうじっとしながら珠のような汗を流したり、それすら出なくなって倒れそうになる事もないし、その所為で授業内容が頭から飛ぶ事もない。
夏休み中の夏期講習でも、その恩恵は如何なく発揮され、去年までまるで人気のなかった科目も、涼しい場所で過ごせるのならと受講を希望する生徒が増えたらしい。
また、図書室やカフェテリア、更に曜日は限定されるがプールなどが生徒向けに解放されている事もあり、それらを目当てに夏休みでも学校に向かう生徒は少なくないそうだ。

───だが、校舎内がどんなに快適に整えられても、外はそうはいかない。
外は日に日に暑くなり、都会の真ん中などはヒートアイランド現象も相俟って、何処に行っても熱気が籠っている。
スコールの通う学校は海岸近くにあるから、それに比べればマシと言えるのかも知れないが、とは言え空から燦々と降り注ぐ太陽の強烈さは変わらない。
だから夏期講習を受ける生徒達の多くは、一度登校すると、日差しが一番きつくなる日中の帰宅は避け、陽が傾き影が多くなる時間帯まで、校舎内で暇を潰している事が多い。

スコールがそれをしなかったのは、校内に苦手としている教員がいるのを見付けたからだ。
何故かスコールに執心らしいその教員は、スコールを見付けると妙に馴れ馴れしく接触して来るので、そうなる前に逃亡して来たのである。
お陰でうだる暑さの中をのろのろと最寄り駅に向かって歩いているのだが、スコールは早々にそれを悔いていた。


(暑い……)


あのまま校内にいて教員に絡まれるのは嫌だったが、このフライパンの上のような暑さも辟易する。
今朝、家を出る時に持ってきた水筒の中身は、既に殆ど空になってしまっている。
最寄り駅には自動販売機があるから、其処で補給が出来れば良いのだが、こうも暑い日々の中では、そう言った給水ポイントは早々に売り切れになっている事が多かった。
この辺りは遊泳に来る家族連れも多いから、水から茶からジュースから、とにかく冷たいものはどれでも需要が高く、補給されてもあっと言う間になくなってしまうのだ。


(……駅からもう少し行けば、コンビニがある……)


早く電車に乗りたい気持ちはあるが、それより飲料水の補給を優先したい。
進む道を延ばすのは億劫であったが、街中に戻るまでに暑さで意識を飛ばすよりはマシか。

だが、飲料水の補給よりも、本音としては、


(……冷たいもの…欲しい……)


もうただの氷でも良いから欲しい。
体の芯まで暑さに侵食されて、スコールはそんな気持ちになっていた。
水と一緒にアイスも買おう、と普段はあまり見ていないコンビニアイスの何を買うか考えていると、


「ありゃ、スコール?」
「……?」


後ろから聞こえた呼ぶ声に、スコールはのろりと振り返った。

今スコールが歩いて来た道を背景に、Tシャツにハーフパンツ、サンダルと言う井出達の茶髪の青年───バッツが立っている。
手にはよく売っているカップアイスを持ち、肘には水滴を浮かせた白いビニール袋。
元々が元気印のような血色の良い肌をしているのが、こんがりと良い色に焼けていて、夏の風貌が一層似合う雰囲気になっていた。

バッツは嬉しそうにスコールの下へと駆け寄って来る。


「こんな所で逢うなんて偶然だな!制服って事は……あ、夏期講習だっけ?」
「……ああ」


猛暑酷暑の中でも、バッツの声は相変わらず快活だ。
元気な奴だな、と羨ましいような呆れるような気持ちで、スコールはバッツの台詞に頷いた。


「大変だなあ、学生は」
「……あんたも学生だろう」
「そうだけど、受験とかはもう終わってるからさぁ。高校の時も、おれはそう言うのあんまりやらなかったし。お陰で三年の時に焦ったけど」


あはは、と笑いながら言うバッツに、スコールは暢気で良いなと思う。
それだけ気楽に構えられたら、自分もこんな暑さの中、学校に通わなくて済んだのだろうか。
そんな事を考えるが、バッツのこの磊落さはどうやってもスコールには真似の出来ないものだ。
ないものを羨み妬んでも仕様のない話で、スコールは溜息だけを吐いて思考を振り払って訊ね返す。


「あんたの方は、なんで此処に?」
「おれはバイト。知り合いがこの近くに海の家出してるから、手伝いでさ。いつもは昼から夕方までやってるんだけど、今日は朝から。で、さっき終わったとこなんだ」
「……ふうん」
「いつもは仕事の後に海で遊んでから帰るんだけど。朝からずっといたし、今日は帰ろうと思ってさ」


経緯を話すバッツに、成程、よく日焼けしている訳だとスコールは思った。
元々アクティビティの類には目がないバッツだが、彼はこの夏をよくよく楽しんでいるようだ。
お陰で結構焼けちゃって、と言うバッツが服の袖を捲れば、袖の部分がくっきりと残っている。

そう言えばゼルやティーダも良く焼けている、とスコールは同級生を思い出して考える。
彼等の場合、海で過ごすからと言うよりも、部活に精を出しているからだろうが、そんなにも焼ける程炎天下で過ごしていられるのがスコールには信じられない。

そんなスコールの様子を、バッツはじいっと覗き込むように見つめ、


「大丈夫か?スコール」
「……何が」
「顔が真っ赤だし、汗だくだからさ。水とかちゃんと飲んでるか?」


スコールが極端な暑さにも寒さにも弱い事を、バッツはよく知っている。
だと言うのに、太陽に焼かれる海岸をのろのろと歩いているのは、堪える筈だと彼も解るのだ。


「……水は飲んでる。もうなくなりそうだけど」
「まあこの暑さだもんなー。おれも家から持ってきた水は飲み切っちゃってさ。帰る前に近くのコンビニ寄ってアイス買っちゃった」


水も買ったんだけど、とバッツは言うが、やはり体はもっと内部から冷やしてくれるものを求めていたのだろう。
冷凍庫の中でおれを呼んだんだよ、と言うバッツの幻聴話も、今ばかりはスコールも笑う気にはならない。

それよりも。
スコールの視線は、バッツが自分を呼んだと言うカップアイスに釘付けになっていた。
よく見る円形のカップアイスは、ティーダやヴァン、ゼルが学校帰りによく買っている商品だ。
定期的に期間限定と言って新フレーバーを出すので、彼等が味見だと言っては購入し、美味いだの微妙だのと好きに品評しているのを、スコールはよく見ていた。
見ているばかりで、普段は特に欲しいと思う事はないのだが、今だけは違う。


「バッツ、それ……」
「ん?ああ」


隣の芝はなんとやら、人が食べているとなんとなくそれが欲しくなって来る。
そんな気持ちでスコールは、バッツにアイスの商品名を訪ねようとしたのだが、バッツはその前にプラスチックのスプーンでさくりとアイスを掬い、


「食べるか?」
「いや、」
「ほら、あーん」


そう言うつもりじゃない、とスコールが言うよりも早く、バッツは朗らかな笑みを浮かべてアイスを差し出す。
思いも寄らなかった事にスコールは固まりながら、蒼の瞳は差し出された乳白色に釘付けになった。

冷凍庫の中でよく冷やされていた筈のそれは、今は持ち主の体温と、環境が齎す熱の所為で、うっすらと溶けている。
カップの中では縁に蕩けた液体が浮いており、もたもたとしている間にもっと溶けてしまうだろう。
しかし溶けてはいてもそれはまだまだ冷たくて、スコールが持っている水筒の中身より、遥かに低い温度を保っている。
給水ポイントとなるコンビニまでが遠く感じていたスコールにとって、朗らかな恋人が差し出したその涼は、何よりも強い誘惑を持っていた。

とは言え、こう言った行為────恋人同士の戯れにある『あーん』とか言うものは、スコールの苦手分野である。
そんな事をするなら手っ取り早くスプーンごと貸せ、と言うのがスコールの応答であった。
だからバッツもそれは予想していて、


「なーんちゃっ」


て、とバッツが最後の一文字を言うよりも、僅かに早く。
ぱく、と首を僅かに落とすように伸ばして、スコールはアイスに食い付いた。

これに驚いたのはバッツである。
何せ、恋人となってからこの方、スコールがこの手の戯れに応じてくれた事はなかったのだ。
元々が人とのコミュニケーションと言うものに不慣れで、恋人同士のじゃれ合いなど、慣れる以前の問題だったスコールは、バッツが仕掛けるスキンシップをいつも恥ずかしがって嫌がる。
それでも大分慣れてはくれたのだが、狙ったようなアクションを取ると、彼自身も互いの関係性を強く意識してしまうようで、反って動揺してしまうのであった。

そんな年下の恋人の、思いも寄らなかった行動に固まるバッツを他所に、スコールは咥内にひんやりと染みる感触を堪能する。
生温くなった水で誤魔化していた喉の渇きが、冷たい乳液で潤っていく。


「……つめたい」
「……お。おう。うん」
「もっと」
「ああ、うん」


言葉少なに言ったスコールに、バッツは従うようにアイスをスプーンで掬った。
匙を差し出してやれば、またスコールがぱくりとスプーンの先を食む。
小さなスプーンで掬った一口は、簡単に口の中で溶けて消えて行き、スコールはまた「もっと」と強請る。

まるで雛が餌を貰うように、スコールはバッツの手からアイスを食べる。
もっと、もっと、と何度も強請るものだから、バッツもいつの間にか、無心でそれに応じていた。
バッツの褐色の瞳には、アイスを一口、一口と味わって食べるスコールの顔が映っている。
アイスを食べようと小さな唇を開けば、赤い舌がちろりと覗き、其処に乳白色が乗って蕩けていく様子が見えて、バッツは思わず唾を飲む。
さく、さく、とアイスを掬ってスコールの口元に運ぶ動作を繰り返していると、気付いた時には中身は半分まで減っていた。


「……ふぅ」


満足したようにスコールが息を吐く。
その額には、相変わらず粒になった汗が滲んでいるが、随分とすっきりした顔つきで、瞳にも生気が戻っている。


「……助かった」
「そか?じゃあ、良かった」


スコールの一言に、バッツはへらりと笑った。
手に持ったままのスプーンをひらひらとさせているバッツを見て、スコールははたりと我に返る。


「……すまない。アイス……」
「んぁ?」
「……あんたの、なのに」


彼の手にあるアイスは、買ったのは勿論、食べていたのもバッツである。
それを夢中になって半分まで食べてしまった事に今更ながら気付いて、スコールはばつの悪い顔で俯いた。
バッツはそんなスコールに、「良いよ良いよ」と笑う。


「ただの安いコンビニアイスなんだし、そんなに気にするなって」
「……ん」
「それよりさ、スコール。駅の向こうのコンビニ、行ける?」
「…行こうと思ってた」
「じゃあ丁度良いや。アイス買いに行こう。まだ食べたいだろ?おれが奢るからさ」
「アイスは買いに行く。奢りは別に……と言うより、俺があんたに返さないと」
「まあそう言うなって」


バッツのアイスを半分とは言え食べてしまった罪悪感で、返す代わりに何か新しいアイスを、と思ったスコールだったが、バッツはけろりと笑っている。
行こう行こうと早速歩き出すバッツに、スコールもつられる形で並んで歩き出した。

バッツは手元に残ったアイスにスプーンを差し入れ、スコールの顔の前へと持って行く。
もう良いと言おうとしたスコールだったが、バッツの手は引っ込まない。
これは食べないといけない流れだ、と悟って、スコールはバッツの意に付き合う気分で足を止め、スプーンに口をつける。
もう十分だと思ったつもりでも、やはり甘くて冷たい感触は心地良い。
やっぱりこのアイスを買おう、と密かにスコールは決定した。

炎天下をいつまでも歩くのは嫌だが、かと言って急げ走れと言う気にもならないから、二人はのんびりと歩いている。
バッツがまたアイスを一掬いし、自分の口へと運べば、褐色の瞳が満足そうに細められた。
そしてスプーンを食んだ格好のまま、バッツがちらりと此方を見るので、スコールは視線だけで「何だ」と返す。
するとバッツはにぃーっと笑い、


「間接キッス」
「……!!」
「なんちゃって」
「バッツ!」


判り易く揶揄ってきた表情をして見せるバッツに、スコールは声を荒げた。
堪らず手に持っていたスクールバッグを振り上げるスコールに、バッツは笑いながら逃げていく。
この暑い中でも元気な青年に、スコールが追う気にもならずに鞄を下ろせば、直ぐに彼は戻って来た。

防波堤の向こうに広がる海岸から、寄せては返す波の音が響いていた。
夏によく似合うBGMを聞きながら、二人は長いようで短い、コンビニへの道を進むのだった。





『真夏のアイス二人分けバツスコ』のリクエストを頂きました。

夏の青春真っ盛りなバツスコはとても楽しい。
まだ付き合い始めてからあんまり経ってないんでしょうね、この二人は。バッツにしてみると、ようやくスコールがデレてくれ始めた頃。
だから冗談交じりの「あーん」だったんだけど、まさかのスコールがしてくれちゃったものだから、一回めちゃくちゃ動揺したバッツでした。

タイトル意:「はい、あーん」

[セフィレオ]銀色と戯れ

  • 2021/08/08 21:55
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


熱の交わりの後は、心地良い気怠さの中で意識を手放す。
本当は眠る前にシャワーを浴びるなり、寝床を整え直すなりとした方が良いのだろうが、重い体はどうしてもそれを面倒臭がってしまう。
絡む腕がお互いに離れる事を嫌がっていることを言い訳にして、ゆるゆるとした疲労感の中で眠る惰性は、どうにも気持ちが良くて癖になる。
そんな事を思うようになったのは、愛しい男と肌を重ね合わせる幸福感を知ってからの事だ。

そのまま朝まで目覚めない事も多いのだが、偶に夢から目覚める事もある。
迸りを開放して、そのまま眠ってしまった訳だから、体にまとわりつく汗の不快感を遅蒔きに思い出したからであったり、喉の渇きであったり、夏であれば触れる体温の熱さだったりと、理由はそんなものだ。

今夜のレオンもそうだった。
休日とあって少し羽目を外すように、恋人である男───セフィロスと酒盛りをして、そのままベッドに雪崩れ込んだ。
どうにも理性的な部分が強い二人であるが、偶にはこんな日もあって良いだろうと、今日は少しばかり激しくなった気がする。
いつもながら、酒の力とは怖いものだと、遠くに投げた理性が呟いていたが、盛り上がっている間はそんな事は露ほども意識しなかった。
代わりに、目覚めた時に襲ってくる腰の鈍痛に、レオンはやれやれと溜息を漏らす。


(喉が渇いたな……)


腰を抱くように絡んでいる男の腕を解いて、のそのそとベッドを抜け出す。
じんじんとした痛みを訴える腰を庇いながら、レオンは寝室を出た。

都会の只中にあるアパートマンションの一室は、街灯や近隣のビルの明りで、真夜中でも電気を点けなくても良い位には明るい。
カーテンもこだわりがなかったものだから、斜光はそれ程強くはなく、それらの光を遮断できる程の能力も持っていなかった。
目覚めたばかりで、夜目に慣れた目は、煌々した電灯の光を嫌うから、これ位の明るさで丁度良いとレオンは思っている。
明るいとは言え、生活するには勿論足りない照度なのだが、お陰で裸の格好で歩き回っても抵抗が沸き難いのもあった。

冷蔵庫を開けると、庫内照明が点いて、レオンの眼をチカチカと刺激する。
開封済みだったミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、口に運びながら、キッチンを見る。
其処には、夕餉後の酒盛りの為、摘まみを作った時の調理道具がそのまま置かれていた。
酒で良い気分になって、そのまま交わりに興じてしまったものだから、フライパンの油から何までほったらかしだ。
暗がりの中で見つけたそれを、今から綺麗に洗う気にはなれなくて、とは言えこのままは朝に面倒が増えるだけだと、レオンは電気ケトルに水を入れた。
一分と少しを待って沸いた湯を、流し台に移したフライパンに注いで、取り敢えずはこれで良しとする。
湯気を立ち昇らせるフライパンに、菜箸とフライ返しも一緒にして、レオンはようやくキッチンを出た。

冷蔵庫の中と違って、少し熱帯夜の温度をまとう外気の所為で、ペットボトルにはもう汗が浮いている。
それを手拭きのタオルで少し拭って、水を飲みながら寝室へ向かう。
すっきりと冷たい液体が喉を通り、まだ残っていた熱の燻りを緩やかに鎮静化させていくのを感じながら、レオンは寝室のドアを開けた。


「ん、」


リビングよりも明るさの足りない寝室で、それでも暗闇に慣れた目は、ベッドの上で起き上がっている人物のシルエットを的確に捕らえた。

闇の中でも映えるように閃く長い銀色を、重怠そうに垂らして、シーツの上で片膝を立てているセフィロス。
何処を見ているのかと言う具合だったその瞳が、ドアの開閉音を聞いてか、ゆっくりと此方へと向けられ、レオンを捉えると、


「……逃げたかと思ったぞ」


薄い笑みを浮かべてそんな事を宣う男に、レオンもくつりと笑う。


「今更そんな面倒な事はしない」
「さて、どうだかな。お前は時々、突飛な事を仕出かしてくれる」
「あんたに言われたくはないな」


社内で考えが読めないと言われる代表者に、そんな事を言われるとは。
中々の不本意だと言ってやると、セフィロスからは「お前の自覚が足りんだけだ」と返される。
この場に共通の友人たちがいれば、口を揃えて「どっちもどっち」と言ったのだろうが、当人たちにはやはりそんな自覚はないのであった。

レオンがペットボトルを手にベッド前まで戻ると、セフィロスの腕がレオンの腕を捕まえた。
引き寄せる力に逆らわらずにレオンが倒れ込めば、しっかりとした胸板に飛び込む形で拾われる。


「最初にセックスをした時、夜中に逃げ出したのはお前だっただろう?」
「酔った勢いでやったんだぞ。逃げたくもなるだろう」
「それは不誠実と言うものじゃないか」
「相手が女ならそうだっただろうな。流石にそれなら俺も責任を考えるさ、逃げはしない。でも、あんただぞ?責任云々より、恐怖が勝とうってものだろう」


触れそうな程に近い距離で交わされる会話は、戯れだ。

どういう経緯だったか、酒の所為であった事だけは確かで、未だにレオンは詳細をはっきりと思い出せはしないのだが、二日酔いの気配と一緒に腰の鈍痛で目覚めた時の混乱と言ったら。
更には横に寝ているのが、異性の同僚や上司と言うならまだしも、同性の同僚だなんて、何の事故かと思うだろう。
確かに悪しからず思っている相手ではあったが、そんな関係になるなんて微塵も想像していなかった訳で、悪戯好きの友人たちが連盟を組んでドッキリを仕掛けたのではないかと思った程だ。
しかし、変に冷静さを取り戻したレオンは、二人揃って裸であること、自分の躰に残る違和感、更には中に残っていたものを自分で確認してしまって、現実から逃げられなくなった。
その末に、相手役となってしまったであろうセフィロスが寝ている間に、いてもたってもいられなくなって、夜半の内から事の場となったのであろう彼の自宅から逃亡すると言う行動に至っている。

アルコールの作用で前後の記憶が曖昧になっていたレオンに対し、セフィロスの方はしっかりと理性を残した上で事に至ったようであった為、目覚めた時にレオンが逃亡していた事は、聊かショックだったらしい。
とは言え、酒の力を借りた事への策略的な後ろめたさは皆無ではなかったようで、後からそれに関しての弁明は貰っている。
その弁明をするまでの間に、レオンとセフィロス───と言うよりはレオンの方が───当分ぎくしゃくとしていたのだが、結局は後輩たち曰く「収まる所に収まった」と言う事になる。

今となっては笑い話になってしまったが、ようやく手に入れられたと思った青年に逃げられてしまったものだから、セフィロスも狼狽はしたと言う。
以来、折々でセフィロスはその出来事を持ち出して、レオンを揶揄ってくる。
初めの頃はそんなセフィロスにレオンも詫びたものであったが、何度も繰り返されるのと、どうやら口で言う程セフィロスが尾を引いていない事も解ったので、言い返す事も辞さないようになった。
それがレオンの遠慮を取り払ったように思えて、セフィロスはまた気に入っている。


「大体、酔った勢いを利用してって言う方が、不誠実じゃないか?」
「話はお前が酔い潰れる前からしていたぞ」
「覚えていないな。証拠を出してくれ」
「録音でもしていれば良かったか。ああ、確かにそれはあるかも知れんな。あの時、お前から誘ったのだと証明にもなる」
「人が覚えてないのを良い事に、デタラメを言うなよ」
「さて、デタラメと言う証拠もあるまい?」
「そう言う事を言うから、あんたの言う事に信用が置けないんだ」


呆れたように言うレオンに、セフィロスはにんまりと口角を上げて見せる。
やれやれとレオンが溜息を吐いてやれば、銀糸の男は満足そうに笑いながら、蒼の眦に唇を当てた。


「お前が逃げたかと肝が冷えたものだから、体も冷えたな。暖になれ」
「よく言う。おい、くすぐったいぞ」


眦から頬へ、首筋へと降りていく、セフィロスの唇。
柔らかく振れたかと思えば、軽く吸い付いたり、悪戯に舌を這わせたりと、むず痒い感触にレオンは身を捩る。
逃げを打つその腰にセフィロスの腕が回されて捕まえた。


「シャワーは……まだか」
「水を取りに行っただけだ。浴びたいなら行ってこい」
「お前も行くなら行こう」
「断る。あんた、シャワーだけで終わらせる気ないだろう」


レオンの言葉に、その胸元に押し付けられていたセフィロスの唇が、判り易く弧を作る。
やっぱり、とレオンが呆れてやれば、ちゅう、と胸の蕾に吸い付かれた。


「っん……!」
「シャワー如きで洗い落とすのは勿体ないだろう」
「うわ、」


腰を抱いていたセフィロスの腕に引っ張られて、レオンの躰が回転される。
どさ、と背中がベッドに落ちて、直ぐにその上へとセフィロスが覆い被さった。


「おい、明日も仕事だぞ」
「判っている」
「さっきもそう言って」
「ああ」
「疲れてるんだが」
「お前はいつもそう言う」


言いながら、セフィロスの手はレオンの肌を滑って行く。
恋人の言う事を全く意に介さない様子のセフィロスに、レオンは何度目かの溜息を吐く。
いつもの事と言えばそうで、それに対抗するようにあれこれ言う自分も懲りないもので、序にそうした遣り取りの末にどうなるかも最早パターンと化している。
結局の所、本気で抵抗すればセフィロスが退く事を判っていながら、別に構わないと思っているのがレオンの敗因であった。

腰を抱いていたセフィロスの手が、レオンの下肢へと降りていく。
引き締まった臀部を撫でた後、指が秘部に近付くのが判って、レオンは意識して息を吐いた。
どうせ、水を多少飲んだ程度で、この体の熱が収まり切ってくれる筈もないのだ。
迎える為に緩く脚を開いてやれば、銀糸の美丈夫が満足そうに笑う。


「日が昇る前には寝たい」
「お前次第だ」


セフィロスの言葉に、なんでそうなる、とレオンは思うが、問うても大した返事はないだろう。


「明日は会議があるんだぞ」
「午後の話だろう。影響はないさ」
「あんたが無茶してくれなければな」
「俺は最大限労わっているつもりだが?」
「俺の体の痛みがなくなってから言ってくれ」
「柔軟でもすれば良いんじゃないか」
「適当な事を」


レオンの不満げな一言に、セフィロスも自分の応答が適当であった自覚はあったようで、くつくつと笑う気配がする。
それがまたレオンにとっては、付き合う以前からある彼の余裕振りを体現するようで、聊か不満な所ではあった。

だが、そんな一時の不満は、唇に触れる指先の感触で溶ける。
顎を捉えられて固定され、下りて来る唇を静かに受け止めれば、視界に映るのは整った顔とさらさらと流れ落ちる銀糸だけ。
熱に浮かされてみる夢よりも、この光景が一番の夢のような景色かも知れない、と思う。
緩く開いた瞳が、その光景をじいと見詰めていれば、自然と碧の虹彩を宿した瞳とも交わって、


「……なんだ?」
「……いや」


何か思う事でもあるかと、問いかけたセフィロスに、レオンは緩く笑みを浮かべるのみ。
ただ幸福感を噛み締めていたなどと、どうにも恥ずかしくて言う気にならない。
しかし、無駄な事まで察しの良い男は、存外とお喋りな瞳に滲む感情に気付いて、此方も緩く笑みを浮かべた。





『セフィレオ』のリクエストを頂きました。

どっちも悪しからず思っていたのは確かだけど、恋心は自覚してなかったレオンと、自覚していたセフィロスの初々しい(?)擦れ違い事件があったらしい。
拙宅のレオンさんはパニックになるとよく逃げる(恐らくその前にしばらく硬直している)。セフィロスが先に起きてればもうちょっとスムーズにいったかも知れなかった件。
今ではそんな事は笑い話にしてからかい合う位になってるようです。

[セシスコ]君だけのフリック・マジック

  • 2021/08/08 21:50
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


人が戻って来た気配を感じて、スコールはソファを立った。
10人全員が揃っても手狭さを全く感じさせない広いリビングダイニングを出ると、直ぐ正面に玄関がある。
其処には、遠征に出ていたセシル、ルーネス、ティナ、クラウドの姿があったのだが、その有様を見て、スコールは眉間に皺を寄せた。


「ああ、スコール。ただいま」
「……ん。随分酷いな」
「はは」


スコールの言葉に眉尻を下げて笑うセシルは、頭の天辺から足の爪先まで、ぐっしょりと濡れている。
白銀色の髪と鎧は水滴を滴らせ、背を覆うマントも多量の水分を含んで重そうだった。
ルーネスとティナも同様で、クラウドは特徴的な鶏冠の髪がへたっている状態だ。
雨天の多いメルモンド湿原でも、こうまで酷い有様になる事は早々ない、それ位に濡れ鼠だったのである。

くしゅん、と小さくくしゃみを漏らしたのはティナだ。
細身の二の腕を摩るティナに、スコールは急ぎ足でタオルを取りに行った。
脱衣所で大きなバスタオルを四人分用意し、風呂の状態を確認してから、玄関へと戻る。

スコールはそれぞれにタオルを渡しながら言った。


「風呂が入れる状態になっている。冷える前に入るか、着替えた方が良い」
「そうだね……ティナ、先に入りなよ」


秩序の戦士唯一の女性であるティナにそう促したのは、ルーネスだ。
しかしティナは、困ったように眉尻を下げ、


「私だけ?皆は?」
「僕たちは後で入るよ」
「でも冷えているでしょう。皆一緒に入った方が良いんじゃないかしら」
「大丈夫だよ、ティナ。僕らは丈夫だから。さ、行っておいで」


自分だけが先に温まる事、普段からも何かと優先させて貰う事への遠慮を見せるティナだが、ルーネスは勿論、セシルも譲らなかった。
柔い力でティナの背中を押せば、ティナは何度も此方を振り返りつつ、ようやく風呂場へと向かう。

ティナを見送りながら、三人はそれぞれ自分の体をタオルで拭いた。
その姿をなんとなく眺めながら、スコールは玄関の向こうを映す窓を見遣る。
其処にはいつも通りの、薄雲に覆われた空があり、雨雲の気配は感じられなかった。
ここ数時間の事を思い出しても、彼等が全身ずぶ濡れになってしまう程の土砂降りが降った気配はなかった筈だ。

窓の外を見詰めるスコールの胸中を察したか、クラウドがブーツのベルトを緩めながら言った。


「テレポストーンでこっちに戻った時にやられたんだ。直ぐに過ぎてくれるなら良かったんだが、残念ながら」
「風も吹いてなかったからね。雨宿りしても意味がない位酷かったし」
「こっちでは降らなかった?」


セシルの問いに、スコールは首を横に振った。
そう、と短く返してから、セシルは鎧を留めるベルトを外し始める。
がちゃ、がちゃ、と重い金属が外されていく傍ら、クラウドが階段へ向かって歩き出した。


「俺は先に寝る」
「お風呂は?」
「起きたら入る。お前達はティナが上がったら入ると良い」
「ちゃんと着替えるんだよ」


ずぼらな面が多々あるクラウドに、面倒臭がらないようにとセシルが釘を刺せば、クラウドはひらひらと右手を振って返事を寄越した。
スコールはその背中を見送った後、セシルとルーネスからタオルを受け取り、


「あんた達も着替えて来い」
「うん。そうするよ」


スコールの言葉に、ルーネスが頷いた。
鎧は玄関横に乾くまで置いておく事にして、身軽になった体で二人はそれぞれの部屋へと向かう。

セシル達四人が秩序の聖域に戻って来たのは、五日ぶりの事だ。
往復に約二日をかけ、三日間を混沌の大陸の探索に宛てて、ようやくの帰還。
皆大きな怪我をしている様子はなかったが、疲労があるのは当然である。
スタミナ量の為か食事量の多いクラウドは勿論、魔法を主な攻撃手段として用いる面々も中々の健啖家であった。
そんな彼等がようやく帰って来たのなら、今日の夕飯はボリュームを主としたものにした方が良いだろう。

キッチンに入ったスコールは、既に済ませていた夕飯のスープ料理の他に、もう二品ほど追加する事にした。
時間にも余裕があるし、少々凝ったものを作っても良いだろう。
冷蔵庫の中身を確認し、ブロックの肉があったので取り出した。
さてどうしてやろう、と量があるだけに選択肢の多い中から、食べ易さと食べ応えのどちらを重視するかと考えていると、


「邪魔して良いかな」


声が聞こえてスコールが振り返ると、ラフな格好に着替えたセシルが立っていた。
入室の許可を求める様子に、スコールが小さく頷くと、セシルは食器棚へ向かい、グラスを一つ取り出す。


「喉が渇いちゃってね」
「水だけで良いのか」
「何かある?」
「桃」
「良いね。貰って良い?」


スコールはまた頷いて、冷蔵庫を開けた。

昨日、バッツとジタンと共に出先で見つけた桃は、新鮮で瑞々しく、仲間達にそれはそれは好評だった。
見付けた木に成っていたそのどれもが良い熟れ頃の色をしており、大きさはやや小ぶりではあったが、食べ切るには丁度良い。
サイズも考慮し、一人一つ分はあった方が嬉しいだろうと、収穫して帰ったのは正解だった。

どうせセシル以外の分も後で切るのだと、スコールは他の三人の分もカットしておくことにした。
種を取って食べやすい大きさに切っている間に、セシルはグラスに入れた水を飲んでいる。
その喉が動いているのを横目に見て、スコールはふと訊ねてみた。


「あんたは寝なくて良いのか」
「うん。クラウドは、昨日の火の番をしていたからね。それで眠かったんだと思うよ」
「……そうか」


元気ならそれで。
そんな気分で短い返しだけをして、スコールはカットを終えた桃をデザート皿に盛る。
爪楊枝を添えて一皿差し出せば、セシルは嬉しそうにそれを受け取った。


「ありがとう。……うん、甘くて美味しい」


一つ口に運んで、セシルは嬉しそうに言った。
喉を潤す甘露水が随分と気に入ったようで、もう一つ、とセシルは果肉に楊枝を刺す。
疲れた体に甘味も染み渡っているのか、黙々と食べ進めるセシルの表情は柔らかい。

そんなセシルの顔を見ながら、なんとなく、フルーツの似合う男だな、とスコールは思った。
暗黒騎士の鎧を身に纏っている時は、フルフェイスの兜を被っている所為で全く見えない事や、漆黒の鎧から漂う物々しい雰囲気もあって欠片も想像がつかないのだが、彼は非常に甘いマスクをしている。
柔らかくウェーブのかかった銀色の髪や、それと同じ色を携えた長い睫毛、柔らかな眦に高い鼻。
中世的にも見える顔立ちは、スコールの世界であれば、女性受けの良いイケメンモデルとしてスカウトされた事だろう。
女装をさせたら、化粧など必要ない位に、しっくりとまとまってしまうのではないだろうか。
声を荒げる事も滅多にない───と言うより、スコールは戦闘以外で彼のそう言う場面を一度も見た事がない位だ───ので、上品な女性に仕上げる事が出来そうだ。

そんな事を思いもするが、その実、彼の躰は戦士として上等なものに仕上がっている。


(結構いかつい体付きしてるんだよな……)


元の世界では、一個大隊をまとめ上げる隊長を務めていた程の強者だと言うから、人は見た目───顔に寄らないと言うことか。
実際、金属の塊も同然なフルアーマーを身に付けていても、その重みを感じさせない程に素早く動けるのだから、鍛え抜かれた筋肉は伊達ではない。
そう考えると、女装するに当たっては、あの体格をどうに隠さなくては、雑なコラージュにしか見えなくなりそうだ。

ラフな格好をしているセシルであるが、七分に捲った袖から伸びる腕には、筋肉の筋が浮き出ている。
剣を、槍を握る指は、今は小さく細い楊枝を優しく摘まんでいるが、力が入ると手の甲に少し骨が筋張って見えた。
服が薄手のものである為か、胸板の厚みも布越しに判る存在感があった。
年下の仲間達に向ける柔らかな表情とは正反対に、歴戦を潜り抜けて来た証左のように、その体は屈強なのだ。

だからセシルはそれ相応の体重もあって、スコールは彼に抑えつけられると、全く逃げが利かなくなる。
兵の訓練の中で、体術も当然ながら彼は心得ており、人体の急所も頭に入っているので、スコールを捕らえるのにどう言った手段が有効なのか、よく判っていた。
それをピンポイントに捉えられた上に、力と体重で以て確保されたら、スコールはもう彼にされるがままだ。
一見、お人好しにも思える柔和な眼に、雄の熱を宿して覆い被せられると、後はもう────


(……って、何を考えているんだ、俺は!)


いつの間にか頭を支配していた光景に、スコールの顔が真っ赤に沸騰した。
手に包丁を持っている事も忘れて、ぶんぶんと頭を振るスコールを、セシルがきょとんと見詰める。


「どうかしたかい?」
「……いや。なんでもない」


完全にセシルから目を逸らしたまま、スコールは平坦な声で言った。
なんでもない、なんでもない、と胸中で自分に繰り返し言い聞かせながら。

カットした桃を盛った皿に蓋を被せて冷蔵庫に入れ、使った包丁を一度洗う。
改めて夕飯の仕込みに戻ろうと、スコールがブロックの肉の処理についてもう一度考えていると、


「スコール」
「……なんだ」


呼ぶ声に返事をすると、かちゃ、と食器がシンクに置かれる音がした。
取り敢えず下味をつけておこうか、とスコールがシンク向こうの小棚に並べた調味料に手を伸ばした時、するりと細い腰にセシルの腕が絡み付いた。

思わぬ事に固まるスコールを他所に、セシルの掌がスコールの腰のラインを辿る。
大きな掌を開き、広げた五指でスコールの横腹をなぞった瞬間、ぞくぞくとしたものがスコールの背中を駆け抜けた。
褥で感じる触れ方を彷彿とさせるその動きに、スコールは思わず腕を振って背後に立っていた男を睨む。


「あんた……っ!」
「嫌だった?」


潜めた声で咎めるスコールに、セシルはにこりと笑みを浮かべて言った。
全く悪びれもしないその反応に、性質の悪いのが顔を出したとスコールは悟る。

向き合う格好になったスコールの背に、セシルの腕が回る。
抱き寄せられたスコールの肩に、セシルが口元を埋めるように寄せて来るものだから、彼の静かな呼吸が首筋に当たってくすぐったい。
そんな場所にそんな刺激を貰うのは、決まって熱を共有している時だった。
それを躰が覚えているのか、じくじくとした疼きが芯から湧き上がって来て、スコールは唇を噛む。

セシルはそんな少年を、熱と愛しさの灯った瞳で見詰めていた。


「スコール。今夜は、部屋に行っても良いかな」
「な……あ、あんた、帰って来たばっかりだろ。さっさと寝ろよ」
「それでも良いんだけど、ね。久しぶりに君の顔を見たら、やっぱり我慢できそうになくて」


背を抱いていたセシルの片手が離れ、スコールの胸に掌が重ねられる。
どく、どく、と逸る鼓動を感じ取ったセシルの唇に、笑みが浮かんだ。
バレている、とどう足掻いても隠しようもない鼓動の高鳴りに、スコールの顔が益々赤らんだ。

鼓動を聞いていた掌がするりと降りて行き、スコールの薄い腹を撫でた。
其処に収められている内臓の場所を探っているかのように、指先がすす……と腹筋の形を辿る。
やがてそれは、ひたり、と臍の僅かに下の位置で止まった。


「ここに」
「……セ、」
「入りたいんだ」
「……っ…!」


ぞくん、と一層の熱がスコールを襲う。

今、セシルが触れている場所で、何度も彼の存在を感じた。
初めこそ苦しいと思う事の方が多かったように思うが、それも既に遠い話で、今では其処で彼を感じないと物足りない。
彼が長く聖域を離れている間に、一人で寂しさを紛らわせても、其処に彼がいないと思うと余計に虚しくなるだけだった。
それ位に、何度も注がれ、何度も味を染み込ませた場所が、今すぐ欲しいと喚き出す。

腹に触れるセシルの指が離れると、あ、とスコールの唇から意味を成さない音が漏れた。
俯いていた顔をそうっと持ち上げてみれば、うっそりとした笑みを浮かべた綺麗な顔が此方を見ている。
浮かべる笑みはいつも見ているものと変わらないのに、瞳の奥から滲む熱が、スコールの躰を夜のものへと急速に目覚めさせていく。


「良いかな?スコール」
「……っあ……」


耳元で名前を呼ばれて、かかる吐息の感触に、躰が言う事を聞かなくなる。
今ここで彼を欲しがってしまいそうになるのを、スコールは辛うじて残る理性で堪えて、


「………お、れ…が……」
「ん?」
「……俺、が……行く、から……」


こんな躰にされて、彼が今夜来るのを待つなんて、出来る気がしない。
耳の端から首筋まで赤くなって、小さな声でそう言ったスコールに、セシルの指が嬉しそうにその頬を撫でたのだった。





『昼は柔和で優しいセシルの夜の男らしさを思い出して悶々としてるスコールに、夜の誘いをするセシルと、下腹部を指で辿られ耳元で囁かれて期待しちゃうスコール』のリクを頂きました。
大変美味しい指定を細かくして頂いて、でめっちゃ楽しかったです。

セシルって丁寧に触ってくれそうだし、スコールを蕩かしてくれると思ってます。
あとやっぱり世界背景と言うか時代文明的な所からして、色々経験豊富そう。
スコールを掌でコロコロしながら可愛がって欲しい。

[フリスコ]その鳥籠は幻想

  • 2021/08/08 21:45
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF


スコールがアルバイトを始めた時には、少し驚いた。

高校生にして一人暮らしをしている彼は、フリオニールでも知っている、少し豪華なタワーマンションに住んでいる。
其処は彼が一人暮らしをするに辺り、良くも悪くも過保護気味な父親が、「ちゃんとしたセキュリティのある場所に住むのなら」と言う理由をクリアする為に選んだ場所だ。
高校生が住むには贅沢過ぎる物件だから、家賃は父親が出している。
それも父親からの条件だったそうで、スコールは渋々にその物件を選んだと言う。
本当はもっと安い所で、せめて家賃の半分くらい自分のアルバイトで稼いで払える場所が良かったのに、と言うスコールに、全くもって彼の望み通りの安アパートで暮らしているフリオニールは、眉尻を下げて笑うしかない。

こうして高校生になって間もなく、一人暮らしをスタートさせたスコールだが、アルバイトについてはまだ手を付けていなかった。
それは未成年であるが故に親の許しが必要だから、と言うのもあるけれど、一番は彼の通う学校が、特別な理由がない限り生徒のアルバイトを禁止しているからだ。
特別な理由とは、家庭環境に因る金銭的な問題の為、と言うのが凡その所で、幸いと言うべきだろう、スコールにそれは当て嵌まらなかった。
授業時間も七時間目まで組まれており、一般的に高校生が出来るアルバイトの時間を確保するのが先ず難しい。
これじゃあ諦めるしかない、と不満そうな顔で呟いていたのを、フリオニールは知っている。

────そんなスコールがアルバイトを始めたなんて、一体どうして、と思うのは当然だ。
それはフリオニールだけでなく、彼と同じ学校に通っているティーダも同じだった。
先ず生活背景からして必要ない話だし、学生の本文は学業だと言う学校の方針にも、不満を訴えつつも納得はしていた。
ティーダから話を聞いた時には、何かの間違いじゃないかとフリオニールは思っていたのだが、深夜のコンビニで偶然彼が働いている所に出くわした。
高校生が深夜のアルバイトのレジ打ちなんて、色々と駄目だろう、とはお思うが、バレなければ良い、と考える大人はいる。
その大人が先ず駄目な訳だが、一年前にはフリオニールも同様の手段で居酒屋のアルバイトを遅くまでやらせて貰っていたので、これについては咎め辛い気持ちがある。
だが、フリオニールは孤児であり、高校生になった時点で養護施設を出て、金銭的支援の手を持っていなかったから、と言う理由があった(勿論、それでも本来は許されないのだが)。
だが、スコールにそう言った理由がないのは明らかで、強いて言うなら「父親に知られたくない事情」が出来たからではないか、と推察される。
そして、フリオニールやティーダのその想像は当たっていた。

スコールには、大学生の恋人がいる。
どう言う経緯で知り合ったのかはフリオニールの知る由ではなかったが、“深い仲”にまで行っているとティーダから聞いた。
ただ、その話をした時、ティーダがなんとも苦い表情を浮かべていたのが気になった。


『別にさぁ、スコールの交流関係に口出せる立場じゃないんだけどさ。あいつは辞めた方が良いと思うんスよ。悪い奴じゃないとは思うんだけどさ、でも…でもなぁ……』


スコールがいない場所で、ティーダはそう愚痴を零していた。
基本的に人懐こく、性善説を前提にしている所のあるティーダが、そんな事を言うのは珍しい。
かなりやんわりとした言い方ではあったが、彼がスコールとその恋人の仲を良く思っていないのは確かだった。

フリオニールは、スコールの恋人に逢った事はない。
ティーダが彼から聞いた話を股聞きにして、パーソナルな部分は幾つか知っている。
フリオニールより年上の大学三年生であること、スコールと知り合ったのは図書館で、よく同じ本を借りるので話が合い、彼の方から交流の切っ掛けを作った───と、この程度だ。
同級生のティーダとすら、中々自分から交流を持とうとしなかったスコールである。
図書館で偶々逢っていただけの人物と、まさか恋人同士になる程、深い仲になるなんて、誰が考えられただろう。
アプローチがあったのは間違いなく相手の方だろうから、スコールがそれに嫌悪を覚えなかったと言うことは、スコールの方も案外満更ではなかったと言うことだろうか。
前述の通り、フリオニールはスコールの恋人の顔も知らないので、其処は想像するしかない。

だが、どうもその恋人と付き合うようになった頃から、スコールの様子が可笑しい。
ティーダからそれを聞いて、フリオニールも彼の事が心配になった。
しかし、大学生になったフリオニールは、日中のスコールの様子と言うのが判らないし、自分のアルバイトもあって中々彼と接触の機会が持てない。
なけなしの時間を捻出して、彼がアルバイトに入っている深夜のコンビニに、なんでもない買い物をしに行って様子を伺う位しか出来なかった。

────が、そうしている間に、「スコールが学校で倒れた」とティーダから連絡があった。
ここしばらく、スコールは体調を悪くしていて、それでも学校を休む事はせず、更にはアルバイトの日数も増やしていると言う。
昏倒の原因は間違いなく寝不足にあると言う。
真面目な気質と成績優秀で知られたスコールであったが、ここしばらく、成績の低下傾向もあるらしい。
進学校にいる生徒が、授業についていけなくなったり、そうでなくとも某かのストレスによって、突然バイオリズムを崩したように成績不振になると言うのは、彼の学校ではそれほど珍しくはないとか。
担任教師も、スコールが今回それに当たってしまったのだと判断したか、当分は休む事に専念するようにと促す程度で済んだようだが、ティーダは他に原因があると言う。

その“原因”について詳しく聞く為に、フリオニールはスコールを自宅へと呼んだ。

他人のテリトリーに入る事に、スコールは強い拒否感を持っている。
だから最初は、フリオニールがスコールの家に行こうかと思ったのだが、ティーダから「それ、今は止めた方が良いっス」と言われた。
では何処か店でも、と思ったが、話す内容を考えると、赤の他人であろうと人目がある場所は憚られた。
結局、スコールに断られる事も想像しつつ、此方に来てくれないかと頼んだ所、思いの外直ぐにスコールは頷いた。

約束の当日、フリオニールはアルバイトを終えると、真っ直ぐに最寄りの駅までスコールを迎えに行った。
住所を知らない訳ではないから、迎えは要らないと言われたが、どうしても心配だったのだ。
ティーダから聞いている話が事実であれば、其処まで来ても、スコールがUターンしてしまう可能性がある。
そうならない、そうさせない為にも、フリオニールはスコールを早い内に捕まえなくてはいけなかった。
その判断は正しかったようで、スコールは駅の改札前で、携帯電話を手に佇んでいた。
夏には不似合いな厚手に長袖の服で、このまま改札を通るか、ホームに戻るか逡巡していた様子のスコールに声をかけると、彼はようやく、改札を潜った。
眼の下に消えなくなった隈を作って、何処かぼんやりとした表情で後をついて来るスコールに、呼び出したのは正解だったのだと悟る。

スコールが暮らしているタワーマンションとは、月とスッポンと言われても仕様がない、築50年は経とうかと言う建物が、フリオニールの暮らすアパートだ。
数年置きに改修が行われているので、築年数の割には綺麗に管理されている方だが、作りの古さはどうしようもない。
部屋の中は、一人で過ごしていても少し手狭に感じる位の坪数しかないから、来客が来れば尚更だった。
その真ん中に食事用にと設置したローテーブルと、安い座椅子が2つ。
其処にスコールを座らせて、フリオニールは熱い炎天を歩いて来た彼の為に、冷たい麦茶を淹れた。
氷を浮かせたそのグラスが、効きの遅いクーラーでゆっくりと冷やされる間に、カラリと小さな音を立てる。
スコールは、抱えた膝に口元を埋めて、じっとグラスが汗を掻く様子を見詰めていた。

じっとりと熱気と湿気で背中に汗が流れる中で、フリオニールは重く感じる唇を開く。


「……スコール」
「……」


名前を呼ぶと、スコールはゆっくりと顔を上げる。
単純に遊ぶ為に呼ばれたのではない事は、スコールも感じ取っていたのだろう。
気まずそうに蒼の瞳が彷徨い、それでも真面目さからか、おずおずとその目はフリオニールを見た。


「今、人と一緒に暮らしてるって聞いたけど、本当か?」
「………」


フリオニールの問いに、スコールの肩が小さく揺れた。
ジジジ、とアパートの庭の木に止まったセミが煩い羽音を鳴らす中、スコールは俯いて、小さく頷く。


「それは、ラグナさんは知ってるのか?」
「………」


ラグナは、スコールの父親だ。
スコールは彼と余り積極的な連絡を取る事を良しとしていないが、同居人が出来たのなら、それはちゃんと父親にも話すべきだろうと思う。
“恋人”が出来た事を父親に話す───それも相手は同性───と言うのは、かなりハードルの高い事ではあるが、あのマンションの家賃を払っているのは父親である。
元々、スコールが健全で安心できる生活が送れる事を願っての条件であった訳だから、その信頼を守る為にも、同居人の事情を説明するのは義務ではないだろうか。

訊ねたフリオニールに、スコールは答えなかった。
俯いたまま、膝に額を埋めて顔を隠してしまうのが、事実を物語っている。

父親に恋人の事を秘密にしているのは、致し方ないとは思う。
家族のいないフリオニールにとって、秘密にする意味は想像するしかないが、ラグナの過保護さを聞き及んでいるから、その干渉を嫌うスコールが沈黙しようとするのは無理もないだろう。
そして、スコールが恋人とどういう風に過ごしているのか、またそれをラグナに伝えるべきか否か、本来ならフリオニールが口を出す事ではない事も、判っているつもりだ。

だが、フリオニールがティーダから聞いた話はそれだけではない。


「…一緒にいるのって、スコールの恋人なんだろう」
「……」
「ティーダから聞いてる」
「……」


じゃあなんで聞いたんだ、と蒼がちらりとフリオニールを見遣る。
知っていて問いばかりを投げたのは、スコールの反応から、それが本当かどうか確かめたかったからだ。
が、スコールにとっては、判り切った上で詰問されたようで棘を感じたのだろう。
蒼の瞳が睨むように此方を見ていたが、フリオニールは気圧されないようにと呼吸を整える。


「…その恋人、大学生だった筈だよな。でも、今は学校に行ってないって聞いた」
「……」
「借金を作って辞めたって」
「………」
「だからスコールがアルバイトを始めたって」


膝を抱えるスコールの腕に力が籠る。
あいつ、と小さな声で苦々しいものを吐くのが聞こえた。
恐らく、フリオニールに全ての事情を打ち明けた、ティーダに対してのものだろう。
だが、そのティーダに───何処までなのかは判らないが───事情の一端でも打ち明けたのはスコールであったから、巡り巡って来たものに違いはない。

フリオニールは、ともすれば声を荒げてしまいそうになるのを堪え、努めて平静な声で言った。


「学校で倒れたって聞いたよ。寝不足だろうって。あのコンビニのアルバイトも、随分遅い時間まで入ってるみたいだし、ちゃんと寝てるのか?」
「……寝てる」
「どれくらい?」
「………」


此処にきてようやく返事をしてくれたスコールに、フリオニールは続けて訊ねた。
また口を噤んで目線を反らす少年の様子に、つい溜息が漏れてしまう。


「俺もアルバイトで寝不足になる事はあるけど……そんなに頑張るのは駄目だ。お前の体が壊れてしまうぞ」
「……平気だ。大体、倒れたって大袈裟なんだ。ちょっと眩暈がしただけで」
「保健室に運ばれるまで目を覚まさなかったってティーダが言ってたぞ」
「だから、それが大袈裟で……」


反論した傍から看破されて、スコールの声はまた萎んで行く。
自分で言っていて、その言い分に無理があると判っているのだろう。

じっと見つめるフリオニールから逃げるように、スコールは顔を伏せる。
放っておいて欲しい、と言う気持ちが全身から滲んでいるのが判ったが、此処で彼を解放してはいけない。


「スコール。恋人が大変そうだからって、それを全部肩代わりするような事をするのは良くない。向こうは楽になるかも知れないけど……スコールにはスコールの生活があるだろ。それを犠牲にしちゃいけない」
「してない。授業は出てるし、課題も全部出してる。バイトは……平気だ。問題ないから」
「スコール!」


あくまで自分は平気だと貫こうとするスコールに、フリオニールは堪らず声を大にした。
フリオニールが激昂すると思っていなかったのか、びくりとスコールの肩が跳ねる。
それを見た瞬間、しまった、と血の上り易い自分に辟易したが、スコールの長袖の縁から覗くものを見付けて、またフリオニールの頭が熱くなる。

フリオニールはスコールの手首を掴んだ。
手まで出て来ると想像もしていなかったのだろう、何、とスコールの眼に怯えた色が灯る。


「これ、なんだ。スコール」


袖を捲り上げて露出させたスコールの腕には、鬱血の痕があった。
誰かが強く掴んだと判る手形と、それに重なるようにして、細いものが括り付けられ擦れたような痕。
日常生活で絶対にある筈のない痕跡に、問い詰めるフリオニールの声が低くなる。

スコールは瞠目し、蒼くなっていた。
不味いものを見られたと、そう語る表情に、フリオニールは歯を噛む。


「誰がやったんだ」
「フリオ、」
「こんな事されてるのに」
「違う、フリオ」
「まだ庇うのか?」
「違う!」
「違わない!」


フリオニールが断定した事を、スコールは否定した。
しかし、涙を浮かべた瞳が、それが事実であると曝している。

────スコールの恋人となった男は、春の初めに、借金を負わされた。
友人であった筈の人からさ唆されたのだと気付いた時には既に遅く、友人は雲隠れし、借金とその取り立てに来る強面だけが残った。
籍を置いていた大学にまでやって来る強面たちに追い詰められた恋人は、スコールに助けを求めた。
初めは警察に言うべきだとスコールも言っていたのだが、そんな事は取り立て屋も判っているから見張っている、捕まったら殺されると言われ、仕方がないので避難所として自宅に上げた。
セキュリティがしっかりとしているので、迂闊な事をしなければ、取り立て屋はタワーマンションの中までは入って来ない。
しかし、何処で関係を聞きつけて来たのか、取り立て屋の矛先はスコールへと向かった。
恋人本人が借金を返せないなら、スコールから回収しようと画策するようになる。

それでも知らぬ存ぜぬを貫くつもりだったスコールだが、脅しに慣れた大人達は、スコールの家族まで脅すと言い出した。
父ラグナに事の次第を話せば、彼は助けてくれるかも知れないが、そんな事で父親を頼りたくなかった。
それは下らないプライドや父への見栄ではなく、唯一無二の家族である父親に、危険な目に遭って欲しくなかったからだ。
金を払えば取り立て屋は満足するかも知れないが、味を占めた男達が次の欲求を吹っ掛けて来る可能性もある。
だが、恋人の方は、それでも良いとすら考えるようになっていた。
自分が背負ってしまった借金さえ消えるなら、形振り構わなくなっていたのだ。
頼むから助けてくれ、と縋る恋人に、スコールは情けないと思いながらも、彼が頼れるのは自分だけなのだと思うと、無碍にそれを振り払う事も出来なかった。
だが、父親を頼る事はしたくない。
それだけは、と言う気持ちで、スコールは恋人の借金を自分が返すと言う選択を取ってしまった。

スコールが寝る間も惜しみ、第一に優先していた筈の勉強も後回しにして、アルバイトを優先するようになったのは、そんな理由があった。
だが、それだけでスコールの躰に残された痕跡の理由にはならない。
再度、それをフリオニールが問い詰めれば、スコールは俯いたままで言った。


「あいつの……機嫌が…悪かっただけだ……」
「そんな事で、こんなひどい事するもんか!」
「俺が悪いんだ。あいつが嫌がる事を言ったから……それさえしなきゃ、こんなこと」


スコールの恋人は、元々、それ程気が強い人ではなく、どちらかと言えば流され易い方だったらしい。
そんな人間が借金苦になり、取り立て屋に追い回されれば、程無く追い詰められ疲れ果てるだろう。
そんな恋人を匿ってから、彼はどんどん卑屈になって行き、援ける為に匿ってくれた筈のスコールに対し、酷い束縛するようになって来たと言う。

初めは、取り立て屋に追われる恐怖から、スコールと言う縋るものを求めて、傍にいて欲しがっていた。
一人で待っているのが不安になるのは無理もないだろうと、スコールも授業が終わると直ぐに帰宅した。
お陰で少しずつ落ち着いてはきたのだが、その矢先に出掛けた恋人が掴まったのだ。
恋人は益々恐怖に支配され、ヒステリックになって行き、スコールが家にいないと鬼のように電話をしてくる。
脅しの所為でアルバイトを初めてからもそれは悪化して行き、誰の為にスコールが休む暇すらないのか忘れたのかと思う程、露骨な束縛が始まった。
ではスコールが家にいれば落ち着いているのかと言うと、そうではない。
密かな同居が始まって間もなく、不安ばかりで眠れない彼を宥めている内に、体の関係を持った。
一度垣根を越えてしまった所為か、その頻度は日に日に増えていく上に、行為の最中は物理的な束縛まで伴われるようになる。
勿論、スコールは望んでいない事は嫌がったが、拒否の言葉を口にした瞬間、彼は烈火のように喚き出すのだ。
落ち着かせるにはスコールが耐えるしかなく、彼が求めることを全て受け入れ、応じて、ようやく恋人は納得する。

────想像していた以上に、スコールの生活は悲惨なものになっていた。
スコールの家に行ってはいけない、と言ったティーダの言葉の意味がよく判る。
迂闊にフリオニールが踏み込んだら、癇癪を起した恋人が何を言い出すか、その所為でスコールがどんな目に遭ったか、考えるだけでフリオニールは怖気が走る。

痣の残る手首を隠すように蹲るスコールと、怒りと苛立ちを歯を食いしばるフリオニール。
そんな二人の耳に、ヴーッ、ヴーッ、と言う音が聞こえる。
スコールがびくりと体を震わせたのを見て、鳴っているのが彼の携帯電話だと判った。


「あ……」
「貸せ!」
「!」


条件反射のようにポケットに手を伸ばそうとするスコールに、フリオニールはその手を掴んで阻んだ。
そのままスコールのズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、液晶画面にはフリオニールの知らない名前が映っている。
スコールの恋人からのもので間違いないだろう。

フリオニールは、携帯電話の電源を切った。
ぷつん、と暗くなった液晶画面を見て、スコールの顔から血の気が引く。


「あんた、何してるんだ!」
「こっちの台詞だ。出るつもりだったのか?」
「俺の勝手だろう!返せ!」
「駄目だ!」


携帯電話を取り返そうと手を伸ばすスコール。
その手から腕を逃がすフリオニールの目に、蛇のように赤い痕のあるスコールの腕が見えた。

電源の落ちた携帯電話を遠くに放り投げて、フリオニールはスコールの腕を掴む。
掴んだ手首がいやに細くて、彼の不健康さが如実に感じられた。
スコールは手首を握る手の強さにか、怯えたように硬直して、唇を震わせる。
フリオニールはそんなスコールに、ぶつけるようにキスをした。


「んぅ……っ!?」


蒼の瞳が見開かれ、パニックになって彷徨う。
じたばたと暴れる躰を、フリオニールは体重を使って押さえ付けた。
混乱して涙浮かべる蒼の眦に、自分が酷い事をしている自覚はあったが、それでもフリオニールは止まれなかった。
これで良いんだと、自分が我慢すれば良いんだと思考停止しているスコールを、これ以上地獄の中にいさせる訳にはいかない。

技術も何もある筈もない、噛み付くようなキスだった。
絡めた舌から逃げようとするスコールを追っている内に、口付けは深くなって行く。
息苦しさで次第にスコールの抵抗が弱くなって行くと、ゆっくりと抑える力を緩めて行った。


「……は…ん…、ん……っ」
「ん…む、あ……っ」


引っ張るように誘い出した舌を、ちゅう、と吸えば、スコールの喉奥から甘い音が漏れる。
唾液を引きながら解放すると、スコールの躰から力が抜けて、くたりと腕が床に落ちて、


「……なん…で……?」


どうしてキスをされたのか、まるで解っていない様子で、スコールが小さく言った。
真意を求めるように、蒼灰色の瞳がフリオニールを見上げる。

理由を口にするのは、簡単なようで難しかった。
自分さえ我慢すれば良いと、人身御供のようなスコールの言動に苛立ちもあったし、それに甘えて彼を好き勝手に扱う恋人にも怒りを覚えている。
そんな男の下にスコールを返したくなかったし、彼を苦しめるすべてのものをぶち壊したいと言う物騒な衝動も沸き上がった。

弛緩した少年の躰を抱き締めて、もう一度唇を重ねる。
言葉の代わりの熱が、そっくりそのまま、彼に伝わる事を祈った。





『ダメ彼氏に依存しているスコールを奪うフリオニール』のリクを頂きました。

懐に入れてしまうと危険度判定がガバガバになるスコール、想像し易くて大変美味しい。
このままではどっちも駄目になるとは思いつつも、相手に縋られると強く跳ね返せないんですな。それも自分しか頼れる相手がいない、となると尚更。
フリオニールは色々心配で口を出しはするけど、相手が本心から望んでの事ならそれは止めない。しかし今回のスコールの行動は、あくまで相手に合わせての事な上、疲労もあって「それで良い」と自分に言い聞かせようとしているのが判るので許せなかったのです。
このダメ彼氏、落ち着いていれば普通のちょっと気の弱い男で済んだんだと思う。しかし友人の裏切りから始まってどんどん追い詰められ、悪い本性的な部分が強化された上に表面化した模様。でもスコールはこれまでの付き合いからのバイアスもあって切り捨てられなかった、って言う感じ。

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