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2024年08月

[16/シドクラ]信護の先



ことに無茶をする奴なのだと言うことは、長くはなくても分かるほど、無茶をする人間だと思った。
そうでもなければ、十三年と言う時間の中を、泥の中で生き続けることは出来なかったのだろうし、そうさせる程に、彼が抱えた闇は昏かったのだ。
死すら安いと思う程、己の罪を深く深くその根に刻んだ男は、泥から解放されて尚、タールのように淀んだ世界を掻き分け続けている。

その割に、性根は全くと言って良い程、擦れていない。
根本的に育ちが良いからなのか、それにしたって真っ直ぐ過ぎるな、とシドは折々に思う。
亡国となったがそれなりに影響力の大きかった国の下、嫡子として生まれた以上、決してその環境は、手放しに良かったとは言えまい。
勿論、食うに不自由のない環境と言うのは、この大陸に置いて、数多の人間が喉から手が出る程に欲しがるものだ。
ただ、その代償と言うのか、それが約束されていた代わりに、普通の人間が望まれる筈もないことを望まれ続けていたと言う事を、シドは読み取ることが出来る。
ある意味、その時点でもっと歪みが出ていても可笑しくなかったと思うのだが、敢えて幸いと言うべきか、彼────クライヴ・ロズフィールドはそう言ったこととは無縁だったようだ。

彼は騎士だ。
それは彼自身の骨格そのものになって、彼自身を真っ直ぐに鍛え上げて行ったのだろう。
弱きを、君主を、その身を持って守るものとして、彼と言う剣となった。
それは環境を、人生を捻じ曲げられて尚、折れる事も枯れる事もなく、クライヴ・ロズフィールドと言う人間を作り上げている。

……とは言え、それを理由に度々の無茶を許しておく訳にもいかない。
一応は彼を手元に引き入れる切っ掛けを与え、仮宿に過ぎなかった筈の巣に戻ってきたのを受け入れた者として、これは指導が必要だと思ったことがある。



ダルメキア方面から運び込む予定を組んでいた物資の運搬の護衛に、クライヴを指名したのはシドだ。
ダルメキアは商業が盛んな地であり、其処からクリスタルロードや海を使って、同盟国であるウォールードとの交易も盛んである。
この為、様々な物資───鉱物、香辛料、クリスタル、ヒト即ちベアラーなど───の移動が多く、それを狙った野盗も砂漠のあちこちに隠れている。
勿論、餓えた獰猛な魔物もいるので、護衛なしに砂漠越えをするのは全くの悪手と言うものであった。
シドとオットーもその事はよくよく知っているから、其方の方面から荷の回収を予定する際には、必ず腕の立つ者が同行できるように調整している。

その甲斐あって、荷物は無事に隠れ家まで到着したのだが、どうもその道中、厄介な魔物に襲われたらしい。
報告によれば、種類としてはパンサーだが、異常なほどに大きな個体が群れを引き連れて襲ってきたのだと言う。
どうも砂漠の奥地の方から移動してきた群れのようで、最近、その地域周辺を急速に荒らしまわっていたものだとか。
一行は運悪くそれに鉢合わせてしまい、クライヴがそれと応戦することで、何とか逃げ果せて来たのだそうだ。

そのような事態に見舞われながら、全員が欠ける事なく隠れ家に帰ってきたことは、シドにとっては不幸中の幸いだ。
荷物は、食料の類が少々齧り取られたが、これは別の方法で補えば何とかなるだろう。
だが、換えの利かない要因がしばらく療養を余儀なくされたことは、痛手と言えば痛手であった。


(ま、それ自体は仕方がない。働き過ぎも確かだし、こうでもなけりゃ休まんだろう、あいつは)


そう考えるシドの頭に浮かんでいるのは、クライヴの顔だ。

フェニックスゲートから隠れ家へと戻ってきて以来、存外と面倒見の良い性格と、根の素直さに人望を見出されることが増えて、クライヴは隠れ家の仲間たちから、よく頼まれごとをされている。
以前はベアラーとして長らく過ごしていた為、命令から逃れられない思考と、惰性めいた生き方から、断るのが面倒、と言った雰囲気もあったが、近頃はそれもない。
困っているなら手助けしよう、と言う、お人好しぶりが滲み出るようになって、方々から良い意味で頼られることが増えていた。
それ自体は、彼と、その傍にいる事の多いジルにとっても、良い変化と言えるだろう。

ただ、それはそれとして、クライヴは何かと無茶をするのが良くない。
頼まれごとを存外と気軽に引き受ける傍ら、其処で起こる魔物や野盗との遭遇で、一番危険な場所を買って出る。
それは彼自身が“自分のやれることはこれだ”と見極めているからなのだろうが、如何せん、彼が挑む戦闘に着いていける者が少ない。
それこそ、同じドミナントとしての力を持つシドやジル、相棒として彼を追い続けるトルガル位しかいないのである。
今回はジルの同行もなかったので、クライヴは件の魔物の群れを、ほぼ一人で与ることになったのだ。


(昔からのことだが、人手の問題はいつまでも尽きないな)


燻らせていた煙草を吐いて、シドは短くなったそれの火を消した。
灰皿に押し付けた火が完全に消えて、シドは自室を後にする。

シドの足が向かうのは、医務室だ。
一昨日、件の荷運びの護衛から帰ってきたクライヴは、帰還して直ぐに怪我人の確認をしようと現れたタルヤに見つかり、そのまま医務室へと連行された。
大丈夫だと本人は訴えたそうだが、周囲の誰もが止めなかったのは正解だし、タルヤが強引に連れて行ったのも当然。
目に見えて解る傷と、赤と黒の旅装でも分かるほどの() が浮き出ていたのだから無理もない。

其処から二日が経ったのだが、クライヴはまだ医務室で過ごすことを余儀なくされている。
外に出ると、隠れ家を回って何くれと仕事を探そうとするので、タルヤの許可が出るまでは医務室に軟禁することになったのだ。

だから今日も、行けばその顔が見れるだろうと扉を開ければ、思った通り。


「よう、クライヴ。具合はどうだ」


其処には、診察用の椅子に座り、ロドリグに新しい包帯を巻かれているクライヴがいる。
クライヴはシドがやって来た事に気付くと、首だけを動かして此方を見て、


「問題ない」
「あるわよ」


さらりといつもの顔で言ったクライヴに、部屋の奥から険の滲む声が飛んできた。
無論、タルヤのものである。

タルヤは赤髪を掻き揚げながら、呆れを隠さない溜息を吐いた。


「縫合が必要な傷だったのよ。二日三日で治るものじゃないわ」
「同感だ。痛みも熱もないのは良いが、楽観するなよ」


釘を差すシドとタルヤに加えて、クライヴの隣では、ロドリグが包帯を変えながらうんうんと頷いている。


「フェニックスの祝福なのかしら、貴方は確かに、治りも早いけど。それでも深手を負って死なない体って訳じゃないのよ」
「ああ。すまない、タルヤ。その、ロドリグも」


顔を顰めて言うタルヤに、軽率な負傷患者への怒りを感じたのだろう。
眉尻を下げて詫びるクライヴは、その態度だけ見れば、真面目な患者と言える。
タルヤの方も、彼が判っていない訳ではない、と感じているのか、ひとつ溜息を吐いて話は此処までとした。


「それで、シドはどうして此処に?何かあった?」
「いや。こいつにちょっとお説教をと思ってな」


ぽん、とシドはクライヴの頭に手を置いて言った。
それを聞いたクライヴが、「説教?」と判りやすく顔を顰める。
面倒くさいと言わんばかりの表情は、クライヴがシドにのみ向ける、やや子供じみた表情であった。

タルヤは手短にねと言って、ロドリグを呼び、薬棚のチェックを始めた。
処置が一通り済んだクライヴは、聊か腑に落ちない表情をしながら、病衣代わりの絹服に袖を通している。
その動きは特に傷を庇っている様子もなく、あれだけ酷い傷を負っていた割りに、もう何ともなさそうだった。
実際、彼自身の基準で言えば最早問題のないレベルなのだろうが、それこそが過信と言うものだと言うことを、シドもいつか言わねばならないとは思っていた所だ。


「さて、クライヴ。座ってで良いから聞いとけ」
「……なんだ?」


渋々と言う顔で、クライヴはベッドの端に座ってシドを見上げた。
シドは適当に壁に寄り掛かって、クライヴを見て言う。


「お前の腕は確かに買ってるし、頼りにしてる。お前もそれなりに自負はあるんだろう。だから色々と、厄介な敵の方を引き受けようってしてるのも、俺としても助かってる」
「……それは、別に。俺にはこういう事しか出来ないから、やれることをやってるだけだ」
「ああ、それで良いさ。適材適所は俺も反対しないし、お前に厨房に入れってことも言わんよ」


ただな、とシドは続けた。


「誰かを守るとか、逃がす為に、お前が死んじゃ意味がない。お前はもっと自分を大事にする癖をつけるんだな」
「………」
「お前がいなくなれば、悲しむ奴も、困る奴もいる。今なら少しは分かるだろう?」
「……それは、……ああ」


シドの言葉に、クライヴは何も抵抗はしなかった。
クライヴの頭には良く知る顔が浮かんでいることだろう。
それだけでなく、この隠れ家で共に暮らすことを受け入れた人々の事も。

隠れ家で過ごす者の中には、刻印を除去し、外で魔物退治や荒事を引き受けて皆を守ることを仕事にしている者もいるから、そう言った者を始めとして、時には死に別れる者もいる。
ザンブレクの皇都や、マーサの宿や───一見すれば安全と思われる場所ですら、不慮の事故や、何らかの悪意によって、突然身近な人が喪われることもある。
この優しくはない世界で生きていく中で、それは逃れようのない事実だ。
その優しくない事実から、知り合えた人々を守る為に剣を取り、危険を承知でそれを引き受けてくれるクライヴの存在は、シドにとっても、隠れ家の仲間たちにとっても、有難いものだった。

かと言って、クライヴが傷付いて良いとか、若しかしたら死んでも良い、なんて事はない。


(だが、他人を守るって事は多分、こいつにとっては矜持なんだろうな)


心持ち俯いて、少し気まずそうに、膝に置いた拳を見詰めているクライヴを見て、シドはそう考える。

元々、クライヴは“フェニックスの騎士(ナイト) ”なのだ。
騎士の名の通り、主君であるフェニックスのドミナントは勿論、そのドミナントが帰属するもの───失われた公国ロザリアとその民───を守るのが、クライヴに課せられた役目であった。
それを少年の頃に失い、挙句に自分自身が主君であり何より大事な存在であった弟を手にかけた現実が、クライヴが握り締め続けて来た“騎士(ナイト) ”の誇りを黒く塗り潰した。
既に過去となったその出来事は、クライヴに重い事実と罪を課し、恐らく、一生晴れる事はないだろう。
それを忘れたり、なかったことにしたり、或いは済んだことと置いていくことは、クライヴ自身が許すまい。

そして、大事なものを守れなかった傷は、今もクライヴ自身を膿んでいる。
恐らくは、それもまた、クライヴが何かを無茶をする要因にもなっているのだろう。


(守りたい。失いたくない。守り切ってみせる、今度こそ────そんな所か)


これはシドの想像ではあるが、概ね大きく外れてはいまい。
騎士(ナイト) であるクライヴにとって、“護る”と言うことはそもそもの本懐なのだ。
崩れてしまったその本懐を、今再び彼は己の信のひとつとして、積み上げ直している真っ最中。
その為に、無理をしてでも何でも、“護ろう”とするのだろう。

クライヴがそう自覚しているか、何処までシドの想像が当たっているかは、本人にしか分からないことだ。
シドは敢えて其処を確かめようとはしなかった。
代わりに、俯き気味になってしまったクライヴの黒髪を、ぐしゃぐしゃと掻き撫ぜてやる。


「頼りにはしてるんだ。だから、出来るだけ長いこと、頼らせて貰う為にも、無茶は程ほどにしておけ」
「……ああ。努力しよう」
「返事だけは良いんだがなぁ」


相変わらず、返事だけは真っ当な優等生だ。
だと言うのに、土壇場になると無茶も無謀も厭わないのだから、全く困るとシドは苦く笑う。
クライヴの方はと言えば、そんな反応をされるのは心外だ、と言わんばかりに眉根を寄せている。

ともあれ、言うべきことは言ったし、伝えておけば、彼の頭の端に少しくらいは意識が芽生えるだろうと期待して。
シドはもう一度、クライヴの頭をくしゃっと撫ぜて、


「お説教は以上だ。後はお大事にな」


そう言うと、流石に何度も頭を撫でられて癪に障って来たか、クライヴは唇を尖らせてシドの手を振り払った。
シドは空になった手をひらひらと遊ばせながら、医務室を後にする。

ついでにラウンジにでも寄って行こうと、下り階段へと伸びる道へと進みながら、シドはやれやれと肩を竦める。


(当分は、こっちで大事にしてやるしかないんだろうな)


十三年間、自分を大事にすることは勿論、誰の何も持たないようにしてきたクライヴだ。
自分自身すら捨て鉢に使えた時間が長いものだから、身を守る為のブレーキ意識と言うものは、本当に最低限しか働いていない。
ベアラーとして長らく使い潰されてきたのだから、それで此処まで生きてきただけでも大したものだが、人生はまだまだ続く、続いていかなくてはならない。
ドミナントとして目覚めた彼の生が、何処まで進んでいけるのかはシドにも分からないが、


(俺より先には、逝かせてやりたくはないもんだな)



胸の内にのみ留めるその呟きを、シド以外の人間が知る事はない。





自分で自分を大事に出来ない(やり方が分からない、すっぽり抜けてる)クライヴと、年長者として見てられんなあと思いつつ放っておけないシド。

シドはキングスフォールでドミナントであるとクライヴに明かした時点で「老兵」と自虐混じり、アルティマニアから18歳で覚醒して既に40代後半なので、体の負担としてもクリスタル破壊の目的としても、先が長くないのは分かってたんだろうなあと思ってます。
そんなシドから見て、確かに波乱の人生してるけど、クライヴはまだ若い(FF16の世界観だとこの歳で死ぬことも多そうだけど)んだから、自分より先はやめろよなって思ってる。と良いなと言う妄想。

[8親子]ゴールは大好きな腕の中

  • 2024/08/08 21:20
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



運動の全般に苦手意識があるスコールにとって、運動会と言うのは憂鬱なものだった。

去年、スコールは生まれて初めて、運動会と言うものに参加した。
通っている幼稚園で開催されたそれは、当時のスコールにとっては、まだ楽しめたものだったと言えるだろう。
一番年下のクラスにいたスコールがその時にやったのは、音楽に合わせてダンスをすることだった。
楽しい音楽に合わせて、両手を上に伸ばしたり、足を曲げたり、ぴょこぴょこと手足を動かしてくるくると回ったり。
皆と合わせて踊ることは、どうにも中々振付が覚えられないスコールには大変な努力が必要だったが、それでもやり遂げたし、終わった後には、見に来てくれた父と母に沢山褒められた。
平日に行われた運動会であるから、大好きな兄と姉は学校があって直接見ることは叶わず、代わりに父ラグナが撮った動画で、自宅で上映会をした。
可愛い弟が元気に踊っているシーンを見て、兄と姉も、よく頑張ったね、すごいね、とスコールの頭を撫でる。
そう言う思い出があったから、その時のスコールは、運動会が楽しかった、と思う事が出来た。

それから年齢が一つ上がり、今年もまた運動会の時期がやって来た。
今年は去年と違い、駆けっこと親子競技がスコールのクラスのプログラムだ。
三人一列に並んで、先生の「よーい、どん!」に合わせて走り、ゴールにあるテープを一番最初に通り抜けた人が一位。
と、やる事は毎日の勉強でしっかりと教わり、皆で反復学習のように練習したけれど、どうにもスコールは、その練習でも上手く走ることが出来なかった。

元々スコールにとって、運動と言うのは苦手なもので、楽しんで挑めるものでもない。
どんなに一所懸命に走っても、いつも周りの子供たちから置いて行かれてしまうし、跳び箱も跳べなかった。
実の所、そう言った子はスコールだけではないのだけれど、とかく自分が上手くできない現実に打ちひしがれるスコールにとっては、「ぼくだけできない」と言う感覚だ。
悲しいのと、悔しいのと、どうして良いか判らないのとで、迎えに来た母の前でわんわん泣いた。
家に帰っても泣きじゃくるので、兄と姉も心配したものだ。

そして、かけっこができない、と泣く弟に、兄と姉が一肌脱いだ。
スコールが少しでも上手に走れるように、平日の夕方、休日の午後には弟を公園に連れて行って、一緒に走る練習をする。
さっきより速く走れた、上手に出来てる、と繰り返し褒めて貰って、転ばない走り方も教えて貰った。
転ぶことだって、遅いことだって、決して悪いことじゃないよ、とも教わりながら。
その甲斐あって、幼稚園での駆けっこの練習も、段々と最後まで転ばずに走れるようになってきた。
これなら大丈夫、と根気良く褒めてくれる兄と、もっとこうしたら良いんじゃない、と色々提案してくれる姉に励まされて、スコールは当分の間、運動会の為に努力する日々が続いた。

兄姉のお陰で、以前よりも少しだけ、楽しみな気分で運動会当日を迎えたスコール。
しかし、あれだけ練習したとは言っても、やはり走る足は簡単に早くはならないし、苦手意識もなくなった訳でもない。
朝になってこれまで忘れていた筈の不安が湧き上がり、こわい、いきたくない、と泣き出したスコールを、母は苦心しながら幼稚園へと連れて行ったのだった。

幼稚園に到着してみると、其処は普段とは全く雰囲気が変わっていて、皆がグラウンドで過ごしている。
規律とはまだまだ程遠い年齢の園児たちは、あちこちに気を散らせながら、先生たちに誘導されて、昨日までなかった筈の入場ゲートへ。
スコールも母に宥められて、「あんなに頑張ったんだから大丈夫よ」「スコールが走ってる所、見たいな」と促されて、なんとかゲートへと向かったのであった。

それからは開会式があって、プログラムの順番通りに、子供たちが走ったり、踊ったり、飛んだり跳ねたり。
運動会を見に集まった保護者達の前で、小さな天使たちが毎日の努力の成果を見せる。
去年はスコールが見せた踊りのプログラムは、一つ年下の子供たちが披露して、その可愛らしさに見守る大人は頬を綻ばせる。
スコールの母レインもまた、うちの子もあんな感じだったなあ、と面映ゆい気持ちを抱いていた。

さて、そうして遂にやって来るのが、スコールの出番だ。
グラウンドの真ん中に、石灰の白線で引かれた真っ直ぐのレーンが三本、此処を駆け抜けるのがスコールの今日の課題であった。
やる事はいつも通り、今日の為に幼稚園のお勉強の時間に繰り返していたことと変わらない。
違うのは、周りには沢山の大人の人がいて、いつもチャイムをお知らせするスピーカーからは、賑やかな音楽が流れている。
それがスコールにとって落ち着かなくて、楽しげな音楽も、反って耳に入っていなかった。


(ドキドキする)


胸の中で、小さな心臓がいっぱいに動いている。
緊張と不安を表すそれに、どうにもスコールはじっとしていられなくて、そわそわと辺りを見回していた。


(おかあさん……)


安心できる人を探して、くりくりとした目が忙しなく動く。
グラウンドには、我が子の活躍を見届けようと、沢山の大人が集まって、子供たちの活躍の場を囲んでいる。
その何処かにスコールの母もいる筈なのだが、混乱気味のスコールは、中々をそれを見付けることが出来なかった。
それが余計にスコールの不安心を刺激してしまい、


「んぅ~……」


じわあ、と蒼灰色の丸い瞳に、透明な雫が浮かび上がる。
スコールがそれをごしごしと拭っていると、前に座っていた子供たちが立ち上がって、先生に誘導されてレーンの方へ。
待機列の一番前になったことに気付いて、スコールの心臓がまた跳ねた。

気持ちの整理なんて幾らも付かないまま、スコールの順番がやって来る。
スタート地点へ誘導されるのを、スコールはいやいやと言いたかったが、頭の中は葛藤でいっぱいで、それもする暇がなかった。
毎日のように、兄と姉に手を引かれて、近所の公園で練習した日々を思い出す。
母も「見たいな」と言っていたし、今日の為にあんなに頑張って来たのだ。
それに応えたい気持ちと、うまくできなかったらどうしよう、と言う気持ちがぐるぐると混ざって、スコールはスタートの合図も聞こえそうにない位に、不安な表情を浮かべていた。

────と、そんなスコールの耳に、聞き覚えのある声が届く。


「スコール~!」
「スコール、がんばれー!」
「スコールー!」


音の違う三人分の声は、沢山の人や音楽の音で溢れているグラウンドで、驚くほどクリアに幼子の耳に届いていた。
はっと顔を上げてきょろきょろと辺りを見回せば、真っ直ぐに伸びたレーンの向こう、観覧席に大好きな人たちの顔がある。

母レイン、父ラグナ、兄レオンに、姉エルオーネ。
一緒に幼稚園に来た母だけではなく、他の皆も来てくれていた事に、スコールの顔がぱあっと晴れやかになる。
それまでの不安な気持ちは何処へやらと、ぴょこぴょこと跳ねるスコールに、その喜びと安心が如実に表れて、レインとラグナはくすくすと笑った。
レオンとエルオーネはと言えば、弟が自分たちに気付いた事を悟り、手を振っている。

がんばれ、がんばれ、と両手を振って応援する姉の姿に、スコールの心から勇気が溢れ出してきた。


(そうだ、がんばらなくっちゃ。今日までいっぱい、がんばったんだもん)


一緒に練習してくれた、兄と姉が見に来ている。
楽しみにしてるよ、と言っていた、父と母が見てくれている。
スコールはぎゅっと両手を握って、頑張ろう、と決意した。

そして、レーンの隣に立つ先生が、スタートの合図に右手を高く掲げて、


「よーい……どん!」


その手が振り下ろされた瞬間、スコールは目いっぱい早く駆け出した。

────元々、運動が苦手なスコールだ。
年齢のことは当然ながら、体の動かし方と言うものがどうにも判らなくて、外遊び自体が得意ではない。
両手をぎゅっと握り、腕を大きく振って、丸い頬をぷくぷくにしながら、一所懸命に走る。
目を瞑った状態で走ってしまう癖もあって、それは危ないから、目を開けて走ろうな、と教えられていたのだけれど、すっかりそんな事は忘れていた。
とにかく走って、頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ、と小さな子供の頭の中はそれで一杯だ。

そんな風に息を詰まらせて走っていたものだから、


「あっ」


前のめりになった体がバランスを崩して、重い頭の位置が下がる。


「スコール!」
「ころんじゃう!」


見守る兄と姉が声を上げた時には、スコールはもう地面に滑り転んでいた。

乾いた地面が砂埃を上げて、小さな体を受け止める。
どてっと体の全面を地面にぶつけたショックで、スコールの頭は真っ白になった。
何が起きたのか自分でも判らなくて、倒れ込んだままぽかんとしていると、「スコールくん!」と先生が駆け寄ってくる。
声を掛けられながら体を起こされて、スコールはぱち、ぱち、と両目を瞬かせ、額や腕や足から滲む、じんじんとした痛みに意識が持って行かれる。


(いたい。あつい。こわい)


擦りむいた所が痛い。
目の奥が熱い。
沢山の音が溢れて怖い。

ぼろ、と大きな瞳か粒の涙が零れ落ちて、ふえ、とスコールの喉が泣き出そうとした直前、


「スコールー!」


一際大きな声が、スコールの耳に届く。
真っ直ぐに前をていたスコールの目に、大きな声で名前を呼ぶ父の姿が映った。


「がんばれぇー!もうちょっとだぞ!あと少しでゴールだ!」
「スコール!がんばってー!」
「スコール!大丈夫だ、走れる!」


繰り返される家族からの声援に、スコールの視界は一気に拓けた。

毎日練習していたのだ。
兄と姉に教わりながら、その日出来るようになったことを父に報告して、自分が出来ることを確かめて。
母にも「見たいな」と言われたから、母はスコールが出来ることを信じている。
それに応えたくて、スコールは今日と言う日まで頑張ってきた。

スコールはひっく、ひっくと喉をしゃくりあげながら、ふらふらと立ち上がる。
先生がスコールの運動服についてしまった土埃を払い、「大丈夫?お休みする?」と声をかけてくれたが、スコールは首を横に振る。


(さいごまで、がんばる)


一緒に走り出した子供たちは、もうゴールしていた。
残っているのはスコールだけで、それは悔しかったけれど、それならせめて、最後まで走りたい。
皆のお陰でちゃんと最後まで走れるようになったんだと、見せたかった。

スコールは再び走り出した。
擦りむいた足が痛くて、それを庇いながら走るものだから、なんとも不器用な走り方だ。
見守る家族ははらはらとして仕方がなかったが、走るスコールはそんなことを気にしている間もない。
ゴールの向こう側で応援している、大好きな家族に向かって、スコールはちゃんと目を開けて走り抜けた。

ゴールの線を越えて、先生が「よく頑張りました!」と迎えてくれる。
ゴールした子供たちが待つ待機スペースへ手を引かれながら、スコールは家族の方を見た。


「スコール!すごいぞー!」


父ラグナが大きく手を振っている。
その傍らで、兄はほうっと胸を撫で下ろし、姉はぴょんぴょんと跳ねて喜んでいた。
そして母レインも、頑張り抜いた末っ子に安堵しながら、泣かずに走り切ったその成長に目を細める。

スコールの後に続く子供たちが全員走り終わって、退場ゲートを潜って行く。
今日一番の頑張りを終えた子供たちは、それぞれ待っていた保護者に迎えられていった。
スコールも同じように、待っていた家族の下へと駆け寄って、


「スコール~!すごい!ゴールできたぁ!」


そう言って抱き締める姉に、スコールもぎゅうっと抱き着く。
すごいすごい、と繰り返す姉と、よく頑張ったな、と土のついた頬を撫でる兄に、スコールは精一杯に頑張って良かった、と思った。





末っ子の運動会を皆で応援。
両親が来るのは勿論のこと、お兄ちゃんとお姉ちゃんは学校をお休みしています。毎日頑張っていた弟の成果はなんとしても見届けたかった。勉強は帰ったら自習で頑張る約束。

後々、スコールは運動神経を伸ばしていくので、こんな姿は見れなくなっていく訳で。
子スコの頃にしかないであろう、こういう場面を書くのはとても楽しい。

[ラグレオ]遠い面影に夢を見る

  • 2024/08/08 21:15
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



それを見付けたのは、偶然のこと。
引き出しの中にあるものを取ってくれと言われて、指定された場所を開け、探っている時に、何の気なく目に入ったものだった。
綺麗な銀色は、小さな傷がちらほらとあるものの、光沢は損なわれずに磨かれていたから、放置されている訳ではないことが判った。
反面、これを使うような場面があるのだろうかと、首を傾げた。
その時は詳細について聞く暇があった訳でも、深く考える必要のあるものでもなかったので、触れることなく引き出しを閉じている。

それからなんとなく、それの事が忘れられなかった。
使っていたことがあるんだろうか、何に使っていたんだろうか───と想像を巡らせてみるが、大概、それを使う場面と言うのは限られているように思う。
だが、レオンの想像の通りにそれを使っているのなら、相応の気配が漂うものだろう。
匂いであったり、キスをした時に感じる味であったり、そう言うものに、それは滲み出てくると聞く。
しかしレオンは、ラグナと愛し合うようになってから───もっと言えば、それ以前からも───、その手のものを感じた事がなかった。

何度目かの夜の交わりをして、倦怠感の中でベッドの中で微睡んでいる。
ともすればこのまま眠ってしまえそうだったが、隣にいる人はまだしっかりと起きているようで、レオンの頭を撫でる手は続いていた。
年齢差があるとは言え、どうにも子供扱いのようでレオンは聊か気恥ずかしいのだが、触れる手の心地良さにも抗えないので、いつもされるがままにしている。

外は今日もうだるように暑く、夜になっても気温が下がらないので、夜でも冷房が欠かせない。
子供の頃は夏と言ってもこうまで暑苦しくはなかった筈だが、最早、この暑さが当たり前にもなりつつある。
だから冷房を止める事は出来ないのだが、汗を掻いた肌に、ふわふわと当たる冷風と言うのは、少々寒さを感じさせてしまった。
それから逃げるように、傍らの温もりに身を寄せると、くすくすと笑う気配がある。
甘えん坊だとでも思われたのかも知れない。
そう思うと、また恥ずかしい気持ちも沸いて来るのだが、さりとて心地良さもやはり手放し難く、レオンは赤くなっているであろう顔を隠すように、すぐそこにある胸に鼻先を埋めていた。

と、そうして鼻腔をくすぐる匂いに、レオンはふと、ベッド横のチェストの中にある物のことを思い出し、


「……あの」
「ん?」
「…ラグナさんって、吸うんですか」
「お?何が?」
「煙草です」


レオンの言葉に、ラグナはぱちりと瞬きを一つ。
不思議そうな顔をして、「なんで?」と、問の理由を尋ねるラグナに、


「その、引き出しの中に、ライターのようなものがあったので」
「ああ、成程。そっか、アレか」


意図していなかったとはいえ、他人の私物を盗み見てしまった気がして、レオンは口籠りつつ正直に答える。
するとラグナは、心当たりに至ったようで、そうかそうかと納得した様子で言った。


「昔な。吸ってた事はあったよ。独身の頃だけど」


そう答えるラグナは、現在、男手一つで一人息子を育てている。
妻は息子を生んでから数年後、まだ幼い内に急逝してしまったそうだ。
その息子は今年で十七歳を数えているから、彼が独身の頃と言うと、少なくともその数字よりも前のことになる。
ラグナの年齢を考えると、人生の三分の一は昔のことになるので、古い話と言えばそうだろう。

ラグナが体を起こして、ベッドの横のチェストに手を伸ばした。
引き出しを開けて中を探り、取り出したのは、綺麗な銀色のオイルライターだ。


「これだろ?お前が気になったのって」
「はい」


ライターは意匠らしいものは見当たらないものの、澄んだ耀きを放っており、安価なものではない事は、その手のものに詳しくないレオンにも感じ取れた。
側面の隅に小さくブランドの刻印が刻まれている以外には、まっさらな銀色だ。
シックな印象を与えるそれは、シンプルであるが故に、洗練されたアイテムであると印象付けるだろう。

ほい、とラグナがそれを気軽に差し出してきたものだから、レオンも思わずそれを受け取った。
起き上がって代物を眺めてみると、それなりの重さもあって、───レオンにそれの品の真偽は判らないのだが───本物らしい存在感を感じさせる。
刻印の部分をよく見ると、シリアルナンバーと思しき数字も刻まれていた。

しげしげと銀色の小さな着火器を見つめるレオンに、ラグナは立てた片膝に頬杖をしながら言った。


「俺、昔はジャーナリストになろうと思って、色々書いたり、あちこち行ったりしててさ。その時に出来た伝手って言うか、知り合った人に、なんか気に入られちまって、やるよって言われて貰ったものなんだ」
「こんな高級そうなものを……」
「そうなんだよなぁ。でもその頃は、そう言う価値とか俺、全然判ってなくってさ。でも煙草は吸ってたから、有難く貰って、当分は使ってたんだ。物は頑丈だし、しっかり火がついてくれるから、何処ででも吸うのに困らなかったし」


その前は使い捨てを使ってたんだけど、とラグナは言った。
それから、でも、と続く。


「嫁さん出来て、子供が出来て。そうなると、やっぱ煙草止めなきゃなあ~って思ってさ。生まれる頃には、なんとか禁煙できたんだ」
「それからは、一度も?」
「いや。レインが死んだ時に、ちょっと戻っちまったな。けど、まだスコールも小さかったから……ああやっぱ駄目だって思って、なんとか我慢し直した。其処からは吸ってないな」


急逝した妻と、幼かった息子を思って、ラグナは煙草を辞めた。
仕事のストレス等から三度手を伸ばしかける事はあったが、なんとか堪えて、二度目の禁煙に成功。
以降は煙草を新たに買う事も勿論なく、このオイルライターが使われる事もなかったと言う。


「────でもさ、これ、高いもんじゃん?」
「……そうなんでしょうね。ブランド物のようだし」
「貰いもんだし、捨てるのもな~って。誰かにあげるってのも考えたけど、いないんだよな、俺の周りに今煙草吸ってるような奴」
「確かに、ウォードさんやキロスさんも、吸っている所は見たことがないですね」
「うん、あいつらも全然だよ。だからずっと此処に仕舞ってる。取り出すのは、時々、磨いたりする位だな」


ベッド横のチェストを指差すラグナに、どうりで綺麗な筈だ、とレオンも納得した。
小さな傷があるのは、昔使っていた頃の名残。
現在は、道具本来の役割としては使われることはなく、基本的には、チェストの中に仕舞われたままのもの。
それでも高級品だからか、頂き物だからか、放置しておくには聊か忍びなく、表面位はと思い出した時に簡単な手入れをしているのなら、こうも綺麗に残されているのも当然か。


「まあ、そんな感じでずっと此処に置きっぱなしだから、もう火もつかないとは思うんだよな。使うなら、ちゃんとメーカーに頼んで、色々交換して貰ったりしないと。でも、別に其処までの必要も感じなくってなぁ」


今やラグナにとって、このオイルライターは、若い頃の思い出だけの置物なのだ。
まだ向こう見ずな無鉄砲でいられた若い時代、口寂しさを誤魔化したり、原稿の内容を考えている時に、ぷかぷかと吹かしていた煙草、それを吸う為の必需品。
既に地に足のついた生活が板について、家族と自分の生活の為、敢えての不健康に手を出すのも辞めて久しい。
昔々は、息子の誕生日のケーキに火をつける為に使ったこともあったけれど、十七歳の息子はもうそれを望みはするまい。
いよいよ、ライターはお役御免となっていた。

この手の者は、個人的な収集家もいる為、フリーマーケットの方法で手放す人、逆に入手する人もいるものだろう。
しかし、ラグナはその手の手段に明るくなかったし、見ず知らずの人に、懇意で貰った物を渡すのも、少々抵抗があった。
捨てるとなるとまた少しばかり気が咎めたし、何より、処分の正しい方法が判らない。
既に長らく使われていないとは言え、適当に処分して良い代物でもないから、益々この扱いは宙ぶらりんになっているのであった。

レオンが眺めていたライターを返すと、ラグナはその蓋を片手で開け閉めして遊び始める。
キン、キン、と金属が当たる音がして、ラグナの手付きが慣れているのが見て取れた。
長らく使っていないとは言っても、若い頃の杵柄があるのか、ラグナの手はそれの扱い方を今も覚えているようだ。
レオンはその様子をじっと見つめながら、


(……どんな風に吸ってたんですか、なんて、聞くものじゃないか)


浮かぶ疑問が口をついて出そうになるのを、レオンは意識して堪えている。
そんな思考が浮かぶ理由を、レオンははっきりと自覚していた。


(……見て見たかった。この人が、煙草を吸っている所を)


どんな風に、どうやって、どのメーカーのものを愛用していたのだろう。
煙草も様々な種類があって、それを吸う時の手癖と言うのも、また人によって色々あるようだった。
レオンも煙草を嗜んではいないから、それは他者を観察している時に感じたものだ。
煙草の持ち方だったり、吸う時の仕草だったり、吐き出す時の顔だったり───それが、ラグナはどんな風だったのだろう、と勝手に想像が膨らんでいく。

ラグナの過去と言うものに、つい最近彼と逢ったレオンは、当然入って行くことが出来ない。
目の前にいるこの人のことを、全て知りたいと願っても、昔の事については、思い出話を聞くのが精々だ。


(かと言って、今もう一回吸ってくれ、なんて言う訳にもいかないな)


知りたいと思っても、家族を思って辞めたことを、自分の我儘で引き戻してはいけない。
自戒しながら、それでも知らないラグナを知りたい気持ちが抑えきれそうになくて、レオンはライターを遊ばせている恋人に体を寄せた。
肩口に頭を乗せたレオンに、ラグナは「どした?」と声をかけながら、濃茶色の髪をくしゃりと撫でる。
また甘えていると思われたらしい、が、レオンは今ばかりはそれに甘えることにした。

ラグナはライターをチェストの上に置いて、レオンの頭を抱えるように抱き込んだ。
レオンの頬にラグナの唇が寄せられて、近い距離から香るのは、間違いなくラグナの体臭だ。
煙草独特の匂いなど其処には当然ある筈もなく、本当にもう随分と昔の話なのだと実感する。



重ねた唇から伝わる味を確かめながら、レオンは次の熱に向かう体から力を抜いた。






元喫煙者なラグナも良いなと。頭ガシガシしながら原稿考えてた頃があったのかも知れない。
そんなラグナの今も昔も全部知りたいと思ってるレオンでした。

[ラグスコ]満たされるにはまた明日

  • 2024/08/08 21:10
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



熱が交わっている間は、何も考えなくて良い。
ただ其処に繋がる相手がいることと、身体を支配するものの恐ろしさと、その心地良さに身を委ねていれば良い。

中に出されたのを感じながら、スコールも何度目かの果てを迎えた。
強張った足の爪先が細かに震えた後、ひく、と戦慄いてから弛緩する。
中に入っていたものがゆっくりと出て行くと、途端に寂しさと、けれども注がれたものが零れていく感触があって、疲労感と充足感がじわじわとやって来た。

覆いかぶさっていた重みが退けようとする気配を感じて、首に絡めていた腕に力を籠める。
やだ、と言外に主張すると、仕方がなさそうに小さく笑う気配の後、頬に柔らかいものが落ちた。
何度も触れては離れるそれに、充足感がまたじんわりと沸いてきて、スコールの方からも口付ける。
僅かに皺の浮かぶ目尻に触れると、相手───ラグナはくすぐったそうに笑いながら、スコールの唇に自分のそれを重ね合わせた。


「ん……ん、ふ……」


無防備に隙間を空けていたから、するりと舌が入ってきた。
抵抗せずにそれを受け入れ、自分の方からも絡めて行くと、耳の奥で水音が聞こえてくる。
舌の裏をゆっくりと擽られると、ぞくぞくとした感覚が這いあがってきて、ぶるりと体が震えた。

背中に回された、意外としっかりとした筋のある腕が、スコールをしかと抱き締めている。
それは甘えたがるスコールを、逃がさないと判っていながらしっかりと捕まえて、子供をあやすようにゆっくりと背筋を撫でていた。

たっぷりと咥内を寵愛されて、スコールの意識はふわふわとしていた。
蒼灰色の瞳がとろりと溶けていくのを、翠色が酷く近い距離で見つめている。


「……っは……あ……」


ようやく唇が離れると、スコールの唇から名残の吐息が漏れた。
自覚していなかった息苦しさをようやく悟った躰から、くたんと力が抜けて、スコールの全身がベッドに沈む。
しがみついていた腕も解けてしまい、ベッドに投げ出されたそれに、ラグナの手が伸ばされた。
スコールの右手とラグナの左手が絡み合って、どちらともなく、ぎゅう、と捕まえる。

ラグナは、熱と口付けの余韻に揺蕩っているスコールを見詰めながら、


「大丈夫か?痛いとこない?」


労うラグナの言葉に、スコールは夢現の気分の中で、「……ん……」と小さく頷いた。
正直な所、散々に声を上げた喉であったり、繋がり合っていた場所の違和感だったり、明日になれば腰にも色々響いていそうではあったが、それは些細なことだ。
心地良さや、今までしていた事の余韻を阻害するものでもないから、スコールは平気だと答えた。

そのままスコールがぼうっとしている間に、ラグナが起き上がる。
密着していた体温が離れて、途端に滑り込んでくる冷たい空気に、スコールはラグナに向かって手を伸ばした。
ラグナはその手に応じるように手指を軽く絡めると、くすりと小さく苦笑しながら、スコールの手を柔く握る。
手は繋いだまま、ラグナは空いている方の腕をベッド横のナイトテーブルに伸ばして、結露の浮いたペットボトルを取った。


「ちょっと水分取っとこう。な?」


喉が渇いているだろう、と言うラグナに、スコールは否定をしなかったが、飲む為に起きるのは面倒だった。
じい、と蒼の瞳が無言で見つめ返すと、ラグナはしょうがないなと言わんばかりに眉尻を下げて笑う。

ラグナはペットボトルを開けて、軽く一口飲んだ後、次はそれを口に含んだ。
降りてくる影の気配に、スコールが頭を向けると、唇が重ねられる。
体温よりも少し冷たい液体が、ラグナからスコールへと受け渡されて、スコールの喉が小さくこくりと音を鳴らした。

一回、二回、三回。
口移しに渡す水の量は大したものではなく、自分で飲んだ方が、水分摂取の効率としては良いものだ。
けれどもスコールは、こうして事後にラグナに判りやすく甘やかされることに心地良さを感じていた。
ラグナもまた、スコールの露骨な甘えようが愛しくて、甲斐甲斐しく世話を焼く事を楽しんでいる。
そして、満足するまで水を渡した後は、お互いの濡れた唇と咥内の具合を確かめるように、深いキスをするのがお決まりだった。


「んむ、ん……っんぁ……」


ラグナの舌が、スコールの舌の裏側をつぅと擽る。
その度に、スコールの落ち着きかけていた体の熱が、またじわじわと燻ぶり始めていく。
若くて性の愉悦を覚えたばかりの体だから、増してやそれを余すことなく開発して教えたラグナが相手であるから、容易くその身体は自己を主張し始める。


「は、ふ……ラグ、ナ……」


シーツの白波の中で、スコールはもぞもぞと体を捩っていた。
甘えん坊の見つめる瞳に、明らかな情欲が宿っているのを見て、ラグナがくすりと笑う。


「明日、お仕事って言っただろ?」
「んん……」


諫めるように言うラグナに、スコールは眉根を寄せてラグナを見上げる。

スコールが今日、エスタにいるのは、元々明日から予定される会談で、ラグナの護衛を務める為だ。
ドールとガルバディアからも要人が来ると言う、規模としては大きいものだから、スコール以外にもA~CランクのSeeDが派遣されている。
SeeDは全員、エスタの都市内にあるホテルで宿泊施設を確保してあり、本来ならスコールも其処で過ごす筈だった。
しかし、ラグナの方から連絡があり、「明日の打ち合わせをしたいから」と言う理由で、ラグナの私邸へと招かれた。
明日の階段の予定となっているルートが、安全確保の為に密かに変更されており、SeeDの総指揮を務めるスコールとは情報共有しておこう、と言う真っ当な理由があった。
昨今の国際情勢の不安視も多い中、移動中に襲撃が待ち構えている可能性を考えての措置だ。
それは決してスコールを呼び出す方便ではなく、スコールが私邸に着いた時には、ラグナが最も信を置く側近───キロスとウォードも待機していて、打ち合わせも入念に行われた。

だが、その後の事は、全くの別。
ホテルに戻るのは時間がかかるだろうとか、折角なんだから泊まって行けとか、久しぶりなんだから、とか。
色々と言って引き留めるラグナが言わんとしている事が、スコールも判らない訳ではなかったし、身体が彼を求めていた。
指揮を務める立場で勝手な、うつつを抜かして、と思う気持ちもないではなかったが、結局は熱の誘惑に負けた。

そんな訳だから、スコールの明日の朝と言うのは早いのだ。
朝の集合時間に指揮官が遅れる訳には行かないし、昨夜の打ち合わせで確認したことを、他のSeeDにも伝えなくてはいけない。
時計を見れば、日付も変わっており、明日の事を思うと、そろそろ眠って体を休めなくては。
寝不足の頭と体で、重要な要人警護の任務に挑むなんて、危機管理がなっていない。

────と、判ってはいるのだが、


「ラグナ……」


丹念に熱で蕩かされた頭は、そんな真面目な話など知った事かと、目の前の男を欲しがる。
腕を伸ばして縋るスコールを、ラグナはまた眉尻を下げながら、ダークブラウンの髪をくしゃくしゃと撫でてあやす。


「だぁめ。ほら、良い子して寝な」
「……」
「可愛い顔しても今日はもう駄目だよ」


じと、と睨むスコールだが、ラグナに効果はない。
それがなんとも腹立たしくて、応じてくれない事に焦れて、スコールはぎゅうっとラグナにしがみついた。
離したくない、離れたくないと訴える少年に、ラグナが優越感に浸っていることを、スコールは知らない。

ラグナはスコールの背中を抱き締めて、ごろん、とベッドに寝転がった。


「良い子にしてたら、明日もこっちで寝て良いから」
「……そんな訳ないだろ。明後日もまだ任務がある」


ラグナの言葉に、スコールは眉根を寄せながら言った。

明日の会談を終えても、ラグナの予定は終わりではなく、明後日はエスタの各市街地域の市長との議会がある。
規模の大きな都市であるエスタでは、こうした議会が開かれるのも少なくはないが、全ての区域の市長が集まるタイミングは限られている。
スコールたちSeeDは、引き続きそれの警備も任されているのだ。
此方はエスタ軍が各所の警備を担うが、大きな会場を使う為、エスタ軍だけでは埋めきらない穴を補う役を担う。

ことの重要度で言えば明日の会談の方が大きいが、かと言って、明後日の警備任務も気を抜いて良い訳ではない。
今日がもう駄目だと言うのなら、明日だって駄目でなくてはいけないのだ。
いや、今夜をこんな時間に費やしたのなら、明日こそちゃんと休まないと、身体にガタが来る可能性もゼロではない。

だが、そんなことを考えながらも、スコールの表情は揺れている。
明日もまた此処に来て良い、と言われたら、それは寂しがり屋の少年にとって、なんとも拒否しがたい誘惑を持っていた。


「……明日……」
「するかしないかは、その時にな」
「……」
「来てくれるなら、そう言う風にしとくから」


ラグナがスコール一人を呼び出すことは、それ程難しくはない。
今日と同じく、打ち合わせだとか、確認事項だとか、それらしく言えば十分だ。
SeeDから何某かの連絡が入ることは皆無ではないが、基本的には、余程の緊急事態でもなければ、スコールがこの邸宅を飛び出す必要もないだろう。
見ようによっては、そもそもの任務である、大統領護衛を近衛の立場で務めていることになるから、誰もスコールがラグナの下を離れないことに違和感を唱えることはあるまい。

柔らかい手付きで頬を撫でながら、続きをねだるスコールを宥めつつ、「な?」とラグナは笑う。
無邪気にも見えるその顔に、スコールは唇を尖らせて、


(……ずるい)


そうやって、周りを固めておきながら、今夜はもう此処までなのだ。
スコールは今すぐ熱の続きが欲しいのに、それは決して与えてはくれず、お預けをされている。
けれど、そのお預けをちゃんと守ることが出来れば、明日にはまた、熱を与えてくれるかも知れないのだ。

スコールが何を欲しがって、それをどう渡せば良いのか、ラグナは全て知っている。
それでスコールが望むものが手に入るようにと、ラグナが教え込んで行ったのだから当然だ。


(……うまく転がされてる気がする)


気がする、ではなく事実そうだと言う事に、スコールはいまいち気付いていなかった。
この手の中に捕まっている事が、なんとも言えない安心感を齎すものだから、其処ばかりに心が囚われる。

せめてもの腹立たしさに、スコールはラグナの胸にどすっと頭をぶつけた。
胸を打った突然の頭突きに、「うっ」と言う声が聞こえる。
大した意味もないその反応に、少しだけ胸がすくのを自覚しながら、


「……寝る」
「お。うん、そっか。良い子」
「子供扱いするな」


ぽんぽんと頭を撫でる気配に、スコールは益々拗ねた顔で、ラグナの胸に鼻先を埋める。
押し付けた胸から、汗の匂いが滲むのを感じながら、まだ燻ぶっている体を、強引に眠りの方へと持って行くように意識した。
身体が疲れているのは確かだから、この鼓動が落ち着く頃には、睡魔もやって来るだろう、恐らく。



頭を、背中をゆっくりと撫でる手の体温を感じながら、スコールはゆっくりと目を閉じた。





呼んで散々甘やかしておいて、スコールの方からおねだりすると、焦らしてくるラグナ。
一挙に与えると満足してしまうから、じわじわ満たして、染めて行ってるんだと思います。
スコールの方も、任務の事は気にしているようなことを言うけど、ラグナから求められると拒否する気がないって言う。だから呼ばれると行っちゃう。
ラグナは、そう言う所だぞって思いつつ呼んでる。可愛いんでしょうね。

[レオスコ]目覚めに映る愛に囁く

  • 2024/08/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



若手きっての実力派俳優と呼ばれるレオンが、家に不在勝ちなのは無理もなかった。
一年のうち、殆どを映画やドラマの撮影の為にスケジュールを取られ、遠いロケ地の方で一週間以上も泊まり込みになる事も少なくない。
成人する以前でも、都内の撮影スタジオは勿論、特撮ものに使われるような郊外にも頻繁に通っていて、普通の学生よりも遅い時間にやっと帰宅、と言う事もあった。
八歳年下のスコールは、そんな兄が一分一秒でも早く帰ってくるのを、毎日祈るように待っていたものだ。

現在、スコールは十七歳になり、レオンは二十五歳になっている。
幼い頃は寂しがり屋で、兄が帰ってくるのを待ち遠しく思っていたスコールだが、流石に分別の着く年頃だし、一人での留守番も慣れた。
引っ込み思案でクラスの誰とも話すことすら出来なかった昔と違い、高校生になって賑やかな友人も出来たし、一人で退屈を埋める手段も持っている。
父も仕事で遅くまで帰れないことも増えてきて、昔とは逆に、一人の時間を気儘に過ごす余裕もあった。

スコールが一日の就学を終えて、三日分の買い物をして自宅に帰ると、其処には自分よりサイズが一つ大きい靴がある。
カジュアルなスニーカーであるので、兄が帰って来たのだと言う事を理解した。
聞いていた予定よりも少し早い、と思いながら、スコールも靴を脱いで框を上がる。

リビングダイニングに入ると、テレビの前のソファから、長い脚が出ている。
あの状態になっていると言う事は、とスコールはダイニングテーブルに荷物をそっと置き、足音を立てないようにそろりとソファへ近付いた。
背凭れの向こう側を覗き込んでみると、思った通り、レオンがクッションを枕にして寝息を立てている。


(……おかえり)


スコールは声に出さずに、兄の帰宅を迎えた。

ソファの足元に、レオンがいつも仕事の時に使っている鞄が置かれているのを見付ける。
自分の荷物は自分の部屋に置きに行くのに、それをしていないと言う事は、帰ってきてそのまま直ぐに寝落ちたのだろうか。
と言う事は、随分と疲れている筈だと、休ませる為にスコールは敢えて兄に触れないことにした。

買ってきたものをキッチンへと運び、冷蔵庫の中に収めて、今日の分の食材だけを取り出す。
レオンが今日帰ってくることは予定にはなかったが、二人分でも三人分でも、この家で必要になる食事の量はそれ程大きくは変わらない。
どうせ数日分をまとめに買い置きしているのだから、人参を半分ではなく丸一本使う、と言うくらいで十分対応できることだった。

静かな家の中で、包丁の音がト、ト、ト、と鳴る。
普段からスコールは余計な物音を立てない方だが、今日は眠っているレオンの事もあって、一層丁寧な仕事をしていた。
キッチンはリビングダイニングと対面式で繋がっているが、リビング空間は、ダイニング空間を挟んだ向こう側にある。
ソファの背凭れに隠れている兄の姿は、キッチンからは全く見えない。
多少の音が煩く響くことはないだろうが、それでも、なんとなく、今日のスコールは音を嫌った。

野菜を全て刻み終え、火にかけていた鍋の中に入れて、火が通るのを待つ。
その間に、夕飯のメインメニューになる、鳥団子の肉だねを作っておくことにした。
肉だねに使う野菜をまな板の傍に並べ、順番に切り刻んでいく。
作業を楽にする為に電動スライサーはあるが、モーターの音がそこそこ大きいので、今回は此方も包丁で切る事にする。
基本的にスコールは効率を優先する質であったが、兄の安眠を守ることは、更に上位の優先権を持っていた。


(食感を優先するなら粗くて良いな)


タマネギ、ニンジン、ゴボウ。
メインとなる肉団子の大きさを考えながら、仕込む野菜は余り細かくし過ぎないように。
刻み終えたら、電子レンジで一度火を通してから、繋ぎと一緒に鶏肉のミンチとボウルに入れて、捏ねる工程に入った。

肉だねが出来たら、野菜スープの中に小分けに丸めたそれを入れて、火が通るまでじっくりと煮込む。
今日はこれがメインとなるが、兄は疲れているだろうし、父ラグナも腹を空かせて帰ってくるだろう。
もう一品くらいあった方が良いな、と冷蔵庫を覗いて、


(……卵焼きで良いか)


簡単に決めておいて、それなら夕飯前に作ろう、と蓋を閉じる。
火にかけた鍋をこまめに気にしながら、スコールは洗い物に手を付けた。

済ませることを済ませて、ようやく手が空いた。
まだ静かだな、とリビングダイニングに行ってソファを覗き込んでみると、レオンはまだ眠っていた。
それなりに人の気配には敏い筈なのだが、全く微動だにしていないと言う事は、そこそこ深い眠りの中にいるらしい。


(珍しい)


背凭れに後ろから寄りかかって、眠る兄の横顔を見つめる。
いつ帰って来たのか知らないが、こんな所で寝落ちていることと言い、相当疲れが溜まっていたのだろう。

スコールはそうっと手を伸ばして、レオンの頬にかかる横髪を退けた。
指先が微かに頬を掠めて、ぴく、と長い睫毛が震える。
起こしたか、と手を引っ込めることも出来ずに固まっていると、


「……ん……」


ぎゅ、と眩しさを嫌ってか瞼を強く閉じた後、蒼灰色がゆっくりと零れ覗いた。
ぱち、ぱち、とゆっくりと瞬きをした後、視界にかかる陰りに気付いたのか、瞳はゆっくりとスコールの方へと向かう。
天井の照明を丁度遮る位置にいたスコールを、レオンは逆光の視界でしかと捉えた。


「……スコール」
「……あ、」
「……ただいま」


帰ってきた挨拶と共に、するりとレオンの手が伸びてきて、覗き込んでいる格好になっているスコールの頬を撫でる。
頬に添えた手が求めるものに誘導されるように、スコールの頭が少し下がる。
それに今度はレオンの方から近付いてきて、五日ぶりの感触が唇に触れた。

今時の若い女性が夢中になって已まない顔が、スコールの視界を一杯に埋め尽くしている。
映画やドラマの中で、沢山の女優と共演しては、様々な愛を伝える言葉を囁いているレオンだが、彼自身は決して言葉数は多い方ではない。
コミュニケーションが苦手な訳ではないが、自ら積極的にそれを求める程でもない彼は、言葉よりも態度や表情で相手への情を示す方だ。
蒼灰色は柔く優しく緩んで、頬に触れる手は暖かく、触れる唇はついばむように少しずつ───それが段々と深くなるのが、レオンの愛情の示し方だと知っているのは、スコールだけだ。

深くなった口付けと共に、細められた蒼灰色に凛とした光が宿って行く。
寝起きの挨拶のようなキスから始まったそれは、いつの間にか常の深さになり、起き上がっていたレオンの両手がスコールの頬を包んでいた。
離さない、と言わんばかりのレオンに、スコールもただただ、追い駆けるように応じてレオンの存在を確かめる。

久しぶりの感触を、満足する程の熱を交わして、ようやく唇は離れた。


「っは……あんた、いきなり……」
「起きたらお前の顔が見えたからな。つい」


酸素不足に赤らんだ顔で睨むスコールを、レオンは何処までも柔い瞳で見つめ返す。
愛しい気持ちを隠すつもりのないその目に、スコールは益々顔が熱くなるのを自覚した。

スコールの頬を捕まえていた手が離れて、レオンが体の向きを直す。
ソファにきちんと座る格好になったレオンの後ろで、スコールは赤い顔を背凭れの上に押し付けていた。

あふ、と欠伸を漏らすレオンは、雑誌やテレビ番組で見る時と違い、随分と無防備だ。
それが気を許した相手、とりわけ家族にのみ見せる、素の状態のレオンである。
カメラ越しにはまず見ることのないその顔を、当たり前に見れる事に、スコールは密かな優越感を抱いていた。

顔の赤みが消えていない自覚を感じながら、スコールはレオンを見ながら言った。


「あんた、いつ帰ったんだ。撮影スケジュールはまだ二日くらいあっただろ」
「家に着いたのは昼過ぎだったかな。スケジュールはそう取ってはいたけど、順調に進んだから早く終わったんだ。次のシーンはスタジオでの撮影だから、どの道戻らないといけなかったし、それなら、もう帰っていいと思ってな。お前の顔も見たかったから」
「………」


さらりと告げられる言葉に、スコールの顔がまた熱を持つ。

人気俳優と言う立場の為、忙しいのは間違いないが、それでもレオンはスコールのことを優先しようとする。
昔から愛してやまない弟と、一分一秒でも長く、傍にいたいと思っているからだ。
そんな風にレオンに特別に思われることが、どんなに稀有なことであるか、スコールはよく知っている。

レオンの体が背凭れに寄り掛かり、その向こうに立っているスコールを見た。
蒼の瞳に映り込んだスコールの顔は、分かり易く赤くなっている。
それを自分で見ていられなくて、視線を逸らしたスコールに、レオンは眉尻を下げながらくすくすと笑った。

レオンの指がスコールの頬に触れる。
滑る指先が、兄弟で揃いのピアスをした耳朶に触れて、


「スコール」


足りない分を取り戻したいと、名前を呼ぶ声に、スコールが拒否を示す訳もなかった。





レオンからの寝起きのキスをさせたかった。
スコールの方も、レオンがするならしたい(して欲しい)ので逃げない。
あとなんとなく俳優をしているレオンが見たいなと思ったんです。仕事中と家とで完全にスイッチが切り替わるタイプ。

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