[バツスコ]熱を交えて確かなる
一ヵ月ぶりにバッツが帰ってきた。
フィールドワークの一環だと言っていたが、果たして目的がそれに限られたのかは判らない。
彼はとかく好奇心旺盛な性格だから、何か別の目的物があって、そのついでにフィールドワークを組んだ、と言うことも十分あり得る。
土産は奇妙な文様が入った石で、一応、お守りと言うことらしい。
謂れはなんなりとあるようで、バッツはそれを語ってくれたが、スコールはあまり聞いていなかった。
こういうものは、真面目に聞いたところで、それほど記憶には残らない。
後で物を見て、これは何の何だったか、とぼんやりと考えるくらいのものだ。
それよりスコールは、バッツ自身が欲しかった。
仕方のないこととは言え、一ヵ月も彼と逢えなかったのだ。
隙間を縫うように電話で話をしたが、時差があるものだから、こちらが昼でもあちらが夜で、お互いの生活リズムが合わず、じっくり話をすることは出来ない。
メッセージアプリでのやり取りはもう少し頻度があったが、これもやはり、リアルタイムとはいかなかった。
普段のバッツは、メッセージを送れば直ぐに既読と返事が着く。
スコールもそのテンポに慣れていたから、既読チェックが付かないだけで、妙にそわそわと落ち着かなかった。
だからバッツが帰ってくると、スコールはその日のうちに、彼の家に行った。
長期間の海外滞在から戻って来たばかりで、きっと疲れているとは思ったけれど、我慢できなかったのだ。
なんでも良いから、彼の顔を見て、声を聞いて、その温もりを感じたかった。
───そんな調子だったから、馬鹿に盛ってしまった。
安普請のアパートのベッドの中で、今になって自分の行動を振り返って、羞恥に苛まれている。
(何してるんだ、俺……)
壁の方を向いて丸く縮こまっているスコール。
その背中に、ぴったりとくっついている体温がある。
「スコール、大丈夫か?」
「……」
「結構頑張ってくれて、おれは良かったけど。腰とか辛くない?」
「……」
耳元に吐息と一緒にかかる声に、スコールは答えない。
どう返事をしても顔が更に熱くなるのが判ったから、何も言えない状態だ。
返事がないのを、機嫌を損ねていると思ったのだろう。
スコールの腹を包み抱いていた腕がひとつ解けて、スコールの腰骨の辺りを摩り撫でた。
軽く揉んでくれるのはマッサージだ。
肉を柔く刺激されるのはなんともむず痒いものがあるが、労わってくれることは悪い気はしない。
時間は正午を迎えつつある。
昨夜は遅い時間まで熱を交え、その後気絶するように眠っていた。
お陰でよく眠れたと言って良いが、気分の落ち込み───と言うよりは、羞恥からの悶絶───と、体の疲労感とが重なって、起きる気にはならない。
ついでに言うと、昨夜の感触がまだ秘部の奥に残っていて、起き上がると変な気分になりそうだった。
まだもうしばらく、スコールはベッドから出たくない。
それでも、空っぽの胃はそろそろ自己主張を始めている。
(……腹が減った……)
「お、もうこんな時間だったか。スコール、飯食うか?」
タイミングの良いことで、まるでスコールの心を読んだように、バッツが言った。
スコールの体を包んでいた腕がするりと解け、ベッドマットの傾きが動く。
ちらと後ろを見遣れば、バッツが服を着ているところだった。
「昨日の残りで良いかな。スープ温めるだけで済むし。あとはパンと」
「……ヨーグルト」
「うん、昨日買っといた。ちょっと待ってな、すぐ出来るから」
ぽん、とバッツの手がスコールの髪を撫でる。
その手が離れて行くのを視界の隅に見送って、スコールはようやく体を起こすことにした。
昨晩、急くように事を始めたものだから、持って来ていた夜着はベッドの下に落ちていた。
早々に脱ぎ捨てたので汚れもなく、皺が寄っているだけだったから、これで良いか、と拾って袖を通す。
そうやって着替えをしている間に、腰がじんじんと疲労の痛みを訴えるものだから、着替えが終わったらまた横になった。
台所では、タンクトップとトランクス姿のバッツがてきぱきと食事の用意をしている。
トーストしたパンにチーズとハムを挟んでサンドイッチを作り、スコールが希望した通り、ヨーグルトも並べた。
温め終わったスープも皿に注いで、乗せたトレイを持ってくるのを見て、スコールももう一度起き上がる。
「お待ちどーさま」
「……ん」
差し出されたトレイを受け取って、スコールはそれを膝に置いた。
のろのろと食べ始めるスコールに続いて、バッツも自分の分を持ってくると、床に座る。
ローテーブルを寄せ近付けて、バッツはベッドを背凭れ代わりに、遅い朝食に手を付けた。
食事をしている間に、バッツは土産話を聞かせてくれた。
今回の旅先で見たもの、聞いたもの、時にはトラブル交じりの面白話。
一応目的はフィールドワークだったので、何を見付けて何を知ったのかも教えてくれた。
大学で考古学を学んでいるバッツの話は、スコールには少々マニアックなものが多くて、聞いてはいるがそれ程頭には残らない。
ただ、古い時代の話をあれこれと話している時のバッツは楽しそうで、その様子を見ているのは、嫌いではなかった。
「それでさ、発掘作業を一緒にやらせて貰ってたら、なんか妙な模様の壁が出て来て。なんだこりゃって思ってたら、教授が目の色変えてすっ飛んできて。よく調べたら、今まであるって言われてたけど見付かってなかった区画が出土したみたいなんだ」
「……そう言えば、一週間前にニュースで言っていたな。なんとかって言う遺跡から、歴史的発見が見付かったとか」
「こっちのニュースに出たのか?そりゃ凄いな。まあ、知ってる人たちからしたら、通説がひっくり返るような話だったからなあ」
そう言ったバッツの表情は、どこまでもあっけらかんとしている。
自分が世紀の大発見をしたかも知れない、と言うことは、特に気にも留めていないようだ。
「そこから発掘の方針が急いで切り替えられてさ。見つかった区画の鑑定と、発掘範囲の見直しと。教授たちが走り回ってた」
「……あんたは、何をしていたんだ?」
「んー?何って言っても、生徒のおれたちは発掘に関しては作業の手伝いが主だったからなぁ。やることは大して変わらなかったよ。掘る場所は毎日変わったけど。あとは近くの史跡巡りして、レポート書いて」
「……そうか」
どこに行っても、どんな環境でも、バッツは逞しい。
やるべきことを存外と要領よく熟しながら、自分の興味についても探りに行く。
何をするにしてもフットワークの軽い男である。
つまりは、バッツは非常に充実した一ヵ月を送っていたと言うことだ。
(……そんなものだよな)
食後の一服にとバッツが淹れてくれたコーヒー。
マグカップになみなみと注がれたそれに口をつけて、スコールは尖る唇を隠した。
───バッツが異国の地で勉学に勤しんでいた頃、スコールもこの国で日常を過ごしていた。
高校生の身であるから、平日は勿論授業があるし、休みの日には家事雑事を片付けた。
放課後は友人たちと街に繰り出すこともあり、ゲームセンターなり、カフェテリアなり、行ける場所はいくらでもある。
バッツと話をする時間が限られる分、勉強に集中することが出来たからか、連休明けに行われた抜き打ちテストも問題なかった。
特別に充実した、と言う訳でもないが、問題のない日々であったと思う。
唯一、恋人の温もりを感じることが出来なかったことを除けば。
(……でも、そんなこと言ったって、しょうがない)
元々、バッツとは生活リズムが違うのだ。
大学生であり、苦学生であるバッツは、生活の為にアルバイトをいくつも掛け持ちしているから、プライベートな時間は限定される。
その僅かな時間を、バッツはスコールの為に使ってくれていた。
それだけでも贅沢な話だと判っているから、バッツにこれ以上の時間を寄越せと言うのは、我儘でしかない。
それでも、一ヵ月の間、全く会うことが叶わなかったのは、今回が初めてのことだった。
別に大した事じゃない、とスコールが思っていたのは始めのうちだけで、段々と物足りなさが降り積もる。
一ヵ月の終わりの頃には、短い電話で声を聴くだけでは足りなくて、早く帰ってきたら良いのにと思っていた。
───だから昨晩は、あんな。
そこまで考えて、スコールは口の中で苦い液体を噛んだ。
顔が勝手に熱くなるのを感じて、眉間に皺を寄せる。
「あれ。コーヒー、不味かった?」
「……いや」
目敏く見付けたバッツの言葉に、スコールは首を横に振る。
昨夜のことはともかくも。
自分だけが寂しかった、なんて、そんなことで拗ねてしまう自分が、子供っぽくて腹が立つ。
それを口に出すなんて尚更嫌で、スコールは残りのコーヒーを飲み干して、胸の奥にあるものも一緒に腹の中へと押し込んだ。
空になったマグカップをバッツが引き取り、他の食器も片付ける。
その間にスコールもようやくベッドを下りて、テレビの前に設置されたフロアソファに移動した。
片付けを終えたバッツが、当たり前に隣に座る。
「スコール」
「……なんだ」
名前を呼ばれたので、返事をする。
隣で機嫌良く笑う声があって、肩にのしりと重みが乗った。
「……近い」
「へへ。スコールの匂いだ」
「嗅ぐな」
「昨日もいっぱい嗅いだけど。やっぱり好きだな」
「……嗅ぐな」
すん、と首筋にかかる息を感じて、スコールは眉根を寄せる。
寄り掛かる重みをじろりと睨むと、近い距離で褐色の瞳が真っ直ぐにこちらを見ていた。
好奇心旺盛に輝く瞳は存外と目力が強くて、スコールはなんとなく、逃げるように目を反らす。
すぐそこにある視線を感じていると、じわじわと心臓の音が大きくなって行く。
自分の露骨な反応に、馬鹿なのか、と歯噛みをしていた時だ。
シャツの隙間にするりと大きな手が侵入して、スコールの腰骨をやわやわと撫でる。
「……おい」
「昨日のスコール、可愛かったな」
「やめろ」
昨晩の話をされると、顔がすこぶる熱い。
顔を顰めてバッツを睨むスコールだが、返ってきたのは、にんまりとした笑みだった。
腹を撫でる手が肌をまさぐるのが判って、スコールは身を捩った。
逃げを打つその身体を、バッツのしっかりとした腕が捕まえて、フロアソファのクッション上にスコールの体が倒される。
覆い被さる重みに、蹴飛ばしてやろうかと思ったスコールだったが、
「昨日はスコールがいっぱい頑張るところ見たからさ。今度は、おれが頑張っても良い?」
「そ、んなの……」
「一ヵ月ぶりだからさ。おれももっと、スコールが欲しいんだ」
バッツのその言葉に、スコールは返す言葉を喪った。
そんな風に言われて、嫌だと言える訳がない。
耳の先まで赤くなった少年の顔を見て、バッツの目は大層満足げに細められた。
5月8日と言うことでバツスコ!
久しぶりに逢えたので、箍が外れて色々頑張っちゃったらしいスコールです。
そんなスコールに、寂しかったんだな~って一晩はスコールに好きにさせてあげた後、今度はおれの番ってなるバッツが見たかった。
この後、存分に甘やかされると良いと思います。