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2023年08月

[クラレオ]貰えるのなら余さずに

  • 2023/08/11 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



自分の誕生日が来ると言う事は、ユフィが何かにつけて言っていたので、覚えていた。
それから遠からず内に、レオンの誕生日もやってくるので、どちらがとは言わないが、ついでのようなものだ。
またその理由に託けて、少々豪華な夕飯にありつきたい、と言うのが末っ子分の楽しみなのだろう。
祝われる事については特に感慨がある訳でもなかったが、美味い飯が食えるのは此方としても喜ばしい。
寝床から追い出される心配もまずないと思うので、仲間の気遣いは有り難く頂戴する事にしている。

その傍ら、誕生日プレゼントに何が良いかと聞かれた訳だが、すぐに浮かぶほどに物欲はない。
細々としたもので言えば、武器を手入れする為の磨き布だとか砥石だとか、邪魔にならないサイズの水筒でもあれば出先で楽だとか、そろそろ穴が開きそうな靴下の新調だとかはある。
あるが、わざわざそれをプレゼントにしてくれと言うと、何故か「甲斐がない!」と抗議されるのであった。
靴下はともかく、水筒くらいは許されても良いのではないかと思うが、取り敢えず消耗品の類は脇に退けておいて、思い浮かぶものを幾つか伝えておいた。

そして今日と言う誕生日当日を迎えると、再建委員会の活動の場所でもあり、憩いの場でもある魔法使いの家では、細やかながら誕生日パーティが催された。
レオンとエアリスが作った手料理に加え、ユフィはしっかりと、クラウドのプレゼントにと、リクエストに則ったものを用意して来た。
おめでとう、と無邪気な笑顔と共に渡されたのは、丈夫な革張りの鞄だ。
大きさはポーチと呼んでも良いサイズだが、革も馴染んで柔らかくなれば、良い使い心地になるだろう。
小さいからこそ、持ち歩くのに邪魔にならない、と言うのもクラウドには有り難かった。
長年使い続けてボロボロになった鞄とはおさらばし、これからは此方を使わせて貰うとしよう。

シドが「これが俺からだ」とプレゼントに出して来たのは、年季の入ったワインだ。
いつもビールの男が珍しい、と思いつつ受け取って、のんびり出来る時に開ける事にした。
今日は鱈腹食べているので、既に腹が重い。
飲む時にはレオンに摘まみもねだってやろうと勝手に決めつつ、クラウドはそれなりに心地の良い誕生日と言うものを味わったのだった。

楽しい時間は存外とあっと言う間に過ぎて行き、夜も更けた。
クラウドは故郷にいる時は気儘な日々を過ごしているが、幼馴染たちはそうではない。
明日も街の再建の為に忙しなくしている彼等は、そろそろお開きと言う空気になると、手慣れたもので誰となく片付けを始める。
ユフィはもう少し楽しんでいたい様子だったが、彼女も明日はパトロールがあるのだとか。
誕生日プレゼントは渡したし、美味い夕飯も食べれたのだから、十分満足はしている───とのこと。

そしてクラウドは、片付けの場からは一足先に抜けさせて貰った。
レオン、エアリス、ユフィがいれば、片付けの手は十分足りているし、そもそもクラウドは台所などは接近禁止令が出されている。
生活力がないのは自覚しているので、帰って良いと言うのなら、有り難くそうさせて貰う事にした。

クラウドの寝床は、今日もレオンの家である。
どうせ使うんだろうから、ちゃんと玄関から入れと放られた鍵を使って、言われた通りに正規ルートで中に入る。
膨れた腹を改めて自覚して、胃袋の張り具合を手で撫でて確かめながら、ソファに転がった。
ビールも数本、空けているので、ほろ酔い程度はあるかも知れない。
しかしシャワー位は浴びてから寝たいな、とうとうととしていた頃に、閉めずにいた玄関のドアが開く音がした。


「ふう……」


零れた吐息の声に、クラウドが首を傾ければ、家主の帰宅だ。
クラウドがのっそりと起き上がった所で、パチリと部屋の電気が点けられる。
そうして家主───レオンはソファを陣取っているクラウドを見て、やっぱりいたなと言う表情を浮かべた。
特段、気にするものでもないので、見ただけで彼は何も言わない。

レオンはキッチンに向かうと、グラスを一つ取り出して、水を注いだ。
乾いた喉を潤して、濡れた口元を手の甲で拭う。
クラウドがなんとなくそれを見ていると、


「クラウド」
「ん」


呼ばれると思っていなかったので少々驚いたが、返事をした。
レオンは口をつけたグラスを簡単に水洗いしながら、


「何か欲しいものでもあるか」
「……なんだ。あんたも何かくれるのか」


今日はクラウドの誕生日だし、問うてくると言うことはそうなのだろう、とクラウドは思いつつ、糠喜びの可能性も否めないので、確認に訊ね返してみた。
レオンはそれに対して、まあな、と言いつつ、グラスを水切り台に伏せる。

それからソファへと近付いて来たレオンは、いつも着ているジャケットのポケットを探る。
其処から小さな紙袋を取り出すと、クラウドの顔の前へと差し出した。


「これは?」
「エアリスからだ」
「つまり彼女からのプレゼント、と」
「そうだな」


肯定を受けて、クラウドはそれを受け取った。

袋は可愛らしい柄が描かれているが、店のロゴのようなものは見当たらない。
封は色付きのマスキングテープで閉じられ、緑色のマジックで四葉のマークが手描きされていた。
口を開けて、左手を皿にして袋を逆様にしてみると、小さなシルバーのピンブローチがころりと現れる。
先端に象られたモチーフは、狼のようであったが、もう少しまろやかな犬にも見える。
多分手作りだな、と思いつつ、器用なものだとクラウドは感心した。

これがエアリスからの、クラウドへの誕生日プレゼント。
恐らくは先に帰ったクラウドに渡るようにと、エアリスが共に片付けに残っていたレオンに預けたのだ。
そして、恐らくはこれを手渡されたから、レオンは思い出したのだろう───自分はこれと言って、プレゼントを用意していないことを。


「自分だけ何も用意してないのが気が引けたのか?」
「まあ……多少はな。エアリスは夕飯も作ったのに、それも用意しているし」
「別に強制のものでもないだろう。何かくれる気があるなら、遠慮なく貰うが」


基本的にクラウドに対しては、他の面々に比べると、聊か雑にもしてくれるレオンである。
誕生日プレゼントなんて自分が用意しなくても良いだろう、と思っていたのも想像できるが、仲間が皆一様に用意しているのを見て、聊か気が咎めたのかも知れない。
それなら、その気が失われない内に、多少の我儘を聞いて貰うのも悪くない。

とは言え、ユフィに質問された時と同様に、欲しいものなど直ぐには浮かばないものであった。
況してや今日は、鞄に酒にアクセサリーにと、他の仲間達からも良いものを貰っている。
ただでさえ物欲らしい物欲と言うのも少ないから、両手に溢れそうなこの状態で、改めて欲しいものを言えと言われても、少々手に余る所があった。

腕を組んで考え始めたクラウドに、レオンは一つ息を吐いて、


「まあ、ゆっくり考えろ。別に今日じゃなくても良い」


レオンとて、今から言われた所で、今日中に用意できるものもない。
要望に応える気があるとだけ伝えておけば、今夜の所は十分であると考えていた。

風呂を入れて来る、とバスルームへと向かうレオン。
それにおざなりな返事をしながら、クラウドはじっくりと熟考に入ってみた。


(消耗品の類を言うのは、確かに勿体無い。レオンから俺にこう言う事をしてやるって言うのは、貴重な機会だからな)


言えばレオンは「安上がりだな」と言って用意してくれるのだろう。
気軽に済むのでそれも悪くはないのだが、やはり聊か勿体無いとは思う。
来年、同じ事をレオンが言ってくれるのかは判らないことを思えば、少々欲の強いことを此処で言っておいた方がお得な気がした。

となれば、やはり、普段はまず叶えられないであろう事が良い。
言えばレオンは顔を顰める事も多いだろうが、今日はクラウドの誕生日だと言う免罪符がある。

バスルームから戻って来たレオンが、風呂に入る準備をしようとジャケットを脱いだ。
その背中に近付いて、じとりと密着してやると、鬱陶しそうな内心を隠さない顔が振り返る。
ぐり、と腰を押し付けてやれば、既に昂っている気配が伝わり、益々レオンの眉根に皺が寄った。


「それがお前の欲しいものか?」


レオンの言葉に、クラウドの口角がにんまりと上がる。


「察しが良くて助かる」
「……はあ……」


余りに露骨で即物的にねだられるプレゼント内容に、レオンは判り易く呆れの溜息を洩らした。
そんな相手に構わず、クラウドの手はシャツ一枚になったレオンの上肢を這い回る。

胡乱な目で此方を見ている蒼を見つめ返しながら、顔を近付ける。
唇を重ねれば、舐るクラウドの愛撫にレオンはされるがままになって、その内に噤んでいた唇も解放した。
隙間から舌を捻じ込み、レオンのそれと絡めてやれば、ちゅぷ、と唾液が混じり合う音が鳴る。


「ん……、ふ、ぅ……」


少し息苦しそうな吐息を零しながら、ブルーグレイの双眸は緩やかに細められた。
呆れの中に、これで済むなら安上がりだ、と言う声が聞こえて来る。
安上がりで終わるかどうかは、クラウドの気分次第だろうが、ともあれ何も準備しなくて良いと言うのは、レオンにとっては楽な話だ。

シャツの下に手を入れて、しっかりと割れた腹を弄る。
臍の当たりを指の腹で少し押してやると、んん、と喉奥でくぐもった声が聞こえた。

丹念に咥内の味を堪能して、ゆっくりと唇を離す。


「……っは……」


熱の燈った蒼灰色の中に、獣の欲を隠さない碧眼が映り込んでいる。
それを具に見た上で、レオンは面倒臭そうに、


「風呂」
「後で良い」


入れている最中なのだから、それを済ませるまで待て、と。
レオンはそう言ったが、クラウドは既に火が付いている。
確かに水や発電にかかる電気は勿体無いものだが、此処からのんびりと入浴が終わるまで待っていられる訳もない。

レオンは物言いたげな表情を浮かべていたが、結局は諦めたように体の力を抜いた。
仕方がない、誕生日だし、と言う胸中を読み取りながら、クラウドはレオンの服を脱がせていく。


「立ったままは面倒なんだが」
「じゃあ、ソファで」


ベッドよりもソファの方が近いから、其方を指定した。
立位にされるよりはマシだと思ってか、レオンはそれで良いと頷く。

レオンがソファへと横たわり、クラウドが覆い被さる。
既に胸の上までたくしあげていたレオンのシャツを、すっかり脱がせて、適当に放った。
それなりに逞しく育っている胸に顔を寄せれば、じっとりとした汗の匂いがする。
舌を這わせると、ぴくりとレオンの肩が震えて、ソファーの端を握る手に微かに力が籠ったのが判った。

クラウドのしたいようにさせてやろう、と言う気持ちの表れか、レオンからは特に抵抗らしいものはない。
部屋の電気も点いたままで、煌々とした視界の中、委ねながらも捨てきれない羞恥で、レオンの顔が赤らんでいるのがよく見えた。


(さて────どんな風にして行こうか)


する事がはっきりとしているからか、レオンはすっかり油断している。
しかし、クラウドが欲しいプレゼントの真髄は、此処から先にあった。
普段は到底許されないか、意識を半分失くした頃でなければ応じてくれない事を、今から頼んでみるのも良い。
その時、レオンがどんな顔を見せてくれるのか、クラウドは期待と興奮に熱を膨らませるのだった。



クラウド誕生日おめでとう!のクラレオ。
誕生日だから何をお願いしても良いらしいよ?と言う事で。

色々頼んで、冗談じゃないって言われるけど、誕生日だから結局は応えてくれるであろうレオンです。
でもあまりに調子に乗ると、しばらく肉体労働でコキ使われるんじゃないかと思います。

[クラスコ]素直になれない精一杯の

  • 2023/08/11 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



二十歳も越えているのに、誕生日を祝ってくれるなんて、気の良い仲間達に恵まれたものだと思う。

何の話の流れから始まったかは最早覚えてはいなかったが、誰それがいつ生まれたかと言う話をした事があった。
暦の数え方もはっきりとしない世界もあるからか、春頃だとか、寒い時期だったとか、その時期になると祝いの席が設けられたとか言う者もいる。
クラウドの場合は、世界で共通したカレンダーがあったし、一年間の月日数もほぼほぼ決まっていた。
何か科学的な根拠に基づき、その日数が一日二日程度の増減はあっても、概ね一年は365日である。
だから一年に一度やってくる個人の誕生日と言うのは、生まれ育った環境による記録の有無はあれど、多くがはっきりと判っていた。
スコールやティーダもこれと同じで、自分が生まれたとされる日が何月何日なのか、はっきりと言える。

その時に、8月11日がクラウドの誕生日である事が皆に知れた。

話自体はそれで終わりではあったのだが、モーグリショップでカレンダーが見付かったのを切っ掛けに、この時の話が蘇る事になる。
カレンダーの購入は、日付感覚を明確にする為のものだった。
何日前に何処で何を見付けた、と言う報告をする際、昨日一昨日以上の日数が経過してからの報告となった際、月日がはっきり判った方が良い。
あくまで事務的な目的で以て購入したアイテムだったのだが、それを見付けたティーダが、「皆の誕生日もメモしておこう」と言い出したのだ。
カレンダーを購入した日が、正確に何月何日なのかは判らなかったから、今日が暦通りの月日に値するかは知らない。
それでも、捲ったカレンダーがその日を指したなら、その日だと思って過ごせば楽しくもなるだろう────と。

かくして、十名分の誕生日が、カレンダーには記された。
月日がはっきりとしない者の方が多いから、暑い日、寒い日と言う区切りと、月と四季と併せて、この辺が妥当だろうと決めた者もいる。
1月が寒いのか温かいのか、そもそも四季がはっきりとある世界と土地なのかも相談されたが、そこまで擦り合わせていてはキリがない。
結局、言い出しっぺのティーダの感覚に沿う事になり、1月は歳の瀬で寒い日だった、と言うのが基準になった。
後は冬、春、夏、秋と三ヵ月ごとに季節の巡りに照らし合わせて、各自の誕生日、或いは誕生月が決定した。

こうして迎えた、カレンダー上の8月11日に、クラウドの誕生日パーティが開かれたのだ。
クラウド好みの味付けの料理が痛く贅沢に並び、モーグリショップで見付けて来たのだろう、この世界では中々希少な酒も複数揃っている。
賑やかしことが好きな面々は、歌だの芸だのと出し物も用意してくれた。
なんとも賑々しい誕生祝は、思い返しても随分と久しぶりのものではないだろうか。
どうにもくすぐったい気持ちもありながら、わいわいと楽しそうに、「おめでとう」と声をかけてくれる仲間達の姿が眩しくて、クラウドは遠慮なくその心地良さに浸らせて貰った。

この日の為にアクロバットを改めて練習したと言うティーダと、それを教えつつ益々自身の腕にも磨きをかけたジタンが、揃って妙技を披露する。
バッツが書庫で見つけたマジックショーの本を頼りに、見事にカードを予知したのも驚いた。
魔法など見慣れたこの世界だが、種も仕掛けも魔力もなく、と謳うバッツの器用さには、相変わらず感心させられる。
他の面々からもそれぞれに誕生日プレゼントが贈られて、もうクラウドの両手は喜びの証で一杯だ。
こうも祝って貰ったならば、自分が誰かを祝う時には、同じ位に───それ以上に祝わねばなるまい。
そんな事を思いながら、楽しい夜は更けて行った。

夕食の時間から賑々しく過ごしたお陰で、日付が変わる頃には、ぽつぽつと落ちる姿もあった。
祝いの席の仕込みの為、早くに起きたフリオニールやルーネス、ワインを飲んで心地良くなったティナが、まず部屋へと帰った。
酒盛りをしていた成人組は長く起きていたが、その内酔いが回ってか、バッツが寝落ちた。
この辺りから、酒を飲んでいない若者組が、食べ明かした食器や、出し物に使ったアイテム等を片付け始める。
こうなれば、良い酔いの中にいた成人組も、そろそろお開きだなと言う空気を感じていた。


「今夜は此処までだね」
「ああ。バッツは私が部屋に運ぼう」
「じゃあこの辺の片付けは僕が。クラウドはゆっくりしていなよ」
「すまないな。ありがとう」


床に転がってかーかーと寝息を立てているバッツを、ウォーリアがひょいと担ぎ上げる。
全く起きる気配のないバッツは、恐らくこのまま、明日の朝まで熟睡しているのだろう。
セシルは四人分のグラスをまとめて持って、キッチンへと持って行く。

クラウドは今日の主役であるので、準備は勿論、片付けの手も免除されている。
名残惜しくはあったが、片付けをしている仲間達の邪魔をするのも良くないし、一足先に部屋に戻らせて貰おうか。
そう思っていると、両手にマジックグッズを持ったジタンと目が合って、


「おう、今日の王様。パーティは楽しめたか?」
「ああ、存分に。いい歳をしてとは思ったが、偶にはこんな日も悪くはないな」
「だろ?次の誕生日パーティが楽しみだぜ。確かスコールの誕生日が直ぐだったよな」
「二週間後……もないか。その日は俺も何か準備させて貰おう」
「十日程度なんてあっという間だからな。次は何をしてやろうかな~」


うきうきと楽しそうに尻尾を揺らしながら、ジタンは片付けの手を再開させる。

見ているだけの主役は、祭りの後にはもう用済みだ。
アルコールが回って心なしか力の緩い体を、よっこらせと持ち上げて席を立つ。
皆から貰ったプレゼントを両手に抱え、テーブルを拭いているティーダに「後は宜しく」と声をかければ、「ッス!おやすみ!」と元気の良い声が帰って来た。
彼もまた、今日と言う日を楽しんでくれたのなら、クラウドも祝われ甲斐があったと言うものだ。

リビングを出て、部屋へと戻るべく静かな廊下を進む。
意識は酩酊する程ではなかったが、このまま寝床に潜り込めば、すんなりと眠れそうな気もした。
ただもう少し、この楽しかった日の余韻は味わっていたいな、と思っていると、


「……クラウド」


呼ぶ声が後ろから聞こえて、振り返ってみると、スコールが立っていた。
彼は確か、キッチンで洗い物をしていたのではなかっただろうか。
そうは思ったが、誕生日の最後に恋人の顔を見れたのは嬉しくて、自然とクラウドの頬は緩む。


「皿洗いは終わったのか」
「……いや。ティーダが替わるってしつこかった」


そう言ったスコールの唇は、拗ねたように尖っている。
頬が微かに赤いのを見て、これはティーダの気遣いだな、とクラウドも悟る。
祝いの席は仲間で揃って過ごしたから、あとの残り僅かな時間ではあるけれど、今度は恋人同士二人きりで過ごさせてやろう、と言う計らいに違いない。

むず痒いものを感じるクラウドだったが、嬉しいものでもあった。
部屋へと向かう足を再開させれば、スコールもその後をついて来る。
顔を見られまいとしてか、隣には並ぼうとしないスコールに、クラウドは階段を登りながら言った。


「俺の部屋に来ないか」
「……別に、良いけど」


ストレートに誘ってみると、僅かな間の後、そんな返事があった。

ちらと後ろを見遣ってみれば、スコールは手摺を持つ自分の手を見ながら、頬を赤らめている。
酒を飲んでもいないのに赤みがあるのは、この後のことを想像しているからだろうか。
クラウドとしては、別段、そのつもりで言った訳ではなかったのだけれど───ただもう少し、二人きりの時間を堪能していたかったのだ───、そう期待してくれるならと現金な気持ちに口角が上がる。

自室のドアを開けて、後ろをついて来ていた少年を見る。
スコールはクラウドの顔を見ないまま、するりと部屋の中へと入って行った。
自分も入ってドアを閉め、取り敢えず両手を塞いでいるプレゼントボックスを部屋の隅にある机に置く。
これを今すぐ開けても良かったが、立ち尽くすスコールの存在が何よりクラウドの気を引いていた。


「スコール」
「……」


名前を呼ぶと、そろり、と蒼灰色が此方を見た。
落ち着かない様子で佇んでいるその手を取り、ベッドへと誘う。
誘導先がなんとも露骨に思えなくもなかったが、どうせこの部屋にある椅子は一脚のみだ。
二人で腰を落ち着けるなら、結局はベッドに行く事になっただろう。

並んで座り、傷の奔る額にキスをすると、スコールは羞恥心からかぎゅうと瞼を閉じている。
いつまでも初心な所が消えない年下の恋人に、クラウドはくつりと笑みを浮かべて、瞼の上に唇を落とす。


「……今日は良い誕生日だった」


クラウドがぽつりと呟くと、ゆっくりとスコールが目を開ける。
距離の近さにか、蒼の瞳は直ぐに分かり易く逸らされたが、抱いた肩が逃げる事はなかった。


「お前の誕生日には、ちゃんとお返しをしないとな」
「……別に良い。祝う必要もないし、今日みたいに騒がしいのもなくて良い」
「そう言う訳にいかないだろう。俺ばかり貰ってるんじゃ悪い。第一、皆が無視してくれると思うか?」
「あいつらは託けて騒ぎたいだけだろ」


呆れを含んだスコールの言葉は、的を射ている。
だが、祝ってやりたい、と言う仲間達の気持ちも本物な訳だから、いざ当日になれば、きっとスコールも大人しく祝われてくれるのだろう。
クラウドもそのつもりだし、喜ばせる為には何が良いかと、今から考えている。

だが、十日後の彼の誕生日はあるものの、まずは今日だ。
暗がりの中で時計を見ると、辛うじて短針がまだ天辺まで届いていないのが見えた。


「スコール」
「……なんだ」
「日付が変わる前に、欲しいものが一つあるんだが」


良いか、と訊ねるクラウドに、スコールの顔がまた赤くなる。
首筋に右手を当ててやると、とくとくと血が流れている脈の気配があった。

首から喉へ、顎へと指を滑らせていけば、最後には淡い色の唇に辿り着く。
今日はまだ一度も触れていない其処に、指先をつと擦り宛てると、スコールはきゅうと噤んだ。
拙い抵抗にも見えるその仕種を見詰めながら、するりと何度か指を往復させてやれば、


「……好きにしたら良いだろう。今日はあんたの誕生日なんだから」


素直になれない唇は、やはり特別な日でも素直ではない。
けれども、それがスコールにとって精一杯の譲歩の言葉である事も、クラウドはよく判っている。

ゆっくりと顔を近付けて行けば、スコールも許すように目を閉じた。
唇を重ねると、祝いの席で食べていたフルーツなのか、酸味と甘みが仄かに感じられる。
が、スコールの方は「……さけくさい」と呟いたので、クラウド程心地良さはなかったらしい。
くすりと笑ってもう一度キスをすると、スコールは厭がる様子もなく、じっとクラウドの愛撫を受け入れた。


「ん……、っは……」


絡めた舌を離すと、銀糸が伝ってぷつりと切れる。
スコールの唇から、はあ、と熱のこもった吐息が漏れて、


「……クラウド」
「うん?」
「……おめでとう」


耳元で聞こえるかどうかと言う、小さな小さな声だった。
それでも一日の最後に聞いた恋人の声は、クラウドには愛しくて堪らないもので、この声が一番酔うな、と思った。



クラウド誕生日おめでとう!と言う事で。
皆から目一杯お祝いされつつ、最後はしっぽりと。気を利かせてくれる仲間達に感謝です。

[ウォルスコ]13ミリに咲く花を

  • 2023/08/08 22:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



夏祭りなんてものに行くのは久しぶりだ。

人混みなんて好きではないし、騒がしい音も出来れば遠ざけていたい。
幼い頃は無邪気に屋台の綿菓子をねだったりしたものだが、そんな年齢はとっくの昔に卒業している。
基本的に静寂に好む今のスコールにとっては、良かれ悪しかれ、盛り上がるものである祭りと言うのは、自ら近付くものではなかったのだ。
友人達に誘われ、半ば強引に連れ出される事もあったが、途中離脱も少なくない。
特に人が集まるであろうタイミングになれば、その流れで帰り道が混んでしまう前に、一足先に帰路に向かうのがパターンだった。
友人達もそれを理解しているから、宴もたけなわに其処から離れるスコールを咎めはしない。
スコールにしては付き合いよく来てくれた、一緒に夕飯替わりに何かを食べた、それで十分なのだからと。

けれど今日に限っては、祭りの終わりまで、スコールはその場にいる事になっていた。
最後のプログラムにと盛り込まれた花火を見る為だ。
それも一人ではなくて、隣には唯一無二の恋人────ウォーリアがいる訳だから、尚更、帰る理由はなかった。

二人で夏祭りに行くと決まって、それを聞いて何故か姉のエルオーネが張り切った。
彼女は昨日のうちに一度ウォーリアを家へと呼ぶと、何処にしまってあったのだか、色々な浴衣を取り出して、ウォーリアを着せ替え人形にした。
更には弟にもそれを行い、裾上げやら解れやらを直しておくからと言った。
そして今日の夕方、祭りへ向かおうとスコールを迎えに来たウォーリアも一緒にして、浴衣姿へと仕立て上げてくれたのだ。
白い浴衣のウォーリアと、紺色の浴衣のスコールと、対照的な色にして、「よく似合ってる」と満足そうに彼女は笑った。
姉に弱いスコールは勿論、恋人との間で何かと気を遣ってくれるエルオーネにそう言われ、元より彼女なりの厚意である訳だから、無碍にするなど選択肢にない。
こうしてウォーリアとスコールは、二人並んでの初めての夏祭りに出掛けたのであった。

慣れない下駄をカラコロと鳴らしながら、二人は夏祭り会場を歩いている。
この辺りで特に大きな夏祭りとあって、並ぶ出店はずらりとひしめきあいながら、あちこちで良い匂いを漂わせていた。
スコールは既に夕飯を済ませているが、ウォーリアは仕事を終えて直ぐにスコールを迎えに来たので、腹が空いている。
花火が上がるまでにも時間があったし、うどんを一つ購入して、飲食スペースが設けられていたのを見付け、其処で簡単な夕飯を済ませた。

ウォーリアの食事が済んだ後は、ふらふらと目的なく過ごす。
此処にティーダやジタンがいれば、射的やクジ引き、お化け屋敷にでも飛び込んだのだろうが、今日はスコールとウォーリアの二人きりだ。
賑々しい祭り会場を、虱潰しにでも探せば、知人の一人や二人はいそうだったが、わざわざそんな労を求める理由もない。
何よりスコールは、ウォーリアと二人きりと言うのが嬉しかった。


(煩い所は好きじゃないけど……ウォルがいるなら、少しは、良いか)


隣を歩く男をちらと見て、スコールはそんな事を考える。

スコールは決して小柄ではないが、ウォーリアの身長はそれよりも高い。
それでいて体は相応に厚みがあるので、身幅のある浴衣姿は中々見応えのあるものだった。
いつもぴんと背中を伸ばして姿勢が良いので、だらしなく見える事もなく、これで上等の羽織りでも来ていたら、何処かの呉服屋の若旦那くらいには見えるのかも知れない。
銀糸の長い髪は、普段は案外と無秩序にされているのだが、今日はエルオーネに整えられたようで、項の当たりで蒼色の紐に括られている。
肩回りがすっきりしているので、しっかりとした造りの肩がよく見えた。

普段スコールが見慣れているウォーリアと言うのは、仕事のこともあって、スーツ姿が多い。
休日に逢うにしても、カジュアルめにはなるものの、そのままフォーマルな場に出ても許されるだろうと言う位だった。
浴衣の衿合わせから覗く鎖骨なんて、まずお目にかかれるものではない。
其処をスコールが見る事が出来るのは、偶の彼の休みに家に行った時、夜の帳が降りてからのことで────


(……って、何を考えてるんだ、俺は……!)


俄かに脳裏に蘇った光景に、スコールは堪らなくなって、ぶんぶんと頭を振った。
それを見たウォーリアが、ことんと首を傾げ、


「どうした、スコール。何かあったのか」
「……いや。なんでもない、気にしなくて良い」


心配そうに見つめるアイスブルーの瞳に、スコールは居た堪れない気持ちを隠しつつ答えた。
それでもウォーリアはじっと見つめて来たが、スコールは「本当になんでもないから」と重ねるしかない。
まさか、先日泊まった時のことを思い出していたなんて、こんな場所で言える訳もなかった。

スコールはそれで話を終いにしたが、ウォーリアからは恋人の頬が随分と赤くなっているのが見えている。
気温は夏だからと片付けるにしても高く、人の数も増えて来た事もあって、熱気が増していた。


「何か冷たいものでも食べよう。何か飲み物か───かき氷でも良いだろうか」
「別に、それはなんでも。……でも、うん、冷たいものは欲しい気がする」


スコール自身、自分の体が半端に熱を上げている事は感じていた。
これは内側から冷やした方が良い、とスコールはウォーリアの提案に頷く。

近くあったかき氷の屋台で、いちごのかき氷を一つ注文した。
氷が削られるのを待つ間に、ふと、スコールの耳に後ろの客の声が聞こえる。


「ね、見て見て、あの銀髪の人。カッコイイ」
「イケメンってか、美人って感じ」
「声かけてみる?」


声はひそひそとしたものではあったが、スコールからは距離が近かった。
ちらと後ろを見遣ると、如何にも今風と言った浴衣を着た女子が三人、此方を見ている。
その視線が分かり易く隣に立っている男に向けられている事に、スコールは直ぐに気付いた。

店主が差し出したかき氷をウォーリアが受け取る。
移動しよう、と言われて、スコール達はかき氷屋の行列から速足に抜けた。
それを見た三人の少女のうちの一人が、「追っかける?行く?」なんて言っている。
スコールは眉根を寄せて、適当な場所を探しているウォーリアの腕を引く。


「こっちだ」
「ああ」


ウォーリアは特に疑問もなく、スコールが引く方へと足を向けた。

夏祭りの会場の真ん中から離れると、人も灯りも数が減る。
苦手な賑々しさからようやく離れる事が出来たと一息つきながら、スコールは見付けたベンチに腰を下ろした。
ウォーリアもその隣に座り、持っていたかき氷を差し出す。
スコールはそれを受け取ると、ストロースプーンで氷の小山をさくさくと挿して遊ばせた。


「……あんたも食べるか」
「そうだな。一口、頂いてみよう」


遠慮するかと思いつつ言ってみたことに、予想と違った反応があって、スコールは少し驚いた。
さくりと取った削り氷の一塊を、ウォーリアへと差し出してみる。
綺麗な顔が其処へと近付いて、ぱくりと一口に吸い込まれて行くのを、スコールはじっと見つめつつ、


(物を食べてる時でも、綺麗な顔してるんだ。こいつは)


ウォーリアの表情が大きく崩れる所を、スコールは見た事がない。
平時からあまり表情筋が動かない事も勿論だが、驚いた時でさえ、目を瞠るのが精々だ。
それも滅多にない事なので、スコールはそれを見た時、少し嬉しくなる。
あのウォルがこんな顔をしている、と言う事と、そんな彼の表情を見ているのが自分だけだと言う優越感が得られるからだ。

それだけ綺麗な顔をしているのだから、一目見て心奪われる女性がいるのも無理はない。
耳に残る、きゃらきゃらとした声の三人組を思い出して、スコールの眉間に分かり易い皺が寄った。

────ウォーリアが人目を引くのは、今に始まった話ではない。
日中ならばそれに声をかけて来るような女性はいないのだが、今日は夏祭りだ。
ウォーリアも浴衣を着ているし、普段の私服に比べると、その雰囲気はずっとラフで柔らかいものがある。
祭りの雰囲気と解放感に酔った者が、あわよくばと声をかけて来る事も、有り得ない話ではない。

これだけ整った面立ちをしているのだから、街行く女性が思わず振り返るのも当然だし、接すれば誠実な人柄であるから、誰だって心を奪われるものだろう。
スコールは幼い頃から彼の傍にいたから、それはごくごく当たり前のものとして見ていたが、恋人となった今、どうにもその事実が歯痒く感じられる事がある。
どんなに自分と言う恋人がこうして傍にいるのだとしても、傍から見れば、精々が年の離れた兄弟だ。
性別が同じである事も含めて、とても恋人と一緒にいるようには見えまい。
だから自分が傍にいようと、ウォーリアに熱を上げる女性と言うのは絶えなくて、その度にスコールは「俺がいるのに」と思ってしまうのだ。
彼の“恋人”の席は、とっくに自分のものなのに、と。

そんな事を考えてしまう自分が、いよいよ子供のように拙くて、スコールは苦い胸中を誤魔化すようにかき氷を口に運んだ。
キンと冷たい氷の感触は、好ましくもない感情を煮る胸中に、ほんの少し水を差してくれる。
このまま納まってくれと思いながら、スコールはかき氷を食べ進めて行った。


「……そろそろか」


かき氷を半分まで食べた頃、隣からそんな呟きが聞こえた。
スコールが顔を上げると、ウォーリアは遠く祭り会場の向こうの空を見上げている。
倣って視線を其方に向けると、ひゅう、と言う高い笛の音が聞こえ、────ドン、と大きな華が空に咲く。


「始まったのか」
「ああ」


ぱらぱらと火花が空で踊る音がする。
そう言えばこれを見に来たんだったと、スコールはようやく当初の目的と言うものを思い出した。

人混みから離れて見る空の華は、色とりどりに輝いて、パッと咲いて潔く散る。
瞬きの間に消えていく輝きに、沢山の人が夢中になっていた。
隣を見れば、ウォーリアもじいと空を見つめている。
その姿勢が、相変わらず背筋を伸ばして正しく、表情も普段のものと変わらないから、傍目には楽しんでいるようには見えないだろう。
けれども、ひらひらと空を彩る花火を映す瞳は、微かに柔い光を抱いている。

人がこの男に夢中になるのも当然だ。
これだけの美丈夫は、世界中の何処を探しても、他にはいないだろう。
そして、この美しい男に、唯一無二の寵愛を求める人が後を絶たないのも、無理はない。


(……でも、それはもう、埋まってる)


かき氷のカップをベンチに置いて、スコールは空を見た。
空の向こうで花火が大きく開く度に、祭りの中心からは高らかに屋号を称える声が響く。
イベントの為に立てられた櫓の周りに人が集まっているのは、あの位置からが花火がよくよく見えるからだろう。
しかしスコールは、とてもではないが、あの人混みの中に改めて入ろうとは思わない。

色を変え形を変え、閃く華に彩られる空は美しかった。
それも決して悪くはない────のだけれど、スコールはどうしても、隣にいる恋人を見てしまう。
何度目になるか、ちらり、とその横顔を伺い見ようとして、


「……!」


ぱちり、と此方を見ていたアイスブルーとぶつかって、息を飲む。
切れ長の眦がじっと自分を見ていたを知った瞬間、スコールの心臓が判り易く跳ねた。


「な、に……」


なんで見てるんだ。
何か用でもあるのか。
詰まりながらそんな事をまともな形にならずに問えば、読み取った訳ではないだろうが、ウォーリアはふと唇を緩め、


「花火も綺麗だが、やはり一番綺麗なのは君だなと思っていた」
「……な……」
「君の目が、花火の色で輝いて、とても美しい。思わず見惚れていたようだ」
「……!!」


ウォーリアの言葉には、飾るものがない。
つまり、その唇から出て来る言葉と言うのは、形そのままに彼の胸中を表しているものになる。

なんて恥ずかしい事を言ってくれるのかと、スコールの顔は首まで真っ赤になった。
顔中が熱くて、目の前にある男の顔を見ていられない。
ついさっきまで、稚拙な子供の独占欲を抱いていた事も忘れる程の、真っ直ぐなウォーリアの言葉に、スコールは言葉も失っていた。

そんなスコールの赤らんだ頬に、節張った形の良い手が添えられる。
どきりと心臓が跳ねて、スコールは口からそれが飛び出すのではないかと思った。
ゆっくりと近付いて来る綺麗な貌に、名前を呼ぶ事も出来なくなって、されるがままに重ねられる唇を受け入れる。
外で、こんな場所で、と思う気持ちはあったが、どうせ誰も見ていない、とも判っていた。
祭りに集まった人々は、その熱気の中に泳ぎ、まだまだ終わりを見せない花火に夢中になっている。



あんなにも綺麗な花火が幾つも上がったと言うのに、もうスコールの記憶からは遠い。
目の前で柔く輝く瞳だけが、彼のこの夏一番の思い出になっていた。



『夏っぽい現パロWoLスコ』のリクエストを頂きました。

夏と言えば夏祭り、夏祭りと言えばかき氷と花火、と言う王道に。
WoLは体がしっかりしつつ、体幹もしっかりしてると思うので、浴衣も似合いそうだなと。
ベタ惚れ気味のスコールなら、そんなWoLに夢中になっても良いなと思ったのでした。
そしてWoLもスコールの事が好きで堪らないので、どっちも相手に夢中になってると良いと思います。

[ラグスコ]水と熱のあわいにて

  • 2023/08/08 21:55
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



目が覚めた瞬間、体中に嫌な汗が流れているのが判った。
背中が酷く冷たくて、布団の中にいるのに、まるで水を浴びせられたかのように寒い。
指先が固まったように動かなくて、起き上がる事も出来なかった。
それ所か、今自分が目を覚ましている、と言う事すら中々理解が及ばずに、じっと暗い天井を見詰め続けていた。

酷い夢を見た。
それだけを理解するのに、随分と長い時間が必要になって、その間、スコールは息をしていなかった。
ようやく眼球二つを動かせる事に気付き、灯りのない部屋の中をぐるぐると見渡し、自分が現実に還っていることを知る。
其処まで理解して尚、体は思うように動かなくて、喉の奥がまるで蓋を閉じているように苦しかった。


「……っ、」


かふ、と掠れた音を立てて、ようやく呼吸の仕方を思い出す。
は、は、と短い呼気を何とか繰り返して行く内に、張り詰めたように強張っていた肺が機能を取り戻し、ようやく普通の呼吸をするまでに至る。
その間も全身からは汗が噴き出して止まらなかった。

重い体を引き摺るようにして起き上がると、それだけで頭がくらりと揺れた。
脳に染み付いた映像が嫌と言う程に鮮明で、目を閉じると勝手に蘇って映像を再生させる。
たかが夢だと自分を叱ったが、胸の鼓動は逸るばかりで、とてももう一度眠れそうにない。
明日からは大統領警護の任が入っていて、終始警戒態勢を取らなければならないと言うのに、このままでは仕事にも影響が出そうだ。
それ程、自分が憔悴しきっている事に、スコールはうんざりともしていた。

しばらく、ベッドの端に座ったまま、スコールは項垂れていた。
心臓が少しでも落ち着いてくれるのを待ったが、一向にその気配はない。
目を閉じれば蘇る光景を拭いたくて、何度も手の甲で瞼を擦ったが、まるで焼き付きでも起こしたように、剥がれてくれなかった。
このまま強引に眠ったとて、夢の続きを、或いは再放送を見るだけに思えて、睡魔も来ない。

ふらつく足で、スコールは部屋を出た。
暗く静かな廊下が続いている其処は、エスタにあるラグナの私邸だ。
のろのろと爪先を引き摺るようにして向かうのは、家主の寝室だった。

時計を見ていないから正確な時間は判らないが、ラグナはもう寝ている時間だろう。
宵の口にスコールがエスタに到着した時、彼は律儀に迎えに来てくれたが、やはり仕事に疲れている様子もあった。
だから、久しぶりに顔を合わせて、求める気持ちがありつつも、共に大人しく寝床に就いたのだ。
ゆっくりと語り合うのも、触れ合うのも、明日を無事に終えてからにしよう、と。
その方が余計な事を気にしなくて良いものだったから、スコールもそれで良いと思っていた。

けれど、今、どうしても。
どうしても彼の顔を見ないと、逸る心が落ち着かない。

普段が全く一人きりで過ごす環境だからか、ラグナは自分の部屋に鍵をかける事がない。
念の為にはするべきだとスコールもよく注意するが、「まあ平気だろ」と言って彼は聞かなかった。
部屋の前で、そうっとドアノブを回せば、思った通りに隙間が出来た。
普段はその様子に眉根を寄せるスコールだったが、今日だけはその習慣が抜けている彼に感謝する。

部屋の中は当然ながら暗く、閉めたカーテンの微かな隙間から、外の灯りが零れている位。
それも眠るラグナのベッドに届いているものでもないので、彼の眠りを妨げるものでもないのだろう。

ベッドの上には、この部屋の主────ラグナが眠っている。
その顔を見れば、少しは逸る心も落ち着くかと思っていたスコールだったが、


(……息が、苦しい……気がする……)


心臓の早鐘は、相変わらず、緩やかさを取り戻さない。
これ以上のスピードにはならないようだったが、かと言ってスコールは全く落ち着く気もしなかった。

そろりと右手を伸ばして、裸の手をラグナの口元に近付けた。
規則正しい呼吸で零れる吐息の感触があって、少しだけ頭の靄が薄らいだような気がする。
それでもまだ、目を閉じれば瞼に染み付く光景に頭が焼かれて、自分の呼吸の仕方を忘れそうになる。

片足をベッドに乗せると、きしり、と小さくスプリングの音が鳴った。
すると、布団の中にあった筈の手が伸びて来て、スコールの手首を掴む。
ぎくっと息を飲んだスコールだったが、


「どした、スコール」


柔い声が聞こえて来て、スコールはそうっと顔を上げた。
シーツに寝転んだ体勢のまま、首を少し傾け、視線を此方に向けているラグナがいる。
翠の瞳が真っ直ぐに此方を見ている事に、俄かに目頭が熱くなって、スコールはそれを誤魔化すように、ラグナの隣に落ちるように顔を埋めた。

ぼすん、と枕元に落ちて来た少年の頭に、代わってラグナの方が上肢を起こす。
そのままぴくりとも動かなくなってしまったスコールを見て、ラグナは首を傾げつつも、枕の端に散らばるダークブラウンの髪を透いてやった。
その感触を後頭部から感じながら、スコールはぎゅうとベッドシーツを握り締め、唇を噛む。


「……ラグナ」
「ん?」
「………」


名前を呼べば返事があって、少しだけ安堵した。
けれど、それだけですっきりと頭の靄が晴れるには至らず、胸の奥からはごぽごぽとタールのような澱みが溢れ出す。
それが腹一杯になってしまったら、スコールは今度こそ呼吸が出来なくなってしまうだろう。

夜着に身を包んだ細身の体が、微かに震えている事に気付いたラグナは、寝返りを打ってスコールを腕の中へと閉じ込めた。


「なんか怖い夢でも見たか」
「……」
「そっかそっか。よーしよし」


ぽんぽんと背中を叩くラグナの仕草は、まるで子供をあやすものだ。
折々にラグナはそうやってスコールを甘やかすのだが、十七にもなって、とスコールは決まってそれを突っ撥ねている。

だが、今日はそうする気になれなかった。
背中に触れる温もりが、直ぐ目の前にあるラグナの顔が、その匂いが、無性にスコールを絡め取る。
そして、それらをもっと近くで感じたいと、いつも胸の奥底に仕舞い込んでいる小さな子供が、必死になって訴えていた。

スコールの伸ばした腕が、ラグナの首に絡み付く。
縋るように身を寄せて来る少年に、ラグナは布団を剥いで、隣に来るように促した。
もぞりと潜り込むように空いたスペースに身を寄せて、ラグナの胸に耳を押し付ける。
とく、とく、とく、と規則正しく刻まれる心臓の鼓動を聞いて、ようやくスコールは、長い呼吸をする事が出来た。


「ラグナ……」
「うん」
「……このまま……」


此処にいたい。
一緒が良い。
小さく小さく零した本音は、辛うじてラグナの耳にも届いていた。

ラグナはスコールの頭を撫でながら、首の後ろに指先を当てる。
其処が酷くびっしょりと濡れている事に気付くと、それを拭うように優しく手を往復させた。


「嫌な夢でも見ちゃったか」
「………」
「人に話すと、そう言うのはもう見ないらしいぞ」


ラグナの言葉に、スコールは眉根を寄せた。

そんな迷信をスコールは聞いた事がなかったし、嫌なことほど、口にすれば事実になってしまうような気がするからだ。
だからいつかの時には、どうか嫌な想像をしても、それを口にはしないで欲しいと仲間達に願った。
それは単なる自分のまじないでしかなかったのだろうけれど、そう縋りたくなる位には、あの時のスコールは憔悴していたのだ。

だが、不思議なもので、目の前で柔く微笑む翠色を見ていると、不思議とその言葉を信じたくなってくる。
頭を撫でる手が、ずっと「大丈夫」と囁いているようにも思えて、スコールは震える口をそうっと開き、


「……あんた……」
「うん」
「……あんたが……」


────あんたが、いなくなる、夢を見た。

口に出した途端に、また心臓が速くなる。
喉奥が苦しくなるのを感じながら唇を噛むと、相貌を細めたラグナが其処にキスをした。
背中を抱く腕に力が込められて、スコールも目の前の男の首に絡めた腕に力を籠める。

夢の詳細は、思い出そうと試みても、あまりはっきりとはしない。
けれど、頭の中はずっとそれが作り出した靄のようなものに覆われていて、遠ざかって行くラグナの背中だけがずっと焼き付いて離れない。
真っ暗な世界で、白い道が一本だけ伸び、ラグナは其処を真っ直ぐに、振り返らずに歩いて行くのだ。
道の先に何があるのか、全てを知っているかのように、その足取りには迷いも澱みもなく、悠然としている。

スコールは夢の中で、それをじっと見送っていた。
追い駆けようとしても、足は地面に根が張ったように動かず、遠くに行こうとしている男の名を呼ぼうとしても、喉が焼けたように声が出ない。
代わりに、待って、と泣きじゃくっている小さな子供の声があった。
スコールの前には、自分の身長の半分もない幼い子供が立っていて、ぐすぐすと泣いていた。
それが幼い頃の自分だと気付いても、やはり動くことは出来なくて、いつまでも立ち尽くして泣き止まない子供の後ろから、一歩一歩と遠くなって行くラグナの背中を見つめていた。

子供の頃に何度も見た夢だと思い出した。
違うのは、遠退いて行くのがエルオーネだったと言う事と、泣きじゃくる子供そのものが自分だったと言う事。
こんな風に、泣いている自分を俯瞰で見ているのは初めてだった。
そして、その夢を初めて見た前の日に、大好きな姉は忽然と姿を消したのだ。

背中が酷く冷たかった。
姉がいなくなった日の夢を見て、ラグナもいなくなったのかと思った。
そんな訳はないと思ったけれど、ではどうしてこんな夢を見たのかと考えたら、厭な感覚が怒涛のように襲って来た。
今夜のうちにラグナが忽然といなくなっていたら、こうして眠っている間に何か事件が起きていたら。
明日には元首会談があるのだから、厳重警備が予定されている訳で、つまり、相応の危険が起き得る可能性があると言う事だ────ひょっとしたらそれは、今夜にでも。
この嫌な夢が、まさか虫の報せ等とは思いたくもなかったが、過ぎった不安はスコールの心に楔を打つのに十分だった。
だからスコールは、無性にラグナの存在を確かめたくなったのだ。

夢の話をしている内に、スコールはラグナの腕に包み込まれるように抱かれていた。
時折言葉を詰まらせるスコールへ、何度もキスの雨が降る。
首筋を柔く吸われたのを感じて、ぴく、とスコールの肩が小さく震えた。


「ラグ、ナ……」
「大丈夫だよ、スコール」


絡めた足先が酷く冷えている事を感じ取って、ラグナは熱を分け与えるように体を密着させる。
背中の裾からするりと入って来た手に、じっとりとした汗が吸い付く。

汗を吸った服までもが、今のスコールの体温を奪っていた。
ラグナの手が服をたくし上げている事に気付いて、スコールは逆らわずに従う。
家の中は空調が効いて快適な温度を保っている筈なのだが、自分の汗で濡れた皮膚には寒く感じられて、ふるりと躰が震える。
ラグナはそんなスコールをシーツで包み、背中を抱きながら仰向けにさせて、ゆっくりと覆い被さった。

ラグナは、絡めた指先で、スコールのそれが酷く冷たくなっている事を知った。
唇を重ねて、深く舌を交わらせると、ようやくスコールの青白かった頬にようやく熱が燈る。


「ん、ぁ……ふ……、んん……」
「ふ……はぁ……」
「ふぁ……あ……ラ、グナ……」


スコールの瞳には、薄らと水膜が浮かび、ゆらゆらと不安定に揺れながら、じっとラグナを見つめている。
ラグナはその眦にキスをしながら、大丈夫、と繰り返した。


「俺はお前と一緒にいるよ」
「………」
「今夜も、明日も、その先も」


囁くラグナだが、スコールの瞳には懐疑的なものが浮かんでいる。
巣食う不安は幾らでもスコールの心を嵐のように揺さぶるから、言葉だけでは安心できない。
今この瞬間にだって、ラグナの心臓が突然止まらない保証など、何処にもないのだから。

どうしても拭えない不安が怖くて、スコールはそれから逃げるように、ラグナへと身を寄せる。
触れる手が齎してくれる熱と、それを与えてくれる人の存在をもっと深くで感じたくて、何度もラグナの名前を呼んだ。
その度にラグナは一つ一つに返事をくれて、同時に体温を失った躰に愛撫とキスをしてくれる。


「ラグナ、ラグナ……」
「うん。今日は一緒に寝ような、スコール」
「……ん……」
「それで、明日も一緒に、な」


スコールがラグナと共に過ごせる時間は限られている。
その僅かな一時が終われば、スコールはバラムガーデンへと帰投し、ラグナはエスタに残るのだ。
不安に巣食われたスコールにとって、その現実は酷く残酷だったが、今の彼にその事実に抗える力はない。
だからせめて、この許された時間全てを使って、この温かな体温を感じていたいと思った。



『ラグスコで、スコールがラグナに添い寝をして欲しくてお願いする話(ちょっとエロもあったり)』のリクエストを頂きました。

どうやってスコールに添い寝のおねだりをさせようかな~と思ったら、やっぱりスコールが不安になった時が一番だと思って。一番のトラウマを掘り起こさせてみる。
スコールの事だから、一回では安心しないし、一度思い出したら当分引き摺ると思うので、エスタにいる間は毎日一緒に寝るんだと思います。

[スコール]心理的リアクタンス理論

  • 2023/08/08 21:50
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



名前も知らない女子生徒に声をかけられた。
先輩、と呼ばれたので、恐らくは後輩なのだと思うが、スコールには全く覚えのない顔だ。
一応、合同授業であるとか、某かの試験だとかで教室が一緒になった可能性まで考えて記憶を探るが、判らないものは判らなかった。

じっと此方を見つめる女子生徒は、一世一代の勇気を振り絞るような、必死の形相をしている。
スコールから見て少々引いても無理はない位のオーラを振り撒いている所から、スコールはそこはかとなく嫌な予感を感じていた。
それは概ね、間違いではなく、


「先輩!私と付き合って下さい!」


恐らくは勢いを持って吐き出さないと、言葉が出なかったのだろう。
それは形相からなんとなく理解したが、寮中に響き渡りそうな大声は勘弁して欲しい、とスコールは思った。

そして、ふうふうと鼻息荒くしている女子生徒に、スコールは淡々と告げる。


「……そう言うのはパスだ」


厄介、鬱陶しい、面倒臭い。
スコールの胸中はそう言う言葉で埋め尽くされ、この上なく正直でストレートにそれを吐き出した。

何故か自分なんかを好きだなんだと言ってくる物好きはいるもので、時折、それはこうやって目の前に顔を出してくる。
大方、性質の悪い罰ゲームでもしているのだろうと思っているから、スコールはいつも冷淡にそれを切り捨てて来た。
何処かの誰かが覗き見しているような状況で、よくもまあこんな大胆な真似が出来るものだ。
その度胸はある意味では称賛して良いのだろうが、頼むから自分をそれに巻き込まないで貰いたい。
スコールの感想は、いつもそんなものだった。

そしてこうやってばっさりと返して置けば、後が続く事もない。
今回もそう思って、スコールはいつも通りの返事を投げてやったのだが、其処から先が常とは違った。


「ど、どうしても駄目ですか。私、先輩に授業で助けて貰ってから、ずっと先輩のこと好きで……!」
「……悪いが、覚えてない」


取り敢えず、授業で一緒になった後輩と言う情報は手に入った。
しかし彼女が言う事が、どの授業の、何をしていた時の話なのかは、全く思い浮かばない。
最近の授業で、誰かを庇うような事があっただろうかと、それすらさっぱりだった。

うぐぐ、と女子生徒は唇を噛んでいる。
知らない生徒の、本当か嘘かもわからない事に、いつまでも付き合う気もなくて、スコールはくるりと踵を返した。
今日は訓練施設を使った授業があって疲れているし、明日はテストの予定があるから、早く帰って休みたいのだ。
それなのに、サイファーにノートを貸したままだったと思い出したので、回収に行かねばと思っていた所だった。
この上に、降って沸いた面倒な遣り取りに付き合う気にはならない。

だからこの話も、これで終わり────の筈だったのだが。


「じゃあ……っじゃあ!愛人でも良いです。私を先輩の愛人にして下さい!!」


学生寮と言う、若者の健全な精神を育むべき場所で、凡そあってはならないであろう単語が出て来た事に、スコールだけでなく、通りすがりの生徒までもが固まっていたことを、その女子生徒は知らないだろう。



名も知らぬ後輩から突然の告白をされてから、一週間が経つ。
どうせその時限りの会話と思っていた出来事は、あれからずっと延長戦が続いていた。

恋愛事など面倒以外の何物でもない、とスコールは思っている。
惚れた腫れたと囁かれる生徒達の囁きには、誰それと付き合って良い感じだとか、喧嘩をしたとか、思っていたイメージと違うだとかで、とかく忙しない。
中には修羅場と言われるような出来事まで言われていて、勝手に鼓膜に入って来るそれらだけで、スコールは疲れてしまう。
幸いなのは、自分にその手の話は全く関係ないと言う事だろう。

……と、思っていたのに、どうしてこんな事になったのか。
一日の授業が終わり、寮へと戻る為に教材をまとめている所で、スコールは教室の入り口に待機している人影を見付けた。
そわそわとした様子で此方を見ている視線が感じられて、スコールは学習パネルの陰に身を隠して、深い溜息を吐く。


(なんなんだよ……)


視線の持ち主の正体は知っている。
一週間前に、スコールに愛の告白をした後、もっととんでもない事を頼み込んできた女子生徒だ。
あの日、きっぱりとそれに応えるつもりはないと言ったのに、彼女はまったく気持ちを曲げる事無く、スコールを追い駆け回している。

授業終了のチャイムが鳴ると同時に、教室を出て行くべきだった。
このままでは外にも出られない、と張り込みのように出入口に立っている生徒をどうやってやり過ごすか考えていると、視界の端に白いコートが見えた。
通り過ぎようとするその白を、スコールはむんずっと捕まえる。
予想していなかった抵抗感に躰をつんのめらせ、翠の瞳がじろりとスコールを睨む。


「何しやがる」
「ちょっと付き合え。暇だろ、あんた」
「ああ?!」
「訓練施設だ。行くぞ」


威嚇のように声を荒げるサイファーだったが、スコールにしてみればいつもの事だ。
自分を追い駆け回す少女より、遥かに扱い易いサイファーに心の底で米粒程度に感謝しつつ席を立つ。

人の話を聞け、と後を追ってくるサイファーのお陰で、人混みが勝手に割れて行く。
件の女子生徒も、流石にサイファーがいる時には近付き難いようで、うう、と悔しそうな顔をしながら、教室を出て行く二人を見送った。
便利だな、とこっそり思っているスコールの胸中を知るものはいない。

一端寮に帰って、ガンブレードケースを手に廊下に出ると、同じくケースを肩に担いだサイファーが待っている。
表情は露骨に苛々としていたが、売られた喧嘩は買ってやろうと言うのが見て取れた。
スコールも彼を捕まえた手前、実はもう良いなんて言う訳もなく、風紀委員を自称する彼に言うべき事もある。
二人は足早に訓練施設へと向かった。

適当な場所を見付けて、まず一戦。
今日は座学の授業ばかりだったから、鈍った体を運動させるのは良い気晴らしになった。
始める前は苛立ちを隠しもせず、苦々しい表情を浮かべていたサイファーも、刃を交えている内に次第に夢中になって行く。
鬱蒼とした木々の向こうでは、グラット達が巻き込まれまいとコソコソと移動していた。
お陰でこれと言った邪魔も入る事はなく、二戦、三戦と重ねて、体が疲労を自覚する頃には、スコールの気分は少しばかりは晴れやかになった。

とは言え、唐突に付き合わされたサイファーの方は、やはり文句は言わずにはいられなかったらしく。


「ったく、なんなんだよ。今日は部屋でゆっくり読書でもしようと思ってたのに」
「また“魔女の騎士”を借りたのか。同じものばかり読んで飽きないのか、あんた」
「煩ぇ、好きなんだよ。何度読んだって、良いものは良いんだ」


楽しみにしていた時間を邪魔されたと、サイファーは頗る機嫌の悪い顔をする。


「で?これだけ付き合ってやったんだ、理由くらいは聞かせて貰えるんだろうな?」


じろりと睨むサイファーに、スコールは唇を尖らせた。
言いたくない、と言うのがスコールの正直な気持ちだが、しかしそれでサイファーは許すまい。
それに、強引に付き合わせたと言うのも自覚はあったし、何より、サイファーは風紀委員だ。
この男にどうにかして貰うのが一番手っ取り早い、とスコールは思っていた。


「……今日、教室の外にいた女子。あんた見たか?」
「どれだよ。女子なんて幾らでもいるだろ」
「うちのクラスの生徒じゃない。多分後輩」
「あー……ああ……?」


ピンと来ていない様子のサイファーだったが、スコールは構わずに続けた。

────一週間前、一人の後輩と思われる女子生徒に、「付き合ってほしい」と告白された。
時折起こる珍イベントのようなものだとスコールは思っているから、いつも通りに素っ気なく返せば、諦めるかと思いきや違った。
よりにもよって、彼女は自分をスコールの“愛人”にして欲しいと言い出したのだ。
当然スコールはそれも断ったのだが、何故か彼女は火が付いたような顔をして、益々スコールに迫って来たのである。
「悪いようにはしませんから!」「先輩の好きにして貰って良いですから!」等と言われて、俄かに恐怖を感じた程だ。
余りの熱に壁際に追い詰められた時には、真剣に身の危険を感じたものである。

当然、スコールはきっぱりと拒否したのだが、女子生徒は全く諦めていない。
朝はスコールが寮部屋を出る時間に外で待機しており、授業合間の休憩時間にも、スコールのいる教室までやって来る。
放課後も上手く逃げねば、今日のようにやって来るので、捕まってしまうと後は寮に帰るまでずっとついて来る。
早めに教室を出て逃げ果せたと、立ち寄った図書室でばったりと逢った時には眩暈を覚えた。
「運命ですね!」なんて目を輝かせて言われ、此方はそんな反応にすら戦慄したものである。

付き纏いも同然の彼女の行動は、スコールにとって空恐ろしいものだ。
しかしそれ以上に、「愛人」等と言うものを自分が求められていると───或いはそう言うものを寛容する人間であると───思われていた事がショックだ。
確かにロマンティックな思考は持ち合わせていないと自負しているが、かと言って、そんな爛れた関係を求めるような人間でもないつもりだ。
形振り構わぬ少女の妄言とは思いつつも、スコールはその点について、じわじわとダメージを喰らっていたのであった。

────そんな話をしている途中から、隣の男が露骨に顔を背けて肩を震わせている事には気付いていた。
話し終わって、「笑うなら笑えよ」と言ったら、案の定、腹を抱えて笑い始めた。
判ってはいたが腹が立つ程に笑うものだから、笑い転げるサイファーの背中を思い切り蹴飛ばしてやったが、相手は全く気にしなかった。
呼吸困難になるまで笑い尽くして、咽ながらようやっと落ち着いたライバルを、スコールは鬱々とした目で睨む。


「っは、はー、はー……あー、クソ面白ぇ。俺を笑い殺すには十分だ」
「じゃあそのまま死ねよ」
「やだね、勿体ねえ。こんな面白い話、カーテンコールまで見ないと死ねねぇよ」


目尻に涙まで浮かべているサイファーに、暢気で良いよな、とスコールは忌々しくなる。
八つ当たりである事は承知しつつも、やはり腹立たしかったので、もう一発その背中を蹴った。


「痛ぇな。お前が変な女に好かれたのは、俺の所為じゃないだろ」
「風紀委員だろ、あんた。一生徒が付き纏いの被害に遭ってるんだ、ちゃんと仕事をしろ」
「俺に取り締まれって?面倒臭ぇこと押し付けるんじゃねえよ。言い寄られてるのはお前なんだから、きっぱり断れ」
「断ってるのに迷惑してるんだ。朝から晩まで追い回されるんだぞ。何処に行ってもいつの間にか近くにいる」
「熱烈じゃねえか。お前みたいな朴念仁に、そこまで入れあげてくれる奴は貴重だぞ。大事にするんだな」
「じゃあ、あんたも味わってみろ。熱烈なファンだと思えば悪い気はしないんだろ」
「ホラー映画は俺の好みじゃないからパスだ」


サイファーの言葉に、ホラーだと判っているんじゃないか、とスコールの米神に青筋が浮かぶ。

実際、彼女の取っている行動は、ホラー映画で何処に行っても追い駆けて来る殺人鬼に似ている。
毎日行動パターンを変え、場所を変えても、いつの間にか自分の背後にいるのだ。
彼女からは一応、好意としての感情を寄せられてはいるのだが、あまりの行動力と勢いと、話の聞かなさぶりで、スコールは完全に引いている。
このままだと、いつの間にか寮の部屋にも入り込まれそうで、いよいよスコールは生活を侵食されそうだ。

うんざりとした表情のスコールに、サイファーは胡坐に頬杖をついて言った。


「お前がちゃんと断れば、お前の事が好きなら諦めるだろ。そうでないなら、恋に恋するお年頃って奴で、お前を追っかける自分に夢中になってるのさ」
「……じゃあどうしたら良いんだよ」
「知らねえ。まあ、こんなのは真実の愛と違って、一過性ってもんだ。その内飽きて、他に興味を見付けるだろ」
「……それまであれに付き合えって言うのか」
「言ったろ、ちゃんと断れって。それが出来てないから、追い駆け回して来るんだよ」
「あれ以上にどう断れって言うんだよ……」


はあ、と深いため息を漏らすスコール。

恋愛に興味がないのも、愛人なんてものは必要ない事も言った。
毎日自分の後を追ってくるのも、迷惑だから辞めろ、とも言ったのだ。
それをして尚、全く堪えた様子もなく追い駆けて来る少女に、何を言えば効果があると言うのだろう。

膝を抱えて丸くなるように蹲ったスコールを見て、サイファーは難儀な奴だと独り言ちる。
言葉数が根本的に少ない所為か、スコールを良く知らない後輩は、彼のことをミステリアスだとか言って持ち上げているのは聞いた事がある。
実際には只の口下手と、存外と短気で喧嘩っ早いのだと知っているのは、サイファーとやり合っている所をよく見ている、クラスメイトくらいしか知らない。
なまじ人との交流が少ないものだから、余計にスコールのそう言う気質は知られていないのだ。
相手が後輩ともなれば尚更、そして恋に恋する乙女の年頃ならば、勝手に夢を見てそれに夢中になっているのも想像に難くなかった。

サイファーが風紀委員として注意をした所で、今度はその目につかないようにスコールを追い回すだけだろう。
スコールの話を聞く限り、それ程の情熱の持ち主だと言う事が伺える。
だからこそ、スコールの方から、その幻想を壊す以外に、かの暴走列車は止まるまい。


(……って言ったって、こいつに今以上の事は出来ないんだろうな)


スコールは、他人に興味がないようでいて、人目と言うものをよく観察している。
だからなのか、何か頼まれごとをされると、案外と付き合いよく応じる事も多く、その所為で教師から雑事に呼ばれる事も少なくなかった。
面倒臭いと言う表情を隠しはしないが、後の評価であったり、成績への影響であったりを気にして、それらを飲み込んで引き受ける。
詰まる所、押せば行ける、と思われている節もあるのだが、当の本人にその自覚はないのだろう。

膝を抱えるライバルをちらと見遣って、サイファーはやれやれと肩を竦める。
人の恋愛絡みのいざこざに首を突っ込むのは、往々にして疲れるだけだが、鬱々としたスコールを見ているのはサイファーとて落ち着かない。
実際、付き纏いと言うのも、風紀的には良くない事ではある。


「仕方ねえな。俺の方から一つ注意ぐらいはして置いてやる」
「そうしてくれ」
「後の事は知らねえからな。貸し一つだ」


サイファーの言葉に、スコールは分かり易く拗ねた顔をしたが、「それならいらない」とは言わなかった。
平穏を取り戻す為には、最早自分一人ではどうにもならない事を、よくよく実感しているのだろう。

休憩を終えて、折角だからともう一戦を交える事になった。
気掛かりが多少なりと解消されると期待もあってか、スコールの剣も先よりも冴える。
それ位のものでなければ、暇潰しにもならないと、サイファーも余計な事は一切忘れて、嬉々と刃を振り翳すのだった。



『ガーデンのモブ女子生徒にぐいぐい言い寄られ翻弄されるスコール』のリクエストを頂きました。

案外モテてはいそうなスコールだけど、如何せん、本人がその手の話は嫌がりそうと言う。
思春期の少年少女なんて、良くも悪くも怖いもの知らずなので、まっしぐらに追い駆けて来る子もいるよねと思いました。スコールにとっては大分怖い。
話を聞いたサイファーは先ず一番に爆笑すると思いました。

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