サイト更新には乗らない短いSS置き場

Entry

2023年08月

[8親子]なないろ夏模様

  • 2023/08/08 21:20
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



最近のスコールは、“なんでも自分でやりたい期”だ。
兄や姉がやっている事は勿論、母や父がやっている事も、真似してみたい。
例えば、換気の為の窓の開け閉めだったり、玄関口の施錠だったり、遊んだものを片付けする時も、自分でそれをやりたがる。
元々が怖がりで余り積極的な性格ではないのだが、今はそれを飛び越えて、好奇心と、ちょっとした自立的自我が芽生えているのかも知れない。

今日のスコールは、母レインが庭の花壇に水やりをしているのを見て、「ぼくもやりたい」と言った。
レインはそんなスコールに、シャワーノズルを取り付けたホースを渡した。
母が丹精込めて育て整えた花壇は、リビングの窓から毎日見ることが出来る。
手入れをしている所も、リビングからよく見ているスコールだから、彼は心得たように、花壇全体に満遍なく水を与えている。


「お花さん、お水ですよー」


舌足らずに言いながら、スコールは両手で握ったシャワーノズルを、右へ左へとゆっくり動かす。
さらさらと降り注ぐ雨が、夏の暑さに辟易していた草花の葉を濡らし、陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
レインはそんな末っ子の様子を都度確認しながら、花壇の端に根を張った雑草を抜いて行く。

スコールはホースと花壇の段差に足を取られないように気を付けながら、少しずつ横に移動していく。
低木の下に添えて植えられた草にも、スコールはきちんと水を遣る。
地植えなのでそれ程丹念な水遣りが必要と言う訳ではないが、今夏の熱さは地面の中まで熱される程の気温が続いているから、草木の根元にはしっかりと水を与えねば。

みんみんみん、と低木の幹に取り付いた蝉が、騒がしく羽根を震わせている。
夏だなあ、とレインが滲む汗を拭っていると、


「あ、ちょうちょ!お母さん、ちょうちょいる!」


見て見て、と呼ぶ声にレインが顔を上げれば、花壇の奥を指差しているスコールがいる。
其処には白い蝶がひらひらと羽根を躍らせ、蜜を探して花から花へと遊んでいた。
レインはくすりと唇を緩め、見て、と何度も訴える息子に、うん、と頷く。


「きっとご飯を探しているのね。ちょうちょさんを濡らさないように気を付けてあげてね、スコール」
「うん!ちょうちょさん、ご飯いっぱい食べていってね。お花にお水あげるから、気を付けてね」


飛び回る蝶に話しかけながら、スコールはシャワーを花に向ける。
花の上を渡り飛ぶ蝶を濡らしてしまわないように、低くしゃがんで腕を伸ばし、シャワーノズルを花の根元近くに寄せている。
緑色の葉に水滴を散らしながら、花の根元はたっぷりと潤った。

レインが花壇半分の草取りを終えた所で、玄関の方からきゃらきゃらと元気な声が聞こえて来た。
見れば、リビングで夏休みの課題をしていた二人の子供が、監督役をしていた父ラグナと共に此方へやって来る所だった。


「スコールー!」
「あっ、お姉ちゃん!」


早速弟を構いに行く姉に、スコールがぱあっと嬉しそうな表情を浮かべる。

駆け寄ったエルオーネに、何してるの、と聞かれたスコールは、お花にお水あげてるの、と答える。
そんなエルオーネを追って二人の下に合流する兄レオンは、日に焼けて赤くなったスコールの頬を労わるように撫でた。


「ほっぺが真っ赤だぞ、スコール。暑いだろう」
「平気だよ、ぼく」
「そうか。でも少しお茶を飲もうな、おいで」
「お花のお水、まだ全部あげてないよ」
「じゃあ私がやっといてあげる!」
「やあ、ぼくがやるの」


ホースを引き取ろうとしたエルオーネに、スコールは剥れた表情を浮かべて、ホースを遠ざける。
最近のスコールはこんな事が多くて、エルオーネは困った顔で兄を見上げた。
レオンは苦笑しつつ、屈んでスコールと目線を合わせ、


「スコールがお茶を飲んだ後で、またお花にも水をあげよう。エルオーネも一緒にな」
「…ぼく、お茶、いい……」
「ダメよ、スコール。またくらくらしてご飯が食べられなくなっちゃうよ」


スコールは素直で、いつも兄姉の後ろをついて来るのが常だった。
だから家族が促す事を拒否することは滅多になかったのだが、最近はこうやって、ちょっとした我儘を言うことが増えている。
それをレオンは宥めつつ、エルオーネは叱りつつ、まだまだ無茶の効かない子供が体調を悪くしないように、誘導する事に苦心していた。

むう、と拗ねた顔をしているスコールだったが、父ラグナがホースの元栓に近付いて、


「おーい、水止めるぞ~」
「ぼくがやる!」


ラグナの声に、スコールははっとなって声を上げた。
持っていたホースを兄に渡して、小さなコンパスをぱたぱたと動かして父の下へ。
僕が、僕が、と言うスコールに、ラグナは笑顔を浮かべて、ホースに繋いだ蛇口の栓を譲った。

レオンの手に握られていたシャワーノズルから水が止まる。
ありがとな、とラグナに頭を撫でられて、スコールは嬉しそうに笑った。

レインは雑草を抜く手を止めて、子供たちと一緒にリビングと繋がる吐き出し窓へ向かう。
窓辺の内側には、琥珀色の液体と氷の入ったグラスが五つ。
窓を開けてそれを運び出す間に、三人の子供は、末っ子を真ん中に挟んで、窓辺のウッドデッキをベンチに座った。
一つストローの入ったグラスがスコールのものだと差し出せば、スコールは両手でそれを持って、早速ちゅうっと吸い込む。


「つめたぁい」
「お茶おいしいね。飲んで良かったでしょ?」
「うん」


いい、いらない、と言っていたことなどすっかり忘れて、スコールはストローを食む。
兄と姉が勉強をしている間、母と一緒に外にいたので、体内の水分は汗ですっかり減っていた。
それをきちんと補給すれば、体も程好く冷気が回り、小さな体の健康も守られる。

三人並んで水分補給をする子供たちを眺めながら、レインとラグナもグラスに口をつけた。
末っ子と一緒に庭にいたレインには、よく冷えた水分が染み渡るように美味く感じる。
首にかけていたタオルで滲む汗を拭きながら、レインは「あっちいな~」と何処か楽しそうに言う夫に訊ねた。


「二人の宿題はどう?」
「ああ、順調だよ。二人とも頭良いからなぁ、俺が教える必要もない位」


夏休みに入ってから、レオンとエルオーネは、一日の決まった時間に宿題を熟している。
まだ夏休みの始まりと言うこともあり、やる気もあるお陰か、今の所は予定に沿って消化されているようだ。
判からない所があれば父に教えて貰う、と言う助け舟は用意されているものの、元々真面目で成績優秀なレオンと、弟の見本になろうと奮闘しているエルオーネである。
時折苦手な設問に手は止まる事があっても、投げ出す事もなく、決まった時間になるまでは勉強に向き合う癖は出来ていた。

子供たちの水分補給が終わり、スコールが花の水遣りを再開すると言う。
もう勉強には飽きてしまったエルオーネも一緒だ。
花壇の縁に置いて来たシャワーノズルの下へ向かう妹弟に、レオンは蛇口の方で待機して、二人がノズルを構えるのを待ってから水を出した。


「スコール、あそこ、あそこにお水届いてないよ」
「んぅ、遠いよう」
「レオン、お水もっと出してー!」
「出してえー!」


声を揃えて訴える妹弟に、レオンはくすくすと笑いながら、水の勢いを強くする。
しゃああああ、と沢山の水滴を散らすシャワーに、きゃあ、と高い声を上げながら、二人は水遣りを続けた。

グラスを空にしたラグナが、蛇口の横に立っている長男に声をかける。


「お前も行っといで、レオン」
「うん」


水の傍で遊ぶ幼子たちは、涼しそうで楽しげだ。
レオンもその傍に行きたい気持ちはあって、父の言葉に促されて、二人の下へ向かう。
代わりにラグナが蛇口の傍に立って、子供たちの様子を見ながら、水の勢いを調節する。

花壇の水遣りが終わっても、スコールたちは中々ホースを手放さなかった。
冷たい水が齎す冷気が、この暑い夏には心地良いのだから無理もない。
そんな妹弟に、レオンはシャワーノズルの口を捻って、吹き出し口の形を変えた。
すると、それまで如雨露のように出ていた水が、小さな小さな霧飛沫になって出て来る。
それをレオンは、スコールの離れない手を重ねて握って、頭上に向かって放水を始めた。


「きゃあ、つめたーい!」
「気持ち良いー!」


降り注ぐ細かな霧飛沫は、太陽の熱で熱くなった空気を冷やしてくれる。
日差しで火照った子供たちの柔肌には、それはそれは心地良くて、二人は高い声を上げながら、霧雨の下をぐるぐると駆け回った。
その雨の真ん中にいるレオンも、心なしかほっとしたように、冷えた空気の感触を堪能している。

きらきらと輝く水のカーテンの中で楽しそうな子供達に、レインはやれやれと眉尻を下げ、


「服がびしょびしょになっちゃうわね。後で着替えさせなくちゃ」
「そうだなぁ。三人は俺が引き受けるから、レインも着替えた方が良いんじゃないか。汗びっしょびしょだろ?」
「そうね。もう、草取りをしているだけなのに、汗が止まらないんだもの」
「お疲れさん。お茶、まだいるか?」
「ううん、大丈夫。後は皆とおやつの時にね」


レインの言葉に、そっか、とラグナは言って、蛇口を捻る。
水の勢いが更に強くなって、子供たちの頭上を覆うように霧雨が降り注いだ。


「きゃー!」
「冷たいー!」
「あははは!」


すっかりはしゃいだ声をあげる幼子に、両親の口元も緩む。
昨年買って存分に遊んだビニールプールを出してこようかな、と水に親しむ子供達を見て思っていると、


「あっ、虹!」
「お兄ちゃん、虹ー!」
「ああ、よく見えるな」
「おとうさーん、おかあさーん!」
「見て見て、虹があるのー!」


頭上で輝く太陽が齎す光が、散りばめられた水滴の中で幾重にも反射して、七色の橋がかかる。
それを見付けたスコールとエルオーネがはしゃぎ、軒下で見守る父母へと報告した。

見て見て、と指差す二人が見ているものは、同じ場所に立っている訳ではないレインとラグナからは確認できない。
二人と一緒にいるレオンもそれは理解しているだろうが、彼ははしゃぐ妹弟に水を差す事はしなかった。
それは父母も同様で、「ああ、綺麗だな」と言ったラグナに、スコール達は嬉しそうに笑うのだった。



レオン12歳、エルオーネ8歳、スコール4歳くらい。
暑い時の水遊びは楽しいもんです。

[ラグレオ]イレブンシズ・コーヒー

  • 2023/08/08 21:15
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



何度目かになる、共に迎える朝は、少しの気怠さを滲ませながらも、心地の良いものだ。

普段は決まった時間には自然と目が覚めると言う青年───レオンは、どちらかと言えば遅くに起きるラグナの隣で、まだ夢の中にいる。
すぅ、すぅ、と規則正しく聞こえる寝息に、彼の眠りが健やかであると分かって安心した。
恐らくはあと一時間もすれば目を覚ます程度の睡眠だとは思うが、それならば尚更、起こしはすまいとラグナは静かに彼の目元にかかる前髪を撫で上げる。
んん、と小さくむずがる声が漏れるものの、直ぐにまた穏やかな寝息が聞こえ、ラグナの唇が緩む。

時計を見れば午後10時前で、朝食を取るには聊か遅いし、昼も遠くない。
食べるなら軽いもので良いなあと思いつつ、このまま食べずに惰性に過ごし、昼を迎えるのも悪くないだろう。
そもそも冷蔵庫の中身は真面だったろうかと思ったが、昨晩の残り物がある筈だと思い出した。
パンも買い置きのものがあるから、空き腹で買い出しに行く必要もないだろう。

身動ぎに衣擦れの音が聞こえて、ごろん、とレオンが寝返りを打った。
縮こまるように丸くなった青年の手が、転がった拍子で、ラグナの膝に乗せられる。
偶然なのだろうが、それでも甘え下手な青年が身を寄せてくれた事が嬉しくて、ラグナはその手に自分のそれを重ねた。
ぴく、と形の良い指先が震えたので、緩く握って温めてやると、柔く握り返す感触があった。

共に良い年の大人であるから、日々は何かと忙しいものだ。
レオンは若手の中でもチームリーダーを任される事が多い為、あちこちから仕事が回って来る。
レオンは始業の時間になる前からオフィスに入り、夜の間に上がって来た案件などを総浚いしたりと、ラグナよりもよっぽど手が埋まっている事も多かった。
そしてラグナの方も、会社役員としてあちこちに顔を出さねばならない事が多く、移動の車の中で大急ぎでコンビニの握り飯を胃に突っ込んでいる。
二日前までは海外に出張していた所で、其方でもスケジュールが朝から晩まで詰められていた為、息が抜けたのは飛行機の中だった。

そんな毎日を送っている中で、ようやく取れた休みの朝だ。
昨晩、久しぶりの温もりに、存外と甘えてくれた青年を見て、ラグナも年甲斐もなく熱を上げた。
明日の事も忘れ、お陰で普段よりも回数が増えて、ラグナは今になって少々体が痛かったりする。
自分がこうなのだから、若いとは言え負担の多い役のレオンはもっと大変だろうと、ラグナは疲労を訴える腰を宥めながら、食事の準備は自分がしようと考えていた。


(これから食べるんだったら、シリアル位で済ませるのが良いよなぁ。でも果物とかも欲しいな)


あと二時間もすれば、時間としては昼食の頃合いだ。
とは言え、今日丸一日が休みであることを思えば、正午を過ぎてゆっくりとランチをしても良いだろう。
レオンの体に障りがなければ、街へと出かけて、気になっている店へ食べに行くのも悪くない。

いや、昼はどうにでもなるから構わないのだ。
それよりも、朝食と言うのは一日の活力だから、しっかり食べておかなくては。
こう言う所はレオンよりもラグナの方がしっかりと意識しており、軽くても良いから何か栄養は入れておいた方が良いと思っている。
レオンは日々の忙しさもあって、ついつい其処を後回しにし、そのまま一日何も食べない、等と言うことも珍しくはなかった。
だからラグナは、こうして一緒の朝を迎える時には、きちんと食べさせてやらねば、と思っている。

となると、そろそろベッドを抜け出し、ブランチの準備を始めるべきではあるのだが、柔衣の中からはまだ離れ難い。
その理由は他でもない、傍らですやすやと眠る青年の為だ。


(俺が動いたら多分起きちまうよなー)


眠るレオンは健やかな寝息を零しているが、時間的には既に睡眠は浅くなっている筈だ。
人の気配にも敏感なようで、ラグナが多少の身動ぎをする位ならともかく、ベッドから抜け出すと、きっと目を開けるに違いない。
平時から眠りは浅い節のあるレオンに、少しでも心地良い眠りを持たせてやりたいと思うと、ラグナは中々動き出す気になれなかった。

膝の上に乗ったままのレオンの手が、する、と動く。
そろそろ起きるかなと顔を見ると、幼年期に作って消えなかったと言う、傷のある眉間に微かに眉根が寄っている。


「うう……ん……」


カーテンの向こうから伝わる明るさが、瞼の裏まで通って来て、眩しいのだろう。
レオンは嫌がるようにむずがっていたが、その光が睡魔の名残を浚って行ってしまった。
重みのある瞼がゆっくりと持ち上がり、ぼんやりと白い波を見つめる。
それから、蒼の瞳が二回、三回と瞬きに隠れた後、レオンは隣に座っているラグナを見上げた。


「……ラグナ、さん……」
「ん。おはよう、レオン」


微かに赤みのある頬にかかる横髪をそっと指先で掬い払って、ラグナは朝の挨拶をした。
レオンは頬を擦る指先のくすぐったさに目を細めながら、「おはようございます…」と小さく返す。

ラグナの膝に乗っていたレオンの手が離れ、むくりと起き上がる。
あふ、と欠伸をしている横顔が、いつも凛としている彼を酷く幼く見せて、ラグナはくすりと笑った。
レオンは眠い目元を猫手で擦りながら、きょろりと辺りを見回して、


「時間、は……」
「そろそろ10時半だな。朝飯、食べるか?」
「………」


食べるも食べないもどちらでも、とラグナが尋ねてみると、レオンは少し考えるように頭を傾ける。
寝癖のついた長い濃茶色の髪が、裸の肩の上でさらりと落ちた。


「あまり、食べる気には、ならないかなと……」
「減ってはいる?」
「それは、まあ、なんとなくは」
「じゃあリンゴとかで良いか。切って来るよ。お前はゆっくりしてな」


ぽん、とラグナはレオンの頭を撫でて、ベッドから足を下ろした。
ようやくシーツを抜け出すと、それでレオンの体が冷えないように包み込んでやる。
過保護な事をしてくれるラグナに、レオンは少し恥ずかしそうに眉尻を下げたが、シーツに残る愛しい人の温もりは心地良くて、離れた体温の代わりを手繰り寄せた。

寝室を出てキッチンに立ったラグナは、まずは眠気覚ましにと、コーヒーを淹れる為の湯を用意する。
電気ケトルに入れた水が沸くまでの間に、冷蔵庫を開けてリンゴを一つ取り出した。
簡単に八つに切り分け、芯の部分を取ってしまえば、これで今日の朝食となる。
最初に考えたように、シリアルを用意しても構わなかったし、栄養を取るならその方が良いのも判っていたが、やはり昨晩の頑張りのお陰で、まだ少し体が重怠い。
昼はきちんと食べるつもりで、今は少々サボらせて貰う事にした。

一分もすれば湯が沸き、インスタントで作った二杯分のコーヒーが出来上がる。
その片方にシュガースティック一本分の砂糖を入れた。
トレイにそれらを乗せて寝室に戻ると、レオンはベッドからすらりとした足を下ろして、まだ眠そうに目を擦っていた。


「レオンー、飯だぞー」
「……あ。はい、有難う御座います」


声をかければ、レオンは柔く笑みを浮かべた。
隣に座って、トレイに乗せていたマグカップを一つ差し出すと、レオンは両手でそれを受け取る。

職場では専らブラックコーヒーを愛飲しているレオンだが、寝起きは少し糖分が欲しいのか、砂糖入りのものを好んでいた。
まだ熱の冷めないマグカップで両手を温めながら、ふ、ふ、と息を吹きかけるレオン。
小さな唇が縁に触れ、こく、と喉が動いた。


「は……ふぅ……」
「ほら、リンゴも」
「はい」


リンゴを乗せた皿を差し出すラグナに、レオンは爪楊枝の刺さったものを取った。
ラグナも一つ口に運び、瑞々しい果肉をしゃくしゃくと咀嚼する。


「昼はどっか食いに行くか」
「そうですね。折角の休みだし」
「気になる店とかあるか?」
「いえ、そう言うものはあまり。ラグナさんの行きたい所で良いですよ」
「うーん、そうだなぁ」


昼の予定を話し合うも、こんな時、大抵レオンは自分の希望を言わない。
そんな彼に初めは遠慮しているのかと思っていたが、どうやら忙殺されている所為で、仕事以外の世間の情報に疎いのだと理解してからは、ラグナの方が遠慮なく自分の希望を薦める事にしている。


「ああ、パンケーキ屋とかどうだ?この前テレビで見たんだけど、すげえ行列でさ。若い子たちの間で流行ってるみたいで、一回覗いてみたかったんだよな。レオン、行った事ないだろ?」
「それは、確かに入ったこともないですけど。行列なら入るのも難しいんじゃ……」
「うん、まあ、休日ならな。でも今日は平日だし、ちょっとはマシだよ。多分」


根拠も何もなかったが、そう言うものだろうとラグナは言った。
レオンは首を傾げつつも、そもそも自分に希望がある訳でもないし、ラグナが行きたいと言うならそれで十分でもあった。


「それじゃあ、其処で昼食に」
「うん」
「でも、甘いものになるのでは。食べ切れると良いんですが」
「それは大丈夫だと思うぞ。ちゃんと飯っぽい奴もあるんだ。ベーコンとか乗っててさ」
「へえ……」


ラグナの言葉に、レオンは意外そうに声を漏らした。
パンケーキと言えば、おやつに食べるような甘いものばかりと思っていたので、意外だったのだろう。
ラグナも店のメニューがテレビに放送されるまでは、同じような印象を持っていた。
それがまたラグナの好奇心を刺激した訳だ。

昼食が決まった所で、皿のリンゴは空になり、二人ともコーヒーを飲み切った。
トレイに戻したそれを、ラグナがキッチンへと運んでいる間に、レオンも着換えを始める。

ごく少ない食器を洗い終わって、ラグナがリビングへと行くと、着換えを終えたレオンがソファに座っている。
その後ろ姿を見つめながら、慣れてくれたなあ、とラグナの口元が緩んだ。
何かと気を遣い過ぎな位によく気の付く青年であるから、どうにも他人の家と言うのは気後れする所があったらしく、座る場所にも迷っていたのはまだ記憶に新しい。
それでも、休みを重ねる度、時には仕事終わりに招き、一緒に過ごす内に、段々とその肩の強張りも解けていった。
今ではテレビ前のソファを定位置にして、ラグナが朝食の片付けを終えるのを待つ位に、リラックスするようになってくれた事が、密かに嬉しい。

レオンは、ソファ前のコーヒーテーブルに新聞を開き、じっと眺め読んでいる。
ラグナは緩む口元を自覚しながら、レオンの隣へと座った。
テーブル下にあるリモコンを取って、テレビの電源をつければ、朝の情報番組が流れている。
たしかこの番組は、昼前には終わる筈だから、暇潰しには丁度良い。


「これが終わったら出掛けるか」
「そうですね」


ラグナの言葉に、レオンは新聞から顔を上げて、傍らの男を見て頷いた。

そうして正面からはっきりと目が合って、柔く愉しそうな光を灯す蒼灰色を、じっと見つめる。
するとレオンは、段々と顔を赤くして、恥ずかしさに逃げるように視線を反らしてしまうのだ。
赤くなった耳が髪の隙間に見えて、ラグナは年齢の割りに初心な反応が抜けないこの青年を、愛しく思う。

レオン、と名前を呼ぶと、彼はそろりと此方を見た。
もう一度目線が絡まり合うのを確かめて、ラグナがゆっくりと手を延ばせば、昨夜の熱の余韻を残す頬に触れる。
少し迷うような表情を浮かべた後、心地良さに身を委ねて頬を寄せる青年を、ラグナはゆっくりと撫であやしてやるのだった。



朝のいちゃいちゃラグレオ。
ラグナといちゃつく事に大分慣れてきたレオンが書きたくなったので。

昼は流行のパンケーキ屋に行き、その後は二人でぶらぶらして、夜は帰ってまたいちゃつくんだと思います。

[ラグスコ]熱の静寂と

  • 2023/08/08 21:10
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



寄りによって、こんな時でなくても良いだろう、と自分の体調管理の甘さに辟易する。
それを口に出した時、聞く者がいれば、無理もないことだと宥めてくれる者もいただろう。

昨晩、スコールは夜のエスタに到着し、ラグナが待っているであろう彼の私宅へと向かった。
デリングシティとはまた別の様相で、眠らぬ街のごとくあちこちに灯りの燈った街は、いつの間にかすっかり歩き慣れた道である。
その途中、突然の俄雨に見舞われて、事前の天気予報でも全く聞いていなかったそれに、スコールは運悪くずぶ濡れになってしまったのだ。
場所はショッピングモールも過ぎた閑静な住宅街で、エスタ特有の創りをした建物ばかりだったから、雨宿りに借りれそうな軒先もない。
スコールと似たような条件で雨に降られた人々が、それぞれの家へと逃げるように走る中、スコールもまだまだ距離があったラグナの家へと急いだのだった。

一番激しい雨の中を過ごす羽目になったので、家に着いてからはラグナが直ぐに風呂を用意してくれた。
どうせ遅い時間でもあったし、夕食を食べれば程無く借りる事になったであろうバスルームを、一足早く貰って休む。
客用ではいつまでも遠慮するだろうと思ってか、いつの間にかラグナが用意し、スコール自身も使い慣れた寝間着を着て、遅い夕食にありつく。
それからは久しぶりの熱の夜だ。
スコールはたっぷりと貪られ、自身もラグナを何度も求め、心地良い疲労感の中で眠りに就いた。

そして、翌日、スコールは熱を出していたのだ。
高熱と言う程ではないのだが、微熱と言うには聊か高く、それを見たラグナは「今日はお休みだな」と苦笑した。
昨晩の熱の交換の後、ちゃんと風呂入れてやれば良かったなあ、とラグナは言ったが、どっちにしろ───とスコールは思う。
大方の原因は昨日の雨の所為だと思ったし、そう考えると、夜を大人しく寝ていても、スコールは風邪を引いていただろう。
スコールにとって悔しいのは、雨に降られたからと、簡単に体調を崩してしまった自分の体のことだ。
土砂降りの中で作戦を実行する事だって珍しくないのに、こんな事で、と思ってしまう。
それをぽろりと口に出すと、


「きっと疲れてたんだよ、お前。いつも仕事頑張ってるもんな。今日はちゃんと休めって、神様のお告げみたいなもんだよ」


そう言ってラグナは、スコールの汗ばんだ額に張り付く前髪を撫で上げた。

休めというなら、熱なんて起こさないで、この休日の間に某か事件が起きないでくれれば良い。
それで十分に休めるものなんだから、発熱なんて本当に余計なことなのだ。
ラグナにも気を遣わせてしまっているし、エスタでしか手に入らないものを買いに行く予定だってあったのに、何もかもが台無しだった。

しかし、歯噛みをした所で熱が下がってくれる訳もなく、仕方なくスコールはベッドの住人と化している。
その傍らでは、公休を合わせてくれていたラグナが、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


「朝飯は食えたし、薬も飲んだ。夜の間に熱が出て来てたんだろな、汗掻いてたし、着替えとくか?」
「……まだ良い。それより、水が欲しい」
「分かった、ちょっと取って来る」


ラグナはぽんとスコールの頭を撫でて、部屋を出て行った。

一人になった寝室で、スコールはぼんやりと天井を見上げる。
こうやって、静かな場所でただただ横になっていると言うのは、随分久しぶりのような気がした。

眠る時以外で、こんな風に過ごしていたのは、一体いつ振りだろうか────と考えて、三ヵ月ほど前に任務で怪我をした後、ガーデンへと帰投する前に病院に行った時だと思い出す。
思いの他傷が深かった事と、同行していたアーヴァインが「この際だから君はしっかり休んでから帰りなよ」と入院措置を取らせた。
スコールが診断を待っている間に、有能な友人はしっかりキスティスに連絡を回しており、他の幼馴染の面々からも、「帰ってきたらまた仕事漬けになるだろうから、そっちで休め」と言われてしまった。
誰か止めろよ、指揮官だぞ、と等と自分でも大して有り難くも思っていない、一応は重要な役職である筈なのだが、多数決に身分は関係ない。
スコールは三日間を病院のベッドを過ごしてから、バラムガーデンへと帰ることになった。

その出来事から今日までは、相も変わらず忙しい日々である。
ガーデンでは書類の確認に追われる傍ら、任務も回ってくるし、スケジュールは黒塗りだ。
今日明日の休暇もようやっと取れたと言うもので、ラグナと通信越しでない会話が出来るのも、随分と久しぶりだった。
らしくもないが、楽しみにしていた、とも言える位には待ち遠しい休暇だったのに、そんな時に熱を出してしまうなんて、馬鹿な奴だと自嘲も浮かぶ。

部屋のドアが開く音がして、ラグナが戻って来た。
手にはミネラルウォーターの入ったペットボトルと、氷入りのグラスが一つ。
ラグナは、ベッド横のサイドチェストにそれらを置くと、早速グラスに水を入れて、スコールに差し出した。
スコールは重みのある体をゆっくり起こして、ラグナの手からグラスを受け取る。


「ん………」


元々ペットボトルも冷蔵庫に入っていたのだろう、ツンと冷たくて、喉の通りが心地良い。
すっかりグラスを空にして、スコールはそれをラグナへと返した。


「まだいるか?」
「いや、十分だ」
「そっか。他に何か欲しいものとかは?」
「……今は……別に。特には、ない」


布団を手繰りながら、またベッドに横になるスコール。
ラグナは、そっか、と言って、布団の上からスコールの腹をぽんぽんと軽く叩いていた。


「昼飯は、食べれそうか?」
「……今の所は。吐き気もないし」
「じゃあ準備しよう。消化の良いものが良いよなぁ」
「…負担はない方が楽だ」
「うーん、俺、病人食はよく分からないからな。ちょっとキロスにでも聞いてみるよ」


またラグナはくしゃりとスコールの頭を撫でて、席を立った。
部屋を出て行くラグナは、私室に繋いである通信機を使いに行くのだろう。
ラグナが休みであっても、執政官であるキロスやウォードを始めとした誰かは、必ず大統領官邸に一人二人はいる筈だから、相談できる相手はいる筈だ。

また部屋に一人きりになって、スコールは幾何学模様を施された天井を見上げた。
ふう、と漏れた吐息は、溜息にも似ている。
なんとなく、ついさっき、ラグナに撫でられた腹にくすぐったさが残っている気がして、無意識に右手が其処に重なった。


(……静かだな……)


ラグナの私邸と言う訳だから、此処は大統領が住まう為に、目立たないながら最新のセキュリティが施されている。
外から中の様子が見えないように、視覚効果を歪ませる機構が使われていたり、窓も一つ一つに防犯センサーが配置されている。
家の中は、スコールが軽く眺める限りでは、普通の一般家屋と変わりないようだったが、これもきっと、目立たない場所に何か仕込んであるに違いない。
個人のプライバシーとして、寝室に監視カメラがない事は信じたい────でなければ昨夜のように睦言などしていられない筈だ。
頼むから其処だけは、自分と同じ常識の範疇でいて欲しいと思う。

そして家の外と言うのも、庭をぐるりと囲む塀を境にして、侵入防止の策が巡らされている。
ラグナはエスタの人々にとって英雄だが、それを疎み、排斥を狙う者がいない訳ではないのだ。
そんな環境で一人暮らしをしている訳だから、ラグナ自身がどんなに楽観的なことを言って見せても、彼の存在失くして今のエスタはないと思う人々は、固い守りを準備するものであった。

だからこの家の敷地に入って良い人間と言うのは、極力、限られていることになる。
家主本人と、古くから信頼を置いている旧知の友人が二人と、スコール。
後は、スコールが知っている範囲では、デリバリーサービスや宅配くらいのものだった。
必然的に人の気配が少ないので、よく喋るラグナが傍にいないと、この家の中は随分と静かになってしまう。
元々が静かな住宅街であるから、外から感じる人の往来と言うのも少なかった。


(……よく眠れる、気はする……けど……)


静寂はスコールの好む所だ。

物心がついた時からバラムガーデンの寮暮らしである筈だから、人の気配と言うのは当たり前に近くにあった。
SeeD資格を取得するまでは、共有部屋で過ごしていたので、隣の物音が煩かった時期もある。
ハメを外して遊ぶ生徒達が、共有空間で夜までお喋りしていて、鬱陶しさに眠れなかった事も。
そう言う時は、耳栓をしたり、頭まで布団を被ったりして、出来るだけ自分の世界に閉じこ籠ったものだ。
今は一人部屋なのでそれ程でもないのだが、部屋の向こうは廊下だから、時間を問わず人の気配を感じることは多い。
歩きながらの私語を禁じるガルバディアガーデンと違い、比較的開けた校風でもあるから、人のお喋りの声と言うのは、何処にいても聞こえるものだった。

だから、こう言う時の静けさと言うのは、意外と貴重なのだ。
こんな時こそ、のんびりと本を読み耽ったり、お気に入りのアクセサリーを磨いたりするのに丁度良い。
────実際の所は、仕事に追われて一時を味わうも何もないのだが、それは一旦置いておこう。
更には、生憎、今日は発熱の所為でそうする訳にもいかないもので、ただただ天井を見上げているしか出来ない。
それでも、体を休めるのなら、この静寂が一番心地が良いものだ。

……そう思っているのに、何処か落ち着かないものを感じている。


(……眠くならない……)


昨日の夜にエネルギーを消耗しているから、熱の怠さと、薬の効果もあって、眠ってしまっても良い筈だ。
寧ろその方が余計な体力を使わなくて済むし、体も自己回復に集中する事が出来るだろう。
そうでなくとも、任務で必要であれば、最低限でも休息が取れるように、意識の切り替えスイッチはある。
それをカチリとオンにしてしまえば、仮眠程度は取れる───筈なのだが、どうにもスコールは眠れる気がしなかった。


(………)


寝転がっている気にもなれなくて、スコールは起き上がった。
手持無沙汰の気持ちで辺りを見回し、サイドチェストの水を見付ける。
飲んだばかりで、喉が渇いている訳でもなかったが、他に出来ることもないと、ペットボトルに手を伸ばした。

部屋のドアが開いて、ラグナが戻って来たのはその時だ。


「お。また水飲むか?」
「……ああ。少しだけ」


本当は必要性を感じてはいなかったが、そうとは知られないように、スコールは答えた。
ラグナは直ぐに椅子に戻って来て、ペットボトルの水をグラスへと移す。
半分ほど注いだそれを指し出され、スコールは受け取ると、ちびちびと口に含むように飲んだ。

結露の浮いたグラスが手から滑らないように気を付けていると、徐に伸びて来たラグナの手が、スコールの額に当てられる。
ラグナは、ふーむ、と神妙な顔付で、自分とスコールの体温の差を確認し、


「ちょっと上がってるか?」
「……別に、大して変わりないと思うけど」
「そんなら良いけどなぁ。水飲んだら、ちゃんと寝るんだぞ」
「………」


言い聞かせるラグナの言葉に、スコールは何とも言えなかった。
心持ち唇が尖るスコールを、ラグナは「ん?」と首を傾げて見ている。


(寝れない、なんて……言った所で……)


困らせるだけだ、とスコールは思って、水の最後の一口を飲み干した。
大した時間稼ぎにもならない暇潰しも終わって、ラグナが布団を被せ直そうとするので、大人しく横になる。

どうにか意識のスイッチを切り替えよう。
そう思う事にして、スコールは枕に後頭部を預けて、目を閉じる。
薬の副作用も効いてくれれば、時間はかかっても、眠る事は出来る筈だ────と、思った時、


「お休み、スコール」


ふ、と眦に柔らかいものが触れた気がした。
今のは、と確かめる為に目を開けようとしたが、触れた感触が残る所を、慣れた匂いのする指先がそっと撫でる。
まだ明るい外から採光を貰う窓から隠すように、何か優しくて大きなものが目元を覆った。

ぽん、ぽん、と腹を一定のリズムで叩かれているのが判る。
その持ち主の正体は考えるまでもない、此処には自分の他には、ラグナしかいないのだから。
まるで小さな子供をあやし寝かしつけているような行動に、子供じゃないと言いたい気持ちは強かったが、目元を覆う掌がそれを柔く阻んでいる気がした。
ならばその手を振り払えば済む話なのだが、どうにもスコールはそんなつもりになれない。

腹を叩く手は、いつまでこうしているのだろう、とスコールに緩やかな疑問を浮かばせる。
それでも不思議なもので、目元や腹がじんわりと温かくなるにつれ、瞼がとろりと重くなっていく。
腹の奥に感じる温もりが無性にくすぐったくて、眠い頭でゆるゆると右手を持ち上げて其処へ重ねると、一度ラグナの手の動きがぴたと止まった。
それからすぐに、ラグナはスコールの手を握り、体温がゆっくりと溶け合って行く。



いつもお喋りが病まない男は、一言も喋らない。
それでも感じる、たった一つの気配が心地良くて、いつの間にかスコールは眠っていたのだった。


風邪っぴきでちょっと気持ちが弱っていたスコールと、世話焼いて甘やかしてるラグナの図。
スコールは無意識に寂しいやだここにいて欲しいって顔をしていたんだと思います。
勿論ラグナはずっと一緒にいるつもり(ご飯とかは作らないといけないけど)で、今日一日はスコールの傍にいるんでしょうね。

[レオスコ]ウェイクアップ・キス

  • 2023/08/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



目覚まし時計の鳴る音で、いつもの通りに目が覚める。

揺蕩う微睡の中で過ごすのは、心地の良い事ではあるけれど、朝からやらなくてはいけない事はごまんとあるのだ。
まずはこの居心地の良いベッドから抜け出して、洗面所に行って顔を洗って、朝食の準備をする。
昨日の夕飯に弟が作った汁物が残っているので、それを温め、炊飯器は予約された時間にもう焚き上がっている筈だから良いとして、あとはおかずだ。
健康の為にも二品くらいは用意しておいた方が良いと思うから、そのメニューを急いで考えなくてはいけない。
とは言っても、朝食のおかずはルーティンなものとも化していて、幾つかのパターンから今日はどれにしようかと言う程度だ。
魚が冷蔵庫にあったから、あれを消費してしまうなら、今のうちのような気がするが、此方は晩で良いかも知れない。

そんな事を考えながらも、レオンの体は中々ベッドから出ようとはしない。
翌日が休みだからと、久しぶりに熱を交わし合えば、若いレオンと、まだ性に幼い面のあるスコールが盛り上がらない筈もなく、夏の短い夜をまるごと使ってしまった。
無心に甘えて来る弟をあやすのはとても楽しくて、柄にもなく夢中になった自覚もあった。
それを伝えれば、思春期真っ盛りで気難しいきらいのあるスコールは、顔を真っ赤にして怒って見せるのだろうが、レオンにしてみればそんな表情も愛おしいものだ。
────等と、睡魔と現実の間でふらふらとしながら、自分の腕を枕にして寝ている弟を見て、緩やかな時間は過ぎて行くのである。

レオンの休日と言うのは貴重なものだ。
真面目な気質が奏してか、若いうちに色々と経験を積ませて貰う事が出来、会社の社長である父にもそれが認めて貰えたお陰で、それなりの地位にいる。
比例して仕事の量も多く、休日に飛び込みの案件が入って来る事もあり、ただでさえ少ない休みが引っ繰り返されると言うのも、珍しくはなかった。
一応、休みを優先したい日と言うのは守っているつもりだが、その為に前倒し、後ろ倒しもよくあるので、仕事量の緩和には余り役立っていないのかも知れない。

そして弟のスコールも、多忙な日々を送っている。
彼は学生であるが、日々を勉強に家事にと過ごしており、部活の類にこそ属してはいないものの、自由な時間と言うのは少なかった。
家事はレオンも出来ればやりたい、と思っているのだが、家にいる時間がスコールの方が取れるので、掃除や洗濯は勿論、買い物も彼が済ませている事が多い。
真面目な彼は、やるならば徹底的に、と言う意識も強いから、何事にも肩の力が入る所がある。
その結果、やる事が全て終わった時には、すっかり疲れ、泥のように深く眠るのであった。

そんな二人の生活にあって、明日はカレンダーも休日、レオンも有給休暇となっている。
だから昨夜は、明日のことを考えなくて良い、とついつい熱くなってしまった訳だ。
熱の名残は気怠い朝を運んできて、レオンはこの温い感覚の微睡と、腕の中で眠る少年が手放し難くて、いつまでもベッドの住人を延長している。


(────とは言え、流石にそろそろ起きないとな……)


形ばかりの目覚めの合図にと、セットしたアラームを止めて、幾十分。
空き腹が限界を訴える感覚を覚えて、レオンはようやく、ベッドから出る決意をした。

眠る弟の頭の下から、起こさないようにそうっと腕を抜く。
スコールは頼りにしていた温もりがなくなって、むぅ、と小さくむずかって丸くなった。
そんな彼の頭を柔く撫でてから、このままだとまた十数分と過ごしてしまうと、自分を律して体を起こした。
ぎしり、とベッドのスプリングの音がして、スコールが「んん……」と眉根を寄せて瞼を震わせた。


「う……」
「すまん、起こしたか」


薄く瞼を持ち上げたスコールに、レオンは眉尻を下げて詫びる。
スコールは子猫のように目を擦りながら、ぼんやりとした目で、上肢を起こした兄を見た。


「……レオン……」
「おはよう、スコール」
「……はよ……」


眠気真っ盛りのお陰で、スコールは素直に挨拶を返してくれる。
レオンはスコールの頭を撫でて、ようやくベッドを降りた。

顔を洗いに行く前に、先に服を着なくてはと、レオンはクローゼットを開ける。
兄弟二人分を綺麗に分割して使っている其処から、ラフに過ごせるものを選んだ。
スコールはベッドの上に座り、眠そうに欠伸を漏らしている。


「ふぁ………」
「眠いのなら、まだもう少し寝ていても良いぞ。休みなんだから」
「……あんたは……起きるのか」
「朝飯を作らないといけないからな。オムレツで良いか?」
「……なんでも……」


食に強いこだわりがないスコールは、逆に嫌いなものも殆どない。
しかしまだまだ成長途中、育ち盛りの弟の為にも、栄養はきちんと摂らせておかなくては。
簡単でもバランスの良い食事を食べれるように、レオンは頭の中で献立を考える。

着換えを済ませ、洗面所で顔を洗い、レオンはキッチンに立った。
米が焚けていることを確認し、冷蔵庫に鍋ごと入れていたスープを取り出してコンロにかけ、もう一つのコンロにフライパンを置く。
脂を引いて熱したら、その間に用意しておいたマヨネーズ入りの溶き卵を入れて、手慣れた仕草で形を作って行く。
綺麗な山形になったオムレツを皿に移して、同じものをもう一つ。
それから、サラダもなければと、冷蔵庫からレタスと胡瓜、トマトを取り出す。
千切ったレタスを水洗いし、瑞々しいそれを皿に乗せ、千切りにした胡瓜と、半月切りにしたトマトを添えた。
程好く冷めたオムレツにケチャップソースをかけ、温まったスープをマグに注いでいると、


「レオン……」


呼ぶ声に振り返れば、キッチンの横にスコールが立っていた。
寝癖のついた髪をそのままに、まだ眠い目を擦っているスコールの格好を見て、レオンは眉尻を下げる。


「ちゃんと着替えて来い。風邪を引くぞ」
「……寒くないから平気だ」


レオンの言葉に、そう返したスコールは、シャツ一枚しか着ていない。
薄身の体躯には合わないサイズのそれは、誰がどう見ても、昨夜脱ぎ捨てたレオンのものだ。
真っ白の裾からはすらりと長い脚が晒され、太腿に薄らと赤い華が咲いている。
それを咲かせたのは他でもないレオンだが、白い肌の内腿にちらちらと覗くのは、中々に目の毒だ。
だからいつも、きちんと服を着るように言い聞かせているのだが、真面目に見えて実は面倒臭がりな弟は、甘えもあって大概兄の言う事を聞いてくれなかったりする。

やれやれ、と眉尻を下げるレオンの元に、スコールがのそのそと近付く。
あとは米を装うだけだと、しゃもじを水に晒したレオンの背中に、とす、とくっつく体温があった。
言わずもがな、正体はスコールだ。


「飯ならすぐだぞ。もう出来てる」
「……ん……」
「動き難いだろう」
「……んん……」


すり、と背中に頬を寄せる猫に、レオンはどうしたものかなと眉尻を下げる。

昨晩、あれだけ睦み合ったのに────いや、だからと言うべきだろうか。
普段はしっかり者になりたがり、兄に対して臆面もなく甘えるなど、と照れ臭さもあって滅多に甘えて来ないスコールだが、本質的には寂しがり屋なのだ。
レオンはしばらく仕事が忙しく、スコールもつい一昨日まで定期試験があったから、どちらも熱の交換は控えた日々が続いていた。
昨夜はそれから久しぶりに解放された上、翌日の事も心配しなくて良かったから、頭が真っ白になるまで溶け合った。
その心地良さは、朝になってもスコールの中にあるらしく、今日は一段と甘えたがりだ。
そう言う事を考えると、背中のくっつき虫を我慢させるのも気が引けるし、レオンとてスコールの事は骨の髄まで甘やかしたいと思っている。

でも、このままでは、折角作ったオムレツと、温め直したスープが冷めてしまう。
レオンは腰に回されたスコールの手を握りつつ、肩に額を押し付けている弟を見る。


「ほら、朝飯だ、スコール。顔を洗って来い」
「……」


スコールの眼がちらと覗いて、レオンをじいっと見詰める。
このままでいたい、と訴えるブルーグレイに、どうにも兄は弱いのだ。
やれやれ、と眉尻を下げて笑みを零しつつ、レオンは後ろへと振り返る。

向き合う格好になって、レオンはスコールの顎に指を引っ掛けた。
くん、と軽く促してやれば、素直な貌がレオンを見上げ、熱の名残を宿した蒼と蒼が交差する。

ゆっくりと顔を近付ける間、スコールはじっとレオンの顔を見ていた。
唇を重ね合い、そっと下唇を食んでやると、スコールが薄く隙間を開く。
招くその合図に誘われるまま、舌を入れ、差し出されるものを絡め取って唾液を交換してやった。


「ん、む……ふ、ぅ……」
「ん……っふ……」
「あむ、ぅ……、んんぅ……」


角度を変えながら深くなる口付けに、スコールはレオンの首へと腕を回した。
スコールの足が気持ち背伸びをして、レオンにより深く貪って貰おうと、貌の距離を近付けようとする。
レオンはそんなスコールの背中を拾うように抱き支え、昨夜も堪能した弟の甘い咥内をたっぷりと味わった。

レオンの顔を近い距離で見詰めるスコールの瞳が、とろりと溶けて行く。
酸素不足も相俟って、ふわふわとした意識に足元が覚束なくなる頃、レオンはスコールの唇を解放した。


「ほら、此処までだ。顔を洗って来い」
「……う……」


抱いていた背中をそっと離せば、スコールは支える力を失って、ふらふらと蹈鞴を踏んだ。
まだぼんやりとしているスコールの肩を押して、方向転換させる。
ぽんと背中を叩いてやると、素直な子供は言われるままにキッチンを出て行った。

さて、とレオンは改めて朝食をテーブルへと運ぶ。
米も装って、主食、副食と揃い、デザート用のヨーグルトを冷蔵庫から出した。
カトラリーも一緒に並べて、食後のコーヒーの為に電気ケトルのスイッチを入れた所で、ぺたぺたと足音が戻ってくる。
気持ち程度に髪型を整えたスコールが、今更のように恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ダイニングへとやって来た。


「おはよう、スコール」
「……おはよう……」


顔を洗って、頭が少しは目覚めたようで、スコールは自分が何をしていたか遅蒔きに理解したのだろう。
微笑みかけるレオンの顔も見れないと、視線を彷徨わせながら、いそいそと自分の席へ座った。
レオンもその向かい側に座り、手を合わせて「いただきます」と言ってから、朝食に手を付ける。
スコールも兄に倣い、昔からの習慣の通りに手を合わせてから、箸を取ったのだった。



寝惚け気味だと甘えたがりなスコール。
レオンもそんなスコールが可愛いので、しっかり甘やかす。
顔を洗ってようやくちゃんと目が覚めたスコールが、自分の行動への恥ずかしさでレオンの顔が見れなくなりながら一緒に朝ご飯を食べるまでがセットです。

[スコリノ]秘密のメモリアル・デイ

  • 2023/08/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



記念日などと言うものを、スコールが意識する訳もない事を、リノアはよく判っていた。

彼のスケジュールは基本的に任務に関することで埋まっているし、それのお陰で平日も休日もあったものではない。
朝から晩まで指揮官用に誂えられたデスクに座りっぱなしである事も多く、不在であれば危険度の高い任務か、要人警護の類に赴いている。
お陰でリノアが偶にバラムガーデンにやって来ても、余り会える機会はない。
事前に予約を取った所で、某かの出来事が横入りしてきて、「悪い」と言葉を貰うのが精一杯である事も多かった。

そんな毎日を送っているスコールだから、日付の感覚やその確認と言うのは、自分のスケジュールを思い出す為のものでしかない。
夏に訪れる彼自身の誕生日だって、スコールはすっかり忘れて過ごすのだ。
覚えていたとて、その日が魔物退治だの護衛だのと、いつもと変わらない任務内容で潰されているに違いない。
加えて、元々の人付き合いの消極さの所為か、人とのコミュニケーションツールの類には酷く疎かった。
誰それの何々の日、等と言うものが、彼の頭に擦り込まれるには、まだしばらくの時間がかかるだろう。
最近ようやく、リノアを始めとし、幼馴染の面々の誕生日を、言われて思い出す程度には意識できるようになっただけでも、大した成長と言える。

個々人の記念日なんてものは、市販のカレンダー表には、当然ながら記されていない。
ただの気持ちの問題だと言えばそうだし、それも気にする人、気にしない人と様々あるものだ。
記念日を大事にしたい、と言う人は、、誕生日に嬉しい思いをしたとか、記念日を祝ってくれる人がいただとか、そう言う経験の積み重ねがあったのだろう。
少なくとも、リノアはそうだった。
けれどスコールの場合、彼の幼い頃の記憶と言うのは霞がかっている事が多い上に、今でもはっきりと思い出せるのは、姉がいなくなった淋しさの日々ばかり。
誕生日くらいは、楽しかったのかも知れない、お姉ちゃんエルオーネがいた頃は───と呟いたのが、彼の幼い思い出の全て。
祝って貰った喜びよりも、二度とそれが与えられない辛さの方が強かったから、彼はそう言うものを遠ざけるようになった。
幼い日の突然の離別は、それ程彼にとって大きな出来事だったのだ。

だからリノアは、“記念日”について、あまりスコールの前であれこれと言ったことはない。
恋人の誕生日だと知って、何も準備してなかった、と気まずそうに視線を逸らしたその様子だけで、リノアは満足している。
お祝いしてくれようと思ったんだ、とそれを感じられるだけで、リノアは幸せだったのだ。
あの誰にも興味がないと言う顔をしていたスコールが、そんな風に、自分のことを気にかけてくれるようになったなんて、こんなに嬉しい事はないのだから。



スコールは今日中には帰ってくる筈だから、と言われて、リノアは指揮官室にある来客用のソファで寛いでいた。
来訪した時、出迎えてくれたキスティスは、遅い昼食を採りに食堂へ行った。
お茶はどうかと誘われもしたが、リノアはバラムの街で昼食を食べたばかりだったし、まだ胃の中が膨らんでいる感覚があったので辞退した。

スコールは三日前から、ドールで要人警護の任務に出ていると言う。
任務の為の契約期間は、今日の正午に切れるとのことで、時間的にはもう彼は自由の身だ。
あとは海路でバラム島まで帰ってくるだけだから、任務完了のすぐ後に船に乗れていれば、直に到着する筈。
出先で何かのんびりしようと言う気が滅多にないスコールの事だから、例え遅くなるとしても、空に夕焼け色が見える頃には顔を見れる筈だと、リノアは読んでいた。

待っているだけでは手持無沙汰で、途中で一度、リノアは図書室に赴いた。
前に読んでいる途中で棚に戻した本を見付ける事が出来たので、持ち出し許可を貰って借りて行く。
六章から成るその小説は、既に四章まで終わっているから、今日明日があれば読み切れるだろう。
直ぐに指揮官室へと戻ると、まだ其処は無人だったので、リノアはソファへと戻って本を開いた。

驚天動地な物語を読み進めている内に、ゆっくりと時間は過ぎてゆく。
のめり込む勢いのままに第五章を読み終わり、このまま最後まで読み切ろうか、明日の楽しみにしようかと思っていた所で、指揮官室のドアが開く。


「はあ……」
「スコール!」


疲れを滲ませた溜息が聞こえて、リノアはそれを吹き飛ばさんばかりの明るい声で、この部屋の主の名を呼んだ。
呼ばれた方は、きょとんと蒼灰色の瞳を丸くして、ソファから立ち上がるリノアを見、


「……リノア?」


なんでいるんだ、と言う表情が向けられているが、リノアは構わず駆け寄る。
両腕を大きく広げ、突進宜しく抱き着けば、嗅ぎ慣れた火薬と鉄の匂いがする。
到底甘やかな匂いとは程遠いが、ああスコールの匂いだ、とリノアは胸一杯にそれを吸い込んだ。


「おかえりなさい、スコール!」
「……ああ、ただいま」


抱き着いて来た恋人を受け止めた格好のまま、スコールが小さな声で返事をした。
そんな些細なことがリノアはどうしようもなく嬉しい。

シルエットの割に、案外としっかりとしている胸板にぐりぐりと頬ずりをする。
何してるんだよ、と呆れた声がしたが、スコールはリノアの好きにさせてくれていた。
それに甘えて、リノアはスコールの存在を一頻り堪能してから、ハグから彼を開放する。


「お疲れ様。大変だった?」
「別に。いつも通りだ」
「そっかそっか」


答えるスコールは疲れた様子こそあるものの、血の匂いや、それを覆い隠すような薬の匂いも纏わせていない。
それを、危ないことにはならなかったんだ、とリノアは思う事にしている。
傭兵、況してその集団を束ねる者であるスコールの任務には、相応の危険が付きまとうもの。
そう言う生き方をしている人だと理解はしているつもりだが、好いた人には怪我なく戻って来て欲しいと思うのが、待つ身の願いと言うものだ。

スコールは持っていたガンブレードケースをデスクの横に置くと、どさ、と椅子に身を沈める。
いつになく体が重そうに見えるのは、任務終了から直ぐに帰還する為、船に揺られた所為か。
何か疲れに効くようなものが用意できないかな、とリノアは手持ちの荷物を思い出してみるが、特に変わったものを持って来ている訳でもない。
うーん、と考えた後、


「スコール」
「……ん」
「肩揉んであげよっか?」
「……なんだよ、急に」
「疲れてるみたいだったから。私、結構上手いと思うよ」


スコールに向かって両掌を見せ、握り開きと揉む仕草をして見せるリノア。
そんな彼女に、精一杯の労いの気持ちを、スコールも掬い取ったのか、くつりと小さく笑って、


「いや、良い。其処まで疲れてる訳でもないし」
「そうは見えないんだけどなぁ」
「先方が少し図々しくて面倒だっただけだ。体の方は大して動いていないし」


スコールはそう答えたが、それこそ彼が気疲れする相手だったのだろう、とリノアには直ぐに判った。
クライアントの言う事には、他に優先事項があるとか、余程の事でなければ、従順であるのがスコールだ。
ただし頭の中は案外そうでもない事の方が多く、業腹を鉄面皮で隠している事も珍しくない。
表に出してはならない事を考えつつ、クライアントの意に沿うように動かねばならないと言うのは、中々疲れるものだ。

やっぱり揉んであげようかなぁ、と断られたが勝手にしてみようかと思っていた時。


「リノア」
「はい」


名前を呼ばれたので、なんでしょう、と返事をした。
するとスコールは、トレードマークの黒のジャケットのポケットに手を入れて、小さな箱を取り出す。


「これ、あんたに」
「え?」


突然のことに、リノアはぱちりと目を丸くした。

スコールは、その手の中に納まるくらいの、小さなサイズの箱を持っていた。
黒の手袋を嵌めているので、それと真逆の白い箱は、なんだかきらきらと上品に輝いているように見える。
よくよく見ると、それは綺麗な化粧箱で、白地にプラチナ風のラメが散りばめられていた。
蓋の隅にデザイン的な書体で印字されたロゴが見えて、ドールで名うてのアクセサリーブランドのものであると悟る。
其処は安価なものから高級品まで幅広く取り扱っているものだが、こんなに丁寧な化粧箱で封がされていると言う事は、それなりの値段がするに違いない。
そんなものをどうして急に、とぽかんとするリノアに、スコールは明後日の方向を向きながら、


「ドールで見つけた。あんたに、似合いそうだと思って。……それだけだ」


それだけだ、とスコールはもう一度、小さな声で繰り返した。
まるで自分に言い聞かせるように紡ぐ声は、一度目はともかく、二度目は相手に聞かせる音量ではない。
同じタイミングで、髪の隙間に覗く、水色のピアスをした耳朶が赤くなっているのが見えて、リノアまで伝染したように頬が熱くなる。


「えっ。あっ、えっと。えーとえっと」
「………」
「あっ、うん。あり、ありがと!」
「……ん」


沸騰したように顔に熱が籠るのを感じながら、リノアはどもりながら気持ちを伝える。
スコールはやはり別な方向を向いたまま、小さく頷いてくれた。

スコールの手から化粧箱を受け取り、リノアはそうっと蓋を開けた。
差し込む天井からの光を受けて、きら、と柔く輝く白透明の石が姿を見せる。
小さな涙雫の形をしたピアスは、身につければさり気無く、持ち主の耳元で閃いて見せるのだろう。

ピアスをじっと見つめる傍ら、こそりと贈り主を覗いてみると、スコールはいつの間にか体ごとリノアに対して横を向けていた。
ただ微かに見える赤らんだ頬だとか、噤まれた唇が面映ゆそうにしているのを見て、リノアは胸の奥がくすぐったくて仕方がない。
スコールは恐らく、自分らしくもない事をしたと、変に冷静になった頭で、今更の羞恥を抱えているに違いない。
そんな照れていると判る恋人の様子が可愛らしくもあったし、リノアは彼がこの石を見付けた時に、自分のことを思い出してくれたと言うのが嬉しかった。


(私のこと、離れててもちゃんと覚えててくれてるんだ。ちゃんと、思い出してくれるんだ)


G.F.の恩恵を借りて生きるスコールたちSeeDにとって、記憶の侵食は免れない事だと、リノアは知っている。
それ故に彼が幼い頃のことを上手く思い出せない事も、あの戦いの直後、帰るべき場所を忘れてしまったスコールが、一人時の狭間を彷徨い歩く事になったのも、紛れもない事実だ。
力を激しく行使すれば、直近の出来事さえも思い出せなくなるかも知れないリスクを抱いて、スコールは常に戦っている。

恋人の誕生日の事も、当日に仲間達から聞くまで思い出さなかった彼が、滅多に面と向かって逢えないリノアのことを、思い出してくれた。
街の中でふらりと見付けたアクセサリーに、「似合いそうだ」と言う理由で買って来てくれるなんて。
余りに嬉しくて頬が酷く緩んでしまいそうで、リノアはその前にいそいそとスコールの背後へ周り、


「スコール、やっぱり肩揉んであげる」
「良いよ、別に……」
「良いから良いから。ほら、前向いて」


面倒というより、恥ずかしさがまだ勝っているらしいスコールを、リノアは肩を押して正面を向かせる。
自分はしっかりその後ろに立って、疲れで強張り気味のスコールの肩に両手を置いた。
にぎにぎと両手で肩を揉み始めると、スコールは諦めたように体の力を抜く。

リノアは肩揉みマッサージをしながら、ちらとデスクの端のカレンダーを見た。
今日の日付は、特に何がある訳でもない、いつも通りの平日だ。
それでもリノアは、今日と言う日を覚えておこうと思った。
誰も知らない、スコールも知らない、これは自分だけの特別記念日として。



リノアは記念日を都度作っていそうだな、と。
スコールと共有できれば嬉しいけれど、中々それは難しいので、自分の中で「今日は〇〇記念日(サラダ記念日感覚)」と作っていても良いなと。
それが段々「スコールが〇〇してくれた記念日」「一緒に出掛けた記念日」って言う感じになったら可愛いなあと思いました。
スコールはてんでそう言うのは鈍いけど、ロマンティストな奴も近くにいるので、段々と意識が育って行くんじゃないかと思う。

Pagination

  • Page
  • 1
  • 2
  • 3

Utility

Calendar

07 2023.08 09
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

Entry Search

Archive

Feed