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User: k_ryuto

[オニスコ]向上の道

  • 2023/03/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



世の中にはどうにもならない事も多いが、そうだと思っているものでも、案外とどうにかなってしまう事もある。
それは理に逆らっているようで、きちんとそれも理の中に組まれているものであった。
だから、どんなに理解不能なことでも、通じた時には相応の組み立てが成されているものだ。
それを解析して行けば、理は新たな理として定着する。

どうにもならない事の第一は、年齢であるとルーネスは思う。
時間の流れと言うのは画一的なものであり、誰であろうと何であろうと、一秒は一秒だ。
どんなに早く動いているようでも、スロウがかかったように動きが鈍間でも、世界を取り巻く時間は決して早回しにも遅回しにもならない。
異世界で時間を操る術を持った魔女ですら、世界の時代を行き来する力を持っていても、己自身に流れる時間は動き続けていたのだ。
世界の時間は誰一人としてその枠組みから外れるようには、出来ていない。

だからルーネスがどんなに願っても、逆立ちしても、彼はこの世界に召喚された者達の中で、最年少と言う場から動けない。
新たな戦士が呼ばれれば判らない話だが、自分以下の年齢が戦士として召喚されるのもどうかとは思う。
ルーネス自身の記憶がはっきりとしないので定かではないが、秩序の戦士達で年齢がはっきりしている者や、体格の仕上がり具合などから見ても、自分が数え十五になるかならないかと言うのは否定できなかった。
となれば、それ以下となると、いよいよ幼い。
悔しいながら、多くの者がルーネスを“幼い”と形容する中で、自分以下の年齢の戦士が召喚されたら、幾らそれが女神の采配と言えど、ルーネスも彼女の真意を疑う事もあっただろう。
異世界それぞれに基準は違えど、少なくとも半数は元服と見られる年齢に接していると思われるルーネスは、秩序戦士達にとってはギリギリの許容ラインだったと言える。
故に、それ以下の幼い戦士の参入は、決して歓迎されるものではあるまい。

その他、戦士達の力ではどうにもならない事と言えば、それぞれの世界に依存する力の作用だ。
分かり易いのが、各個人が持つ魔力やそれを操る素養の差である。
セシルの世界では、魔法はそれぞれの道に応じた才能と素養、そして努力があって実るものであるが、やはり強いのは生まれ持っての才能であったと言う。
だから黒魔法と白魔法を同時に究められる者は先ず殆どおらず、いればその人は賢者と呼ばれる程の力を有することになる。
フリオニールの場合、魔法の素養は少なくとも多くの人間が持っているが、それを得る為の手習いのような方法がなかった為、書を手に入れて鍛錬に望めばこそ得られる力であった。
そう言った理屈であったから、修練を積めば研ぎ澄ませることも出来るが、フリオニール自身がそもそも魔法を不得手としているようなので、あまり頼ることはない。
反対にヒトが魔法を使う事自体が難しく、道具に頼らざるを得ないのがクラウドだ。
彼の場合、魔法は専ら”マテリア”と呼ばれる魔石に集約されており、無手で魔法を扱うのはまず無理だとのこと。
ティーダも魔法を使うことは出来ず、元の世界でもこれは同様で、魔法は使えるべき人のみが扱えるものだったそうだ。

ルーネスの場合はと言うと、元の世界のことがよく思い出せないので、はっきりとはしない。
ただ、どちらかと言えばフリオニールやセシルの世界に近かったような気はする。
感覚的なものだから一概に言えるものではないが、“特別なもの”であると同時に、“ありふれているもの”でもあったように思うのだ。
だからなのか、ルーネスの勤勉さも含め、学び研ぎ澄ませようとすればする程、ルーネスの力には伸びしろがあるように皆が評価した。

年齢と言うアドバンテージは、どう頑張っても引っ繰り返せない。
ルーネスはそれをきちんと受け止めていた。
故にこそ、経験不足を補えるように、知識とそれに伴う経験値を誰よりも多く積もうと心掛けている。

その為、ルーネスは暇さえあれば、屋敷内にある書庫に籠る。
書庫には異世界のどこと問わずに様々な書籍が並べられており、時にそれがぽこりと増えていたりする。
自分の世界の本は勿論、異なる世界の書物に触れる機会など、こんな世界に喚ばれていなければ先ず有り得なかっただろう。
貴重な経験をさせてくれる事には感謝をしつつ、ルーネスは毎日のように某か本を開いていた。

そんな彼の下に、一人の青年───スコールが現れ、こう言ったのだ。
「魔法を教えてくれないか」……と。



三冊の本を広げた机を、挟み合う形が向き合って、早一時間。
いつの間にか定着したこの並びで、ルーネスはスコールを相手に魔法の理屈について講師をしていた。

内容はその時々によって違い、議題は基本的にスコールの方から出してくれる。
今日はこれについて教えて欲しい、と言うスコールの申し出に合わせ、ルーネスは書棚からその回答に使えそうな本を探す。
使う本は大抵、ルーネスが微かな記憶で見覚えのあるものにしていた。
魔法に関する本と言うのは、大体それが出版された本の理に則って記述されているから、ルーネスにとってもその理解度はやはりバラつきがあるのだ。
よくよく分かるのは自分の世界のものと思しきものなので、先ずはそれを取っ掛かりにし、解決できない疑問があれば裾野を広げて本を探すようにしている。
こうした時間を過ごすことで、ルーネスにとっても、齎された議題について、様々なアプローチから考え直す機会も得ることが出来ていた。

師事を依頼して来たスコールは、講習中の態度も真面目なものだった。
基本は黙々と本を読み、疑問点があればそれをルーネスに尋ね、解決の如何に関わらず何かを得心したような表情を浮かべてくれる。
無駄話をしないので、ルーネスにとっては非常に心地の良い生徒と言えるだろう。

その傍ら、ルーネスはどうしても解けない疑問があった。
聞いて良いものかと考えあぐねて、今日と言う日まで過ごしているのだが、折角ならすっきりさせてしまいたい。
そんな気持ちで、今日の勉強分は終えたと本を閉じたスコールに声をかけた。


「ねえ。どうしてスコールは、僕に魔法を教わりに来たの?」


直球に訊ねてみれば、蒼の瞳がちらと此方を見る。
結構お喋りなんだよ、とジタンが言っていた瞳だが、ルーネスはまだその奥底の言葉と言うのは聞こえない。
ただ、視線を寄越してくれたと言う事は、少なくとも話をする、或いは聞く気があると言う事だ。

質問を投げかけた時、スコールはしばらくの間、黙ったままでいることが多い。
これに不機嫌にさせたか、聞かれたくないことを聞いたかと思っていたルーネスだが、どうやらそうでもないらしいと最近分かった。
スコールは自分に向けられた質問に対し、どう答えて何を言葉にするべきか、それを考える時間が必要なのだ。
喋るのが面倒なのか、言葉数を多くするのが嫌なのか、色々と削ぎ落すことに意識が向くのが彼の癖らしい。

今回も数秒の沈黙の後で、スコールは答えをくれた。


「あんたが一番分かり易い」
「そう?セシルとか、フリオニールとかでも良い気がするけど」


秩序の戦士達の間で、それぞれの優劣と言うものはないが、それはそれとして、各個人の得意分野と言うものはある。
また、何かを他人に教えると言うのも一種の才能で、物事を分かり易く噛み砕いたり、相手の立場や状況にたって思考の仕方を変えると言うのは、そう誰もが出来ることではなかった。
生憎ながらルーネスはその点については自信がない。
と言うのも、自惚れでなく、ルーネスはそれなりに物事への理解が早い方であるから、言ってしまえば“理解ができない人向けの説明”と言うのが難しいのだ。
一を聞いて十を知る人間にとって、一と二と三と順序立てて説明するのは、反って簡単すぎて分解のしようがない為、簡単に言えないものになってしまうのである。

その辺りの分解と組み立て直しが上手いのがセシルで、相手の立場で一緒に考えてくれるのがフリオニールだ。
良くも悪くも素直だが物覚えの悪いティーダに、根気よく付き合っている所からも、それは伺える。

しかし、スコールは緩く首を横に振り、


「セシルも魔法に関しては理詰めの説明は難しいらしい。お前に聞いた方が良いと言われた」
「そうなの?じゃあフリオニールは?」
「フリオニールも魔法は得意じゃないし、そもそも座学が苦手だと言っていた。こう言う事には向かないだろう」


こう言う事、とスコールが示したのは、机に広げた書籍たち。
確かに、フリオニールがこう言う本を開いているのは見たことがない、と思う。


「あとは……他にも、バッツとか、ティナとか」
「バッツは感覚が強すぎる。ティナも魔法に関しては似たような所があるようで、説明には向かない」
「まあ、そう言われると、そうだね」


バッツは幅広い知識を持っているので、旅の知識や薬学は中々理論立てて説明してくれるのだが、武術や魔法のことになると、どうも野生じみた勘が強い。
こうしたらこうなるだろ、と実践で見せてくれるのは有り難いが、時には他人から見て無茶なことも平然としてくれるから、あれは生粋の天才肌だとスコールは言う。
そう言う人間に、体の使い方や、個人によっても違う感覚の差を、平均的な文章に並べ直して説明してくれと言うのは、中々に難しいものがあった。

そして、秩序の戦士達の中で、魔法に最も長けていると言えばティナだ。
しかし彼女自身、何がどうして自分が魔法を使っているのかと言うのは、よく分かっていないらしい。
彼女の場合、バッツのような天才肌と言うよりも、持って生まれたものを当たり前に使っていると言う、”どうして生き物は呼吸をするのか”と言う疑問に近い所があるようだ。

残った他のメンバーは、魔法を主体としない戦い方をしており、そもそも魔法の素養も低い者が多い。
ウォーリア・オブ・ライトは少しそこから定義を外すことになるだろうが、彼相手に魔法の講義を頼めるかと言うと、流石にルーネスも首を捻った。


(消去法で考えても、僕しか残らないか)


スコールの選択を、ルーネスもはっきりと理解した。
魔法の素養を持ちながらも、その使用を本能的な所に頼らず、尚且つ日々の研鑽努力に厭いのない人物。
ついでに付け加えるならば、書庫にある本の多くを種類問わずに把握しており、内容についてもそれなりに頭に入っている者。
必然的に、選択はルーネス一人に絞られていく訳だ。

スコールにしてみれば、選ぶべくして選んだ人選だったのだろう。
そう思うと、例え消去法でも、そこに選択肢として残してくれただけで、ルーネスは少し嬉しかった。


(スコールに頼られたと思えば、やっぱり少しは、ね)


口元に浮かびそうになる笑みを、ルーネスは本を読むふりをして隠す。

ルーネスから見て、スコールはとても優秀な戦士であった。
自身の獲物から、持ち場とする距離感を保ちつつ、様々な手を使って戦術を組み立てることに長けている。
年齢を聞けば、ティーダと同い年であると言うから驚いたが、沈着冷静な佇まいや、かと思えば突き抜けることを躊躇わない胆力など、流石は傭兵と称されると納得する。
全体的に年若い秩序の戦士達の中でも、どちらかと言えば年下に区分けされるスコールだが、その中でも戦場に対する意識は抜きんでていた。
そんな彼から、一時でも師事を仰ぐ者として選ばれたのなら、少々自惚れに頬を緩めても許されるだろう。

閉じた本を山にして、スコールが本棚にそれを返しに行く。
それを横目にふと窓の外を見れば、いつの間にか濃い夕焼け色の陽が差し込んでいた。
間もなく日が落ちて夕飯になるだろう頃合いに、ルーネスも本を閉じて席を立った。


「そう言えば昨日、スコールの世界で使われてる魔法の本を読んでみたんだけど」


言いながら彼の後ろを通り過ぎ、隣の書架に本を戻す。
スコールは腕に抱えている本を一つ一つ、元遭った場所に戻しながら、


「初級向けの教科書か」
「面白いね。魔法があそこまで細かく分析されているなんて。あれで初心者向けってことみたいだけど、あれは誰でも読めるものなの?」
「ああ。俺がいたガーデンでは、授業の教材として生徒全員に配られる」
「スコールの世界の魔法は、僕らが使うようなものとも違うみたいだし。もう少し読んでみようかな」
「書いてあるのは初歩の初歩だった筈だ。あんたが今更知るような事もないと思うが」
「魔法が科学的に分析されているものなんて、僕には初めて見るものだよ。この理屈が理解できれば、自分の魔法の成り立ちだって、もっと細かく分かるかもしれない。分かれば、何か応用が出来るかも」


知識に貴賤なし────それが異世界のものであっても、ルーネスはそう思う。
取り込めるものは何でも取り込み、良いところを抽出すれば、更に力は磨かれる筈だ。
その為にも、この書架で見つかる本と言うのは、どれも捨てるものはない。

ルーネスの言葉に、スコールが小さく呟いた。


「研究熱心だな」
「スコールほどじゃないよ。僕の所に、こうやって勉強しに来るなんてさ」


感心したと呟くスコールに、ルーネスも真っ直ぐその言葉を返した。

勉強と一口で言っても、先ずそれに手を付けるまでが中々ハードルがあるものだ。
加えて教鞭を求めるのなら、頼む相手が必要になる訳だが、それが年下と言うのはやはり自身の矜持が疼くものではないだろうか。
少なくともルーネスは、そう言うプライドが疼いてしまう。
それが自分の幼い面であると判っていても、保ちたい面子と言うものは、簡単には剥がせないものだ。

それを越えて「教えて欲しい」と頼みに来たスコールだ。
今だけのこととは言え、彼にものを教える立場を与る者として、向上心を忘れる訳には行かないだろう。


「それに、スコールの世界の魔法のことが分かれば、スコールの魔法の扱い方の感覚って言うのも、少しは判るかも知れないしね。魔法の使い方を教えるなら、その辺のこともちゃんと理解しておかないと」


スコールが扱う魔法は、“疑似魔法”だ。
科学的に分析された魔法の方程式を、科学的に組み立てて、“本物の魔法”に似せて使用されるもの。
その独自の成り立ちが分かれば、ルーネスが扱う魔法と、スコールの使う“疑似魔法”の違いも判るかも知れない。
ルーネスがそれを理解できれば、より一層、スコールが教鞭を求めるものにも近付くことが出来るだろう。

取り敢えずはあの初心者向けの本を読み込んでおこう。
今後の方針を固めるように呟くルーネスに、スコールの目元が微かに和らぎ、


「やっぱり、あんたに頼んで正解だった」
「え?何か言った?」
「いや」


なんでもない、と言ったスコールの口元が、いつもの真一文字よりも緩い。
下から見上げる目線であることで、ルーネスにはそれが一等見付け易かった。

見上げるルーネスを、オレンジ色の陽光を灯した、蒼の瞳が見詰めて、



「じゃあ次も宜しくな。ルーネス先生」



────冗談めかして言ったその単語が、思いの外少年の心に突き刺さる事を、彼は知らない。



2023/03/08

3月8日と言う事で、オニスコ。
赤い実はじけたその瞬間みたい。

基本的にルーネスが一番年下なので、ルーネスから教えを乞う事はあっても、誰かに教える立場になることは中々ないだろうなと。
そんな年下少年が、優秀と判っている人から不意打ちに「先生」って言われたら嬉しいんじゃないかなあ。
そしてドキッとして恋まで落ちてくれると楽しい。私が。

[レオ&子スコ]プラリネ・ソング

  • 2023/02/14 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



いつもより早くに仕事を終えることが出来たので、これなら弟を待たせなくて済むと、誰かに捕まる前にレオンはいそいそと会社を後にした。
エレベーターに乗った時、「レオンさんはー?」と言う声が聞こえたような気がしたが、敢えて無視して閉じるボタンを押す。
何かと仕事が多い所為で、毎日のように保育園に遅くまで弟を預けているのだ。
寂しがり屋の弟を安心させる為にも、本当はいつも早く帰りたいレオンとしては、偶にはこんな行動も許して欲しいと思う。
口に出して言えば、友人達は「それは家族が優先だろう。弟も小さいんだから」と言ってくれるだろうが、仕事の内容はそうは言ってくれないのが辛い所だ。
だから幸いにも解放が早かった今日ばかりは、いそいそと会社を出るのであった。

電車に乗って弟を預けている保育園の最寄り駅へ。
賑わいのある駅前通りを真っ直ぐに通り抜けようとした所で、駅構内に見慣れないものが幾つか並んでいる事に気付いた。
愛らしい看板をそれぞれ掲げ、沢山の人が集まっている其処には、『バレンタインフェア』と銘打たれている。
そう言えばそんな時期だった、と遅蒔きにカレンダーの日付を思い出し、集まる人々の盛況ぶりに凄いものだなと思う。

普段なら、それでレオンは直ぐに其処を通り過ぎてしまうのだが、普段よりも少々時間の余裕が赦されていることもあって、何とはなしに足が止まった。
遠目に眺めていると、看板に見覚えのあるブランドの名前が綴られている。
テレビで芸能人が美味しい美味しいと絶賛していたチョコレートブランドが、このフェアに合わせて沢山の新作を出しているのだ。
限定品のリッチなものから、特別パッケージ仕様のリーズナブルなものまで、多種多様なチョコレートは、見ているだけでも楽しくなるものだろう。
だからなのか、ぐるりと見渡してみるだけでも、女性客は勿論のこと、男性客の姿もちらほらと見付けられた。


(昔はこう言うものは女性のイベントと言うか───女性が男性に対して贈るって言うものとして言われていたが、最近はそれに限ったものでもないようだしな)


本命、義理、友チョコと配る対象によって細分化されるように呼び名が増えた昨今。
同性同士で日頃の労いや感謝に贈ることもあれば、完全に自分個人で楽しむことを目的に、ご褒美の為に、と買い求める人も多いと言う。
チョコレートのパッケージも多種多様で、男性が購入することを意識した意匠を施すものも少なくない。
アニメや漫画とコラボしたキャラクター型のチョコレートや、プリントチョコレートもあったりして、ブランド毎の違いも含めて、広い購買層に向けた展開が行われていた。

そんな中、レオンの目が留まったのは、動物の形をしたチョコレートだった。
猫や犬と言った馴染の深いものだけでなく、動物園でしか見ないような、ライオンやゴリラの立体チョコレートまで売っている。
ショーケースの中で展示されているそれに、精巧なものだなと感心しつつ、頭に浮かぶのは溺愛する弟の顔。


(ライオンは、見た時に喜びそうだが……)


弟であるスコールは、“百獣の王”に並々ならぬ憧れを持っている。
動物園に行った時には、ライオンの展示スペースの前にいつまでもいられる位に、心を奪われて已まないのだ。
そんなスコールにライオン型の立体チョコレートは、中々良いリアクションをしてくれそうだが、反面、「たべたくない」と言い出しそうでもあった。
勿体無い精神なのか、大事にしたいと思うからなのか、そう言うものほどしまい込んでしまう性格なのだ。
それ自体は悪いこととは言わないが、食べ物に関しては、やはり食べて喜んで貰えるのが良い。
泣きながらライオンのチョコレートをを食べる弟を想像して、幼い今の内は他の方が良いな、とレオンは苦笑した。

レオンはもう少しショーケースを見回った後、パッケージに可愛らしい猫が描かれたチョコレートを買った。
中身はシンプルにココアコーティングされた、丸型の一口サイズのチョコレート。
一つ一つが箔に包まれているので、数日に分けて少しずつ食べるのも良いだろう。

チョコレートボックスを鞄の中に入れて、さて、とレオンは速足でその場を離れたのだった。



いつも遅くなり勝ちな兄が早く迎えに来たものだから、スコールは嬉しそうに教室から飛び出してきた。
今日は何で早いの、と嬉々一杯の顔で尋ねて来るスコールに、お仕事が早く終わったんだと言えば、また嬉しそうに抱き着いて来る。
そんな弟の愛らしさに唇を緩めつつ、やっぱりもっと残業は減らすべきだな、とレオンは思うのだった。

帰り道の途中で買い物を済ませて、自宅に帰ると直ぐに夕飯の準備を始める。
今日は冬の最中にしては珍しく少し気温が高かったので、スコールも珍しく外遊びをしたらしい。
砂場でお山を作ったんだよと言うスコールに、上手に出来たかと訊ねてみれば、スコールは自信一杯の顔で頷いた。
いつになく外遊びをしたからか、昼寝が終わったころから、ずっとお腹が空いてるの、とスコールは言った。
普段は小食気味なスコールだが、今日はおかずの量を少し増やして置いても良いかも知れない。
レオンの読みは当たっていて、スコールは普段より多くなったおかずを、綺麗に平らげることが出来た。

レオンが食後の片付けをしている間、スコールはテレビを見ている。
チャンネルはいつも子供向けの番組専用のものに合わせていて、今はアニメが放映されていた。
夢中でそれを見詰めているスコールの様子をこまめに確認しつつ、レオンは家事を済ませて行く。

朝、家を出る前に干して置いた洗濯物を片付けて、ふうと一息。
そこでレオンは、仕事用の鞄の中に入れたままにしていたものの存在を思い出した。
鞄から取り出したそれをダイニングテーブルに置いて、


「スコール」
「!」


名前を呼ぶと、アニメに夢中になっていたスコールが、はっと此方を向く。
なあになあにと駆け寄って来るスコールを受け止めて、レオンはダイニングテーブルに促した。

もう夕飯は終わったのに、なんだろう、と言う表情で、スコールはいつもの自分の席に登る。
と、綺麗に片付けられた筈のテーブルの上に、小さな四角い箱が一つ。
木々の緑の中で、日向ぼっこをするように丸くなっている猫の絵が描かれているそれに、スコールは興味津々な目を向ける。

レオンはスコールの隣に座って、箱を手元に寄せた。


「スコールはいつも良い子にしてるからな。今日は特別だ」
「なーに?」


レオンの言葉に、少なくとも此処にあるものが、何かご褒美のようなものだと感じ取ったスコールは、期待一杯の目で兄を見る。

レオンは箱の端を留めている小さな丸シールを剥がして、蓋を開けた。
中に入っているのは、金色の箔に綺麗に包められた丸いもの。
まだ正体が判らない様子のスコールに、レオンは一つ取り出して、


「チョコレートだ。好きだろう?」
「好き!でもいいの?もう晩ご飯食べちゃったよ」


おやつは三時に、夕飯の後にはおやつは食べない。
きちんと日々のメリハリをつける為に、レオンが昔からスコールに言い聞かせていたことだった。
それを解禁するのは、兄弟それぞれの誕生日であったり、夜更しをして良い日としている年末と言った限られた時のみ。
今日は別になんでもない日、とスコールは思っており、レオンも一応、そのつもりはあるのだが、


「今日はバレンタインって言う日だからな」
「ばれんたいん!」
「大好きな人に、大好きだよって言う気持ちを込めて、チョコレートをプレゼントする日」
「お兄ちゃん、ぼくのこと好き?」
「ああ。大好きだよ」


レオンの説明を聞いて、直ぐに確かめようとするスコールに、レオンはくすりと笑って言った。
毎日のように伝えていることでも、改めて聞けると嬉しいようで、スコールは丸い頬を赤くして「えへへ」と嬉しそうに笑う。


「だから今日は特別。でも、食べたらちゃんと歯磨きをすること。良いな?」
「うん。僕、ちゃんと毎日ハミガキしてるよ」


兄の言葉に、弟はしっかりと頷いた。
美味しいものを美味しく食べたいのなら、歯磨きはとても大切なことだと言う教えは、しっかりスコールに根付いている。

レオンはチョコレートを一つ取り出して、それを包んでいる金箔を綺麗に取った。
ココアパウダーでコーティングを施されたチョコレートを、スコールはしげしげと見つめている。
普段、スーパーで売っているチョコレートしか見たことがないスコールには、初めて出会う代物だ。
レオンは摘まんだそれのサイズを確認して、これならスコールも一口で行けるだろうと見る。


「ほら、あーん」
「あーん」


ぱか、と雛鳥のように口を開けるスコール。
小さな口を精一杯に開いた其処に、レオンはチョコレートをころんと入れてやった。
スコールは貰ったそれをうっかり落としてしまわないように、両手で口元を覆って、ころころと頬袋を膨らませる。

レオンも一つ取り出して、ぽいと口の中に入れた。
一噛みすると、柔らかなチョコレートが半分に割れ、舌の上で転がしているだけでとろりと溶けて行く。
甘いものはそれ程得意ではないレオンだったが、美味いな、としつこくない味わいを堪能しつつ、隣を見てみると、


「……!」


スコールが真ん丸な目をより大きく見開いていた。
口の中をもごもごと動かしながら、その目が兄を見る。

スコールは口の中のものを綺麗に飲み込んでから、ふわぁあ、と感嘆の声を上げた。


「なあにこれ、お兄ちゃん。やわらかくって、とけちゃった。これ本当にチョコレート?」



なあにこれ、と驚きと感動の混じった瞳に、そう言えばこの手のチョコレートは初めてだったか、と兄も気付く。
所謂トリュフと呼ばれる、中身に柔らかいチョコレートや様々なフレーバーが入っているもの。
チョコレートと言えば中までしっかり固くて甘い、それを舐めて溶かしながら食べるのが美味しいものだと思っているスコールには、衝撃の出逢いだったようだ。

まだ口の中にチョコレートの味わいが残っているのだろう、スコールはそれを確かめるように、もう空っぽの筈の口の中を転がしている。
そんなスコールに、まあ今日の所は良いか、とレオンは甘やかす方向に決めて、箱からもう一つ取り出す。


「もう一個食べるか?」
「いいの?たべたい!」


きらきらと目を輝かせるスコールに、レオンも嬉しくなって金箔を取る。
あーん、と促せば、ぱか、とスコールは口を開けて待った。

ころりとチョコレートを入れてやれば、スコールは赤い頬が落ちないように両手で包んで、幸せそうに笑う。
柔らかいフィリングを、スコールは出来るだけ長い時間味わいたくて、ころころとゆっくりと口の中で転がしている。
それを微笑ましく見つめている兄と、ぱちりと目が合ったスコールは、口の中のものを落とさないように手で口元を塞ぎながら、


「お兄ちゃんも食べる?」
「ああ、そうだな」


折角買ったのだから、もう一つ位は。
弟に残りを全部あげても良い気持ちもありつつ、そう答えると、スコールが早速手を伸ばす。
箱の中に入っていたチョコレートを一つ、小さな手で器用に金箔を剥がし、


「はい、お兄ちゃん。あーん」
「あーん」


差し出されたチョコレートを、レオンはぱくりと食べた。
これはスコールがくれたトコレート、と思うと、なんとなく甘さも一入に、喜びも膨らむのだった。



バレンタインと言う事で、久しぶりにレオンお兄ちゃんと子スコで。
スコールが一人で買い物できるようになったら、スコールからレオンへの贈り物も用意されるようになるんだと思います。

プラリネチョコが好きです。色んなフレーバー入ってるのも良いですね。
動物型のチョコとか精巧で凄いな─と思います。牛乳に浸して溶かしながら楽しむゴリラチョコのインパクトはいつも見付けると笑ってしまう。

[フリスコ]ハードドリンク・エクスタシス

  • 2023/02/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



大学に進んだフリオニールが、それまで過ごしてきた義理の親の下を出て、一人暮らしを始めた。
高校進学の時からその計画はあったそうだが、義理の親やその子供たち───フリオニールにとっては兄妹のような存在だ───から、卒業まではうちにいて欲しい、と願われたので、先延ばしにしていたそうだ。
替わりに高校生の内にアルバイトをして資金を貯め、しっかりと準備をして、高校卒業、大学入学と共に祝いの門出となった。

スコールはその前から、一足先に一人暮らしを始めている。
愛故に過保護な父親の「寂しいじゃんよう」と言う反対を押し切って、彼は高校入学を期に家を出た。
とは言え、場所はそれ程遠くはなく、公共交通を使って行こうと思えば行ける距離である。
それでも一人きりの生活と言うのは、それまで庇護の下にいた少年にとって中々大変なもので、最初の内は気を張り過ぎて無自覚に目を回していた。
そうして学校内で体調を崩し、意地とプライドで誰を頼る事も出来ずにいた所を、一学年上に在籍していたフリオニールが偶々発見して声をかけたのが、二人の初めての出会いであった。

それから約二年間、二人は同じ学年こそ違えど、同じ学び舎で過ごすことになる。
スコールが一人暮らしだったので、フリオニールはよく彼の元へ訪れ、真面目に見えて案外と物臭な所がある少年の一面に驚きつつ、持ち前の甲斐甲斐しさを発揮した。
食に碌な興味がなかったスコールへ、その大切さを説きながら、料理男子の真価を発揮する。
これにスコールがすっかり胃袋を掴まれて、週の半分はフリオニールが家に来て、二日か三日分の料理を作り置きするようになった。
世話になるばかりでは良くないと、スコールも一念発起して調理のいろはを学び直し、レシピつきなら少々凝ったものも作れるようになって行く。
次第にフリオニールがスコールの家に泊まる事も増え、その間に二人の距離は徐々に縮まり、フリオニールが卒業する頃には、晴れて両想いとなったのであった。

フリオニールが大学に進み、一人暮らしになった事で、今度はスコールがフリオニールの自宅に来るようにもなった。
まだまだ物が少なかった狭い部屋の中に、ぽつぽつとスコールの私物も増えて行く。
食器は当然のように二人分が誂えられ、洗面所回りも勿論、寝間着もわざわざ持って来るのは面倒だろうと、フリオニールがスコールの分を用意した。
ちなみに寝間着が用意されるまでは、スコールはフリオニールの高校時代の運動着などを借りている。
それはそれで(こっそりと)スコールにとって嬉しいことだったので、寝間着が別に用意された事には少々微妙な反応も出てしまったのだが、それがあると言う事は「いつでも泊まりに来て良い」と言う事でもある。
両想いとなった間柄で、それが嬉しくない訳もなく、スコールは面映ゆい表情を浮かべていたのだった。

そんな新しい生活がスタートしてから、約一ヵ月が経つ。
フリオニールは大学の入学式で勧誘されたサークルに参加し、その新人歓迎会が催された。
飲み食いするだけだし、一年生はタダだから、と言われ、折角先輩たちが企画してくれたのならと頷く。
二次会も予定されているようだが、そちらは辞退させて貰う事にする。
そして、家に来ていたら待たせてしまって可哀想だと、スコールに飲み会参加の旨を伝え、今日の所は自宅でゆっくりしてくれ、と伝えた。
それを受けたスコールは、フリオニールに逢えない寂しさを感じつつも、返事の文面上はいつものように、分かった、と言うシンプルな返事だけを送った。

そして飲み会の当日夜、スコールは自宅で明日の朝食の下拵えをしていた。
明日は学校が休みだから、朝食もサボって寝倒していても良かったのだが、三年生に進級してからずっと土日をその調子で過ごしている。
元々怠け癖があるのは否定しないが、流石に少し引き締めた方が良い、と思ったのだ。
いつものように恋人に会いに行く訳でもなかったから、暇潰しも兼ねて、少々凝った料理の下準備に精を出していたのである。

────と、そんな所へ、玄関のチャイムが鳴った。
マンション一階の玄関エントランスと繋がっているインターフォンモニターを点けてみると、其処には見慣れない人物が映っている。
茶髪に褐色の瞳、人懐こそうな顔が「ここでいいのかなあ」と呟いているのが聞こえた。
その肩に担がれている銀髪の青年を見付け、スコールは直ぐにインターフォンの通信をオンにする。


「はい」
『あ、繋がった。スコールって人の家、ここであってますか』
「……はい。どちら様ですか」
『どうも。バッツって言います。えーっと、フリオニールって奴のこと知ってるかな』
「……知っています」
『良かった。おれ、フリオニールと同じサークルで、まあ先輩みたいなものなんだけど。今日、飲み会があって、まあその、ちょっとミスっちゃってフリオニールに酒飲ませちゃったみたいで────』


言いながら青年───バッツは、よいしょ、と肩を貸すフリオーニールの重みを直している。
銀髪が力なくかくんと揺れるのを見て、スコールは溜息を吐いた。


「……すぐ降ります」
『ありがと。フリオ~、迎えに来てくれるってさ』


バッツの声のあと、「う~ん……」とぐずるような声が聞こえた。
スコールはもう一つ溜息を吐いて、モニターの通信を切る。

エレベーターで直ぐにロビーに降りると、エントランスにモニターから見た顔が直ぐに見つかった。
バッツと名乗った人懐こい顔をした青年に、ぐでんと寄り掛かって支えられている銀髪の青年───フリオニール。
内側からの操作で玄関の二重鍵を開け、お邪魔しますと入って来た青年の肩から、スコールはフリオニールを受け取った。


「重……っ」
「大丈夫か?良ければおれ、上まで運んでも良いけど」
「……いや、大丈夫です。ありがとうございました」
「そっか。無理するなよ。フリオー、ごめんなぁ」


バッツはフリオニールの頭をわしわしと撫でて詫びた。
それから「じゃあな」と気の良い挨拶と共に、エントランスホールを出て行く。

自分よりも上背のある恋人の重みに、スコールは再三の溜息を洩らしつつ、エレベーターへと戻る。
小さな箱の中に入って、自宅のあるフロアのボタンを押して直ぐ、扉は閉まった。
と、上り始めたエレベーターの浮遊感に違和感を覚えたのか、肩に乗せた銀糸の尻尾がむずがるように揺れ、


「……んん……」
「……起きたのか」


頭がゆっくりと持ち上がるのを見て、スコールは言った。
その声がもう一つフリオニールを覚醒に導いたようで、赤い瞳がぼんやりとスコールを見る。


「……スコール?」
「あんた、なんで自分の家じゃなくて、俺の家に来てるんだ。全く」
「ん……」


フリオニールが二次会に参加するつもりがないと言うのは、スコールも聞いていた。
そもそも、年齢的にはまだ飲酒は堂々と出来ないものであるし、バッツもミスをしたと言っていたので、フリオニールがこの状態になったのは不可抗力なのだろう。
それは良いとして、帰る場所として恐らくバッツに伝えた筈の住所を、自宅ではなく此方に指定したのはどういう訳なのか。

酔っ払いって訳が分からないな、と苦い表情を浮かべるスコール。
飲んだことは事故とは言え、この行動の動機くらいは確かめさせて貰っても良いだろう。
ついでに、突然来たことについて、説教を含めて一つ二つ位は文句を言っても許される筈だと、明日の朝に何から言おうかと考えるスコールを、フリオニールはじっと見つめ、


「……スコール」
「なんだよ」


名前を呼ばれたので、不機嫌ながらも返事をしてやれば、垂れていたフリオニールの手が徐に持ち上がり、スコールの頬に触れた。
フリオニールの顔は、アルコールの所為だろう、火照ったように赤らんでいるのに、指先が冷たい。
それが猫を宥めるように肌の上を滑るが、スコールは「誤魔化されないからな」と寄り掛かる青年の顔を睨み、


「会いたかった。……ん」
「…………!!?」


愛しさを全て詰め込んだような声の後、厚みのある唇が、スコールの色の薄いそれと重なった。
思わぬことに目を瞠るスコールを、フリオニールはじいと見つめて視線を離そうとしない。

熱と一緒に、甘く溶けるような匂いを纏させた吐息が、スコールの咥内から入って来る。
匂いは鼻孔の方まで抜けていって、スコールは一瞬、頭の芯がくらりと揺れるのを感じた。
それがアルコールの齎す効能で、自身が極端にその性質に弱いことを示していたが、まだ一滴とそれに触れたことのないスコールには判らない。
揺れた頭が意識を取り戻そうと悶えている間に、無防備になった唇の隙間から、厚みと弾力のあるものが侵入して来る。
ぬるりと艶めかしい感触がスコールの舌を捉え、ちゅぷ、ちゅく、と唾液の音を交えながらしゃぶった。


「ん、んむ……っ!ふ、んぅ……っ!?」


視界を埋め尽くす銀色と、褐色の肌と、細められた赤い瞳。
普段は人好きの印象を宿す紅玉が、まるで獲物を定めたように瞳孔を細く尖らせ、スコールを見詰めている。
咥内を舐るものに誘われて連れ出された舌に、犬歯の尖りが時折掠った。
まずい、と顔を背けて逃げようとしたスコールだったが、頬に添えられていた手が、いつの間にか顎を捉えている。
実を捩ろうとすれば、逆の手腕がスコールの体を閉じ込めるように抱き締めていて、身動ぎすら出来なかった。

舌に絡む唾液が、スコールの耳の奥で、ちゅくちゅくといやらしい音を鳴らしている。
いつも褥の中で、夢中でまぐわっている最中に聞いていたそれに、体は勝手に反応を示し、スコールは下腹部に熱が生まれるのを自覚した。
それが下半身から力を奪うまでに時間はかからず、貪られるキスに翻弄されるまま、スコールはいつの間にかフリオニールに縋るようにして体を支えていた。


「ん……っふ……はぁ……」
「ふ、は……っ」


丹念にスコールの味を堪能して、ようやくフリオニールは唇を離す。
二つの舌先の先端を、細い銀露が繋いで、ぷつんと切れた。

息を切らせるスコールを、フリオニールは恭しく見つめている。
その熱ぼったい瞳に危険を感じて、スコールはきっと眦を吊り上げる。


「っフリオ!ここを何処だと思ってるんだ」
「……ええと……」
「エレベーターだぞ。俺のマンションの」
「……うん、そうだな」


フリオニールの反応はいつになく鈍い。
普段なら、スコールがこうして声を荒げれば、直ぐに弱った顔をして、自分の行動を改めると言うのに。
そもそも、スコールに負けず劣らず初心なフリオニールであるから、こんな場所でこんな大胆なキスをするなんて、先ず有り得ないのだ。
酒の力とは恐ろしい────スコールは怒ったポーズの裏で、高鳴る鼓動を覚えながらそんな事を考えていた。

取り敢えず、エレベーターを降りなくては、この密着した状態は良くない。
スコールはなんとか抱き締めるフリオニールの腕を振り解こうとするが、その力は簡単には解けなかった。


「おい、ちょっと……」
「……スコール」
「……っ後にしろ……!」


もう一度近付いて来る精悍な顔立ちに、スコールは顔を真っ赤にして言った。
恋人に求められるのは、決して嫌な気分はしない。
けれども場所はちゃんと選んでほしいスコールとしては、こんな所で密着しているだけでも耐え難いのだ。
せめて人目を気にしなくて良い、自宅に入ってからにして欲しい。

エレベーターの上昇が止まり、ドアが開く。
幸いなことにその到着を待っていた者はおらず、スコールの一瞬冷えた肝はほうと安堵した。

しかし、フリオニールはスコールに体重を預けるように寄り掛かって来るばかり。
早く下りないといけないのに、とスコールがそれを支えながら後ろに蹈鞴を踏むと、背中が壁に当たった。
とん、とフリオニールの手がスコールの顔の横で壁を突き、スコールは壁とフリオニールの体に挟まれる格好になる。


「フリ、オ……っ」
「……ごめん。俺、待てない」
「家、すぐ其処だぞ。だからもうちょっと待、」
「……ん」
「………!」


狭い箱の中で、もう一度唇が重ねられる。
先と全く劣らない熱の滾りが込められた口付けは、既に燻り始めていたスコールの躰に決定打を与えるに十分なものだった。

降りる筈の乗客がまだ其処にいる事を忘れて、エレベーターのドアが閉まる。
上にも下にも行かない狭い空間で、スコールは意識が溶けていくのを感じていた。



翌日、何も覚えていないフリオニールに、スコールが金輪際の飲酒を禁じたのは言うまでもない。




2月8日と言うことでフリスコ!
酔っ払いフリオニールの、普段と違う攻めっぷりで、あうあうしてるスコールが見たいなと思って。

大分激しい夜になったんじゃないだろうか。噛み跡とか多そう。
とんでもない所で迫られたり、それをフリオニールが綺麗さっぱり覚えてなかったりで、翌朝のスコールの雷は不可避ですが、スコールも本音では大分ドキドキしているし結局の所嫌ではなかった訳ですな。
このフリオニールは反省しているので、今後も自分から飲む事はないけど、先輩の悪ノリだったり、スコールが成人した後とかに一緒に飲んでまたお熱い夜を過ごすことはあると思う。

[ウォルスコ]腕の中の猫

  • 2023/01/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



各地に点在する歪の見回りは、秩序の陣営にとって、聊か面倒ではあるが欠かせないものだった。
歪の中で発生すると思われるイミテーションは、ともすれば大群となって秩序の聖域を襲いに来る可能性も否めない為、危機回避の常套手段の一つとして、定期的に行う必要がある。
また、イミテーションが増加し続けると、その歪は混沌の領域の影響も濃く受けるようで、混沌の戦士の領域になり得る。
混沌の戦士はこうした歪を利用し、歪を中間地点とした移動を行う事が出来る為、下手をすれば秩序の陣営の懐に簡単に足を運ぶ事も可能となるのだ。
ウォーリアが日課のように、秩序の聖域を中心とした広範囲を見回りを当てているのは、こうした理由もある。

平時であれば、ウォーリアの見回りは、彼自身の都合と裁量で行われている。
混沌の大陸への遠征が入れば別の者が行くが、そうでなければ、誰も言わずとも彼の仕事となっていた。
だが、秩序の聖域の周辺と一言では言うが、その範囲は非常に広い。
混沌の力の影響が強いのは、方角で言えば海の向こうにある北の大陸側であり、また其処と唯一陸続きになっている東部の陸棚が両者の境界線となっているが、それ以下の南部側も大陸と呼んで十分な大きさを持っていた。
この為、他の戦士達も、折々の予定との擦り合わせをしながら、向かった先で赤い紋章の歪を見付ければ、その解放を率先して行っていた。

歪の中は、混沌の力に侵食されてから長い時間が経ったもの程、安定性を喪っている事が多い。
そう言う場所では、空間の不安定さに影響されてか、出入口が一つではない事もあった。
全く異なる地点にある歪が、中に入ってみると同じ空間として繋がっていたり、中を散策している最中に見付けた孔から出てみると、見知らぬ場所に迷い出たり。
出入口が安定してくれていれば、秩序の面々もテレポストーン代わりに使う事も出来たかも知れないが、それはそれで、混沌の戦士の奇襲攻撃にも利用されそうで、一長一短か。
そんな話も出る事はあるが、結局の所、歪は何処もある程度は不安定だと言う事に変わりはなく、火山の火口の真上や、海の真ん中に放り出されるかも知れないと言う恐ろしさもある訳で、秩序の面々としては、余程の緊急時でもなければこれを移動手段と使う事は推奨されない。

ウォーリアが今日の見回りで入った赤い歪も、この類だった。
いつから出現していたのか、それとも何処か別の出入口が混沌の支配側にあって、それが此処まで拡がって来たのか────理由は不明だが、何であれ見付けた以上は放っておく訳にはいかない。
入ってみれば予想通り、イミテーションが蔓延っていたのだが、其処にいたのは人形だけではなかった。

ウォーリアが歪に入った時、其処は既に戦闘の痕跡があった。
砕かれた水晶の破片と、倒れた石柱の残骸が入り交じる向こうに、まだ闘いの音が聞こえていた。
独特の焦げる音と、火薬を炸裂させる音が短い間隔で何度も響く。
他にない独自の構造を持った武器にのみ発されるそれに、ウォーリアがイミテーションと戦っているのが誰なのかを直ぐに理解した。
同時に、今朝、彼と共に出立した筈のメンバーがいない事にも気付き、ウォーリアは直ぐに音の方向へと向かう。

スコールは、四体のイミテーションに囲まれていた。
イミテーションの動きが遠目にも洗練されている事から、上級種か、何らかの変異種である事が見て取れる。
入れ替わり立ち代わりに襲い掛かるそれらを往なす剣捌きは確かなものだが、あれら以外にも相手取っていたのだろう、スコールの剣筋には微かに疲れが出ている。
数の不利にある上、持久戦に持ち込まれているようで、スコール一人では打開策を練るのも難しいだろう。

ウォーリアは剣を構え、強く地面を蹴った。
一足に肉薄した新たな敵を、人形は感知するだに攻撃の姿勢を取ったが、ウォーリアの方が早かった。
魔人の姿をしたその体を袈裟懸けにすれば、イミテーションはノイズのような声を鳴らしながら砕け散る。
それによってスコールも乱入者に気付き、


「────任せる!」
「ああ」


ウォーリアの参戦によって、ターゲットを切り替えたのは、幻想と皇帝。
ならばとスコールは二対をウォーリアに預け、距離を取っていた妖魔に向かって突進した。

幻想の猛攻は此方の手を封じんとする程の乱打であったが、ウォーリアの重鎧は十分に対抗を発揮した。
鎧を通しても響いて来る重みのある一撃は痛いものだが、決定的な有効打としては届かず、ウォーリアは防御を捨てた幻想に容赦のない一撃を叩き込む。
その隙に罠を張り巡らせた皇帝であったが、ウォーリアはそれらを敢えて起爆させる事で、周辺に散らばっていた瓦礫を粉塵にした。
イミテーションの一部は探知能力に優れたものがあるが、それでも多くは視覚情報らしきものを頼りにしている。
舞い上がる粉塵によって視界を遮られ、文字通り人形のように立ち尽くす皇帝は、本物よりもいやに楽に制する事が出来るものであった。

二対のイミテーションを倒し、晴れて行く粉塵の向こうに目を配らせると、スコールが片膝をついていた。
ガンブレードを支えに、肩で息を荒げている彼の下へと向かう。


「スコール、無事か」
「……ああ」


疲れ切った様子で、スコールは辛うじて返事を寄越した。

中々喘鳴の落ち着かないスコールを横目に、ウォーリアは改めて周囲を見渡す。
残存勢力の気配はなく、砕かれ転がる石柱の残骸の他は、それらよりも小さく細かく砕け散った人形の破片がきらきらと光っているだけ。
その宝石のような光が、空間のあちこちに散らばっているのを見て、元は相当の数が蔓延っていたのだと判る。

そんな場所に、この青年は、一人で。
幾らなんでも無謀が過ぎる戦い方に、ウォーリアの整った眉間に皺が寄せられる。


「……君は、一人で此処に?今朝はバッツとジタンが一緒にいたと思ったが」
「………、」


ウォーリアが尋ねると、スコールは一つ大きく息を吐く。
答える為の呼吸を整えると、汗の滲む顔を上げ、


「……空間が歪んだ拍子に、逸れた」
「成程」


一人でいたのは故意ではなく、事故。
スコールはウォーリアを睨むように見つめて、険の抜けない表情でそう言った。

ならば軍勢を相手に孤独の戦いを続けていたのも仕方がない。
寧ろ、そんな状態で、ウォーリアが乱入するまで無事に戦い続けていた事に称賛と労いを送るべきだろう。
ガンブレードを杖替わりにして体を起こすスコールは、誰が見ても判る程に疲労困憊している。
一撃が重い上に攻撃スパンの早い幻想や、罠を張り巡らせて接近を厭う皇帝、遠距離から中距離で魔法を撃って来る妖魔────近距離と手数を持ち場とするスコールにとっては、相性の悪い相手ばかりだ。
他に何を模したイミテーションがいたのかはウォーリアには判らないが、よく斃れずに持ったものだ。
そして、スコールが何処からこの歪に入ったのかは知らないが、ウォーリアが入ったものと空間が繋がったのは、不幸中の幸いと言える。

げほ、と咳を零しながら、スコールはガンブレードを杖替わりにして立ち上がる。
が、戦闘を終えて緊張の糸が切れたのか、その躰はふらふらと揺れて、今にも頽れそうに見えた。


「スコール。無理をしない方が良い。疲れているのだろう」
「……だからって、こんな場所に長居するものじゃないだろ」


諫めるウォーリアに、スコールは真っ当に反論した。
此処は暗闇の雲の領域ともなる、『闇の世界』だ。
安定した足場があるかと思ったら、突然空間が変容して、全体の形が変わってしまう事も多い。
イミテーションを全て倒したからと言って、ゆっくりと腰を下ろして休息できる場所ではないのも確かだった。

ともかく出ない事には、とスコールは出口を探して歩き出すが、やはりその背中は重い疲労が滲んでいる。
その上、ウォーリアの鼻孔に、火薬の匂いに混じって血のそれが含まれていた。


「待て、スコール。怪我をしているな」
「……大したものじゃない」
「出血している。治療をしてから────」
「悠長なことが出来る場所じゃない。後で良い」


ともかく歪からの脱出が優先だと言うスコールの言葉は正しい。
だが、無理をしていると判る歩き方をしている仲間を放って置く訳にはいかない。

ウォーリアは足早にスコールへと近付くと、まずその腕を掴んだ。
疲労で意識も散漫としていたからか、スコールは鎧の音を鳴らしながら近付いたウォーリアにも気付いていなかった様子で、目を丸くして振り向いた。
掴んだ故に判ってしまう、細くも感じられる腕には、碌な力も入っていない。
それを強く引き寄せて、案の定がくんと体勢を崩したスコールの背を、ウォーリアの腕が受け止める。
重力に従って倒れ込もうとする背中を掬い上げながら、逆の腕をスコールの膝裏に引っ掛けて持ち上げれば、存外と軽い体重が両腕にずしりと乗った。


「は……!?」


引っ繰り返った声が上がったが、ウォーリアは気にしなかった。

抱えた人物の体勢が安定するよう、腕の位置を調整しながら、つい先程走った道を逆に向かう。
あれからまだ時間も経っていないし、空間の変容も起こっていないので、ウォーリアが侵入に使った出入口も同じ場所にあるだろう。
傷のあるスコールの体に障らないように気を付けながら、その治療を急ぐ為、ウォーリアの足は自然と早くなる。

が、抱えられた人物がもがいていては、やはりその速度も落ちると言うもの。


「じっとしていてくれ、スコール。落としては怪我をする」
「じゃなくて、下ろせ!自分で歩く!」
「疲れているのだろう。無理をするな」
「してない!良いから下ろせ!」


握った拳でウォーリアの肩を叩き、訴えるスコール。
しかし、重い鎧をまとったウォーリアの肩を幾ら殴った所で、金属の固さが手袋越しにじんと響いて来るだけだ。
抱えられた足元は、ばたつかせれば少しは効果があるだろうが、其処には真新しい傷があった。
正にウォーリアが感じ取った匂いの元であるそれは、何処でどう負ったものかは最早判らないが、それなりに深さがある。
横にいるのがウォーリアだと言う事もあって、弱味を見せまいと意地で歩行しようとしたが、実の所、十分に痛みが出ているのだ。
歩かなくて良かった、とでも言いたげに傷がじんじんと無遠慮な痛みを訴えるものだから、スコールはそれに耐えるに意識を持っていかれてしまう。


「……っ」
「直ぐに外に出る」


傷の痛みに顔を顰めるスコールに、ウォーリアは宥めるように言った。
スコールは「……くそ、」と忌々しげに呟いた後、ようやくウォーリアに寄り掛かるように体の力を抜いた。

思った通りの場所にあった出入口から歪を脱出する。
清廉な青い紋章を浮かばせる歪を背に、ウォーリアは手近な木の根元にスコールを下ろした。
匂いの元と思われるズボンの裾を捲り上げると、足に裂傷と火傷がある。
痛みに耐えて脂汗を滲ませているスコールに、ウォーリアはケアルをかけた。
魔力に長けた者程、効果が望めるものではないが、応急処置程度には効くだろう。

その甲斐あってか、痛みに歪んでいたスコールの表情は、僅かずつ鎮静されて行く。
強く寄せられ皺を浮かせていた眉間も緩み、蒼の瞳が微かにほうっと安堵した色を滲ませた。
しかし、見た目よりも傷が深いのか、負ってから戦闘が終わるまで強引に酷使した所為か、出血はまだ止まらない。
ウォーリアは背に垂れるマントを破り、包帯替わりに傷を覆う。


「簡易だが、一先ずはこれで」
「……十分、だ」


疲れた様子で、スコールは小さく答えた。
はあ、と枝に覆われた空を見上げるスコールの体は、疲労によって見るからに重い。
しばらくは、自力で立ち上がる事も出来ないだろう。

ならば、とウォーリアはもう一度、スコールの体を抱き上げる。
うわ、と言う声にやはり構わず、落とさないように、また出来るだけ揺れを軽減させられるようにと腕の位置を調整していると、


「おい……」
「なんだ?」
「………いや、良い」


何か言いたげな表情のまま、スコールは溜息を吐いて、口を噤んだ。
ウォーリアが首を傾げると、「……何でもない」と念を押すように言う。
眉間にはウォーリアが見慣れたものより深い皺が浮かんでいたが、スコールはそれきり黙ってしまった。

常よりも早い歩調で秩序の聖域へと向かうウォーリア。
その腕の中で、スコールは漏れる溜息を堪えながら、諦めた顔で目的地への到着が一分一秒でも早い事を祈る。
願わくば、誰かにこの状態を見られる事のないように、とも思いながら。




1月8日と言う事で。
ウォル&スコ時代のウォルスコの温度差も良いなと思って。
お姫様抱っこされてハァ!?ってなるスコールと、特に意識している訳ではなく傷に障らないように安定させるならこれだと躊躇なくそれを行うWoLが見たい人生。

WoLにとっては幸いな事に、帰った所でちょうどジタンとバッツもいて合流するんだと思います。
そんでスコールが色々冗談でからかわれてる内に、意外と居心地良かったとか思ってたことに気付いたりする流れが好き。

[ラグスコ]君と迎える今日と言う日に

  • 2023/01/03 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



一国の首席たる大統領と言う地位に就いてから、休みが取れたとて、その身が全くの自由になると言う事は滅多にない。

エスタは長い鎖国の中にあり、その中でラグナは現状に置いて善政と呼ばれる評価を貰ってはいるが、反発勢力が皆無という訳ではなかった。
特に、クーデターが成功した直後から数年の間は、魔女アデルを心棒する残存勢力も多く、後続の懸念を断つ為に、厳しい決断をした事もある。
それが英雄として持ち上げられ、大統領と言うポストに就くに至ってしまった、自分自身の責任の形でもあった。
憂いを払ったとてラグナが自由になる事はなく、国の舵取りのあれこれだとか、やっと声を上げられるようになったエスタの国の人々の訴え等々、とかくラグナは数多に手を引かれていた。
中には、アデル様を返してくれ、と純な瞳で訴える者もいたりして、頭を悩ませたものである。
そして、そう言う人々が、ラグナの命を狙って行動を起こす事も、決して珍しくはなかったのだ。

十年以上の歳月が経って、魔女アデルの存在を求めるものは、表沙汰にはなくなった。
これはあと数十年は仕方のない話で、齢を重ねたもの程、新たな環境や異質な風には拒否反応を示すものだ。
それでも、流石に時代の移り変わりという空気は避けられず、またアデルと言う存在を強く忌避する人々がクーデターを勝ち取ったと言う事実が強く根を張るに連れ、それに対する反対勢力は意気消沈せざるを得なかったのである。
また、ラグナと言う人物が、クーデターの主要人物として英雄視された事、粗はあれども、少なくとも恐慌的な政治を良しとしなかった事もあり、多くのエスタ国民は彼に友好的だ。
お陰でラグナは、国内ならば護衛もつけずにふらりと出歩く、と言う事が可能な位に、ラフな過ごし方を許されていた。

とは言え、である。
一国の大統領、況してや英雄を、本当に一人で街に放逐できる筈もない。
エスタの街には、主要な施設や幹線道路を始めとして、至る所に警備兵が常駐している。
コンピューター制御を要した監視カメラも随所に設置され、犯罪に対する抑止力も整備されている他、私服警官、雑踏に紛れ込んでいる変装したSP等も勿論いる。
ラグナと言う存在が、もし某かの犯罪に巻き込まれたら、それは嘗てのクーデターが今度はラグナに牙を剥いて来たと言う事になる。
其処には嘗て魔女を心棒した人々の存在がある事は無視できず、世代一つが交代する時間をかけて、ようやく安定にも慣れて来た国の在り方が、再び激動に翻弄されることになるだろう。
エスタ国民の多くは、そんな時代が来ることを望んではいない。
彼の人物が、エスタにとって、現実的にも精神的にも大きな支柱となっているからこそ、彼は護られなくてはならない。
故にラグナは、一人でいるようでいて、決して一人になる事は叶わないのだ。
結果として、ラグナが“ラグナ”として一個人でいられる場所と言うのは、その日一日の職務を全て終え、私邸となった自宅で過ごす、ごくごく僅かな時間のみと言う具合だった。

そして、時代の変化は再びやって来た。

アデルを宇宙に追放し、鎖国をしてから17年────エスタの国にまた“魔女”がやって来た。
一人は自らその身を封印する為に、もう一人は意識のないまま、そうと知らずに運ばれてきた。
偶然か必然か、数えきれない程の要因が幾つも重なって、あの忌まわしい“魔女戦争”は、エスタを巻き込んで大きく動き出した。
結果的には、エスタに新たな“魔女”を連れて来た少年少女達の奮闘により、魔女は屠られ、新たな”魔女戦争の英雄”が誕生する。
そして戦後処理と言える様々な世界情勢の中、エスタは開国する事となった。

エスタが開国してから数ヵ月の間に、国内外問わずに様々な変化が起きている。
閉鎖的な環境が長く続いていた為、異国との付き合い方と言うものも、忘れてしまった世代は少なくない。
老兵も出しゃばろうにも、17年と言う歳月は、光速のように情報が駆け抜ける現代において、置いてけぼりされるのも致し方のないものであった。
出来る事から始めようと動き出す人々も少なくはなかったが、その多くは若い世代で、異国との向き合い方と言うものを全く知らない者も多い。
また、エスタは“月の涙”の影響も色濃い為、其方の対応もしなくてはならなかった。
幸いなのは、”魔女戦争の英雄”擁するバラムガーデンと友好的なパイプが出来ていること、その繋がりもあって、F.H.の人々も協力姿勢を見せてくれている事だろうか。
エスタはそれらを足掛かりに、ようやく国際社会への復帰を試みている段階であった。

そんな訳だから、ラグナは多忙な毎日を送っている。
これまで国内の事に注力する仕事が多く、それらを上手く捌ける分野へ割り振るのも、流石に近年は慣れて来ていた。
しかし、エスタを開国に舵を切った事により、国際的な首脳会議であったり、他国の駐在官を迎える為の準備であったり、これまでとは類の違う仕事が一気に増えている。
ラグナ自身の顔を必要とする場面も多くなり、ラグナは毎日のように足が攣りそうだった。
年の瀬ともなれば、国内外の様々な年中行事にも呼ばれ、スケジュールの調整を担当している執政官が目を回していた程である。
例年ならば、多忙を乗り切った後の年末年始は、比較的ゆっくりとした時間が取れるものだったのだが、それも今回は難しいと言われていた。
こればっかりは仕方がないと、いつの間にか身についてしまった諦念に身を任せ、どうにかこうにか乗り切った────その後。


「……って訳でさ。もうてんてこまいだったんだよ」
『……そうか。……何処も似たようなものなんだな』


モニター越しの、約一週間ぶりに見る顔。
ラグナの近況報告と言う名の愚痴を、面倒臭そうに聞いた後、画面の向こうの少年───スコールは溜息交じりにそう呟いた。

最近ラグナは、こうしてスコールと通信を繋いでいる。
ラグナに負けず劣らず、彼も祀り上げられた立場によって多忙な身だから、頻度はそれ程多くはない。
二人ともに、ラグナは私邸に、スコールはバラムガーデンの寮に戻っている時でなければ、通信を繋ぐことも出来ないからだ。
繋ぐだけなら、スコールがラグナロクに乗っている時でも可能ではあるのだが、その時の彼は大抵、仕事をする為に出向いている。
スコール自身のスイッチも其方に切り替わっている為、ラグナが“スコール”と純粋に話をしたいのなら、彼が仕事用のスイッチをオフにしている時でなくてはならなかった。

通信だろうと、直に会っていようと、スコールの口数は少ない。
だからいつもラグナが一方的に喋っているのだが、最近はそれに対するスコールの相槌も増えているように思う。
こうして話をする事に、スコールが慣れてくれているのなら、ラグナにとって嬉しいものだった。

しかし、今日も直に日付が変わろうとしている。
ラグナはもっと話をしていたかったが、明日もまた任務だと言う少年から、休む時間を削るのは良くない。


「そろそろお前は休まなきゃな。明日は、えーと……何処に行くんだっけ」
『カシュクバール砂漠』
「大変だなあ。無理するんじゃないぞ」


ラグナの言葉に、スコールは「別に……」と言ってモニターから視線を逸らしている。
頬がほんのり赤いので、労いや心配の言葉に対して、どう返せば良いか判らないのだろう。
そう言うコミュニケーションに不慣れな所も、ラグナには初々しい可愛らしさに見えるのだから、すっかりこの少年の事が気に入っているのだと自覚する。

画面越しの会話でなければ、頭を撫でたり、頬に触れたり出来るのに。
そんな事を考えているラグナに、スコールが話題を逸らすように言った。


『あんたは……休みなんだろ。良かったな』
「うん。まだやる事は色々あるんだけど」
『……誕生祝なんだから、受け取って置けば良いだろう』


スコールの言葉に、うん、とラグナは頷いた。

年が明けて直ぐにやってくるラグナの誕生日と言うのは、今のエスタ国にとって、特別なものだった。
魔女アデルを追放した英雄であり、国民の心を離さない現職の大統領は、嘗てのクーデターからずっと英雄視されている。
そんなラグナに、誕生日くらいはゆっくり休んで欲しいと言う思いの表れか、いつしかこの日は公休が宛がわれるようになった。

年始なんて国内だけの催事でも幾らでもあると言うのに、良いのかなあ、と頭を掻いたのはいつの話だったか。
特に今年は、開国と言う大きな変化があった事もあり、休んでいる暇などないと言う程に忙しかった。
年始も早々にスケジュールが黒く塗り潰されていたし、その予定の多くは外交が絡んでいて、誕生日と言えどのんびりとは過ごせる事はあるまい────と思っていたら、執政官たちは四苦八苦してこの日だけはと予定を空けてくれていた。
気の良い旧友達からも、「遠慮せず休みたまえ」との言葉を貰っている。
皆忙しくしてんのになぁ、と思う事はあるものの、この休みが彼等からの労いであり、祝いの代わりである事も判っている。
厚意を受け取らないのも悪い、という気持ちもありつつ、ラグナは明日一杯の休日を満喫する事になる。

しかし、休みだからと自由が利く訳でもないのも、また事実だった。


「折角の休みだから、お前の所に行けたらなって思ったりもしてたんだけど」
『……仕事だ』
「うん。まあ、そうでなくても、お前は忙しいだろうし。俺が一人でバラムに行く訳にもいかないんだろうしなぁ」
『当たり前だろう。あんた、自分の立場をもう少し自覚しろ』


スコールにしてみれば、国内でも大統領が明らかなSPの類を連れずに一人でふらふらと出歩いている事自体が、可笑しい状況だと言うだろう。
例え鎖国し、長い善政で支持されているとは言え、彼の存在を不満に思う者がいない訳ではないのだ。

その上、今年のエスタは、開国して初めて迎える年始である。
入国の為の足が限られている為、まだまだ全体数では一握り程度ではあるが、それでも異邦人の来訪も始まっている。
長い鎖国を過ごしてきた為に、異邦人との遣り取りやトラブルへのノウハウがない今、一国の首席が供もつけずに一人で出歩くなど冗談でも辞めて欲しい。
況してや、プライベートであろうと、一人で国外にふらりと出向くなんて、スコールにとっては問題外の話だろう。

────と、傭兵であるスコールにとっては、厳しい態度に出るのは当然なのだが、その反面、まだまだ青い所のある少年は、存外と気を許した人間に対して甘いところもあって。


『……俺が、……休めてたら、まだ……』


そっちに行く位は、出来たかも知れないのに。

そう呟いたスコールは、赤い顔を通信画面から逸らしている。
言う事ではないと自分自身思っていたのだろう、それでもラグナが会いたがるから、ぽつりと零してしまう言葉。
受け取ったラグナの頬が、分かり易く緩んでしまうのも、無理のないことだった。

しかし、明日のスコールは任務があり、ラグナも現状のエスタから迂闊に外に出る訳にはいかない。


「今年はさ、もう仕方ないし。俺も正直、皆に言われるまで忘れてたし」
『………』
「そんな感じだから、気にしないでくれよ」


そもそも、スコールがラグナの誕生日を知ったは、ほんの一週間前のこと。
次に逢えるのはいつだろうと、双方の予定の確認をしていた時、年明け直ぐのラグナの休みが、誕生日だから、と言う理由を話した時だった。
そんな直近のタイミングで、スコールがラグナの誕生日を祝う為にスケジュールを空ける等、土台無理な話なのだ。

知らなかったのだから、今年はどうしたって仕方がない。
明日のスコールは任務があるし、そうでなくとも、今晩の内にエスタに来ると言うのも無理だ。
同じく、ラグナがバラムの地に向かうのも難しいもので、仮にそれをしようとするなら、スコールを護衛任務につけると言う方法が必要になるだろう。
そうなるとスコールは仕事になるし、ラグナも大統領として接しなくてはならなくなる。
今画面越しに向き合って交わすような会話は、出来なくなってしまうだろう。

────今はこれが最良なのだと言うラグナに、スコールは眉間に皺を寄せて俯く。
判っているけれど、何処か納得がいかない様子の少年に、とラグナは緩く眦を緩め、


「でも、そうだな、こうやってお前に知って貰えた事は良かったな。これで来年の誕生日は、一緒に過ごせるかも知れないもんな」


今こうして知れたのなら、次の時には何か準備が出来るかも知れない。
その時は、一緒に過ごせたりしたら嬉しいなあ、と欲と冗談を交えて言うと、画面の向こうの少年の瞳が、一瞬判り易く輝いて、


『……そんなの、期待するな』


直ぐにそのお喋りな瞳を隠すように俯いて言ったスコールに、ラグナは思わず吹き出しそうになるのを寸での所で堪えた。

沈着冷静な顔をして見せる少年は、実の所、まだまだ若くて未熟な部分も多い。
ふとした瞬間に感情を晒す瞳の色や、白い頬を赤らめるのが判り易くて、ラグナは存外と彼のそう言う表情を見るのが好きだった。
好きだからよくよく見ていると、其処に何より彼の本音が滲み出ている事がよく判る。


「へへ。来年は楽しみにしてっからな、スコール」
『今するなって言ったばかりだろう』


素っ気ない反応も、“次”を期待している事を気付かれまいとしている、恥ずかしがり屋のポーズだ。
判ってしまうから、ラグナはどうしても顔がにやついてしまう。

────と、モニターの端に映っている時刻が、遂に日付が変わった事を示す。
スコールもその事に気付いたようで、蒼の瞳が彷徨うように揺れた後、やはり目線は画面から大きく逸らされたまま、


『……ラグナ』
「ん?」
『……おめでとう』


蚊の鳴くような小さな声を、マイクは辛うじて拾ってくれた。
ああ録音しとけば良かった、今から巻き戻しで出来るかな、なんて思いつつ、ラグナは胸の奥の温もりを自覚する。

同じ言葉を、これまで何度、沢山の人から貰っただろう。
エスタの地に根を下ろしてからは勿論、それ以前も、幸いにも気の良い人々に恵まれていたから、祝いの言葉はあちこちで貰ったように思う。
けれど、それらのどんな言葉よりも、今目の前の少年から貰った不器用な音が、こんなにも心地良くて愛おしい。
出来ることなら、画面の向こうに今すぐ行って、彼を抱きしめてその温もりを感じたい。

判り易く顔が赤らんでいるスコールを見ている内に、なんだかラグナも照れ臭くなって来た。
それを鼻頭を掻いて誤魔化して、自然と頬が緩んでしまう。


「今年一番のお祝い、貰っちまったなぁ」
『………大袈裟だ』
「そんな事ねえって。お前の顔見て迎える誕生日なんて、こんなに嬉しいもん、今まで一度だってなかったよ」


異国の地で長く過ごし、今日と言う日も幾つも過ごしてきたけれど、こんなにも今日と言う日を喜ばしく感じた事はない。
あわよくば、来年は直にその言葉を貰える事を祈りながら、ラグナは画面の向こうの少年の顔を見つめるのだった。




1月3日でラグナ誕生日おめでとう!
画面越しの「おめでとう」と、そんな今日にこれまでにない特別感を感じるラグナが浮かんだので。

エスタ国民にとっては、クーデターの英雄であり、現大統領の誕生日なので特別な催しなんかも多そうだけど、ラグナ自身はそう言うのもには特に頓着なさそうと言うか。
自分を頼る人、慕う人への義理や、責任からの義務はあるけど、愛着的なものは別と言うか。そんな頭の隅で案外ドライだったりしても好きです。
そんなラグナが、スコールからの「おめでとう」が無性に嬉しくて嬉しくて仕方ないとかあっても良いなって。贔屓目欲目。

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