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User: k_ryuto

[ティナスコ]チルアウト・ラテ

  • 2024/06/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



ここ一年、ティナはとあるカフェに通っている。
週に二回、アルバイトのない曜日に其処を訪れては、カフェラテを飲みながらゆっくりと本を読む時間を作っていた。
軽食もメニューにあるので、時々、サンドイッチやケーキを注文する事もある。
頻繁に通うので、最近はすっかり店員にも顔を覚えられていて、席に座ると同時にカフェラテが出てくるくらいだ。
覚えられたと悟った時には、少し恥ずかしくなったりもしたが、さりとて通うのを辞めるには、其処で過ごす時間が心地良くて、手放してしまうには惜しい。
偶に他の店も探してみる冒険心も発揮してみたりするが、やはり、戻ってきてしまう位に、其処はティナのお気に入りの店になっていた。

今日もティナは、買ったばかりの本を数冊、鞄に入れて、その店へと向かう。

其処は少し入り組んだ住宅街の真ん中にあって、表通りからも遠く、ひっそりと隠れるように存在していた。
一見すると、普通の一軒家にも見えるから、其処がカフェだと知っているのは、近所に住んでいる人でもそう多くはないのではないだろうか。
年季の入った手作りの看板も、庭を囲む柵にころんとかけられているだけで、目立たせようと言う風もない。
けれど、休日になると何処からともなく常連客がやって来て、その時だけ注文できるランチメニューを求めて満席になるらしい。
アルバイトの都合もあって、ティナは休日に此処に来ることが出来ないが、いつかは噂のランチを食べてみたいと思っている。
だが、平日の日中から夕方の時間帯に行くと、流石に空席が多かった。
故にこそティナが、のんびり長い時間、テーブルを使わせて貰えるのだ。

綺麗な花々に彩られた庭の前を横切って、ティナはカフェの扉を開ける。
からんからん、とドアベルが鳴って、開けたドアの隙間から、コーヒーの香ばしい匂いが零れてくる。
いらっしゃいませ、と言う平坦な声が聞こえて、ああ今日はいるんだ、とティナは少し嬉しくなった。


「お邪魔します」
「……どうぞ」


ティナの挨拶の声に、シンプルな返事があった。
それを寄越してくれたのは、カウンターテーブルの向こうにある厨房に立つ、一人の少年だ。

深煎りのコーヒー豆に似た髪色の少年は、スコールと言う名前で、このカフェのオーナー兼店長をしている女性の息子だと言う。
ティナの一つ年下らしい彼は、高校生になった時分から、母のカフェ営業の手伝いをしているそうだ。
朗らかで明朗快活な母とは対照的に、笑顔も滅多に見せない、よく言えばクールな態度を崩さない彼は、始めこそ気難しい印象が強かった。
実際、言葉数は少ないし、よく「もうちょっと笑顔で挨拶しなさい」と母に口端を摘ままれている姿をよく見る。
そもそもは、どうにも彼は人と接することが苦手なようで、それを心配した両親に押し切られる形で、コミュニケーションの練習として、店の手伝いをする事になったのだとか。
手伝いを始めてから二年が経ち、笑顔は無理に作ると引き攣るから、結局諦めたと聞いた。
常連客が多い環境故に許されている所もありつつ、ウェイターの他、厨房仕事から帳簿類の管理まで、手広くカバーするお陰で、店長である母は大いに助かっているのだそうだ。

普段は母と息子が揃って店を回しているが、どうやら今日はスコール一人だけらしい。
客も店の奥でのんびりとコーヒーを傾けながら談笑している老夫婦が一組のみ。
いつになく静かな空間に、時折ノイズを混じらせるレコードが奏でるチルアウト・ミュージックが耳に心地良かった。

ティナがいつものカウンター席の端に座ると、スコールがカップを用意しながら、


「カフェラテで良いのか」
「うん。お願いします」


確認するスコールに頷くと、彼は直ぐに作業を始める。


「……他は」
「うんと、今は良いかな。でも、後で何かお願いするかも」
「判った」


鞄から本を取り出しながら答えるティナに、スコールの反応は端的だ。

通い立ての頃、あまりにシンプルな反応のみを返し、愛想とは程遠いスコールの態度に、怒らせてしまったかな、とティナは何度か思ったことがある。
その都度、母が息子を窘めてはティナに詫びていたものだった。
そんな傍ら、同じ場所に居合わせていた常連客だったり、スペースを借りて勉強しに来ていたスコールの同級生だったりが、彼の性格について教えてくれた。
確かに接客業をしているとは思えない愛想のなさはあるが、あれでも彼なりの努力で、酷い仏頂面にはならないように気を付けているらしい。
実際、同級生が学校で撮ったと言う画像を見せて貰った時は、眉間に中々深い谷が出来ていた。
そして、そんな幼馴染に憤慨しつつ、勉強を教えてくれとねだられては、律儀に応じている様子を見て、ティナも段々と“スコール”と言う人物を知ることが出来た。

そんな調子で一年も通っているから、ティナもスコールの態度にはすっかり慣れた。
差し出されたカフェラテに、可愛らしいリスのラテアートが描かれているのを見て、驚いた日が懐かしい。
元々は同級生のおねだりを発端に、凝り性を発動させて会得したと言う技は、今ではすっかり常連の間で、ひとつの名物と扱われている。

今日のアートは何だろう。
本のページを捲りながら待っていると、カウンターの向こうからスコールがやって来て、ティナの前に静かにカップを置く。
ちらりと其方を見ると、今日は猫の絵で、写実的なタッチで細かな毛並みまで描かれている。


「上手だね、スコールの絵」


静かな店内の雰囲気を崩さないよう、ティナは控えめな声で言った。
カウンターの向こうでそれを聞き留めたスコールは、母親譲りの蒼の瞳を少しばかり彷徨わせる。


「……別に。見たまま描いただけだ」
「それが出来ているのが凄いんだよ。私はこんな風に描けないもの」


ティナも手遊びに絵を描く事はあるが、こうもリアルな絵は無理だ。
才能が有るんだろうな、とティナはいつも感心しきりであった。

ティナの言葉に、スコールの瞳はまた彷徨う。
大人びた顔立ちの頬に、存外と分かり易く朱色が浮かんでいて、照れているのが判った。
そんな言葉にしない代わりの素直さに、かわいい、とティナはいつも思っている。

可愛らしい猫のアートに、崩すのが勿体ないなと思いつつ、温かい内に一口。
そっとカップの端を唇に近付けて、柔らかなフォームミルクとコーヒーを飲む。
口の中で、柔らかな苦みと、フルーティな酸味がじんわりと広がるのを感じながら、ティナはほうっと息を零した。


「おいしい。やっぱり此処のラテが一番好きだな」
「……どうも」
「ふふ」


褒めるティナに対して、スコールの反応は何処までも素っ気ない。
しかし、顔が熱いことにスコール自身も自覚があったのか、彼は逃げるようにバックヤードの方へと行ってしまった。
あれもまた、照れているのを気付かれたくない、思春期の少年の反射的な逃避行動だ。

ティナは苦笑しつつ、カップをソーサーに戻して、また本を開いた。
心地良いノイズを混じらせるレコードの音楽と、ひそやかに語り合う老夫婦の声が、緩やかな時間とともに過ぎていく。
気まぐれに口に運ぶカフェラテは、猫の頬が崩れた頃に、ティースプーンでくるりと混ぜた。
程よく熱の取れたコーヒーにミルクが溶け込み、まろやかな味わいを作り出す。

静かな時間が幾許か、読書に夢中になっていたティナは気にしていなかった。
その間に、老夫婦のお茶の時間は終わって、席を立つ音がする。
バックヤードにいたスコールが直ぐに戻って来て、会計レジで精算をし、夫婦は「レインさんによろしくね」と言って店を後にした。

客がティナ一人になった所で、スコールはキッチンへ。
カチャカチャと食器が小さな音を立てているのを、ティナは頭の隅で聞いていた。
特に気にするものでもなかったから、変わらず視線は本へと集中していたのだが、コト、と何かが視界の端に置かれて、顔を上げる。


(あれ……?)


半分ほどに中身を減らせたカップの傍ら、並べられているものを見付けて、ティナはきょとんと首を傾げる。

其処には、オレンジ色の果肉を乗せた、小さなタルトが1ピース。
後でおやつになるものを注文しよう、と思ってはいたけれど、まだ伝えてはいない筈。
そもそも、これはメニューにあっただろうかと、よく見る筈のメニュー表を思い出していると、


「……試作品なんだ。サービスするから、感想をくれると助かる」


カウンターの向こうから言ったスコールに、ティナは成程、と納得する。
この店のケーキは曜日ごとに日替わりするけれど、このオレンジのタルトは、メニューのラインナップにこれから入るかどうかと言う所なのだ。
ティナが見覚えがないのも無理はない。


「それじゃあ、頂くね」
「ああ」


ティナは本を閉じて、デザートフォークを手に取った。

一口食べてみると、艶やかな光沢に飾られたオレンジが、新鮮な酸味をいっぱいに主張する。
それを包み込むように、ココアアーモンドクリームの柔らかな甘味が訪れた。
生地はサクサクと小気味よく噛むことが出来て、触感を楽しむことも出来る。

ティナは藤色の瞳をきらきらと輝かせて、カウンターの向こうでじっと此方を観察していた少年を見て、


「生地がサクサクで、甘すぎなくて、後味がすっきりしてる。とっても美味しい」
「そう、か。……何か、引っかかる所はあるか?」
「えっと───好みかなとは思うんだけど。ちょっと酸味が強いのかなって。最初に食べた時に、こう、わって酸っぱい感じが来たの」
「成程。なら、もう少し熟れた奴の方が良いか……」


スコールはエプロンのポケットに入れていたオーダー用のメモ用紙を取り出して、ボールペンで走り書きのメモをする。
真剣な表情でぶつぶつと独り言をしているスコールに、ティナはタルトにフォークを差しながら、


「このタルトは、スコールが作ったの?」
「……ああ。貰い物のオレンジがあったから、消費のついでに、何か新しいメニューも……たまには考えた方が良いんじゃないかと思って」


このカフェのメニューは、昔ながらに続いているものが多いと言う。
休日のランチは、スコールの母が色々と工夫を凝らして新しいものも考案されるそうだが、カフェメニューは常連客に愛されたものが定着して久しかった。
別段、スコールもそれに不満があった訳ではないのだが、彼の友人であったり、ティナだったりと、新しい世代の若い客もぽつぽつと増えているらしい。
昔から変わらぬ味とはまた別に、新規開拓も考えて良いのでは、とスコールは思ったのだ。

ティナはオレンジのタルトを綺麗に食べて、後退く酸味も十分に堪能してから、カフェラテを飲み干して、言った。


「スコールはすごいね。絵が上手で、お菓子もこんなに美味しいものが作れるんだもの」
「別に、大したことじゃない。と言うか、あんたはなんでも褒めすぎだ」
「だって本当にそう思うんだもの。スコールはすごいって」


言いながらティナは、もっと具体的に伝えることが出来れば良いのにな、と思う。
ティナにとってスコールは、自分よりも年下なのに、店の手伝いと言って色々な所に目を配ることが出来て、人からの期待に応えようと努力を重ねて、沢山の技術を習得して───ひとつひとつを挙げていけばキリがない位に凄い人だ。
けれどもスコールは、どうにも人に褒められることに慣れていないのか、顔を赤くして眉間に皺を寄せるばかり。

本当よ、とティナが重ねて言うと、スコールの顔は益々赤くなる。
スコールはその顔を片手で覆うように隠しながら、反対の手のひらを見せてティナの言葉の続きを遮る。


「……判った。あんたの気持ちは判ったから、もう良い。十分だ」
「そう?」
「タルトの方は、参考にさせて貰う。………ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。私の方こそ、美味しいタルト、ありがとう」


礼を言うのも、得意ではないと言うスコール。
けれども協力して貰ったのだから、と礼を述べるスコールに、ティナも感謝の言葉を返した。

それからしばらく後、買い出しに出ていたスコールの母が帰ってくるまで、店にはスコールとティナの二人きりの時間が続いた。
中々顔の赤みが引かないスコールは、きっと恥ずかしさで一人になってしまいたかったのだろうけれど、ティナはやはり名残惜しくて出来なくて、形ばかりに本を開いて過ごす。
存外と照れ屋な少年の様子を見守る時間の愛しさは、ティナの秘密の楽しみなのであった。





6月8日と言う事で、ティナスコ。
静かなカフェで話をしている、お客さんのティナと店員のスコールが浮かんだので。

弟属性のスコールにとって、お姉ちゃん属性orママ属性のあるティナ相手は、色々弱いと私が楽しい。
ティナも大人びた見た目してるのに、零れ見える素直じゃない素直さが可愛いなあって思ってると良いなって。

[バツスコ]ヒート・バイト・マーク

  • 2024/05/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



バッツが中々に噛み癖が酷いと言うのは、閨を共にするようになってから知ったことだ。
ことの最中、スコールはそれ所ではないので全く気付かないのだが、終わった後や、翌朝になって自分の体を見ると、其処此処に噛み痕が残っている。
肩だとか、腕だとか、腰のあたりだとか───服で隠れる場所であるのは幸いではあるが、時にはそれからはみ出た所に見える事もあった。
その都度、痕を残すな、とスコールは目尻を釣り上げるのだが、バッツは「判ってるんだけどつい」と頭を掻くばかりであった。

今夜もまた、それは同じであった。

二度、三度とまぐわって、スコールが意識を飛ばしてしばらくの後、目を覚ます。
汗と体液まみれになっていた体は、すっかりと綺麗に整えられ、水滴を大量に沁み込ませていたであろうベッドシーツも、そんな気配もない程に整えられている。
裸身で包まるシーツは、少しひんやりとした感触があって心地良い。
体の重怠さと微睡にかまけて、うとうととしていたスコールだったが、ふと自分の手首にあるものが視界に入って、


(……またやったな)


暗がりに慣れた目に映る、素手の手首。
其処に残る綺麗に揃った歯型に、はあ、とスコールは溜息を吐いた。

それが、スコールが起きていることを、傍らの青年に知らせたのだろう。
スコールを背中から抱いていた腕が、ぎゅう、と力を込めてスコールを抱き締めた。


「……暑苦しい」
「へへー」


肩越しに後ろを見遣って睨めば、それが露とも効いていない、上機嫌なバッツの顔。
そのまま睨んでいれば、バッツはスコールの頬に唇を押し付けてきて、ちゅ、ちゅ、とバードキスを繰り返した。
どうにもくすぐったいのと、そうして甘えじゃれてくる恋人に、どうして良いのか判らなくなって、スコールは肘で背後のくっつき虫を押し剥がそうと試みる。
当然ながら、それは大した意味も効果もなく、バッツは益々力を込めて抱き着いて来るのであった。

スコールをすっかり腕の檻の中に閉じ込めて、バッツは至極満足そうだ。
細身の癖に、流石生粋の旅人とでも言おうか、バッツの体力は底無しである。
そんな彼が満足するまで今夜は繋がり合ったので、確かに彼は機嫌が良いだろうが、反対にスコールの疲労も一入であった。

疲れているのでもう一度眠りたいのだが、頬に首筋に項にと落ちる唇が、どうにもそれを邪魔する。
やめろと言った所で聞かないのは判っているので、好きにさせてしまう事にした。
そのついでに、どうせ今すぐ眠れはしないのだから、言うべきことだけは言っておこう。


「バッツ。あんた、また噛んだだろう」
「ん。そうだっけ」


けろりとした反応に、スコールは今し方確認したばかりの手首を翳して見せる。
バッツはぱちりと瞬きした後、其処にくっきりと残っている歯型に気付き、


「あー。うん、そうだな、噛んだなあ」


ようやく思い出して、バッツはうんうんと頷いた。

バッツの手が伸びてきて、スコールの手首を柔く握る。
持って行かれるそれを抵抗せずに任せると、バッツはしげしげと手首の歯形を見て、


「うん、確かに俺の歯だ」
「判ったようで結構だ。痕を残すなって何回言ったら判るんだ、馬鹿」


手首を捻って握る手から逃れ、スコールはぺしんとバッツの頭を叩く。
いて、と本当は痛くもないだろうに、リアクションだけは律儀だ。

バッツは叱られた頭に手を遣り、ぽりぽりと掻く。


「判ってるつもりなんだけど、なんて言うかなあ。やっぱり、つい、なんだよな」
「つい、であんたは俺を噛むのか。あんたは人肉が食いたいのか?」
「いや、其処までチャレンジャーじゃないって」


バッツが生きて来た世界は、スコールにしてみれば酷く前時代的なもののようだった。
まさか人肉文化もあるのでは、と真新しい噛み痕のある手首を隠しながら眉根を寄せるスコールに、バッツも流石にそれはないと首を横に振る。
バッツの世界に未開の地と言うのは少なくはなかったし、足で行ける場所も限られたものだったから、若しかしたら何処かにあったかも知れない、と言う可能性はある。
が、少なくともバッツ自身は、余程の緊急時であっても、容易にそれが選択肢としては上がらない位には、忌避される事ではあった。

ならば、バッツのこの癖は何なのか。
痛みなどとうになかったが、スコールは歯形のついた手首を摩りながら、胡乱にくっつき虫を見る。
スコールの言わんとしている事を、バッツはその表情から概ね察して、うーんと唸った。


「なんて言うか……食べちゃいたいって言うか。美味しそうって思うんだよな、スコールを見てると」
「意味不明だ。そんな事で何度も噛むな。これだけ型がはっきり残るって事は、あんた、相当強く噛んでるだろう。いつか肉を持って行きそうだ」
「そんなに?じゃあ大分痛いよな。ごめんな、スコール」


詫びと一緒に耳朶の裏にキスをされる。
今そう言うのは求めていない、とスコールは頭を振って、キスの感触から逃げた。
そうすると、嫌がっちゃ嫌だと言わんばかりに、抱き締める腕の力が強くなる。


「ほんとに悪いと思ってるって。スコールに痛い思いさせたい訳じゃないしな」
「だったらもっと自重しろ」
「頑張るよ。って言うか、結構頑張ってるつもりなんだよ、これでも」


言いながらバッツの手が、スコールの噛み痕のついた手首を捕まえる。
指先が滑るように、スコールの手首を摩り、ほんのりと其処に温かい感触が集まって行く。

回復魔法の気配を感じて、この程度のことで、とスコールは眉根を寄せたが、一応、バッツの誠意の謝罪と言うことなのだろう。
手首は袖と手袋の隙間なので、肌身を晒さないスコールの服装の中では、ちらちらとではあるが、素肌が覗きやすい場所だ。
癒してこの噛み痕が目立たないものになってくれるなら、幸いではあった。

すっかり噛み痕が消えると、バッツはその手首を口元へと持って行って、キスをする。
その程度なら、この熱の名残のあるじゃれ合いの中で、拒否するものでもないと好きにさせた。


「綺麗になった。これで良いか?」
「ああ」
「あ~、勿体ないなあ。でも仕方ないか」


バッツは酷く残念そうな顔をして、癒したばかりのスコールの手首に頬ずりした。
何をしているんだか、と呆れていれば、ぬる、としたものが手首を辿る。
バッツの舌だ。


「っおい、」
「ん」


嫌な予感を感じてスコールは腕を引っ込めようとしたが、バッツの掴む力の方が早かった。
手首はしっかりバッツに捉えられ、ちゅう、と強く吸われる。
歯形の代わりと言わんばかりに、其処には赤い小さな鬱血が咲いた。

吸っては舌で舐め、また吸って。
逃げようとするスコールの身体を、バッツは上手く力の作用を受け流しながら、自分の体の下へと引きずり込んだ。
シーツを蹴るスコールに構わず、バッツは手首から肘、二の腕、肩とキスの雨と共に登って行き、やがてその唇は、まだ汗ばんだ気配を滲ませている首筋を吸った。


「ん……っ!」
「んぁ、」
「……っ!」


固い感触が、スコールの喉元に当たる。
噛まれている、柔く、けれど力を入れれば簡単に食い込んでくる歯が、皮膚一枚に触れている。
そう感じると、ぞくぞくとした感覚が、スコールの背中を駆け上った。

全身が総毛立つように汗が噴き出て、腹の底にじんじんとしたものが滲んでくる。
気付かれまいとスコールは身を固くしていたが、彼がそうやって緊張している時は、同時に躰が熱を開こうとしている時でもあると、バッツはよく知っていた。


「スコール、なあ」
「……っ」
「もう一回しよう」


首筋にかかる吐息に、スコールは窄めた瞳で天井を仰ぐしか出来ない。
口を開けば今直ぐにでも情けない声が漏れそうで、それを無理やり留めている喉がひくついている。
バッツは其処にゆっくりと舌を押し当てながら、スコールの戦慄く喉を食んだ。

体が完全に熱に持って行かれているのを、スコールも自覚している。
こうなってしまっては、もう眠る事など出来ない。
スコールは熱に浮かされた頭で、これだけは言っておかないと、と唇を動かした。


「……痕、は……駄目、だ……」
「うん」


震える声で辛うじて紡いだスコールに、バッツは判ってる、と頷いた。
その傍から喉仏を食まれて、どうせ聞いちゃいない、と言う事も判っていた。





5月8日と言う事で。
がぶがぶバッツ。怒ってるけど、実際そんな本気で怒ってる気配のないスコール。
バッツにしてみれば我慢してるけどマーキング感覚もあるし、噛むとスコールが興奮するのも判ってるので、本気で嫌がられない内は結局何回でも噛むんだと思う。

お返事(4月30日)

たたんでおります。
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お返事(4月25日)

たたんでおります。
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[16/シドクラ]宥めるてのひら、その温度を



一人暮らしが長かった上に、ブラック企業で歯車と化していた訳だから、多少の無理を押すのが癖になっていた事は、仕方がないとしよう。
良くも悪くも、自分よりも他者を優先する、良く言えばお人好しな性格も手伝って、益々そうした行動が増えていた事も。
とは言え、明らかに体調不良で顔色も蒼いと言うのに、「平気だ」と繰り返すのには呆れた。

同居を始める以前から、そう言った部分は零れ見えていた。
毎日、未明から夜半と言える時間まで、会社で働き詰めであったようだし、寝に帰るだけの家でも、本当に寝ていたのかも怪しい。
目元に酷い隈を作って、とても健康とは言えない顔をしながら、ふらふらと仕事に出ては帰ってくる様子を、いつしか観察するようになった。
その末に、こいつは放っておいたら文字通り駄目になる、と我慢の限界になって、半ば強引に彼を前の職場から引き剥がし、同居まで至ったのである。

そうして一緒に暮らし始めると、益々彼────クライヴの歪な生活が見えるようになった。
此処までの環境の所為で、厭世的な思考になるのは仕方がないが、その癖、他者を見捨てられない人の好さがある。
両手を埋め尽くす仕事が常にないと不安になる、と言い出す位だったから、とにかくシドは、まずはその感覚からこの青年を脱出させなければならないと思った。
先ず限界いっぱいまで仕事は持つものではないこと、誰かを頼るのは決して迷惑ではないこと、睡眠は8時間きっちり摂ること────等々。
良い年をした、一人暮らしも長い男にあれこれと口を出すのはどうかと思わないでもなかったが、引き取った以上は真っ当な人間に戻してやらねばなるまいと、シドは性分もあって根気良く付き合った。
その甲斐あって、同居して一年が経つ頃には、クライヴも大分“普通の暮らし”と言うものが出来るようになっていた。

だが、十年近くも歪な環境にいた訳だから、それにより蓄積された膿は簡単には排出できないのだ。

二日前から少し食欲が落ちている様子はあった。
シドがそれを見逃す訳もなく、大丈夫か、と問えば、「大丈夫だ」と言う返事があった。
その時は確かに顔色もそれ程悪くはなかったし、端に腹が減っていないだけと言われれば其処までのものだったから、シドも注視はすれどもそれ以上のことはしていない。
それから昨日、やはり食欲は普段の半分程で、試しに夕飯をわざと少ない量で皿に盛ると、それを食べきるのもやっとと言う状態。
ついでに、自分が食べている食事が、常より少なかったことについて、彼が気付いているかは微妙な所だ。
皿の上は綺麗に片付いたが、彼の食欲や、恐らくは胃腸の方も不調であることは明らかで、しかし本人はそれを隠したがっている節もあり、さてどうやって切り崩そうかと思っていた。

結局、今朝になって明らかな発熱症状が出た事で、回りくどい事はやめにした訳だが。

食卓につけど、ぼんやりとテーブルの上の料理を見詰めるだけだったクライヴに、シドは体温計を渡した。
計らずとも症状がある事は明らかだったが、此処までの様子からして、クライヴ自身の自覚の有無に関わらず、自分が体調不良であることを認めはするまいと思ったのだ。
判り易く数字が出てくれる方が、妙な所で頑固で意地を張る男を説得するには楽だと踏んだ。

ピピピ、と電子音が鳴って、クライヴが脇に挟んでいた体温計を取る。


「何度だ?」
「……38.9度」
「立派な高熱だ。消化の良いもんだけ食って寝るのが一番だな」


一応の体として並べていた、クライヴの朝食のトーストとスクランブルエッグを取り上げる。
代わりに先んじて用意しておいた、細く切った林檎を置いた。

クライヴは、じっと体温計を見詰めた後、


「……まだ大丈夫だ。仕事も行かないと」
「39度で大丈夫なんて言う奴の台詞に信用性があるとは思わんね」
「解熱剤を飲んでおけば」
「薬ってのは症状を緩和させるだけだ。治す魔法じゃない」
「休んだら皆に迷惑がかかるだろう」
「そんな状態で出勤する奴の方が迷惑だ。移されても困る。お前の今日の仕事は、薬を飲んだら寝て休むことだ」


きっぱりと言い切ってやれば、クライヴは酷くやるせない表情を浮かべる。
まるで小さな子供が叱られたような横顔に、シドはこっそりと嘆息した。

林檎のみの朝食を終えたクライヴに、常備している薬を飲ませて、寝床へと押し込んだ。
これだけの高熱となれば、病院に連れて行くべきだが、生憎とまだ朝早い。
早くてもあと一時間は待たないと、病院に入る事も出来ないだろう。
一人で行かせられる状態でもないし、とシドは先ずは旧友に連絡し、今日の所はクライヴと共に休む旨を伝える事にした。


「────そういう訳だから、少なくとも午前中は出られんな。で、クライヴは今日一日休み」
『分かった。諸々調整と埋め合わせはこっちで片付けて良いな?』
「ああ、任せる」


旧友のオットーは、会社を立ち上げる以前からの長い付き合いだ。
彼に任せておけば心配はないと、シドは今日の代理を全面彼に預けることにした。

通話を切って、朝食の片付けを手早く済ませた後、病院に行くのに必要なものを確認していると、きしり、と蝶番の鳴る音が小さく聞こえた。
音のした方を見れば、寝室のドアが開いて、ぼうっとした表情の男が立っている。
熱に浮かされているのか、青の瞳は彷徨い気味で、何処か心許ない様子が感じられた。

ついさっき、ベッドに戻したばかりだと言うのに、早々に抜け出してくるとは。
呆れた表情を意識して隠しつつ、シドの方から声をかけてやる。


「どうした、クライヴ」


名前を呼ぶと、体格の良い肩がぴくりと震えたように見えた。
クライヴは、まるで悪いことを見付かった子供のような表情で、


「……あんた、仕事は……」
「休んだ。お前を病院に連れて行かなきゃならんしな」
「……それなら俺一人で行けるから、あんたは会社に」
「俺がいなくても会社はどうにでもなるさ。でも、今のお前はそうじゃないだろう」
「……そんな、ことは……」


クライヴは口籠った。
体温計が示した数字や、最低限しか口に出来なかった朝食など、クライヴとしても反論の余地がないことは分かっているようだ。
それならベッドからも抜け出さないで欲しいものだが、とシドは思いつつ、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。


「お前、かかりつけの病院はあるか?」
「いや……此処数年は、あまり病院に行った事はなかったから」


クライヴの言うその言葉が、彼が健康優良児だったからではなく、疲弊する中でその選択肢が削られただけだと言う事は、シドにも分かった。
シドが漏れかける溜息を飲み込んで、「じゃあ俺の行き付けでいいな」と言った。
クライヴから示される場所と言うのもなさそうだったので、それで良しと思う事にする。

シドは所在なさげに佇むクライヴを、回れ右させて寝室へと押し戻した。
抜け殻の後だけが残っているベッドに座らせて、取り合えず水分を摂らせる為に、ミネラルウォーターを渡す。
クライヴは透明な水が入ったグラスを見詰めた後、そろりと唇を近付けて、ほんの少し、喉を潤した。
それきり、それ以上は飲む様子のないクライヴに、シドはグラスを取ってベッド横のサイドチェストに置いておく。


「何か必要なものはあるか?」
「……必要な…もの……」


尋ねるシドに、クライヴは反芻するものの、其処から先が出てこない。
熱も高いし、頭が回らないのも無理はないな、とシドが思っていると、


「……よく、分からないんだ。体調が悪い時に、どうしていたら良いかって言うのが」
「子供の時くらい、寝込んだ事があるんじゃないのか」
「……さあ、どうだったか。ジョシュアが寝込んでいるのは、よく面倒を見たこともあったけど」


ぼうとした表情で遠い記憶を辿るクライヴに、シドはひそかに眉を寄せた。

クライヴの昔の話については、本人から僅かに零れ聞く他、その弟であるジョシュアからも聞いている。
シドの会社で働いているジルからも、クライヴ達の幼馴染として、思い出話を聞いたこともあった。
それによれば、幼少の頃の兄弟は、体の弱い弟が度々体調を崩していた事で、兄がそれを甲斐甲斐しく面倒を見ていたと。
兄弟の仲の良さを示すエピソードとしては良いものだが、その反面、クライヴは自分自身が他者の手を煩わせる事のないように努めるのが当たり前になっていた節がある。
両親も───と言うよりは、母親の方らしいが───弟にかかりきりであり、仕事も忙しかった為、よくよく周りを見ていたクライヴは、そんな父母を困らせないようにしてきた。
その為、幼年の頃からクライヴは他人に対して甘える事も少なく、小さな怪我は隠したり、体調不良も人知れず我慢する癖がついたようだ。

幼年の頃から培われた、自分の無理を隠す癖に加えて、長い歯車生活のお陰で、益々自分をあやすことにクライヴは鈍くなった。
シドは、一緒に暮らすようになり、深い仲とも言える今になっても、やはりその歪みは簡単には戻らないものだと実感する。
平時はそれなりに落ち着いたとは言え、こうした綻びが見えると、やはり人とは簡単には変われないのだと思う。

ベッドの端に座ったクライヴは、薄いカーテンを引いた窓の向こうをぼんやりと見ている。
放っておけば、このまま何時間でも過ごしていそうな青年に、シドは癖のついた黒髪をかきあげて、ぐしゃぐしゃと撫ぜ回した。


「……シド?」


普段ならば振り払うものだったが、今日はそんな気力もないのか、クライヴの不思議そうな瞳がシドを見上げる。
シドは一頻り、自分の気が済むまでクライヴの頭を撫でてから、言った。


「病人ってのは、とにかくベッドで大人しくしているのが良い。発熱は体がウィルスに抵抗している証だが、やっぱり体力を奪うからな。とにかく寝て休んで、出来るだけエネルギーの消耗を抑える事だ」
「……ああ」
「と言う訳で、まずは横になれ。熱を逃がさないように布団も被れ」
「……ん」


シドの言葉に、クライヴは大人しく従う。
抜け出したばかりのベッドに改めて横になり、布団を肩まで引き上げた。

横になると手持無沙汰なのか、この状態に慣れていない事への不安か、青い瞳が落ち着きなく彷徨う。
そんなクライヴの頬に、シドが手の甲を当ててみると、赤らんだ頬は案の定熱かった。
そのまま掌で頬を撫でてみれば、彷徨っていた瞳がシドを見上げる。


「……シド。あんた、本当に休むのか」
「ああ」
「……悪い。俺の所為で……」


気まずさに瞼を伏せるクライヴに、シドは彼の高い鼻をつまむ。
んむ、と間の抜けた声が漏れて、シドはくつりと笑った。


「最近、真面目に働き過ぎたからな。丁度良い休憩さ」
「……」
「お前の看病は、そのついでだ」


無論、それは方便の言葉だったが、今のクライヴにはそれ位の方が気が休まるだろう。
それが通用したかは判らないが、クライヴが微かにほうっと息を吐くのが聞こえた。

薬の副作用か、クライヴの躰からは段々と力が抜けて、瞼が重くなっていく。
高く昇って行く太陽の日差しが窓から差し込み、眩しいだろうとその目元をシドの手が隠すと、程なく、緩やかな寝息が零れ始める。
シドは音を立てないように一度立って、厚みのあるカーテンを半分閉めた。
それでクライヴの枕元に届く光は途切れ、当面、彼の睡眠を妨げることもないだろう。



ふと時計を見ると、直に病院が開く時間が近付いていたが、ようやく寝付いた子供を起こすのは気が引ける。
もうしばらくは、ゆっくり寝かせてやろうと、シドは眠るクライヴの頭を柔く撫でてやった。





ブラックな環境から脱出して、ようやく落ち着いて来た位のところ。
クライヴはジョシュアがいたので、子供の頃からそれなりに看病し慣れている所はありつつも、反面、自分が看病されることには慣れてなさそう。原作でも現パロでも。
28歳だと色んな感覚が麻痺している状態だから、無理を無理と思わずゴリ押ししそう。そして周りに心配させたことを怒られてほしい。33歳だともうちょっと落ち着く(でもゴリ押しはするんだと思う)。
そう言うクライヴにあーあーあーって思いながら放っておけずに世話を焼くシドが好き。

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